リコくんが死ぬ話   作:鯛と琴

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後編

シャミ子が布団から飛び起きると、そこには店長と紅玉の姿があった。桃も目を覚ましたようで、気分が悪そうに起き上がる。

「大変です、リコさん、リコさんが……!」

「ん……その前に、お二人とも、どうしてここにいるんですか」

「……リコくん」

「白澤さん?」

「ああ、いや……ごめん。覗き見するつもりではなかったんだがね、昼の張り紙だとか、どうにも気にかかって見にきてしまった」

眼鏡の奥に、涙を浮かべながら店長は言う。心配したシャミ子が開いた口を、桃は制止した。

「桃どの、最後の様子からして、何か策があるんだね?」

「ええ、リコさんを助ける方法は、リコさん自身が教えてくれました」

「なら、僕からもお願いだ。どうか……どうか、リコくんを助けて欲しい」

「……ウチも、あいつの味まだ盗めてへんねん。今死なれるんは困る」

「もちろん、頼まれなくてもやってやります!」

「私の事情に巻き込んでしまったせいでもありますから……」

「で、ウチらは今から何をするんや」

「そうですね……これからやることですが、端的に言えば、リコさんを使い魔として召喚します」

「召喚というと、ウガルルさんの時と同じ……」

「そう。ただ、今回はあの時みたいによりしろを作るための材料が手元にない。リコさんの魂はカードを使ってどうにかこの世に留めてるから、材料を集めるだけの時間は残されてると思いたいけど……」

「よりしろの材料……って何でしたっけ」

「幻獣の尻尾の毛と、霊脈の土、それとお供え用に上質な魔力料理だったか」

「僕の尻尾の毛ならいくらでも使ってくれ、ただその、優しく頼むよ……」

「では山の土は余が取りに行こう。今日は休んでしまったし、蛟のやつに土産も持っていかねばな」

「問題は……上質な魔力料理。リコさん自身がいないから、私たちで作るしかない。一応私は魔力を込められるけど……」

知っての通り、桃の料理の腕は壊滅的であり、口が裂けても上質とは言えない。そもそも、桃でなくてもリコほどの料理を作るのは難しいだろう。

「魔力を込める方法やったら一応聞いとるで。といっても、ウチはもう魔法少女ちゃうから出来ひんけど……」

「そうでなくてもリコはまぞくなのだから、込める魔力は闇属性の方が良いであろうな」

「では料理は私が作ります。紅ちゃん、よろしくお願いしますね」

「おう、任しとき! ……とは言えへんけどな、アイツからの抜き打ちテストやと思うことにするわ」

「それでは各自、行動開始、です!」

 

 

数時間後。

店長の尻尾の毛を抜き終えた桃は、試験的にミニチュアサイズのよりしろを作っていた。手持ち無沙汰になった店長は、リコのことで気が気じゃなくなったのか、厨房の様子を覗く。

「優子君、そっちはどうかね?」

「ダメです……! 魔力の入れすぎで毒々しい色のシャドウお稲荷さんが出来上がってしまいます……!」

「リコが言うには気持ちが大事らしいわ。緊張したり雑念が入るほど失敗してまうから、食べる人のことをちゃんと思いやって作らなあかんのや、って……」

「でも、リコさんのことを考えようとすると、記憶に霧がかかったみたいになって……」

「な……!? 大丈夫なのかいそれは!? リコくんの魂が消えかけてるんじゃ……」

「いえ、元々私たちのリコさんに関する記憶は消されていました。おそらくその効果が戻ってきてるんだと思います」

「そ、そうか。取り乱してすまない」

「私も……リコさんの顔が思い出せなくなりました。このままだとよりしろが作れません」

「なら僕が似顔絵を描こう。絵には少々自信があるんだ」

「ありがとうございます……」

たまさくらちゃんのデザインをした腕もあって、店長によるリコの絵は本人そっくりだった。

「うわそっくりやん! 特にこの、他人のことを一つも気に留めんような満面の笑顔とか……」

「というか、お二人は大丈夫なんですか?」

「うん? まあ、せやな。長年恨んだ相手の顔なんて、忘れたくても忘れられへんわ」

「僕もなんだかんだ十年の腐れ縁だからね」

「つまり、リコさんに関わりが深いほど忘れるまで猶予がある、ってことか」

「待ってください、じゃあ、山の土を一人で取りに行ったごせんぞは……!」

「……あ」

「リリスどのはこの中で一番リコくんとの関わりが薄かった……もう完全に忘れていてもおかしくないよ!」

「テレパシーは……ダメです、圏外です」

「奥奥多摩まではかなり距離あるからね……それにもう終電も近い。もしリリスさんがリコさんのことを忘れてゴミ拾いに没頭していたら……」

「仕方ない、私が行くよ。不本意だけど、セカンドハーヴェストフォームを使えば、リコさんのことを忘れる前に……山の土を持って帰って戻って来れる……は……ず……」

「桃!?」

桃は操られてリコと戦闘した際に、魔力を大きく消耗していた。そのせいで、ステッキを取り出して変身しようとするも、魔力が足りずにその場に倒れ込んでしまう。

「桃、大丈夫ですか!?」

「うん……ちょっと……目眩がしただけ。少し寝たら回復すると思う……けど、でも、今は時間が……!」

「ダメです桃! 休まなきゃダメです!」

「仕方ない……僕が行こう。桃どのは休んでいたまえ。二人もまだ料理が出来ていないんだろう?」

「せやけど……奥奥多摩まで走って行く気なん!?」

「……時間はかかるだろうね。でもリコくんのことは絶対に忘れない。忘れられるのは嫌だって、リコくんに言われてしまったからね。家族として、二度と忘れるわけにはいかなくなった」

「店長……」

「それでいいね、桃どの」

「…………わかりました。よろしくお願いします」

白澤はばんだ荘を飛び出すと、普段は使わない前脚を使って走り出した。そこまで走るのが早くなるわけではなかったが、こんな時に腰を痛めてしまっては何もできない。他人からの目線などどうでも良くなっていた。

ダメ元で駅へも向かったが、最終列車は目の前で出て行ってしまった。自分の足の遅さを嘆こうとしたが、そんな暇はないと言い聞かせてすぐに引き返す。

多摩川沿いの道は長い直線で、夜ともなれば犬の散歩やジョギングをしている人はおらず、ただ薄暗いだけの殺風景な一本道が続くだけだった。

「リコくん! 君はどれだけ僕に迷惑をかければ気が済むんだ! このまま死んだら、流石の僕も本気で怒るよ! それこそ一生許さないからね!?」

愚痴でも吐いてやらなくちゃ気が狂ってしまいそうだった。リコとの思い出は、大半が碌なものじゃなかったが、それでも家族として、彼女を随分と好きになっていたんだと実感した。

そうして夜空に叫んだ言葉は、どうやら届いたようで。

「ボスのボス──ッ!!」

「……ウガルル君!? と、ミカン君も……!」

「待ちなさいウガルル……! って、白澤さん!? なんでこんな所に……」

「わからなイ……けど、ボスのボス、普段と違う走り方してタ! きっと緊急事態!」

「ああ、実はリコくんが……と言っても、今の君たちにはわからないか」

「リコ……? ごめんなさい、わからないわ」

「いや、いい。事情を話している暇もないしね……一刻もリリスどのを探さなくちゃいけないんだ」

「だったら私が川の霊脈を辿って位置を辿るわ。ウガルルは店長を担いで運んでちょうだい」

「仕事だナ! 任せロ!」

ミカンは多摩川の水に指を触れる。元々奥奥多摩の霊水から流れ出た川は、霊脈を辿るのには最適だった。

「見えた。なんか、土の入った袋を怪訝そうに見つめてるけど……」

「まずいな、目的を忘れかけているかもしれない……二人とも、飛ばしてくれ!」

「わかったわ。ウガルル、ついてきて」

「しっかり捕まってロ! 行くゾ!」

先ほどまでとは比べ物にならない速度で、二人は一本道を駆け抜けていく。あまりの速さに、担がれているだけの店長が軽く気絶しかけていた。

「リリスどの──ッ! その土を捨てるのは待ちたまえぇぇ……」

「な、なんだなんだ!?」

「リリスどの……今からリコくんを召喚することは覚えているかね……?」

「え……あ、ああ……! よ、余が忘れるわけないであろうそんな大切なこと!」

「絶対嘘だわ……」

「忘れてたとしてもリリスどののせいじゃないから安心したまえ……それよりミカン君、もう一つ頼んでもいいだろうか?」

「構わないけれど、何かしら?」

「桃どのの魔力が限界なのだ……このまま奥奥多摩まで行って霊水を組んできてくれないか……」

「ちょ、私がウガルルのお迎えに行ってる間にそんな大変なことになってるの!? なんで私に連絡しないのよ!」

「あの場にいた余ですら目的を忘れてしまったのだ、仕方あるまい」

「大丈夫カ? ボスのボス……」

「久しぶりに走ったのと、揺さぶられたのもあって僕は限界だ……リリスどの、ウガルル君と一緒に山の土を届けにいってあげてくれたまえ……」

白澤は河原に大の字になって倒れ込む。市街地から離れて見る空は、いつの間にか明るい星空に変わっていた。

 

 

霊水を汲み終えたミカンに担がれて、白澤はばんだ荘へ戻ってきた。召喚の準備がちょうど整っており、危機管理フォームとなったシャミ子が最後の仕上げに取り掛かっていた。

「ちょっと桃! 大丈夫なの!?」

「ああ、うん……そんなに大層な作業は残ってなかったから、少し寝てから終わらせた」

「ほら、霊水取ってきてあげたわよ!」

「助かる……ありがとう、ミカン。それと、白澤さんも」

「今回のリコくんもだが、君もあまり無理してはいけないよ」

「そうですよ、桃!」

「ごめん、シャミ子……待たせたね。それじゃ始めようか」

回復した桃は部屋にあった水筒と、カードを全て持ってきて、水筒の中身をよりしろにぶちまけた後、カードに願いを唱えた。

「リコさんの魂を連れてきて」

カードが輝いて消えると、入れ替わるように魔法陣とよりしろが光り始める。

シャミ子はナントカの杖を構えて、よりしろに突き立てた。シャミ子の魔力によってよりしろはかつてとほとんど変わりない姿で、その目をゆっくりと開いた。

「……シャミ子はん、桃はん、それに……マスター」

「……っ、リコくん!!」

「わぶっ……マスター、なんや……うちのことそない心配してくれたの?」

「当たり前だろう!? 桃どのの異変に気付いたなら一人で対処しようとするのはやめたまえ!!」

「あはは……嫌やわぁ、生き返って早々説教なんて」

「本当に……本当に心配したんだからね!?」

「堪忍なぁマスター……こんな悲しんでくれるなんて、うち思わんかった……」

マスターを抱きかかえながら、幸せそうにリコは言う。緊張が解けたのか、桃も糸が切れたかのようにへたり込んだ。

「よかった……」

「桃、大丈夫ですか!?」

「うん……力が抜けただけ」

「そうでしたか。でもこれで一件落着ですね?」

「いや、まだ解決とはいかぬぞ? 桃の中にいる存在について考えなくてはならぬだろう」

「それについては、おぐ……しおんちゃんに相談しようかと」

「まあまあ、今はいいじゃないですか」

「それは……そうだね。それより、ミカン達は大丈夫?」

「ええ、まだちょっと記憶が混同してるけど……」

「リコが復活したおかげで記憶も元に戻ったようだな」

「オレ、腹減っタ……今日はカナリ働いたカラ……」

「それじゃあリコさん復活を祝って、あすらでパーティにしましょうか!」

「嘘、この時間からやるの!?」

「いや、それよりこの大量の失敗作の処理を考えんとあかんやろ……」

各々が好きに駄弁り始める。いつもの日常が戻ってきた。リコは、それを見て微笑んだ後、取り仕切るように言った。

「みんな、本当にありがとう。うち、マスターと結婚できて幸せや」

「……えっ?」

「えっ、だってマスター、一生一緒にいようとか、本気で幸せにするとか言うとらんかった!?」

「言ってないよ!? ただでさえ恥ずかしい僕のセリフを都合よく改変するのはやめてくれるかな!? というかアレ聞いてたの!?」

「ばっちり聞いとったし、見とったで、マスターがうちのために走ってくれてたとこ」

「桃どの、僕の今日1日の記憶を消してくれるかな……」

「無理です、悪用されないようにカードは全部使い切っちゃいました」

「らしいで。せやからマスター、観念してうちの婿はんになるんや」

「いや、それとこれとは関係ないよね!? 結婚とか、そういうニュアンスの発言は元よりしてないからね!?」

「でもうちのこと、愛してくれてるんよね?」

「それは……家族として、だよ。仮にこの心臓の痛みが気苦労でないとしても、間違いなく吊り橋効果だよ!」

「お二人とも、もう深夜なのでお静かにお願いします……!」

「あんなに走った後とは思えないほど軽快なツッコミね……」

「はぁ……はぁ……せめて、吊り橋効果が本当になるくらい『おリコうさん』になってくれないかい……?」

「……! マスター……!」

「ちょっ、リコくん! 力が強い! 苦しいよリコくん! 早速お利口ポイントを失ってるよリ゛コ゛く゛ぅ゛ん゛!!!」

頑張れリコくん! マスターとの関係は一応進展したと思われるぞ!

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