イナズマイレブン〜蘇る雷鳴〜   作:暁の教徒

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難産弱


13話:山本希望

「チッ、お前らしっかり固めろォ! ここ守り抜くぞォ!」

 

 伊槌の同点弾から数分後、彼らは防戦一方の戦況に立たされていた。

 気村のドリブルに正対した無籐が、低い声で檄を飛ばす。彼自身も身体中が汗に濡れており、余裕がある様子には見えなかったが、それでもしっかりと周囲を確認して指示を出す様は流石と言えるだろう。

 だが、その言葉を受けた憲戸の面々が動き出す前に、気村が仕掛ける。

 

「よっと」

 

 ボールを右サイドに蹴り出し、自身は左サイドから抜けていく。別々の動きに一瞬惑わされる無籐の背後へ抜けた気村の足下に、強い回転のかかったボールがワンツーパスのように返ってきた。

 

ひとりワンツー!

「チッ……!」

 

 注意が逸れていた隙に気村の十八番のドリブル技に剥がされてしまう。何とかその背中を追おうとするが、足が鉛のように重く、心臓は痛く跳ねている。限界の足音が脳内に響き出している無籐は、唇を噛んで気村を見送ることしかできない。

 

「くっ……やらせん!」

 

 それを確認したアンカーの靴木は、下り目に取っていたポジションから飛び出してプレスをかけてくる。猛烈な突進だが、彼はは別の何かを気にしているのか、妙に余裕がない様子だった。

 靴木の視線はチラチラと右サイドを向く。気村は不敵ににやけながら、目を離した瞬間に軽くフェイントを入れて剥がし、前方を指さしなから棗たちへ視線を向ける。

 

「棗、サイドからだ!」

「心得た!」

 

 一瞬パスコースを空けた隙に、気村から右サイドに張っていた棗へ、一気に縦パスが放たれる。かなり離れた距離からのパスは、右SBのホープが簡単に処理できるであろうスルーパス。だが、靴木は焦った様子で背後へ振り向き、声を張る。

 

「ホープッ!」

「……あっ」

 

 スルーパスが、どこか、ここに在らずと言った様子で戻っていたホープの足先を掠め、棗に通った。まだゴールから距離はあるが、このまま進ませれば危ないといる感覚が身体中を巡る。急激に訪れたピンチに、DF陣が慌ただしく動き出した。

 

「私が行く!」

 

 CBの様崎が、鈍い動きでゴール前に鎮座している太田を追い越して棗へと突っ込む。そのクイックネスを遺憾なく発揮し、月面を走るような軽やかなダッシュで彼女との距離を一気呵成に詰めていった。が、棗は慌てない。

 

「フッ、ゴール前がガラ空きだぞ!」

「っ、太田くん!」

 

 様崎を十分に引きつけてから、棗が精度の高いセンタリングを放つ。様崎の声に反応して、右サイドに寄ってきていた太田の頭上を超える軌道のクロスボールが、滑らかにペナルティエリアへ侵入してきた。

 

「あっ、しまった……」

「やっと俺の番だなァ!」

 

 空気を切り裂くボールを見送ることしか出来ない太田の背後に、ツートップの一角である鈴木が颯爽と走り込んでいる。威勢よくボールの落下地点で、左足を軸に右足を振り上げる彼の爛々と輝いた目が、ゴールマウスに立つ久良島を捉えた。

 

「っ……!」

 

 だがその眼光にも怯えを見せず、久良島は真正面から相対する。すでに大きく息を吸い、全身の筋肉に力を入れて油断なく構える彼女に、鈴木が獰猛な笑みを見せ、踏み込む。

 

「ハハハッ、いい度胸だな! 食らいやがれッ!」

「止めます……!」

 

 鋭い声と共に、右足のボレーシュートがボールに蹴り込まれる。その目線はゴール右隅へ向いており、狙いを定めているのだロア。パワーストライカーの風貌をしている彼がコースを狙ったショットを選んだのは予想外だったが、彼女は足の筋肉にグッと力を入れ、いつでも飛び上がれる体勢を作りながら、蹴り抜かれる寸前のボールからも目を離さない。

 

「うらぁ!!」

 

 右足のボレーが鋭く打ち出される。

 落ち着いて軌道を読み、腕を目一杯伸ばして飛び上がるは右隅。

 

「はあっ!」

 

 読み通り、伸び上がったシュートは右隅へと直行してくる。身体能力に任せて、グンッ、と突き出した右腕のパンチングが、辛くもボールを弾き返した。ペナルティエリア内にボールがこぼれる。

 

「チッ、止めるかよ!」

「……反射神経には、自信があります……!」

 

 鈴木の毒づきにも冷静に返した久良島は、弾いたボールをキャッチしようと倒れた体を起こして前を見る。

 そこには、こぼれ球へ抜け目なく詰めていた棗が、右足を振り上げる姿があった。

 

「早い……!?」

「もらったぞ!」

 

 動揺を押し込み、棗が素早く放ったシュートに必死に飛びかかろうとする久良島だが、無情にも、ボールは指先を掠めて背後へと抜けてしまう。

 しまった──信じられないと言った表情で、彼女は振り向く。その先では、多少指が触れたことで、勢いのなくなったボールが緩やかにゴールラインを──

 

「ちぇいさー!」

 

 ──割らない。

 こぼれ球へ向かう棗へ、追いつけないと判断してマークを外し、先回りしてゴールカバーへと向かった様崎のスーパークリアに惜しくも阻まれる。

 

「キャプテン……!」

「くっ、ボールは生きているぞ!」

 

 その言葉通り、難しい体勢でクリアされたボールは未だ空中を漂っている。やがて重力に導かれペナルティエリアにぽてりと落ちたそのボールは、そこにポジションを取っていた太田へと渡った。

 

「ぼ、僕に来た……!?」

 

 突然降ってきたボールに、驚いたように肩を跳ねさせた彼だが、難しい表情のままボールを保持する。

 だが、ボールが落ち着けば当然、泰山のハイプレスは牙を剥く。泰山のFWコンビが、大地を揺らし、獣のようにプレッシングをかけてきた。

 

「よこせ!」

「うわぁ!? む、無籐くん!」

 

 2人がかりの波状プレスに驚いた太田は、急いで無籐へとパスを送る。荒く回転のかかったボールに苦い表情を浮かべながらも、確実にトラップを成功させる。

 

「おぉっし……!」

 

 泰山の選手たちは攻守の切り替えが追いついていない。ここぞとばかりに、無籐が前を向いて最前線の伊槌たちへとボールを送ろうとした瞬間──

 

「ホープに渡せ!」

「……! おう!」

 

 声を荒らげ、伊槌が右サイドを指差す。

 突然のその指示にも、すぐさま心得たと無籐がパスフェイクを入れて、広大なスペースへと地を這うスルーパスを差し込んだ。そのスペースには、憲戸のスピードスター、ホープが走り込む。

 

「行けェ、ホープ!」

「……っ!」

 

 血を吐くような声で無籐が叫ぶ。伊槌が、木崎が、ディフェンスと体をぶつけ合いながら前線へと押しあがっていく。その表情は苦しそうだ。ゴールを決めた先ほどの表情とは似ても似つかない。

 このボールを受けることが、本当に彼らを楽しませることにつながるのか──ホープの脳裏に、そんなことが過った。

 そんなことを考えていたからだろうか。彼女は自分のスピードが緩んでいることに気づかなかった。

 

「……あっ」

 

 ホープの走力に合わせて繰り出されたパスは、しかし彼女の足先を掠めてサイドラインを割った。

 それと同時に、審判が笛を吹く。ホープには、それが給水の指示だと気づくまでに、少し時間がかかった。それと同時に、無籐の低い声が耳朶を打つ。

 

「オイ、早く集まれ!」

「ホープちゃんもおいでー」

 

 バツの悪さを胸にしまい、様崎の手招きに応じてベンチ際のスクイズボトルの周辺に集まっているチームメイトの下へと歩みを進めていく。

 橘花から受け取ったボトルに目を落としながら、目を合わせないように俯いた。

 

「ホープ……ダイジョウブ?」

「あ、はい……」

 

 三刀屋の問いかけに、普段の明るさの面影もない、か細い声でホープが答える。心配そうに彼女を見る三刀屋の後ろで、伊槌が歯痒そうに口元を拭った。

 誰もが口を閉ざすことしかできない。彼らの中に漂う重苦しい空気を切り裂くように、不意に木崎の声が響く。

 

「おいおい、何暗くなってんだよ! 追い上げてんのは俺らなんだからもっと勢いに乗ってこうぜ!」

「そうですよ! 私もガンガン突破して点取っちゃいますから!」

 

 明凪も同調して、暗い空気を払拭するように明るく気楽に言葉を紡いだ。

 それでもホープは顔を下に向けたまま動かない。息を吐き、水を流し込みながら、無籐が頷いて口を開いた。

 

「お前の本気はあんなもんじゃねェだろ山本ォ。自分のプレーを抑えて楽しいかァ? 俺たちはお前にそんなこと求めてねェよ」

 

 山本、と慣れない名で呼ばれても、彼女は無反応に頷かない。何か思い詰めたように、下を向き続けている。

 様崎が無籐を落ち着かせ、ホープの尋常でない様子に困った雰囲気で苦笑しつつも、優しく寄り添って顔を覗き込む。淡いピンク色の髪がふわりと揺れた。

 

「ほらホープちゃん、いつもみたいに楽しく頑張ろ?」

 

 子供に言い聞かせるような、柔らかい口調で問いかけながら、軽く頭を撫でる。

 少しみじろぎした彼女は、何かを抱え込んだ瞳はそのままに、意を決したように様崎へと視線を合わせる。首を傾げて目を合わせ返す彼女に対し、ホープはか細く声をかけた。

 

「……キャプテンは、この試合。楽しんでますか?」

「ん? もちろん!」

 

 屈託のない笑みを浮かべ、様崎は即答する。

 ホープが再び口を開こうとしたその時、審判の下から高々と笛の音が響く。試合再開の合図だと悟った彼らは、素早くピッチへと踵を返していった。伊槌や無籐などは彼女らへと一瞬振り返ったが、足を止めずにポジションに戻った。

 晴れない顔色で、様崎と並んでホープも芝を踏みしめる。すると突然、ホープの頬が横から引っ張り上げられた。

 

「いへっ!?」

「顔暗いよホープちゃん! 笑顔、笑顔!」

 

 驚きを隠せないホープが横へ視線を向けると、先ほどまでの優しい笑顔を、いたずらに成功した子供のような笑みに変えた様崎がいた。小憎らしい彼女の手を、犬のように体を振って逃れる。

 

「は、離して下さい!」

 

 その手から逃れ、むっとした表情で様崎を睨むホープ。だが、彼女の無邪気な笑顔を見ていると、毒気が抜かれていってしまう。

 それどころか、頬が緩む。緊迫した試合中だというのに、こんな馬鹿馬鹿しいやり取りで心が暖かくなっていく。

 ──キャプテンはずるい人だ、とホープは感じる。いつも無邪気で、楽しそうで、爛漫で。

 口角を上げるホープを認めた様崎は、その笑みの種類を変える。子供らしいものから、先達として、抱擁するようなものに。

 

「ふふっ、そっちの方が可愛いよ。皆が楽しいのもいいけど、その前にホープちゃんも楽しくなきゃね」

 

 肩を軽く叩いて、彼女は去っていく。

 ──こうやって、本当に支えて欲しい時は大人っぽくなる。本当にずるい人だ。

 

「……私も楽しく」

 

 ホープの瞳に光が戻る。

 迷いを断ち切れたわけではない。それでも、ピッチに戻る活力は湧き出ている。

 楽しいプレー、楽しませるプレー。それら全ては、試合の中でしか見つけることはできないだろう。彼女は深呼吸をして精神を落ち着かせる。

 

「……よし!」

 

 そして、サイドラインを跨ぎ、ピッチへと足を踏み入れた。

 『楽しいサッカー』を見つけるために。

 

 

 

 

────────

 

 

 

 

 

 ハーフラインにほど近いその場所から、泰山のスローインでゲームはリスタートされる。

 SBが投げたボールはサイドハーフの和泉に渡り、そのままセーフティにボールを回してDFラインまでボールを返す。

 再びロングボールを狙ってくる。そう判断して伊槌は後ろに手招きしながら、ボールを貰おうとしている甘塚へとプレスをかける。

 

「木崎! ここで奪うぞ!」

「おう!」

 

 2人がかりで、DFラインに猛烈にプレッシングをかけるが、彼女らは慌てない。落ち着いてGKの足利までボールを戻す。

 

「あげるね〜……」

 

 緩やかなパスが、甘塚から放たれる。それをピタリと止めた足利は、伊槌を見てにひりと笑った。

 GKなら、プレスは緩めでいいか──伊槌のその考えを見透かしたかのように、足利は、さらに自信満々に笑みを深める。挑戦的な瞳で、前線を見据えた。

 

「へっ……プレスに来ないなんてよぉ、俺も舐められたモンだなッ!」

「……! こいつ……!」

 

 プレッシャーが緩んだことを感じ取った足利が、滑らかにキックモーションに入る。何かがまずいと直感して、伊槌が急いで襲いかかるが時すでに遅し。彼の足元から、鋭いボールが蹴り出された。

 

「行けお前らぁ!」

 

 顔の横を抜けた疾風に、伊槌が目を剥いて背後へ振り返る。鋭いロングパスが、高精度で中盤へと降り注ぐのを見届けることしかできなかった。

 そして伊槌は思い出す。今パスを送ったのは、()()()()()()()異形のGKだと言うことに。

 

「こいつ、パスも出せるのか……!」

「今更気づいたかよ! これが俺のスタイルだ!」

 

 足利の自信に溢れた言葉を受け止めている暇はない。自分たちがポジションを上げたこと、で中盤にぽっかりと空いたスペースが出来てしまっている。急いで踵を返して戻るが、ボールはすでに気村が押さえていた。

 すでにプレスバックしていた木崎の背中を追いながら、バックラインへ腕を振るう。

 

「守備、気を引き締めろ!」

「言われなくとも!」

 

 靴木がその言葉通り、トラップして一瞬減速した気村の前に立ち塞がる。スタミナが底を突きかけている無籐を補うように、無尽蔵の体力を持つ彼が中盤全域へと目を光らせていたからこそのカバーだ。

 集中を切らさず、すぐさま壁のように現れた巨体に、気村は苦笑を溢す。

 

「へへへ、ヘルプが早いな……」

 

 にやけ面をそのままに、左右に首を振って周囲を見る素振りをした彼に、靴木が警戒を強める。再三見せているドリブル技か、それともワンツーか──逡巡は一瞬、気村が仕掛ける。

 

「荒木!」

「ワンツーだろう!」

 

 右サイドへのパスとともに気村が走る。だが予測の範囲内とばかりに靴木は難なくマークを外さず、すぐさまパスを返そうとしていた荒木を牽制した。荒木にも、三刀屋がアタックを仕掛けている。守り切った、靴木は確信した。

 

「……? こいつ……」

 

 流石の守備に気村がにやけ面を深めたが、再び荒木とアイコンタクトを取り、前を向いて走り続ける。三刀屋のカバーがまだとは言え、抜かれるわけにもいかない靴木はついていくことしかできない。

 そして生まれる、サイドを横断するスペース。荒木はこれを待っていたと言うように、足を大きく振り上げた。

 

「っ! 出させないヨ!」

「出す! 鈴木!」

 

 三刀屋がスピードを上げてスライディングを試みたが、一瞬早くサイドチェンジのパスが実現してしまう。

 ホープがカバーする右サイドへ、高弾道のボールが打ち出される。そこには、太田と肉弾戦で渡り合うFW鈴木が抜け出していた。

 

「あっ、僕がマークに……」

「行かないで! ホープちゃんに任せるよ!」

 

 太田の動きを様崎が手で制する。太田はひどく戸惑うように彼女の方を見返す。

 様崎は、強い目で、見守るようにボールの落下地点へ視線を送っている。ホープを慮るようなその目に当てられ、太田の足も、その意思を置き去りにして止まった。

 ──そして、彼の背後を疾風が吹き抜ける。

 

「もらったわ!」

「何!?」

 

 ボールが鈴木の足元に落ちる瞬間、流星のように現れたホープが、それを掻っ攫った。

 一連のプレーに、様崎が屈託のない笑顔を浮かべた。そして、手をあげてホープにパスを要求しる。

 

「ナイス、こっち!」

「はい!」

 

 要求通り、ホープが様崎へとパスを返す。攻撃のスイッチが入ると確信した伊槌が走り出す。

 だが、一心不乱に走る伊槌の耳には、一向に背後からカウンターのパスが渡ってこない。まさかと思い振り返ると、泰山のハイプレスの網を破れず、DFラインで四苦八苦する彼らの姿があった。

 

「簡単には通さぬ……! 勝つのは我らだ!」

「チッ……! しつけぇなァ……!」

 

 無籐も下がって、人数をかけてプレスを掻い潜ろうとしている。が、猛烈に、ワニのように食らいつく必死のディフェンスに攻めあぐねてしまっていた。時間的に次の1点が勝負を決める中で、奪われるのはまずいも判断した伊槌が、右サイドへと視線を送る。

 そこでは、ホープが必死になってパス回しに参加していた。先ほどとは見違えた、息を吹き返した彼女が()()とともに戦う。

 

「違う……!」

 

 それなのに、伊槌は拳を握る。

 

「お前がするべきプレーは……山本希望がするべきプレーはそんな()()なプレーじゃない……!」

 

 そうつぶやいて、ゴール前へと走り出す。失点だけは避けなくてはならない。必ずボールを生かすために、自分もできることを尽くすために。

 だが、伊槌の願いに反して、その時は訪れてしまう。

 プレスをかけられて焦った太田のパスから、靴木のトラップが乱れる。その瞬間を棗は見逃さなかった。

 

「頂くぞ!」

「くっ……!」

 

 体勢を崩した靴木が、棗の背中を見送る。だが、その目は死んでいない。

 ただ必死に手を伸ばす。どうにかして、この少女を止めるために、倒れ込みそうになりながら、ただがむしゃらに伸ばした。

 

「行かせてたまるかッ……!」

「っ!?」

 

 そしてその手が、ガッチリと棗の肩に食い込む。左半身がグンッ、と靴木の手に引き寄せられ、推進力が完全に殺された。

 ここで倒れればファウルを貰えるだろう。だが、あのディフェンス陣からフリーキックを決められるイメージが湧かない。逆に止められ、カウンターから失点する映像がありありと、棗の脳裏に浮かぶ。

 

「嫌だ……!」

 

 後ろに倒れ込む左足を振り上げ、誰かが取ってくれると信じて、前方にパスを出す。

 

「誰か、打って……!」

 

 仮面が剥がして、棗が請い願う。祈るように目を見開く。倒れるその瞬間まで、ボールも、ゴールの視界に入れて、その瞬間を見届けるために。

 ──そして執念は、実を結ぶ。背後から飛び出してきた気村がそのパスを受け取った。同時に、棗を巻き込んで靴木が倒れる。

 

「クソっ……!」

「こんな本気でやるのは、柄じゃないんだけど!」

 

 ドリブルで上がる気村が、一瞬棗を視界に入れる。必死に見開かれた目、限界を超えていることを示す汗だくのユニフォーム、何もかもが彼女の本気を語っている。

 気村がシュートの体勢に入る。前方には何も無い。少し遠いが、きっと入る。

 

「このキャプテンに応えないのは嘘でしょ……!」

 

 ボールに激しく横回転をかけ、遠心力で浮き上がるそれを地面に叩きつける。

 大きくバウンドしながら、生物のようにうねる強烈なシュートが久良島へと襲いかかった。

 

「頼むぞ、スピニングバウンド!

 

 気村の裂帛とともに、スピードが上がったような錯覚を覚える。変則的な弾道で突き進むシュートだが、バウンドの先の軌道なら読めるはずだと、様崎がそのクイックネスにものを言わせて、決死のスライディングブロックを試みる。

 だが──

 

「えっ、軌道が急にっ!?」

 

 様崎が読んだコースを避けるかのように、空中で軌道を変えたシュートが彼女を打ち破った。そのまま自由に跳ね回り、変幻自在の軌道を描き続ける。

 その異常なバウンドに、久良島は改めて警戒を強め、右腕に漆黒のオーラを集めた。パワーは負けていないと確信できる。だから、後はうまくぶつけるだけ、自分に言い聞かせて、息を整えた。

 

「右、左、右、左、左、右……」

 

 集中を切らずそのコースへと意識を向ける。

 ──右に来る。直感を信じて、彼女は飛び上がった。

 だが、無常にも、ゴール前で跳ねたボールは、鋭く左側へとコースを変えてしまう。

 

「……っ!?」

「入った!」

 

 絶望の呼気音と、歓喜の叫び。勝負は決したと、空気は語る。

 その中でも、久良島は諦めない。

 彼女は、咄嗟に強く飛び上がった体を捻って回転させ──サイドのゴールポストを蹴り出し、ボールに追いついた。

 

真っ黒パンチ……!」

「嘘だろ!?」

 

 今度は泰山の面々が驚かされる番だ。強烈なパンチングは、シュートに拮抗すら許さず弾き飛ばす。

 真正面から力で吹き飛ばされたために、未だ回転の残っていたボールは、奇跡のように詰めていた鈴木の足元に渡る。

 

「っ!?」

「しゃあ! 食らえ──」

「やらせっかよぉ!」

 

 だが、野生の勘で飛び込んできた木崎が、鈴木がダイレクトで放とうとしていたボールを間一髪クリアする。

 不完全なクリアはペナルティエリアの少し前に落下している。そこに、泰山の選手が抜け目なく走り込む。

 

「チッ……行かせねェよ!」

 

 それを確認した無籐が、壊れそうな体に鞭打ってクリアボールへ詰め寄る。鬼のような形相と殺すような気迫に一瞬気圧された泰山MFだが、すぐに立て直す。

 そして、ダイレクトボレーが鋭くその足から放たれた。

 

「行け!」

「だから、行かせねェってんだろォ!」

 

 走ることすらおぼつかない無籐が、目を剥きながらの決死のヘディングでそのシュートを逸らした。

 打ち上げられたボールはゴールを超えてラインを割る。なんとか凌いだものの、コーナーキックで泰山の攻撃は続く。

 

 そしてやっと、伊槌がゴール前に到着した。コーナーが蹴られる前に、彼は急いでホープの下に直行する。

 

「ホープ!」

「あ、伊槌! 守り切るわよ!」

 

 あの数分間で、見違えるほど頼もしくなったホープに度肝を抜かれるが、今はそんな場合では無い。

 少し話を聞いて欲しい、と前置きをして、伊槌は語り始める。

 

「ホープ、お前はやっぱり仲間を意識してプレーしすぎだ」

 

 やはり彼女のサッカーの根幹は、誰かに合わせるプレーなのだろう。

 そのために力をセーブして、仲間にパスを散らして、自分を押し殺す。伊槌にとって、そのサッカーはすごく悲しい。

 人に合わせることは悪いことでは無い。サッカーはチームスポーツだ。その連携は重要だと伊槌は痛いほどわかる。

 

 だが、手加減は違う。ホープにはそれだけは分かってほしかった。そしてできるならば、その先も──伊槌が思考を巡らせていると、ホープが不意に口を開く。

 

「……そう、ね。……ねえ、私はどうプレーすればいいのかな」

 

 それは、伊槌にとっては予想外の問い。

 彼女は変わろうとしている。仲間に依存して、その中でしかプレー出来なくなった自分を自覚して、そして変化を求めている。

 様崎との話を知らない彼に、そのきっかけは分からない。だが、きっかけなどどうでも良かった。

 

「簡単なことだ」

 

 伊槌は少年らしい笑みを浮かべる。暗さの無い、爽やかな笑顔だ。

 

「仲間のために、チームのために……自分にできる全力のプレーをするんだ」

「全力の……」

 

 伊槌は大きく頷く。ホープの大きな瞳を正面から見据えて、一言一句を彼女の心に刻み込むように語る。

 

「お前の本気を見せてくれ、ホープ!」

 

 審判が笛に手をかける。コーナーキックが直に蹴られることを確認した彼は、足早にマークマンを捕まえるために去っていった。熱い感情と願いだけを残して。

 ホープが視線を落とす。少女らしい細い腕から伸びる、熱くなった手のひらに目をやる。そこに、伊槌の、様崎の想いが託されている気がした。

 

「…………」

 

 拳を握る。

 流星に、願いは託された。

 

 

 

 

 

 右サイドのキッカーが手を挙げる。クロスの合図だろうと、複数の泰山の選手たちがゴール前へ殺到し、それに伴って憲戸の面々も入り乱れる。

 ゴール前はまさしくカオス。その混沌にほくそ笑み──キッカーはショートコーナーを選択した。

 

「うおっ、ヤベェ!」

 

 いち早く反応した木崎が、いつの間にはコーナーに近寄っていた中村にプレスをかけるが、それよりも早く、彼女は強くパスを送る。

 ペナルティエリアの前、カオスに釣られて押し下がったディフェンスの前で、ドフリーで構える赤と白の少女。

 棗の足元へ、寸分違わぬパスが通される。

 

「絶対に決めるぞ……!」

 

 エリア内に入っている泰山の選手たちが、憲戸のディフェンス陣を体を張ってブロックし、細いシュートコースを作り出す。

 それを確認した棗は、感謝するように深く目を閉じる。そして息を吐き、背後に竜のビジョンを出現させながら、深く踏み込んだ。

 

「っ! アンナ!」

「……はい、2回も、ゴールは割りません……!」

 

 ボールに青いエネルギーが集中する。気迫だけで後退りしてしまいそうな、激しい熱気が棗から放たれているように感じる。それほどまでの、圧と執念。

 久良島はその煮えたぎる感情に当てられながらも、深く腰を落として真正面から見据える。その額を汗が伝った。

 

「我らが必ず勝つ……! このシュートは、その決意の結晶だッ!」

 

 棗の裂帛が空気を震わす。その想いがボールにそのまま入ったかのように、激しく気が燃え上がる。

 大きく振り上げた右足がボールを蹴り出す。そして、久良島を穿たんと、食いちぎらんと、紺碧の竜は、少女と共に吼える。

 

ドラゴン! クラァァァッシュ!

 

 爆発のような音と共に打ち出されたシュートが、ゴールへ向けて、矢のように一直線に向かってくる。芝を切り裂いて進むシュートから目を離さず、ここで失点すれば確実に負ける、と、久良島は自分にそう言い聞かせる。

 

「負けられない……!」

 

 右足を踏み込む。足首が潰れるほどに強く踏み込んで、右腕を振りかぶる。

 そしてその拳を、竜の鼻っ柱に叩きつけた。

 

真っ黒パンチッ!

 

 黒の気と青の気が真正面から火花を散らす。やはり、単純なパワーではドラゴンクラッシュに分がある。踏み込んだ足が押されて、ビッチに線を描くのを認めながら、久良島は歯を食いしばる。

 負けられない。このゴールは1人では守れなかった。

 様崎、木崎、無籐──チームメイトたちの顔が脳裏に浮かぶ。彼らのためにも、このゴールだけは渡すことはできない。

 

「はああああ……!」

 

 軋む腕を認めながら、久良島は迎え撃つ。

 ──だが、この世に奇跡は存在しない。想いや、感情は実力をつけてくれるわけでは無い。

 残酷にも、冷酷にも。久良島の腕が、弾かれた。

 

「……っ!?」

「やった……!」

 

 心臓が止まったような感覚がした。足元が崩れ落ちる恐怖が迫ってきた。

 ──それでも、久良島は足掻く。無事な左腕で、押さえ込もうと手を伸ばす。

 だが、当然無理だ。回転に手をつけられない。このシュートの前では、オーラに覆われていない左腕など、紙切れよりも使い物にならない。

 力に押され、上向いた頭が()()()()()()()()()()()()を見つけた。

 

「ごめんなさい……!?」

 

 その瞬間、久良島の脳裏にたった1つの奇策が浮かぶ。

 成功するかは分からない。それでも、彼女の脳裏に試さないという手はなかった。

 

 ──この世界に奇跡はない。感情は合理の先の結果を変えることはできない。

 

 久良島の左腕が弾かれる。

 

「はあああああッ!」

 

 ──だが、自らの力を信じ、諦めず、行動し続けたものに、微笑むものはある。

 

 大きくのけぞったその力を逆に利用し、打ち上げられた右腕を、鉄拳のようにシュートに叩きつける。

 突如上方向から力を加えられたシュートは、その力に沿って、弾かれるままにピッチに叩きつけられ、大きく跳ねる。

 

「なんだ……!?」

「止まって……!」

 

 ──感情は結果を変えない。だが、行動を変える。

 そして、変わった行動の先にある、()()のような必然の結果。

 人はそれを、運と呼ぶ──。

 

 

 跳ね返ったシュートは、()()()、クロスバーに弾かれた。

 

「なっ……!?」

「こぼれ球……!」

 

 勢いよく跳ね返されたボールは、ペナルティエリア内に着地する。その場にいち早く駆けつけたのは、気村と、太田の2人だけ。

 

「もらうよ!」

「……!」

 

 太田の足は動かない。ここで動いてしまったら、自分は自分で居られなくなる。

 気村の足がボールに触れる。きっと、今シュートを打たれれば、先ほどの奇跡のようなセーブは起こらず、何の抵抗もなくネットを揺らす。

 それでいい。太田にとってはそれでいい。勝たなくたっていい──。

 

 気村がボールを収めて、シュートモーションに入ろうかという時、ふと、久良島のスーパーセーブが脳裏に浮かんだ。

 最後まで諦めなかったからこそ思った奇跡。本当にかっこいいと太田は度肝を抜かれた。

 自分も、ああなりたい──子供のようにそう思った瞬間、太田の体が、導かれるように動く。

 

「なっ……!?」

 

 先ほどまで静止していた太田が突然起動し、気村が困惑の声をあげた。

 彼の体が覚えている。あの熱さを。

 そして願ったからこそ、動き出す。()()()()()()

 

「はぁっ!」

「ぐあっ!?」

 

 パワーチャージ。黄色いオーラを纏い、強烈なタックルで相手を吹き飛ばすシンプルな必殺技。

 何回と共に過ごしてきた必殺技が、太田の意思を置き去りにして発動した。そのことに、彼は我に返って困惑する。

 

「オオタ! ホープに!」

 

 だが、三刀屋のその声に押されるように、急いでホープにパスを通した。

 そして、蹴り出したボールがホープに届いてから、改めて実感する。

 

「僕が……ボールを奪った……」

 

 うわ言のように、夢でも見ているかのように、そう呟いた。

 

 ホープにボールが渡る。彼女はずっと考えていた。この試合中、そして様崎と話して、伊槌と話して、色々なことを考えた。

 皆が楽しくサッカーをするためには何が必要なのかを、常に考えた。それでも、まだ答えは出ない。迷ったような表情で、ドリブルで持ち上がっていく。

 

「行かせるか……!」

「……っ、ディフェンス……!」

 

 だがその眼前に、自陣に残っていたSBの内田が立ち塞がる。

 反射的にパスを出そうとして、周囲へ視線を走らせようとした、その瞬間──

 

「山本ォ! ビビってんじゃねェェェ!」

 

 無籐の重機の起動音のような、爆発的な声が響く。驚きと共に、視線が固定され、否応にもディフェンスの内田へと意識が集中する。

 

「てめェの本気を見せてみろ! ブチ抜けッ!」

 

 隙だらけのディフェンスだ。前傾姿勢になりすぎて、相手のアクションに対しすぐに対応できない。これなら抜ける──確信する。

 ホープの中で何かが蘇る。幼い頃の記憶だ。

 はじめは、アシストをして笑う自分。ゴールを決めて笑う自分。仲間と共に笑う自分。

 そして、一番奥の記憶──ボールをただ追いかけて、弾けるほどに笑う自分。

 

「……あはは、何だ。本当に簡単なことだったわ」

 

 自分に対して失笑が溢れる。こんなことさえ忘れていたのかと、笑うことしかできない。

 サッカーを楽しむなんて簡単なことだった。パスを繋ぐこと、仲間に合わせること、それも確かに楽しかった。

 

「行くわよ……」

 

 でも、自分が1番初めに手に入れた楽しさは違う。

 ただボールを追いかけて、このピッチを誰よりも早く走ること。

 全てを置き去りにする、()()()()()()()こそが、山本希望の原点。

 ならばもう迷うことはない。ホープが体を倒す。陸上選手のように深く前傾姿勢になり、スピードを出す準備を整える。

 内田が警戒して距離を空けるが、意味はない。そこはもう、射程圏内だ。

 ──そして、少女は光になる。風を超えて、疾った。

 

ライトニングアクセル!

「……!? はや──」

 

 周囲の音すら置き去りにする。景色が次々に変わっていく。流れる風が心地いい。

 ああ、楽しい──春の空のように、ホープの心に光が差す。

 迷うことなく全力を出し、本気で相手とぶつかり合う。それが、こんなにも楽しいとは知らなかった。もっと味わいたい。だから、勝ちたい。

 

「はああああああ!」

 

 さらに疾る。もっと体を倒し、空気抵抗を極限まで減らす。そうすれば、瞬く間にサイドラインに沿って、ペナルティエリアまでボールを持ち運んでこれた。

 流石にここからカットインするのは難しい──ホープが唇を噛んだ瞬間、その男が背後から現れる。

 

「出せ!」

「……! ええ!」

 

 必死の形相で、甘塚などのディフェンスを引き連れながらも、伊槌鳴哉はホープについてきた。本気のプレーが仲間と共鳴することに、彼女は今までに感じたことのない高鳴りを覚える。

 ホープと伊槌の視線が交錯し、大きくクロスが上がる。伊槌のランコースの延長線上、ペナルティエリア内にあげられた、届くかギリギリの試すようなクロス。

 だが、伊槌は笑ってスピードをあげる。舐めるなとでも言いたげに口元が歪む。

 

「そらよっ!」

 

 そして右足でトラップ。その場でぴたりと止めるスキルフルなトラップの後、右足を振り上げる。ダイレクトにシュート体勢に入ったことを確認した甘塚が、体を投げ出してブロックする。

 

「やらせない〜……!」

「……ハッ、助演男優賞は貰うぞ!」

 

 シュートブロックを認めた伊槌が、ボレーの体勢を解除して、右足にボールを乗せる。曲芸のようなフェイントに、甘塚は目を剥くしかない。

 そしてそのボールは、リフティングの要領で軽くガラ空きのサイドに送られる。

 ──そこには、たった今クロスを上げた流星が鋭く走り込んで来ている。怪物のような俊足を遺憾なく発揮し、勝利のためにプレーしている。

 

「いくわよ!」

 

 ホープが、伊槌からのパスを高く打ち上げる。遥か天空に打ち上がったボールに対し、星のようなエネルギーが集っている右足をボレーで叩きつけ、流星のようなシュートを打ち出した。

 

すいせいッ、シュート!

 

 願いを伴った一撃が、泰山ゴールへと降り注ぐ。だが、強い瞳で見返す足利が、獰猛な笑みを浮かべそのシュートと相対する。

 そして、威勢の良いジャンプと共に、鋭い右足ボレーで迎え撃つ。勝利への執念が滲んだ一撃を、渾身のシュートに見舞った。

 

シールドボレー!

 

 何度もシュートを受け止めて軋んだ足に、強烈な衝撃がかかる。思わず吹き飛ばされそうになるが、気合だけで持ち堪える。

 雄叫びを上げながら、足利が右足を振おうと懸命に戦う。筋肉が千切れそうな感覚も無視して、ただこの瞬間にかける。

 

「止まれぇ……!」

「いっけぇぇぇ!」

 

 ボールの回転が強まった。流星の重さがさらに強くなる。

 それでも彼は最後まで足掻き、右足に全てを込めてぶつける。だが、願いをのせた星は負けない。全てを貫く勢いで、その右足を吹き飛ばした。

 

「のわぁっ!?」

 

 足利が吹き飛ぶ。シュートは、彼を弾いて、ゴールネットに深々と突き刺さっていた。

 

 

──────

 

GOAL‼︎

60+3分 山本希望

アシスト:伊槌鳴哉

 

憲戸 2-1 泰山

 

──────

 

 

 ネットから響く摩擦音が終わると同時に、審判が高々と笛を吹く。

 試合終了の合図だった。

 ホープは、信じられないと言った表情で、でも喜色を隠しきれない表情でネットに突き刺さったボールを見る。そして、スコアボードへと視線を移す。

 ──2-1。紛れもない、自分たちの勝利だ。

 

「……やったぁぁ! やったわよ伊槌!」

「ああ、勝ったんだ、俺たち!」

 

 そのことを改めて飲み込めたホープが、伊槌とハイタッチを交わす。きっと、ホープが変わらなければこの勝利はなかった。彼女がこうして勝利に心から湧くこともなかった。

 そう考えると、伊槌の顔にも笑みが浮かぶ。今はただ、この素晴らしい感情を噛み締めていたかった。

 

「だぁーっ、クソ! キック力あげて出直してくるぜ……」

「……負けたぁ〜……サイアク〜……」

 

 足利と甘塚が、地面に倒れ伏しながらそう溢す。

 勝負は残酷だ。必ず敗者を作り、勝者は敗者の屍を踏み越え続ける。生半可な気持ちでは向き合えない。

 だからこそ、伊槌は2人に歩み寄る。そして、倒れていた2人の手を取った。

 

「……ありがとう、良い試合ができた。いつかまた、戦おう」

「……へっ、おうよ! 今度こそお前のシュート、止めてやるぜ!」

「ん〜……音夢はいいや……って言いたいけど……楽しかったしまたね〜……」

 

 そう言って、2人はベンチに下がっていく。その背中を見届けていた伊槌が気配を感じて振り向くと、ホープを抱き寄せた様崎と三刀屋がこちらへ来ていた。

 

「やったね、鳴哉くん!」

「イヅチもいいカツヤクだったね、偉い!」

「はは……ああ、やったな」

 

 拳を合わせて、互いにねぎらい合う。

 様崎に抱きすくめられながら、完全に無視して進められていたホープがバタバタと暴れてその存在を主張する。ちょっと高い様崎と平均ちょい下なホープの身長差は丁度抱きしめやすそうだなぁ、と伊槌はどうでも良いことを考えていた。

 

「キャ、キャプテン……! 苦しいですってば……!」

「あはは、ごめんごめん」

 

 相変わらず悪びれた様子のない彼女を、ホープが睨みつけていたが、仕方ないと思ったのか、肩をすくめてため息をついた。

 苦笑する伊槌の下に、大仰な足音を立てて棗がやってくる。様崎たちに囲まれる伊槌を一瞬萎縮した様子を見せたが、すぐに不敵な笑みを作って口を開く。

 

「フッ……流石にやるな、『白い稲妻』よ……今回は、敗北を認めよう」

「白い稲妻……?」

 

 棗のその言葉がつい気になって口に出してしまう。本当に知らない異名で呼ばれたことがいつまでも引っかかっていたが、彼女は無視して続ける。

 息を大きく吸って、拳を突き出す。そのまま間髪入れずに彼女は語り出した。

 

「我らに打ち勝ったのだ……負けるでないぞ! あの憲戸中を2-1まで追い詰めたのだと、胸を張って言えるように勝ち進め! 良いな!」

「……ああ、もちろん! お前の想いも背負っていく!」

 

 棗の言葉を震えていた。悔しさに打ち震えているのだろう。それは伊槌にはどうすることもできない感情だが、棗なら乗り越えられると、一種の確信があった。

 だから、ただ突き出された拳に、伊槌も拳を握って合わせる。不敵に笑う彼女に、獰猛な笑みを浮かべ返した。

 

「そして……次は必ず──」

 

 そこから、棗の言葉が出てこない。震える目尻と声が、彼女の限界を示していることに、伊槌は察しがついていた。

 

「……我慢しなくていい。泣くことで敗北が受け入れられるのなら、泣いていいんだ」

「涙、など……」

 

 棗はあくまで強がろうとしたが、伊槌の言葉に押されてしまったのか、右目からつぅ、と雫が溢れる。

 彼女の輝く金の瞳が潤んでいく。ついにそれは止めどない雨となって少女の頬を濡らしていく。棗は、縋るように伊槌の胸に顔を寄せてきた。

 驚きながらも、伊槌はそれを受け入れる。

 

「悔しい……! あと、少しだったのに……!」

「……ああ。この涙と一緒に、その感情を忘れるな」

 

 割れ物を扱うように、彼女の銀髪に手を滑らせる。慣れない手つきだが、棗は暖かなその感触が心地よかった。

 

「敗北を受け入れられた人間は強くなる。次に会う時を、楽しみにしてる」

「……ッ! ああ、首を洗って待っていろ! もう憧れるだけではない、貴様を超えて見せる!」

 

 涙を強引に拭い、ビシッと大仰な動きでこちらを指差してくる棗に、伊槌は笑みだけを返す。棗も、獰猛に笑みを浮かべた。

 その背後では、様崎がこそこそと三刀屋に何か耳打ちしていた。いや、耳打ちではあったが、明らかに伊槌たちが聞き取れるように音量を調節している。2人の声が滑らかに耳朶を打った。

 

「みとちゃん、ああ言う鳴哉くんみたいなのをね、『女たらし』って言うんだよ」

「へー、イヅチはオンナタラシなの?」

 

 ギョッとして振り向く。そこにはニヤニヤした様崎が伊槌を指差しながら、純真な表情の三刀屋にいらないことを吹き込んでいた。伊槌は努めて冷静に三刀屋を説得しようとする。

 

「違うんだ、別にそう言うつもりじゃ……」

「そ、そそそ、そうだぞ! わ、我もそんなつもり全然なくて!」

 

 棗がありえないくらい動揺している。三刀屋は首を傾げていたが、また様崎がその耳に唇を近づけていらないことを吹き込む。頼むから妙なことを言わないでくれ、と言う伊槌の願いは全く届かない。

 

「でも、サクヤはハグは仲良しな人としかしないって言ってるヨ? 何でさっきハグしてたノ?」

「あれは成り行きで……?」

「……わ、わわわ我は失礼するるるぞ」

 

 ロボットのような不自然な動作で棗がさっさと逃げ去っていく。その声は震えていた。先ほどまでと理由は全く違うだろう。

 伊槌の胃は潰れそうだった。様崎は爆笑しながら三刀屋に揶揄ったことを謝っている。ホープはずっと赤い顔で我関せずを貫いていた。

 

「……」

 

 先ほどまでのやりとりを記憶から抹消し、彼女と合わせた拳に視線を落とす。

 負けられない理由がまた増えた。プレッシャーは好きではないはずなのに、この重みは、妙に心地いい。

 

「キャプテン」

「ん?」

 

 三刀屋たちと戯れていた様崎がこちらを向く。真剣な雰囲気を感じ取ったのか、茶化さずにしっかりとこちらを見据えている。その瞳は純粋に輝いており、この試合を心から楽しんでいたのだろう。

 そんな人だからこそ、伊槌もサッカーに復帰することができた。感謝してもしきれない。そして、自分にその感謝を伝えられるものは1つしかないのだ。

 

 伊槌が不敵に笑む。

 

「この先も、勝とう!」

 

 誓うように、伊槌はその言葉を強く放った。

 今はただ、愛しいチームメイトを見つめながら──。

 

 

────────

FULL TIME‼︎

 

憲戸 2-1 泰山

0 1st 1

2 2nd 0

 

得点者

30+2' 棗 龍華 0-1

38' 伊槌 鳴哉 1-1

60+3' 山本 希望 2-1

 

────────




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