ティオネの渾身の一撃が彼女の顎を捉えた。顎の骨が砕ける音と共に、本拠の壁を破壊し、突き抜けながら吹き飛ぶ女性。多くの者が死んだと考えたが、瓦礫の中で気絶していた所を発見された。
その後、彼女は団長であるフィンの指示のもと、地下の個室へと幽閉。
画して、ロキ・ファミリアは黄昏の館で暴れた犯人を捕縛。軟禁する事に成功する。
全身の裂傷。腹の傷。失血。下顎の粉砕骨折。彼女が一命を取り留めるのに、大量のエリクサーが投与された。
◇◆◇
────女が地下に軟禁されてから、およそ二時間。時刻は午後1時を指していた。
「ところで、えーっと、これは一体どういう状況で?」
エリクサーによって傷は治療されたとは言え、失った血が戻ることはない。もう数日は眠ったままだと思われていたが、たった2時間で女は目を覚ました。
ベットの上で軽い意識検査だけ行われた後、目覚めた女は、理性ある眼差しで辺りを見回すと第一声にそう言った。
女の眼前には、ティオナを除いたロキ・ファミリア幹部が集結していた。
手足に取り付けられた錠を確認しつつ、そう尋ねる女性は、果たして大物なのか、それとも危機感がないのか。
「……」
余りにも緊張感の無い様子にイラついたティオネが、殺意を込めた目で睨み付けた。
「ひゃぃぃ!? 怖っ! 怖い!? 何なんですかあの人! なんかめっちゃ睨んでくるんですけど!?」
当てられた殺意にビクリと身を縮こませ、ガタガタと震え出す彼女は、とても先程までの大立ち回りを魅せたとは思えないほど情けなく、頼りない。
そんな彼女の様子に、先程帰還したベートとアイズは怪訝な表情を浮かべていた。
一応、詳しい話は二人を呼びに行った団員から聞いているはずだが、やはり実感がないのだろう。聞いていた話と、そのイメージが全く噛み合わないのだから。
「もうっ、何なんですかあなた達! さっきから黙ってボクを見て! そもそもここはどこ!? まさか……攫われた? 攫われちゃった感じですかコレ!?」
怒り、混乱し、焦る。こちらが何もしなくとも勝手に感情を露呈し始める始末。戦いの最中、その戦闘スタイルから冷徹で物静かな人物を彷彿としていたが、蓋を開けたらなんとも落ち着きなく、忙しない。
その姿をガレスは複雑そうに見つめ、リヴェリアは少し目を見開き、ティオネが奥歯を噛み締め、フィンは眉間を揉んだ。
フィンもただ意地悪で黙っていた訳では無い。
驚き過ぎて、少し言葉が詰まっていただけだ。
想像していたより少し…いや、かなりお喋りだったから。
彼女が出したファミリアへの損害は、幸いにも建物の修繕だけで済んだ。その修繕費だけでも、例え一級冒険者でも返すのは三年は掛かる程の額になるだろうが、誰も死ぬこと無く彼女を止められたのなら上出来だろう。幸い、あの場で対処したのが自分たちだったから良かったものの、もしも二軍以下のメンバーであれば、誰か命を落としていたとしてもおかしくない。
そんな彼女の様子に違和感を覚えないのは、現場にいなかったアイズとベートのみ。
常にあたふたしている彼女を見て、二人は少しでも気を緩めていた。
ベートは馬鹿にしたように鼻で笑い、アイズは状況が掴めないのか小首を傾げ続けているのがいい証拠だ。
フィィィィィン!!!
(来たか)
そうこうしていると唯一の出入口、重い木製の扉から女性の声が近付いてきた。僕は彼女の帰宅に小さく息をつく。
ようやく帰ってきてくれた。これで段階を先に進められる。フィンは椅子から立ち上がると、その人物が入ってくるのを待つ。
扉が勢いよく開かれた。
「フィン! 何があったんやこれ!? なんでウチのホームがボヤ騒ぎになっとんねん!? 何であんな滅茶苦茶に――――コイツ誰!?」
「すまないロキ、それは今から説明するよ」
蹴破る勢いで入ってきたのは、このファミリアの主神、ロキ本人であった。僕はとりあえず何か物事を進めるにも、彼女の存在が必要不可欠であると考えていた。例え零能であっても、全知である神が居るだけで話は大きく変わる。
僕は一番安全な扉の側までロキを移動させると、全てが正体不明な彼女へと向き直った。
「これより、僕らの本拠を襲った彼女の尋問を始める」
僕が彼女を見つめながら宣言すると、女は驚愕の表情を浮かべた。
「ええっ!? じ、じじ尋問!?」
「そう怯えなくていいよ。別に拷問をしようって訳じゃないんだ」
「絶ッッ対うそだ! その手に持ってるのは何よ!? アンタも含めてみんな物騒なもん持ってんじゃん! そこのおっさんなんて大斧ですよぉ!?」
「幾つか質問するから、キミは答えてくれたらそれでいい。――正直にね」
「無視!?」
本当に騒がしいな…
そう思いながら、嘘は付かないようにと釘を刺す。神がいる状況で嘘をつくことは出来ないが、警告という意味合いも込めてそう言った。
「じゃあまず、そうだな。キミ、名前は?」
僕は友人に話しかけるように、無難な内容から問を投げる。たかが名前ではあるが、これだけでも知れることは大きいだろう。
「名前? 名前、名前…」
思い出せないのか、それとも言いたくないのか、女はわざとらしく考える素振りを見せた。
二秒ほど手を顎に当てると、こちらにサムズアップしながら返答する。
「ボク、トビって言います! よろしくね!」
「フィン」
背後から声がした。
女の喉元に穂先を突き立てる。
「あれれ? 拷問はしないんじゃあなかったんです?」
女は、一切の動揺を見せなかった。
それどころか、こちらを煽る様に口を紡ぐ。
先程とは打って変わって大胆な態度。
そのちぐはぐな性格は、あえてそうしているのか。それともただの異常者か。
「僕はこうも言った。『正直に』と」
「ひっどいなぁ、そんな変な名前です? 人の名前を聞いて速攻嘘って判断するのは、なんというか失礼じゃないっすか?」
そう言いつつ、"いつの間にか赤く染まった瞳"で僕の後方を見る。
「へぇ、待ってた事と言い、あの人に何かカラクリがあるのかな?」
「気付いてなかったのかい? 彼女がロキだ」
「いや、気付いても何も、初対面なんですけど」
「ロキ・ファミリアの主神が彼女だ。嘘は通じない」
「おっとー? まさか神様名乗っちゃいます? そりゃあちょっとキツすぎでしょう? 確かに、彼女が本当の神様って言うなら嘘は通じないかもしれませんがねぇ。そーんな見え見えの嘘に誰が引っかかるんですかぁ?」
女はやれやれと首を振る。
まるで神の存在を否定する言動。
また虚言か……?
「えぇ……? ウチ本気で疑われてるやん……」
軽くショックを受けているロキ。
どうやら本音で言っているようだ。
ロキを、そもそも神自体を信じていないような言動。これが嘘では無いということは、一体どういうことだろうか?
神が地上に降りて1000年以上。
地上に、ファミリアの本拠に神が居るのは当たり前だ。
まさか常識が、僕達の当たり前が、根本的から違う…?
(もう少し、見極めるか)
僕は女の首元から穂先を離す。
「次はない」
「優しいですねぇ、ちっこいのに。あーはいはい、言います。言いますよ全くもう。オビト。うちはオビトっす」
「うちはオビト…ね。極東の出身かな? 僕はフィン・ディムナ。オビトと呼んでも?」
「え、あ、ええ。どうぞお好きなように」
聞いた事のない名前だった。しかし、ロキが何も言わないということは、これが本名なのだろう。
しかし、予想していたことではある。彼女程の実力。聞いた事のない魔法。話題にならない方が難しい。
つまり、それだけ秘匿されてきたという事だろう。暗殺など闇の部分に所属していたとしたなら、納得だ。
表側に出ないファミリア。――――闇派閥か。
「じゃあオビト。単刀直入に聞くが、キミは闇派閥かい?」
「違いますねえ。闇派閥…? なんですそれ? って感じです」
結果は、白。
決して以外ではない。寧ろそうだろうとは思っていたが、あくまで可能性があったから聞いただけだ。
ただ、一安心と言ったところか。
「…だろうね。キミは先程ボクらの本拠、黄昏の館に突然現れ、そして暴れた。何か覚えているかい?」
「ええ!? ボク、暴れたんすか!? なんで?」
「……こっちが聞いてるんだけど、その様子だと覚えてないようだね。」
アレだけの出血だ。記憶に弊害が出ても可笑しくない上に、そもそも正気ではなかったのだから仕方がない。
「所属しているファミリアの名前は?」
「ふぁみりあ? ああ、さっきロキなんちゃらって言ってたヤツですか? 僕そんなのに入ってないっすよ?」
「……そうかい」
感じていた違和感。
決定的な食い違い。
その疑念が、晴れていく。
「ファミリアって、何か分かる?」
「いや〜、あっははは! なにぶん自分無学なもんで、全然これっぽっちも分かんないです! イヤン! 恥ずかしい!!」
大袈裟に顔を隠し、照れる。
それからも、迷宮、恩恵、ギルド、オラリオ、モンスター、魔石。
どれを尋ねても、彼女は常に分からないと返した。
尋問と言うより、まるで常識チェックのような内容となっているが、そうなってしまうのもしょうがない事であった。
フィンの中で薄々考えていた事が確信に変わる。
彼女は、何も知らないのだ。
神の存在。ファミリアの存在。その全てを。
受け入れ難い事だが。本当に、何も知らないのだ。
「おいッ、いい加減にしろよクソ女」
ピシャリと、怒気を含んだ声が場を支配した。
先程まで殺意を飛ばすに留めていたティオネが、ベットの前まで早足で来た。
我慢していた。ずっと耐えてた。団長が何も話すなと言ったから。だから監視に留めていたし、今すぐ殴り殺したい衝動も噛み殺した。
けど、もう、限界だ。
「いつまでそんな嘘をついてんのかって聞いてんだよッ!」
「ティオネ」
「ファミリアを知らない? そんなわけないでしょ。ここはオラリオ。テメェがここ(オラリオ)にいる以上、ファミリアを知らないなんてことあるわけないだろうが…!」
「ぐぇぇ…苦しっ」
ティオネは女の胸倉を掴みあげた。
治療後着せられた肌着が、女の首を絞める。
女の口からくぐもった声が漏れた。
「さっさと出せッ、ティオナを! お前が変な魔法使って吸い込んだ私の妹を! さもないと、テメェのその細い首へし折ってやる!」
「ティオネ」
「出来ないと思うか?! 簡単だ、ちょっと力を込めたらいいだけだからな! これ以上余計な御託並べるんなら、今すぐお前の頭ぶっ潰して――」
「――ティオネ!」
僕はティオネの腕を引いた。
目に憤怒の炎を燃やすティオネが、僕を見る。
「落ち着け」
「――っ、でも…っ」
諭すように、そう一言だけ伝えた。
ティオネは酷く動揺したのか、その手の力を緩めた。
彼女の気持ちは痛いほど分かる。
たった一人の妹で、それが目の前の人物によって生死も行方も不明となった。
不安と焦りでどうにかなりそうだと思う。
実際、僕も不安だ。
オビトに吸い込まれた物がどうなるのか、何もわからない。もう既に、手遅れの可能性もある。
だがあくまで可能性だ。諦めることはしない。
だからオビトとの交渉は、出来うる限り慎重に行わなければならない。
ティオナの命は、彼女の掌にあるのだから。
「なる、ほど」
ティオネの手から逃れたオビトは何度か咳き込むと、喉を擦りながら話だした。
「どうやら、ボクがあなた方の本拠ってのを襲ったという話は、本当みたいっすね」
本拠を襲った。暴走した。
所詮は向こうが一方的に話した事だ。
存在しない記憶。
語られた言葉。
オビトは、その全てを最初から信じていなかった。
しかし、一つだけ。
オビト自身の手でしか成し得ない事がある。
「自分の記憶では、あんた達は初対面だ。なのに、ボクの力を知っている。そして――――アナタの妹を吸い込んだという話も本当のようだ」
自分だけにしかできないこと。
それは、神威の行使だ。
右目を中心に空間が歪む。
オビトは神威空間からティオナを吐き出した。
「ティオナ! テメェ……!」
「おっとと、落ち着いてください。寝てるだけっすよ」
ぐったりと動かないティオナを見て、再び激高し掴みかかろうとするティオネ。流石に襟首を締め上げられたのが余程応えたのか、オビトは慌ててそう付け足す。
アイズとリヴェリアがティオナを看る。どうやら本当に眠っているだけのようで、ティオナから規則正しい呼吸が見て取れた。
「…すごいな」
思わず、僕の口が動いた。
「物を出し入れする魔法かい?」
「魔法? まあ、似たようなもんかな?」
「大きさや量に制限は?」
「さすがにデカすぎるとダメですねぇ、建物とか。馬車ぐらいなら入りますかね。量に制限は無いと思います」
何でもないように答えられた内容。
しかし、それがどれほど貴重なものか、迷宮を知らない彼女は理解していないのだろう。
フィンは、年甲斐もなく期待に胸を膨らませた。
「それで、ボクはどうなる感じですか?」
とりあえず気になったから聞いたという様子で、オビトは自身のこれからを尋ねた。
ティオナは解放された。闇派閥でもなかった。本拠での暴走も意図したものではなかった。
しかし、所詮言い訳だ。やってしまったものは戻らないし、オビトは何の非もないロキ・ファミリアに対して敵対行動をとってしまった。例え、官憲の方に突き出されても、あんまり文句はなかった。
だが、フィンの考えはこうだった。
「今回の件は事故だったと考えている。互いにとってのね」