イナズマイレブン〜蘇る雷鳴〜   作:暁の教徒

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タイトルはかっこいいスペイン語。特に意味はない。


フットボールフロンティア青森県予選 編
9話:パルティード・ア・パルティード


「いい試合させてもらったっす。ナイスシュート」

「ああ、こっちこそ」

 

 伊槌の得点と共に試合が終了し、お互いにピッチを後にしていく。そんな中、鎌野がゆったりとした足取りでこちらへとやってきて、伊槌へ握手を求めてきた。拒む理由など無い伊槌は、差し出された手をがしりと握る。2人の表情は明るい。

 結果は1-15。大敗という言葉だけでは表現できないほどの力の差を見せられた。だが、憲戸の面々の表情には、不思議と活力が漲っている。

 その理由は、やはり伊槌鳴哉にあるのだろう。

 

「……だいたい一ヶ月くらいっすかね」

「……? 何のことだ?」

 

 風に吹かれながら、唇に手を当てて思案する鎌野の言葉に反応する。チラリとこちらを見てきた少年の目は、当たり前のことを聞く、と言いたげに細められる。

 

「FF予選。()()の機会っすよ」

 

 その言葉が、伊槌の体を電撃のように突き抜ける。

 FF、中学サッカー界最強を決める仁義なき戦い。その道のりの中で、この男を、あのチームを打倒しなくてはならない。目の前のエースは、楽しげに笑っている。

 大敗を受けて、身が絶望に縮み上がってもおかしくない。今まで天上の存在だった彼らの強さが、質量を伴って脳内にこびりついたのだ。むしろ、恐れる方が自然だろう。

 

 だが、伊槌は挑戦的に口角を上げる。照りつける太陽が彼を強く照らす。

 

「……そうだな……楽しみにしてろ。王様の称号、ひっぺがしてやるよ」

「ははは……それは、俺らに()()()()ってことすか?」

 

 不思議な威圧感が2人の間に生まれる。お互いににこやかなのに、妙に息が詰まる感覚が充満し、優しく吹いていた風も動きを止めていた。

 顔を合わせて、凶暴に笑みをたたえる。彼らの間には、超然とした、誰にも邪魔できない空気が広がっていた──

 

「おーーーーーーーい!!」

 

 ──はずなのだが、大声を張り上げ駆け寄る少女が、伊槌の腹に飛びついたことで、そんな空気は消えてなくなった。

 

「がはっ!? な、なんだ!」

「おいオマエ! オマエ名前なんてーの!?」

 

 飛びついてきた少女は、赤の混じったボサボサの黒髪を振り乱してはっ倒した伊槌を揺らす。構図としては少女に押し倒された男子であるわけだが、傍観者の鎌野はロマンチックを一端も感じ取ることができなかった。むしろ、大型犬が飼い主に戯れているような雰囲気だ。とにかく、鎌野はそれを見て爆笑していた。

 

「ゆ、揺らすな……! 死ぬ……!」

「はははははっ! リュー、とりあえずどいてやれっす……よっと」

「おー!」

 

 鎌野が笑いながら少女の肩の下に手を入れ、ぐっと持ち上げる。バタバタと喜ぶ少女も含めて、柴犬を抱き上げるときのそれとよく似ていた。

 息を荒らげながら、伊槌が素早く起き上がる。ただでさえ汗をかいていたのに、さらに汗でぐっしょりとしていた。

 

「あ、あんたはなんだ……」

「リューはリューだぞ! 早くオマエの名前も教えろ!」

 

 息も絶え絶えに伊槌が問いかければ、鎌野にゆっくりと降ろされた少女が答えになっていない答えを返す。

 流石に見かねたのか、未だに少し笑いながら鎌野が助け舟を出した。

 

「ははっ……こいつは鉢鐘粒閃(はちがねりゅうひ)、通称リューで、1年のFWっす。まあ急に飛びついたのはあれっすけど、悪い奴じゃ無いんであんま怒らないであげてくれっす」

 

 苦笑しながら鎌野が鉢鐘の頭に手を乗せる。んおー、と気の抜けた声を出しながら、不思議そうに、大きな赤い瞳で鎌野を見上げる彼女は犬にしか見えなかった。

 彼の言葉を咀嚼した伊槌が、頭を掻きながら立ち上がる。試合とは関係のない汗を拭ってから、鉢鐘に向き直った。

 

「ああ……リュー、でいいんだな? 俺は伊槌鳴哉だ、よろしく」

「おおー! 鳴哉だな、覚えたぞ!」

 

 そう言って鉢鐘が差し出した手を握ってぶんぶんと上下に振り乱してくる。正直肩が痛いが、尻尾を激しく振っていると幻視するほど目を輝かせる彼女に毒気を抜かれ、伊槌が微笑ましげに破顔した。それはそれとして肩が外れそうだ。

 暴走する鉢鐘の頭が、ペシっ、と、背後から控えめに叩かれた。驚いた表情でそちらへ向き直った彼女だが、その人物を認識した途端、予備動作も無しに飛びついた。

 

「キャプテン! リューに何か用事か!?」

「他校の方に迷惑をかけるな!」

 

 飛び上がった鉢鐘を、長宗我部が空中で器用に捕まえて米俵のように横に抱える。捕まえられた彼女は何故か楽しそうにはしゃいでいた。

 目の前の光景に伊槌は全くついていけない。口を開こうとして閉じ、言葉を吐き出せない。

 頭を掻いて困惑する伊槌に、長宗我部が向き直って、その力強い目を疲れたように吊り下げながら深く頭を下げた。

 

「うちの部員が迷惑をかけたようだ。すまない」

「いや……俺は大丈夫だ」

 

 なんというか、苦労しているらしい。生真面目そうに整えられていたはずの彼の髪は乱れていた。

 そのまま彼らは背を向ける。鎌野が緩い調子でこちらを見ずに手を振り、鉢鐘は未だに抱えられたまま、笑顔でぶんぶんと手を振ってきた。

 

「じゃ」

「鳴哉、またなー!」

 

 伊槌も頬を緩めて振り返す。試合以上の疲れが、どっと襲ってくる感覚が全身に広がって、深く息を吐き出した。

 気を緩めた伊槌に、長宗我部の低い声が耳朶を打つ。彼はこちらを見ないまま喋った。

 

「そちらのキャプテンに伝えておいてくれ。『いい試合だった、次も楽しみにしている』、と」

 

 その声は、いつものような無機質な低音。だが、その中に、どこか少年らしい楽しげな感情が込められているような気がした。

 返答する前に、彼らは青森のベンチへと下がっていってしまった。伊槌も、仲間の元へ歩を進める。

 

(あの伝言……俺たちがFF予選でもう一回当たる前提かよ)

 

 ずいぶん買ってくれている、と伊槌は苦笑を漏らす。だが、そう思われるのは悪い気はしなかった。

 穏やかな陽気が、祝福するように風に乗って、軽い足取りで歩む彼の頬を撫でた。

 

 

 

 

 

────────

 

 

 

 

 

 ──青森附属との練習試合から、1週間後。照りつける日はさらに眩しくなってきた頃。

 FF青森予選がとうとう目と鼻の先になり、対戦校の抽選会が今日行われる。

 キャブテンの様崎と顧問の月並が代表として会場に赴き、部員たちは練習を重ねながら待つ。太田は用があると言うことで部活を欠席していた。

 青森のそれと比べれば、あまりにも粗悪な土のグラウンドを、彼らは必死に駆けていた。

 

「橘花ァ、走れ!」

「ハァ、ハァ……はい!」

 

 靴木とマッチアップする無籐が、息も絶え絶えに汗を垂らす橘花へ指示を送る。死にそうな声で返答しながら、彼はふらつく足取りでピッチを駆けた。

 その動きに合わせ、無籐が靴木の足を掻い潜り橘花にパスを合わせる。肩を弾ませながらトラップした彼に対し、宵闇がすぐさまプレスをかけた。

 

「そんな疲れてるならボール渡してくださいよ……」

「いやっ、です……!」

 

 小さい体を目一杯使ってボールを奪おうとする宵闇を、橘花も体を使って抑える。彼女の小柄な体格が示すように、パワー自体は弱く橘花の技量でもキープすることができた。

 だが、ここからどうすれば──迷う橘花の耳にピッチを削るように走る鋭い足音が突き刺さった。

 

「走ってるぞ!」

「……伊槌、先輩っ」

 

 彼らの背後から、伊槌が一目散にゴール前は走る。呼び声に反応できた橘花だが、宵闇を背負い、ゴールに背を向けた体勢のためパスが出せない。

 だが、その瞬間橘花の脳裏にインスピレーションが巻き起こる。その直感を信じて、彼は背負った体勢のまま、ヒールで後ろの伊槌目掛けて決死のパスを送った。

 

「えっ、なんですかそれ……!」

「……! ナイスだ!」

 

 マークしていた宵闇の想像を超えたパスは問題なく伊槌の足元へ転がっていく。

 だが、伊槌のそのまた背後から流星のような速さで少女が空気を切り裂き伊槌に体を寄せてきた。

 

「そう簡単にいかないわよ!」

「ホープか……!」

 

 とんでもないスピードで突っ込んできたホープが、伊槌の前方へ立ち塞がる。このままボールを保持しても他のディフェンスが間に合い、無理に打ってもブロックされるいいカバーだ。しかし、伊槌は動揺した様子を見せず、むしろ口角を少し上げ、軸足を突き刺し、右の足を振り上げた。

 

「ダイレクトで打つ気!? そう簡単にいかせないわよ!」

「止めます……!」

 

 ホープが驚愕しながらも、予想の範囲内と言った様子でシュートコースに足を入れて切ってきた。猶予のないゴール前で即座に判断し、的確にそれを実行できる。練習試合の時も感じたが、やはり彼女もなかなかの実力を持っているらしい。

 振り上げられた伊槌の足は、鋭く空を切り──ホープの足をすり抜け、真横を並走していた木崎への鋭いパスとしてゴール前を横断した。

 

「えっ!?」

「よぉし、来たぁ!」

 

 事前に、伊槌にボールが入ったらゴール前へ突っ込めとの指示を受けていた彼は愚直にその命令を遂行し、完璧なタイミングでフリーになることに成功した。ディフェンス陣は伊槌がパスを出すことを予測できておらず、虚を突かれたように硬直している。

 

「オラァ!」

 

 太陽のような笑みを浮かべ、素早くシュート体勢を取った木崎の足から、弾丸のような一撃がゴールを襲う。

 空を切りゴール右側へまっしぐら飛んでいくボールを、ただ1人を除いて見送ることしかできない。

 

「あっ……」

 

 そのただ1人、辛くも反応した久良島が横っ飛びでセービングを試みる。が、咄嗟のことに必殺技を使うことができず、明らかにパワーで負けてしまっている。

 精一杯に伸ばされた彼女の指先を弾き、ダイレクトシュートがガシャン、と派手にネットを揺らした。ネットに跳ね返されたボールが木崎の足元に帰ってくる。それほど強烈なパワーを秘めていた。

 

「よっしゃぁ!! ナイスパス伊槌!」

「ああ、ナイシュー」

 

 元気よく近寄ってきた木崎と軽くハイタッチをして労い合う。

 燦々と輝く太陽より熱く雄叫びを上げて喜びを露わにする木崎に、伊槌が苦笑する。

 

「ナイスゴールです! やっぱりすごいパワーですね!」

「だろ! 憲戸のエースストライカーの座は渡さねーぞ!」

 

 攻撃側だったがボールを触る機会のなかった明凪が目を輝かせて寄ってくる。木崎が調子良く威勢のいい言葉を吐き伊槌に笑いかけてくるが、伊槌は鷹揚な態度で楽しげに笑みを浮かべていた。

 その視界の端で、飛びついた体勢のまま倒れ込んでいた久良島が不満げな様子でむくりと起き上がった。

 

「…………」

 

 そのまま少しの間、視線を落として感触を確かめるように手を握ったり開いたりを繰り返す。そして、意を決したように伊槌たちに声をかけてきた。

 

「……あ、あの。先輩方から見て、今の私のプレーで悪かったところとか教えてくれませんか……?」

 

 その言葉に、伊槌が目を見開く。

 彼女の言葉をしっかりと頭の中で咀嚼し、飲み込んだのち、楽しげに口角を上げる。

 彼は実に嬉しそうに、深々と首肯した。

 

「もちろん。まずはポジショニングが良くなかったと思う。俺に引っ張られすぎてた」

 

 伊槌の指摘を、久良島は頷きながら聞いている。一言も聞き逃さないと言う意思さえ感じるほど、身を乗り出して言葉を吸収していた。

 伊槌がふっと、横の木崎へ視線をよこす。先輩たちって言ってたんだからお前も何か喋れ、と言外に伝えたかったのだが、彼は不思議そうにこちらを見て首を傾げていた。頭の上にハテナマークが浮いていたとしても不思議ではないくらい惚けた顔だ。

 すっ転びそうになった伊槌だが、仕方がないので、言葉にして伝える。

 

「お前から見て、久良島のプレーで気になったことだよ。あるか?」

「お、俺か? 俺バカだからあんまそういうのわかんねーぞ?」

 

 先ほどまでの楽しげな雰囲気から一転し、そう言って狼狽える木崎だが、久良島の前髪に隠れた熱い視線に気付いたのか、ばつが悪そうに顔を歪め、唸りながらも話し出す。

 

「うーん……瞬発力か? シュートに反応出来てたけど届いてなかったしよ」

「なるほど……ありがとうございます」

 

 彼女が礼儀正しくお辞儀をして感謝を伝えてくる。伊槌は軽く片手を上げ、木崎も笑って見せて礼を受け取った。

 久良島の背後から、突然細い少女の腕が肩に回される。驚いて肩を跳ねさせた久良島が振り向くと、その少女は笑顔を浮かべたホープだった。

 悪戯そうに笑う彼女が、久良島の頬を突きながら言う。

 

「ま、あんま落ち込みすぎるんじゃないわよ! ホープちゃんに任せときなさい!」

 

 そう言って彼女が頼もしげにその薄い胸を叩く。驚いた様子の久良島も我に帰って、ホープの言葉に苦笑している。

 

「あなたが止めてくれれば私たちも楽なので頑張ってくださいね……」

 

 宵闇が皮肉めいた口調で、目を泳がせながら語る。

 言葉は少し悪いが、彼女なりの激励であることはなんとなく分かった。久良島もそれを承知しているのか、少し口角を上げてその言葉を噛み締めていた。

 

「おい、いつまでも話し込んでんじゃねェ、もう一本行くぞ!」

「はい!」

 

 無籐の命令に、伊槌たちが素早くポジションに散っていく。

 体力に不安のある橘花が梵場と変わり、ホープと無籐が攻守を変更して、再びミニゲームの幕が切られた。

 伊槌のバックパスを、梵場が受け取りドリブルを開始した。いつものものとは少し違うサングラスを光らせながら、軽快に持ち上がっていく。

 

「フッ、僕のステージで踊ってくれる方はいないのかい?」

「ならば付き合ってやろう」

 

 挑発的に微笑んだ梵場の言葉に呼応するように、靴木が壁のように進路を塞いでくる。

 梵場が少し顔を歪めたが、すぐさまいつものニヒルな笑みに変わる。周囲の味方に視線をやるまでもなく、単独でのドリブル突破を試みた。

 

「生憎と男はお呼びじゃないんですよ! スピニングドライブ!

 

 地面を抉るほどの勢いで梵場が猛烈な回転を始め、コマのように靴木へと突進していく。

 対する靴木は、突貫してくる梵場を見てもあくまで冷静に振る舞い、黄色いオーラを全身に迸らせた。

 

クッキーウォール!

「……っ!」

 

 靴木の背後に壁が迫り出される。その余波で地面が揺れ、梵場が足を揺れに取られた。回転を止めることを余儀なくされる。尚も地震は意思を持つように、梵場の体勢を崩さんと波打つ。

 

「ぐっ……!」

 

 このままでは確実に奪われる──梵場の脳裏に克明と浮かぶその事実を打ち消すように、その男がするりと斜め前方に現れた。

 それは伊槌だった。彼は梵場が性格上ドリブルに拘るのは分かっていたが、いざと言う時にサポート出来るよう意識したポジショニングを取っていたのだ。

 梵場は笑いながらもどこか忌々しげに伊槌を見やり、仕方ないとばかりにパスを送った。

 

「また僕よりも目立つだなんて……覚えていろ伊槌!」

「知るか!」

 

 梵場からパスと怨嗟の声を受け取った伊槌は、無籐がプレスに来る前に素早く右斜め前にスルーパスを入れる。ディフェンスに取られないよう精度を意識したためスピードはあまりなかったが、問題なく通すことができ軽く拳を握る。

 そのパスを、金髪の少女が疾風のように駆け上がって足元に収めた。いい形でホープに右サイドでパスを受けられた状況となった守備側に緊張が走る。

 

「宵闇、プレスかけろ!」

「は、はいぃ……」

 

 無籐の檄が飛び、少し慄きながらも宵闇がすぐさまホープへ足を伸ばす。だが、ホープはプレスを意に介した様子もなく、笑みを見せてむしろドリブルのスピードを上げてみせた。

 

「遅いわよ!」

 

 彼女の体を、光が包んでいく。速すぎるスピードが周囲に鋭い突風を巻き起こし、立ち塞がった宵闇に光と風が襲いかかる。彼女はそのパワーに気圧されながらも、正面からホープと相対した。

 そして、刹那の間に──

 

ライトニングアクセルッ!

「……え」

 

 ──光の帯が見えたかと思えば、いつのまにかホープが宵闇を抜き去っていた。

 抜かれた瞬間を認識できなかった宵闇は惚けたようにその場に立ちすくんでしまう。が、ゴール前から飛んできた鋭い呼び声に意識を引き戻される。

 

「俺が空いてる!」

「チッ、やらせるかァ!」

 

 それは伊槌の声だ。パスを出した後も足を止めず、ゴール前に滑り込んできている。見逃さずついていった無籐がなんとか抑えようとするが、サボらず動き回って的を絞らせない。

 

「俺もいるぞぉ!」

 

 さらにその背後を、木崎が1人走り込んでいる。無籐が2人を見なければいけない状況に陥り、忌々しそうに舌打ちをする。

 ホープの視線がペナルティエリア内へ向けられる。軸足を固定し、体を大きく開いてクロスの体勢を取るともに、3人の動きが激しくなった。

 そして、ファーサイドに流れると見せかけ無籐を釣り出した伊槌が急激に進路を変え、ニアサイドでフリーになる。

 

「チッ、ヤベェか……!」

「ホープ!」

 

 決定的なチャンスを作り出した伊槌が鋭く呼びかける。その呼び声を認めたホープは、伊槌に視線を向けて、センタリングを放つ。

 

()()!」

 

 ──さらにファーサイドに寄っていた明凪に対して。

 

「私ですか!?」

 

 そのクロスに、無籐だけでなく伊槌も、明凪も予想を裏切られる。遠いサイドに高く上げられたボールは少し精度を欠いているように不安定な軌道で飛んでいた。

 無理をしてまで何故明凪に、だが伊槌が理由を考えつく間もなく、何とか反応した明凪が、足に闇色のオーラを纏い、回転しながら飛び上がる。

 

「はああああ!!」

「……来る……!」

 

 それはかの日本代表、イナズマジャパンのエースストライカーの代名詞とよく似ている。回転とともに増幅した暗い炎を、高く打ち上がるボールに叩きつける。刹那、闇色の弾丸が妖しく燃え上がりながら空を切ってゴールを突き貫かんと放たれた。

 

ダークトルネードォォォ!

 

 激しく闇を撒き散らしながら進むシュートに、怖気付く様子を全く見せず久良島が立ち塞がる。先ほどの伊槌のアドバイスを肝に銘じ、FWのポジショニングに釣られすぎないことを意識していたため、予想外のシュートにも難なく反応することができたのだ。

 

「力強さを意識して……思いっきり振り抜く……!」

 

 彼女の右腕を、ダークトルネードの闇色とは違う、深淵のような真黒が渦を巻く。全身に力が過不足なく伝わるように、右腕を引いて深く腰を落とした。

 これが、青森附属との激戦で、逆境の中覚醒させ身につけた、彼女だけの必殺技。

 強く目を開き、闇を引いて流星のように落ちてくるダークトルネードに対し、真正面から力強く打ちつけた。

 

「行きます、真っ黒パンチ!

 

 彼女の裂帛とともに、闇と漆黒がぶつかり合う。叩きつけあった衝撃で風が巻き起こし、背後のゴールネットが激しく揺れた。

 スピードに比例したパワーで突き進もうとする闇を、漆黒の拳が食らっていく。やがて漆黒が闇を包み込み、突き出される拳に先導されたように渦巻いたオーラが弾け、ダークトルネードを激しく弾き飛ばした。

 

「やった……!」

「うー、やっぱ1人じゃパワー不足ですねー……」

 

 久良島が髪で隠れていても分かるほどに目を輝かせ、反対に明凪は頭を押さえて落胆を隠せない様子だ。

 

「いやー、惜しかったわね!」

「…………」

 

 だが、それ以上に伊槌はホープのクロスが気になった。彼がフリーになった時、ホープは確実にこちらに視線を合わせていたし、彼女も伊槌を囮に明凪にクロスを送ることは簡単な選択ではなかったはずだ。

 近場にいた久良島にナイスセーブ、と声をかけ、ホープの元へ歩みを進めようとした時、間の悪いことに橘花が声を上げた。

 

「あ、キャプテン!」

「ん、ただいまー。いい子にしてた?」

 

 様崎が少し疲れた様子で手を振ってこちらに歩いてきていた。出迎えるように近寄ってきた橘花に笑顔を見せ、その頭をわしゃわしゃ撫でる。流石に橘花も顔を赤らめながらさっと離れ、様崎はそんな彼に悪戯っぽく笑顔を見せていた。

 そして、様崎の横には、何故か三刀屋も佇んでいる。確か彼女は水を取りに行ってくると言い残していたはずだ。どこか芝居がかった仕草で梵場が首を傾げた。

 

「おや、マドレーヌ先輩は何故?」

「水を汲みに行ったらサクヤとバッタリ会っちゃってネ! 一緒に帰って来たヨ!」

 

 楽しげな顔でそう言い放ち、スクイズボトルを部員たちに配り始めた。伊槌もそれをありがたく受け取り、ひとまず様崎に視線を向ける。ホープにプレーについて聞きたい気持ちはあったが、タイミングが悪い。

 水をあおりながら、様崎が疲労を声を滲ませて話し出す。

 

「いやー、やっぱ抽選会みたいなピリピリしたところは嫌いだね。無籐くんが代わりに行ってきてよー」

「キャプテンはあんただろうが……」

 

 呆れた様子で彼は首を振る。ため息もついて、仕方ない奴だ時、全身が雄弁に語っていた。

 その横で、木崎が待ちきれないと言った様子で様崎に質問をぶつける。

 

「で、抽選会の結果はどうだったんだ!?」

 

 その言葉に、様崎がふっふっふ、と勿体ぶるように笑い声を上げる。伊槌は早く言えとしか思わなかったが、木崎やホープ、三刀屋などはわくわくと様崎に熱い視線を向けていた。ノリのいい奴らだった。

 そのままはしたなくズボンのポケットに手を突っ込んで、ごそごそと何かを探していたかと思えば、一枚の紙を広げてこちらに見せてきた。

 

「じゃーん! 1回戦は『泰山中』と当たりまーす!」

「……ふむ、泰山か」

 

 彼女が広げた容姿には確かに、『1回戦:憲戸中vs泰山中』と書かれていた。伊槌には全く聞き覚えのない学校だったが、思案顔で頷く靴木の反応を見るに、何人かは知っている様子だ。

 

「泰山……去年私たちが負けたところですね」

「……リベンジって訳か」

 

 ホープの呟きに、伊槌も合点がいく。

 詳しく聞けば、泰山中は2年ほど前にできた新設校だそうだ。去年、1回戦で泰山と対戦し、3-0の敗戦を記録したらしい。

 その後、泰山も2回戦で敗退したが、年々堅実に力をつけてきており、今年は更なる飛躍を夢見ている、との話だ。

 

「まあ、本当に上手い奴は青森附属に行くからあんまタレントは揃ってねェがな」

 

 無籐が遠い目でそう付け加える。青森附属は、伊槌が考える以上にここ青森では強大なチームのようだ。

 なんであれ、泰山との因縁を知った1年たちの目に闘志が宿る。無論、伊槌にもだ。

 

「今年は勝ちましょう……私も全力を尽くします……!」

「まあ、やるからには足は引っ張りませんよ」

「はい、僕も頑張ります!」

 

 久良島が、宵闇が、橘花がそれぞれ決意を表明する。ネガティブにも聞こえる宵闇でさえ、頼もしい顔をしていた。

 様崎も彼女らの言葉に満足そうに頷く。そして、そのまま伊槌に視線を合わせ、にこりと笑いかけてきた。

 

「君にも期待してるよ、鳴哉くん?」

「……ああ、俺はいつでも本気だよ」

 

 ニヤリと口角を上げ、拳を握りしめる。

 太田のメンタルや、ホープのプレー。そして純然たる実力差など、越えなければならない問題は数多くある。

 だが、まずは目の前の試合、打ち勝つべき相手にしっかりと打ち勝つ準備をしていかなければならない。

 1試合1試合(パルティード・ア・パルティード)。かつてスペインで教えられたその言葉を思い出し、伊槌は軽く息をついて心を落ち着かせる。

 

「……必ず勝つ」

 

 自分を受け入れてくれたこのチームで勝つ。自分に期待してくれる仲間たちと戦う。周囲の仲間たち見渡しながら、伊槌が再び決意を固める。

 傾き始めた夕陽に照らされ、様崎を混ぜて憲戸中サッカー部は練習を再開した。

 

 1回戦まで、あと少し。




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