イナズマイレブン〜蘇る雷鳴〜   作:暁の教徒

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ちょっと遅れてすいません。


4話:絶対王者

「ウイングは大外で張れ! ボランチもみんな上がってこい!」

 

 人工芝のピッチの上、22人が入り混じるその上で、深緑色のユニフォームに、10番の黄色いビブスを身につけた少年が、ドリブルで疾走しながら空気を裂くような鋭い指示をフィールド中に飛ばす。

 彼の指示を受けた、同じくビブスを身につける者たちは、その言葉を疑うことなく、従順に命令を遂行する。

 局面はロングカウンター。出来るだけ手数をかけず攻め切りたいこの状況で、彼はクリアボールを収め、ハーフラインまでたった1人でボールを運んできた。

 

「パスコースあるぞ!」

 

 彼の横には、こちらを伺いながら並走する少年のサポートもある。攻め切る形はイメージできた。

 しかし、そのイメージをぶち壊すために、彼と同じく深緑色のユニフォームを着た、ビブスをつけていない2人の選手が立ち塞がる。

 

毛利(もうり)、ボールホルダーに当たれ!」

「わァーてる! 通さねぇ!」

 

 ドリブルで進んでいた少年に、青紫色のオールバックに髪を纏め、左目に傷を持つ少年、毛利が果敢にプレスをかけてくる。

 

「くっ……!」

 

 周囲が裂けるような鋭い足音で猛進してくる毛利に少しだけ恐怖を感じるが、サポートの少年とアイコンタクトを取って頷く。

 そのままぶつかる──その寸前まで引きつけて、毛利の足に引っかからないように少し浮かせたバスを斜め前に出した。

 

「行け!」

「よし……!」

 

 通った、2人がそう確信したパス。

 だが、パスを受けようとした少年の前に、突然緑色が映し出される。それは、このゲームが始まってから飽きるほど見た、深緑色のユニフォームだった。

 

「なっ……」

 

 突如現れたその影は、狙っていたようにそのパスを掻っ攫っていく。

 

「もらったぞ」

 

 右腕に、キャプテンであることを意味する黄色い腕章を巻いた、威圧感のある白髪の少年が呟くように口を開く。間髪入れず、鋭い楔のパスを出した。

 

「よ〜っと、ナイスパス〜」

 

 そのパスの先には、クリーム色のロングヘアをポニーテールにまとめた少女が待ち構えている。一瞬の出来事に置いていかれていたマークの選手が急いで少女にプレスに行くが、反転とともにするりとかわされてしまった。

 開けた視界の中、無意識的に首を振って周囲を確認する。左サイドで、少年が手を挙げてパスを要求していた。

 

奇崎(きさき)くん〜、パ〜ス」

 

 緩い口調とは裏腹に鋭く地面を削って転がるボールは、奇崎と呼ばれた少年のトラップで難なくコントロール下に収まる。ぴたりと止められたボールから技術の高さが伺えた。

 眼前にはディフェンスの選手が奇崎のアクションを待つように構えている。穏やかに笑みを浮かべながら、奇崎が言葉を紡ぐ。

 

「そう固くならないでくれ、僕のパフォーマンスを見て肩の力を抜くといい」

「……来るか……!」

 

 奇崎がドリブルでDFに仕掛ける。足がボールから離れた一瞬を狙い足を伸ばした彼だが、奇崎がつま先で軽くボールを浮かせただけでかわされてしまう。

 半身を置いていかれた状態だが、すんでのところでついていくことはできた。その選手を認めた奇崎は、足を止めその場に静止する。

 

「……?」

 

 当然、DFの困惑しながらも奇崎のマークを外さないようにスピードを緩めた。動きを止めたその瞬間、奇崎が軽く蹴り出したボールは股下を通り抜けていき、完璧に剥がした。

 

「しまった!」

「今日はこのくらいにしておこうかな、あとは頼んだよ」

 

 1人が抜き去られたことでディフェンス陣に混乱が走る。とにかくドリブラーの進行を止めようと、ディフェンスラインから1人の選手が奇崎にプレスをかけたが、彼は一瞬中央を確認した後、自分を後ろから追い抜いてきた、小さな影のランコースに転がすようにスルーパスを出す。

 黒と茶色の混ざった髪をして、犬の耳のような癖毛をはためかせながら、小柄な体格通りのスピードで、サイドを駆け上がってきたその少女に優しいパスが通る。

 

「あはっ、ウチに頼るなんて見る目ありますね!」

 

 ガラ空きになった左サイドを縦に抉りながら、ペナルティエリア内に視線を入れる。

 エリアに入っているのはセンターバック2人と絞ってきたサイドバックのDF3人に対して、こちらの選手は9番の1人だけ。流石に分が悪いと思い、キープして時間を作ろうとする。

 だが、彼女の視界の端。ペナルティエリアの少し前。

 必死に戻る相手の選手と、こちらに気を取られているDF達の間、致命的なバイタルエリアに佇む背番号10番を見つけた途端、パスこそが最善手だと、本能で理解した。

 

鎌野(かまの)先輩!」

 

 低弾道のロブパスが問題なく狙った人物、鎌野樹(かまのいつき)の足元に入る。その瞬間、ディフェンス陣に今まで以上の緊張が走ったことが肌で分かった。

 

「ふぅ……やっちゃうっすかね」

 

 鎌野がゴールを見据える。戻ってきていたMFが2人がかりで鎌野を挟み込もうと猛烈なプレスをかけてきていたが、彼は意にも介していないようにボールを運ぶ。

 

「舐めるなよ、2人でなら取れる!」

「パスコースは切れ! 奪ってカウンターだ!」

 

 プレスをかける2人が素晴らしい連動を見せて鎌野を追い込んでいく。挟み撃ちの形になり、潰せる──という感覚は、まやかしだったと気づく。

 

「コース、全然切れてないっすよ」

 

 流れるようなモーションで鎌野が右足のアウトサイドキックを振り抜き、中弾道の鋭いパスが、針の穴を通すようにDFの顔面の横を通り抜けていった。強いカーブがかかっており、ペナルティエリアのほぼ中心に落ちていくような素晴らしいクロスボールだ。

 

「何!? でも、あんなエグいパス……!」

 

 FWが収められない、そう続くはずだった言葉も途中で切れる。

 9番の少女が、白灰色のポニーテールを揺らして飛んだ。比喩ではなく、突然のパスに足を止めたマークをステップで外し、鎌野からの鋭いボールを、空中で胸トラップをして収めてみせた。

 

「流石のパスです。グッドです」

 

 パスの弾道も、強さも、全てその少女の能力を活かし切るかのようなギリギリのパス。何よりそのハイレベルなパスを要求通りに収めてみせた少女に度肝を抜かれる。少女は既にシュートモーションに入っていた。

 

「マジで一年なのかよこの化け物が……! 好き放題やらせるかよ!」

 

 だが、DF達も出し抜かれるだけではない。すぐさま気を取り直し、決死の覚悟でシュートコースに体を投げ出す。

 だが、大きく振りかぶった少女の足から放たれたのは、シュートではなかった。

 前方に落とすような優しいパス。誰へ宛てたものなのか、一瞬誰もが理解できない。そのパスに、1人飛び込んでいたその少女を除いて。

 

「アッハハハハ! 決めるぞぉぉぉ!」

「やっちゃえー」

 

 少女の気の抜けた声援に押されるように走り込んできたのは、先ほどとは違う小柄な少女。赤の混じった長めを黒髪を振り乱しながら、獰猛な笑みを浮かべてボールに突っ込んできた。GKは虚を突かれ、体勢が整っていない。

 

 少女はお構い無しにボールを足を叩きつける。その背後にはいつのまにかハリネズミの大群が迫ってきており、皆一様に、逆立てたそのハリをゴールに向けていた。

 足を叩きつけられたボールが中空に浮かぶ。少女の絶大なパワーで上げられたそのボールに、先ほどのハリネズミ達のハリが斉射され、見るだけで痛々しいスパイクボールに変貌して少女の足元へ導かれるように落ちてきた。

 

「うけてみろっ! ヘッジホッグストライク!

 

 刺々しいボールを、力の限りのキックで少女の足から打ち出される。咄嗟のことに必殺技が打てる体勢が整っていなかったGKだったが、それでもプライドにかけて両手を叩きつけた。

 

「ぐ……うおお!」

 

 裂帛の雄叫びをあげて全身に力を込める。

 だが、届かない。元より実力差があることは明白な上に、必殺技を使わずに必殺技を止めるなど、無謀という言葉ですら生温い愚行だ。

 案の定、両腕が弾き飛ばされ、GKごとネットに突き刺さる。これで5失点目だった。

 

「おーっ! 見たか! リューのシュートがまた入ったぞ! あはははは!」

「ナイスシュートです、鉢鐘(はちがね)さん」

 

 得点した少女、鉢金が飛び跳ねて喜びをあらわにしている。アシストした女子もぱちぱちと乾いた拍手をしながら彼女に賞賛の言葉を送った。

 そして、ピッチの外から長く笛が吹かれる。ゲーム終了の合図だった。

 

「練習終わりだ、スタメン組は集合、Bは10分休憩の後基礎練!」

 

 カウンターの起点となった白髪のキャプテンが声を張り上げ、ビブスを着た11名が項垂れた様子でピッチを後にする。練習とはいえ、大敗した事が精神的にきている様子だった。

 ユニフォーム組の11人は、近場のBチームメンバーを労いながら、笛を吹いた老年に差し掛かっているであろう壮年の男性の元に素早く集合する。眼鏡をかけ、白い顎ひげを蓄えた姿は、知的な雰囲気と共に、ただ者とは思えない貫禄があった。

 

「お願いします!」

 

 キャプテンの号令と共に11人全員が一糸乱れぬ動きで礼をする。その中には目の前の男性への信頼と、チームとしての強い団結力が見て取れた。

 

長宗我部(ちょうそかべ)。5点目のカウンター……何か感じたことはあるか」

「……そうですね。繋ぐ意識が強すぎて少し前進が遅い印象がありました」

 

 キャプテンの長宗我部がそう答える。男性は重々しく頷いた。

 

「そうだな。もっとシンプルにスペースに出していい。鉢鐘や童部留(どうべる)と言った瞬足のプレイヤーがいるのだから、それを活かすべきだ」

 

 犬耳の少女が名前を呼ばれてピクリと反応した。褒められた事が嬉しかったのか、少し口角が上がっている。

 咳払いをして場を仕切り直した男性の視線が、鎌野を捉えた。

 

「鎌野、蓮水(はすみ)。やはりお前たちはプレーの波長が合っていると見える」

「そうっすね。どういう事がしたいのかは何となく分かりますし、俺の想像すら超えてくれる」

「ありがとうございます。いぇーい」

 

 鎌野が頷き、アシストした少女、蓮水もピースして肯定の意を示す。礼を欠いているような行動に、隣の長宗我部が軽く頭をはたいた。

 さて、という男性の声に、再び彼らに集中が戻る。「青森附属」の刺繍が施されたシャツの裾を直し、全員の視線を確認して再び語り出した。

 

「練習試合の日程が決まった。期日は今週の日曜、集合時間は7時にここ、青森附属中だ」

 

 皆一様にメモを取る中、キーパーユニフォームの、頭皮で太陽光を反射している少年が手を叩きながら口を開く。

 

「時に陸奥(むつ)監督! 対戦相手は決まっているのですかな?」

 

 輝く笑顔で監督の男性に質問をぶつける彼に、陸奥監督は鷹揚に頷いた。

 

「焦るな獅子豪(ししごう)。今から言おうと思っていた。確か対戦相手は──」

 

 そう言って懐からA4サイズの紙を取り出し、少し間を開けてそれを読み上げる。

 

「──憲戸中学校というところだ」

 

 

 

 

────────

 

 

 

 

 

 金曜日。この日も何事もなく授業を終え、伊槌も部室への歩を進めていた。

 オンボロだと思っていた部室も、3日見続ければなかなかどうして趣がある。住めば都は本当らしい。

 伊槌は凝った体を解しながら歩き、朝に鉢合わせた様崎の言葉を思い返す。

 

『今日は顧問の先生から大事な話があるらしいから、放課後はすぐ部室に来てねー』

「大切な話ねぇ……」

 

 大方、以前梵場と軽く話した練習試合の件だろう。その日程や対戦相手が決まったのか、と思い至れば、勉強に疲労した伊槌の体に、否応なく活力がみなぎる。

 どこか弾んだ歩調で進んでいた伊槌は、気がつけば部室の前についていた。考え事をしながら歩いていた不注意を反省し、しかし期待にその思いはすぐに吹き飛んだ。

 

「こんにちは」

「おお、やっと来たか!」

 

 戸を開けると、既に自分以外の全てのメンバーが集まっており、木崎の待ちくたびれたような声に出向かれられた。伊槌も直接来たというのにずいぶん早い集合に面食らいつつも、軽く頭を下げる。

 

「よし、全員揃ったな!」

 

 いつぞやか様崎が陣取っていたホワイトボードの前で、ワイシャツ姿の精悍な男性が手を叩いて注目を集めた。彼は確かこの学校の体育教師をしている月並肇(つきなみはじめ)だったはずだと伊槌は記憶している。

 月並は久良島、宵闇、橘花、そして伊槌と新入部員たちの顔を一通り見回した後、腕を組んで白い歯を見せた。

 

「新入部員たちもこんなに入ってきてくれたか! これで名実ともに憲戸中サッカー新チームの始動だな!」

「いぇーい!」

 

 月並の言葉に様崎が雑に盛り上がる。踊り出した会議を諌めるように、無籐が口を開く。

 

「集めたからには理由があんだろ? 時間も押してんだ」

「ああ、そうだったな! 今日集まってもらったのは、練習試合の件についてだ!」

 

 その言葉に、にわかに部室がざわつく。予想していた伊槌も、喜びが隠せない。

 だが、ふと目についた太田は、どこか浮かない顔をしていたような気がする。伊槌が疑問に思ったのも束の間、月並がホワイトボードに何かを書いていく。

 それは何かの固有名詞。はじめはわくわくとした雰囲気でそれを見つめていた部員たちだが、進むにつれてその声も無くなっていった。伊槌と月並だけが、いまいちその理由を理解していない。

 場違いに月並の声が響く。

 

「対戦相手は、『青森大学附属中学』だ!」

「む、無茶です!」

 

 呆気に取られていた室内に、泡を食ったような太田の声が響き我に帰る。

 椅子を蹴り倒さんばかりの勢いで立ち上がった太田に呼応するように、様崎もゆっくり立ち上がる。

 

「……んー、私もやめといた方がいいと思うよー」

「うん、実力差がありすぎるし、やっても楽しくないと思うわ……」

 

 ホープも同調の声を上げる。サッカー部の中でも明るい彼女らが声を沈めているのを見て、伊槌もただ事ではないと認識を改めた。

 隣で呆然としている梵場に声をかける。

 

「青森附属中学ってところと試合するのは、何かまずいのか?」

 

 試合を前にして昂っているのか、伊槌の口調は崩れている。梵場はそんなことにも気づかないほど驚きに固まったまま、ぎこちなく話す。

 

「あ、ああ。僕はサッカーをあまり知らないけど、そんな僕ですら知ってることさ」

「……青森附属は、この青森県における『絶対王者』だ」

 

 背後から低い声が聞こえる。靴木のものだった。

 ホワイトボードの前で固まっていた月並も、ようやく回復し、少しだけ爽やかな笑みを翳らせ、太田に問う。

 

「え、えっと、どうしたんだ? 無茶ってどういうことだ?」

「せ、先生はあまりサッカーを見ないから知らないかもしれませんけど……とにかく、青森附属と僕たちじゃ試合になりません! ボロボロにされて終わりです!」

 

 穏やかな太田が声を荒らげて固辞しているのは、伊槌にとっては信じ難い光景だった。

 そんな太田の背中に、か細く声が刺さる。

 

「えっと……私はやってみたいです……まだまともに練習も出来てませんけど、試合が一番成長できる気がするので……」

 

 久良島が控えめに手を上げる。他の1年を見ても、皆同じ考えのようだった。

 

「強いとこと試合できるなんて、大歓迎ですよ!」

「僕も、自分の実力を試してみたいです」

「私は何でもいいですけど……まあ、やるっていうなら」

 

 それでも太田は、首を振って否定する。

 

「無理だよ……分かってないんだ……! 勝てるわけがない! 勝てないくらいなら、試合しない方がいいんだ!」

「……私もやりたくないなー、楽しくなさそうだし」

「え、えっと……サクヤがそういうなら、ワタシも無理にやる必要ないと思うヨ……」

 

 彼ら彼女らは首を振らない。

 平行線をたどり始めた押し問答を引き裂くように、その男は割り込んできた。

 

「俺はやるべきだと思う」

 

 白い髪をはためかせ、真摯な表情で様崎たちに視線を向けるその男は、伊槌だった。

 

「青森最強のところなんだろ? 必ず得るものはある」

 

 それに、と続け、一拍置いて、誓うように、確認するように宣言する。

 

「俺は優勝を目指してる。いつか倒すべき相手を前に、逃げてられない」

 

 その言葉に、太田が絶句して、飛び出そうなほどに目を剥いて正気を疑うような表情で伊槌を見ていた。

 

「そんな、こと……」

「無理ってか? 始まってもねェだろォがよ」

 

 伊槌の肩を叩きながら、無籐が挑発的に言う。ヒートアップを感じ取ったのか、月並が場の空気を霧散させるように大きく手を打った。

 

「あーっと、とりあえず練習を始めよう! やるかやらないかは、練習あがりまた集まって決める! そうしようか!」

 

 その言葉に、部員たちが蜘蛛の子を散らすようにさっさと部室を後にする。皆一様に思い詰めた表情をしていた。

 

「俺らもいくぞ」

 

 無籐に再び肩を叩かれて、伊槌がゆらりと振り返る。

 

「ああ」

 

 例えチームに炎がついておらずとも、伊槌の胸には強い闘志が爆炎をあげていた。

 この思いを、みんなにも知ってほしい。

 確かに敗北は恐怖だ。だが、それを乗り越えた先にこそ欲しかった未来はある。伊槌はそう確信している。

 俯くメンバーの背を思い出しながら、皆が重たそうに開けていたそのドアを、軽やかにくぐり抜けた。

 

 

 

 

────────

 

 

 

 

 

「これが憲戸中サッカー部だ」

 

 練習試合が近いこともあり、メニューはかなり軽いものだった。その中で、3人でのパス回しの最中に組みになった無籐が、呟くように口を開く。

 

「無理もねえがな。負け続きでみんな参ってんだよ。特に太田はなァ」

 

 鋭いパスが橘花の足元に出される。ぎこちなくも、しっかりと収めてみせた。

 伊槌がチラリと横を見れば、太田はプレーの精度を著しく欠いており、様崎ですらつまらないミスを連発していた。

 

「キャプテンたちは、試合前はいつもあんな風なのか?」

「いや、太田とホープ以外はそうでもねェ。青森附属って言う強大過ぎる敵がそうさせてんのかもなァ」

 

 橘花の柔らかいパスが伊槌の足元で止まる。受けてのことをよく考えたベルベットパスに伊槌が舌を巻いた。

 無籐が言うには、太田は敗北、そして勝利への執念そのものを恐れており、ホープは楽しいサッカーに固執しているらしい。

 軽いメニューながらも息を切らせて、橘花が余裕なさげに問う。

 

「はぁ……はぁ……青森附属って、そんな、強いんですか」

「……おォ。なんでも今年は史上最強って言われてるらしい」

 

 伊槌のスピードはありつつも精度を若干欠いたパスを無籐がなんとかトラップする。どうしてもシュート以外のプレーは凡庸だった。今は、シュートも凡庸以下だが。伊槌は唇を噛む。

 

「だがよ、あんなにも沈んでるキャプテンは初めて見たなァ」

 

 無籐が実に意外そうな声音でそう漏らす。狙い澄ました逆足でのパスが、しっかりと橘花の下へ届く。

 

「青森No.2って言われてる四壁恒星(しかべこうせい)とやるときも普通に楽しそうにしてたはずだ。青森附属になんか思うところでもあんのかねェ」

 

 橘花が今度はスピードを重視したパスを出してくる。難なくトラップし、時間をかけずに無籐にシュート性のパスを送り、それもしっかりと受け取ってくれた。

 ホイッスルの音がピッチに木霊する。終了の合図だ。正直物足りない練習量だが、ほとんどのメンバーが身に入ってないことを考えると早く切り上げた方が良いだろうとも思う。

 

「今日の練習はこれで終わろう。それと……試合の件はどうするか決めれたかい?」

 

 月並の質問に、さっきも否定的だった太田や様崎たちが俯く。気は変わっていないようだ。

 

「俺はやりたい」

 

 伊槌のその短い言葉に、注目が集まる。

 戻ってきたばかりで、逃げたくない。万感の思いが、その一行にこもっていた。

 

「相手が誰であれ、俺はこのメンバーでサッカーをしてみたい。俺はみんなのことを何も知らないんだ」

 

 薄く目を閉じて、呼吸を整える。こういう、士気を高めるようなことを言うのはやはり苦手だ。それでも、こんなところで諦めたくない、諦めて欲しくないと言う思いに突き動かされていた。

 

「だから、みんなのプレーを見せてくれよ」

「……後輩がここまで言ってるんだぜ?」

 

 無籐が援護するように様崎たちに問いかける。煮え切らない表情だが、それでも少し心動かされた様子だった。

 

「……ここで負けたら、僕たちは折れちゃうよ」

「立ち上がればいい」

 

 自分がそうしたようにと言外に語り、太田の弱音を黙らせる。

 何かを感じ取っていたのか、ホープが意を決したように目を見開いた。

 

「……そうよね、相手が誰であれ、あたしたちはあたしたちのサッカーをするべきよね! よし、目が覚めたわよ!」

 

 そう言って拳を突き上げる。その大きな茶色の瞳には、力が戻っていた。

 

「へっ、バカのくせに変に考えるから怖気付くんだぜ!」

「はー!? 木崎の方がバカでしょ! バカバカバーカ!」

「なんだとぉ!?」

 

 数秒前までの低気圧のような重苦しい空気はどこへやら、木崎たちが下らない喧嘩を始めて、靴木に諫められていた。

 その様子に、様崎も思わず笑みをこぼす。

 

「フフッ……ねえ、サクヤ。やっぱりワタシも、コウハイたちと戦いたいな」

「んー……そうだね」

 

 三刀屋のささやきに、吹っ切れた様子の様崎が、月並の前に歩を進める。

 

「やるよ! 楽しんでくる!」

「……そうか! 先生も負けてられないな!」

 

 様崎のその言葉に、部員たちがわっ、と沸く。

 太田も青い顔をしていたが、それでも前を向いていた。決断した様崎への信頼の証とでも言うべきか、伊槌にはないものだった。

 

 伊槌が遠く空を見上げる。未だ見ぬ『絶対王者』へ、宣戦布告を叩きつけるような、鋭い目をしていた。

 

「憲戸中サッカー部、いくぞー!」

「おー!」

 

 サッカー部の明るい声が、沈み始めた太陽に溶けていった。

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