イナズマイレブン〜蘇る雷鳴〜   作:暁の教徒

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僕はね、明るい子が曇っているのが好きなんだ


12話:反撃の狼煙

「ホープ、こっち!」

 

 金髪の少女がピッチを駆ける。誰よりも早く、流星のようにサイドラインギリギリを走り抜けるその影に、彼女と同じ明るい色のユニフォームを纏った少年がパスを要求して手をあげていた。

 だが、そのポジショニングに眉を顰める。位置が悪い。通せるかは五分五分だと彼女は判断した。

 それを理解した上で、少女は大きく体を開いてセンタリングのモーションに入る。

 

「行くわよ、パス!」

「よし、カットしろ!」

 

 だが、やはりうまくいかない。優しくあげられようとしていたクロスは、相手チームに読み切られており空中でカットされてしまう。

 飛び上がってボールを奪った少年が子悪党のように笑みを浮かべた。侮ったような声音で口を開く。

 

「へっ、分かりやすすぎ──」

「返してもらうわよ!」

 

 少年が言い切る前に少女の足が素早く伸びてくる。ギョッとした様子の彼だが、空中でボールを守ることができるはずもなく、あえなくボールを奪い返されてしまった。

 先ほどまで余裕の笑みが浮かんでいた表情が、困惑の色と焦燥に染められる。背後にDFは1枚も残っていない。まずい──

 

「はああああ!」

 

 その裂帛とともに、少女は風になった。

 比喩ではあるが、本当にそうとしか思えないほどのスピードでピッチの芝を揺らしていく。誰も追いつけない、目で追うことすらできない少女は、気づいた頃にはペナルティエリア内に侵入していた。

 呆気に取られていた相手チームの面々も、やっと我に返ってひどく焦った様子で声を荒らげる。

 

「そ、そいつを止めろ! シュートコース塞げ!」

「くそ、速すぎる……!」

 

 DFが指示通り詰めようとするが、このまま行っても絶対に千切られる。確信にも似た予感を胸中に持ちながらも、急かされるように足を回して彼女を追っていた。

 金髪の少女が、ふと周りを見渡す。

 同じユニフォームの選手は、誰も彼女に追いつけていない。汗を流しながら、必死に追い縋ってくる。彼女に手を伸ばすように、肩を掴むように、こちらを見ていた。

 

 ──彼女の速度が緩む。

 

「……!?」

 

 詰めていた少年は驚きながらも、チャンスを逃さず一気に距離を縮める。少女は顔を歪めながらも、すんでのところでタックルをいなし、前線でうまく()()を作ることに成功した。小さい体からは想像もできない強さに、少年が唇を噛む。

 GKが焦りを押し殺しながら、DF達へ警鐘を鳴らす。

 

「気を取られすぎるな、パスもある! ゴール前固めろ!」

 

 その声に応え、飛び込んでくるFWを警戒するように他のDF陣も中央へポジションを変えていく。

 少女が視界の端に、味方のFWの姿を捉えた。DFにマークされており、並大抵のパスは通せないだろう。

 それでも、彼女は咄嗟に反転していつでもパスを出せる体勢を作った。

 

「いけぇ!」

「カットしろ!」

 

 そのまま間髪入れずに少女が鋭くクロスを入れる。FWが取りやすいように速度を調節し、回転もかけすぎない、優しく最適なボールだった。技術の粋が詰まったボールに、GKが警戒を強める。

 だが、そのボールは優しすぎた。

 

「オラッ!」

 

 体力が尽きかけている少年が受け取れるように足元に放たれたパスは、すなわちDFがカットしやすいと言うことでもある。味方のことを考えてのプレーだったのだろうが、慮りすぎたな、とDFが口元を歪める。

 笑みを浮かべながらもチェイスをやめなかったDFの足に当たり、ボールは高く上がってゴールから遠ざかっていく。危機は脱した。

 

「よし……!」

「ホープ!」

 

 GKが安堵のため息とともに拳を握る中、MFの1人が、クロスを出した金髪の少女に声をかけたことに、DF陣が目を見開く。

 

「流石に無理だろ……」

 

 彼女はボールをゴール前まで運び、キープしてタメを作り、決定機を演出した。その上まだ働かせるのかと、彼らの間に嘲笑にも似た声が溢れる。

 

「──任せなさい!」

 

 だが、彼女のことを、まだ見くびっていたと後悔することになる。

 風が天を舞う。その風に乗るように、軽快に、金色の乱反射した光が目に飛び込んでくる。眩しそうに見上げれば、それは少女が、こぼれ球に反応して飛びあがる姿だった。

 

「なっ!?」

 

 その場の全員が、流れ星を見たかのように、彼女のスーパープレーに釘付けにされる。

 

「ふふっ、行くわよ!」

 

 類い稀な脚力で空中に飛び上がった少女が、右足をボールに触れさせる。その動作を見て、GKが茫然自失の瞬間から無理矢理に解放され、今までの比にならないほどの怒号を響かせた。

 

「打たれるッ! ブロックに入れッ!」

 

 中空を漂う少女は完全なフリーだ。このプレイヤーはまずい、打たれるとまずい。彼らの本能がひしひしと感じていることだった。故に、驕りも、嫌味も全てを捨て去り、真正面から彼女のプレイを見定める。

 コースを狙うか、それとも正面か──どちらだとしても、必ず止めると気迫で語る。

 そして、少女の足が振り抜かれた。そのボールは、誰もの予想通りシュート──ではない。

 

「決めて!」

「何っ!?」

 

 パスだった。流星が降り注ぐようなパスが、優しくMFの足元に収まる。相手のことをよく見た、メッセージのこもったパスだった。

 予想を完全に外された彼らは、完全に硬直してしまう。打てば入る、そう確信した瞳で、彼は勢いよく足を振り抜いた。

 だが。

 

「あっ!」

「……は、外れた……! 助かった……!」

 

 MFのダイレクトボレーは、惜しくもポストを掠めてゴールを外れてしまった。膝から崩れ落ちる姿を見て、張り詰めた緊張の糸から解放されたようにDF達も座り込む。

 そして、あの少女へと視線を向けた。

 全て彼女の行動が起点となった。ボール奪取も、ゴール前の攻防も、全てこの金髪の少女が齎したものだ。恐ろしいものを見る様な視線が『HOPE』のユニフォームに集まる。

 

「惜しかったわね、次は行けるわよ!」

 

 彼女は笑って手を叩いていた。本当に楽しそうに、仲間達と笑い合っていた。

 主役になれるだけの技量を持ちながら、爪を隠し、どこまで行っても脇役として振る舞うその歪さに、彼らは恐怖とも言い換えれる違和感を覚える。それは、本当にサッカーなのかと。

 

「わりぃ、ホープもいいパスだった!」

「うん、いい連携だったわよね! この調子で行くわよ!」

 

 だが、彼女にとってそれは間違っていないのだろう。例え自分が打った方が入る確率の高い場面でも、彼女にとっては味方を生かす方が大切で、自分の活躍や勝敗などどうでもいいのだろう。

 

 仲間のために。それこそが、彼女の──山本希望(やまもとほーぷ)の楽しいサッカーなのだ──

 

 

 

 

 

────────

 

 

 

 

 

「ホープちゃーん? おーい!」

「……え!? わぁ!?」

 

 ハーフタイムに入って、ホープはベンチに座り、ふと思い浮かんだ過去を振り返っていた。そしていつの間にか、その顔を様崎が覗き込んでいる。

 息がかかるほどの距離から放たれたその言葉に、彼女の意識がやっと覚醒する。そして彼女の長い睫毛すら見えるほどのあまりの近さに驚き、大きくのけぞって後方に倒れてしまった。がしゃがしゃと荷物を巻き込んでホープがもんどり打つ。

 

「いっ、たぁ……!」

「あはは、驚かせちゃった? ごめんねー」

 

 うぅ、と呻きながら起き上がる彼女を、無籐や伊槌など真面目に話し合っていた面々は呆れた様に口元を緩めており、様崎は悪びれた様子もなく軽く手を合わせて謝罪の意を示している。

 

「……それで、話聞いてたか? ホープ」

 

 恨めしげな視線で様崎を睨むホープに、伊槌が声をかける。追憶に耽っていた彼女は、少しバツが悪そうに首を横に振った。

 伊槌は軽くため息をつきながらも、無籐と目を合わせる。そして頷いて、2人が示し合わせた様に話し出した。

 

「守備はそんな問題ねェだろ。9番()は気がかりだが、シュートまで持って行かせなきゃやりようはある」

「攻撃も通用してないわけじゃない。明凪と梵場のドリブル、無籐のパス、そして──」

 

 彼の白銀の目がホープを射抜く。その瞳には、この一戦にかける熱い感情が見え隠れしている。

 

「──ホープ、お前の力が必要だ」

「私の?」

 

 首を傾げる彼女に、伊槌が重々しく首肯する。そのままホープの目の前まで歩を進め、近くのベンチに腰掛けた。目線を合わせて、朗々と語りだす。

 

「泰山のハイプレスをかわすにはどうしても個人の力がいる。そして、お前のスピードならそれが可能だ」

 

 ふんふん、とホープが興味ありげに言葉を咀嚼する。一旦先ほどまでの思考を吹き飛ばし、彼の話を集中して聞いていた彼女は、伊槌がわかったか、と問いかけたと共に立ち上がり、薄い胸を張って笑みを浮かべた。

 

「要は早く走ればいいのね、任せなさい!」

「……まあ、間違ってはいないな」

 

 気の抜けるようなホープの言葉に、靴木が渋々といった様子で首を縦に振る。

 その様子を楽しげに見つめていた様崎が、時計に目線を移した後、外していたキャプテンマークを右腕に巻き直しながら手を叩いて全員の注目を集めた。

 

「まぁ、難しいことは無籐くんたちに任せて楽しんでやろっか!」

「おい」

 

 無籐の低い声を無視し、チームメイトを引き連れて様崎がピッチへ逃げていく。彼はため息をつきながらその背中に付いていくも、その口元は愉快そうに歪んでいた。

 

「頑張ってくださーい!」

「まあ、なるようになったらいいんじゃないですか」

 

 ベンチの橘花と宵闇が彼女らを見送る。様崎は笑みをたたえながら手を振って応えた。

 ホープはその塊から離れたところで、足を伸ばしてストレッチをしている。何時ぞやか言っていた彼女の『ルーティーン』の一種だろうと、伊槌は当たりをつけ、彼女に声をかけた。

 

「なあ、ホープ」

「ん……何? 今はルーティーンの最中なの、邪魔しないでよ」

 

 呼びかけられたことで、少し機嫌を損ねた様子の彼女と目が合う。悪い、と軽く前置きしつつ、伊槌は言葉を続ける。

 

「大したことじゃないんだが……クロスはもっと前のスペースに出してくれ。ちょっと無理めなボールでも俺なら取れる」

「もっと? でも、皆あのくらいのボールの方が合わせやすそうだけど……」

 

 足をほどよく伸ばしながら、ホープが釈然としない様子で目を細める。伊槌はそれでも毅然とした態度を崩さない。

 

「合わせやすいボールっていうのは、相手もカットしやすいボールってことだ。もう通用しない、勝つためには少し強引なプレーが必要だ」

 

 強く言い切って伊槌が少し息をつく。少し説教くさくなったか、と少し居心地の悪い感覚に囚われていたところに、不意に溢れたようなホープの声が耳朶を打った。

 

「勝つってそんなに大切なこと……?」

「え?」

 

 信じられない彼女の主張に、伊槌が言葉を失う。ホープは少し落ち着かない様子だが、それでもいつもと違った落ち着いた、ともすれば暗い雰囲気で言葉を続ける。

 

「あたしが馬鹿だからかな、あんたが無理してまで勝ちたい理由が分からないの」

 

 本当に疑問に感じているかのような、訝しげな声音が伊槌の耳を叩いた。そのまま座って足を伸ばしていた体勢から、すっと立ち上がり、ピッチへと歩を進めていく。

 

「あたしは楽しくサッカーが出来ればそれでいいから……ごめんね」

 

 そう言い残して、彼女の背中が遠ざかっていく。伊槌は何も言えないまま、立ち尽くしていた。

 その背中に、少し遠慮がちに男性の声がかけられる。

 

「なあ、伊槌……。ホープも何もお前を困らせたくてあんな事を言ったんじゃないと思うんだ、あいつにも色々あってな……」

 

 声の主へ視線を向けると、その正体は月並だった。先ほどまでのミーティングで、仕事を様崎と無籐に取られて所在なさげだった彼が、去っていったホープの方へチラチラと視線をやりながら伊槌へと弁明する。

 彼は全く悪くないのに、何故か萎縮したように肩をすくめていて、伊槌が思わず口元を緩める。

 

「分かってます、あいつにも色々あるってことは」

「そ、そうか……あんまり悪く思わないでやってくれ」

 

 その言葉に、伊槌が了解の意を込めて首肯する。それに安心したのか、月並も頬を緩めてベンチに腰を下ろした。

 サッカーの知識は全くないが、月並は良き顧問のようだ。伊槌は安堵にも似た感覚を覚える。だが、今はその感覚に身を委ねている場合ではない。もう遠くにあるホープの背中を見据えながら、芝の戦場へと足を伸ばす。

 

「……勝ちたい理由、か」

 

 考えたこともなかった。藪から棒なあの問いは、答えのないもののようにも思えたし、とっくに答えを知っているもののようにも思えた。

 なんであれ、全く違う価値観でサッカーを見る彼女について来てもらうには、それを明確にする必要があるだろうと伊槌は思考を回す。そしてそれは、試合の中でしか見つけられないだろう。

 重々しくピッチに足を沈めながら、泰山の選手たちを視線で射抜く。

 

「一筋縄じゃ行かないな……」

 

 それでも、行くしかない。

 大きく息を吐いて、伊槌は歩き続ける。仲間達の元へと。

 

「待ってろホープ……お前にも新しいサッカーの楽しさを教えてやる」

 

 そう、口走りながら。

 

 

 

 

 

────────

 

 

 

 

 

 後半は泰山のキックオフからだ。サークルの中には棗と鈴木が既に入っており、伊槌と木崎はいつでもプレスをかけられるよう軽く前傾姿勢で待機していた。

 

「ぜってぇ奪うぞ!」

「ああ、早いとこ1点返すか……!」

 

 闘志を燃やして棗たちを睨みつけ、彼女らも不敵に笑って火花を散らす。一触即発の空気を、甲高い笛の音が切り裂いた。後半開始の合図だ。

 

「おらぁぁぁ!」

「むっ、早い……!」

 

 鈴木が棗にパスを渡した瞬間、木崎が鬼の形相で突っ込んでいく。流石に驚いた彼女は背後の気村へとパスを返し、気村も甘塚へバックパスを選択する。

 

「どこまで逃げても無駄だぜぇ!」

「しつこ……」

 

 だが、木崎は振り切られない。絶大なシュートパワーを生む足の馬力にものを言わせたダッシュで、一直線に甘塚へ肉薄する。ステップとポジショニングで合理的にDFを無力化していく伊槌とは対極の野生的なスタイルに、伊槌のマークに奔走していた彼女は戸惑いを隠せない。

 それでも努めて冷静に、CBコンビを組む関川にパスを送ろうとした時、ふと伊槌のことが目に入る。

 

「あれ……?」

 

 木崎から少し距離を取り、関川の前に入って待ち構える彼の姿を見た途端、パスコースが無くなったことを認識する。

 伊槌は、突貫する木崎のサポートに回るように、周囲のパスコースを消す動きに徹していた。全ては勝利のためのプレーだ。

 

(見ろホープ……俺の本気を!)

 

 背後の少女に視線を飛ばす。彼女は超スピードでマークを振り切り、こちらへと一直線に上がってきていた。これが本気で味方になってくれれば、そんなに心強いことはない。伊槌は改めてプレーに集中する。

 

「う〜……どうしよう」

「もたもたしてたらもらっちまうぞ!」

 

 パスコースが消え、手をこまねいている彼女に、木崎が無遠慮に突っ込んでいく。ここで失えば失点の確率はかなり高い、それを承知している彼女は、意を決したように木崎に突っ込んでいった。

 

「おっ!?」

「仕方ないな〜……得意じゃないけど……」

 

 次の瞬間、甘塚の姿が3人に増えた。比喩ではなく、本当に3人に分身した彼女らが、トライアングルを作りながら木崎を惑わすようにポジションを激しく入れ替え突撃してくる。

 

「ばいば〜い……分身フェイント〜……」

「何ぃ……!?」

 

 戸惑いながらも木崎がボールに足を伸ばすが、ほかの甘塚にボールを回され難なく突破されてしまう。木崎を抜き去った彼女の視界は、一気に開けた。

 

「よ〜し……いくよ〜……」

「チッ、DF集中しろ!」

 

 無籐の激しい叱咤の後、緩い、されど狙い済まされたロングパスが鈴木の頭上に上げられる。今回も太田の前にポジションを取っていた彼は、大きく飛び上がってボールを収めた。

 

「クソっ、邪魔だ……!」

「ううっ、ごめん!」

 

 その背中に慌てて、謝りながらも強く太田がプレスをかけ、パワーで下回りながらも彼に自由を与えない。一気にヘルプディフェンスに駆けてくる無籐と靴木の姿を認識した鈴木は、焦ったように首を振って周囲の味方を探し出し、その耳に声がかけられる。

 

「来い!」

「チッ……またお前か!」

 

 毒づきながらも、鈴木がまたフリーになっていた棗はパスを送る。失点シーンの再現のような光景に、久良島が緊張とともに構えるが、その眼前をピンク色の光が靡いた。

 キャプテンの様崎咲夜が、素早く棗龍華の前に立ち塞がる。キャプテン同士のマッチアップ、その戦いの火蓋が切り落とされた。

 

「そう簡単には行かせないよ!」

「フッ、望むところだ!」

 

 一瞬、2人の視線が交錯する。そして次の瞬間、棗が様崎にドリブル突破を仕掛けた。ピンと背筋を伸ばした隙のない体勢で、目線で、足で、体の向きでフェイントを織り交ぜて様崎の体勢を壊しにかかる。

 そして伊槌は気づく。あのドリブルは──

 

「俺のドリブル……!」

 

 自分が見間違うはずがない。日本で築き、スペインで生き残るために磨き上げた、死力を尽くして『剥がす』ドリブル。

 シュートフェイント、パスフェイク、味方のランニングを囮に、あらゆる全てを使って虎視眈々とゴールを狙う。

 棗龍華もまた、伊槌と同じく、キング・マドリードへ旅立った『理想の伊槌鳴哉』の背中を追う者だった。

 だがそのドリブルに様崎はついていく。DFとしての経験がならす勘とその瞬発力を持って棗を封じる。その視線は忙しなく動いており、一瞬、棗から外れて左サイドを見た。

 そして、その瞬間は訪れる。

 

「ふっ!」

「おおっと!」

 

 左に抜き去ると見せかけて様崎を誘い、シザースを挟んで右に持ち込み剥がしてシュートモーションに入る。既にペナルティエリアに侵入しており、棗のシュートレンジに入っているそれを見逃せるはずもなく、その超人的クイックネスを遺憾無く発揮し、棗の前方へステップを踏んだ。

 

「ごめんね、通せないよ!」

 

 左足だけで着地し、抜け目なく右足でボールに襲いかかる。十分奪えるだろうアクション、だが伊槌の悪寒は消えなかった。

 

(もし、棗が本当に俺のドリブルを会得してるのだとしたら──)

 

 伊槌は思考する。この場面、自分が棗龍華ならどう動く、と。

 目の前には次のアクションを取れないであろうDF1枚、味方はいないが敵のヘルプは後ろから来ている。剥がせばゴール確実の場面。

 パス、違う。味方はいない。

 決死のシュート、違う。確率が低すぎる。

 キープ、違う。背後から来たDFに挟まれて終わりだ。

 

(俺なら、ああする……!)

 

 あの日、様崎との1on1でも披露した、伊槌鳴哉の必殺技とも言えるあのドリブル。

 そう──

 

「かかったな!」

 

 シュートを瞬間的にキャンセルし、軸足の後ろを通してタックルを回避、そして軸足を入れ替え、ボールを蹴りやすい位置に止める。

 キレのあるクライフターン。やはり棗のドリブルは、伊槌のドリブルそのものだ。練度の高いその動作に、伊槌が愕然とするが、今は衝撃を受けている場合ではないと、彼は声を張り上げた。

 

「まずい!」

「もう遅いぞ!」

「うっ……止めます……!」

 

 伊槌が声を上げるが、無籐たちは間に合わない。腰を落とした久良島と相対した棗が右足を大きく振り上げると、竜のビジョンが背後に迫力を持って登場する。本日3度目の、彼女の必殺技。

 

「食らえ──」

「させないヨ!」

 

 ドラゴンクラッシュを放つ一瞬のタメ。その合間を縫うように、狙っていた三刀屋がスライディングでボールをかき出した。

 

「何!?」

 

 要のボールを失ったドラゴンは棗の気迫と共に雲散霧消し、その頭上をクリアボールが通っていく。立ち尽くす棗の横を、いたずらっ子の様に可愛らしく笑みを浮かべた様崎が横切った。

 

「ふふ、鳴哉くんのドリブルだって分かってたからね!」

「サクヤとは目だけで話ができるからネ、ワタシたちにかかればチョチョイのチョイだヨ!」

 

 一瞬棗から外した目線。あれは三刀屋とのアイコンタクトだった。様崎は初めからこの未来を予測し、確実に潰すためにあえてクライフターンに引っかかったのだ。

 悔しげに歯を食いしばる棗の頭上を抜けたボールを、様崎が拾う。そして前を向いた瞬間、腕を振るって前線に声を響かせた。

 

「いくよカウンター! 皆上がって!」

 

 その声に、木崎、伊槌、明凪、梵場、無籐の全員がゴール前へ走り出す。靴木は中盤でバランスを取り、DF陣も不動を貫いている。

 だが、そんな様崎の背後から、決死の形相で赤白のユニフォームを纏った男が突っ込んでくる。

 

「させるかよ、逆にカウンターにしてやる!」

「ふふっ、私とドリブル勝負?」

 

 もう1人のFW鈴木が、苛立ちのままに様崎に突撃する。体格では勝っているため、このままぶつかられれば、いくら彼女でもひとたまりもないだろう。

 ならば、ぶつからなければいい。

 

リブバインド!

「……っ! 畜生!」

 

 木崎のように猪突猛進に動く鈴木の頭上を、嘲笑うように様崎が抜ける。完全なフリーとなった彼女の右足から、鋭いロングパスが前線へ放たれた。

 その落下地点、ドンピシャのところにその男が現れる。

 

「流石咲夜先輩、素晴らしいパスです」

 

 チーム1の技巧派、梵場がピンポイントパスの勢いを完全に殺した素晴らしいトラップを披露する。類稀なボールコントロールを目の当たりにした気村が、舌を巻きながら立ち塞がる。

 

「ったく、今日の試合は忙しいな! マグネットドロー!

 

 悪態をつきながらも、愚直に走り梵場と接敵した彼は、高く空中に飛び上がり、両足を磁石のS極とN極のように変化させた。磁石に引き寄せられるかの如く、ボールが浮き上がる。

 

「すまないが、愛する先輩からのプレゼントはそう易々と渡せないね!」

 

 だが、梵場は浮き上がったボールを逆立ちして足に挟み込んで死守し、そのままアクロバティックでスピーディーなブレイクダンスを演じ始めた。

 

スピニングドライブ!

「そんなのアリかよ……!」

 

 マグネットはボールを引き寄せきれず、駒のように回転しながらハイスピードで梵場が気村を抜き去り、ドリブルで持ち運ぶ。それをカバーするように、サイドハーフの荒木がすかさず距離を詰めてきた。

 だが、彼らの横を、流星のような速度で駆け抜けていく1人の少女。切った風が梵場の豊かな髪を揺らすとともに、靴木の声に背中を押される。

 

「ホープを使え!」

「……フッ、仕方ない。行け、子猫ちゃん!」

 

 梵場が荒木の裏へと走り抜けて行ったホープの前方に、浮いたスルーパスを供給する。それはしっかりとホープのもとに渡り、ドフリーで右サイド奥深くまで侵入することに成功した。

 呼応して、伊槌たちもポジショニングを取り直す。

 

「あげていいぞホープ!」

「ホープ先輩、やっちゃえ!」

 

 伊槌がペナルティエリア内を走り回ってスペースを掻き乱しながら叫ぶ。もちろんホープもクロスを上げるつもりだ。

 だが、脳内で何度も、何度も同じ言葉が反芻している。

 

 ──勝つってそんなに大事なこと……?

 

「……っ!」

 

 伊槌が勝ちたいと思っているのは、とうの昔に分かっていた。青森附属との試合、最後のゴールは伊槌が諦めなかったからこそ、本気で勝利を目指したからこそ生まれたゴールだ。

 この試合でも、常にゴールを決めるために動き続けている。ホープにも話しかけ、プレーを擦り合わせようとしていた。本気で勝ちを狙っているのだ。

 

「皆……楽しい……?」

 

 無籐もそうだ。

 彼はずっと戦ってきた。勝利など遠く遠くにあるこのチームで、腐らず常に練習してきた。

 靴木も、久良島も。

 そして楽しいプレーを掲げていた様崎でさえ、本気で戦っているように見える。勝利など二の次だと考えているあのキャプテンもだ。

 

「あたしは……皆を楽しませることが、できてるかな……」

 

 泣きそうな顔で、ホープがそう溢した。

 

 クロスが上がる。

 だが、そのボールはゴールから大きく逸れている。ペナルティエリアから遠ざかるように、全く得点の匂いがしない場所に落ちようとしている。

 

「危ねぇ、ミスキックか……」

 

 足利も安堵した様子で、ふぅと息をついた。突っ込んでいた木崎も、遠いサイドにいた明凪にも届かない。ありえないミスに、ホープが俯きかけた、その瞬間。

 

「気を抜いてんじゃないぞ!」

「えっ……」

 

 甘塚が意表をつかれたように、気の抜けた声を漏らした。

 伊槌だった。伊槌だけが、その落下地点に全速力で走り込んでいた。

 そして、ボールが落ちてくるタイミングを見計らい、ゴールを背に大きく飛び上がる。遠くで無籐が、拍手でもしたそうに大きく目を見開いた。

 

「おいおい、まさかそっから……!」

「──食らいやがれ!」

 

 左足を踏み切って大きく跳躍した伊槌の右足から、ボールの芯を捉え切ったオーバーヘッドがゴールへ一直線に放たれる。レーザービームの様な軌道で右隅へ突き刺さるそのシュートに、足利が慌てて飛びついた。

 

「うおぉ!? シールドボレー!!

 

 左足で鋭く飛び上がり、右足を目一杯伸ばしてシュートに叩きつける。その瞬間、右足が折れるかと思うほどの衝撃が全身に走った。

 

「ぐおお……!?」

 

 伊槌のシュートは必殺技の無いノーマルシュート、しかも悪い体勢のミドルシュートであるにも関わらず、足利を突き破ろうとしていた。

 しかし、そんなことはGKのプライドが許さない。足の筋肉に死力を込めて、血管が千切れるほどに右足を振るう。

 

「うおおおお!!」

「ブチ抜けッ!」

 

 気迫と気迫。両者はぶつかり、弾け合い、足利をゴールネットに叩きつけて、シュートはゴール前にこぼれた。ノーゴールだ。

 

「危なかった〜……」

 

 甘塚が安堵のため息を漏らす。失点は免れた──しかしそれは、ピッチ上の思考にしてはあまりにも楽観的だ。ボールはまだ生きている、気を抜くにはまだ早すぎた。

 木崎が走り込む。押し込むだけでゴールが奪えるその位置に、獣の様な嗅覚で突っ込んでいた。

 

「もらったぁぁぁ!」

「やらせねぇ!」

 

 だが、そのシュートは背後からブロックのために身体を投げ飛ばしたCB関川の命をかけた様なスーパークリアに弾かれる。彼の足に当たったボールは天高く飛ばされ、首の皮一枚で難を逃れる。

 

「くっそぉ! 誰か打て!」

「分かってますよ!」

 

 木崎の叫びに応えるのは、闇の炎を足に纏った明凪だ。彼女はハーフアップに纏めた髪を靡かせ、ボールに追い縋るように回転しながら飛び上がり、その淡い色の瞳が見据える先、狙い澄ましたショットをゴール左隅に打ち出した。

 

ダークトルネードォ!

 

 黒い弾丸が彼女の足から強く打ち出される。DFは残っていない、闇色の炎弾は何の障害もなくネットを揺らす。

 そう思われたが、伊槌のシュートでネットに叩きつけられたGK足利が、自暴自棄にでもなったかのようにダークトルネードに胸から突っ込んでいった。

 

「え!?」

「させねぇ! タフネスブロックゥ!

 

 ヤケかと思われたその行動も必殺技への布石。シュートに立ち塞がり、深く腰を落として胸でシュートを受ける。焼けるような痛みを耐えながら、足利が気丈に、獰猛に笑う。

 

「へっ……足だけだと思った、かァー!」

 

 一瞬体をすくめて力を溜めた後、気迫とともに大きく力を解放し、ボールを前方に弾き飛ばした。その先には、何度も出し抜かれた甘塚がしっかりと詰めている。

 

「ナイス〜……一旦クリア……」

「──させるかよ」

 

 だが、その背後。

 稲妻のように甘塚を追い越して、銀の瞳を爛々と輝かせた主役(ストライカー)がボールを奪い取り、ゴールという壇上に運ぶ。

 泰山DF陣の時が止まる。もうDFは1枚も残っていない。足利と伊槌の1vs1に持ち込まれてしまった。

 

「いくぞ……!」

 

 リフティングと共に、目にも止まらぬスピードで右足を引き戻してボールの下を蹴り抜く。そして、引いた勢いで中空で回転を続けるボールに、引き戻した右足で、改めて強烈なボレーを叩き込む。足と回転の摩擦によって発電が起こり、眩い光がボールを覆う。

 棗は、憲戸のゴール前から、遠い場所でも、ピッチ上という特等席で、そのシュートを見届ける。雷が鳴る前のように、眩い光が網膜を焼いた。

 

 そして、雷鳴は現れる。

 

電閃ッ!

 

 空気を切り裂き、芝を薙ぎ払い、ゴール右隅へと高速のシュートが襲いかかる。

 足利は一歩も動けない。認識できたのは、顔の横を何かが抜けたと思った次の瞬間に、背後で雷を纏ったボールがゴールネットを突き破るほどの威力で突き刺さっていた光景だけだった。

 

「…………な、は?」

 

 惚けたように足利が声を漏らす。そして、今気づいたように審判も高々と笛を鳴らした。

 同点、『元』日本の至宝、伊槌鳴哉がその実力を見せつけた。

 

「よし……! 見たか、俺のシュートを!」

「うおおすげぇぇ! 何だ今の!?」

「練習でもあんなシュート打たなかったじゃ無いですか! すごい!」

 

 波状攻撃を放ったFW3人衆がハイタッチしながら喜びを分かち合う。その顔には喜色が溢れており、逆転への希望に満ち溢れた顔をしていた。

 明凪がボールを回収してハーフラインまで走っていく。早くリスタートして追い抜くぞ、とその背中が語っていた。

 

「一瞬目を離しただけであんな……すごいな〜……」

 

 久しぶりに高鳴る胸の鼓動を感じながら、伊槌が木崎と並び立って自陣へと戻っていく。

 だが、次の瞬間に何かを思い出したかのようにサイドへと視線を向けた。

 

「あ? どうした?」

「……いや、先行っててくれ」

 

 訝しげな木崎の視線を手で制し、サイドラインへと駆け寄っていく。その先には、何処か浮かない顔をしているホープの姿があった。

 

「ホープ!」

「……え、あ、伊槌?」

 

 鈍い反応で、ホープが目を合わせてくる。伊槌は努めて優しく笑みを浮かべ、ホープの肩を叩いた。

 

「ナイスボール、勝つために戦うのも悪く無いだろ?」

「……そうね」

 

 その言葉を聞いた伊槌は、再び笑い、ホープから離れて自陣へと戻っていく。その際、背後へ軽く手を上げて手招きをする。その指示に従って、ホープは駆ける。燃え尽きそうな流れ星のように。

 無籐も、三刀屋も、梵場も、伊槌のゴールに沸いている。自分はボールにほとんど触っていないのに、ホープとプレーしていた時より楽しそうだ。

 太田ですら、不安そうに縮こまっていた背筋を伸ばし、驚愕と少しの歓喜を見せている。

 

 歓喜の渦は、止まることを知らずに憲戸の間に駆け巡っていく。願いを乗せた流星のように、希望を与えながら皆の中に舞う。

 

「……楽しいって、何だっけ」

 

 ただ1人、ホープだけを置き去りにして。

 

──────

 

GOAL‼︎

38分 伊槌 鳴哉

 

憲戸 1-1 泰山

 

──────




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