イナズマイレブン〜蘇る雷鳴〜   作:暁の教徒

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W杯決勝アルゼンチンに勝って欲しいので前倒し初投稿です


19話:進化への道

 ──白いユニフォームを纏った、愛らしい金髪を風に靡かせる少女が、黄色いユニフォームのディフェンスを掻い潜る。前方に現れたスペースの中から、パスコースを探すように眼球が動く。

 背番号は8番。レギュラーに与えられるその番号を背負っていると言うことが、少女の実力を雄弁に語っていた。

 

「さーて、誰にしよっかな〜……」

「……! ニーナ、こっち空いてる!」

 

 アクションを起こしたのは白髪のFW。背番号は19番で、同点の最終盤で交代出場した少年だった。

 ディフェンスは彼の動きに遅れる。少年からはそう見えていたが、ボールを持つ少女──ニーナは、違う風に捉えた。

 

「──いひひっ、()()()ってば舐められてて可愛いっ」

「……っ、クソ」

 

 彼のことなど、ディフェンスからすれば()()()()()()()

 事実、彼がマークを外したDFは、隣で待つ長身の背番号7番に注視し、ナリヤなどどうぞご自由に、とその表情が言外に伝えてくる。

 

「さあニーナ、ボクにパスを!」

「……んー」

 

 2人がかりのマークにあいながら、長身の彼は微動だにしない。ユニフォームの下からでも存在を主張する筋肉を遺憾なく発揮して押し返し、むしろ余裕の態度を見せパスを要求する。

 道理で考えれば、彼にパスを出すべきだと、ニーナも承知していた。

 

 ──だが、それじゃつまらない。にんまりと、人を食ったような笑みを浮かべる少女が、足を振り抜いた。

 

「優しいわたしがチャンスをあげるっ、頑張れナリヤ♡」

「おっと、ボクには?」

「っ! 来た……!」

 

 ニーナの小柄な体躯からは想像できないハイスピードなパスが、ディフェンスの間を縫ってナリヤの胸にトラップされる。

 時間にすれば一瞬。だと言うのに、そのわずかな時間でマークを緩めていたDFが即座に奪いにやってくる。流れるようなタックルが身体を揺らした。

 

「くっ……! 前を向ければっ!」

 

 無理やり反転を試みる。だが──

 

「遅い!」

「あっ、ぶねっ!」

 

 DFの足が前方を薙ぎ払った。ギリギリで回避したが、次はないだろう。

 そして最悪なことに、戻ってきたDFも結託して取り囲みにくる。このままでは為す術なく奪われてしまう──確信にも近い予感が警鐘を鳴らす。

 

「カウンター行くぞ!」

「ぐっ、パトリシアァ!」

 

 ダブルプレスを受けたナリヤが、決死の思いでサイドにパスを送る。ぼてぼてでスピードの無い苦し紛れのパスに、名前を呼ばれたSBの少女が舌打ちした。

 

「チッ、ゴミパスですわね」

 

 ナリヤにパスを出した少女とは対照的に、長身で女性的な身体をした、くすんだ銀髪の少女が走る。

 DFを置き去りにして、サイドラインを割りそうだったそのボールを危なげなく回収し、ナリヤを睨んだ。

 

「わたくしでなければ追いつけませんことよ?」

「ぐっ、悪い……」

 

 弱々しい声をあげるナリヤに対し、興味なさげに鼻を鳴らしたパトリシアが周囲と視線を交わした。

 

 ──その瞬間、白いユニフォームのイレブンが繋がったような感覚がフィールドに駆け巡る。描いたゴールへの道筋を、全員が共有したかのように、迷いなく動きが激しくなる。DFたち顔が強張った。

 だが、正確にはイレブン全てが繋がったわけではない。

 

「クソ……! やっぱり俺だけ、置いてかれてる……!」

 

 ()()()()()()その絵を描けない。彼らと共に過ごした時間が短いから、クラブの哲学に染まりきっていないから、要因は様々だろう。

 だが、もっと根本的な部分。ナリヤと彼らを分かつ分水嶺は、もっと単純だった。

 

「はぁ……何故スエルテではなくこんな実力不足のクソ野郎が起用されたのでしょう。全く、面倒ですわ……」

「──ッ!!」

 

 パトリシアのぼやきが胸に突き刺さる。一番突かれたくないところを、無遠慮に剣で串刺しにされた気分だった。

 ナリヤも痛感している。普段途中投入されるFWのスエルテと自分では大きな差があった。

 自分は失望されていることなど、手にとるように分かった

 

 それでも、降って沸いたチャンスを諦めたくない。ナリヤの心臓が早鐘を打つ。

 

「嫌だ……!」

 

 このまま動かなくても、仲間たちが勝手にゴールを奪い、当然のように勝利するだろう。このチームは、それほど強い。

 

「俺が決めたい……!」

 

 それでも、ゴールを奪うのは自分でありたい。

 それが、ストライカーである彼の、本能の叫びだった。

 

「俺の価値を、知らしめる……! 俺が──!」

 

 今、価値を示さなければ、もうチャンスはない。本能で理解できた。

 眼が動く。頭が働く。ペナルティエリア内を舐め回すように見定める。今、自分のすべきことは──

 

 唐突に、パトリシアへ喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。

 

「ルーカスに出せ!」

「……は?」

 

 突然の指示に、彼女が眉を顰める。つい彼が名を呼んだFWに目をやると、確かにペナルティエリア手前の良い位置にポジショニングしていた。

 ナリヤの指示に従うような形になったパトリシアが、ひどく不愉快そうに目を細める。

 

「……勘違いしないでくださる? 貴方のような下郎の指図に乗るわけじゃありませんことよ!」

 

 怒りを滲ませながらも、鋭いパスがDFを置き去りにして、マイナス方向に飛ぶ。スポーツグラスをつけた理知的な雰囲気の青年が、ぴたりと完璧にコントロールした。

 が、その顔は曇る。

 

「……最適な位置から3mmのズレ。そして不必要なほどのパススピード、超過8km/hほど……」

「ああもうまどろっこしいですわッ! 通ったんですから同じでしょうガリ勉陰キャ野郎がッ!」

「……情報伝達に不必要な声量。30dBオーバー……」

 

 キィキィと声を上げるパトリシアの暴言に、うるさそうに目を細めながらゴールに視線を向ける。

 このままクロスを入れてもいいが──そう考えたところに、強い声が飛ぶ。

 

「ルーカスこっちだ!」

「……情報更新、最適なパスコース」

 

 DFを剥がして降りてきたナリヤがパスを要求する。普段ならナリヤのことなど無視するルーカスだが、良いポジションを取る彼まで無視するほど頑固ではない。ボールが鋭く芝を撫でる。

 同時に、試す意味合いもあった。本当に、彼が先のことを考えてポジショニングしているのか──眼鏡の奥で眼光が鋭くなる。

 

「クソ、ちょこまかと……!」

「ふっ……!」

 

 ナリヤがそのまま反転する──と見せかけ、ヒールで中央へパス。スピードも申し分ない。

 

正解(イグザグトリー)。リオ、仕上げを」

「ああ、僕に任せて!」

 

 完全に相手の虚をついたパスを受けるのは、艶やかな金髪を流した貴公子。焦ったDMFがすぐさまスライディングを放つ。が──

 

「ふっ、イリュージョンボール

「くっ……!」

 

 リオが必殺技で難なく突破する。すでにディフェンスは崩壊していた。

 ナリヤのポジショニングと、個々の技術が融合した滑らかなパスワーク。ニーナはニコニコと笑みをこぼして走る。

 

「ひゅう、流石だね、『魔術師(マジシャン)』リオ・ススミッチ!」

「はは、ありがとう」

 

 並走するニーナが囃し立てるようにそう言う。リオが照れたようにはにかみながら、次のDFに寄せられる前にアウトサイドで予想だにしないクロスを放り込んだ。

 

「決めてこい!」

「はっはっは、ボクを誰だと思ってるんだい?」

 

 高くあげられたクロスには、DFの誰も届かない。ナリヤは飛び込まない。否、飛び込めない。ミスキックと判断してしまうような、高すぎるボール。

 それに、当然のように食らいつく白い筋肉達磨が1人。7番の青年が、白い歯を見せて天空に飛び上がった。

 チェックメイト──ニーナは気を抜いて息を吐いた。

 

「ゴールを捨ててゲームメイク……ナリヤにしてはよく頑張ったねぇ。後でいい子いい子してあげよ」

 

 いひひと小馬鹿にしたような笑い声をあげるニーナ。その眼前で、空高く飛び上がった彼が、ヘディングシュートを叩き落とした。

 決まる──誰もがそう思った矢先、黄色いユニフォームが、シュートコースな身体を投げ出した。

 

「おっ、空中じゃボクに負けるから地上でってわけか」

「そうだよ! 出し抜いたぞクリストファー!」

 

 観客席から歓声が上がる。余裕綽々だったクリストファーの顔がわずかに歪んだ。

 それは確かに、彼らの想像を超えたファインプレー。時間ももうない。格下の彼らに耐え抜かれたのだと嘆息する。

 新戦力が少し実力を発揮できただけよしとするか、と、彼らは引き分けを受け入れた。

 

 ──その直後、さらに、シュートコースに割り込む白が1つ。

 

「ここだろ……!」

「おおっ、ナリヤ!? キミまで!?」

 

 ナリヤだった。クリストファーのシュートをトラップし、ブロックに飛び込んだDFさえも、観客の全てさえも、味方すらも、欺いた。

 

「俺がやるべきことは、我を殺して部品になることじゃない……!」

 

 ニーナも驚きを隠せない。ナリヤの動きには迷いがなかった。もしかして、と思考が回る。

 

「はじめからこのゴールを……?」

 

 一瞬視線が交錯する。その目に迷いはなかった。

 

「不確かでも、俺の価値を証明する賭け(ギャンブル)だッ!」

 

 彼女の前で、雷鳴が弾ける。

 逆さまになった少年が、光の帯を引くほどの眼光を携えて、電撃を纏ったボールにオーバーヘッドを打ち込んだ。

 一瞬白くなる世界の中で、彼は口を開いた。

 

「俺は勝ったぞ……! 見やがれ世界──」

 

 爆裂。そして、轟雷が降り注ぐ。

 反応すら許さず、ゴールネットに深々を突き刺さった。

 

 瞬間、スタジアムが物理的に揺れるほどの、割れんばかりの大歓声が世界に色を染めた。

 雷光で真っ白だった辺りが元に戻り始める。眩しさに目を瞑っていたニーナが目を開く。

 

「──俺が、伊槌鳴哉だ!」

 

 底知れない光を放つストライカーが、拳を突き上げる。

 その姿に、初めてサッカーを見たあの日のように。

 ただ、目を奪われていた──。

 

──────

 

GOAL‼︎

60+5分 ナリヤ・イヅチ(伊槌鳴哉)

アシスト:クリストファー・ロペス

 

キング・マドリード 2-1 ヴィラ=レアル・ナイツ

 

──────

 

 彼らこそが、キング・マドリード。

 あらゆる時代、世代、世界で栄華を誇る、白いユニフォームに身を包んだ最高峰のサッカー軍団。

 銀河系最強軍団(ロス・ガラクティコス)とすら称される究極のチーム。その、1年ほど前の姿だ。

 

 

 

 

 

──────────

 

 

 

 

 

「ん……」

 

 窓から溢れる光に目を刺され、伊槌が重い瞼を開ける。自宅の机に突っ伏して昼寝していたことを、ぼんやりと思い出した。夢を見ていた気がするが、思い出せない。

 近くには開きっぱなしでスリープモードに入ったパソコンが佇んでいる。それを見て、自分はあの時の映像(マドリードでのゴール)を見ていたことも思い出す。だんだんと頭が冴えてきた。

 

「……キング・マドリードか……」

 

 未練がましく、その名を口にする。半年も経っていないのに、もはや遠い昔のように感じてしまった。

 結局、スペインでは20試合ほど出てこの1ゴールと1つのアシストしか記録できなかった。アシストのことが頭をよぎった時、少し頭痛がした。

 

「……何時だ」

 

 思考を切り替えるように少し痛む首を動かして時計を見ると、長針は14を指している。今日は日曜だが、15時から練習が予定されていた。

 時間に余裕があると分かった伊槌は、再びパソコンを立ち上げる。得点シーンを、まじまじと見返した。

 自分の動き、視線、コーチング──周りの選手のことも余すところなく見て、ため息をつく。

 

「……はぁ……やっぱり、分からない」

 

 何度も見返した結論はそれだった。

 自分の動きが分からない。何故周囲に迷うことなく指示できたのか、そして、どうしてあんなフィニッシュを選んだのか──自分のことなのに、何一つ理解できない。

 ただ、今でも分かるが一つだけあった。

 

「これ決めた時、マジ気持ちよかったな……」

 

 全てを操り、何もかもを出し抜いたゴール。FWとして、それ以上の喜びはない。あの感覚をもう一度──と感慨に耽っていた頭を、電子音が貫く。

 スマホが震える。着信だ。

 携帯を引き寄せ画面に目を落とすと、発信者は様崎だった。すぐに繋いで、耳に当てるのが面倒だったのでスピーカーにする。

 

『あ、おはよー。もしもし、起きてた?』

「もしもし。おはよう、起きてたよ」

 

 少しふにゃっとした様崎の声が聞こえた。彼女も寝起きらしい。

 

『突然掛けてごめんねー。ちょっと連絡することあってさ』

「ああ……メッセージとかでも良かったのに」

『いいモーニングコールになるでしょ? それに、結構重要なことだから言葉で伝えとくべきだと思ってね』

 

 通話の向こうで気の抜けた笑い声が続く。意外と律儀なところもあるんだな、失礼な感想を抱いた。

 それでね、と様崎は改めて口を開く。

 

『次の対戦相手、もう発表されてるでしょ?』

「ああ、四壁恒星(しかべこうせい)学院中学、だっけ」

「そーそー。変な名前だよねー」

 

 気楽なことを宣う彼女を尻目に、伊槌の思考は四壁恒星に傾いていた。

 

 四壁恒星学院。青森附属と共に青森の双璧を成す強豪校。とはいえパワーバランスは予選50連覇という怪物級の青森附属に大きく傾いており、2番手という見方が強い。

 とはいえ10年連続で予選決勝まで勝ち進んでおり、その実力は折り紙付きだ。

 彼らのスタイルは、タレント軍団の青森附属とは異なり、独自の哲学を発展させている。それは──

 

「確か、守備のチーム……だよな?」

『そうそう。なんと予選無失点! どころか、今年度の公式戦は全部クリーンシート(無失点)らしいよ!』

「マジかよ」

 

 様崎の言葉に目を剥く。同時に、口角が上がるのを感じた。軽く口元を拭って、再び喉を震わす。

 

「……じゃあ、俺が初めての得点者になるわけか」

『おっ、言うねー。頼りにしてるよ?』

「任せとけ」

 

 好戦的な言葉が漏れる。自分の最高のゴールを思い出したからだろうか、身体が疼いて仕方がなかった。サッカーがしたくてたまらない。

 様崎が手を叩いた音が聞こえた。閑話休題、と言うことだろう。

 

『まぁ、詳しい戦術は無籐くんに任せるとして……四壁恒星は5バックで守ってくると思うんだ。だけど、私たちじゃ人数が足りなくて5バック相手にする練習ができない』

「ん……それは確かに致命的だな」

『と、いうわけで!』

 

 食い気味に彼女が言葉を被せてきて、少し驚く。

 様崎が焦らすようにじゃかじゃかと口でドラムロールを演奏する。聞いてて心地の良い声だった。

 じゃーん、と気の抜けた声。すぐに言葉は続いた。

 

『私が特別ゲストを集めました! 誰が来るかはお楽しみ!』

「いつの間に……というか、凄い行動力だな」

『ふふーん』

 

 テレビ通話では無いはずなのに、画面の向こうでふんぞり返っている彼女の姿が手に取るように分かった。伊槌が苦笑を漏らす。

 

『サッカーはみんなでやったほうが楽しいからね! じゃ、そういうわけで遅刻しないでね!』

「ああ、分かってる」

『また学校で、ばいばーい!』

「ばいばい」

 

 ティロン、と通話が終わった。彼女の声がなくなると、周囲が意外と静かなのだと改めて気づいた。相変わらず嵐のような人だ。

 時計に目を向けると、まだ20分ほどしか経っていない。だが、伊槌はもう発つことにして、そそくさと着替え始めた。身体がサッカーを求めていた。

 

 日本に戻ってきた頃からは考えられない自分に、少し笑いそうになる。それもこれも、あの時手を差し伸べてくれた様崎のお陰だろう。彼女がいなければ、伊槌は再びこの熱を感じられないでいた。

 今はこの熱に従っていたい。サッカーを出来る喜びを噛み締めていたい。

 そして、自分を助け出してくれた彼女たちに──勝利を。決意を新たに、部屋の扉を開いた。

 

「あら、鳴哉……早いわね」

 

 母親がいた。何故か、目が怖い。怒っているのではなく、好奇心に煌めいていた。嫌な予感がする。

 

「電話してたの、女の子よね?」

「そうだけど……?」

 

 神妙に頷かれる。妙に仰々しかった。

 

「そう……そうなのね。鳴哉……お母さんは応援してるわよ」

「……?」

 

 サッカーのことか? 伊槌はそう思ったが、おそらく違う。両親は快くサッカーを続けさせてくれているので、今更面と向かって言わないだろう。それに、文脈もおかしい。

 何故通話相手が女の子だと聞いてきた──そこまで思考して、伊槌の顔が赤くなる。

 

「ち、違う! 別にそう言う関係の人じゃ……!」

「隠さなくていいのよ、お母さん嬉しいわ!」

「だから違う!」

 

 必死に弁解にする伊槌にむしろ勘違いを加速させた母親を説得するのに、1時間近くかかった。

 

 

 

 

 

──────────

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ……っぶね、着いたっ!」

 

 母親を死ぬ気で説得した伊槌は、遅刻の危機に陥っていた。全力を持って走り抜き、何とか間に合った彼の顔は、社会に揉まれ疲れ切っている新卒サラリーマンのそれと酷似していた。

 集合時間前ギリギリだったので、伊槌以外の部員は揃っている。息を切らして走り込んできた伊槌に、ギョッとした表情を浮かべながらも出迎えてくれた。

 

「ワ! どうしたのイヅチ、そんな疲れテ」

「遅いからそうなるのよ! もっと速く行動するべきね!」

「ああ……そうだな……」

 

 半ば聞き流しながらそう返し、呼吸を整える。

 ひどく疲れたと言っても、その原因は気疲れが大半だったのかすぐに切れた息は落ち着いた。それを伺っていたように、様崎が手を振りながらこちらに来る。

 

「おはよー、私のモーニングコールはあんま効果なかったかな?」

「ああ、いや、起きてはいたんだけど……」

「?」

 

 思考が白のペンキを掛けられたかのように全く纏まらず、つい目を逸らしてしまう。彼女になんら非はないが、今は健全な気持ちで様崎の顔を直視できなかった。

 

「ギリギリとはいえ間に合ったなら何でもいいだろォが。それよりあの電話はなんだ?」

 

 腑に落ちない様子の彼女だったが、全員揃ったことを確認した無籐に背後からせっつかれ、仕方ないと言うように手を広げながら話し出す。

 

「私たちは何と言っても人数が足りない! 守備側と攻撃側で別れてたら大した練習が出来ないでしょ?」

「一理あるな、5バック相手の練習など夢のまた夢だ。人数が増えるのは喜ばしい」

「それで、特別ゲストって言うのは……?」

 

 橘花の控えめな問いに、様崎が笑みを深める。

 彼女が目を細めて背後の空間に視線を送る。それに目敏く気付いた伊槌が訝しげな表情を浮かべるとともに、芝居がかった声が降り注いだ。

 

「クックック……久しいな! 我らを忘れたとは言わせんぞ!」

「俺たちもいるよー」

「お久しぶり〜……音夢もいるよ〜……」

「あ……泰山中の方々ですか……!」

 

 現れたのは、肩までかかった銀髪を大仰に揺らす包帯の少女──今となっては久しい1回戦の対戦校、泰山中のキャプテンである棗龍華が、気村や甘塚といった数名の部員たちを引き連れて颯爽と登場した。

 思わず声を上げた久良島の元に、棗が歩を進める。そして、数日で完治したその右腕をがっしりと掴んだ。

 

「貴様たちの活躍は音に聞いている……流石我らを倒しただけはあるな。我らとの試合で見せた素晴らしいセーブ、覚えているぞ」

「あ……ありがとうございます」

 

 照れくさそうにはにかむ久良島に棗が微笑を溢す。穏やかな雰囲気が流れていることを感じ取った梵場が、興味深そうにサングラスをクイッと押し上げた。

 

「ふむ……子猫ちゃん同士の戯れも中々良いものだね……」

「マジでブレねぇなぁ、お前……むしろ尊敬するぜ」

 

 呆れ顔で木崎がぼやく。平常運転の彼らに太田が乾いた笑いをあげながらも、ふと違和感を覚えて様崎に向き直った。

 

「あれ? これでも人数が足らなくないかい?」

「その心配はねぇ」

 

 太田の言葉を杞憂だとでもいうように、泰山中の面子のさらに奥から男たちが現れる。

 後ろに流した金髪と鋭い目。太田にも負けない体格をした男を、彼らが忘れるわけなどなかった。

 

「うげっ、亜蘭中……!?」

「もー、そんな反応は失礼しちゃうよ☆」

 

 宵闇が引き攣った声を上げるのも仕方ないだろう。昨日戦ったばかりの落合率いる亜蘭中のメンバーが、堂々と屹立していた。

 彼らの複数人は、サッカーで負ったとは思えない傷を何故か負っているが──伊槌は突っ込まないことにした。唯一口を開いた叛月が傷一つないのも奇妙さを助長する。が、やはり全部気の所為ということにした。

 

「何とねー、私たちのこれからの勝利を願ってということで手伝いに来てくれたんだよ!」

「ハッ……勘違いすんなよ。俺は俺をぶっ潰した奴らが呆気なくやられんのはムカつくからだ。つーか、大人しく踏み台になる気はねぇ。食ってやるよ」

「ほぼ同意だ。我らは壮行会に来たのではなく、サッカーをしに来たのだ……。簡単にはやられてくれるなよ?」

 

 落合が、棗が。不敵に笑ってそう言った。

 挑発的な発破に伊槌の口角が愉快げに上がる。涙を流していた少女も、泥を這いつくばっていた男も、こちらを食うほどに強い目をしていた。

 負けたとて、彼らも成長している──そう思うと、無性に練習したくてたまらない。

 

「そうこなくちゃ面白くない。本気でぶつかり合おうぜ」

 

 伊槌も敢然とその宣言に立ち向かう。両者の間に激しく火花が散ったところで、いつのまにかどこかへ行っていた様崎が、手を叩いて注目を集める。

 視線を向けると、ガラガラと台車を引く彼女の姿が確認できた。その上には、バンドに括り付けられた鉄の塊と、明らかに金属でできたボールが載っている。

 

「はいはい、熱くなってるとこ悪いけど……」

 

 言葉を切って、ひどく重そうに両腕で塊の1つを持ち上げる。そのまま訝しげに見ていた伊槌へと接近し、手持ち無沙汰だったその腕に重りを握らせた。

 その瞬間、伊槌の身体が絶大な重量に引っ張られる。

 

「重っ!?」

「ふふふ……それは10kgの重り! 家にあったから持ってきたの!」

「んでそんなもんが家にあんだよ……」

 

 よろめいて膝をついた伊槌の横で無籐がもっともなセリフを吐く。心配した久良島が近づいてきたが、伊槌は大丈夫だと手で制した。

 彼らの惨状をスルーして、様崎が重りを慣れた手つきで両の太ももに装着する。20kgを抱えてなお彼女は笑みを曇らせない。

 

「今日はこれつけて練習しようか!」

「いやいやいやいや……身体壊れますよ。病院いくべきじゃないですか? 頭の」

 

 正気とは思えない練習を辛辣にあしらう宵闇。様崎は笑って流した。

 膝をついていた伊槌がゆっくり立ち上がる。そのまま、右腕に握った重りを右の足に括り付けた。全身が下へ沈む感覚に襲われる。

 

「だ、大丈夫ですか……?」

「ああ……!」

 

 伊槌が強がって返事をする。検めるように右足を上げ、さらに台車の上から重りを漁った。

 両腕、両足。計40kgの重量を抱えた伊槌が、ゆっくりと立ち上がる。宵闇が怪物を見る目をしていた。

 

「舐めんな……俺はやるぞ……!」

 

 明らかに顔を歪んでいるが、その目は死んでいなかった。息を強く吐いて、全身に力が篭っている。

 

「……ハッ、面白ェ。俺も引き下がるわけには行かねぇなァ!」

「コウハイが頑張るのにワタシが逃げるワケ行かないネ!」

 

 それに感化されたように、3年を中心として次々に重りを手に取る。流石に両足の20kgだけだが、それでも絶大な負荷だ。

 満足そうに笑みを浮かべた様崎が改めて口火を切る。

 

「そうこなくっちゃねー! 5バック作ってもらって私たちが攻撃! それじゃやるぞー!」

「ああ……!」

 

 流れるように言葉を紡いだ様崎が、返答を待たずグラウンドに飛び出していく。それを皮切りに、泰山、亜蘭もいち早く駆け出した。

 伊槌もグラウンドへダッシュする。重りをつけ終えた者たちもその後を追い、最後に宵闇が残された。

 

「……えぇ、あぁ、もう分かりましたよ……やりますよ」

 

 実に面倒くさそうにため息をついて、拘束具のようにバンドを括り付けていく。人間のやることとは思えなかった。

 

「……ふふ」

 

 だが、宵闇は自分が口で言うほど嫌がっているわけではないのも感じていた。今まで共に戦った仲間たちと苦難に向かっていくことが、残念ながら楽しい。

 そうして重りをつけ終えた彼女は、最後に自分と同じく残された金属製のボールを持ち上げようとして──

 

「えっ岩?」

 

 ──重過ぎた。先ほどまでの決意など無かったことにして、ただ帰りたくなった。

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

「ぐええ〜……疲れた〜……」

「よーし……そろそろ終わろうか……」

 

 1時間後、練習というより訓練と形容すべきサッカーを終えた憲戸中サッカー部は全滅した。

 立ち上がれる者など1人もいない。余裕ぶっていた様崎すら地面に転がって、死屍累々の様子で空を見上げていた。伊槌も口を開くことすら億劫で、身じろぎ1つできない。

 

「いつまで転がってんだ、情けねぇ」

「ぐうっ……」

 

 ぐったりと伸びていた伊槌の手を引いて、落合が荒々しく起き上がらせる。恨めしげな視線を受け流し、鼻を鳴らしてこちらを見た。

 

「四壁恒星に勝つんだろ? この程度でへばってんのか?」

「……っ、言ってくれるな……!」

 

 挑発的に口の端を釣り上げる彼の顔を認めた伊槌が、眉を釣り上げて立ち上がる。緩慢な動作で全身の重りを外していき、軽くなった身体を確認するようにその場で跳ねた。

 羽が生えたように軽い。心地いい感覚に驚愕と共に口角を上げ、転がっていたボールを引っ掴む。

 

「ははっ……舐めんな、まだやれる」

「当たりめぇだ。その程度の奴らに負けててたまるか」

「……いやぁ、元気だねー鳴哉くんは」

 

 伊槌に呼応するように様崎がグッと身体を起こす。余裕そうだった顔は塩をかけられた高菜のようにしおれており、疲労が色濃く出ている。

 それでも、立ち上がった。彼女の後ろで、感化されたように他のメンバーも次々に復活していく。

 

「くぅ……私も負けませんよ」

「ぼ、僕も……もう諦めない」

 

 誰もが疲弊しているが、その目は死んでいない。初めて会った時には感じなかった頼もしさがそこにあった。

 

「……今の練習で、ある程度の戦術と基礎能力はついた……次やることは明確だァ……」

「ああ、必殺技を磨くぞ!」

 

 おおっ、という声が燃料になり、再び彼らの中に火炎が灯った。

 

 

 

 

 

「とはいっても、必殺技の練習って何をすれば……」

 

 宵闇が眉根を寄せて呟く。その声を拾った橘花が、花のようにその顔を綻ばせて足元にボールを転がしてきた。

 

「とりあえず僕たちは、前の試合で出した技をものにしよう! 反復練習だよ!」

「……なるほど。分かりやすくていいんじゃないですか」

 

 宵闇の少し棘のある言い方にも眉一つ動かさず、橘花が笑みを返す。やりづらそうに顔を伏せた彼女の手を取り、その綺麗な瞳をフードで隠れた宵闇の目と合わせた。

 

「ち、近い……とりあえず、やるなら早くやりますよ」

「うん、よろしく!」

 

 その言葉を皮切りに、間を空けて、先ほどまでの和やかな雰囲気を霧散させて睨み合う。

 グラウンドの一角で、花びらと幻影がぶつかり合う。2人の進化への思いが鎬を削った。

 

 少し離れたところで、3年生たちがボールを中心に顔を突き合わせている。がむしゃらに動くより、まずはイメージトレーニングから始めていた。

 

「僕は……パワーチャージを進化させたいな。どうすればいいだろう」

「エネルギーを増幅させるとか……あとタックルの方向を変えるとか?」

「オオタのパワーなら、無理にエネルギー込めなくても大丈夫だと思うヨ!」

「そうなると別のアプローチ……エネルギーではなくタックル自体のパワーをあげるのがいいだろう」

「方向を変える……真正面からじゃなく、重力を利用したスタンプとかいいかもなァ」

 

 三人よれば文殊の知恵。況んや五人であれば。

 いつか言っていた無籐のように、彼らも無為に3年を過ごしていない。流石の経験値か、とんとん拍子でイメージが固まっていく。

 1つ大きく頷いた太田が、ボールを持って立ち上がる。

 

「スタンプ……いいかもしれない。それで行くよ、練習手伝ってくれるかな?」

「もちろん付き合うよ!」

 

 進むべき道が見えた太田が、自信を持ってそう言う。他のメンバーも結束感を持って当然のように立ち上がり、太田の頬が緩んだ。

 彼の顔に、すでに次の試合への恐れはない。瞳の奥にあるのは、誰かとよく似た勝利への渇望だけだった。

 

 伊槌の足元で電撃が迸る。破裂するような音と共に、光の球がゴールを襲う。

 

電閃ッ!

 

 焼けつく雷鳴が空気を切り裂く。それを髪に隠れた瞳で恐れずに見据え、右腕を強く握りしめる少女。

 奈落のように黒いオーラを溢れるほどに腕に纏わせ、目を焼く光に叩きつけた。

 

真っ黒パンチ……!」

 

 爆ぜる雷の塊が腕を焦がす。暴れ狂う嵐のようなパワーに面食らう久良島だったが、地面を離れそうになった足を気合いで固め、殴りつける腕に体重を掛ける。

 だが、電閃の威力は衰えない。燃えるような紫電が腕を伝う。

 

「ぐっ……きゃあっ!」

 

 必死の抵抗も虚しく、真っ黒パンチを弾いた電閃が鋭くゴールに突き刺さった。

 悔しげに地面を叩く久良島に、スッと腕が伸びる。伊槌だった。

 

「大丈夫か?」

「……はい、すいません」

 

 その手を借りて久良島が立ち上がる。隠れていて見えないが、伊槌にはその瞳が曇っているように感じた。

 なんと声をかけるべきか懊悩していた伊槌に、彼女の控えめな声がかかる。

 

「私も、新しい必殺技を作ろうと考えているんですが……どういうものがいいと思いますか?」

「ん、ああー……」

 

 予想外の問いに、伊槌が少し硬直する。だがすぐに気を取り直し、毅然とした様子で答えた。

 

「そうだな……必殺技の開発ってどうすべきだと思う?」

「それは……」

 

 彼女が伊槌の言葉を咀嚼し、困ったように眉をひそめ、助けを求めるように顔をあげる。それを汲んだ彼が言葉を続けた。

 

「必殺技で大事なのはもちろん理想を可能にする身体能力もそうだけど……一番は発想力(イマジネーション)だ」

 

 彼女が食い入るように頷くのを見て、伊槌は少し嬉しくなる。言葉に熱を入れながら話し続ける。

 

「身体が動いても、イメージがないんじゃ話にならない。そしてイメージの源泉は今までの自分の中にある。久良島なら真っ黒パンチだな」

「なるほど……」

 

 彼女が右腕を開いたり閉じたりしながら見つめる。すぐハッとしたような表情を浮かべた久良島がこちらに向き直り、苦笑しながら口を開いた。

 

「それを土台に発展させるんだ。纏わせるオーラを大きくする……両腕でやってみる……もしくは、そのどれとも違うものに挑戦する。なんであれ、その形はお前が見つけなきゃならない」

 

 一言一句逃さないとでも言うように集中しながらその話を飲み込んだ久良島が何かを考え始める。成長に貪欲で素直なその様子に、伊槌は可愛い後輩だと好感を持った。

 そしてすぐ彼女が何かに気づいたように面をあげ、こちらに向き直って改めて頭を下げる。突然のことに伊槌は少し面食らった。

 

「えっと……ありがとうございました。少し考えがまとまった気がします」

「そうか、良かったよ」

 

 その言葉に少し微笑んだ久良島が、失礼しますと残して去っていった。辺りを見れば、日が傾いている。他の部員たちも続々と帰宅の準備を始めていた。

 

「俺も帰るか……」

 

 暗さに気づいた途端少し肌寒くなった空気を肺に取り込み、大きく伸びをする。全身が砕けそうに痛かったが、明後日の試合には、恐らく大丈夫だろう。

 気を抜いた途端、背後から息を切らした声で名前を呼ばれた。首だけを背後に向けると、明凪が元気にこちらに寄ってきている。

 

「ふぅ……呼び止めちゃってすいません、杏奈と何話してたんですか?」

「必殺技の開発について聞かれてたんだ。成長に貪欲で頼もしいよ」

 

 そう返答された明凪は目を見開き、次の瞬間には晴れやかな微笑みを浮かべた。

 

「ほーう、それは私も負けてられませんね! 試合では期待しててくださいよ!」

「ああ、もちろん」

 

 人好きのする可愛らしい笑みを見せる明凪につられて、伊槌の頬を緩む。

 

「堅守謳ってるあいつらから、点取ってやろうぜ」

 

 何気なくそう口について出た。明凪は何も返さず、曖昧に笑う。その顔にかかった影に、伊槌が少し気圧された。

 だが、それが気のせいだったかのようにすぐに彼女の表情から険が取れ、先ほどまでと同じ人懐こい表情に変わる。

 

「はい! 私が初めてのゴールを奪っちゃいますよ!」

「……あ、ああ」

 

 いつかの河川敷でも見た、あの影。なんとか取り繕ったが、言葉がもつれる。

 やり取りのあと、明凪が頭を下げて立ち去ろうとする。その時、伊槌の喉が無意識に彼女を呼び止める。青い黒髪が揺れて、優しい顔がこちらに向いた。

 何故呼び止めたのかは分からない。だが、何を言うべきかは、驚くほどすらすらと湧き上がってきた。

 

「サッカーはチームスポーツだ……あんま気負うなよ」

「……? はい!」

 

 あまり分かっていなさそうな表情だったが、元気よくそう返事をして今度こそ去っていく。

 少し欠けた満月が、太陽の光を跳ね返して暗闇の中で輝いていた。




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