イナズマイレブン〜蘇る雷鳴〜   作:暁の教徒

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W杯が終わっても高校サッカーが熱いぜ


20話:FF青森県予選準決勝 vs四壁恒星学院中学

 春もまだ過ぎ去らないこの時期に、茹だるような熱気が辺りに充満する。快晴の太陽が、四壁恒星学院を燦々と照らしていた。

 青々と茂った芝を眺めるのは、日本帰ってに来てからは青森附属との試合以来。だが、あの時とは違う大声援が、グラウンドを囲む観客席から辺りに木霊している。

 試合会場となる四壁恒星学院に到着し、試合前の最終アップに入ろうかとグラウンドに出てきた憲戸中を迎えたのは、そんな景色だった。

 

「す……すごいわね。みんな四壁恒星の応援?」

「青森附属と覇を争う強豪校だからな……とんだアウェーだ」

 

 ホープが少し弱々しく言葉を溢したように、声を上げる老若男女は、皆オレンジと黒で飾られたストライプのユニフォームに身を包んでいた。当然と言うべきか、憲戸のユニフォームを着た人間はいない。

 誰が見ても、完全なアウェーゲーム。全員の表情が強張る中、伊槌は落ち着きを取り戻すように息を吐いた。

 

「誰が相手でも、どんな環境でも関係ないさ。俺たちがやるべきことは変わらない」

 

 伊槌がいち早く平静を取り戻したのは、やはり慣れによるところが大きい。動揺を殺してグラウンドに目を向ける彼の姿に、周囲にも落ち着きが伝染していった。

 

「……そーだね! 緊張しすぎても仕方ないか!」

「へっ、俺は元々緊張してないけどな!」

「フフッ、キザキは大物だネ!」

「緊張感が無さすぎるのも考えものだがな」

 

 一瞬前までの硬直が嘘のように軽口を叩き合いながら、大歓声を切り裂きピッチに足を踏み入れる。久方ぶりに湧いてくる皮膚が粟立つような緊張感が、伊槌の身体を心地よく支配した。

 

「こんにちは。遠路はるばるお疲れ様だね」

「お前は……」

 

 ざくっ、と芝を踏みしめた音と共に、中背の少年が姿を見せる。灰色の短髪と、文字盤の削り取られた時計のように、長針と短針が瞳の中で時を刻む、個性的な目元の男子だった。

 その体躯は伊槌と比べても細い。だがしなやかに鍛えられており、観客席を染めるオレンジと黒のストライプユニフォームに覆われている。ただ者ではない。

 

「僕は御時針也(おときしんや)、四壁恒星のキャプテンを務めてる。今日はよろしく」

「うん、よろしく! あ、私がキャプテンの様崎咲夜だよ!」

 

 軽い挨拶のもと、両校のキャプテンが握手を交わした。2回戦が亜蘭中だったことも手伝って、彼の礼儀正しい行動に伊槌は好感を覚える。

 と、同時に。

 

「……余裕そうだな」

「そりゃあ10年も決勝に行ってるからね……こんなところじゃ負けない自信があるんだろう」

 

 梵場と伊槌の見解が一致する。四壁恒星は決勝しか見据えていない。彼らにとって憲戸中は、サッカーの女神の悪戯によって、自分達と言う火に誘引された飛んで火に入る夏の虫(ラッキーボーイズ)

 メンバーを落としてはいないが、精神的にはすでに準決勝突破を決めているだろう。そう考えると、御時の目は眼前の様崎を見つつもすでに皮算用を始めているように見えた。

 

「舐めんなよ……」

 

 業腹だが、好都合。足元を掬ってやる、伊槌の目が鋭く光った。

 

「こんにちは、今日はよろしくお願いします」

「……! ああ、こっちこそ……」

 

 横合いからかけられた聞き覚えのない声によって、伊槌の意識が現実に戻される。

 振り向いた彼の目に映ったのは、白いポニーテールを結わえた痩身の人。大きな翠眼も相まって中性的な容姿をしていたが、橘花という前例を目にしていた伊槌は問題なく目の前の人物を男性だと特定した。

 纏うのは御時と同一のユニフォーム。胸元には、10の番号が輝く。彼の背後には赤みがかった茶髪をベンゼン環のような髪留めで括った少女もいる。

 

「伊槌鳴哉さんですよね? 僕は神風俊介(かみかぜしゅんすけ)、あなたと同じFWです」

「……俺を知ってるんですか」

 

 初対面なので、伊槌も流石に敬語を取り繕った。そういえば、サッカー部に入りたての頃はチームメイトたちにも敬語だったがいつの間にか外れていたことを思い出す。

 ふと横を見ると、梵場が神風の背中に隠れるような体勢で佇む少女を凝視していた。

 少なくともこいつには敬語を使わなくていいだろう。

 

「君はそこそこ有名だし、知っててもおかしくないだろう?」

 

 穴が開くほど目を開きながら、梵場が口を開く。言葉には頷きつつ、彼の目線を切るように少しだけ横に移動した。

 

「おい伊槌! なんでそこに立つんだ!」

「あの子がすごく怯えてるからだ!」

 

 あの子とは、言うまでもなく神風を盾にしているベンゼン環の少女だ。大声をあげたからかまた少し小さくなった彼女に申し訳ないと心の中で謝りつつ、どうにかして伊槌をどかそうとする梵場の目を隠す。

 

「くっ……この!」

「あはは、賑やかですね」

 

 朗らかに神風がそう言う。背中を軽く殴ってくるこの男を見て本気でそう思っているのかと軽く正気を疑いつつ、こちらに目線を合わせてくれなくなった少女へ視線を向けた。

 それに気づいたのか、神風が少女に穏やかに微笑みかけ、話を促すように肩に手を置く。

 

「……ええと、高機(たかはた)弥雷(みらい)です。よろしくお願いします」

「彼女は僕と同じ1年生なんですよ」

 

 名前だけつぶやいて高機がぺこりと頭を下げる。神風が補足するように話した内容に、伊槌は少し衝撃を受けた。

 彼女の身長は、伊槌よりちょっとだけ低い神風とほぼ変わらず、体つきや雰囲気含めて大人びた風貌をしている。人見知りしているようなその言動は年相応だが、1年生とは思えなかった。

 

「ハロー、子猫ちゃん。僕は梵場踊太、君と言う一輪の花に心を躍らす、しがない男さ……」

「……?」

「お前は……ほんとに……」

 

 梵場は梵場だった。彼女が前に出た途端目の色を変え、歌でも歌うかのように歯の浮くようなセリフを惜しげもなく並べる。放心する高機と同じく、伊槌もため息をついた。

 そんな様子に、神風が優しく笑い声を上げる。

 

「あはは、でも良かったです」

「……? 何が……ですか?」

 

 砕けた口調を取り繕うのを思い出したとばかりに、伊槌が丁寧語で口を開く。もう手遅れな気もしたが、神風は気にした様子もなく言葉を続けた。

 

「会場に呑まれてなくて。お互いの全力を、余すことなくぶつけられることに、安心しました」

「……!」

 

 柔らかく放たれたその言葉に、伊槌の肌が粟立つのを感じる。

 

「この試合、勝つのは僕たちです。今回こそ、王座は頂く」

「……私も同意します。今回だって、1点も許すつもりはありません」

 

 神風の肩に手を置いてこちらを警戒しながらも、高機も宣戦布告に乗っかった。熱い言葉が伊槌にぶつけられる。口角が無意識に釣り上がるのを、自分の意思では止められない。

 

「そうか……悪かった」

「え?」

 

 故に、詫びた。余裕をぶっこいて、こちらのことなど眼中にないと勝手に決めつけていたことに対して、心からそう詫びる。

 彼らが気を抜いてこの試合に臨んでいない。勝つためにここに来た──そんな当然のことを改めて突きつけられた。

 

「なんでもない。……俺も、全力を君たちを倒す!」

 

 敬語も忘れて、伊槌が力強く宣言する。好戦的に口元を歪めた神風の肩を、控えめなタップが揺らした。

 振り返った彼らの背後には、襟足を伸ばし、つり目がちな右目を隠すほど長い銀髪を揺らす青年がいた。身長は伊槌よりも高く、端正な顔立ちも相まって怜悧さを感じさせる。

 

「……そろ、そろ」

「ああ、時間ですか。ありがとうございます、鳥羽(とば)君」

 

 ぼそりと放たれた声は低く、厳かだ。伊槌はよく聞き取れなかったが、神風は得心いったように頷いていた。

 

「その人は?」

「……彼は、鳥羽仂弥(とばりきや)。私たちと同じく、四壁恒星の1年です」

「……よろしく」

 

 仮面のように表情を変えず、鳥羽が手をあげて会釈する。気難しげな雰囲気に少し気圧されながらも、伊槌も名乗って軽く目礼した。

 挨拶を終えたと同時、隣にいた梵場が口を開く。

 

「そろそろアップの時間だね。伊槌、ここいらでお邪魔しよう。さらばマドモワゼル、またいつか!」

「もうそんな時間か……ああ。また試合で」

「ええ、楽しみにしています」

 

 伊槌は普通に、梵場がキメ顔で別れの言葉を口にして、いつの間にか反対側のコートへ集まっていた仲間達の下に、颯爽と駆けていく。神風たちも踵を返し、彼らに背中を向けた。

 

 

 

 神風たちの前で、3人組の選手が話し込んでいる。1人は御時で、もう1人は首から竹編みの笠を提げた長身の男。そして、彼とは対照的な体格をした、緑がかったセミロングの銀髪で2本のおさげを作る少女の集団だった。

 芝を踏む音を耳聡く拾った長身の男が、ゆらりと振り向く。気だるそうな目が開かれた。

 

「ん? ああ、1年トリオか。挨拶は済ませた?」

「はい、目標との接触に成功。有意義な時間でした」

 

 伊槌たちと会話した時とは異なり、高機がはっきりとした口調で答える。相変わらずの硬い言葉遣いに男は苦笑した。

 続けて神風たちに気づいた小柄な少女が、溌剌に口を開く。

 

「おかえりなさいっ、神風くんたち! 喉が乾いてたりしませんか? アップの前に、あまーいドリンク作りま──」

「大丈夫です、元気です、元気すぎるくらいです。ですよね鳥羽くん?」

「……そう、だ」

 

 爛漫な笑顔と共に体調を慮るその言葉を、神風が食い気味に遮った。同意を求められた鳥羽も、ぶんぶんと擬音が似合う勢いで首を縦に振る。

 その様子を見た御時が、彼女の手によって作り出された甘すぎる液体とじゃりじゃりと口の中で主張を止めない砂糖の感覚を想起し、乾いた笑みを浮かべた。だがすぐに表情を引き締め、手を叩いて脱線しかけている流れを切る。

 

「よし、じゃあアップを始めよう。湖池(こいけ)椈月(きくづき)、DFは任せたぞ」

「まぁ、やれるだけはやりますよ」

「はい、お任せくださいっ!」

 

 名前を呼ばれた対照的な2人──湖池一舟(こいけいっしゅう)椈月(きくづき)まのんがそれぞれ言葉を返す。湖池は脱力した様子だったが、それが彼のスタイルだと知ってる御時は目くじらを立てる事はなかった。

 

 それぞれがボールに触り、身体を温める。乗り越えるべき死闘を前に、静かに闘志の炎に息を吹き込む。

 一瞬、御時が憲戸の方へ顔を向ける。キャプテンの様崎の横顔が瞳に映った。

 

 伊槌と神風たちが邂逅していた同時刻。伊槌が聞き漏らしていた中で、ほんの少しの時間で交わした宣戦布告。それを思い出して、胸が熱くなる。

 

「私たちのチームは強い、か……」

 

 ──望むところだ、と言うように。御時が力強くボールを蹴り出した。

 

 

憲戸中スターティングメンバー(3-4-2-1)

ーーーー木崎ーーーー

ーー明凪ーー伊槌ーー

三刀屋ー梵場ーー山本

ーーーー無籐ーーーー

ー様崎ー太田ー靴木ー

ーーーー久良島ーーー

 

四壁恒星学院スターティングメンバー(5-4-1)

ーーーー神風ーーーー

仲川ーーーーーー川島

ーー御時ーー鳥羽ーー

安岡ーーーーーー木島

ー湖池ー椈月ー赤田ー

ーーーー高機ーーーー

 

 

 歓声に湧くグラウンドの中央。センターサークル内で、伊槌と木崎が向かい合ってボールに足を乗せる。試合開始の合図を、今か今かと待ち望んでいた。

 そんな中で、木崎が大きく息を吐きながら言葉を漏らす。

 

「しっかし……俺ら大分フォーメーション変えたけど大丈夫か……?」

「対四壁恒星に向けて練習はしてきた……後は野となれ山となれ、だ」

 

 そう返すと、木崎は人懐っこく笑って再び前を向く。その瞳に迷いはもうなかった。

 少し背後に視線を向ける。浮き足立っている人間はいない。この強豪相手にも、気圧されず誰もがピッチに立っていた。

 

「見せてやろうぜ……!」

「おう、勝つのは俺たちだ!」

 

 万雷の声にも負けず、笛の音が空気を切り裂いた。前半開始だ。

 伊槌が木崎に蹴り出し、そのまま無籐へバックパス。彼も迷いなく最終ラインの様崎にボールを送った。

 

「よし、ゲーム組み立てっぞ……!」

 

 ──なんでもない、ただのパス回し。その平穏を切り裂くように、様崎に疾風が襲いかかった。

 

「はあっ!」

「FWのプレス!?」

 

 遠い位置にいる伊槌ですらも感じるほどの豪速。鋭く頬を切り裂く風に目を剥いて振り返った。

 

「わっ、速!?」

 

 その正体は神風。姿勢を低く、空気抵抗を極限まで削った体勢で矢のような猛プレスを実現させる。

 その鋭い足が驚嘆を隠せない彼女に届く寸前、なんとか久良島にボールを戻す。

 

「あぶなっ、杏奈ちゃん!」

「逃がさない!」

 

 だが、そのパスすら狙っていたのか神風が全速力で久良島にも圧力をかけた。焦りを隠せない様子で、久良島がボールに向かう。

 

「くっ……届けっ!」

 

 このままでは先にボールを触られる。そう踏んだ久良島がスライディングでボールを蹴り出そうと試みた。

 その瞬間、神風の姿勢がさらに低くなる。一瞬の静止が、不気味さを助長した。

 

「僕にスピードで勝とうとするなんて……」

 

 久良島の足がボールと接触する、その刹那。

 爆発するような音と共に、ボールを奪い取った神風が、久良島の上を飛び越えた。

 

「えっ……!」

「──何光年も遅いですよ」

 

 久良島すら抜かれたガラ空きのゴール前に、神風が降り立つ。追い付く者など、誰もいない彼だけの景色。

 

「まずっ──」

「ふっ!」

 

 飛び付こうとした久良島を寄せ付けず、容赦なく神風が右足を振り抜く。鋭いシュートが、当然の如くゴールネットに吸い込まれる──

 

「はああああ!!」

 

 ──ことを許さない、少女が1人。

 このフィールドで神風に比肩する足を持つ、たった1人のプレイヤー。

 山本希望(ホープ)が、まさしく希望を紡ぐブロックを見せた。

 

「なっ、MFの位置からブロックに間に合った……!?」

「何光年も遅いのは、あんたの方だったわね!」

 

 意趣返しのような台詞を吐いて、ホープがセーフティに蹴り出してクリア。

 大きく弾かれたボールは、無籐が飛びついてトラップした。彼の頬に一筋の冷や汗が流れる。

 

「なんつースピード……あれが四壁恒星のカウンターの要か……!」

 

 目に焼き付く神風の走りに悪寒を覚える。だが、すぐに獰猛に笑みを浮かべて整っていない守備陣を切り裂くパスを放った。

 

「だったらこっちも見せてやろうぜェ! 行け梵場ァ!」

「フッ、ここからは僕のステージだ!」

 

 サイドに流れていた梵場にボールが渡る。気を取り直した伊槌も彼をサポートできるポジションに入り、梵場のドリブルを無言で後押しした。

 計画通り、梵場の進路をDFの木島が塞ぐ。素早い守備だった。

 

「抜かせないぞ!」

「フッ、男と踊る趣味はない!」

 

 木島の足が伸びる。自信に違わないいい出足。

 だが、読み切った梵場が軽快なルーレットフェイクでそれを振り切り、半身前に出た。歯を噛み締めながら、木島が手を使ってギリギリでブロックを試みる。

 

「くっ……!」

「お別れだ、スピニングドライブ!

 

 それすらも、激しい回転と共に跳ね回る十八番のドリブル技で千切った。手応えと共に、梵場が前を向く。

 だが、そこに自由なスペースなどなかった。

 

「……はあっ……!」

「んっ!? いつの間に……!」

 

 プレスバックしていたMFの鳥羽が最高のカバーを見せる。変わらない鉄面皮で梵場に身体を当て彼の全身を遅らせ攻撃のリズムを崩した。その姿は仕事人と呼ぶにふさわしい。

 

「ナイス鳥羽! 挟んで奪うぞ!」

「……ああ……!」

 

 作られた時間を利用され、四壁のディフェンスが整う。鳥羽を背にし、苦しげに表情を歪ませる梵場の視界で、四壁の素晴らしい連動に舌を巻きながら伊槌が手をあげた。

 

「梵場、逃がせ!」

「……くっ、伊槌!」

 

 寄せ切られる前に、梵場からのパスが伊槌に渡る。

 当然逃すつもりは無いのか、彼らも素早くフォーメーションを修正してMFの御時がプレスに来た。だが、問題ない。

 

「明凪!」

「っ、ダイレクトで流したか」

 

 伊槌の周りを衛星のようにポジショニングしていた明凪にボールを渡す。ノータイムで御時の逆をつき、伊槌が駆けた。

 背後から無籐も上がってくる。亜蘭戦でも攻撃の要となったトライアングルが、再び形成される。

 

「四壁の崩し方もきっちり練習してきた……プラン通りに行くぞ!」

「はい! 無籐先輩!」

 

 明凪もDFが当たってくる前に無籐にボールをワンタッチで繋ぐ。かわされた御時が無籐にプレスに行こうとした瞬間、今度は伊槌にダイレクトプレー。

 

「速い……! 3人で押し上げてくるぞ!」

「ハッ、流石の観察眼だが……」

 

 明凪・伊槌・無籐(トライアングル)が、フィールドの中央をハイスピードなパス交換で、無理やり食い破る。看破されようが関係ないとばかりに、ワンツーの連続にどんどん四壁のディフェンスを撤退させていく。思い通りのプレーに伊槌の心臓が高鳴った。

 

「分かってても俺たちの方が早い! 仕上げるぞ明凪!」

「了解です! はあっ!」

 

 ゴール前までボールを押し上げた伊槌が、明凪にパスを出すと同時にトライアングルを放棄してゴール前に飛び込む。攻めの形が変わったことで、一瞬ディフェンスラインが乱れる、

 

「俺もいるぞぉ! パスくれ!」

 

 その混乱に乗じて最前線に張っていた木崎もゴール前に突っ込む。この状況を俯瞰していたGKの高機が、落ち着き払った様子で指示を飛ばした。

 

11番(伊槌)9番(木崎)のマーク確認、12番(明凪)の進路を塞いで下さい」

「はいっ、任せてください!」

 

 指示を受けた椈月が素早く明凪とマッチアップする。ワンタッチプレーではなくドリブルでペナルティエリアに切り込む彼女が、いつも通り笑って元気よく駆け出した。

 そして力強く踏み切り、夜闇が落ちた天空に舞う。空から覗く三日月をなぞって、鮮やかに踊った。

 

「ドリブルは望むところ! 三日月の舞!

「きゃ〜!?」

 

 軽やかな舞から放たれた激しい風が椈月の体を地面に縫い付ける。会心のドリブル突破で、完全にシュートコースが開けた。

 

「やるじゃん、でもここで終わりだ」

「あはは、そう簡単にはいきませんよね!」

 

 そこに1つの影が強引にコースを消し去る。カバーに入っていた湖池が、抜け目なく明凪と再びマッチアップを作った。

 苦笑しながらも、彼女は足を止めない。DFとポジションを競り合う伊槌と遠いサイドに走り込む木崎をチラリと見て、湖池の判断を迷わせた。

 

(どっちだ──)

 

 湖池の目が鋭く細められる。選択肢はパスとドリブルの2つ。

 明凪と彼の目が、1秒にも満たない時間合う。その瞬間、湖池が迷いなくボールに身体を投げ出した。

 

「出さないだろ!」

 

 確信のこもった声色で彼女のドリブルを止めにかかる湖池。だが、明凪の口元に浮かべられた不敵な笑みに自分の失敗を察する。

 

()()()()()()()()()()()() 無籐先輩!」

 

 明凪と伊槌が押し込んだディフェンスライン。空っぽになったバイタルエリアで、切り離された三角形が再び形成された。策がこれ以上にないほどハマった無籐が、獰猛な笑みを浮かべる。

 

「ハハハ! 見せてみろキーパー! 全試合無失点の称号か本物かどうかをよォ!」

「……機動計算、威力算出……止めます」

 

 高機が緊張感を放って構えると同時に、無籐がボールに螺旋回転をかけ、上空に蹴り上げる。けたたましい音と共に、ドリルのビジョンが天空に屹立した。

 

「食らえ! スクレイパーブレイク!

 

 飛び上がった無籐が、激しくシュートを蹴り落とす。ドリルのオーラが空気を破壊しながら、力強く高機に襲いかかる。

 何にも塞がれることなくゴールに向かうと確信していた無籐。その視界の中で、獲物に飛びかかる鷹のようなソレが、鋭くボールに食らい付いてきた。

 

「……はあっ……!」

「なっ、あいつ……!」

 

 伊槌が目を見開く。ブロックの正体は、先ほどまで梵場とマッチアップしていたはずの、鳥羽だった。

 

「シュートコース読んでたのか……!? その上最短距離でブロックに……!」

 

 そう口に出しつつも、信じられないとばかりに奥歯を噛む。そうなのだとすれば、とんでもない視野の持ち主──無感情なその顔が、伊槌の瞳には恐ろしく映った。

 

「……くっ」

 

 鳥羽の足が、一瞬の拮抗の末に弾かれるそのブロックはシュートの威力を大きく減衰させることはなかったが、予想外のシュートに揺れていた四壁のディフェンスラインを整えるだけの時間は稼いでいる。稼がれてしまっている。

 

「計算の時間を取れました……感謝します」

 

 ゴールマウスに立つ彼女はシュートから目を離さない。鳥羽よりも深く、冷徹なほど無感情な瞳を外さず、シュートに悠々と両の腕を伸ばす。その腕は、炎のように赤いオーラに包まれていた。

 

「……計算完了。要望通りご覧に入れましょう、私がその称号に足るかどうか──防火障壁、展開」

 

 両腕を祈るように合わせる。増幅したオーラが、彼女の周囲を燃え上がらせる。両腕を、打ち下ろされたシュートに向けて振り上げると同時、真紅の大盾が彼女の手元に出現した。

 驚く無籐をよそに、発現させた盾で地面を叩きつける。地面と一体化した盾はさながら血に染まった城壁と化して、スクレイパーブレイクを正面から睨みつけていた。

 

ファイアウォール・ランパート

 

 静かな声と共に、紅蓮色の壁がシュートとぶつかり合う。激しい螺旋回転を伴ったボールが、恐ろしい音を周囲に響かせる。

 だが、それも一瞬。刹那の拮抗のうちに、高機の技がスクレイパーブレイクを打ち破り、緩やかに落ちるボールがその腕の中に収まった。

 

「計算通り。勝つのは私達です」

「……チッ、歯牙にも掛けないって感じだな」

 

 シュートを受けつつ涼しい表情を崩さない高機に、無籐が器用に片方だけ口角をあげながらも冷や汗を垂らす。渾身のシュートを一瞬で受け止められたことは、流石に彼の精神を揺さぶっていたらしい。

 ──彼女の機械のような視線が、久良島の立つゴールに向けられたことに伊槌だけが気づいた。強い悪寒が背筋を走り抜ける。

 

「っ! ディフェンス警戒しろ!」

 

 伊槌が声を張り上げると共に、高機と御時の視線が交わった。

 

「──カウンター発動。任せました」

「ああ、いくぞ神風!」

「はい!」

 

 高機の鋭いパントキックが、攻め上がって人数の少ない憲戸陣に蹴り込まれる。落下地点には、アイコンタクトで示し合わせた通り御時が先回りして、トップスピン回転でキレ良く落ちるボールを完璧にトラップ。

 同時に神風がディフェンスラインを強襲する。狩人の表情を浮かべた疾風が、ゴールと線を結ぶ。

 

「やばっ、みんな!」

「ブチ抜け神風!」

 

 ポジションを上げていたことから、慌てて追い縋る様崎の前で、神風の足元にボールが入る。翡翠色の瞳が鋭くその背後を射抜いた。

 だが、2つの肉の壁が彼の視線を切った。太田と靴木だ。

 

「間に合ったぞ……!」

「ここで食い止めよう!」

「速さなら僕は負けない……! 行きますよ!」

 

 構えたDFたちの前で、神風が力強くクラウチングスタートの姿勢をとる。芝の地面を抉り取るほど激しく地面を踏み抜いた、その途端──

 

「──ゼロヨンッ!

「えっ──」

 

 ──まさしく神風が吹き抜け、一瞬のうちに3人のDFをぶち抜く。対峙していた彼らが、背後から見ていた様崎が、認識すらできず神風を見送った。

 

「ご、ごめん杏奈ちゃん!」

 

 抜かれたことに遅れて気づいた様崎が声を上げる。すでに神風はゴール前に到達していた。

 高機のセーブからあまりにも速すぎるカウンター。四壁恒星の真骨頂に唇を噛みながら、久良島が決意のこもった表情で構える。

 

「くっ……今度こそ止めます……!」

「今度こそ決める……!」

 

 1vs1を作り出してなおスピードを殺さず、むしろ足をさらに回転させて神風が疾る。芝が巻き上がり土埃が立つほどの速度でボールを大きく蹴り出し、瞬きの間に追いついてパワフルなボレーを叩きつけた。

 

「貫け、マッハウインドッ!

 

 音速の弾丸が久良島を襲う。息を大きく吐き、努めて冷静を保ちつつ久良島が右腕を掲げる。真っ黒なオーラがその腕に絡み付いた。

 

 ──必殺技はイマジネーション。あの時伊槌に言われた言葉が、脳裏で反芻する。

 結局久良島は、新たな必殺技を開発することは出来なかった。だが、イメージの源泉、つまり真っ黒パンチを進化させる発想は、掴んだ。

 

「もっとオーラを込めて……力強く腕を締め上げる……!」

 

 より深い漆黒のオーラが、彼女を腕を包む。それは彼女の右腕を一回り大きくするほど多くのオーラが込められていた。身体を逸らして、地面を激しく踏みしめながら全身を使ってマッハウインドを迎え撃つ。

 

真っ黒パンチ……!」

 

 拳を叩きつけると同時に、爆発的な突風が久良島の身体を押し込まんとする。力強く踏み込んで耐える彼女だが、圧倒的なスピードで生み出されたマッハウインドのパワーは、客観的に見ても前までの真っ黒パンチよりも強力だと認めざるを得ない。

 

「……!?」

 

 ──格好を演じていたその時、久良島が自身の腕から力が抜けていくことを認識して目を見開く。

 最悪なことに、彼女の腕を覆うオーラが、許容量を超えてしまったのかどんどんと霧散していく。予想外の光景に、久良島の顔が苦虫を噛み潰したように歪んだ。

 

「くっ……!?」

「決まれぇ!」

 

 動揺した久良島の体勢が、致命的に崩れる。

 このままでは止められない──そう確信した久良島が、握りしめられた右腕を一瞬引き戻し、オーラに覆われていない左腕をボールに叩きつけた。

 

「はあっ!」

 

 そして、再び真っ黒パンチで横合いに殴りつける。瞬間的に無防備に久良島の身体は衝撃に跳ね返されたが、軌道を逸らされたシュートはポストに激突し、けたたましい音と共にゴールを逸れた。コーナーキックだ。

 

「なっ……くっ、防がれた」

「ナイスセーブ杏奈ちゃん!」

 

 天を仰ぐ神風が奥歯を噛む。倒れた久良島は様崎に手を貸されながらすぐに立ち上がっていた。

 コーナーキックの守備のために戻りつつ、伊槌が口元を拭う。その顔には驚きが色濃く出ている。

 

「四壁恒星……ここまで強いのか……」

 

 高機を中心をした堅固な守備陣と、神風を要とした鋭い高速カウンター。開始して間もない中、彼らの実力の一片をすでに見せつけられた。

 どちらも攻略するのは一筋縄ではいかない。これまでの相手とはまさしく次元が違うと言っても過言ではなかった。

 

「……面白い」

 

 ──だからこそ、伊槌の胸に炎が灯る。

 

「勝つのは俺たちだ……!」

 

 横目でゴール前に立つ高機を睨みつける。伊槌の脳裏には、その背後にあるゴールネットが揺れる画が、克明に描かれていた。

 

 

────────

 

前半8分

憲戸 0-0 四壁恒星

 

────────




四壁恒星中にはFW神風俊介、MF鳥羽仂弥、DF湖池一舟、DF椈月まのん、GK高機弥雷を採用させていただきました。この場でたくさんのご応募に対し感謝すると共に、僕自身の実力不足から採用することができなかったキャラの作者の皆様にお詫び申し上げます。
また、湖池一舟は必殺技は5個あったため、僕の独断で3つに絞っています。

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