イナズマイレブン〜蘇る雷鳴〜   作:暁の教徒

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眠い中書いたんで誤字あるかも。


1話:歩き出すために

 様崎との一件を終えた伊槌は、亡者のような足取りで帰路についていた。

 網膜に焼きついた先ほどのシュートミス。サッカーの神に愛されなかったのにサッカーを楽しんでしまったことへの罰なのだろうか、そんな突拍子もないことが浮かんでくるほどに、伊槌の思考は暗闇に落ちきっていた。

 

「ただいま……」

 

 力なく自宅の扉を開く。落ち窪んだ瞳と隠しきれない複雑な負の感情を目の当たりにした母親は度肝を抜かれる。

 母親を無視して、伊槌はそのまま部屋へと向かう。さっさと部屋着へと着替え、泥のようにベッドに倒れ込んだ。

 

(……サッカー)

 

 ぼんやりとした頭で考える。

 幼少の頃から続けてきたサッカー。サッカーは自分に全てを与えてくれた。ゴールの喜び、勝利の快感、成長の嬉しさ、そして、底知れぬ野心。

 それらは、キング・マドリードでの挫折を持って、全て水泡の如く消えた。サッカーで築いてきた自信のすべては、粉微塵になくなった。

 確かに、サッカーは楽しい。が、それ以上に伊槌は怖かった。まだサッカーを続けていたとして。もう一度あのような大失敗をしてしまったら、二度と立ち直れないであろうことが。

 それに、体が思うように動かない。シュートが上手く飛ばない、パスが上手くできない、タッチが乱れる。失敗のトラウマは、伊槌の心に深く根付いていた。

 

 だからこそ疑問に思う。何故、様崎とのサッカーはあんなにも伸び伸びとプレーできたのだろうか、と。

 シュートを外すその一瞬まで、確かに伊槌は全開のプレーが出来ていた。マドリードに飛び立ってから久しく感じることのなかった、サッカーの楽しさに触れた気がした。

 

 もう一度あんなサッカーを────

 

「……はぁ」

 

 余計なことを考えだした頭を犬のように大きく振るい、体を小さく丸めて眠りにつく。

 

(もう、サッカーはいい)

 

 そう考えた時、胸の奥が、かすかに締め付けられたような気がした。

 

 

 

 

 

────────

 

 

 

 

 

 悩みに耽りながら眠った伊槌の目覚めは最悪だった。

 寝不足で痛む頭を押さえながら憲戸中の門を潜る。校門を潜れば否応にも目に飛び込んでくる砂のサッカーグラウンドつきの校庭を少し見渡すと、片隅に犬小屋のようなサッカー部部室があった。

 

(昨日のキャプテンは強そうだったけど、部全体が弱小なのは間違いなさそうかな……)

 

 薄ぼんやりとそう考える。

 様崎は、一度相対しただけでも分かるほどに弱小校のプレイヤーを大きく逸脱した能力を持っていた。そのため、伊槌のリサーチが間違っており、他の部員もやり手なのではないか──と伊槌は疑念を抱いていたが、あの惨憺たる光景を見れば杞憂だと断定できる。

 そこでふと、またサッカーのことを考えている自分に気がついた。

 

「あぁ、もう、辞めだっての……」

 

 自分自身にそう吐き捨てて、伊槌はため息を吐く。

 その時、伊槌は自身の背後に誰かが近づいている感覚を覚え、ゆらりと振り返る。

 

「よっ、昨日ぶり!」

「あなたは……」

 

 それは、腰まで伸ばされたピンク色の髪を持った少女、様崎だった。学校なので当然だが、ユニフォームではなくブレザーとスカートの憲戸中の女子制服に身を包んでいる。胸元のリボンの色から、先輩であることが分かった。そして目を合わせた時、昨日は気がつかなかったが、伊槌と彼女はほとんど同じ身長なことに気づく。伊槌は微妙な気分になった。

 様崎はニコニコとした表情のまま伊槌の方に腕を回してくる。伊槌の身体中に嫌な予感が走った。

 

「ねえー、やっぱサッカー部入ってよー、楽しいからさー」

「え、ええ……またですか……?」

 

 伊槌の顔があからさまに歪む。昨日はすんなり帰してくれたのに、どう言う風の吹き回しなのだろうかとも思った。

 

「あの後やっぱ感じたんだよ、君とやるサッカーすごく楽しかったってさ!」

「楽しい……ですか」

 

 首をこくこく縦に振って肯定する様崎に、伊槌は逡巡する。

 昨日までの伊槌なら即座に一蹴したであろう誘いだが、今の伊槌はあの1on1を通してサッカーへの煮え切らない思いに苛まれていた。

 この人とのサッカーが自分に与えた感情をもう一度感じたい──伊槌は自分の心に、そのような考えがあることを認めざるを得なかった。

 しかし。

 

「……すいません、やっぱり遠慮します」

「えー、強情な子だなぁー、もぉー」

 

 出来の悪い子供を見つめるような目つきで様崎が軽く頬を引っ張ってくる。

 伊槌は体を捻って様崎の腕の中から抜けだし、律儀に「それでは」と別れの言葉を残し、校舎に全速力で走り去っていった。

 残された様崎は、不満そうに頬を膨らませて呻くが、やがて飽きたように彼女も校舎に向かっていった。

 

 

 

 

 

 伊槌の憲戸中での二日目は様崎との邂逅以外はイレギュラーもなく、つつがなく進んでいく。キング・マドリードでは、『全員がサッカー選手になれる訳ではないが、ここでの日々を無駄にしてほしくない』という理念のもと勉強にも取り組んでいたので、学業においても苦労する場面はなかった。そして、自分がその理念に掬い上げられた一人であることを認識して、伊槌は少し苛立ちを覚える。

 授業間の休み時間には、時折昨日話せなかったクラスメイトと談笑を交わすこともあり、転校生というどこか特別なポジションから普通のクラスメイトへと馴染めているようだった。本来饒舌ではない伊槌にとって昨日のような質問地獄は正直言って精神的にきついところがあったので、早々に興味を失ってくれたクラスメイトたちに感謝すらしていた。

 

 だから、この男との会話も、始まるまではすぐに終わるものだろうと思っていた。

 それは昼休みのことだった。机で軽く体を伸ばす伊槌の元に、逆立てた黒髪に、赤色のメッシュが入った少年が、片手を振りながら近づいてきていた。

 

「よう転校生!俺は木崎爆音(きざき ばくと)ってんだ!よろしくな!」

「あぁ、どうも。伊槌鳴哉です」

 

 木崎は、挨拶だけでもわかるほどに、気怠げな伊槌とは対照的な活力が迸るような少年だった。ああよろしく、と元気に返し、人当たりのいい笑みを浮かべながら、伊槌の隣に座る。

 

「そういやお前さ、朝キャプテンに絡まれてたよな?」

「キャプテン……様崎さんのことですか」

 

 見られてたのか、伊槌は少々苦い顔をしながら肯定する。

 モテ期でも来たのか、と囃し立てる木崎に対して虫を払うように手を払って強く否定する。

 

「冗談だよ、昨日キャプテンとサッカーしたんだろ? 気に入られたんだな!」

 

 そう言って木崎は伊槌を観察するように覗き込んでくる。じっと見つめられる伊槌は居心地が悪くなって面倒そうにため息をついた。

 

「うちのキャプテンがわざわざ勧誘するなんて、随分面白そうなやつだな!」

「あの人はそんなにこだわりが強いんですか?」

「こだわりって言うか、キャプテンは面白いことじゃないとすぐ飽きちゃう人なんだよ」

 

 伊槌はその言葉を聞いて少し考えがまとまる。

 昨日帰してくれたのは伊槌にサッカーをする意志が全くなくなったためにつまらなくなったのだろうか。ならば今日の伊槌は彼女の気を惹く何かがあったのか、それは分からない。

 ただ少なくとも、今の伊槌は彼女と出会う前よりもサッカーに対する感情が大きくなっていることは否定できなかった。

 そして、サッカーを忘れることができない自分に対する苛立ちも増していることも認めざるを得ない。

 

「なあ、ところでさ!」

 

 妙に元気な木崎の呼びかけに、伊槌は少し腹立たしい思考を片隅に追いやって気の抜けた相槌を打つ。そして、数秒後その選択を後悔することになる。

 

「伊槌ってさ、スペインのなんかめっちゃ強いクラブでサッカーしてたんだろ!? すげーな!」

「……っ!?」

 

 目に見えて伊槌が動揺する。目を見開いて、椅子を勢いよく引き倒して立ち上がり、木崎を睨みつけるように見つめる。

 伊槌の突然の行動に、流石に驚きを隠せない木崎が心配の声をかける。

 

「うおっ!? どうした急に!」

「……いや、何でもない……ですよ」

 

 敬語を取り繕って伊槌が椅子を直す。

 何でもないと口では言っているが、手は震え、冷や汗を垂らすその様子はどう見ても尋常ではない。先ほどまでの様子とは打って変わって木崎も戸惑ったように聞いてくる。

 

「な、なあ。俺バカだから分からねぇけどさ、なんか変なこと聞いちゃったか?」

「大丈夫ですよ……少し一人にしてください」

 

 話すことすら面倒だと言うようなぶっきらぼうな口調で伊槌が席を立ち、教室を出ていく。伊槌の変わりように騒然としていた室内も徐々に落ち着きを取り戻していき、やがていつも通りの風景が取り戻される。

 木崎も心配そうな表情で伊槌が去っていった方を見ていたが、少し経つと微妙な表情のまま自分の席に戻っていった。

 

 

 

 

 

(クソ……)

 

 伊槌は陽の差さない校舎の裏手で、壁にもたれながら天を仰ぐ。曇天が彼に暗闇を落とす。

 自分がどうしたいのかが分からなかった。昨日は普通にサッカーが出来ていたのに、今日はサッカーと聞くだけで苛立ちが治らない。挙句には思い出したくなかった過去まで思い出してしまった。

 

(俺はどうありたいんだ)

 

 サッカーを辞めたいのか、続けたいのか。

 続けたいのなら何故サッカーから逃げるのか。辞めたいなら何故昨日勝負を受けたのか。

 何もかもが噛み合わない。自分が何を願っているのかさえ分からない。

 

(俺はサッカーをどう思っているんだ……!)

 

 未だにサッカーボールを見るたびにキング・マドリードを思い出す。過去も捨てきれず、未来にも歩めない。

 

 結論は出た。伊槌鳴哉が苛立つのは、サッカーに対してでも、過去の失敗に対してでもない。

 

(俺は、どうやって生きていきたいんだよ……!)

 

 伊槌鳴哉は、優柔不断な自分自身に怒っていた。

 そう結論づけることができれば、後は簡単だ。

 選択すればいい。続けるのか、辞めるのか。伊槌の瞳に熱が宿る。

 

「様崎咲夜……もう一度俺と……」

 

 この感情を認識することとなったきっかけ、その人物を思い描きながら伊槌は言葉を紡ぐ。

 

「俺と、サッカーをしろ……!」

 

 拳を握りしめて、天を見上げた。雲の切れ目からは、晴れ間が見えた。

 

 

 

 

────

 

 

 

 

「それでさー、面白い子なんだけど全然入ってくれそうにないんだよねー」

「サクヤとゴカクの戦いをしたなんてスゴいコウハイだネ! 会ってみたいヨ!」

 

 放課後、ユニフォーム姿の様崎が、同じユニフォームをまとった少女と並んで、昨日の公園へと歩を進めていた。並び立って和やかな雰囲気で歩くその様子からは強い信頼関係が見てとれる。

 どこか癖のある言葉を話す少女は、女子にしては身長のある様崎よりも目線ひとつ分ほど高い。顔立ちやスレンダーなスタイルもどこか日本人離れしていた。

 ボールを胸に抱えて歩く様崎が、空を見上げながらなんとはなしに呟く。

 

「もうちょっとで練習試合もあるのに部員足りないなー」

 

 その言葉に反応して、隣を歩く少女が胸を叩いて豪語する。

 

「部員のカンユウならワタシにお任せ! この三刀屋(みとや)マドレーヌがオチャノコサイサイで集めて見せるヨ!」

「流石みとちゃんは頼りになるねぇー」

 

 フフン、と誇らしげに鼻を鳴らす少女、三刀屋のオレンジの髪を、歩きながら様崎が撫でる。妙に器用だった。

 その後も他愛のない話をしながら歩いていると、公園が見えてくる。そのサッカーグラウンドの中央に、白い人影があることを三刀屋は認識した。

 

「ダレかいるネ」

「ま、公共の場所だしね。うちの子だったりしないかなー」

 

 様崎たちはピッチに近づいていくため、必然的にその人影にも近づいていく。

 白い服はサッカーユニフォームだった。白地で縫い目に金のラインを施した高級感のあるデザイン。そして、それを纏うのは白髪の少年。様崎はその佇まいに既視感を覚える。

 そして、疑念を確信に変えるように、彼はゆったりと振り向きながら口を開いた。

 

「来たな……」

 

 あ、と様崎が声を漏らす。

 それは昨日戦った伊槌鳴哉その人だった。

 そして、纏うのはキング・マドリードのユニフォーム。胸元には王冠を被る白い円に、黒の帯が斜めにかかったマドリードのエンブレムが輝く。

 状況についていけない三刀屋が、様崎の袖を引っ張って注意を引く。

 

「サクヤ、知り合いのヒト?」

「うん、さっき話してた面白い子だよ」

 

 話す二人の姿を見ながら、伊槌は瞑想するように浅く深呼吸をして目を閉じていた。

 そして、様崎達の意識が再びこちらに向いた瞬間を狙って、背後に置いていたボールを足で引き寄せ、様崎に蹴り渡す。少し驚いた様子で、持っていたボールを捨てて受け止めてくれた。

 伊槌は彼女達を鋭く見据えながら口を開く。

 

「二人いるのは予想外だが……まあいいか。俺ともう一度サッカーしてくれ」

 

 その言葉に、二人は顔を見合わせる。三刀屋は未だ戸惑った様子だが、様崎は面白そうに口の端を釣り上げていた。

 

「もっちろん! 何度でもやろうよ!」

 

 一歩前に出て啖呵を切る様崎に釣られて、置いてけぼりだった三刀屋も彼女の横に並び立つ。

 

「なんだかよく分からないケド、センパイとして負けられないネ!」

 

 その返答に、伊槌は硬い表情ながらも満足そうに頷いた。

 

「1on1の3本勝負だ。1戦目は俺のオフェンス、2戦目はディフェンス」

 

 指を1本、2本と立てながら滔々と説明していた伊槌だが、挑発的な笑みを浮かべて、その手を縦に並べて言葉を重ねる。

 

「せっかく二人いるんだ。3戦目は2vs1で俺のオフェンスで行きたい」

 

 その発言に、二人は目を見開く。

 そして、不敵な笑みを浮かべた。

 

「面白いじゃん、後悔しても知らないよ?」

「ズイブンとヨユウがあるみたいだネ。センパイ達のスゴさを教えてあげるヨ!」

 

 様崎が伊槌にボールを投げ渡し、ピッチをはけていく。その背後から三刀屋がすっと伊槌の前に現れ、ディフェンスの構えを取った。

 投げ渡されたボールを難なくトラップしてゴールを見やる。当然、そのコースには三刀屋が立ち塞がっていた。

 

「初めまして。俺は伊槌鳴哉」

「ワタシは三刀屋マドレーヌだヨ。コウハイとはいえ手加減しないから、そこんとこヨロシクネ!」

 

 三刀屋の奇妙な宣戦布告に笑みを返し、伊槌がドリブルを始める。

 前と同じような細かいタッチで背筋を伸ばしたドリブル。だが、そのドリブルに相対した様崎だからこそ分かる。

 

「前よりキレがある……!」

 

 ハイテンポで隙の少ないドリブルに、三刀屋は後手に回る対応しかできない。

 スピードを緩めながらも足元からボールを離さない伊槌が、笑って三刀屋を見据える。

 

「俺も手加減なしだぞ、先輩!」

 

 叩きつけるように叫んで、仕掛ける。

 左へのボディフェイク、釣られた三刀屋の逆をとるように、右足でのシザース。どれも様崎にかけたフェイントの数々だが、明らかにキレもリアリティも増していた。

 それは当然とも言える。様崎に流されるままボールを蹴ったあの日とは違い、伊槌はこの勝負に明確な意志を持って挑んできているからだ。面白い後輩に、様崎は溢れる笑いを押されられなかった。

 

「……っ! すばやいネ!」

「どうもっ!」

 

 右に体が振られた三刀屋に対し、左足でも鋭いシザースを掛け、体軸をぶらした後に右へと持ち出していく。

 様崎ほどではないが、三刀屋の執念も凄まじいものだった。完全に置いていかれた形だったが、右足を踏ん張って飛びつくように伊槌の前に体を入れる。

 

「でも、負けないヨ!」

 

 三刀屋がボールに足を伸ばしてくる。

 そのアクションに対し、伊槌は極めて冷静に、左足のアウトサイドでボールを弾いて股下を通した。

 

「エッ!?」

 

 外足股抜き(アウトサイド・パナ)。スペイン仕込みの派手なテクニックだ。予想だにしなかった対応に、三刀屋は今度こそ完全に置いていかれた。

 

(もらった……!)

 

 三刀屋を完璧に抜き去り、完全なフリー。あとはゴールに流し込むだけ。伊槌は右足を振り上げ、シュートを放とうとした、その瞬間。

 

 脳裏に蘇る苦渋の記憶。敗北の追憶。サッカーで手に入れた栄光を、そのサッカーで失った絶望感。その全てが、伊槌の脳と右足を支配した。

 

(……っ、くっ!)

 

 軸足がぐらつき、判断力とコントロールが削がれた伊槌のシュートは、再びポストに弾かれた。

 詰めれば一点。なのに足が動かない。重い足を動かせず、その場に跪いてしまい、三刀屋にこぼれ球を抑えられてしまった。

 

「く……くそ……!」

 

 これで一敗。伊槌は後がなくなった。

 三刀屋は突然膝を折ってしまった伊槌を心配そうに見つめるが、様崎に肩を叩かれて我に帰る。

 

「お疲れみとちゃん、オフェンスは私がやるよっ」

「あ……サクヤ。わかったヨ…」

 

 伊槌に後ろ髪を引かれるようにチラチラと後ろを確認しながら、様崎にボールを預けた三刀屋がピッチを出て行く。

 様崎が伊槌に近づいて、その頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

 

「ほらほらどうしたのー? また外していじけちゃった?」

「っ、別にそんなんじゃない、続けるぞ!」

 

 昨日とは違い、伊槌の目から闘志は消えていない。それを確認した様崎は笑顔を見せ、伊槌から離れてゴールに顔を向ける。呼応するように、伊槌もその眼前を塞いだ。

 

「それじゃあ……第2回戦、行くよ!」

 

 2戦目のオフェンスは様崎咲夜。FWが本職の伊槌はディフェンスを不得手とするが、苦手だからやらないが通用するほどサッカーは甘くない。それを理解し、乗り越えなければもう一度サッカーをやる資格がないと分かっているからこそ、この分の悪い勝負を挑んだ。

 とはいえ、DFの様崎もドリブルは不得意だろう──そう思っていた伊槌だったが、様崎の足に吸い付いたようなドリブルを見て目の色を変える。

 

「ちっ……随分上手いじゃないか」

「どーも!」

 

 右へボールが持ち出され、伊槌はゴールを背に半身で構えてついていく。様崎のテクニックが想像以上であったことを踏まえ、あらゆるアクションに対して見て対応することを選んだ。

 だが、それは様崎へかかるプレッシャーが完全に無くなるということを意味する。

 

 様崎がボールを軸足に当てて軽く浮かせる。それをシュートの予備動作だと感じ取った伊槌はすぐさま詰め、コースを塞いだ。

 だが、様崎はそのアクションを狙っていたかのように、浮いたボールを右足で右に持ち出すフェイントをかけ、即座に左に切り返す。

 

「空中でエラシコ……!?」

「やるもんでしょ!」

 

 右への持ち出しには反応していたものの、予想だにしなかった足技に伊槌が一瞬虚をつかれる。だが、左を抜き去りかけた様崎にショルダーチャージをギリギリで掛けてドリブルを遅らせる。

 

「おっ……と。ディフェンスもけっこーやるねぇ」

「あんたこそ……」

 

 伊槌のチャージを受けた勢いのまま後方に下がった様崎に対し、伊槌はいつでも詰めれる程度の距離感で正対する。

 様崎は迷わず仕掛けてくる。徐々に徐々にドリブルで距離を詰め、目の前の彼の動きを観察する。伊槌も彼女の動きを注視しながら、待ちの構えを見せた。

 

「行くよ!」

 

 様崎が右足で叩くようにボールを蹴り、軸足である左の後ろを通し、左へと持ち込む。チョップフェイントと呼ばれるその足技に、伊槌はDF離れした様崎の技術に改めて感嘆した。

 だが、それにもついていく。相手のアクションを待っていたことが功を奏し、難なく体を前に入れることができる。

 

「遅いぞ……!」

「そーかな? こんなもんじゃないよっ!」

 

 様崎は足をクロスさせ、再びボールを右足で叩く。そのボールは軸足の前を通り、伊槌の足先を飛び越して今度は右へと振られる。伊槌は様崎の、ラボーナ・チョップとでも言うべき術中に嵌められたことを理解した。

 だが──

 

「舐めるなっ!」

「おっと!」

 

 右足に力を込め、飛びつく。

 間一髪かわされたが、ボールを奪い取る形はできていた。舌打ちをして様崎を見据える。

 

「凄いねぇー、ここまでついてこれたのはみとちゃんくらいだよ」

「足技がオーバーなんだよ。上手いだけじゃ抜けない」

 

 ため息混じりに、挑発するような言葉を吐く。案の定、様崎は目を細めて口を開いた。

 

「へぇ、言うねぇ……なら!」

 

 先ほどと同じように、様崎がドリブルを開始する。再び右に持ち出し、チョップフェイントで左へ持ち込む。一度見たフェイントに掛かるわけもなく、伊槌は悠々とついている。

 そしてまた同じように、ラボーナ・チョップの構えを見せた。嘲るように、伊槌が詰める。

 

「見え見えなんだよっ!」

「…ふふっ」

 

 瞬間、伊槌の背筋に怖気が走った。

 様崎のラボーナで叩かれたボールは、今度も軸足の前を──通らず、左足に当てられて、より大きく左側へと持ち込まれた。

 

「なっ!?」

「じゃーね!」

 

 右に揺さぶられていた伊槌の体が完璧に置いていかれた。ラボーナ・ダブルフェイクとでも言うべき高度な足技に伊槌は度肝を抜かれる。

 

(まずい……!)

 

 完璧に後追いの形になってしまったが、執念でどうにか様崎と並走する。足の速さで見れば、様崎より伊槌の方が早い。

 取れる──そう確信して、背後から左足をボールを伸ばした。

 瞬間、ボールが宙を浮く。様崎がスピードを緩め、ボールを踵に乗せて浮き上がらせたのだった。

 

「ヒールリフト!?」

 

 予想外の連続。伊槌の思考にない、魅せるようなドリブルの数々に完全に翻弄されていた。

 様崎がシュートモーションに入っている。伊槌の脳裏に、打ち出されたシュートがゴールに突き刺さるビジョンが浮かぶ。このままでは失点を避けられない、伊槌の頭脳は感覚的にそう弾き出した。

 負ける。その思考が浮かぶとともに、伊槌の腹の奥に熱いものが込み上げてきた。

 

「たまるかっ……!」

 

 無理な体勢から、左足に力を込めて無理矢理跳躍する。体が、空中ブランコに釣られているかのように浮き上がった。伸ばされた反対側の右足、その爪先が、浮き上げられたボールに引っかかった。

 

「負けて、たまるかぁ!」

 

 渾身の力で爪先を叩きつけ、背後へとボールを弾き飛ばす。咄嗟のオーバーヘッドクリアに、様崎は舌を巻いた。

 

「……! やるねっ!」

 

 ボールはこぼれている。だが、様崎は降参の意を示すようにその場で両の手をひらひらさせた。

 

「これで抜けないなら無理無理、負けでいいよ!」

「……あっ、そ」

 

 地面に叩きつけられた伊槌が、気だるそうにそう返す。白いユニフォームは土に汚れていたが、不恰好には見えなかった。

 クリアしたボールは三刀屋が投げ渡してくれた。そのまま彼女もこちらに来て、彼の手を取って立ち上がらせると、様崎と並び立ってゴールと伊槌を分断するように立ち塞がる。

 

「これで1勝1敗、もつれ込んだねぇー」

「改めて聞くケド、ワタシたち2人のディフェンスでいいんだネ?」

 

 立ち上がった伊槌は、ユニフォームの汚れをはたき落としながら、瞳を闘志で爛々に輝かせて当然のように言う。

 

「二言はない。勝たせてもらう」

 

 ボールに足を乗せ、ディフェンス陣を睨む。彼女たちは楽しそうに笑って構えた。

 

 伊槌のドリブルが始まる。1on1の時と同じ細かいタッチのドリブルだが、相手のアクションを待っているように緩やかに上がる。その進路を、様崎が塞いだ。

 

「2対1だけどね、遠慮なく行くよ!」

「上等だ!」

 

 様崎の足を華麗にかわし右に避ける。彼女も当然の如く食らいついていき、伊槌にチャージをかましてバランスを崩させた。

 

「サクヤ、サポートするヨ!」

 

 バランスが多少崩れたことによって生まれた隙を見逃さず、様崎の背後をカバーしていた三刀屋が咄嗟に詰めてくる。

 だが、伊槌も負けていない。三刀屋のタックルをかわし、逆に彼女の背後にボールを送って2人の間をすり抜ける。ゴールまでの道は開けた。

 

「逃がさないよっ!」

「……っ!」

 

 だが、三刀屋のタックルをかわすために使った一瞬の時間で様崎のプレスバックが間に合う。ボールを引き背後からの足をかわすが、様崎と三刀屋に挟まれる形になってしまった。

 

「終わりだヨ!」

「もらいっ!」

 

 二人が息を合わせて前後から同時にタックルを食らわせてくる。伊槌はこの状況の中でも、頭の中は実に冷静だった。

 

「舐めるな……!」

 

 軽くボールを引いて様崎の足をブロックし、腰を落として、半身を構え背後から突撃してくる三刀屋に備える。次の瞬間には、三刀屋が当たってきた一瞬に肩を引き、そのチャージの威力を利用して、彼女のバランスを崩す。その隙に二人の間をすり抜け、ゴールから逃げる方向にドリブルをして一旦体勢を立て直す。

 

「おっとト……まさかかわされるなんてネ……」

「凄いもんだねー!」

 

 様崎が笑いながら伊槌を褒め称える。が、でもと続けて口を開く。

 

「流石に、2対1はキツいんじゃない?」

 

 伊槌は目を細める。非常に辛い戦いであることはたしかだ。かわし切れたのは咄嗟の判断と技術もあるが、運の側面があったことも否定できない。

 だが、それがどうしたと言わんばかりに、伊槌は頭を掻いて二人を睨みつける。

 

「キツかろうがそうでなかろうが、俺は勝たなくちゃいけないんだよ。でなきゃもう進めない」

 

 伊槌は、様崎とサッカーをしたことで良くも悪くもサッカーへの感情が激化した。

 だからこそ、彼女との戦いの中で何かが掴めると思い、勝負を挑んだ。そして、その予感は現実になっていた。

 伊槌の体内に熱く渦巻く戦意。これは彼女たちとのギリギリの戦いが生み出してくれたものだ。久方ぶりに感じる勝利への渇望が心を支配する。

 

「俺は勝つ、勝者としてピッチに戻る……」

 

 一度息を吐き、だからと続けた。

 

「ここで負けてられるか!」

 

 そして、再び仕掛ける。彼女たちも先ほどと同じように様崎がアタックし三刀屋がカバーする形。無理に抜こうとしても止められるだろうことは伊槌も理解している。

 故に、抜くのではなく様崎を剥がすことを選択した。振れ幅の大きいダブルタッチで左に釣ってから、シュートフェイクで様崎の体勢を崩し、ボールを右足に持ち変える。

 

 爪先で軽くリフティング。刹那、目にも止まらぬスピードで右足を引き戻してボールの下を蹴り抜き、その場で回転させる。そして、引いた勢いをバネに強烈なボレーを叩き込んだ。足と回転の摩擦によって発電が起こり、眩い光がボールを覆う。

 前にも見せた伊槌最強のシュート、今回もそれを放とうとして──

 

電閃……!」

 

 ──蹴り抜く瞬間、足が固まる。

 思い出されるマドリードのピッチ、いつもの光景。振り払おうとしても一向に消えない染み付いた苦い思い出。それらが、伊槌の足から力を奪った。

 

「……っ?!」

 

 残った力だけで右足を振り抜く。それは必殺技の面目を保っていたが、とても最高火力とはいいがたいシュート。でも、入る──そう思った伊槌だが、そうは問屋が卸さなかった。

 

「これ以上はやらせないヨ!」

 

 電閃の前に立ち塞がった三刀屋が、滑らかな動きで逆立ちを披露する。そしてその体勢のまま高速で回転を始め、出来上がる空気の流れがボールに絡み付いた。

 その光景に伊槌は目を剥く。あれは紛れもなく必殺技。それも、とある年の日本代表、木暮夕弥の代名詞。

 

旋風陣!

 

 電閃が空気によって絡め取られ、回転する足にかけられる。側から見ても、シュートブロックは完璧なタイミングで決められていた。

 だが、嬉しい誤算というべきか、電閃は三刀屋の旋風陣とほぼ互角の戦いを繰り広げる。

 

「グ、グゥゥ……!」

 

 迅雷を迸らせ、コマのように回転する三刀屋に抵抗する。だが彼女も一歩も引かず、正面から立ち向かう。

 しかし、彼女の意思に反してブロックは既に限界を迎えていた。

 

「キャア!」

 

 ボールの威力に、三刀屋が少し吹き飛ばされる。だが、ブロックは成功と言っていいだろう。何故なら、先ほどまで溢れんばかりの電撃をまとっていたボールは、緩やかに天空に打ち上げられて、こぼれていたのだから。

 

(止められた……?)

 

 シュートを打った瞬間から、伊槌は一歩も動けていない。フラッシュバックする過去の光景が伊槌から自由を奪っていた。

 だが、彼の唯一動く脳は当然の未来を予測する。

 

「負ける……」

 

 このまま見ていては、こぼれ球を抑えられて負ける。また、負ける。

 負けたくないのに、足が動かない。ボールを見上げるばかりで、走ることができない。

 

(俺は、勝ちたいのに……)

 

 PKを外したあの瞬間から、伊槌鳴哉はサッカーの神に見捨てられていたのだろう。

 プレーが何もうまくいかない。自らの思い描くビジョンを、もう形にできない。

 伊槌に深い絶望が襲う。だが、次の瞬間には、それも吹き飛んだ。

 

 こぼれていたボールが──

 ──なにかに導かれるように、伊槌鳴哉の足元に転がった。

 それはきっと神の悪戯などではない。ピッチの中で考え続け、挑戦をしてきた伊槌に与えられたほんのちょっとの運。

 

「……っ!」

 

 そのボールを認識した途端、伊槌の体は無意識的にシュートモーションに入った。考えるまでもなく、機械のように何万回と行ってきた動作をエミュレートする。

 落ちてきたボールに、ボレーが突き刺さる。マドリードのピッチを思い出す。足に力は、入っていた。

 

 伊槌の足から、先ほどの電閃と比較しても劣らない最高の一撃が放たれた。体勢を崩している三刀屋も、背後にいた様崎も、見送ることしかできない。

 

 伊槌の放ったシュートは──

 

 

 ゴールのクロスバー──そのギリギリ、右上の端、最高のコースに、深々と突き刺さった。




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