イナズマイレブン〜蘇る雷鳴〜   作:暁の教徒

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急ぎ足で書いたから誤字あるかも。誤字報告くれると嬉しい。


3話:初練習

 グラウンドに出た伊槌達は、まずウォーミングアップに入った。

 一塊になってのランニング。アップなのでスピードはほとんど出していないものを、ハプニングもなくグラウンド2周分終え、各々さらに調整に入る。

 伊槌を含め、ほとんどの部員達がボールを触って感覚を慣らしていたが、星飾りをつけた金髪の少女だけは、未だボールに触れず走り続けており、ふと気になって目で追う。

 

「ホープが気になんのか?」

「ホープ……あの人の名前ですか」

「おう! あいつは山本希望(やまもとほーぷ)ってんだよ! ポジションはDFだな!」

 

 伊槌の言葉をにこやかな顔で木崎が肯定する。

 

「あいつはこだわりがつえーんだよ、ルーティーン? っつうのを曲げんのが嫌だーってずっと言ってんだ」

「へえ……」

 

 軽くリフティングでボールを弄びながら、そう呟く。スポーツにおいてメンタルは時に技術より重要だと伊槌は理解している。故に彼らは精神を落ち着ける術を持ち合わせており、そのコントロールの術が彼女にとってはランニングなのだろう。

 軽く息をついて、次の瞬間には鋭く息を吐いて大きくボールを真上に蹴り上げた。落ちてくるボールに視線を合わせ、右足を伸ばして寸分違わぬトラップを試みる。狙い通り、ボールは一瞬で勢いを殺され伊槌の足元に収まった。調子が良い。伊槌が軽く笑んだ。

 

「うおっ、すげぇ! やっぱ細かいとこでも上手いなぁ!」

「どうも。FWにとってトラップは重要な技術ですよ」

 

 木崎が苦笑いして目を逸らす。苦手らしい。

 リフティングを続けながら、少し周りを見渡してみる。明凪は優れたコントロールで軽いドリブルをしており、意外と言っては失礼になるかもしれないが、梵場も軽快にボールを操っていた。様崎も、やはりDF離れした技術を持って、曲芸のようなリフティングで遊んでいる。

 反面、宵闇のボールタッチは覚束ない。完璧に初心者のようだった。

 

 やがて様崎が招集をかけ、2人組でのパス交換の基礎練習が始まる。相も変わらず様崎が勝手に練習相手を指名していき、伊槌は無籐と組むことになった。

 

「お願いします」

「ああ、無ェとは思うが手は抜くなよ?」

 

 心配ご無用、とばかりに伊槌が鋭い弾道のパスを出す。難なくトラップした無籐は、満足そうに凶悪な人相を歪めて強くパスを返してきた。伊槌も人とボールを触ることで気分が上がってくる。

 

「今のうちに聞きてェ、お前の得意なプレーはなんだ?」

「オフ・ザ・ボールでDFを剥がす動き、あと裏への抜け出し、とかだっ」

 

 しばらく無言で進んでいたが、唐突に無籐が質問を挟む。返答しながらも、2人は変わらず右足で左足で、グラウンダーでループでとさまざまな種類を織り交ぜながらパス練をこなしていた。やはりポジションの違いか、無籐のパスに比べ伊槌のパスは少しズレが目立ってくる。

 

「ハッ、とりあえず、パスは得意じゃねェみたいだな」

「……今だけだ、俺が目指すのは、得点もアシストもする完璧なストライカーだ」

「そいつは頼もしいなァ」

 

 伊槌のパスを完璧にトラップした無籐が様崎の方へ向く。そのジェスチャーが引き金になったかのようにパス練が終わり、ミニゲーム形式の練習が言い渡された。

 

「じゃあ、まずはこのゲームでお前の理想を見せてもらおうかァ」

「……ハッ、上等」

 

 練習内容はハーフコートを使った2on2のミニゲームだ。守備的なポジションと攻撃的なポジションの選手達で別れ、それぞれコンビを変えながら回していく。

 最初は伊槌と梵場が組むこととなった。お誂え向きに、相手は靴木と太田の三年生コンビに決定する。

 

「梵場、得意なプレーはあるか?」

「かわい子ちゃんの扱いには自信があるね」

「は?」

 

 直前の観察から柔らかいボールタッチを持っていることは分かっていたが、確認とばかりに聞いた伊槌の問いに意味不明な答えを返して来た。聞けば、梵場はボールのことを「かわい子ちゃん」と呼んでいるらしい。伊槌はサングラスを叩き割りたくなったが、ギリギリで堪える。

 血管の浮き出る右手を押さえつけながら、梵場と並んでボールに足を乗せる。ディフェンスの二人も準備万端のようだ。

 

「だけどぶつかり合いは苦手さ。太田先輩は頼んだよ」

「……分かった。パスさえくれれば決めてやる」

 

 やれやれと言いたげに肩をすくめる梵場に相槌を打つ。伊槌もフィジカル的に優れているわけでは無いが、仕方がない。口元を拭って、軽く精神を落ち着かせる。高鳴る鼓動を押さえつけるように、目を薄く閉じた。

 

「よーし、じゃ、はじめ!」

 

 様崎の号令と共に目を開き、すかさず梵場にボールを渡す。彼は軽快に持ち上がっていき、予定通り靴木とマッチアップの形を作った。伊槌はその横を通り抜け、太田を背負い前方にパスコースを作り出す動きを見せる。

 

「うっ……強い……!」

「出せ!」

 

 腕を使って、意外なほどあっさりと太田を抑え、半身に構えてパスを要求する。梵場は伊槌の方をちらりと見たが、すぐさま視線を外し、ニヤリと笑って靴木に勝負を仕掛けた。

 

「今は僕のターンさ!」

「来い」

 

 梵場がボディフェイントや軽いフェイクで揺さぶりをかけるも、靴木は抜かれるわけにはいかないとばかりに全て対応していた。伊槌はその様子に歯噛みする。

 

「何してんだ、ワンツーで抜くぞ!」

「君に頼らずとも、僕が抜けるさ!」

 

 梵場はポジションを取り直しパスコースを作る伊槌に目もくれずドリブルを続ける。埒があかないと判断したのか、1度舌打ちをした後、太田を引き連れながら裏抜けを狙いつつ、梵場が1on1しやすいスペースを提供するムーブへと切り替える。

 先ほどから靴木も早い対応をして、何度か足を伸ばしているが、梵場の独特のボールタッチがロストを許さない。自信があるのにも頷けるテクニックの高さを見せてくる。それに対応する靴木も、なかなかの力を持っていることが読み取れた。

 

「何度もやられんぞ」

「流石ですね……それなら」

 

 状況を打破するために、梵場がボールを引き戻しながら若干距離を取る。詰めれば抜かれると感じたのか、靴木のプレッシングは少し弱い。機は逃さないとばかりに、梵場がボールを足に乗せて逆立ちの体勢になった。何か仕掛けると直感した伊槌は、ゴールから膨らむように走り出す。

 

スピニングドライブ!

「くっ、しまった……!」

 

 コマのように激しく回転し、高速で靴木を置き去りにする。さながらブレイクダンスのような絶技を持って梵場は1on1を制してみせた。

 

「靴木くん!」

 

 太田が迷ったように足を止める。梵場へプレスをかけなければノンプレッシャーでゴール前まで運ばれてしまうが、実力未知数の伊槌を放っておくのもリスクを感じる。その刹那の迷いを見逃さず、プルアウェイの動きで太田を動かし、ゴールから遠ざかっていた伊槌が、オフサイドにかからないよう、一瞬スピードを緩め、そして急激にスピードを上げながら進路を変えてペナルティエリアに切れ込んだ。

 

「今だ!」

「あっ!」

 

 理想的なオフ・ザ・ボール。今回は梵場もその動きに反応し、自身の真正面、太田の横を通すスルーパスを出す。咄嗟のアクションに対応できず、エリア内、ゴールの正面で伊槌にフリーでボールが渡った。

 

「決めなよ、伊槌くん!」

「もらった……!」

 

 得点を確信し、ダイレクトでシュートフォームに入る。

 だが、その瞬間。

 

「……!?」

 

 振り上げた右足が固まる。軸足が揺らぐ感覚を覚える。足元が崩れていくような錯覚の後、ぎこちなく放たれたシュートはクロスバーの上を通り越して外れていった。

 両の足から力を失った伊槌が倒れる。信じられないと雄弁に語る目を大きく見開いて自身の両足を視線を落としていた。

 

「…………くそっ」

 

 震える足に叱咤するように、忌々しげに呟く。太田が近づいてきて、大丈夫かいという言葉と共に手を貸してくれた。努めて不機嫌を表に出さないよう、礼を言ってその手を掴む。

 

「すごいね君! シュートはともかく、ボールを持ってない時の動きが抜群だったよ、僕なんかじゃ止められないなぁ」

「……はは、ありがとう」

 

 伊槌が力なく返す。

 ──決められなきゃ意味ないだろ。

 過ぎる思考を頭を振って振り払う。列に戻る最中、梵場に声をかけられた。

 

「調子が悪かったかい? まあ気にすることないさ」

「……悪い」

 

 労う言葉に自分への苛立ちを隠せない。不甲斐なさに頭が沸騰してきたが、目元を拭って気合を入れ直す。ふとすれ違った無籐が、感情の読めない瞳で肩に手を置き、そのまま去っていく。伊槌は、他人に労われ続ける自分が情けなくて仕方なかった。

 浅く息をついて列の最後尾へと並び直した。次のマッチアップは無籐・木崎の攻撃側と様崎・宵闇の守備側となっている。新入部員のお手並み拝見とばかりに、無籐が肩を回す。

 

「新入りィ、お前の力も見せてみろやァ!」

「怖っ……そんな声出さなくても聞こえますよ……」

 

 無籐の宣戦布告に宵闇がビクついている。だがすぐに切り替え、無籐たちも様崎たちも数秒戦術を確認しあった後、4人が前を向いて相対した。

 

「今日こそキャプテンを負かしてやるぜ……!」

「楽しみにしてるよー」

 

 無籐が軽く手を挙げる。準備完了の合図だ。様崎に変わって号令役に入った三刀屋がそれを見て頷いた。

 

「ハジメー!」

 

 元気のいい号令と共に無籐がドリブルで持ち上がる。その進路に立ち塞がるのは様崎だ。木崎は無籐の斜め前方にパスコースを作るポジショニングをし、宵闇は様崎をカバーできる位置に陣取っている。

 無籐たちのマッチアップ。ドリブルを止めて正面から向かい合い、無籐が笑う。

 

「当たってくるのはキャプテンだってのは読めてたぜ」

「ふーん? じゃあ抜き方も用意してるのかな?」

「当たり前だろうがァ!」

 

 無籐が様崎に突っ込む仕草を見せ、様崎が構えた。だがその動きはフェイクであり、ノールックで前方の木崎へと正確なパスを供給し様崎の横を抜けていく。

 パスを受け取った木崎はノータイムで無籐とワンツーを狙ったが、様崎が驚異的なアジリティで無籐に追い縋っているのを確認して、仕方なく自分のドリブルで持ち上がる。

 

「しゃあ! 俺がぶち抜く!」

「はぁ……仕方ないですね……」

 

 勢いよく突っ走る木崎のドリブルコースを宵闇が塞ぐ。無籐たちは並走していたため、パスの選択肢も木崎には残されていた。だが、木崎はそれを見て減速するどころか加速し始める。宵闇はその意図が読めなかったが、自棄になったわけではない。何故なら、巻き上がる炎が木崎の体を包み込んでいるのだから。

 

ヒートタックル!

「うわ、容赦なし……!」

 

 初心者に躊躇なく必殺技を切ってきた木崎に宵闇が目を見開き、炎に包まれた強引なドリブルに吹き飛ばされる。目の前が空いた木崎は口角を上げてシュートの体勢に移行した。

 

「よしっ! 食らえ、俺の必殺シュート──」

「させないよっ!」

 

 だが、宵闇が抜かれることをいち早く察知していた様崎が無籐のディフェンスを捨てて木崎にプレスをかけてきた。慌てて振り上げた足を戻した木崎はギリギリ体を入れて、様崎からボールを保持する。様崎は手をクイクイと動かした。

 なんとか背負っていた木崎にかかる様崎からのプレッシャーが途端に弱くなった。何故だかはよく分からなかったが、これはチャンスだと認識した木崎がポストの体勢のままフリーのはずの無籐へパスを出そうとする。

 

「無籐先輩!」

「……! おい、今出すんじゃねェ!」

 

 突然の指示に驚いた木崎だったが、時すでに遅く、正確性を狙った遅めのパスが彼らの間を動き始めていた。そのパスを、木崎に抜かれていたはずの宵闇が狙い澄ましたかのようにインターセプトする。ここではじめて、木崎はこのパスが様崎たちに出すことを望まれていたのだと理解した。

 

「や、やった……」

「ナイスプレー黒ちゃん! よしよーし」

「黒ちゃん……?」

 

 奪ったボールを信じられないような歓喜の目で見ていた宵闇に、様崎が抱きしめて頭を撫でる。宵闇は呼び名に疑問を持ちながらも、身を捩ってくすぐったそうに体を預けていた。

 無籐が頭を掻きながらため息をつく。

 

「キャプテンが新入りに手でコーチングしてたんだよ、パスカットを狙えってなァ」

「うわー! 嵌められたのかよー!」

 

 木崎が頭を抱えて叫び、がっくりと肩を落とす。新入部員にいい格好ができなかったことを悔やんでいるらしい。

 列に戻ってきた木崎を伊槌が労う。

 

「お疲れ。惜しかったぞ」

「くそー……なあ、お前だったらどういうプレーした? 教えてくれよ」

 

 木崎の問いに無籐も少し反応した。彼も興味があると読んだ伊槌は、自分のプレーのビジョンを知ってもらうためにも話すことにする。

 

「俺が木崎の立場だったらか……まず、最初のワンツーの場面からだ」

 

 先ほど木崎がボールを受けた場所を指さして言う。

 

「ボールを受けて、走っている出し手がDFを振り切れないと思ったら、『止まれ』と指示する」

「へえ、どうしてだい?」

「走っているDFを一瞬振り切れるからだ。そうしたらパスができる」

 

 梵場も聞いていたようで話に入ってくる。彼の質問と共にプレーを補足し、自分の思考に理解を深める。

 

「そして今度こそワンツーで俺が抜け出す。そしたらカバーが当たってくるから、キープして出し手の動きを待つ」

「出し手がDFを振り切れなかったらどうすんだァ?」

「ドリブルで近づきつつマッチアップしてるDFを下げていく」

 

 今度は無籐が説明を求めてくる。その問いにも、伊槌は淀みなく対応してみせた。

 

「近づいて、DFがこっちに釣られたらそいつを使う。釣られなかったら、そいつに当ててスルーパスを出させて俺が決める」

「……なるほどなァ、随分自分のシュートに自信があるじゃねぇか」

 

 そのような意図はないだろうが、伊槌の耳にはそれが妙に嫌味ったらしく響いた。睨むように目を見つめ返し、自分自身に宣言するように言う。

 

「一番点が取れる選手は俺だからな」

「随分な自信だね。僕も負けてないよ」

「俺もだぜ! エースストライカーは俺だからな!」

 

 その言葉で波紋が広がったように木崎たちも声をあげた。活気に溢れる彼らに、伊槌の口元が少し綻ぶ。

 

「……はッ、自信があるのはいいことだ。勝つことに拘らないよりずっとな」

 

 遠くを見て、誰に言うでもなく無籐が吐き捨てるようにつぶやいた。

 

 次は山本と三刀屋のコンビが準備をしていた。攻撃側の明凪は、少しきょろきょろと周囲を見渡した後、伊槌の方を見て顔を明るくしながら寄ってくる。自分への視線だと言うことにしたい梵場がポーズを取り出した。

 

「伊槌先輩、組んでください!」

「……ああ、そういえば人数が足らないのか」

 

 憲戸中の現在のスカッドはFW3人、攻撃的MFが2人、守備的MFが1人、DFが5人の計11人で構成されている。GKがいないことを除けば、そこそこバランスは良いと言えた。

 伊槌は明凪の頼みを唯々諾々と受け入れた。彼自身も、先ほどのプレーは自分自身の中で看過できるものでは無かったからだ。

 

「ありがとうございます、先輩!」

「ああ、いや……当然のことだろ」

 

 人当たりのいい明凪に伊槌がむしろ困惑する。ピッチ上では上下関係を気にせず荒い言葉使いになる伊槌にとって、丁寧に接されるのはむしろむず痒かった。

 

「くっ、伊槌め……子猫ちゃんを誑かしやがって……!」

「逆恨みがすぎんだろ……」

 

 所在なさげに頭をかく伊槌に、梵場の大人気ない視線が突き刺さる。伊槌は完全に無視していた。

 明凪と戦術について話をしようとしたタイミングで、金髪のおさげが目につく女子がざっざっと足音を立てて近づいてくる。それは木崎に紹介され、そして守備側選手の山本だった。

 

「新入部員が相手ね! 言っとくけど、容赦しないから!」

「……俺も手なんか抜かないさ。あと、新入部員じゃなくて伊槌鳴哉、改めてよろしく、山本」

 

 威勢のいい宣言に少し笑みを返し、伊槌が自己紹介と共に手を出す。だが山本はその手を握らず、全身で不満を表現しながらさらににじり寄ってきた。

 

「はあー!? 山本なんて地味な名前で呼ばないで! ホープちゃん、分かる!? ホ・オ・プ・チャ・ン! さん、はい!」

「ほ、ホープちゃん……」

「それでよし」

 

 突然いきり立った山本──ホープに詰め寄られ、勢いに呑まれた伊槌が引きながら声を絞り出す。ホープもその呼び名に満足したようにうんうんと頷いて三刀屋の元へと歩いていった。伊槌は調子が狂わされっぱなしなことに疲れを感じる。

 

「面白い先輩ですね、やっぱサッカー部に入ってよかったです!」

「……俺は少し後悔してる」

 

 明凪との雑談もほどほどに、気を取り直して戦略を練っていく。

 

「得意なプレーはあるか?」

「テクニックとスピードには自信ありますよ! まあシュートは……ちょっと……」

 

 そういってあはは、と乾いた笑いを出す。フィニッシュが苦手なのは、言い方は悪いが伊槌にとってはむしろ好都合だった。

 三刀屋たちの方を確認しながら、スペースを指さしつつお互いのタスクを明確化していく。

 

「ゴール前まではお前のドリブルとパスで繋ぐ。ゴール前になったら渡せ、決めてやる」

「はい! でも、私が点をとってもいいんですね?」

 

 明凪が挑戦的に微笑む。伊槌も無意識のうちに破顔した。

 

「……最も得点の確率が高い選択をする。それが良いFWだ」

「分かってますよ、頼りにしてますね!」

 

 三刀屋たちも戦術を決めたようで、既にゴール前に鎮座している。伊槌が数分前のシュートミスを脳裏に過らせ、ゴールへの渇望と共にボールに足を乗せた。

 

「よーし、はじめ!」

 

 恒例となった様崎の号令と共に明凪にボールを渡し裏へと走る。カバーリングには三刀屋が残り、相方のホープは、DFとは思えない猛烈なスピードで明凪にぶち当たりに行く。

 

「っ、気をつけろ! そいつ早いぞ!」

「うわっ!」

 

 瞬く間に明凪との距離をゼロにしたホープが先手必勝とばかりに足を伸ばす。だが、伊槌の言葉もあってか明凪が素晴らしいボール捌きでそのタックルを回避した。

 

「むぅ、今ので決めたかったんだけどネ」

「そう簡単に行かせるかよ……」

 

 明凪がホープに対してドリブル突破を図るが、すばしっこいホープに対して決定打を出すことができずズルズルと追い詰められていることを認識した伊槌は、ぐんと距離を詰め簡単なパスコースを作る。

 

「一旦預けて走れ!」

「うっ、お願いします!」

 

 ホープを一瞬剥がした明凪が下がった伊槌の足元に当てる。当然プレスに来た三刀屋を背負った伊槌は、何故か太田の時より強い圧力を感じた。

 予想以上のプレスの速さに少し驚いた伊槌だが、落ち着いてボールをキープする。が、その伊槌に対しても、ホープがすかさず超スピードのタックルをお見舞いしようと突っ込んできた。

 

「遅いわね! サッカーはスピードが全てよっ!」

「……っ!? 実際来ると思ったより速い……けどな!」

 

 ホープが走ったことによって空いた明凪に難なくパスを返す。明凪は伊槌の要求通りしっかり走っており、フリーで右からドリブルを使って持ち上がっていく。

 その動きに呼応し、三刀屋がゴール前へ戻った。対照的にホープは猪突猛進に明凪にプレスをかける。2人のプレーには一切の迷いがない。ホープはプレス、三刀屋はカバー。これは計算されたものだと伊槌が理解するのに、数秒も要らなかった。自由になった伊槌はゴール前でポジションを取る。

 

「逃げらんないわよ!」

「さっきは驚きましたけど、2回目は!」

 

 背後から勇猛果敢に飛び込んでくるホープの足を、明凪がしっかりと読んで回避する。その勢いのままホープが前方に立ち塞がったことを確認して、白い歯を見せた。

 明凪が力強く跳躍する。太陽も出ていると言うのに彼女の背後に三日月が登り、その月をなぞるように明凪が回転して強い風を起こした。

 

三日月の舞!

「きゃっ、必殺技!?」

 

 虚をつかれたホープが風圧に耐えられず倒れる。完全にフリーになった明凪が水を得た魚のようにスイスイと持ち上がって三刀屋と相対する。

 三刀屋は距離を取り、伊槌にも明凪にもカバーできるポジションに立っていた。数的不利で攻撃を遅らせる、気の利いたプレーが上手い選手だ。

 

「行かせないヨ!」

「私が行けなくても……先輩!」

 

 明凪が打て、とメッセージを込めたパスを上げてくる。当然三刀屋もシュートコースに入ってくるが、伊槌の目にはゴールしか見えなかった。

 刹那、明凪からの浮いたボールを目にも止まらぬスピードで右足を引き戻すことでボールの下を蹴り抜き、その場で回転させる。そして、引いた勢いをバネに強烈なボレーを叩き込んだ。足と回転の摩擦によって発電が起こり、眩い光がボールを覆う。

 

電閃……!」

 

 やはり足が固まる。それでも伊槌は意地で足に力を込めた。このシュートが自分を高みに連れていってくれた、このシュートが再び自分サッカーを与えてくれた、あの時のように、ネットに突き刺すために。

 

「いっ、けぇ!」

 

 昨日より威力が落ちているが、それでも必殺の一撃。素早いシュートに三刀屋は必殺技でのシュートブロックは間に合わないと判断し、足を伸ばすもつま先を掠めただけだった。

 

「まずいネ……!」

 

 決まれ──。

 だが、伊槌の心からの願いとは裏腹に、シュートは残酷にも左ポストを掠めて外れた。

 

「……っ!? くそっ……!」

 

 シュートを蹴り抜いて倒れた体勢のまま、伊槌が土のグラウンドを叩く。思い通りに入らないシュートに腹が立つ。踏ん切りをつけたはずなのに過去を振り切れない女々しい自分に腹が立つ。不甲斐なくて仕方がなかった。

 だが、悲劇はそれだけでは終わらない。

 

「……! あ、危ない!」

 

 太田が突如大声をあげる。

 珍しげに目を見開いた様崎が太田を見やり、その視線の先には、伊槌の放ったシュートの軌道上を歩く女子生徒がいた。

 

「わっ、君! 避けて!」

「え……? きゃっ!」

 

 黒髪で両眼が隠れた、憲戸中の制服を着た少女。異常を察知した伊槌も、弾かれたように顔を上げながらも、動けずにいた。

 シュートが空を裂いて飛んでいく。曲がりなりにも、それは中学年代最高峰のFWが放ったシュートだ。距離による威力の減衰があるとは言えまともに当たればタダでは済まない。伊槌の脳裏に最悪の想像がよぎった。

 

「避けろ!」

「……ッ、どうにか……!」

 

 もはや衝突は避けられない。少女は最後の抵抗とばかりに両手をパンチのように突き出した。

 瞬間、ボールと接触する。拳とシュートは一瞬拮抗し、そして、シュートが苦もなく少女のパンチで跳ね返された。

 

「……は?」

 

 伊槌の足元に、少女が殴り飛ばしたボールが転がってくる。ジャストミートしなかったことや距離による威力の低さを考えても、必殺技を打ち返すことない尋常ではない。伊槌は呆気に取られていた。

 だが、その場で動き出す影が1つ。ピンク色の髪を弾ませながら少女に近づく様崎だった。

 

「君すごいねー、名前なんて言うの?」

「え? あ、えと……久良島 杏菜(くらしま あんな)です……」

 

 距離感の近い様崎に押されているようにオドオドとした様子で久良島が自己紹介をする。様崎はニコニコと笑って彼女の手を取って立ち上がらせた。

 

「ねえ! サッカー部入ってくれない? 君すごいと思うよ!」

「え……そんな、急に……」

 

 久良島が下を向いて困ったように頬をかく。だが、様崎の熱い視線に負けたのか、ううぅ、と呻きながらも前を向いて様崎と髪で隠れたその目を合わせた。

 

「元々、興味はありました……でも、初心者ですよ……?」

「大歓迎だよ!」

「……それじゃあ」

 

 控えめに了承の言葉を紡いだ久良島に、様崎が今日一番の笑顔を見せて、満足そうに頷く。用意周到に、ポケットから入部届を出して久良島の手に握らせた。

 

「楽しみだなぁ、ポジションどこやりたいとかある?」

「……えっと、GKとか……」

「わぁ! じゃあスタメン確定だね!」

 

 控えめな久良島と少々強引な様崎。しっかり話が続いているところを見ると、2人の相性は意外と良いのかも知れなかった。

 伊槌は人に怪我を負わせなかった安堵感と、少々のプライドの傷を自覚しながら久良島に近づいていく。男子が近くに来たからか、久良島が少しびくっと肩を震わせた。伊槌は努めて優しい声を出す。

 

「ああ、えっと……久良島さん、だよね。シュートを当てそうになってしまって、本当にごめんよ。怪我がなくてよかった」

「あ、良いんですよ……わざとでは、ないんですから……」

 

 お互いに頭を下げ合う謝罪合戦に入りかけたところを、様崎が制止して場を取り持ってくれた。そこから一言二言話して、伊槌も元の場所に戻っていく。

 帰ると、梵場と木崎が、いつの間にか先ほどまでいた場所を陣取っていた。

 

「伊槌ぃ、お前は今日随分な数の子猫ちゃんと仲良くなったみたいだけど、僕の方が美しいことを忘れないでくれたまえよぉ?」

「だから、逆恨みがすぎんだろ! そもそも今のは謝りに行っただけだし!」

 

 梵場が下から目線でガンを飛ばしてくる。木崎は律儀に突っ込んでいた。賑やかな面々に、伊槌の頬が少し緩む。

 靴木も輪の中に入ってきて、厳かに口を開いた。

 

「とりあえず、今日の練習は終了だ。疲労を溜めるなよ」

「分かってます」

 

 伊槌の言葉に2人も頷いて同調する。そんな4人の元に、1人の少女が走り寄ってきた。

 

「あ、あの!」

「ん? どうした」

 

 代表して靴木が言葉を返す。声をかけてきたのは、若草色のショートカットをした小柄な少女──否、梵場が以前怒らせたあの少年だった。

 

「君はあの時の……」

「あっ、はい! あのアフロヘアーの人と一緒にいた方ですよね」

「知り合いなの?」

「ええ、まあちょっと色々……」

 

 伊槌は、少年の尊厳を守るためにも色々の部分は言葉を濁した。話をしていた靴木も、知り合いならお前が対応しろと言わんばかりに、視線を投げてきている。気まずかったが、伊槌が話を繋いだ。梵場は例の平手が効いていたのか、大人しくしていた。

 

「それで、どうしたんですか?」

「はい、1年、橘花 桜華(たちばな おうか)です! 僕を、サッカー部に入れてください!」

 

 その言葉とともに、空気を切るほど勢いよくお辞儀をする橘花。伊槌も少し呆気に取られたが、彼の言葉をしっかりと咀嚼し終え、にこやかに返事をした。

 

「もちろん、喜んで。僕からもキャプテンに話を通します」

「……! ありがとうございます!」

 

 そう言って爛漫に笑顔を咲かせる彼の顔は、やはりどこからどう見ても少女にしか見えなかった。

 伊槌の後ろでは、梵場たちがコソコソと話をしている。

 

「気をつけろみんな、あの子は男子だ。まあそれはそれとして美しいけどね」

「は? 嘘だろ……名前も女の子じゃねーか」

「……人は見かけによらない、と言うやつか」

 

 何はともあれ、部員が揃った。

 これで当面の危機は回避し、憲戸中サッカー部がついにチームとして生まれ変わったことに伊槌は安堵感と、そして熱を覚える。

 これで試合に出れる。今日の練習で、ネガティブな面でも、ポジティブな面でも大きな収穫があった。

 勝ちたい──その思いが伊槌の胸の中を焦がす。まずは、次の練習試合からだと、改めて気合いを入れ直す。

 

 だが、この時はまだ誰も知らない。

 よもや、新チームとしてはじめての試合が──

 

 

 

 ──青森の絶対王者になることなど、誰も知らなかった。




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