イナズマイレブン〜蘇る雷鳴〜   作:暁の教徒

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日常回、書けねぇ〜


14話:特訓の日々

「伊槌ぃ、君は本当にいいご身分だなぁ?」

「…………」

 

 泰山中との戦いから一夜明けた放課後。伊槌は勝利を未だ噛み締めながらグラウンドへと歩を進めていた。

 意地と意地をぶつけ合った素晴らしい試合を制し勝ち上がったことは、きっと彼らの大きな自信になる。懸念材料だったホープのメンタルもいい方向に転がり、これからの試合にも期待が持てる。

 

「確かに君の実力は相当なものだ。だけど忘れるなよ、子猫ちゃんたちの視線は僕のものだ……!」

「…………」

 

 伊槌の下からガンを飛ばす梵場が、そのアフロヘアーを揺らしながら暗い目つきで宣言する。他意はないが、伊槌は歩く速度を早めた。

 激しい試合の後だが、休んでいる暇はない。この先を勝ち進んでいくためにはさらに力をつけていく必要がある、という無籐の鶴の一声のもと、憲戸中サッカー部は今日も練習が予定されている。伊槌にとって願ってもいない申し上げだ。

 

「それに、それにお前は……! 子猫ちゃんの視線を引くだけでなく、あの少女とハグまで──」

「掘り返すな……!」

 

 努めて梵場の発言をスルーしていた伊槌が、流石に苦虫を噛み潰したような表情で彼の肩に手を置く。そして、諭すようにゆっくりと口を開いた。

 

「あれは……言わば事故だ。そんなつもりはなかったが、泣いてる子を放ってはおけないだろ」

「…………そうか」

 

 目をしっかり合わせて、サングラスに反射する自分の顔を穴が開くほどに見つめる伊槌が、真摯な表情で弁明する。

 梵場は重々しく頷いてその言葉を受け取った。そして、少し表情を緩めながら大仰に手を広げ彼を見返す。

 

「まぁ、その紳士的な心に免じてあの件は終わりにしてやろう。だが忘れるなよ伊槌、子猫ちゃんの注目の的は僕であることを……!」

「ああ……ええ、分かってますよ」

 

 崩れていた口調を取り繕いつつ、伊槌が疲れたように言葉を吐き出した。

 

「ところで1つ聞きたいんだが……」

「……何です?」

 

 藪から棒なその質問に、何故か背中に冷や汗がつうっと流れた。嫌な予感を押し殺す伊槌が、気の進まなそうな表情を梵場に向ける。

 梵場は実に真剣な表情で、ふざけた様子など一切ない、真摯な顔をしていた。その雰囲気に引っ張られ、無意識に背筋を伸ばす伊槌に対し、彼は重々しく口を開いた。

 

「女性とハグするってどんな感じなんだい?」

 

 伊槌の右腕が、目にも止まらぬ速さでアフロヘアーを切り裂いた。

 

 

 

 

──────────

 

 

 

 

 

 梵場とのいざこざを乗り越えた伊槌は、土のグラウンドを駆けて練習に励んでいた。私的な都合ということで大田を欠いていることは不安だが、それでも練習を止める理由にはならない。

 攻撃側と守備側に分かれた実戦形式の練習。その中で彼は、チームメイトたちの確実なレベルアップを肌で感じ取っていた。

 

「はあっ!」

「チッ、すばしっこいな……!」

 

 明凪が巧みなボールコントロールを持って、フェイクを織り交ぜつつ変幻自在のドリブルで無籐を突破する。フリーになった彼女の視界に入り込むように、伊槌がペナルティエリアへと切り込む。

 

「開いてるぞ!」

「はい、伊槌先輩!」

 

 明凪の右足から鋭いボールが放たれる。動き出しに呼応した完璧なクロスボールに凶悪な笑みが溢れるのを自覚しながら一気にシュート体勢に入ろうとした伊槌の前に、鮮やかな色が颯爽と立ち塞がった。

 

「やらせないよ!」

「っ、ナイスカバーだな」

 

 シュートポイントに素早く現れたのは様崎。ポジションは離れていたはずだが、流石の俊敏性だと伊槌は舌を巻く。

 上に飛び上がりかけたアクションを気合いで解除し、踏み込んだ足で正面に飛ぶ。様崎を背後に背負い、ボールをキープする算段だ。

 

「そんな簡単に持たせないよ!」

 

 だが、体格に差がない彼女と競り合うのは分が悪い。強いタックルに一瞬体勢を崩された伊槌は心の中で舌打ちをして、周囲へと視線を広げる。

 そして、走り込む梵場の姿を認めた伊槌が、今度こそ飛び上がってボールを胸トラップでコントロール。そのまま、体を無理矢理突き出してチェストパスを梵場に送った。

 

「やれ!」

「君に輝かされるのは不本意だがね!」

 

 悪態をつきながら梵場がフリーでエリアへと侵入していく。シュートコースの多さにゴールマウスを守る久良島が逡巡するかのように顔を歪めた。

 だが、梵場の斜め前から向かっていく影が1つ。先ほどまで伊槌と競っていた様崎がすぐさまカバーに入った。

 

「杏菜ちゃん!」

「……はい!」

 

 素早く寄せられた梵場が苦しげに、されどどこか嬉しそうな複雑な表情を浮かべ、様崎に寄せ切られる前に右足を振り抜く。

 その瞬間、久良島は迷いなく右に跳んだ。

 

「なっ、読まれた!?」

 

 梵場の驚嘆の声に、様崎がウインクを返す。彼女の的確なカバーリングがシュートコースを消し、彼のシュートを経験が浅い久良島でも完璧に読めるよう、誘導したことに気づいた伊槌は驚きを隠せない。

 

「こぼれ球!」

 

 久良島のパンチングに弾かれたボールはまだ生きている。体勢を整えた伊槌が声をあげながら一目散に走り込むが、守備者である三刀屋はそれよりも早く反応し、クリアの体勢に入っていた。

 

「終わりだヨ!」

「ッ! させるかァ!」

 

 空気を裂いて振り抜かれた右足にクリアされたボール目掛け、伊槌が決死のスライディングキックを仕掛ける。

 ボールは爪先を擦り、大きく上に弾かれながらも中途半端な位置に落とすことに成功した。そこにいち早く走り込んだのは、汗を流しながら、その端正な顔立ちに似合わない目つきでゴールを睨む攻撃側選手の橘花だ。

 

「よし……!」

「好きにはさせませんよ」

 

 だが、みすみすその動きを見逃すはずもなく、宵闇が彼に正対する。気怠げな言動とは異なった剣呑なほどの雰囲気に、一瞬怯まされる橘花だが、唇を噛んで宵闇とのマッチアップを開始した。

 

「行きますよ!」

 

 大きく右に持ち出す素振りをフェイントに、繊細なボールタッチで足元からボールを離さず左へドリブル突破を図る。フェイントには釣られた宵闇だったが、一旦離された距離を最短で詰め、マークを外さない。

 むしろ積極的にボールを奪おうと試みて、体をぶつけないように細かく足を出してボールを掠め取ろうとしていた。が、橘花もこれをその精密なコントロールで紙一重で回避する。

 

「やりますね……!」

「そっちこそ、お疲れのくせに……」

 

 まさしく一進一退の攻防を見せている2人の間に、ピリピリとした心地いい闘争の空気が流れる。前までの憲戸中サッカー部ではあり得なかった、本気でぶつかり合う練習に、伊槌はゲーム中であることも忘れその戦いを見届ける。

 きっと、泰山戦での勝利が彼らに闘争心を取り戻させてくれたのだろうと推察する。特にあの2人は前回出場機会を掴めなかったこともあり、より気を張っているように見えた。

 

「ふっ!」

「はっ!」

 

 細やかなドリブルで抜き去ろうとする橘花に間一髪で宵闇が食らいつく。徐々にであるが、橘花の動きは荒くなってきていた。息を弾ませる彼を見るに、体力的な問題だろう。

 自分の限界を自覚した橘花は、拳を握って何かを決意したかのように正面を見据える。そして、フェイントを全くかけずに大きく右へ持ち出した。

 それを勝負の合図と受け取った宵闇が、蹴り出されたボールに回り込むため、一気に前進する。

 

「──かかった!」

「えっ」

 

 だが、その動きを読んでいたかのように、強いバックスピンがかけられたボールは急停止し、宵闇の前で止まって橘花の足元へと吸い付く。そのまま橘花が間髪入れずに足を振り上げ、前線へと指示を飛ばす。

 

「伊槌先輩!」

「ああ、来い!」

 

 伊槌がマークについていた様崎を押し込み、その反動を利用し、ペナルティエリアは出ないように、されどゴールから遠ざかるような計算されたオフ・ザ・ボールで一瞬フリーの状況を作り出した。

 

「やばっ、やらせるわけにはいかないじゃないですか……!」

 

 このままパスを出されれば1発失点であることを認識した宵闇が、崩れた体勢から、無理矢理飛びかかるようにスライディングをボール目掛けて見舞う。

 そのタックルは、寸分違わずボールを弾く──はずだった。

 

「読んでました!」

「……ッ!」

 

 その言葉通り、橘花が鮮やかに、桜の花弁を散らすような流麗なキックフェイントを見せて宵闇のスライディングを回避する。彼女の行動を読んでいなければ成立しないプレーに、嵌められたことを理解しながらも宵闇は唇を噛んで見送るしかない。

 そして、完璧にフリーになった橘花が、意気揚々と右足を振り抜く。

 

「いけぇ!」

 

 鋭く、優しく放たれたキラーパスは伊槌目掛けて一直線に突き進む。その進路上に割り込んだホープが、飛びついてスライディングでカットを試みた。が──

 

「届かない……! キャプテン、すいません!」

「オッケー、鳴哉くんには打たせないよ!」

 

 無情にも足をすり抜けたボールが伊槌の懐へ入ろうかと言う瞬間、様崎が抜け目なくプレスをかけてシュートコースを殺した。このままでは反転してもシュートが打てない。つい舌打ちしそうになった伊槌だが、受けようとして視線を落とした際、未だ突き進むパスを見て、そこに込められたメッセージを読解する。

 一瞬、橘花と目を合わせる。「そうだ」、と頷いた気がして、彼は無理矢理反転して足を振り上げた。

 

「わっ、無理にでも来る気!? でもそんな甘くないよ!」

 

 パンッ、と柏手を打った様崎の周りに、衛星のような3つの球体が漂い始める。シュートブロック技であるサテライトドローを見ても、伊槌の目は変わらない。

 大きく振り上げた足を、鋭く、強く射抜いた。

 

「感じてるだろ、ストライカー!」

 

 空気の切り裂かれる音とともに、ボールが伊槌の前を通過する。シュートフェイクからのスルー、そう理解するのに様崎でも一瞬時間を要した。それほどまでにリアリティのあるフェイントに、守備側の時間が1秒停止する。

 だが、ピッチではそれすらも致命傷。伊槌の背後から、大きく足音を立てて走り込む少年──木崎が、喜色満面の笑みでボールに飛びついた。

 

「決めてやるぜ、グレネードショットォ!

 

 ダイレクトで放たれた青いオーラを纏う破壊的なシュートは、呆気に取られていた久良島に反応すら許さず、ネットに深く突き刺さってゴールを奪い取った。

 

「よっしゃぁ! 橘花ぁ、お前パスヤバすぎるぜ!」

「……止められなかった……」

 

 ゴールで全ての緊張の糸が解かれ、伊槌がその場に座り込んで休む。木崎は橘花へと飛びつくように駆け寄ってお互いのプレーを褒め合い、失点に歯を食いしばる久良島の背中を、様崎が軽く叩いて慰めとしていた。

 練習を眺めていた月並が時計に目を落とし、大きく笛を吹く。

 

「今日の練習は終わりだ! 各々疲れは取っておけよ!」

 

 月並の音頭に、各自協力して片付けを行い、自由に行動を開始する。

 しっかりクールダウンを行う者、帰る準備を進める者、自主練に励む者と、なんとなく集まって行動を起こす。ホープと一緒にストレッチをしていた伊槌が、何とは無しにホープに問いかけた。

 

「ホープは自主練とかしないのか?」

「あたしはあたしでメニュー組んでるの。全体練習はともかく、それ以外でメニューを崩したくない」

「そうか」

 

 足を開いて体を前に倒す前屈の体勢を崩さないままホープが答える。ルーティーンの遵守や、仲間に合わせたがっていたメンタルなど、彼女を知れば知るほど繊細な人間性をしていることが分かって来る。彼女への理解の深まりは、きっとこれからのプレーにも役立っていくだろうと、伊槌は足の筋肉を伸ばしながらぼんやりと考えた。

 その視界の端で、遊ぶように、自由にボールを操ってリフティングをしている様崎が目に映る。流れのままにその背中に質問をぶつける。

 

「キャプテンは自主練?」

「ん? まーそういうことになるかなー。なんか物足りなかったからさ」

「えっ、キャプテン自主練するんですか!?」

 

 ガバッと起き上がったホープが驚愕を露わにして口をパクパクとさせていた。地味に失礼なことを言われた様崎は肩をすくめて微笑をこぼす。

 

「ま、確かに今までやってこなかったけどさ……なんか火がついちゃって」

「サクヤがやるならワタシも助太刀するヨ!」

「……俺も、練習中に大したことができなかったからな」

 

 苦笑する様崎の背後から、三刀屋が、靴木が顔を出す。しばらく呆然と口を開いては閉じていたホープだが、突如立ち上がって彼女たちの方へ寄って行った。

 

「あ、あたしもやります!」

「……メニュー崩したくないんじゃなかったのか?」

「細かいことはいいの! たまにはキャプテンと練習したいし!」

 

 声を張ってホープがそう宣言する。その言葉に様崎が満足そうな顔でうんうんと頷きを繰り返す。

 

「可愛い後輩を持ったねぇ、私たち」

「センパイとして期待に答えなきゃネ!」

 

 拳を握って軽く盛り上がる様崎たちに、伊槌がぼうっと視線を合わせる。

 確かに様崎との練習では得るものは多いだろう。その卓越したDF力もいい経験になるし、ボールタッチの巧みさや体の使い方など攻撃面でも参考になることが多くある。

 それに何より、伊槌は彼女と共にいると妙に安心感を覚えた。あまりよく分からない感覚だが──悪い感情でないのは確かだ。

 

「……ん? そんなじっと見て、どうしたの鳴哉くん、照れちゃうよ」

「え? ああいや……特にないけど、ごめん」

 

 伊槌の視線に耐えかねた様崎が、頬に朱色が差した様子でわざとらしく身を捩らせながら、茶化すようにそう言葉を紡ぐ。

 しどろもどろになる伊槌に、ホープが不審げな視線を送る。そして次の瞬間、天啓でも得たかのようにニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべ始めた。

 

「伊槌も一緒にやりたいの〜? キャプテンと2人きりで〜?」

「ホープちゃん?」

 

 揶揄うようなホープの声音を認めた様崎が、彼女を強めに抱きしめて無理矢理口を塞ぐ。バタバタと暴れる彼女の頭を優しく撫でながら、困ったような表情を伊槌に向けた。

 

「えっと、まあ2人きりかどうかはともかくさ、一緒にやる?」

 

 首を少し傾げながらそう問いかける彼女に、反射的に肯定を返したくなった伊槌だが、困ったような表情を返し、手を合わせて軽く頭を下げた。

 

「俺もやりたいけど……悪い、先約があって……」

「あ、そうなんだ、残念」

 

 抱きすくめていたホープを解放した彼女が肩をすくめる。罪悪感を覚えながらも、伊槌は背後から足音を立ててやってくる影に目を向けた。

 

「遅ェぞ、何やってんだ」

「悪い、今行く」

 

 その影は無籐だ。その姿を認めた靴木が意外そうに口を開く。

 

「珍しいな、お前が自主練に人を付き合わせるとは」

「……まあ、色々あんだよ。秘密の特訓ってやつだ」

 

 その答えに、ほう、とだけ呟いた靴木がボールタッチの練習に戻る。もう気になることはない、ということだろう。

 無籐がふとこぼした秘密の特訓という単語に、明凪などの1年たちが多少食いついていたが、声はかけてこなかったので伊槌は拾わなかった。あの様子なら、おそらく何も言わずとも勝手についてくるだろう。

 

「じゃあ、そういう訳でまた明日」

「ん、ばいばーい」

 

 後ろ髪を引かれる思いを覚えながら、伊槌は様崎に背を向けて歩き出す。

 陽は夕焼けに傾き始め、その鮮やかな色は彼女の桃色の髪を照らして、その相貌に美しく影を形作っていた。

 

 

 

 

────────

 

 

 

 

 

 無籐と伊槌の男2人組は、並んだ状態で河川敷沿いの道路を歩いていた。靴がアスファルトを叩く音だけが木霊していた2人の間に、突如として無籐が口を開く。

 

「お前、キャプテンのことはどう思ってんだ?」

「……? どうって、どういうことだ?」

 

 いまいち要領を得ない質問だと感じた伊槌が問い返す。言葉を選んでいるかのように悩む素振りを見せた無籐は、面倒臭くなったのか大きくため息を吐いてから口を開いた。

 

「……まぁ、人間としてでもサッカー選手としてでもいい。印象を聞かせてくれや」

「ああ……明るい人だと思う。それ以上にプレーは印象的だよ、俺すら凌駕するクイックネスに野生の勘があるとしか思えないDF力、他にも──」

 

 オブラートに包んだ無籐の問いに、馬鹿正直に様崎のサッカープレイヤーとしての素晴らしさを滔々と語り出した彼に、思わず微笑ましい笑いが溢れる。

 

「自覚なしかよ……」

「え?」

「なんでもねェよ。着くぞ」

 

 話しているうちに階段を降り、かつかつと石を蹴っ飛ばしながら進んだ先には、頼りないライトだけが照らす、薄暗い橋の下だった。

 地域によって清掃はされているのか、ゴミなどは落ちておらず意外と綺麗だったが、壁面はそうでもない。スプレー缶の落書きとは違う黒い跡が転々としてあり、何かが叩きつけられたような、軽い陥没も確認できた。

 

「ここが、()()()()の……」

「ああ……もういいだろ」

 

 無籐が右腕につけた、古びたミサンガを揺らしながら軽く髪をかきあげる。そして、背後に鋭い視線を向けた。

 

「そこ、居んだろ? 出てこい」

「……バ、バレてたんですか……」

「来そうだなって思ってたしな」

 

 橋の影から、明凪、宵闇、久良島の1年女子組がバツの悪そうな表情で顔を出してくる。同じ1年の橘花は不在だったが、彼は日課にしている早朝のランニングと先ほどの練習を合わせて体力が尽きてしまったのだろうと伊槌は当たりをつけた。現に、学校を出る際死にそうな彼がグラウンドに横たわっていた。

 

「わざわざ尾けてきたのか?」

「まあ、気になったんでつい……」

 

 目を逸らしながら宵闇が答える。視線を右往左往させており、見つかったことに結構動揺していることが見て取れる。

 一歩引いた位置に立っていた久良島が、意を決したように踏み出して、藪から棒に問いをぶつけてくる。

 

「えっと……お二人はここで何を……?」

「言っただろ? 俺の秘密の特訓にこいつを付き合わせるんだよ」

 

 そう言って彼は伊槌を指差した。今度は明凪が質問を重ねてくる。

 

「どうしてそんな急に?」

「……無籐がシュート技の開発に難航してるから、FWの俺を呼んだ、ってのと……」

 

 その先を言い淀んで、伊槌がチラリと横に視線を向ける。視線を受けた無籐は対して逡巡する様子もなく、顎をしゃくって続きを促していた。1年たちも話を聞く姿勢に入っており、引くに引けないかと、伊槌は口を開いた。

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 泰山中との試合終了後、少々のいざこざを抜けた伊槌は汗を拭こうと、ベンチに引き上げていた。その時、彼の視界にベンチに横たわる男子の姿が映る。それは無籐の姿だった。

 

『……ああ、お前か……。悪ィ、氷嚢取ってくれねェか、俺が持ち込んだクーラーボックスに入ってる……ベンチの裏手にある……』

 

 未だに汗を垂らした無籐が、疲労困憊の様子でそう言ってくる。特に面倒なことでもなかったので、伊槌は対して考えることもなく安請け合いした。

 彼の言葉通りベンチの裏手に回ると、そこには確かにクーラーボックス、そして古びた日記帳が落ちていた。

 日記帳をそのままにするわけにもいかないと思った伊槌だが、表紙にも裏にも名前が書かれておらず、困った彼は苦肉の策として中身に目を通す。

 

 罪悪感を覚えながらもパラパラとページをめくっていくと、それは無籐のものだとすぐに分かった。

 綴られていたのは、橋の下での特訓の日々と、彼のサッカーにかける思いの丈の全て。

 裕福ではない家庭、自分のサッカーがそれに負担をかけていることも、完全に自覚した上で彼は進んでいた。その裏には工事現場で毎朝毎晩懸命に働く父、夜家計簿とにらめっこしながらやりくりして道具を揃えてくれた母、自分の活躍を信じて疑わない双子の妹達。自分を信じ、根気よく練習に付き合ってくれたサッカー部の仲間たちへの、万巻の思いの数々。そして、チームメイト1人1人のプレーの特徴がまとめられたページ。

 

 『FW伊槌鳴哉。体勢を問わずフルパワーで打てるシュートセンスと動き出し、シュートパワーは一級品。ドリブルも本人が言っているよりは上手く、線が細い割に当たりも強いが、パスセンスや空中戦は平均的。フィニッシャーに専念させるべきか?』など、最近加入した伊槌に関してもしっかりとまとめられていた。

 その思いの数々を、しっかり汲み取ろうとして読んでいたからこそ気づかなかった。

 背後からゆっくり近づく、無籐の姿に──

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

「……まあ、そんなわけで、罪滅ぼしも兼ねて練習に付き合うことになったんだ」

「伊槌先輩が100悪いじゃないですか」

 

 明凪の鋭い指摘に、返す言葉もないとでも言うように伊槌が視線を下に向ける。久良島たちも微妙な表情で見ていた。

 

「まあ、過ぎたことだし、見られて困るようなモンでもねェが、精々活用しようと思ったんだよ」

「悪どい……」

 

 凶悪な笑みを浮かべる無籐に、戦々恐々と言った様子で宵闇がぼそっと呟く。

 場の雰囲気を仕切り直すような咳払いの後、久良島がすっと手を挙げる。

 

「……その、特訓、私たちも入れてもらえませんか?」

 

 おずおずとした様子で手を挙げる彼女に、無籐が好機の視線を向ける。伊槌としても練習相手が増えるのはいいことだと思考をまとめ、成り行きを見守ることにする。

 

「やっぱり私は、GKとして経験が浅いですから……伊槌先輩たちのシュートを沢山受けていきたいんです」

「……ハッ、ははは! 脳筋な練習するなァ、面白ェ、付き合ってやるよ」

 

 久良島の提案した練習に、一瞬呆気に取られた無籐だったが、直ぐに大きく笑い声を上げてその言葉を肯定する。伊槌も拒否する謂れは無いため、ボールを足で弄びながら頷く。

 そして、その横の明凪たちに視線をやった。

 

「もちろん、私も参加しますよ! 伊槌先輩のシュート技術、全部盗んで、最高のストライカーになっちゃいます!」

「……まあ、私も。とりあえず必殺技を練習したいです。……試合に出られないのは、嫌なんで」

 

 気合十分と言った様子の2人に、伊槌も笑みをこぼす。そのまま、かつかつと石の床を靴が削る音を響かせ、大層な宣戦布告を叩きつけた明凪に近づいていく。

 

「俺みたいなFWになれるか?」

「はい、なってみせます!」

 

 そう、いつも通り元気に宣言した次の瞬間、彼女の顔に影が落ちるような、仄暗い感情が現れる。

 

「FWは……私の夢ですから」

 

 いつもの底抜けに明るい彼女とは別人のような、儚げで暗い笑顔を浮かべる。

 間近で見た伊槌は、あまりの雰囲気の変化に思わず少し息を呑むが、すぐに表情を取り繕う。そして彼女の肩に手を乗せ、その深い色の瞳に視線を合わせた。

 

「……なら、特訓は欠かすなよ。お前だけのFW像を見つけるんだ」

「……はい、分かってます!」

 

 今度は、いつも通りの明るい笑顔。突然の雰囲気の上下動に、伊槌が少し混乱を隠せないでいるが、無籐たちは既に練習の準備に入っている。

 置いてかれるわけにはいかない。明凪とアイコンタクトをして、彼らの輪の中に走り込んでいく。

 

 このチームには、まだまだ乗り越えなければならない壁があるのかもしれない。それでも、伊槌の中に諦めるという選択肢はなかった。

 ホープのことを乗り越え、勝利を手にしたこのチームなら絶対にいける──確信に近い予感が、彼を突き動かす。

 

 次に運命が動く日まで、あと3日。




亜蘭中の募集をあと1週間(正確には6日)で締め切ります。下記のURLからまだまだ受け付けているのでご応募いただけると嬉しいです。
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