イナズマイレブン〜蘇る雷鳴〜   作:暁の教徒

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おひさすぎてビビる


15話:FF青森県予選第2回戦 vs亜蘭中学

 右を向けば、打ち捨てられたゴミの数々。視線を逸らすように左を見れば、言い争う学生達。

 喧騒と無秩序が支配する空間。亜蘭中の学区を、息を殺しながら歩く伊槌は、気持ち悪い汗を滲ませながらこの空気をそう表した。

 

「少し急ぐか……」

 

 集合時間まではまだまだ余裕があるが、周囲の異様さが彼の足を早めさせる。試合前に問題を起こすわけにはいかない、と思考を巡らせた伊槌が、出来るだけ目立たないように歩を進めた。

 絡まれないことを願う伊槌だったが、その意志を踏み躙るかのような足音とともに、彼の背後に影が差す。伊槌が不審さを覚えて振り返った刹那、伊槌より一回り大きく、目から光を失った、謎の法被(はっぴ)に身を包んだ男が、大きく拳を振りかぶり、血走った目でこちらを睨みつけていた。

 

「ッ!?」

「オラァ!」

 

 咄嗟の判断で大きくのけぞり、顔面を引く。先ほどまで頭があった位置を通り過ぎたフックが、空気を切り裂き、鋭い風が伊槌の顔面を叩いたのを感じた伊槌から血の気が引いていく。

 

「なんだ、コイツ……!」

 

 即座に体勢を取り直した伊槌が大きく後ろに飛び退きらどっと湧いてくる冷や汗を拭う。その間にも、視線は目の前の男から外さない。穴が開くほどに、その光なき目を睨みつける。

 その暗い瞳に違わぬ、感情の読めない低い声が伊槌の鼓膜を叩いた。

 

「貴様が伊槌鳴哉だな?」

「……だったらどうした」

 

 緊張を悟らせないように、震えを押し殺したような硬い声が喉から湧いてくる。コイツは普通じゃないと、伊槌の第六感が警鐘を鳴らしていた。

 男が一歩踏み出す。その動きに伊槌が本能的に後ずさった。ジリジリと距離を詰めてくるその暗い瞳に脂汗が隠せず、風が妙に冷たく感じる。

 

「貴様にはここで眠っていてもらう」

「……意味が分からないな」

 

 壁際まで追い詰められた伊槌が、拳を構える男を睨みつける。常人とは思えない、光の差さないその眼光は、何か狂気的なものを感じさせた。

 

「憲戸中のエースFWの貴様が消えれば、『あの方』の勝利は磐石……!」

 

 伊槌の言葉など聞こえていないかのように、うわ言のように男が呟く。それと同時に、拳がギリっと音を立てて強く握り込まれたのを認識し、伊槌が思わず舌を打つ。

 

「ぐっ……盤外戦術にしてもイカれてるだろ……!」

 

 後ずさった彼の背中を、アスファルトの無機質な冷たさが迎える。逃げ場はもうなかった。

 獲物を前にした獣のように、暗く目を輝かせ男が一気に距離を詰めてくる。気づけば、振りかぶられた拳が眼前へと迫っていた。

 

「まずっ……ッ!? 躱せねぇ──」

 

 せめてもの抵抗として目を強く瞑り、顔の前で腕をクロスさせて衝撃に備える。筋骨隆々とは言えないまでも、制服の上からでも分かるほどに体格に恵まれた男のパンチをもらってはただでは済まないな、と伊槌の脳は諦観にも似た分析を弾き出していた。

 

「……?」

 

 だが、いつまで経っても拳がこちらに届かない。それどころか、目の前の男が動いている気配すら感じず、訝しんだ伊槌が目を開け、目の前を男を睨みつけた。

 そして気づく。男の顔を青ざめ、その肩には、この暴力的な場に似つかわしくない、細く伸びた、白魚のような腕が乗せられている。

 男はその少女の腕に怯えているのだと推察する伊槌の思考が、さらに混乱する様子を尻目に、可憐ながらどこか無機質な声が耳朶を打った。

 

「ねえ。お客様に何してるのかな?」

「み……|ミラちゃん……これは、あなた方のために……」

 

 背後を振り返ることもできず、餌を求める魚のように大口を開けて、空気を噛みながらなんとか言葉を紡ぐ。

 うんうん、と可憐な声が相槌を打った次の瞬間、男の体が伊槌の真横の壁に、強かに叩きつけられた。肉が打ち付けられる鈍い音に、伊槌の体が思わず跳ねる。

 

「君はいつからそんなに偉くなったのかな?」

「も、申し訳……」

 

 大柄な男が退いたことで、その愛らしい声の主人が姿を現した。

 少し癖がついた短めの銀髪に、人形のようにぱっちり開いた黒い目。にこやかな表情と小柄で作り物のようにほっそりとした美しい手足は妖しい雰囲気を醸しており、外見に似合わない、蠱惑的な印象を受ける綺麗な少女だ。

 その少女に一瞬目を奪われる伊槌だが、すぐさま横の男に視線を移す。これをやったのが目の前の彼女だとは信じられなかったが、つかつかと歩み寄ってくる少女が、追い討ちをかけるように男の体を持ち上げる。

 

「独断で人を襲うなんて品性が欠けた行為だよね♪ そんな悪い子はこうだよ☆」

「へぶっ!?」

 

 妙に楽しそうな様子で、少女が足を下にして男をアスファルトの切れ目、土が剥き出しになった地面に勢いよく振り下ろす。すると、男の足が勢いよく埋まり、墓標のようにその恵体が直立した。

 

「は……?」

 

 現実離れしすぎた目の前の光景に、口を閉じるのも忘れた伊槌が思わず息を漏らす。何秒経っても理解が追いつかず、頭痛を覚えながら硬い壁に背を預けてゆっくりと腰を下ろした。

 今度は疲労から軽く息を吐くと、太陽にきらめく白い腕が伊槌に差し出される。少し驚いて視線を上げると、先ほどの少女がこちらを覗き込んできていた。

 

「ごめんねおにーさん、ウチの子がオイタしちゃって☆」

「……ウチの子……? 理解が追いつかないぞ……」

 

 疲れたように瞼を細めながら、少女の手を取って立ち上がる。見た目によらない異様な力でぐいっと引き上げられ、少し体勢を崩した伊槌だったが、気合いで持ち直した。

 軽く礼を言いながらも、胡乱げな視線を彼女に向ける。人畜無害そうな、愛想のいい表情を浮かべる少女だが、背後の何故か恍惚とした表情で地面に突き刺さる男が彼女の異常性を代弁していた。伊槌の目つきに気づいたのか、少女は無邪気そうに笑顔を浮かべ、口を開く。

 

「自己紹介が遅れたね♪ 初めましてー、叛月実蘭(はづきみら)でーす☆ 親しみを込めてー、ミラちゃんって呼んでね♪」

「……ああ、俺も名乗ってなかったな……えっと──」

 

 叛月の自己紹介を受けた伊槌が、思い出したかのようにそう口にする。先ほどの応酬で、疲れから半分閉じた目を開き、名前を口にしようとした瞬間、彼女が妖艶に、自分の唇に人差し指を当てたのを見た伊槌が、ジェスチャーに従って閉口する。

 素直な様子に満足したのか、可愛らしく微笑んで続く言葉を紡ぎ出した。

 

「伊槌鳴哉さん、でしょ☆」

「……知ってるのか」

「うん、おにーさん有名な選手なんでしょ? 会えて光栄ー♪」

 

 無邪気な喜びを表す彼女の言葉に、伊槌が微妙な表情を返す。

 伊槌が有名だったのは1年ほど前の話だ。今の自分では彼女の興味足りえないだろうことを考えると、流石に心が沈む。だが、努めてそんな様子を態度に出さず、服の埃を払って再び会場に向かって歩みを進め出した。

 

「ちょっと待ってよおにーさん、どうせだから一緒に行こう? ミラちゃんと一緒じゃないとまた絡まれるかも☆」

「……そういうことなら、同伴お願いするよ」

 

 何回も絡まれる可能性があるとかここの治安どうなってんだよ、と心の中で愚痴りながら、叛月と隣だって歩く。足が埋まったあの男も、嬉しそうな表情で叛月に手を振って送り出していた。

 

「ああ……そういえば、あいつは何なんだ?」

「あれはねー、ミラちゃんの親衛隊みたいなものかな? 最近色々あって、ちょっと『お話』したらファンの子が増えちゃってね♪」

 

 手を振りかえしながら浮かべる笑顔に、妙な凄みが感じられる。興味はあるが、自分を引っ張り上げられる腕っぷしの少女を刺激したくなかった伊槌は、それ以上の追求をやめた。

 ニコニコと笑みをたたえる叛月が機嫌の良さそうな声音で、隣を歩く伊槌に声をかける。

 

「ねえねえ、普通のサッカー部って試合後に相手と乱闘したりしないって本当?」

「何言ってんだ?」

 

 脈絡のない質問に、伊槌が思わず疑問系で返す。

 答えにはなってなかったが、伊槌の困惑を手に取るように理解した叛月が、コロコロと声をあげて笑い、眉を顰める伊槌に視線を合わせた。

 

「亜蘭中のみんなはねー、試合終わりの3回に1回くらい乱闘騒ぎを起こすんだ☆ だから他もそうなのかなぁ、って思ってたけど違うみたいだね♪」

 

 本当に感激した口調で知識欲が満たされた彼女がうんうんと満足げに頷く。

 その裏で、伊槌は亜蘭中の異常性を再認識していた。

 ほとんど毎回起こす乱闘騒ぎ、異様に治安の悪い学区周辺、妙な凄みを持つ叛月という少女。今まででも様々な異常性を感じ取ってきた。

 

「ヤバい奴らだな……」

 

 率直な感想が口から溢れる。まずい、と叛月の方へ視線を戻したが、彼女が気分を害した様子はない。

 聞こえていなかったようだ。伊槌が大きく息を吐いて胸を撫で下ろした。

 

「おにーさん、もう1個聞きたいんだけどいいかな?」

「ん……ああ、答えられることなら、いいよ」

 

 身長差の関係から、愛らしく伊槌の顔を覗き込む叛月がその二つ返事に笑顔を見せる。

  そして、鈴を転がすような声音の、鋭い棘のような言葉が伊槌の脳に突き刺さった。

 

「おにーさんって何で日本に帰ってきたの?」

「……は?」

 

 言動の意図が掴めず、伊槌が動揺の声を漏らす。本当に質問されているのか、煽られているのかすらも判断がつかなかった。

 気心の知れた中ですら踏み込んでほしくなかった領域。そこへ土足で踏み入られた伊槌が引き攣った顔で叛月を睨むが、全く無視して彼女が質問を補足する。

 

「スペインでサッカーしてたんでしょ? なのに帰ってくるなんて、怪我とかしたのかなーって♪ 海外のサッカーは詳しくないから気になったんだよね☆」

「…………」

 

 伊槌が強く拳を握りしめる。否応にも、海の外で積んだあの頃の記憶が、カケラのように脳裏を過り出す。

 基礎能力の何もかもが違うチームメイトたち、今までとは比べ物にならないゲームスピード、メンタルも、試合の熱も、そのその生活様式と言った基本的な文化さえ何もかもが違った。食らいつくだけで精一杯だった。

 

 そして掴んだ、唯一の栄光。デビュー戦でのゴール。時間が遅く感じたあの心地いい感覚。全てのプレーが自分の思い通りになった最高の瞬間。

 それを追い求め続けて、届かなくて、空回って、自信を失くしていって。そして最後には、ピッチに居場所すら無くなった、苦渋の1年。

 断片を回想し、伊槌は息をつく。自分がここに戻ってきた理由など、痛いくらい分かっている。

 

「実力不足さ……スペインでサッカーを続けるには、俺は下手だっただけだ」

「ふうん、普通の答えだね☆」

 

 吐き捨てるような伊槌の答えに、つまらなそうに叛月がごちる。それに一抹の苛立ちを覚えた伊槌だが、どうするでもなく口を閉じた。

 そのまま歩き続け、ついに会場の目の前まで到着する。荒れた様子の学区内と同じく、一目見ただけでわかる古い校舎に、割れた窓ガラスが散見される県内随一の不良校、亜蘭中学が目に飛び込んできた。土のグラウンドが控えめに太陽を反射している。

 

「ここまでだね、おにーさん☆」

「ああ」

 

 そのまま伊槌と叛月は、どちらが提案するでもなくお互いの集合場所へと足を向ける。背を向け合う形になって、伊槌がおもむろに声を上げた。

 

「さっき、実力不足で日本に帰ってきたって言ったけどさ」

 

 首だけを後ろに向けて、その細い背中を睨みつける。彼女の向こうには、亜蘭イレブンと例のファンであろう男たちも見えた。

 

「今は……サッカーすることが楽しいんだ。あっちでしてた時よりも」

 

 叛月はこちらに振り返らないが、黙って立ち止まっている。それを認めた伊槌が言葉を続けた。

 

「──だから、今の俺はきっとあの頃より強いぜ。楽しみにしてろよ」

「……ふふっ☆ 宣戦布告ってこと?」

 

 彼女がついに、ゆっくりとこちらへ視線を向ける。瞳孔の開いた凶悪さを感じる強い瞳が伊槌を射抜いた。その威圧を伊槌は笑って受け止め、むしろ、目を開いた凶暴な笑みを返す。

 

「いいよ、おにーさん……いっぱい愛して(こわして)あげる……☆」

 

 呟くような声量だったが、その言葉はするりと伊槌鼓膜を叩いていった。そして今度こそ彼女は、迎えるファンに手を振りながら去っていく。

 伊槌もそれに倣って、さっさと歩を進めた。視線の先ではすでに伊槌以外の全員が集まっている。

 

「……絶対勝つ」

 

 小走りで彼らの元に足を回しながら、自分自身に言い聞かせる。

 

「俺が点を取ってチームを勝たせる」

 

 それは、いつか自分自身に誓った言葉。FWとして生きていく決意表明を、自分自身に行う。

 雷撃のように揺らめく戦意が迸るのを感じる。この思いが消えないように、伊槌は深く拳を握りしめた。

 

 

 

 

──────────

 

 

 

 

 

「──とりあえず、スタメンは変えない! フォーメーションはちょっといじったけど、まずは君たちの全力をぶつけてくれ!」

 

 ホワイトボード片手に月並がそう声を張り上げる。手早くマグネットを動かす彼は、監督としての風格が少し出てき始めていた。

 憲戸の面々も、士気は高い。初の1回戦突破が彼らの熱意を後押ししていた。

 

「よぉし、この調子で2回戦も勝ち上がるぞ!」

「ええ! 私のスピードに任せなさい!」

 

 木崎とホープの2人が準備万端とばかりに声を上げる。未だに怖がっているかのような様子の太田も、少しは緊張が解れたのかそのやり取りに微笑を見せていた。

 

「オイ、あんま調子に乗り過ぎんなよ。足元掬われんぞォ」

「ああ。油断大敵だ」

 

 無籐と靴木か冷静にその場を収めながら、スパイクの紐を結ぶ。その動作からは緊張を感じられない。三刀屋と様崎も尻込んでいる様子はないので、流石3年生といったところだろう。

 

「とりあえず、ここまで来たからには勝とう。俺たちならやれるはずだ」

 

 伊槌がそう言えば、ほとんどの部員たちは頼もしい笑みを返してくる。伊槌も闘志をたぎらせ、口の端を持ち上げて笑みを返した。

 

「そうだね、私たちなら行ける! 楽しんでこう、みんな!」

「おぉ!」

 

 様崎の号令と共に気合の雄叫びがベンチに響く。全員の意思を勝利に向けた上で、皆がベンチを離れてポジションに散らばっていった。その背中に、ベンチに座る橘花の応援と、宵闇の控えめな声がかけられた。

 

 ピッチの最前線まで移動した伊槌の前に、亜蘭中の血のように真っ赤な、金髪を後ろに流したガラの悪い男が近づいてくる。伊槌はそれに気づきながらも、一切怖気付くことなく視線を外さない。

 

「てめぇが伊槌か?」

「ああ」

 

 右腕にキャプテンマークを巻く男の問いに、短く返す。筋肉が良くついた素晴らしい肉体をユニフォームの上からでも誇示するように胸を張るその男が、くっくっ、と趣味の悪い笑い声を浮かべた。

 

「うちのガキが失礼したな。俺は落合星(おちあいほし)だ、よろしく、スペインの負け犬さん?」

「……安い挑発だな」

 

 落合が煽りの意図を込めた、異常に癪に触る声と共に手を差し出してくる。伊槌がその手を乱暴に引っ掴みながら、奥歯を噛んでその男を真正面から睨みつけた。

 

「おお怖ぇ怖ぇ、だがそんな生意気な顔ができるのも今のうちだ」

 

 地の底から響くような、耳障りな笑い声が伊槌の耳朶を打つ。心底馬鹿にしたような態度で、落合が息がかかるほどの距離まで顔を近づけて威圧してきた。

 

「ここをてめぇのサッカー人生の墓場にしてやるよ」

 

 落合が囁くようにその脅しを吐き捨て、乱暴に手を離すと、伊槌を無視してずかずかと去っていった。

 何から何まで勘に触る男だったが、その肉体は本物だと伊槌は認識し、侮らない。熱くなった頭を、深呼吸して落ち着かせる。

 

「言ってろ……」

 

 そして今度こそ、ポジションへと足を運んでいった。

 

 

憲戸中スターティングメンバー(4-4-2)

ーー木崎ーー伊槌ーー

ー梵場ー無籐ー明凪ー

ーーーー靴木ーーーー

三刀屋ーーーーー山本

ーー様崎ーー太田ーー

ーーーー久良島ーーー

 

亜蘭中スターティングメンバー(3-4-3)

ー叛月ー黒鉄ー中田ー

青野ーーーーーー矢部

ーー落合ーー鍵屋ーー

ー内海ー鰐原ー谷岡ー

ーーーー鬼裂ーーーー

 

「伊槌、大丈夫か? なんか絡まれてたけど」

「おう、心配するな」

 

 キックオフは憲戸から。センターサークルに入ったところで、木崎から心配の声をかけられた。が、伊槌が笑って彼を安心させる。この借りは試合で返すと決めている伊槌にとって、あの程度心を乱される要因にはならない。

 

「行くぞ」

「おう、やっちまうか!」

 

 2人の気合いの高まりに応じるように、審判が高々と笛を吹いた。木崎からの軽いパスを伊槌が受け、木崎は一気に前線へと突っ走る。

 だが、完全に木崎を無視した眼帯が特徴の亜蘭の10番黒鉄城(くろがねしろ)が、銀髪をはためかせながら果敢に伊槌に襲いかかってきた。

 

「ボールを寄越しな、小僧!」

「断るね、無籐!」

 

 麗人と言って差し支えない黒鉄が口汚くタックルを仕掛けてくるが、冷静に受け流して背後の無籐へパスを落とす。チラリと横に視線を向けると、明凪がステップでマークを翻弄していた。

 

「おし、攻め上がれお前らァ!」

 

 推進力のあるドリブルで持ち上がる無籐をサポートする様に、伊槌が距離感を保ったまま前線へ走る。最前線では木崎がディフェンスラインと勝負しており、裏に抜けようと四苦八苦していた。

 FWの一角を担う中田が、無籐にプレスをかけてくる。

 

「奪うぜ!」

「ハッ、やらねェよ。明凪!」

 

 マークを外した明凪にパスを送り、無籐がそのまま前線へ足を止めない。今回はOMFの位置に配置されているため、彼も積極的に攻め上がれているのだ。

 青野のプレスを振り切った明凪を見て、伊槌は笑みを浮かべる。こっちの攻撃の()()()は機能すると確信したからだ。

 

「伊槌先輩!」

「これ以上好き勝手やらせないし」

 

 明凪のパスにいち早く反応し、金髪のMF鍵屋流美(かぎやるみ)が眼前に立ち塞がる。伊槌は鬱陶しそうに目を細めるが、パスを受けた後すぐさま背後へヒールパスを送った。

 

「無籐、ワンツー!」

「おらよ!」

 

 背後の無籐に落としたボールが、鍵屋の横をすり抜けた伊槌へドンピシャでダイレクトパスが返ってくる。無駄のない連動に、鍵屋は見送ることしかできない。

 

「チッ……うざ」

「明凪!」

「はい!」

 

 無籐、伊槌、明凪が軽快なパス回しで中盤を突破する。完璧な連携に、彼らの間に間違いない手応えが生まれていた。

 この3人で作り出す三角形(トライアングル)の関係こそが今回の憲戸の攻撃の肝だ。チームの中で技術に優れる前線3人で押し上げ、木崎や梵場と言った面々を生かすのが基本戦術。

 そのため木崎はディフェンスラインでの勝負に終始し、梵場も逆サイドでの1vs1を虎視眈々と狙っていた。

 

「通行止めだ、止まれガキが!」

「口が悪いですね!」

 

 すかさずDFの内海が当たってくるが、これも想定内の明凪は軽口を叩く余裕すらあった。無理に抜かず、前線で()()を作る。

 そして、来た。背後から猛然と駆け上がってくる、憲戸中が誇る飛び道具──

 

「いけぇ、ホープ先輩!」

「まっかせなさーい!」

 

 ライン際を流星のように突き進むホープへボールが渡る。内海がオーバーラップに驚きながらもホープの進路を塞ごうとした。だが、もう遅かった。ホープが脚に力を込め、爽やかに笑顔を見せる。

 

「はああああッ!」

「早っ!?」

 

 スライドした内海の足先を掠めることすらなく突破し、ホープが右サイドを抉る。風と一体になる心地いい感覚に胸を躍らせながらも、冷静にペナルティエリア内を視界に収めたホープの目に、大手を振ってその存在を主張する木崎が映った。

 

「お前ら、気ぃ抜くんじゃないよ!」

「へい!」

 

 左の頬につけた絆創膏が特徴的な長身GK鬼裂明日奈(きざきあすな)の叱咤でディフェンスラインに緊張が走る。その緊張感の中、ホープが腰を捻って右足を振りかぶった。

 

「木崎!」

「しゃあ! 決めてやるぜぇぇ!」

 

 ホープの足から鋭く蹴り出されたクロスは低弾道で木崎の足元目掛けて落ちていく。打てる──その確信と共に足を振り上げた木崎だったが、その期待を裏切るかのように、眼前に肥満のような巨漢が突如立ち塞がる。

 

鰐原(わにばら)、クリアしな!」

「グウウ……」

 

 緩慢な動きながら、圧倒的な存在感を放つ鰐原重蔵(わにばらしげぞう)が、野生動物のような鋭い歯をのぞかせる。

 そしてボールの落下地点に飛び込む木崎と、空中で体をぶつけ合った。その瞬間、木崎の表情が苦悶に染まる。

 

「強っ……! なんだこいつ……!」

「グッフッフ、オラのパワーに勝てるわけないんだな〜」

 

 自信満々に笑い声を上げる彼が、体を振るって木崎を難なく吹き飛ばす。地面に強かに打ち付けられた木崎を尻目に、鰐原がクロスを余裕を持ってクリアした。

 

「木崎!」

「無駄にはしないぞ!」

 

 スピードが勢い余って転んでいたホープが、上体を起こして、地面に叩きつけられた木崎に心配の言葉を投げる。伊槌も少し動揺はあるが、中途半端だった鰐原のクリアを押さえたため、無理やり思考を動かす。

 DFの谷岡がプレスをかけて来ている。背後からも気配を感じるため、判断できるのは一瞬。視線を右往左往させ、最善の形を頭の中に描く。

 

「ふっ!」

「っ! 打ってくるよ、ブロック体勢!」

「へい姐さん!」

 

 ゴール前で足を振り上げた伊槌の姿に、反射的にシュートを打ってくると判断した鬼裂が檄を飛ばす。威勢のいい掛け声と共に、谷岡が足を投げ出してシュートブロックを試みた。

 

「かかった……!」

「なにっ!」

 

 だが、それも伊槌の読み通り。

 ボールを蹴り出す瞬間、ピタッと動作を止め、ボールを横に持ち出す。単純なキックフェイントだが、効果はてき面だった。

 広くなったシュートコースを見定め、改めて左足を振り上げる。だがその瞬間、横から猛烈な存在感を発する者が、ぐんぐん迫ってくるのを肌で感じた。

 

「グウウ……やらせないんだな〜」

「意外と素早い……!」

 

 木崎を薙ぎ倒した鰐原が向かってくることを認識した伊槌が思わず舌打ちする。それでもゴールから目を離さず、鋭く鬼裂を睨んだ。

 そして、稲妻のように素早く足を振り抜く。

 

「行け!」

「止めるよ……っ!?」

 

 鬼裂がシュートに飛び付こうとして、すぐさま異変に気づく。ボールがゴール前を横断して、肝心のゴールに向かっていない。これはシュートではない、パスだ!

 だが、気づいた時には、FWとしての意地から、ゴール前に詰めていた明凪の足元に絶好のボールが届こうとしている瞬間だった。

 

「ありがとうございます先輩……!」

「決めてこい!」

 

 明凪が一瞬目をあげる。鬼裂の反応は遅れて、体勢が若干悪い。これなら、パワーに劣る明凪のシュートでも決まる可能性があると確信に近い予感が明凪の顔に笑顔を生み出す。

 そして、近い(ニア)サイドに、明凪の鋭いカーブシュートが放たれた!

 

「決まれっ!」

「危ないねぇ!」

 

 ──だが、体勢を崩していたはずの鬼裂が、素晴らしい横っ飛びを見せて、正面からガッチリとキャッチするのを認めた明凪が、悔しげに唇を噛む。

 

「うっ……もうちょっとキック力があれば……」

「引きずるな明凪! ディフェンス!」

 

 伊槌の叱咤に我に帰った明凪が、慌てて自陣に戻っていく。すでに鬼裂は大きく助走をつけ、女子らしくない強肩でボールをスローし、中盤の鍵屋にまでボールを届けていた。

 前がかりになっていた憲戸の中盤は薄い。少し顔を歪めながら、ボランチの位置で待っていた靴木が前を向く鍵屋にプレスをかける。

 

「行かせるか」

「めんど、パス」

 

 鍵屋はすぐさまパスを選択し、靴木の横を走り抜ける落合にボールが渡った。

 

「おら、攻め潰してやるよ!」

「全く、スマートじゃない男だね!」

 

 鍵屋とのパス交換で靴木を突破した落合が、突進するようなドリブルで一気呵成に攻め上がる。だが、それほど上がっていなかった梵場がいち早くカバーに戻り、軽くショルダータックルを食らわせた。

 だが、パワーに優れない彼では、落合の筋肉の鎧を崩せない。むしろ若干押し返される。

 

「邪魔だボケが!」

「ぐおっ!?」

 

 鬱陶しそうに振った落合の腕に跳ね飛ばされ、梵場が振り切られる。ファウルスレスレの危ないプレーに、憲戸の面々の間に緊張が走った。

 落合は彼らの集中が一瞬切れたその瞬間を縫うように、最前線へパスを突き刺す。

 

「決めやがれ!」

「クハハハッ、私を楽しませろよ、お前ら!」

 

 パシンッ、と小気味いいトラップの音と共にFWの黒鉄が太田を背負う。長身から放たれるパワーに太田が押されそうになるが、靴木がこちらへカバーに走るのを見てなんとか持ちこたえようとする。

 

「いいぞ太田、俺が奪う」

 

 太田と靴木の巨漢2人で挟み込む形に持っていくことに成功した。現時点での憲戸の最高パワーと言えるであろうそのディフェンスを前にしても、黒鉄はその悪辣な笑みを絶やさない。

 彼女が左足を軸に、風を切ってターンする。その瞬間、どさくさに紛れて太田の体を肘で打った。

 

「うっ!?」

「軟弱だなぁ!」

 

 側から見ていた伊槌の目にはファウルにしか映らなかったが、それでも笛は鳴らない。胸を押さえて蹲る太田に心配の声をあげる靴木を無視し、黒鉄がフリーでエリアに侵入してしまう。

 様崎が急いでカバーに向かうも間に合わない。相貌を凶暴に歪め、黒鉄がシュート体勢に入った。

 

「ヒャハハッ! 食らえよ!」

「止めます……!」

 

 そう自分を鼓舞するが、久良島の額に汗が伝う。シュートコースが読めない、一か八かで飛ぶしかない──そう考えていた久良島の瞳に、黒鉄へ、体を投げ出してスライディングを仕掛ける様崎が目に入った。

 

「やあっ!」

「ハハハハハ、無駄なんだよ!」

 

 様崎の足がボールに届く前に、黒鉄の足から重い炸裂音を立てて強烈なシュートが打ち出される!

 だが、久良島は慄かない。心の中で様崎に拍手を送り、腕を振りかぶって右に横っ飛びする。

 

「はああっ!」

 

 そして読み通り、黒鉄のシュートを久良島のパンチが捉えた。様崎の決死のカバーのおかげで、シュートコースが遮られたためにドンピシャで読むことができたのだ。

 ドリルのような推進力を持つシュートに対し、横から拳をぶつける。正面からぶつかっていないのに、鋭い痺れが腕を伝ってくる重いシュートに、久良島が顔を歪める。

 

「く……うおお……!」

 

 だが、渾身の力を振り絞って腕を振るい、見事パンチングでシュートを弾いた。地面に叩きつけられながらも、口元に微笑みを浮かべる。

 

「ナイスセーブ杏奈ちゃん!」

「はい……でもボールはまだ生きてます……!」

 

 その言葉通り、ルーズボールはサイドの亜蘭中FW中田が収めていた。ガラ空きの右サイドでボールを持ち、余裕の表情を浮かべながらキックモーションに入ろうとした瞬間、突風が彼の背中を叩きつける。

 

「やらせないわ!」

「なっ、このガキもう戻って来たのか!?」

「ガキじゃないわよ!」

 

 攻め上がっていたはずのホープが超スピードで守備に戻り、憤慨しながらもスライディングで中田のボールを弾く。

 中田が浮き上がったボールに慌て、なんとか逆サイドに蹴っ飛ばす。その雑なパスを、サイドの叛月がなんとかトラップした。

 

「こらこら、油断しすぎだよ☆」

「キミもネ!」

 

 なんとかボールをコントロールして一息つく叛月に対し、三刀屋が素早くアタックする。そして彼女が次のアクションを起こす前に、すぐさま逆立ちの体勢から旋風を巻き起こした。

 

旋風陣!

 

 巻き起こる風がボールを絡めとり、三刀屋の元へ届けられる。たたらを踏む叛月を突破し、完璧にボールを奪うことに成功した。

 

「うわっと……ふふ、おねーさんすごーい☆」

「フフッ、ありがとネ!」

 

 妖しげに口角をあげる叛月がすぐさまボールを奪い返しにくるのを感じた三刀屋が、軽口を叩きつつ様崎にパスを送る。

 その瞬間、中盤まで戻って来ていた伊槌がすぐさま反転し、一気に前線へと走り込んでいく。

 

(実力は互角……前の試合の勢いに乗ってる分、こっちが有利だ……!)

 

 様崎なら自分の動き出しに対応できると信じて全速力でゴール前に突っ込む伊槌。

 その姿に呼応した様崎が黒鉄をかわし、軽く微笑んですぐさまパスモーションに入った。

 

「来い、キャプテン!」

「いっくよー! 決めちゃえストライカー!」

 

 威勢のいい掛け声と共に、鮮やかなロングパスがハーフラインを超えて敵陣に一気に侵入する。そのボールはぽっかり空いたバイタルエリアに走り込む伊槌の足元へ、磁石のようにピタリと合わさる最高のパスだった。

 完璧にシンクロしたカウンターに伊槌の胸が躍る。このままゴールを奪うため、前方の鰐原にドリブルで勝負を仕掛けた。

 

「ムフッ、ぶっ飛ばして……」

「鰐原! まだ行くんじゃないよ!」

 

 伊槌の挑発的な動きに、アタックを仕掛けようとして来た鰐原を鬼裂が静止する。一瞬驚いたように目を開くが、彼は文句も言わず伊槌と一定の距離を保ってズルズルと下がり始めた。

 

「そんな消極的な守備じゃ、俺のゴールは邪魔できないぞ……!」

「まだ……まだだよ……」

 

 勢いづく伊槌に反して、鬼裂が何かのタイミングを図るように視線を鋭くする。それは伊槌に向けられていない。その奥の誰かに注視している。

 ペナルティエリアまで簡単に侵入した伊槌が、ボールを軽く浮かせる。電閃のモーションに入り始めても、鰐原は動かない。

 

「行くぞ……!」

「…………」

 

 伊槌の背後で、落合が動く。擦り上げられたボールが電気を纏う。

 その瞬間、鬼裂が目の色を変えた。

 

「GO!」

──」

「──グオオオオッ! クロコダイルスケイルゥゥ!!

 

 今にも伊槌の必殺技が火を吹かんとしたその瞬間、鰐原の体に水性生物のような鋭い鱗が生え揃う。その鋭利な鱗を逆立てて、力任せのタックルを喰らわせて来た!

 

「ガッ……!?」

「グッフフフゥ、オラのご飯になれ〜!」

 

 激しすぎるショルダータックルに、飛び上がっていた伊槌の体が天を舞い、鈍い音を立てて地面に叩きつけられる。明らかな反則──だが、ファウルの笛は吹かれなかった。

 中途半端に発動した電閃は纏った電気を霧散させ、不気味に笑う鰐原に抑えられた。

 痛む体に鞭を打って、鰐原を睨む。彼も、その背後の鬼裂も、見下すように嗤っていた。

 

「伊槌! ファウルじゃないのか!?」

「グフフ、キャプテン〜!」

 

 こちらを慮って駆け寄ろうとしてくる梵場を手で制すが、鱗が刺さったのか動くだけでも体が痛み、伊槌が顔を歪める。

 倒れた伊槌を置いて、ゲームは進行を止めない。鰐原のロングフィードが、審判の近くに陣取っていた落合に通った。

 

「もう遠慮はいらねぇ。存分に暴れろてめぇら!」

 

 勝鬨のように、落合が高らかにそう叫ぶ。その瞬間、亜蘭の面々の目の色が変わったような錯覚を覚える。

 無籐がプレスをかけて来たのを見て、冷静に彼の横を通し鍵屋へ渡す。だが彼女にも靴木が抜け目なく着いて、マッチアップの形になった。

 

「靴木、抜かれんなよ!」

「いや抜くし、マジどけし」

 

 靴木の巨体にも怯まず、鍵屋がドリブルで右に持ち出す。当然ついていく靴木だが、突如その右足が鍵屋の左足に踏みつけられ、バランスを失い尻餅をついた。

 

「ぐっ!? お前……!」

「ウケる。バイバイ」

 

 恨みがましい視線を受け流し、上がって来た落合にワンツーを返す。そのままサイドに流し、再び叛月がボールを持った。

 だがディフェンスラインはしっかりブロックを形成している。パスが通る瞬間、三刀屋が抜け目なく彼女とマッチアップした。

 

「今度も抜かせないヨ!」

「ふふ、ドリブルだけが選択肢じゃないよ? おねーさん♪」

 

 だが、ドリブルを警戒して距離を取っていたことが災いし、叛月のアーリークロスがいい形でペナルティエリアに放たれた。太田を引きずり、様崎を振り切りながら、黒鉄がクロスに飛び込む。

 

「ヒャハハァ! 吹き飛ばしてやるよ!」

「と、止められない……! 杏奈さん!」

「はい……!」

 

 太田の指示をもらった久良島が、勇敢にクロスに飛び込む。なんとか黒鉄より先にボールをキャッチし、がっちりとセーブした。

 

「ククッ……」

 

 安堵するディフェンスラインだが、黒鉄の動きが止まらない。足を緩めた太田を振り切って、久良島がセーブしたボールを、なんと久良島ごと蹴り飛ばした!

 

「死になぁ!」

「あぐっ!?」

「なっ!?」

 

 勢いよく右腕を蹴り付けられた久良島が苦悶の声を上げ、それを聞いた黒鉄が耳障りな高笑いを弾けさせる。遠くから見ていた落合が、計画通りとでも言うかのように、凶暴に笑みを深めた。

 

「杏奈ちゃん!」

「ククク……強く蹴りすぎたかぁ?」

 

 予想だにしなかった蛮行に絶句する太田と様崎の間に、今度こそ審判のホイッスルが割り込んできた。

 その手には黄色い紙が掲げられている。黒鉄の前に立って、彼女に向かってしっかりと提示された。

 

「亜蘭10番、過度に危険なプレーでイエローカード!」

 

 高々と宣言した主審が、黒鉄に警告する。言い逃れのできない暴力行為だが、彼女は不機嫌そうに顔を顰めた。

 

「オイオイ、今のプレーの何が危険なんだぁ? あのガキが貧弱なだけだろぉ」

「故意に蹴ったプレーが反則なんだよ」

「故意ぃ? 言いがかりだなぁ、オイ!?」

 

 緊張する周囲とは裏腹に、黒鉄が何故か楽しそうに声を荒らげる。厳しい目を向けてくる審判に対し、嬉々として握った拳を振り上げた瞬間、突如強い力によって彼女が地面に組み伏せられた。

 驚きに後ずさった彼らの視線の先では、キャプテンの落合が、暴力を働こうとした黒鉄を取り押さえ、冷たい目で見下す姿が映る。

 

「馬鹿が、いらねぇ暴力はすんじゃねぇ。退場して全部棒に振る気か?」

「……ヒッ、ハハハ……! いてぇ、いてぇなぁ……いいぜぇ、今は堪えてやるよ……!」

 

 頬を紅潮させた黒鉄が、マウントを取る落合を振り払い、審判を無視して謝罪もなく去っていく。落合も、久良島と彼女の肩を抱く様崎を見下して嗤い、さっさと背中を向けた。

 主審すら呆気に取られていたが、慌てて彼らを追っていく。口頭での警告をするためだろう。

 未だ緊張が張り詰める中、青い顔をした太田が震える手のひらを握りしめて息を吐く。ラフプレーをなんとも思っていないような様子の彼らに、恐怖を抱いていた。

 

「あいつら……キーパーを潰しに来やがった……!」

「手段選ばねェってか、虫唾が走るぜ」

 

 立ち上がって中盤まで戻って来た伊槌と無籐が苛立ちをこぼし合う。直前にラフプレーを受けた伊槌は特に業腹だった。顔を歪めて、審判と話す落合たちを睨みつけていた。

 

「久良島……大丈夫か?」

「俺たちより、キャプテンの方が適任だろうな……任せるしかねぇ。お前も気をつけろよ」

 

 苛立ちが治らないのか、頭を乱暴に掻きながらも久良島の心配をする伊槌を、無籐が諌める。

 痛みも引き、無籐と話して少し落ち着いた伊槌が、深く息を吐いてポジションに戻っていく。今度こそ決めると言う、闘志を胸に秘めて。

 

「……ああ、無籐もな」

 

 

 

 黒鉄たちが去った後、様崎がいの一番に久良島に駆け寄る。ゆっくり体を起こす彼女を諫めて、その肩に手を添える。

 

「杏奈ちゃん大丈夫? 痛みとかない?」

「……は、はい。大丈夫です、まだやれます……」

 

 太田の背後で跪く久良島を様崎が介抱を始める。痛みに脂汗をかく彼女の肩を抱き、蹴られた腕を検める。

 

「ッ! つぅ……!」

「あっ、ごめんね! 右の手首が腫れちゃってる……」

 

 右腕を触って痛みがないか確認していた様崎が、久良島の真っ赤に腫れた右手首をいたわしそうに見つめる。そのまま慰めるように彼女を撫でて、まっすぐ視線を合わせた。

 

「杏奈ちゃん、無理しない方がいいよ。交代──」

「や、やらせてください……!」

 

 立ち上がってベンチの方に視線を向けた様崎に、ユニフォームの裾を引っ張った久良島が、懇願するようにその前髪に隠れた瞳を合わせてきた。

 少し驚いた様崎が、再び膝を折って同じ目線に立つ。それを話を聞く姿勢だと判断した久良島が、辿々しく口を開いた。

 

「私……先輩たちと色々練習して、やっとサッカーの楽しさがわかって来た気がするんです……だから……だから、このくらいの怪我で終わりたくないです……!」

「杏奈ちゃん……でも、腕が」

 

 彼女の真摯な言葉を受けた様崎の顔が曇る。尊重してこのままやらせてあげたいと言う気持ちと、現実的に下げた方がいいと言う気持ちが同居している。キャプテンとして何が最善の判断なのかと、未熟な彼女を葛藤させていた。

 

「──やらせてやろう、様崎」

「靴木くん……?」

 

 思い悩む彼女の背中に、靴木の低い声がかかる。振り返った彼女の震える瞳を見て、安心させるように彼が口を開く。

 

「俺もこのままやられっぱなしは気に障る。久良島の気持ちはよく分かる」

「でも……」

「ワタシからもお願いするヨ、サクヤ!」

 

 横から、別の明るい声が降りかかる。それは、三刀屋も靴木に加勢したことを意味していた。

 

「みとちゃん……」

「アンナ、やれるんだよね? 信じるヨ?」

「……はい、動かせます。まだ、行けます」

 

 トドメを刺すように、右手を開いて閉じてを繰り返す久良島が力強く頷く。それでもうめく様崎だったが、腹を括ったように胸を叩いた。

 

「……よし、分かったよ! でも絶対無理しちゃダメだからね! 無理したら怒るよ!」

「フフッ、怒ったサクヤは怖いからネ、アンナ!」

「……! はい、ありがとうございます……!」

 

 決心した様崎が、肩を貸して久良島を立ち上がらせる。彼女の顔は、腫れた右腕など気にしていないかのように明るかった。

 三刀屋、靴木、そして様崎が頷き合う。先輩として、久良島を全力でサポートしようと今一度気合を入れ直した。

 そしてポジションに散らばっていく。審判の注意も終わったようで、笛に手をかけていた。再開する前に、様崎が未だ顔の青い太田の肩を叩く。

 

「ほら、太田くん! 再開するよ!」

「……うわあっ!? ……さ、咲夜さんか……う、うん、分かってるよ」

 

 心ここにあらずといった彼の姿に、様崎が一抹の不安を覚えるも、鳴らされたホイッスルに思考を切り替える。憲戸のフリーキックから試合再開だ。

 気持ちを新たに、久良島が中盤にロングパスを蹴り込む。

 

「いいぞ久良島……!」

「どけ!」

 

 その落下地点で、無籐と落合の2人が競り合う。その筋肉に見合ったフィジカルで無籐を押しのけようとする落合だが、無籐が腕をうまく使い彼のタックルをいなしていた。

 舌打ちした落合がチラリと周りを見る。その意図を汲んで、鍵屋が審判の視線の先に走り込んだ。

 

「オラ!」

「あァ!?」

 

 その瞬間、無籐のユニフォームを引っ張って体勢を崩させる。空中で下に引っ張られた無籐を尻目に、落合がボールを回収する。

 審判を見る無籐だが笛を吹く気配はない。笛を吹くファウルと吹かないファウルの基準の違いが分からず、その不確かさに怒りを覚えながら前を走る落合にショルダーチャージをかました。

 

「行かせるかよ、イカサマ野郎が!」

「イカサマぁ? 技術だボケが!」

 

 そのタックルにもフィジカルで踏ん張った落合が、無籐と位置を入れ替える。そして眼前に立った彼を嗤い、全身から赤黒いオーラを噴出させた。

 

「!?」

 

 驚き、身構える無籐を無視し、オーラの一部をボールに注入する。

 血のような禍々しい気迫を纏うボールが浮き上がり、落合の目と鼻の先へと持ってくる。次の瞬間、そのボールを渾身の力で無籐の土手っ腹に蹴り付けた。

 

「ッ!? ガハッ……!」

「死に腐れ! アサルトボウ!

 

 無防備な腹を突かれ、一瞬動きの止まった無籐を激しいタックルで吹き飛ばして突破する。筋金入りの危険なプレーに、伊槌が歯噛みしてプレスバックする。

 

「無籐! くっ!」

「中田ァ!」

 

 カバーに入る靴木をパスでかわして再度の中田へボールを送る。先ほどと同じようにホープがプレスに入るが、1度その迫力を目視している中田は怯まない。

 

「どけガキ!」

「ぐぅ……!」

 

 真正面から肩をぶつけ、彼女のスピードを殺す。肩を押さえて動きを止めたホープを抜き去ろうとした瞬間、落合が口だけを動かして中田に指示を飛ばした。

 

「……! 叛月!」

「はいはーい☆」

 

 その指示に従い、サイドからゴール前までポジションを変えて来た叛月にパスをつける。流動的なポジションの変化に、ディフェンス陣はついていけていない。

 様崎たちの顔が引き締まる。絶対にシュートは打たせないと、気迫が物語っていた──太田以外は。

 

「来いッ!」

「行かせない!」

 

 黒鉄が一気に裏に抜け出す動きを見せるが、様崎が難なくついていく。これで、叛月と太田の1vs 1だ。

 叛月が妖しく、可愛らしく笑顔を見せる。だが、太田の目には、狩りを始める肉食動物のような、凶悪で攻撃的な表情にしか見えない。

 

「ひっ……」

「憲戸中のディフェンスの『穴』は……おにーさんみたいだね☆」

 

 思わず後ずさる太田に対し、叛月が妖しい笑みを深める。

 そして、ボールを足で挟み、その場で回転させ始めた。砂埃を巻き起こし、ボールを覆い隠して視覚情報の一切合切を殺す。

 動揺する太田の目の前で、彼女が拳銃のように手を型作り、銃口に見立てた部分を太田の心臓に向けた。

 

ハートブレイク・ショット☆ ばぁーん♪」

「うっ……!?」

 

 銃を撃つような動作をした瞬間、砂埃が砂塵となって周囲に巻き起こり、ピンク色のハートのエフェクトが太田に打ち出される。それらに心臓を撃ち抜かれた彼が、ゴール方向へと吹き飛ばされた。

 当然、太田の巨体と、巻き起こった砂塵が久良島の視界を覆い隠す。焦る彼女だが、その姿を嘲笑うように、叛月の可憐な声が耳朶を打った。

 

「──フフッ☆ ミラちゃんにぃ、堕ちちゃえ♪」

 

 久良島の死角で、叛月がボールを足に挟んだまま逆立ちし、両足で回転させながら上空に跳ね飛ばす。

 すぐさま逆立ちを解除して、膝を曲げて大きく跳躍。軽やかな動作で縦に1回転すると、その足に桃色と黒色の混じった、ビビットなオーラに覆われる。

 

「うぐっ……」

 

 そして、太田の体が地に落ち、久良島が彼女のシュートモーションを認識する。それに答えるかのように叛月がウインクして、横回転とともに右足をボールに叩きつけた!

 

フォー、リィン、ラァブ☆」

「ッ!」

 

 甘ったるい声と共に、右足のオーラが爆発する。黒とピンクの混じったハートを引き連れ、天空から高速のシュートが打ち下ろされた。

 久良島は反応が遅れ、オーラを溜める時間がない。ギリギリで反応した様崎が、時間を稼ごうとボールに足を伸ばすが──

 

「ッ! 届かない……!」

 

 つま先を掠め、ゴールに直進する。久良島が無事な左手で飛びつくも、その程度のブロックなど歯牙にも掛けず、フォーリンラブがゴールネットに突き刺さった。

 

「いぇーい♪ ミラちゃん大活躍ー☆」

「……くっ……」

 

 叛月があざとくポーズを決めると、亜蘭ベンチの近くに居座る集団が黄色い歓声をあげる。

 靴木の悲痛なうめきに反比例して盛り上がる観客たちを後押しするように、ゴールを知らせる審判の笛が高らかに響いた。

 

 

──────

 

GOAL‼︎

12分 叛月実蘭

 

憲戸 0-1 亜蘭

 

──────




亜蘭中にはFW黒鉄城、FW叛月実蘭、MF鍵屋流美、DF鰐原重蔵、GK鬼裂明日奈を採用させていただきました。この場でたくさんのご応募を感謝すると共に、採用できなかったキャラクターの作者様にお詫びを申し上げます。

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