イナズマイレブン〜蘇る雷鳴〜   作:暁の教徒

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試合描写難しすぎだろ!


5話:交流大会練習試合 vs青森大学附属中学

 少し時間が飛び、日曜日。今から6時に差し掛かろうという早朝の柔らかい日を浴びて、伊槌鳴哉は青森附属中学の校門をくぐり抜けた。

 

「……早く来すぎたか」

 

 集合時間は7時なので、かなり早いスタンバイになってしまう。だが、今日のことを考えると、胸の奥から強い感情が湧いてきて、じっとなどしていられない。

 緊張を吐き出すように大きく息をつき、指定されているグラウンドに向かうと、まばらにいる青森附属の深緑色のユニフォームと距離を取った先に見慣れた影がある。

 まさかと思い近づいてみれば、それはやはり憲戸中のユニフォームをまとったチームメイトの1人、山本希望がストレッチをしていた。

 

「あら? 随分早く来たのね! 私の方が早いけど!」

「……いつ来たんですか? 僕もかなり早く来たつもりですけど」

 

 ホープはふふんと胸を張って、仰々しくこちらを指差しながら宣言する。

 

「2時間前よ! 早起きして青森附属の奴らよりも早く来たわよ!」

「何を競ってるんですか……体調は崩さないでくださいよ」

 

 すごいでしょ、と言外に語るホープに、呆れた様子の伊槌がいそいそとスパイクを履きながら、心配するような言葉を投げかける。

 

()()()()()()()は僕らなんですから、準備は入念にしといて下さいね」

「分かってるわよ!」

 

 スパイクに履き替えた伊槌が軽くグラウンドをつま先で叩き立ち上がる。その目は目の前のホープではなくどこか遠くを見ているようにも感じる。そのまま彼も軽く体をほぐしはじめた。

 何とは無しにピッチに目を向ける。整備された人工芝のピッチは、憲戸中とは比べ物にならないほど手入れが行き届いていた。少し奥に見える平屋の部室も、縄文時代から進化が見られないあの部室と次元が違いすぎる。さすが強豪校と言うべきか、設備のレベルも高かった。

 そして、その部室の前で座って話し込む複数の影。少ないが、青森附属中サッカー部のメンバーだった。

 姿を認めて、闘志が膨らむ。今日のためにチームとして戦い方は準備できている。あとは──

 

「俺が決める……」

 

 ゴール前で、いつも蘇るあの時(マドリード)の全て。それを振り切らなければ、伊槌は真の意味でサッカー選手として復活はないと確信していた。

 

「今日、勝ちましょう」

 

 伊槌の溢れ出たようなその宣言に、ホープがきょとんとした反応を返す。

 

「前にも思ったんだけどさ、別に勝たなくても良くない?」

「え?」

 

 今度は伊槌が、ホープの言葉が全くの予想外だと、理解できないといった呆気に取られて目を見開く。

 

「……か、勝つ気がないなら、なんで試合を受けたんだ」

 

 ホープは質問の意図が理解できないとでもいいたげに、首を捻りながら言う。

 

「あんたは、あたしたちのサッカーをしようって言ってたでしょ? だから、その言葉通りにやろうと思ったの」

「…………」

 

 伊槌が一歩後ずさる。

 

「青森附属って名前にビビっちゃったけど、勝てなくてもサッカーは楽しめる、当たり前のことよね!」

「…………」

「それに、今日は練習試合だし、無理することないじゃない!」

 

 いつかの練習で、無籐から話には聞いていたはずだった。

 山本希望は勝利への執着が薄い。楽しむことを念頭に置いている、と。

 だが、伊槌は価値観のあまりの相違に目眩さえ覚える。勝てなかったからこそ全てを失いサッカーに裏切られた彼にとって、その言葉は本能が理解を拒むような代物だ。

 

「何を言ってんだよ……」

 

 荒らげそうな声を必死で抑える。一昨日はチームを鼓舞するためにも決意表明をして見せたが、今やるべきじゃない。

 ホープと伊槌は今回の試合で攻撃の中核を担う。今彼女と衝突すべきじゃない。理性はそう言っていた。

 だが、喉は伊槌の意に反して震える。

 

「勝たなくちゃ意味ないだろうが……敗者を誰が覚えてる? 上を目指すためには、負けてもいいなんて考えはダメなんだよ……!」

 

 血が出そうなほど拳を強く握って、伊槌の喉がその言葉を絞り出す。その声は、呪われているかのように低かった。

 轢き潰されたような声音に宿る異様な迫力にたじろぎながらも、言い返してくる。

 

「でも、みんな楽しくないと意味ないわよ!」

「そのみんなに俺は居ないのかよ!」

 

 ここで止まらなければならない。伊槌もホープも、頭が沸騰していようと理解しているはずだ。

 だが、お互いに真っ向からぶつかり合う思想を受け入れることは難しい。ましてや、出会って一週間も経たない人間のものなど、いくらチームメイトであれ簡単なことではなかった。

 

「あのー、ちょっといいですか」

 

 一触即発の雰囲気を振りまいていた2人の間に、緩い声が割って入る。

 白灰色の髪を無造作に伸ばした少女だ。青森附属のユニフォームを着ていることから、対戦相手であることが分かった。

 

「1年の蓮水涼(はすみりょう)です。どーも」

「あ……ああ、伊槌鳴哉……」

「ほ、ホープちゃんよ!」

 

 妙に緊張感のない蓮水の態度に、2人の間にあった空気が急速に萎んでいく。その緩い空気は天然なのか故意なのか判別がつかない。恐らくは前者だろう。

 

「暇なので、相手してくれませんか? サッカーで」

 

 伊槌とホープが顔を見合わせる。彼女の困ったような顔を見て、まだルーティーンが終わっていないことを察した。ホープは試合前になると入念にストレッチして軽くランニングするのがルーティーンらしい。木崎がポロッと言っていた。

 

「俺でよければ……相手するよ」

「そうですか、嬉しいです。ぴーす」

「え、ああ、ピース……」

 

 突然ピースサインを突き出してきた蓮水に、伊槌も咄嗟にピースを返した。控えめに言っても奇行だ。ホープが耐え切れずに吹き出す。伊槌は蓮水の独特のテンポに飲み込まれていた。

 笑いを押し込んで、少し震えながらホープが言う。

 

「え、えっと……あたしは、ちょっと走ってくるから……」

 

 変なツボに入ったホープが逃げるように走り去っていく。伊槌は疲れたようにため息をついた。

 その足元に、ボールが転がってくる。蓮水が軽くパスしたものだった。

 約束通り、伊槌は彼女とのサッカーに付き合うことにして、軽く蹴り返す。

 

「なんでチームメイトとやらないんだ?」

「さっきまでやってました。でも、貴方が面白そうだったので」

 

 試合前とは思えない、緩いパス交換。子供の遊びのようなそのパス達にも、確かな技術が伺えた。

 伊槌が軽く上げたボールを出すと、彼女は蹴り上げられたロブパスより高く飛んで胸でトラップして見せた。

 

「は?」

「こういうプレーには自信あります」

 

 表情が変わらないながらも、どこか楽しげに蓮水が言う。今度は彼女も先ほど収めたパスのような緩いロブパスを上げてきた。

 

「……っ」

 

 そのパスを挑発を受け取った伊槌は、少し頭に来て意趣返しのプレーをしてやろうと思った──ものの、冷静にその感情を押し込め、浮いたボールをほとんどロスなくトラップしてお返しとする。

 

「おー、うまいですね」

「どうも」

 

 浮かれなど微塵もこもっていない声音でそう返す。目の前の少女もやろうと思えばこのくらいできるだろうという確信が、絶対王者の一員がこの程度できないはずがないという思いが伊槌の中にあった。

 伊槌が蹴り出した強いグラウンダーのパスを難なく受け止め、回転をかけることで真上に跳ね上げたボールをキャッチして息をつく。もう終わりだと、その行動が示していた。

 

「ありがとうございま……」

 

 礼をしようとした蓮実の動きが止まる。視線は伊槌の向こう側を見つめていた。導かれるように、伊槌も背後へ振り返る。

 歩いてきていたのは、美麗な顔立ちに合わない、整っていない黒髪を掻く線の細い少年。だが、袖を通すそのユニフォームに描かれている番号を見て、伊槌が目の色を変えた。

 

「10番……!」

 

 背番号10。言わずと知れた、エースの証明。かつてサッカーにおいて『神』とまで称された伝説のプレイヤーがその番号を背負ったことで、この番号は特別な意味を付随するようになった。

 それを追うもの達が、特別でないわけが無い。ましてや、全国を代表する強豪校の10番ともなれば、重みもまた格別なはず。だが、その少年の姿はどこか気が抜けていて、そんなプレッシャーとは無縁であるように見えた。

 

「ん……?」

 

 見慣れないユニフォームを見つけたからか、少年がこちらに近寄ってくる。なんとなく、伊槌の体に力が入った。

 

「鎌野先輩、おはようございます」

「ちっーす。こっちは、練習試合の相手さんっすか?」

「……ああ。憲戸中FWの伊槌鳴哉だ。よろしく」

 

 伊槌の自己紹介を聞いて、鎌野と呼ばれた少年の眉がピクリと動く。そして、先ほどまで能面のように表情のなかったその顔に少し笑みを浮かび上がらせながら、伊槌の目を見て問う。

 

「伊槌って、()()マドリードにいた伊槌っすか?」

「……そうだ」

 

 苦虫を噛み潰したような表情で、俯きがちに伊槌がそう吐き捨てる。鎌野もその様子に何が妙なものを感じたのか、軽い調子ながらも詫びを入れ、しかしどこか弾んだ表情でこちらを見ていた。

 

「そうすか、今日は面白くなりそうっすね」

 

 楽しみにしてるっす、と言い、伊槌の方に手を置いて部室の方向へ鎌野が去っていく。その背中は、子供のように無邪気な楽しみと、獰猛とすら捉えられる戦いへの期待が漏れ出している。

 話終わったとみるや否や、蓮水が下を向いている伊槌を覗き込むような体勢を作り、顔を合わせてきた。

 

「貴方、すごい人だったんですね。すごく憧れてました」

「……過去形なんだな」

 

 大人気ないと分かっていながら、目を逸らし、悪態をつくようにその言葉が漏れる。しまった、と思い撤回するために口を改めて開こうと蓮水の顔を見た時、喉が締まるような感覚を覚えた。

 

「はい。憧れるだけはもうやめてます」

 

 蓮水涼の目は、燃えていた。

 当然比喩だが、伊槌は本当に燃えているように錯覚する。この目は知っている。

 マドリードの選手たちは、スタメンでも、サブメンバーでも、皆、この戦士の目をしていた。

 息の詰まるような感覚に、伊槌の鼓動が速くなる。

 

「──超えてやろうって、思うようになったので」

 

 無表情を崩し、口角を釣り上げて、蓮水はそう言った。

 次の瞬間にはすぐにいつも通りの鉄面皮に戻り、それではと頭を下げて去っていく。まるで先ほどまでのやりとり全てが幻だったかのように、何事もなく、伊槌だけがそこに取り残された。

 いまだに高鳴る鼓動だけが、伊槌に現実を教えてくれる。

 

「ふぅー……あれ、伊槌? 何して……」

 

 ルーティーンのランニングを終えて戻ってきたホープが、立ち尽くす伊槌に近寄る。だが、その表情を見て、ギョッとした様子で後ずさった。

 火をつけられた戦意に抗わず、伊槌は獰猛な笑みを浮かべていた。そのまま彼は、独り言のようにホープに語る。

 

「楽しい試合になりそうだな」

「え……?」

 

 呆然とするホープを気にも留めず、朗々と言葉を紡ぐ。

 

「あいつらは本気で俺たちと戦うつもりだろう。他はどうか知らないが、あの2人は本気だ。弱小校の俺たちに対して、全力を持って当たる、こんな嬉しいことはない」

 

 伊槌が、散漫になっていた視線をホープに合わせる。いまだ上の空な彼女に対して、言葉を軽くぶつけるように話した。

 

「お前がどう思ってようと、改めて俺の決意は固まった。勝ちに行くぞ……!」

 

 鋭く睨みつけるように鎌野たちに視線を合わせ、自分自身にそう誓った。

 試合開始まで、あと1時間。

 

 

 

 

────────

 

 

 

 

 

「──改めて、昨日の練習でのことを確認すんぞォ」

 

 試合開始10分前。既にお互いにベンチに入り、最後の準備に入っているその時間帯で、憲戸中サッカー部の面々は、チームの頭脳である無籐を中心に作戦ボードに話になっていた。

 顧問は月並だが、作戦立案はほとんど選手に一任している。彼にサッカーの知識はほとんどないからだ。伊槌はそれを知った時流石に動揺したが、チームの面々、特に無籐はなかなかどうして戦術を考える能力が高かった。現に、今こうして話し合っている案も、ほとんどが無籐のものだ。

 

「……よーし、了解! とりあえず、はじめの5分を大事にしていこう!」

「へっ、腕がなるぜ!」

 

 木崎がそう言って拳を握る。試合が決まる前までは通夜のような雰囲気の彼らだったが、ほとんどの者は、ここまで来ればやるしかないと吹っ切れることができている様子だった。

 そのほとんどに入って居ない人物はといえば、やはりこの男だ。

 

「……ほ、ほんとうにやるのかい? まだ、棄権も間に合うんじゃないかな……」

「いつまで言っている」

 

 嫌な汗を垂らしながら震える太田を、靴木が嗜める。彼だけは、常にこの調子だった。

 

「や、やっぱり直前になると緊張します……大丈夫でしょうか」

「大丈夫だヨ! センパイたちがついてるからネ!」

 

 不安そうに俯く久良島の肩を三刀屋が安心させるように優しく叩く。この試合でデビューを飾る選手も憲戸中には多い。後ろ向きになるのも仕方ないだろう。

 だからこそ、伊槌は立ち上がった。

 

「俺が必ず点を決める」

 

 その言葉に、一瞬の静寂が訪れる。チャンスとばかりに伊槌が言葉を重ねた。

 

「勝つつもりで挑むぞ。相手が強いからとか言い訳にならない、最初から勝てると思っていない試合ほど、つまらない試合はない」

 

 その言葉に、ホープがピクリと反応する。伊槌の中には、彼女に新しいサッカーの楽しみを知ってほしいという思いがあった。

 

「そうだね……頑張ろう!」

『おおっ!』

「よし、行ってこい!」

 

 全員で声を出し、闘志を高める。そして、月並の言葉とともにスターティングメンバー達がピッチに散らばり、センターサークルで整列を始めた。青森の選手たちも、テキパキと移動している。その誰もが、蓮水のような燃える目をしている。俄然、やる気が湧いてきた。

 伊槌がふと横を見る。様崎がいた。確かに様崎なのだが、その顔は普段からは想像できないほど不機嫌そうに見えた。

 少し前から、気づいていた。みんなの前ではどうにか繕っているものの、視界に青森附属の生徒や校舎が映るたびに彼女は機嫌を損ねている。何かがありそうだが、彼女のプライベートに踏み込む勇気も名分も、今の伊槌は持ち合わせていない。

 

「これより、青森附属中学対、憲戸中学の練習試合を始めます! 20分ハーフ、交代枠は制限無し!」

 

 22名が並び終えたことを確認した主審がそう宣言し、終わりとともに憲戸が青森の選手たちの列に歩み寄って行き、歩きながら握手を交わす。

 伊槌と鎌野の目が合う。それだけで、お互いの戦意が汲み取れた。

 お願いしますと言い続けながら握手をしていると、ふと、こんな声が伊槌の耳に入った。

 

「久しぶりだな」

 

 誰の声なのかは分からないし、本当に聞こえたのかも分からない。

 1つ確かなことは。

 様崎咲夜の顔が、いっそ苦しげなほどに無表情だったことだけだ。

 

 

憲戸中スターティングメンバー(4-3-3)

ーーーー木崎ーーーー

ー明凪ーーーー伊槌ー

ーー無籐ーー梵場ーー

ーーーー靴木ーーーー

三刀屋ーーーーー山本

ーー様崎ーー太田ーー

ーーーー久良島ーーー

 

 体力に不安のある橘花と、まだ初心者の宵闇がベンチに入る。経験者の明凪はともかく、久良島も初心者だが、GK不在のためスクランブルで出場することと相なった。

 おそらく、これが現時点でのペストメンバー。そして、青森に一泡吹かせるための()()()()も用意している。彼らの間に、心地よい緊張が走って居た。

 

 

青森附属中スターティングメンバー(4-2-3-1)

ーーーー蓮水ーーーー

奇崎ーー鎌野ーー鉢鐘

ーー桜庭ーー氷治ーー

童部留ーーーー薄利ー

ー長宗我部ー毛利ーー

ーーーー獅子豪ーーー

 

 青森は、プレーメーカーの鎌野をトップ下に据えた4-2-3-1の形だった。攻守に人数をかけられる、合理的なフォーメーション。やはり一筋縄では行かなそうだった。

 

 キックオフは憲戸から。伊槌が木崎と並んでセンターサークルに待機し、キックオフの笛を待つ。

 勝負は最初の5分。()()()()()()()()()()

 

「かましてやろうぜ!」

「ああ……勝つのは俺たちだ」

 

 改めて前を見据えた瞬間、空気を切り裂くような笛の音が木霊する。試合開始の合図。

 伊槌が木崎にパスを送り、そのまま無籐へバックパス。伊槌はハーフラインを少し超えた右サイドに走り込んでいく。

 

「残念だけど、通せないよ」

 

 サイドハーフの奇崎が進路を塞いでくる。だがその言葉に、あくまで伊槌は余裕を見せて答える。

 

「まだ通らないさ」

 

 笑って、振り返り無籐に視線をやる。

 彼はパスを受けた瞬間に迷わずディフェンスラインまでボールを下げた。パスを受けた様崎が、今度はGKに返す。

 

「……慎重ですね」

 

 最前線にポジションをとる蓮水が、ボールを持った久良島にプレスをかけながらそうごちる。プレッシャーに慣れていない久良島は慌ててパスコースを探し始める。

 

「わ……! えっ、えっと……」

「杏菜、こっち!」

 

 ホープの声に導かれ、蓮水に奪われる前にパスを送る。見送った蓮水は、背後にちょいちょいと手を振って、プレスのコーチングを出していた。

 

「僕が行くしかないか……守備は柄じゃないんだけどね」

 

 伊槌のマークを捨てた奇崎がホープに、言葉とは裏腹に猛烈なプレッシャーをかける。その動きに連動して、サイドバックが伊槌のマークに改めてついた。

 だが、ホープは慌てず横パスを太田に渡す。彼も長くボールを持たず、様崎に横パス。その動きは、青森附属の面々にはひどく消極的に思えた。

 

「少し慎重すぎなんじゃないっすかっ、と」

 

 鎌野も上がってプレスをかけてくる。青森附属はボランチの面々もハーフラインを超えた前がかりのポジションを取っていた。

 軽口を叩きながらも、ボールに対してしっかりアタックしてくる鎌野。だが、DFでありながらチーム随一の技術を持つこの少女の前では、その程度のチェックはノンプレッシャーとなんら変わらない。

 

「こっちも事情があるのっ! リブバインド!

「うおっ?」

 

 鎌野がボールを奪おうと足を伸ばした瞬間、様崎の体が浮いた。比喩ではなく、ボールごと物理的に、無重力にでもなったかのように空を舞う彼女が鎌野の頭上を素通りする。

 称賛するように鎌野が笑みを浮かべた。

 

「流石っすね」

 

 その言葉に、様崎が少し表情を歪めたが──それはそれとでも言わんばかりに、手を振って前線へコーチングを送り、パスモーションに入る。

 

「戦術通りに! 鳴哉くん!」

 

 やわらかい軌道のロングパスが伊槌の足元に入る。素晴らしい技術でそれをトラップした伊槌だが、マークについていた少女が素早くプレスをかけてくる。

 

「通すわけないし!」

「……はっ」

 

 後ろで回し、青森の陣形を前がかりに。そしてディフェンスラインから、右サイドの伊槌へロングパス。DFのチェック。何から何まで──

 

「計画通りだ! ホープ!」

「んなっ」

 

 サイドバックを背負った伊槌が、軽くボールを落とす。そのボールに、とんでもないスピードを持ってホープが突っ込んできていた。

 

「よしっ! やるわよ!」

 

 ボールを持ち、ドリブルに入ってもホープのスピードは落ちない。青森の選手達ですら目を疑うようなスピードを持って右サイドを切り裂いていく。

 だが、彼らもやられっぱなしではない。ホープの前に、壁のような雰囲気を醸すキャプテンがプレッシャーをかけてくる。

 

「童部留! そのまま戻ってこい、挟んで取るぞ!」

「はい!」

 

 青森附属のキャプテン──長宗我部は、あくまで一定の距離を保ち、サイドバックの童部留の戻りを待っている。

 ロングパスからの攻撃と、ホープのスピードに誰もついて来れていないために憲戸の選手は敵陣にいない。彼女が孤立していることを勘定に入れて、最も確実であろう可能性を瞬時に弾き出したそのクレバーさに舌を巻きつつ、ホープは笑みを抑えられなかった。

 

「追いついた、先輩!」

「今だホープ!」

 

 その声は同時に放たれた。童部留がホープに背後からアタックするや否や、彼女は迷いなく斜め後ろのスペースにパスを出した。一瞬動きを止めた2人の守備陣だが、童部留が来たことでフリーになっているであろうその男の存在を認め、長宗我部がボールに走り寄る。

 大外をホープの後ろを、少し中のポジションで猛追していた伊槌に、ボールが入る。右サイドの攻撃、完璧に策がはまっていた。

 

「よし……!」

 

 青森の守備陣が慌ただしくなる。打てる位置でボールを持った伊槌を脅威と認識し、もう1人のセンターバックである毛利もいつでもシュートブロックに入れる位置へスライドしてきた。

 

「打たせねぇぞ!」

「……! 毛利、来るな!」

 

 だが、故に空く致命的なスペース。

 サイドバックとセンターバックの間に出来た、広大なスペースに、木崎爆音は走り込んでいた。

 

「よっしゃあああ! 出せー!」

 

 『ロングパスが出たらゴール前に走れ』。彼に与えられたのはそんな雑な指示だが、それが功を奏している。

 これが、前日の練習で磨いた必殺の初見殺し。ロングパスから右サイドをコンビネーションで抉り、釣られたDFのスペースを木崎に仕留めさせる。怖いくらいに戦術が嵌まった爽快感に、笑みを浮かべながら伊槌がスルーパスを出した。

 

「仕留めろ、木崎!」

 

 柔らかいパスに、木崎が獰猛に笑う。

 

「っしゃあ! 俺が憲戸中のストライカーだっ! グレネード、ショットォォォ!

 

 強く踏み込んだ木崎の足元から、赤いエネルギーを纏ったシュートが打ち出された。初歩の必殺技ではあるが、それでも必殺シュート。パワーに優れる木崎の全力は、並のキーパーでは正面から受け止めることはできないだろう。

 そう、()()()()()()()()()()()

 

「ぬおおっ!」

 

 その男は、グレネードショットに正面からぶつかり、胸に抱えて押さえ込む。通常であるならシュートのパワーで後ずさっていくはずだが、彼はその場で不動を貫いていた。

 逆に、シュートのパワーがだんだんと失われていくのが遠目からでもわかる。押されているのだ、ノーマルキャッチに対し、渾身の必殺シュートが。

 

「マジかよ……」

 

 誰の言葉だったろうか。それは分からないが、目の前の光景はそれほど信じ難いものだ。

 

「ハッハッハ! 良いシュートだった! だが、小生の方が一枚上手であったな!」

 

 やがてその手の中で、グレネードショットは完全に動きを止め、完璧に抑えられた。GKの獅子豪は、対してダメージを負った様子もなく、呵々大笑して余裕の表情だ。

 

「くっそー! 強すぎだろ!」

 

 木崎が頭を押さえて叫ぶ。伊槌も、予想以上の実力差に流石に冷や汗をかいていた。

 だが今は試合中だ。悔しんでいる余裕も、慄いている余裕もない。それを忘れたものは、手痛い思いをする。

 そう、こんな風に──

 

「ゆけぇ! 鎌野ォ!」

「ははっ、ここでも声が聞こえるっすよ」

 

 獅子豪の大声を、鎌野が小声で茶化す。そんな和やかなやりとりをしながら、鋭いパントキックが彼に送られ、難なく受け止めてみせた。

 

「あ……」

 

 1発でハーフラインを超え、打とうと思えば打てる距離。伊槌のほうけた意識は一瞬で無理に引き上げられた。

 

「か、カウンター警戒しろ!」

「もう遅ぇっすよ」

 

 その言葉とともに、DFが駆け寄る間もなく辺りに夜のような暗闇が落ちる。その闇の中からボールだけが天空に浮き上がり、鎌野も一瞬遅れて飛び上がった。

 空中で回転し、オーバーヘッドの形でボールを捉える。その足の軌道は光の筋となり、どこか三日月を連想させた。

 

デスサイズオブムーン

 

 無感情にも聞こえる鎌野の声とともに、鋭いシュートが打ち出される。突然のミドルシュートにDFは対応できておらず、そのシュートはなんの障害もなく久良島に襲い掛かろうとしていた。

 

「まずいネ……!」

「クソッ、止めろお前らァ!」

「……っ、止めないと……!」

 

 三刀屋が駆け寄り、無籐が声を荒らげるも、シュートは止まらない。久良島が決死の思いで腕を振りかぶり、全力のパンチングで迎撃を試みる。

 だが──

 

「っ……! きゃあ!」

 

 オブラートを突き破るように、それが当然であるように、なんの抵抗もなく、デスサイズオブムーンのパワーが久良島の腕を弾いた。一瞬の拮抗すら生まれず、シュートが強くゴールネットに突き刺さる。

 重要だった『最初の5分』で示されたのは、純然たる実力差。こちらのシュートは通用せず、あちらのシュートは防御不可能の次元にある。

 

「こんな……ことって……」

 

 太田が、さらに顔を青ざめさせた。様崎ですら下を向き、無籐も爪が突き刺さるほど拳を握り込んでいる。

 

 ユニフォームを引っ張って、鎌野が軽く汗を拭いた。ゴールに喜ぶ素振りも見せず、寄ってきた味方とハイタッチするだけの軽い労い。まるでゴールなど当然であるかのような振る舞いに、伊槌が唇を噛む。

 ふと、鎌野がこちらを向いた。

 先ほどまでのぼんやりした表情に、その瞬間笑みが浮かぶ。伊槌の背中に、ぞくりと何かが走った。

 ちょいちょいと指を動かして、挑発するように、導くように、唇を動かして、こう言っていた。

 

『終わりじゃないだろ?』

 

 その言葉に、伊槌の胸についた灯火が、さらに大きくなったかのような感覚を覚える。実力を見せつけられてなお、勝ちたい思いは消えていなかった。

 

「取り返すぞ! 下を向くな!」

 

 手を叩いて鼓舞する。それでも、ほとんどの人間は顔を上げない。舌打ちをしそうになるが、ぐっと押さえる。

 

(俺だ……)

 

 伊槌の中に、使命感のような思いが去来する。

 

(俺が点を取る……!)

 

 決意を新たに、伊槌は再び笛とともにボールを蹴り出した。

 全ては、自分のゴールのために。

 

 

──────

 

GOAL‼︎

4分 鎌野樹

アシスト:獅子豪仁

 

憲戸 0-1 青森附属

 

──────

 

 




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