「──よォし、前半のうちに得点できたのは僥倖だなァ」
「ああ、奇策に近い形だったが……何にせよイーブンに戻せたのは大きい」
ハーフタイムに入り、後半を見据える憲戸のベンチでは、前向きな様子で前半の総括が行われていた。
これまで一点も失ってこなかった四壁恒星からのゴール。それがチームに与える影響は大きいものだ。高機のスーパーゴールを食らった時からは想像できないほど、チームの全員が自信に満ちていた。
得点以外のプレーも通用している部分は多い。このまま行ければ勝てる、と、伊槌は胸の中で噛み締める。
だが、懸念はある。伊槌はベンチに腰掛ける梵場に目をやった。
「……ふぅ、すまないね子猫ちゃん。僕としたことが、熱くなりすぎたかな?」
「はぁ……意外と元気じゃないですか」
視線の先では、いつもの様子で宵闇に絡んでいる。だが、やはりその身体は重そうだった。ファイアウォール・ランパードに対して、捨て身のシュートチェインを行ったのだ、無理もないだろう。
「元気があるのだとしても、梵場は替えるべきだ。大事をとってな」
「うん、そうだねー」
靴木の言葉に、梵場を含めて反対の意はなかった。全員を代表して、様崎がその言葉に返す。
そして、梵場を下げるのだとすれば代役は──
「橘花さん、行けるかい?」
「……はい! 任せてください!」
監督として放たれた月並の言葉に、橘花が力強く応える。その言葉を受けて、彼の横に座っていた宵闇が、小さな声を溢す。
「……出るからには活躍をお願いしますよ。私たちも出来るってこと、見せてきて下さい」
「うん! ありがとう、宵闇さん!」
皮肉っぽい宵闇の檄に、橘花のやる気は一層漲ったらしい。胸の前で両手を強く握って気を吐く。この様子なら、ピッチに立っても物おじすることはないだろう。伊槌の懸念は杞憂だったと、頬を緩める。
そして、伊槌はもう一つの心配事の原因──何か思い悩むような表情を浮かべる、明凪の肩に手を置いた。
「わっ!? あ、い、伊槌先輩……?」
「悪い、驚かせたか」
軽く謝罪を入れつつ、伊槌は真剣な表情を作って口を開く。
「何か悩んでるのか?」
その言葉に、明凪の表情が曇る。
──明凪の脳裏に呼び起こされるのは、この試合幾度となくマッチアップした、湖池の言葉。
その数々は、彼女にとって到底受け入れられるものではない。だが、それが的を射ていると感じてしまう自分がいるのもまた事実で──明凪輝夜は、自分を見失っていると言ってよかった。
まごついたまま言葉を返せない明凪を見て、伊槌がどうしたものかと頭を悩ませる。
それでも、伊槌が口火を切った。
「明凪、相手は失点して気を引き締めてくるだろう。梵場の捨て身で点を取れたが、次も奪える保証はない」
考えて、考えた末。結局は、自分の思いをストレートにぶつけるしかないと、伊槌は辿り着いた。
たかが他人に言えることは限られているし、それは伊槌も同じだ。だが、今は同じピッチに立つものとして、同じ目線で目標を見据える仲間だと思っている。
「だから、後半は俺たちFWが鍵を握っているんだ。お前も、木崎も」
明凪が深い霧の中にいるのなら、そこから救い出したいと伊槌は思う。仲間だからだ。
この言葉が彼女の救いになるかは分からない。それでも伝えるべきだと、伊槌は辿り着いたのだった。
「明凪、俺はお前を信じてる」
「……!」
ハーフタイムの終わりを知らせる主審の声が、耳朶を打った。明凪の背中を優しく叩いて、ベンチから立ち上がる。
「勝とう、明凪」
「…………」
言葉はなくとも、明凪はピッチに歩を進めていく。迷いは晴れなくとも、進むべき道は見えたようだった。
伊槌も早くピッチに出ようと、歩き出そうとする。そこに、梵場の声がかけられた。
「伊槌」
「ん、どうした?」
振り返れば、少しくたびれた様子ながら、いつものようにキザったらしい微笑みをたたえる梵場の姿。
彼の目線が一瞬、遠くなった明凪の背に向き、すぐに伊槌に直される。
「頼んだよ」
「……ああ、任せとけ」
腕を伸ばして、二人の手のひらを打ち付ける。そして今度こそ、伊槌は戦場へと力強く走り向かっていった。
────────────
「ハッ、あちらさんはどうも表情が硬いな」
「それだけショッキングなのだろう。公式戦無失点のGKが抜かれたのはな」
無籐たちの言葉通り、ピッチに立つ四壁恒星イレブンの雰囲気は異様だった。だがそれは消沈しているわけではなく、むしろ、静かに燃え上がっているように伊槌は感じた。
「油断するなよ、必ず点を狙ってくる」
「おう、まずは守っていくか!」
当然、憲戸も気を抜くわけがない。四壁恒星がキックオフと共に仕掛けてくるだろうことを予測して、集中力を高める。
「準決勝で負けるわけにはいかない……必ず僕が点を取る!」
「うん……行くぞ!」
ついに後半開始のホイッスルが鳴る。御時にボールを渡した神風は、一気呵成に憲戸陣内へと高速で侵入してくる。
だが、想定内。伊槌は背後に軽く視線を向けて、すぐさま小さな金色の風が、神風を捕まえたのを確認した。
「このホープちゃんの目が速いうちは、あんたの好きにはさせないわよ!」
「目が黒いうちでしょう……!」
ホープと神風のマッチアップ。単純な走力では神風に分があるだろうが、ランコースを的確に切るホープの動きに捕まえられスピードに乗れない。これなら、ロングパスからの攻撃は鈍る。
この隙に、伊槌たちも四壁恒星陣内でプレスを開始。木崎と共に、御時に迫っていく。
「……鳥羽、一旦落ち着かせる!」
「……了、解」
だが、御時たちもそれを察知して細かいパス回しでプレスを回避してくる。鳥羽や他の中盤の選手が距離を詰め、セーフティなボールキープ。冷静な判断に、伊槌が舌打ちをした。
「木崎、無籐! 気は抜くな、ボールを進ませないようにするぞ!」
「分かってる!」
憲戸も中盤に人数をかけて、真っ向から攻防を開始。だが、むしろそれを待っていたとばかりに、鳥羽が一人空いたサイドのスペースへ疾走する。連動して、四壁恒星MFがパスを狙う。
「鳥羽!」
「行かせないヨ!」
すぐさまディフェンスに来た三刀屋を静かに一瞥。そして背後から来たボールを見ずに、ワンタッチで横のスペースに流した。
「ナイス!」
「っ!?」
そのボールを、御時が手にしてドリブルを開始する。予想外の連携に三刀屋が慌ててスライディングをするが、一手遅かった。
「ラピッドクロック!」
「クッ……!」
御時の背後に出現した巨大な時計がその針を高速で回すのに連動して、早送りのように動く彼が三刀屋を抜き去る。やられた、と言う暇すら惜しく、伊槌たちはすぐさま反転して陣内へと戻っていく。
「……!」
「っ、何を……!」
御時が突破すると同時、神風が突如大きくバックステップを踏み、ホープと距離を離す。負けじと詰めようとするホープを意に介さず、御時とアイコンタクトを取り──悪寒を感じた伊槌が声を荒げた。
「そんな程度であたしのマークから逃げれる訳──」
「詰めるなホープ!」
伊槌の声に反応する前に、ホープが一歩大きく踏み出す。その動きに呼応して、神風がスピードに乗って、一気に彼女の背後へと走り出した。
「今です!」
「うえっ!?」
いくら走力で互角に渡れるとしても、重心の逆を突かれては追いつくことなどできない。単純なスピードだけでは勝てないとすぐ判断した神風は、緩急でホープを手玉に取ってみせたのだ。頭の回るやつだと、伊槌は一種の感嘆を抱いていた。
そして、フィールド中盤から、御時の神風宛ロングパスが放たれる。この試合何度も炸裂したホットラインが再び火を吹こうとする。
「通行止めっ!」
「……!」
だが、爆走する神風の眼前に様崎が立ち塞がる。あらかじめ低い位置を取ってホープのカバーに入っていたのだ。
パスカットは難しいが、ブロックなら出来るポジション。トラップ際を刈り取ろうと待ち構える彼女に、神風の表情が歪む。
「このままじゃ……!」
「……神風!」
御時の声が、神風にぶつけられる。それだけのことだが、彼の中にあった迷いが弾けるような感覚があった。歪んだ口角が、力強く引き締まる。
「……そうだ、僕が決める……! 信頼に応えるために……!」
神風が強く歯を噛み締める。自らの不甲斐なさを食らうように食いしばり、その瞳をさらに鋭く変えた。
そして、姿勢を低く構え、背を押されたようにさらに速く走る。トラップを狙ってくるなら──
「もっと深く、速く、鋭く──」
胸中の不安は拭いきれない。だが、それでもストライカーである自分が果たすべき責任のため──神風はジョーカーを切る。
「はぁっ!」
「っ、直接……!」
緩く落ちてきたボールに、最高速で飛びつく。ボールと足が癒着せんばかりに強くぶつけ、槍をつくように、鋭く深く、ダイレクトボレーを打ち抜いた。
「行け! テンペストランスッ!」
神風が振り抜いた渾身のノートラップシュートは──急いで距離を詰めてきた様崎の横を、光のような速さですり抜けた。
「速っ!?」
「うっ──」
愕然とした表情で、様崎が叫ぶ。辛くも反応した久良島が、角を狙って放たれたシュートに飛びつこうとする。だが、それは速すぎた。
誰の反応も許さずゴールを強襲したテンペストランスは、ゴール右隅へと吸い込まれるように飛んでいき──クロスバーに激突して、ネットを揺らせず、コーナーを割る。
「……っ、クソっ……!」
「あ、危なかった……」
悔しげに地面を叩く神風を尻目に、憲戸イレブンは九死に一生を得た気分だった。
ディフェンスの誰もが反応できない超スピードのシュート。あんなものをゴールに放たれていたら、防ぐ術など考えつかない。外したところを見るに、難易度が高いのが唯一の救いだろう。
「悪い神風、こっちのパスも悪かった! 次こそ決めよう!」
「……はい、僕に任せてください!」
しかし、このシュートをきっかけに、四壁恒星イレブンが活気付く。神風も思考を切り替え、引きずった様子もなくプレーに戻っていった。
苛立ちを抑えるため、乱暴に頭を掻く。何とかしなければ──伊槌のその思考を読んだように、無籐が手を叩きながら大きく声をあげる。
「ビビんな! 失点はしてねェ、集中しろ!」
「うん、守備は僕達に任せて、攻撃に専念して!」
三年生による積極的な声かけが、チームに少し安定をもたらす。浮き足だった感覚が引いていくのを、確かに感じた。
そうだ、何にせよ得点を奪わなければ勝ちはない。大きく息を吐いて、伊槌は気を取り直す。
「木崎、明凪! ここで点取るぞ!」
「おう!」
「……」
言葉こそ無いが、明凪からも確かな闘志を感じる。ならば大丈夫だ。伊槌は前線に貼り、パスをゴール前で待つ。
「はあっ……!」
久良島からのゴールキックが、中盤の深くで構えていた橘花に通る。途中出場特有の硬さこそ残っているが、確かに磨かれた技術で浮き玉をトラップし、迫っていたディフェンスを剥がす。
「上手い……!?」
「よし、行ける……!」
そのままスピードに乗って反転し、ドリブルで持ち上がっていく。その姿は落ち着き払っており、このフィールドに立つに相応しい静かな熱意に溢れている。
「ここで止める!」
だが、ここでFWの仲川が自陣まで戻って守備に参加してきた。それを見た橘花は、繊細なボールタッチで徐々に彼我の距離を詰めていく。
ドリブルにも、パスにも移行できる隙のない姿勢。目の当たりにする仲川は迂闊に動けない。
「橘花ァ!」
「はい、無籐先輩!」
「くっ、しまった!」
手をこまねいていた時間を使って、上がってきた無籐とのワンツーで橘花が突破。予想外の連携に仲川は悪態をつくほかない。
「いや、まだ僕がいる!」
しかし、その突破すらも予期していたのか、キャプテンの御時は抜け目なくカバーにやってきた。今度は無籐との距離も少し遠い、手助けは期待できない。
それでも、と橘花は力強く目を見開く。
「僕だって、ただぼんやりベンチに座ってただけじゃない!」
瞬間、橘花の身体が、周囲が吹き荒ぶ花弁に包まれる。ピンクに反射する桜の花びらが、まるで壁となるように御時の視界を覆い隠した。
「なっ、これは!?」
「サクラフブキ!」
花びらが散る頃には、すでに橘花は御時を抜き去っている。そのことに遅れながらも気づいた彼が、くっと喉を鳴らす。
前線の伊槌は三人を無力化した橘花のドリブルに心の中で拍手を送った。亜蘭戦で片鱗を見せていた技をものにしたこともそうだし、何より基礎技術が上がっている。それに──
「橘花!」
──彼のパスならば、一気に自分まで来る。
信頼と共に、一気にディフェンスラインを食い破る。
「……伊槌先輩っ!」
その読み通り、中盤を切り裂くベルベットパスが橘花から放たれた。
そのケアは怠っていなかったのだろう。ボランチの位置に下がって守備をしていた鳥羽が、待っていたとばかりにインターセプトを試みる。が──
「……っ、一歩……」
まさに針の穴を通すパス。つま先を掠め、伊槌の足元に収まった。
間髪入れず、ボールを軽くリフトアップ。体勢こそ難しいが、無理やりでも打つしかない。
「ナイスパス、行くぞ! 電──」
「ザ・スイーパー! えぇ〜い!」
──しかし、流石というべきか。四壁恒星のディフェンスは、伊槌の想定以上に分厚かった。
椈月の気の抜ける声とは裏腹に、手に持ったモップで豪快に大地を叩き割り、その衝撃が伊槌の身体を吹き飛ばす。器用にも、ボールは彼女の足元に収まっていた。
「──ぐっ……!?」
「えへへ、お掃除完了ですっ!」
強かにフィールドに叩きつけられた伊槌が悔しさを吐き出す暇もなく、彼女はボールをセーフティにサイドラインにクリア──
「……うおおおおおっ! ホープちゃんを忘れてるんじゃないのっ!?」
「えぇっ!?」
「ホープ……!?」
──しようとしたボールを、奥底から神速で駆け上がってきたホープが、ギリギリで回収した。驚いた伊槌だが、神風のマークを捨ててでも、この攻撃に賭けるホープの熱意に、言い知れない感動を覚えた。かつてとは違う、勝利へと強く掲げられた想いに応えるべく、痛む身体を押して、プレーを再開する。
「……ホープ! 中央に!」
「はぁっ、はぁっ……行くわよ!」
流石に体力が尽きかけているのか、多少ふらつきながらも、ホープが伊槌にパスを折り返す。当然、椈月も気を取り直しているため、このままではシュートまで持っていけない。
「無籐!」
「おォ!」
故に、彼女を片手で抑えながら、上がってきた無籐へのパスを選択。瞬間的に反転してゴールへ向かい、伊槌への警戒は解けない椈月も引きつれる。
だがこれで、フリーとなった無籐の選択肢は無限大だ。
「おら、明凪!」
そんな中彼が選んだのは、サイドでフリーになっていた明凪へのパス。明凪ならドリブル突破からのクロスで、伊槌たちに繋げるという判断だ。明凪も、自分にかけられている期待は分かっている。
だが──
「おっと」
「……っ!」
──相対するDF、湖池を目の当たりにした瞬間、足が止まってしまう。
「まだやる気? 何度やっても同じだ、凡人が突然天才になることはない」
「くっ……」
行かなければ。頭では分かっているのに、身体に染みついた敗北の感触が彼女の動きを鈍らせる。
どこか満足そうに、湖池が必殺技のモーションに入った。
「そうだ、それでいい。急流──」
「テルヨ!」
突然、背中からぶつけられた声に、明凪が無意識のうちにパスを出す。
そのボールは、彼女を追い越していくチームメイト、三刀屋が確かに受け取った。
「ナイスパス!」
「……!」
パスを受けた瞬間に放たれた三刀屋の言葉が、明凪の深くに染み込むような感覚がした。
そして、オーバーラップからパスを受けた彼女は、すぐさまペナルティエリアに視線を向ける。木崎と、伊槌と、多数のDF。ただ放り込むだけでは簡単に跳ね返される。ならば──
「行くヨっ!」
「触らせるなよ!」
三刀屋の足から、ふわりとした弾道のクロスが、遠くのサイドまで流れていく。そこに待つのは、木崎だ。
「くっ、おおお!」
DFと押し合いながらも、木崎が懸命にボールに飛びつく。だが、このクロスではシュートに持っていくことはできない。
どうすれば──それが頭をよぎった時、高速のステップで椈月を置き去りにした伊槌が、目の端に現れた。
「俺だ!」
「っ! 伊槌ィ!」
木崎による決死のポストプレーから、伊槌がゴール前でボールを持った。高機と完全なる1on1、フリーでのペナルティエリア内。完璧な舞台設定に、伊槌がより強く奮い立つ。
ホープの頑張り、無籐の繋ぎ、明凪と三刀屋の連携、木崎の献身──このボールは、ストライカーとして、必ず沈めなければならない。
右足のリフティング。そして目にも止まらぬ速さでボールの下を擦り上げ、雷撃が迸る。奥歯を噛み締め、全霊を込めて、その激情を蹴り抜いた。
「電閃ッ! おおおおおッ!」
憲戸中に来てから、これまで放ってきたシュートと比べても、これこそが最高の一撃。伊槌は胸を張ってそう言える電閃──それを前にして、高機は静かに佇んでいた。
「……謝罪します。私たちは、あなた方を心のどこかで見くびっていました」
滔々と、堂々としたその態度に、伊槌は油断ではなく、底知れなさを感じる。それほどまでに、高機から放たれるオーラは、凪のような落ち着きとは似つかない、ひどく激しいものを発していたのだ。
「その代償が、先ほどの失点──認めましょう、憲戸中の皆さん。あなた方は、本気でぶつからなければ勝てない」
高機が、強く握りしめた右腕を天に掲げる。その手首からは、青白く光る近未来的な0と1のホログラムが、3本の線となって空を衝く。
「故に、私の全霊を持って宣言します」
右手が開かれる。それと同時、空間が軋むほどの衝撃と共に、蒼い巨大な手が、雄々しく現出した。
「──ここから先は、一点も許さない。デジタル・ザ・ハンド」
静かな宣告に導かれるように、巨腕が電閃に振り下ろされる。金色を力強く握る蒼穹のカイナは、今まで相対してきたキーパーとは一線を画すほどの強烈なパワーを内包していると伊槌は直感した。
だが、破れる──
「──第一リミッター解除、第二リミッター解除……!」
──そんな伊槌の思惑が、どんどんと青ざめていく。
手首から伸びる線が音を立てて弾けるたび、手を巨大化していく。二本目が砕けると共に、さらに、さらに大きく。
「最終リミッター……解除ッ!」
最後のホログラムが掻き消え、さらに一際大きく、大きく大きくなった右腕が──電閃を真っ向から握りつぶした。
「なっ……!?」
「……ミッションコンプリート」
これまでも、電閃が破られることは何度かあった。
だがそれは、ブロックに入られたり、伊槌が本調子を取り戻していなかったころの話。これは、違う。
完全な敗北が、伊槌の芯に食らいついた。
「……チャンスと見ます」
「……っ!」
凍りつく憲戸イレブンを尻目に、高機がキャッチしたボールを足下に落として、片足を弓のように大きく背後に引く。その光景に、伊槌はあのシュートのモーションだと勘づき、すぐさま現実へと意識を引き戻した。
「くそ、やらせるか!」
「──ええ、そう来ることを待っていました」
伊槌が素早く高機と距離を詰めて、失敗を悟る。高機は始めから、伊槌を釣ることが目的だった。
初歩的なキックフェイントで伊槌を抜き去り、ペナルティエリアを脱するほど勢いを持ってドリブルで上がる。まずい、と伊槌が声を張り上げた。
「カウンターだ!」
「ビッグチャンスです、御時先輩」
伊槌が慌ただしく怒号をあげるも、もう遅い。
ゴール・トゥ・ゴールが可能なキック力を持つ高機なら、前線に上がっていた御時への超ロングパスすらも可能だ。ほとんどの人数が攻め上がっていた憲戸陣内で、パスの起点である彼にボールが渡った。
「くっ、俺が止める、様崎、太田は10番を──」
「遅い、神風!」
ほとんどダイレクトで、最前線を疾走する神風へとパスが放たれる。ホープのマークを外れた今、様崎も太田も追いつけない、完全なフリーダム。
「これが、僕ら四壁恒星の高速カウンターだ! テンペストランスッ!」
そして、神風が神速のダイレクトボレーでゴールを襲う。今度は外れないコース、先ほどのような命拾いは起こらないだろう。
すでに必殺技のモーションに入っている久良島が、歯を食いしばって迎え打つ。
「杏奈ちゃんっ! 止めて!」
「はい……! 真っ黒パンチ改っ……!」
一回り大きい漆黒の拳が、嵐の槍に叩きつけられる。だが──
「……っ!? きゃあっ……!?」
──伊槌と高機の攻防とは裏腹に。一瞬の拮抗もなく、神の如き風を纏った槍が、暗黒を打ち払ってネットに突き刺さった。
「っ、よしっ! やった、やったぞ!」
「流石だ神風! 決まったな!」
再三の決定機を逃していた神風が、ついに来たとばかりに喜びを爆発させる。エースが見せるその歓喜は、四壁恒星全体に波及し、輪となったイレブンの中心で彼は揉みくちゃにされていた。
対照的に、憲戸は絶望とすら形容できるほどの空気が伝播していた。
「くそっ……!」
無理もないだろう。最大火力である電閃が真っ向勝負で負け、相手のエースはチャンスをものにした。その差が、伊槌の肩に重くのしかかる。
今はただ、不甲斐なさから来る怒りを、芝を掴んで耐え忍ぶことしかできなかった。
──────
GOAL‼︎
38分 神風俊介
アシスト:御時針也
憲戸 1-2 四壁恒星
──────
「お、おい。どうする伊槌……お前のシュートでもぶち抜けないなんてやべーだろ」
「僕たち、これ以上どうやって点を取れば……」
「……やっぱり、私じゃダメなんだ」
憲戸陣内に皆が戻る際、そんな不安が口々に漏れ出していく。一度追いついた上で、再び突き放されたのだ、メンタルの部分で、より強いダメージを受けるのは必然と言えた。
その上、ゴールの算段も、ディフェンスの部分ももう何もない。敗北を確信してしまうことも責められない。
惨憺たる光景に、無籐が痺れを切らして、いつものように喝を入れようとして──
「諦めるな!」
──伊槌の檄が、それを遮った。
「確かに俺たちは二点取られてる、状況はすごく辛い! だけど、俺たちだって一点取ってる! 無敵の相手と戦ってるわけじゃないんだ!」
悔しさを飲み込むように、伊槌が奥歯を噛み締める。自分が決められていれば、皆こんな暗い感情を抱くことはなかった。いつだって、自分の力不足ほど苛立ちを覚える時はない。
だけど、その無力感は、試合を諦めていい理由にはならない。
「その一点を残してくれた梵場の意思に報いるためにも、俺は最後まで戦う! 皆も、最後まで諦めないでくれ!」
叩きつけるように、伊槌はそう叫んだ。
「……うん、もちろんだよ」
静かな声が応える。意外と言うべきか──それは太田だった。
「始めから諦めるだけは、もう辞めたんだ。……僕は戦うよ!」
「はぁ……ふふん、あたしも、諦めろって言われたって勝ちに行くわよ!」
満身創痍ながらも、ホープも力強く拳を突き出す。それに感化されていくように、憲戸イレブンにかかっていたモヤが晴れていく。
「フフッ、コウハイにここまで言われたら、やるしかないよネ、サクヤ!」
「あははっ、ほんとだよ。キャプテンの仕事取られちゃった」
「……守備は俺たちに任せておけ、取ってこい、伊槌」
「……はい、私も……次こそは、絶対止めます」
活気を取り戻した守備陣が、背中を押すような言葉を次々に投げかけてくれる。誰の目からも闘志は消えてなどいない。
「……そうだよな、やるしかねぇよな! よしっ、伊槌がダメでも俺がぶち抜いてやるぜ!」
「僕も、頑張ります! 途中出場でバテてたらかっこ悪いですもんね!」
向こうのエースがプレーで火をつけるなら、伊槌鳴哉は言葉でチームに火をつける。絶望を背にしても、憲戸は息を吹き返した。
安堵を抱いて息を吐く伊槌の肩を、無籐ががさつに叩く。驚いてそちらを見ると、凶暴な笑みを浮かべた彼が、無言で拳を差し出してくる。「よく言ったじゃねェか」と、無言で語っているように見えた。
はっ、と笑みをこぼして、握り拳をその手に打ちつけた。
「試合、再開します!」
「……よし、行くぞ!」
投げ渡されたボールを持って、伊槌と明凪がセンターサークルに入る。そこで、伊槌は少し冴えない表情をする彼女に声をかけた。
「明凪」
「……あっ、はい!」
すこし驚いた様子で彼女は答える。抱えている何かを完全に振り切ることはできていないようだ。それでも──
「お前の力も必要だ、頼むぞ」
その言葉に、明凪は一瞬躊躇して、視線を下に落として──小さく、されど確かに頷いた。それで伊槌は満足だった。
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