イナズマイレブン〜蘇る雷鳴〜   作:暁の教徒

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おひさ


11話:拮抗勝負

「木崎、こぼれ球!」

「分かってるぜ、オラァ!」

 

 憲戸陣内から鋭く放り込まれたロングボールが、運良く泰山ゴール前にこぼれる。伊槌は甘塚にピッタリとマークされてしまっているためにそのボールに反応できなかったが、無秩序な動きでマークを剥がしていたもう1人のFW、木崎が抜け目なくボールを収める。

 そして、そのまま間髪入れずに右足を振り抜く。まだ多少距離はあったが、DFが寄せてきていたこと、そして何より、FWとしてシュートしないという選択肢は、木崎の中に存在しなかった。

 

「キーパー……お願〜い」

 

 甘塚が、相変わらず眠そうで甘ったるい声をあげてGKの足利へ檄を飛ばす。それを受けた足利は、へっと笑みを浮かべて鋭く空を切るシュートに、正面から相対した。

 

「へっ、キックvsキック! 俺の真骨頂ってやつを見せてやるぜ!」

 

 改めて気合を入れるように口にし、腰をしっかりと捻り、シュートを蹴り返すような、猛烈な勢いで右足をボールに叩きつける。

 

「うおおぉ、ブチ抜けぇ!」

「すげぇパワーだけど……こんくらいなら!」

 

 木崎のパワーは伊槌と比べても遜色ないものであるが、整っていない体勢、そしてゴールから離れた場所で打ち出されたシュートに押し負けるほど、彼は柔なGKではない。一瞬の拮抗を生みつつも、しっかりとシュートを弾き飛ばし、SBの内田へのパスへと繋げる。

 

「ああっ、止められちゃった!」

「チッ、守備切り替えろ!」

 

 こぼれ球を詰めようとしていた明凪の横をパスがすり抜け、一転して泰山の攻撃に変わる。忌々しげに舌打ちをする無籐の言葉に従って、前線の面々も素早く近くの選手へチェックを怠らない。

 そんな中、伊槌は守備に奔走しているために多少汗を垂らしながら、苛立ちを隠せないでいた。

 

(前半20分か……お互いにシュートまで持っていけないせいでパッと見拮抗した展開だが……()()()()()()()()

 

 あくまで冷静に、伊槌は試合の流れをそう読む。

 今の木崎のシュートが、両チーム合わせて4本目のシュート。互いに決定的な場面を作れていない状況ではあるが、伊槌は常に危機感を抱いていた。

 自分がボールに触れていないのもそうだが、それ以上に、憲戸は攻守ともに噛み合っていない。彼はそう睨んでいる。

 

「オラァ!」

「危なっ、ひとりワンツーっと!」

 

 内田からパスを受けた気村に、無籐が素早いプレスを見舞うが、慣れた動作で放たれたドリブル技に突破を許してしまう。妙にへらへらと釣り上がった気村の口角に、一抹の苛立ちを覚えた。

 しかし、今まさに抜き去られた無籐に特段慌てた様子はない。不審に思った気村が少し身構えると、突如その眼前に壁が聳える。

 

「通さん」

「ナイスカバーだ靴木ィ!」

 

 DMFの位置で動き回る靴木が、彼の目の前へどっしりと構える。守備に不安がある明凪と梵場を擁している中盤も、あの3年生コンビのお陰で堅固なフィールドとなっているが──問題はそこではない。

 予測していた気村は、靴木にアタックされる前に背中を向けてボールをプロテクトする体勢に入る。

 

「無理はしない、ってね」

 

 靴木からボールを守りながら、右サイドにボールを散らす。パスを受けたサイドハーフの荒木もボールをワンタッチで背後のSBに叩いてボールを安全な場所へと戻した。

 その選択が意味することに、伊槌は歯噛みして声を荒らげる。

 

「ロングボール警戒しろ!」

 

 マークされている甘塚へのパスコースを消しながら、腕を振るってDF達に警鐘を鳴らす。

 泰山はロングボールを放り込む時、この試合中一貫して狙っている一点がある。()()()の頭上だ。

 

「来るよ、太田くん!」

「う、うん……!」

 

 SBから最前線へ迷うことなく送られるボールは──太田の守備するエリアへと一直線に向かっていく。

 

「どけっ!」

「う……どかない……!」

 

 太田と競り合うFWの鈴木が、激しく体をぶつけて吹き飛ばそうとするが、太田の恵まれた体格を弾き飛ばすことは難しい。だが、それでも一瞬太田の動きが止まってしまう。

 その隙は逃さないとばかりに、鈴木が太田の前に入ってボールを収め、背後の味方に上がれと指示を送る。

 

「あっ……」

「っしゃ、来いお前ら!」

「チッ、またか!」

 

 この試合、例のミスをしてから太田の守備は、すこぶる精彩を欠いていた。それを抜きにしても、鈴木はロングボールがよく収まる。面倒だ、と感じながらも、さっさと伊槌も自陣へと踵を返し足を回転させていた。

 鈴木が背後から上がってきた気村へボールを渡す。優しいボールを難なくトラップし、次のプレーに移ろうとした彼だが、その目の前には、いつの間にか、憲戸の10番がすぐそこまで迫っていていた。

 

「キャプテン!」

「うぐっ、相変わらずプレスが早い……」

 

 飛ぶような速度で目の前に降り立った様崎が、気村と正対する。彼は相変わらずのニヤけた表情をさらに深くして、冷や汗を垂らした。

 

「もらうよっ!」

 

 様崎も笑みを浮かべながら、祈るように手を合わせる。円を描くように腕を振るえば、彼女の足元から3つの球体が出現し、気村を威嚇するように周囲を漂い始める。

 明らかな異常に、半身を下げて身構えた気村に対し、球体が一気呵成に彼へと襲いかかった。

 

サテライトドロー!

「うわぁ!?」

 

 球体がボールを掻っ攫い、頭上で爆発を起こして気村からボールを奪い取った。流石の守備に、伊槌も胸を撫で下ろす。

 だが、それもいつまで続くかわからない。太田のカバーに入っているということは、彼女のポジションはガラ空きになってしまっているということでもある。いつまでもそこを見逃してくれるほど、泰山も甘くはないだろう。

 

「先制点を奪う……!」

 

 拮抗した試合では、何より先取点が重要な意味を持つ。お互いに決め手が見つからない試合では、1点のリードは心理的に大きく作用してくれるものだ。伊槌は軽く息をついて、横目で敵陣に突撃する木崎を視認し、バランスをとりながら前線に上がっていく。

 

「無籐くん!」

「すぐに奪うぞ!」

 

 様崎が無籐に縦パスをつける。が、出した瞬間に棗の指示を受けた泰山の選手たちが群がるように猛烈なプレッシングを開始し、あっという間に無籐を囲んでしまう。

 

「……ハッ、俺も舐められたもんだなァ!」

 

 だが、無籐は慌てない。むしろ、獰猛に笑って戦意をたぎらせる。

 泰山のMFが2人がかりで、無籐のボールを奪いにかからんと飛びかかる。しかし無籐は体を使ってボールをプロテクトし、2人を抑え込んだ状態でキープ。なんとか足を伸ばして奪おうとするも、無籐のパワーに体幹を揺らされて狙いが定まらない。

 

「ぐっ、パワーあるな……!」

「ハッ、お前らがヒョロいだけだろ!」

 

 無籐の煽りに、泰山MFの2人が青筋を浮かべてより強引に奪いにかかる。それでも手をこまねいている状況に痺れを切らし、靴木のマークを捨てて気村も突っ込んできた。

 

「流石に3人がかりはキツいんじゃない?」

「ああ、そうだなァ。無理だろ」

 

 にべもなく、無籐が答える。その答えに、気村が癖になっているニヤけ面を不審げ顰めたが、すぐさま思い至ったのか、たたらを踏んで迷いを見せる。

 

「まずいか──」

「もう遅ェ! 靴木ィ!」

 

 無籐のしてやったりと言った感情が滲み出た声と共に、気村のマークを外れ、フリーの状態で待ち構えていた靴木へ強烈なパスが通る。そのパスを待っていた彼は、難なくそのボールを収め、左サイドへ視線を向けた。

 

「ヘイ、開いてるヨ!」

「ああ、行け三刀屋!」

 

 その視線の先で、良いポジションをとっていた三刀屋へすぐさまパスを送る。無籐に引きつけられていた分だけ、憲戸陣内でのマークが緩んだ瞬間を的確につけていた。無籐のゲームコントロールに、伊槌が舌を巻いて賞賛の意を表する。

 

「くそっ、これ以上は行かせない!」

 

 三刀屋にマークを外されていた荒木が、焦った様子で彼女へ猛烈にタックルを仕掛ける。

 

「ワワッ、危ないネ!」

 

 流石にパワーで負けている三刀屋が大きくよろめくが、焦りに任せたタックルであったためになんとかボールを失わずに済んだ。

 とはいえ危ない状況に陥り、冷や汗をかく三刀屋が荒木と相対する。その空気を切り裂くような、場違いなほど爛漫な声が彼女の名前を呼ぶ。

 

「三刀屋先輩! 私開いてますよー!」

「ン……フフ、良い子だネテルヨ!」

 

 フリーで降りてきた明凪が三刀屋からのパスを受ける。その動きに呼応し、中央に陣取っていた伊槌が前線に腕を振るった。

 

「上がるぞ木崎!」

「言われなくても行くぜぇ!」

 

 指示を受けて、明凪と共に前線の選手が一気にゴール前へ殺到していく。前半終了間際に現れた大きなチャンス、活かさない手はない。

 

「やらせないよ〜……」

 

 相変わらず甘塚から伊槌へのマークは厳しい。近くのSBもいつでもサポートできる距離感を保っており、伊槌への警戒の深さが読み取れる。

 だが、一瞬だけならフリーになれる。伊槌にはその自信があった。

 

 中央での攻防を尻目に、左サイドを軽快に駆け上がる明凪の前方に、SBの広瀬が立ち塞がる。ここを抜けられればピンチは免れない。その目は強い責任感を宿していた。

 だが、それは明凪も同じ。力強く笑みを携えて、2人はマッチアップする。

 

「やらせるかよ!」

「通してもらいます!」

 

 お互いに鋭く声をあげ、ぶつかり合う。

 先手を取ってボールへアタックした広瀬だが、明凪が細かいタッチで難なく回避し、そのままボールを蹴り出して抜き去る動作を見せる。が、広瀬が肩をぶつけながらバックステップを踏み、彼女の前進を阻みつつ再び目の前を塞いだ。

 

「やりますね、それなら!」

「来い、止めてやる!」

 

 彼が再び大きくバックステップを踏む。着地した瞬間、その反動を利用し今度は大きく明凪に突っ込み、青いオーラに包まれた右足を振り抜いた。

 

スピニングカットッ!

 

 刀が振り下ろされたかのような風切り音と共に、右足から放たれた衝撃波の壁が明凪の眼前を塗りつぶす。強い突風に煽られながらも踏ん張った彼女は、青空の下へ大きく飛び上がる。その背後には、夜闇と共に彼女を待っていたかのような三日月が煌めいていた。

 

三日月の舞!

 

 局所的な闇を背に、踊るように三日月をなぞって回転する明凪から、暴風とすら形容できる力の塊が広瀬を叩きつける。

 

「ぐっ……!?」

 

 スピニングカットの壁はろうそくの炎のように容易くかき消され、その背後にいた彼もピッチに線を残しながら弾き飛ばされてしまった。

 明凪の本職はFWでありながら、類い稀なドリブル能力を持っている。1vs1なら憲戸中の中でも上位に位置する突破力が遺憾無く発揮されていた。

 

「よし、クロス──」

「あげさせるかぁ!」

 

 それでも、広瀬は諦めない。

 弾き飛ばされはしたが、衝撃波の壁がガードになったことで体勢は崩れていなかった。すぐさま復帰してキックモーションに入った明凪へ、衝突するほどの勢いを持ってプレスをかける。

 

「嘘!?」 

 

 流石に明凪も顔を驚愕の色に染め、動揺から足元がふらついてしまう。そのことに歯噛みしながら、どうにか無理矢理にでもキープの体勢に持って行こうとした瞬間、銀髪の男がこちらに走り寄っているのが見えた。

 それを認識した途端、一気に思考を切り替える。突っ込んでくる広瀬を気にせず、思いっきりその影へとパスを振り抜いた。

 

「伊槌先輩!」

 

 明凪の安堵したかのような声と共に、柔らかいパスが伊槌の足元に収まる。集中した表情で甘塚の前に入りボールを受けた彼は、横目でチラリ、とゴールの方へ視線を向ける。

 その瞬間、泰山のDF陣に今日1番の危機感が湧き上がる。

 打たせてはいけない。打たれれば決まる。根拠はないが、リアリティのある緊張感に、足利が叫ぶように声をあげた。

 

「そいつには絶対撃たせんなよ! 他はマーク緩めても良い!」

「同感〜……君は絶対止めるよ〜……」

 

 甘塚がより強く体を寄せてくる。こうなってしまっては伊槌でもシュートまで持っていくことは容易ではない。

 そう、シュートまで持っていくことは──

 

「無籐の時もそうだ……」

「……?」

 

 ポツリ、と伊槌が呟く。

 獰猛に微笑みながら、ゴールから視線を外して、逆サイドを見つめる。その先では、流星のようにかける少女の姿が見える。その姿に、より笑みを深めた。

 

「1人にかまけてたら、痛い目見るぞ!」

 

 力強く声を発し、伊槌がサイドチェンジのパスを放ち、一瞬固まるDFを置き去りにして走り出す。鋭く逆サイドへ向かうそのボールは、スペースへ走り込んでいた少女の足元にピッタリと収まった。

 

「ナイスパスよ!」

 

 伊槌のパスが気持ちいいほどにピンポイントで通ったことに可愛らしく笑みを浮かべ、サイドの深い位置で完全にフリーとなったホープがペナルティエリアへ視線を向ける。

 

「来いホープ! 放り込めー!」

 

 エリアを斜めに突っ切りながらニアサイドへ走り込むほぼフリーの伊槌、ファーサイドでオフサイドギリギリの位置でボールを要求してくる木崎、最も遠い場所で、DFの死角を取りながらこぼれ球を狙う明凪の3人。

 取るべきプレーを決めたホープが、深呼吸をしてクロスの体勢に入る。

 

「くそ、取り敢えずゴール前固めろ!」

「絶対決める……!」

 

 その言葉を口にした瞬間──

 

「──伊槌ッ!」

 

 ホープの足から、柔らかく優しい弾道のクロスが放たれた。

 中弾道で入ってくるそのボールに、伊槌はゴールに猛進しながらそのクロスに合わせようとする。が──

 

「……くっ、後ろ……!」

「……っ」

 

 ──やはり、合わない。

 これが、伊槌が憲戸を不利と評した理由の1つ。

 

「ファイナルサードで連携が合わない……!」

 

 どんなに上手くゴール前まで運べても、どんなに美しくディフェンスを欺いても。

 シュートがゴールに入らなければ得点はできない。彼らは、そんな当たり前のことに苦しめられていた。

 

 ホープのクロスは、先ほどまで伊槌のいた地点を狙ってあげられていた。が、伊槌はよりゴールに近づくためにその場を離れてしまっている。細かい連携のミスが、決定機創出を阻害している。

 とてもシュートまで持っていけないだろうその状況に、戻ってきていた気村が安堵のため息をつく。

 

「クロスは抜ける……9番の方警戒しとけ!」

 

 それでも危機感は失わず、あくまで冷静に指示を出す。甘塚は付かず離れずの距離感を保つが、もう1人のDFは木崎へのマークを固める。このままではまた奪われる。

 

「させるか、クソ……!」

 

 ここで得点できれば、後半はもっと余裕を持って戦える。自分たちもチャンスを作れていないが、相手も効果的な攻撃ができていない。

 だから、この振って沸いたチャンスは、絶対に──

 

「──掴むッ!」

 

 刹那、ゴールに向かっていた伊槌が体を反転させ、ゴールに背を向ける体勢を取る。足利が警戒したように身構えるが、関係ない。

 そのまま右足を軸に、左足を振り上げる。必ず、届かせると強く誓い、今にも落ちてくるボールに意識を集中する。

 

「取る……」

 

 だが、ボールは無常にも、伊槌の股下を抜けていく。シュートは、できない。

 

「よ〜し、抜けた……」

 

 安堵が、失望が入り混じるため息が、おびただしいほどにピッチ上に漏れる。張り詰めた緊張の糸が緩む錯覚を誰もが見た。

 その中で、伊槌は。

 この男だけは、『計画通り』と笑んだ。

 

「食らえッ!」

 

 ──次の瞬間、左足の踵を通り抜けかけたボールを、()()()()()()で打ち出した。

 威力はない。だが、誰もが予想もしなかったシュートに、今度は息を飲む音がピッチに木霊する。

 

「は……!」

「あの体勢で打ちやがった……!」

 

 無籐も流石に驚愕を隠せない。だが、その口元には笑みが浮かんでいた。

 力無いシュートは、ゴールラインを割る。バランスを崩している伊槌も、泰山のDF陣も、誰もがその瞬間を覚悟した。

 ──だが。

 

「うらぁ!」

「何っ!?」

 

 伊槌が背を向けた瞬間から、抜け目なく注意を巡らせていたGK、足利一鉄のキックが、ラインにかかっていたそのシュートをすんでで弾き返す。チームを救うスーパーセーブに、今度は伊槌が驚かされる番だった。

 

「……へっ、俺を舐めんじゃねぇぞ!」

 

 少年のように笑いながら、足利がそう言葉を放つ。伊槌は顔を歪めて悔しさを噛み締めることしかできない。

 無理な体勢でバックヒールシュートをしたことでバランスを崩した伊槌が倒れ込む。したたかに地面に叩きつけられながらも、伊槌が叫んだ。

 

「こぼれ球ッ!」

 

 足利のセーブは、咄嗟の判断による左足の上に体勢が整っておらず、ペナルティエリア内にボールが溢れている。足利も倒れており、詰めれば入る。祈るように伊槌はそれを口にした。

 そこに走り込むピンクの影。立派なアフロヘアーを蓄えたその男は、ヒーローのように駆け込んだ。

 

「フッ、分かっている。主役は遅れてくるものだよ!」

「おぉし、行け梵場!」

「やべぇ……!」

 

 不敵に微笑みながら、梵場がこぼれ球を打ち出す。ファーサイドで声を上げる木崎が得点の気配に喜色をみなぎらせるが、そうは問屋が卸さない。

 伊槌が倒れたことでマークから解放された少女が、素早くそのシュートを止めようと動き出す。

 

「ん〜……ダメだよぉ〜……」

 

 気の抜けるような声をあげながらも、しっかりと前を見据えて甘塚が立ち塞がる。

 彼女が気怠げに腕を掲げると、ファンシーで巨大な棒付きキャンディーがその手の内に召喚される。そのキャンディーを野球のバットのように大きく振りかぶると、飛んでくるボールに狙いを定めた。その視線の先で、気村の姿を捉え、視線が交錯する。

 何をする気なのか、あたりのついた梵場が、芝居がかった動作でやれやれと首をすくめた。

 

「おいおい、かわいい子猫ちゃんかと思いきや……なかなかアグレッシブじゃないか……」

「それはど〜も……それじゃぁ〜……吹っ飛べぇ、キャンディーストライク〜……」

 

 振りかぶったキャンディーを、ボールに力強く、甘塚らしからぬフルスイングで叩きつける。ノーマルシュートである梵場のそれが耐えられるわけもなく、拮抗も無しにハーフラインほどまで吹き飛ばされてしまった。

 

「くっ、まずい……!」

 

 靴木が歯を食いしばって走る。彼が焦る理由、それは、ハーフライン上に、少し前に甘塚とアイコンタクトを取っていた気村が、いつのまにか陣取っていたからだ。

 

「よし、カウンター!」

「ゆくぞ、前半で確実に点をいただく!」

 

 緩やかに落ちてきたボールを収め、すぐさまドリブルを開始する。憲戸の選手は前半終了間際のプレーということもあってほとんどの選手が前線に出ており、自陣には様崎、太田の2人しか残っておらず、急いで戻ってきている三刀屋と靴木を入れても4人しかディフェンスがいない。

 対する泰山はFWの鈴木と棗、今し方上がってきた気村ともう1人のMFが残っている。実質的に2vs4の数的不利を強いられていた。

 

「私が出るよ! 太田くんは構えてて!」

「う、うん!」

 

 このままズルズルと下がっていても失点は免れない。残り時間から見て、奪えば前半を終わらせられると踏んだ様崎が飛び出す。

 気村は慌てず前方の棗にパスを出し、ワンツーで様崎の横をすり抜けボールを確実に前進させることを選んだ。しかし、この少女はその程度では抜き去れない。

 

「行かせないよ!」

「早いな……!」

 

 追走してくる様崎に驚愕の声をあげつつ、しっかりボールを守って背後のMF中村に落とす。だが様崎が作った一瞬の時間の内に靴木のプレスバックが間に合い、中村との距離を一気に縮めて奪いにかかる。

 

「もらうぞ……!」

「うぐっ……」

 

 体格に勝る靴木のタックルに中村がたたらを踏む。このままでは奪われる──そう思った彼女は、一か八かでもボールを進めることを選んだ。

 

「鈴木、拾って!」

「くっ、太田!」

 

 ハーフラインから走り続ける鈴木へ、決死のミドルパスが放たれた。その場で止まって太田を剥がした彼がそのパスを受けようとする。が、靴木の声を受けた太田も、必死に体を当てて少しでも体勢を崩すためにアタックを仕掛けにいく。

 

「クソ、邪魔だ!」

「ご、ごめん!」

 

 鈴木に毒づかれ、反射的に謝ってしまうものの競り合いはやめない。巨漢2人の迫力ある押し合いは、しかし太田が押されている。どこか、力が入りきっていないようにも見えた。

 それでも、鈴木も万全とは言えない。ボールを持った後、反転してシュートまで持っていく余裕がない。FWとして自分が点を取りたい、そんな思いに塗られている思考を切り裂くように、少し高い、されど力強い少女の声が耳朶を打つ。

 

「我だ! 来い!」

「くっ……決めろ棗!」

 

 唇を噛みながらも、空中での太田とのぶつかり合いを制した鈴木が、棗目掛けてヘディングパスを放つ。体勢が悪く少し弱くなったが、充分通る勢いだ。

 だが、いつだって試合はそう上手く行かない。芝を削る疾走の音に、棗が弾かれたように後ろを向き、その少女の姿を視認した。

 

「絶対、点は渡さないヨ!」

「なっ、もう戻ってきたのか!?」

 

 棗の驚きをよそに、オレンジの残光を引きながら、周囲を見渡し読んでいた致命的なスペースに走りこんでいた三刀屋が、パスをカットするために精一杯足を伸ばす。ちょん、とつま先に何かが触れた気がした。

 

「皆が頑張ってるのに、ワタシが何もしないなんてできないヨ! いけェ!」

 

 触れた足先の感覚を信じて、彼女は身を投げ出し、右足を振り上げる。

 

「バカな……! ここまでやってダメなのか……!」

 

 棗が大きな黒と金の目を見開いて、絶望すら感じる言葉を紡ぐ。

 その視線の先には、三刀屋によって弾かれたパスが彼女の頭上をすり抜けていく様が明々と映っていた。

 終わった──そんな思考が鎌首をもたげる。

 だが、棗は力強く歯を食いしばると、前方へと矢のように走り出す。小さく細い体からは想像できないほど強い速さに、ゴールマウスの前に立つ久良島が威圧感を覚える。

 

「どうせ終わってしまうのなら……我は良い未来を信じるぞ!」

「早い……!」

 

 銀の髪を揺らしながら、棗は背後からのパスを信じ疾走する。きっと、彼らならやってくれると、雄弁に背中で語りながら疾る。

 そして、その判断は功を奏した。

 

「こんな本気でやるのは柄じゃないんだけど……!」

 

 三刀屋のカットは、足利のセーブと同じように咄嗟に出た反射行動であり、力が乗っていない、故にクリアは不完全となり、また諦めずに走っていた気村の足元に、不運にも導かれるように溢れてしまった。

 追いきれなかった靴木が眉根を寄せ歯噛みする。前線に残っていた伊槌も、今更ながら強い得点の気配を感じて目を見開いた。

 

「嘘だろ、クソ……!」

「行け棗! 絶対決めてくれよ!」

 

 伊槌の不安を現実にするように、気村からのパスが棗に通る。ディフェンスはもう1枚も残っていない。完全な1vs1に持っていかれてしまった。

 必死に戻る無籐が、願うように声を張り上げる。

 

「久良島ァ! 止めろォォ!」

「はい……! 絶対……!」

 

 久良島が強い目で、ペナルティエリアに侵入してきた棗を睨みつける。腰を落とし、どんな強力なシュートも受け止めてみせると言葉なく語る。相対する彼女の黄金の瞳も、気丈に笑みを浮かべながらシュートモーションに入った。

 

「貴様も、我も、仲間より想いを託されている……」

「ええ、だから絶対止めます……!」

 

 ボールに青いオーラが集中し、背後には竜のビジョン。ファーストシュートと同じ必殺技、だが最初のそれとは込められているパワーが段違いに感じられる。肌が泡立つのを感じながらも、久良島の右腕は暗闇を染まっていた。

 半身に構えて振りかぶる久良島を認め、棗は右足を振り上げる。

 

「どちらの想いが強く、どちらに神が微笑むか……勝負だ!」

 

 裂帛のあと、女子らしからぬ雄叫びとともに、全身全霊の一撃が放たれた。

 

ドラゴンッ、クラァァァッシュ!!

真っ黒パンチ……!」

 

 竜の咆哮のような棗の声を押され、青いドラゴンが芝を抉りながらゴールへと突き進む。そんなことは許さないと、久良島の渾身のストレートが竜の鼻面へと打ち付けられた。

 バンッ、と衝撃が弾ける。芝がサワサワと揺れ、一瞬久良島がゴールに押し込まれた。

 

「ぐっ、強い……!?」

「食いちぎれ、我が分身よ!」

 

 腕を叩きつけられてなお、ドラゴンクラッシュの威力は全く落ちない。むしろ久良島の腕を噛みちぎらんとばかりにパワーが増しているとさえ錯覚する。ザリザリと、久良島の体が後退させられていく。

 彼女も全身の筋肉に力を入れて、歯を食いしばって全力で迎え撃っている。だが、ドラゴンクラッシュのパワーはそれを超えていた。

 

「打ち抜けェェェ!」

「う、ぐ……! きゃあ!?」

 

 時間にすれば数秒の拮抗。棗の気迫とともに雄叫びを挙げたドラゴンのビジョンは、久良島の漆黒の腕を弾き飛ばし、彼女の体を横へと逸らさせた。

 ドシュッゥ、と。

 彼女の背後から、鋭い摩擦音が木霊する。

 

「……く、くくくくく」

 

 一瞬訪れた静寂のなか、棗の不敵な笑いがいやに響いた。

 その声を呼応したように、主審が笛を吹き、憲戸のゴールを指さした。

 先制点は、泰山だ。

 

「ふはははは! 見たか我の力を!」

「ああ、ナイスゴール棗!」

 

 喜びに沸き、棗が仲間たちにもみくちゃにされる。彼女の顔には、汚れなき笑顔が浮かんでいた。

 久良島が芝を叩く。伊槌も、敵陣で腰を手を当てて天を仰ぐしかなかった。

 

「クソ……」

 

 曇った空が伊槌の目線を出迎える。その後、長い長いホイッスルがもう一度鳴らされた。

 前半終了の合図だ。

 

「くっそ……最後の最後にかよ」

 

 木崎も忌々しそうに拳を握る。

 最悪の時間帯に奪われた先制点。精神的な負担はかなり大きい。それでも、まだ試合は終わっちゃいない。伊槌は口元を拭ってベンチへと引き上げていく。

 

「必ず奪い返す……!」

 

 その瞳を、狩人のように爛々と輝かせながら。

 

──────

 

GOAL‼︎

30+2分 棗龍華

アシスト:気村裕斗

 

憲戸 0-1泰山

 

──────

 




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