イナズマイレブン〜蘇る雷鳴〜   作:暁の教徒

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6話:恐るるに足らず

「戦術は変えねぇ! 効いてるんだ、貫き通すぞ!」

 

 ファーストプレーと同じように木崎からのバックパスを受け取った無籐が叫ぶようにそう言い放つ。その言葉に、開始早々の失点で浮き足立っていた憲戸の面々の思考が強制的に引き締められ、今やるべきことを思い出す。

 

「無籐!」

「キャプテンに渡せ!」

 

 靴木の要求に、無籐がさらなる指示を飛ばしながら応える。彼はそれに従って、すぐさまバックパスを送った。

 

「蓮水、4番へのコースカット。アタックは俺が行くっす」

「りょーかいです。リューは先輩のサポートしてあげてください」

「おー! わかったぞ!」

 

 青森の面子も、憲戸の戦術が見えたことで明確に連携した守備を行い始める。ボランチの選手たちは縦関係に並び攻守のバランスを取り、サイドバックは両ウイングにピッタリと張り付く。露骨なほどにロングボールを警戒していた。

 

「キャプテン!」

「……!」

 

 それでも、伊槌はロングボールを受けようとする。マークにつく童部留を片腕で抑え、様崎に出せと要求。

 様崎もそれが最善だと判断したのか、鎌野のプレッシャーが来る前に素早くロングキックのモーションに移った。

 

「いけぇ!」

 

 最終ラインから右サイドの伊槌へ狙い澄ましたパスが出される。

 

「……っ!」

 

 だが、そのロングボールは少し精度を欠いていた。背負っている伊槌の足元へ届けるべきそのボールは、このままでは頭上を抜け奪われてしまう。

 様崎も失点に動揺しているのか、それとも、この試合が始まってから続いている妙な感覚に囚われているのか、考えている暇はなかった。

 

「よし、もらった!」

「させるかぁ!」

 

 スペースに落ちるボールを回収するため、一瞬伊槌へのマークを緩める童部留。しかし、その一瞬がこの男に自由を与えた。

 伊槌が大きく天を舞う。深くしゃがみ込んで渾身の跳躍を魅せ、未だ中空に漂うボールを、空中で胸トラップしてみせた。

 試合前、蓮水に見せられたスーパープレー。意趣返しとばかりに見せつけ、獰猛に笑う。

 

「嘘っ!? でも、もうやらせないし!」

「ホープ上がれ! ここで収め──」

 

 伊槌のその言葉は、言い切る前に途切れる。背後からかかった猛烈な圧力に、全身の空気を全て吐かされそうになったためだ。予想以上のパワーに、伊槌がたたらを踏む。

 

「ぐっ……!? なんつうパワーだ……!」

「ふんっ、『青森の狂犬』と呼ばれたウチから、そう何度も逃げられると思うなっ!」

 

 犬が吠え声のように鋭く言い放ち、再びタックルを仕掛けてくる。小柄な体を生かした重心の低いタックルは的確に体幹を揺さぶり、それに付随して太田すら凌駕するパワーに伊槌が危機感を覚える。

 

「ヤバい、取られる……!」

 

 体勢を崩され、体でボールを隠してなんとかボールを保持する伊槌の視界の端に、救いの糸のように、その特徴的なアフロヘアーが過った。

 伊槌は咄嗟にホープへさらに上がるよう指示し、その男にボールを渡す。

 

「二の矢だ! 行け、梵場ァ!」

 

 真横を疾風が抜けた伊槌の強すぎるパスを、梵場がなんとか抑える。そして不敵に笑みを浮かべ、ドリブルで持ち上がり始めた。

 

「フッ、負け戦をするのは柄じゃないが、君の想いに感じるものもあった」

 

 ニヒルにサングラスをクイッと持ち上げ、ミュージカルの登場人物のように仰々しく声を上げる。

 

「その想いに免じて、僕のテクニックを披露しよう!」

 

 パスを出した伊槌さえ置き去りにして、1人盛り上がる梵場の前に青玉のような蒼い瞳を輝かせて、ボランチの一角を担う少女が立ち塞がる。

 

「お楽しみ中申し訳ないけど〜、邪魔させてもらうよ〜」

「おおっと、これは可憐なレディ。しかし私は行かねばならないのです、とある腐れ縁の友人のために!」

 

 芝居がかった動きと歯の浮くようなセリフにも、目の前の少女、桜庭旋風(さくらばつむじ)は狼狽えない。間延びした口調とは裏腹に、虎視眈々とチャンスを窺う。

 しかし、そんな彼女の唯一の誤算。それは、梵場も、その見た目に反した俊敏なドリブラーであったということを見透かせないでいたことだ。

 

「最後に私と1つの逢瀬を。シャルウィダンス!

「ん〜?」

 

 梵場が桜庭の手を取り、湖を舞う白鳥のように鮮やかに、流麗に踊りだす。

 その姿はまるで氷の上の美女と野獣。空を舞う天使と堕天使の共演。2人の容姿のアンマッチさが、謎の世界観を生んでいた。

 最後に、フィギュアスケートのフィニッシュの様に桜庭をその場で回転させ、アディオスと最後までキザなセリフを吐いて梵場が彼女を抜き去った。

 

「あら〜、捨てられちゃった〜」

 

 軽口を叩きながらも、復帰すればすぐさま彼を追い始める。その顔には、目の前の彼らをまだどこか侮っていた、自分への怒りが浮かんでいた。

 

「よし、梵場! 散らせ!」

「こっち空いてるわ!」

 

 サイドハーフの奇崎のプレスバックが間に合っていない。ホープがオーバーラップを止めなかったことで右サイドで数的優位が生まれており、生かさない手はないとばかりに梵場の名を呼ぶ。

 だが、彼はこちらをちらりと見てなお、ドリブルを選択した。

 

「僕のステージは終わっていない!」

「……チッ」

 

 梵場にはスタンドプレーを楽しむ悪癖があった。以前の練習でも、決定的な場面にならなければパスを寄越さなかったことを思い出す。仕方ないとばかりに舌打ちをし、スペースに走り込みどうにかパスを引き出そうとする。

 だが、梵場から目を離そうとした瞬間、猛烈な勢いでカバーに入る男の姿がその眼に映った。

 

「ドリブルはお上手ですが判断が良くないようですねぇ。……フローズンスティールッ!

「ぐわっ!?」

 

 もう1人のボランチ、氷治聖(ひじきよし)が氷を纏いながらの強烈なスライディングを真横から食らわせる。荒々しいタックルに梵場が吹き飛ばされ、呆気なくボールを失う。

 

「あまり調子に乗らないでいただきましょう」

 

 氷治が嘲るように言い放つ。ボールを奪い、ゲーム全体が慌ただしく切り替わるこの瞬間は、ピッチの誰もが一瞬気を取られ足を止めるものだ。だが、この男は違った。

 

「こっちのセリフだ!」

「なっ……!」

 

 右ウイングの伊槌が、氷治に猛烈なプレスをかける。彼が梵場に走り寄るのを確認した時から奪い返すためのトランジションを始めていたのだ。

 ボールと氷治の間に体を滑り込ませ、コントロール下から離す。パワーでは劣っているために、技術的にボールを奪おうと試みる。

 

「小癪な……!」

 

 氷治がより強いタックルをかますが、伊槌は逆にその力を利用し、前方に加速してみせ、完全に振り払うことに成功した。

 

「くっ、すいません!」

「伊槌先輩! こっち!」

 

 左ウイングの明凪が手をあげてパスを要求してくるが、サイドバックの薄利(はくり)の距離感が絶妙で、普通のパスはカットされてしまうだろう。伊槌に非凡なパスを出すセンスはない。

 持ち上がる伊槌に、DFの毛利がアタックする。走り続けていたホープはフリーだ。背後から無籐も上がってきているだろう。選択肢は無数にある。

 

(俺が……)

 

 だが、伊槌鳴哉が、この局面で、この選択肢を取らないことは、初めからあり得なかった。

 

「俺が点を取るッ!」

 

 また距離はある。だが、伊槌は毛利にチェックされる前にシュートを選択した。軽く右に持ち出し、左足を地面に差し込んでコーナーを打ち抜くコントロールショット。少しブレたが、許容範囲だ。

 

「打ってきただと!」

 

 流石に予想外だったのか、ディフェンスラインに残っていたもう1人のDFである長宗我部も反応しきれない。

 

「ぬうっ」

 

 獅子豪も毛利が壁になって一瞬反応が遅れる。右コーナーに飛んでいく狙いすましたシュートは──小気味いい音と共に、ポストに弾かれ跳ね返った。

 

「クソッ!」

 

 ルーズボールは獅子豪が抑える。降って湧いた千載一遇のチャンスを逃した伊槌は、頭を振って舌を打つ。背後からは無籐の声と拍手が聞こえた。

 

「いいトライだァ! 切り替えろ!」

「ああ、次があるぜ!」

「……ああ!」

 

 木崎の言葉も受けて、汗を拭って伊槌が前を見る。既に獅子豪はボールを出しており、サイドバックの薄利がボールを持っていた。

 

「分かってるな! 守備は左サイドだ!」

「はいっ!」

 

 靴木の一声に明凪が答える。その言葉通り、右サイドのポジションを取るホープ、伊槌は露骨に左サイドに寄っていた。右サイドにロングボールを出されれば一転してピンチだが、明凪がボールホルダーの薄利へ激しくチェックに行くことでそれを許さない。

 

(守備の基本は同サイド……狭い局面で数的有利を取れれば、俺たちでも奪える!)

 

 伊槌の思考の通り、明凪の果敢なアタックを受ける薄利は、少し戸惑った様子だった。

 

「うーん、やるね! ちょっと困っちゃったかな!」

「よし、木崎先輩、挟んでください!」

「薄利、出せ!」

 

 様々な声がピッチ上に飛び交う。薄利は指示の通り毛利にパスをつけるが、その毛利にも木崎が素早くチェックに行く。1日練習しただけの急拵えの戦術だったが、中々様になっていた。

 

「チッ、連携できてんな……獅子豪、作り直せ!」

 

 荒々しい口調で、されども相手の受け取りやすい優しいパスを返しながら獅子豪に指示する毛利。だが、そのパスにも左に寄っていた伊槌が鋭くプレッシャーを与える。

 

「むっ、小生にも来るか! ならば!」

 

 伊槌のプレスを確認した獅子豪が間髪入れずにロングパスを選択する。狙いは先ほどと同じくトップ下の鎌野を狙ったボール。

 だが、1度見せられたそのパスは当然織り込み済み。待っていたと言わんばかりに、その男が動き出す。

 

「何度も同じ手を食うかァ!」

「うお……」

 

 落下地点に入っていた鎌野の前に体を割り込ませ、素早く戻っていた無籐がボールを奪う。線の細い鎌野は、やはりその見た目通りパワーはあまり優れていないようだった。

 

「伊槌ィ! 決めろォ!」

「任せとけ……!」

 

 ロングパスで少し気の抜けた青森のディフェンスラインを見逃さず、すかさず最前線へのパスを選択する無籐に、早い切り替えで反応する伊槌。だが、そう簡単に裏をかけるほど、このチームは甘くない。

 パスをトラップした瞬間に、センターバックの長宗我部が鋭くプレスをかける。一瞬の減速が仇となり、簡単に距離を詰められてしまった。

 

「くっ……」

「好きにさせるものか」

 

 城壁のような威圧感を放ち鎮座する長宗我部に、流石に伊槌も腰が引ける。

 しかし、敵陣で悠長にプレーを考えている暇はない。そして、ゴール前でシュートを打たないなど、FWとして失格だ。

 

「いくぞッ!」

 

 先ほどと同じようにボールを持ち出し、シュートの体勢に入る。警戒していた長宗我部は、流麗な動作でシュートコースを塞ぎにかかった。

 

「芸がないぞ!」

 

 長宗我部のプレッシャーにも、モーションに入った伊槌は怖気付かない。ボールに、長宗我部の足が伸びる。奪われるその瞬間、伊槌はシュートモーションを解除し、軸足の後ろに通してディフェンスを置き去りにした。

 様崎との1vs1でも見せた、伊槌の得意技であるクライフターン。恐ろしいほどの練度を持つその技は、日本最高峰のDFである長宗我部さえ出し抜いて見せた。

 

(打てる!)

 

 確信して、軸足を入れ替えシュートを狙う。利き足ではない左で打つことになるが、素早いカウンターの影響で獅子豪のポジショニングも整っていない。打てば入る。

 

(俺が、俺が、俺が──)

 

 振り抜こうとするたび、マドリードでの日々をいまだに思い出す。振り払うにはゴールしかないと、伊槌には確信すらあった。

 だから、ゴールがしたい。チームのためではなく、自分のためだけに、()()()()のためだけに──

 

 

「──甘いぞ」

 

 瞬間、激しい衝撃が伊槌の体を吹き飛ばし、少し遅れて背中をしたたかに叩きつける。気づいた時には真っ青な空が視界一面に広がっていた。

 

「がっ……!?」

 

 何をされたのか、すぐには理解できなかった。だが、ピッチに倒れる自分と、しっかりと屹立する岩壁のような長宗我部を見て、否応にも、自分がこの男に止められたのだと理解せざるを得なかった。

 

「走れ童部留!」

「はいっ!」

 

 状況を認識してもなお混乱する伊槌を置いて、長宗我部から左サイドバックの童部留にパスが通る。ホープは非常に高い位置をとっており、パスを妨害することは叶わず、フリーでボールを受けられてしまう。

 

「くっ、まずい……」

 

 伊槌は倒れ、ホープは置き去り。ガラ空きの右サイドをドリブル突破されては敵わないとばかりに、靴木がアンカーのポジションを離れてカバーに行く。

 しかし、もはや憲戸のフォーメーションは個人個人の判断によるポジションチェンジ程度では穴を埋めきれないほど、完全に崩壊していた。

 

「ちっ……気に入らないけどやっぱいいポジションにいるし……鎌野先輩!」

 

 靴木が動いたことで空く、ディフェンスラインの前の致命的なスペースに、その男は即座にポジションを取っていた。無籐が、梵場が埋める間もなく、童部留からエースへのパスは通る。

 

「よし、いい子っすね」

「まずい、こいつを自由にさせんなァ!」

「う、や、やらなくちゃ……!」

 

 鎌野がバイタルエリアで前を向く。それは青森の攻撃の基本戦術であり、最強の戦略だ。1度やられている危機感から、無籐が、そしてディフェンスラインからセンターバックの太田も出てきて鎌野の自由を奪おうとする。

 しかし、それは最善の手ではない。むしろ最悪手とさえ言ってもよかった。

 

「……」

「りょーかいっす」

 

 崩れたラインに張り付く少女が手をあげる。鎌野は間接視野でそれを確認し、がむしゃらに向かってくる太田を初歩的なボディフェイントでかわしてキラーパスを放った。

 

「あっ……」

「決めてこいっす」

 

 地を切り裂くようなパスが、センターフォワードの蓮水涼の足元にピタッと収まる。様崎のスライドは間に合わず、ゴール前で()フリー。久良島が咄嗟に構えるが、日本最高峰のFWのシュートを真正面から止めろというのは酷だろう。

 

「本気で行きますよ」

 

 だが、相手が初心者であれど、情けをかけて手を抜く輩はこのチームに存在しない。絶対の勝者は、何事にも驕らないものだ。

 蓮水の右足に、紐状の流水が絡みつく。よく見れば、それは蛇を象っており、紐の先端からはチロチロと細い水が見え隠れしている。

 

「今度こそ……!」

 

 強い覇気を漂わせるその必殺技を見ても、久良島は狼狽えない。むしろ、基礎通り腰を落として真正面から迎え打つとばかりに気合を迸らせていた。

 蓮水が、見逃しそうなほど薄く笑みを浮かべる。面白いとでも言うかのように。

 

「決めさせてもらいます。ハイドロバイパー

 

 右足を鞭のように打ちつけ、強烈なボレーシュートが放たれる。低いテンションと反比例するような、絶大なパワーを内包したボールが、蛇のようにうねりながらゴールへと襲いかかってくる。

 

「ッ! はあっ!」

 

 惑わすような軌道のボールに翻弄されながらも、なんとか捉え、体重を乗せたパンチングで弾き返そうとする。

 だが、やはりものが違う。くねるような軌道の分貫通力はデスサイズオブムーンより低いのか、拮抗する時間は生まれるが、押し切られるのも時間の問題と分かるほどのパワー。現に、踏ん張る足は徐々に、徐々にゴールラインに押し込まれている。

 

「負け、ないッ……!」

「……やりますね」

 

 それでも、久良島は食らいつこうとさらに全身に力を入れる。その瞬間、久良島の腕を、()()()()()()()()()()()()()

 

「あれは……」

 

 気づいたのは様崎1人。それほどに薄く、微弱なオーラだ。

 

「う……きゃあ!?」

 

 だが、その黒も瞬きの間に雲散霧消し、久良島の腕を弾いて、再びシュートが突き刺さった。

 

 

 

──────

 

GOAL‼︎

7分 蓮水涼

アシスト:鎌野樹

 

憲戸 0-2 青森附属

 

──────

 

 

「アンナ、大丈夫!?」

 

 吹き飛ばされた久良島の安否を心配し、三刀屋が飛ぶように駆け寄ってくる。拳を強く握っており、いくら鋭い攻めだったとはいえ、シュートブロック技を持つ自分がディフェンスに参加できなかったことを悔やんでいる様子だった。

 

「大丈夫……です。止められなくてごめんなさい……」

 

 久良島は差し出された手を掴んで立ち上がりつつ、大丈夫だと伝える。沈んだ面持ちで、ただでさえ髪に隠された目を、悔しそうに伏せていた。

 慌てた様子で三刀屋が何か言葉をかけようとする。だが、顔を上げた久良島の様子に、言葉を紡ぐことができなかった。

 

「でも、次はいけます……」

 

 拳を握って、何かを確認するように三刀屋と視線を合わせる。

 

「今のシュートで、『何か』が掴めました……!」

 

 か細く、控えめな彼女の声。だが、その中に鋼のように硬い芯が見え隠れしている。

 

「止めます……! 絶対……!」

 

 前髪の隙間から、陽の光を浴びた、美しく輝く翡翠が覗いていた。

 

「…………」

 

 様崎咲夜は、その輝きを、どこかくすんだ瞳で、悲痛そうに見つめていた。

 

 

 

 

────────

 

 

 

 

 

(クソ……! 俺のロストからだ……!)

 

 伊槌は激しく苛立っていた。試合開始から間もない2失点もそうだが、その失点の両方に自分が関わっていることが実に腹立たしい。

 決定機逸からのカウンター、そしてロストからの速攻。やはり青森附属は素晴らしいチームだ。対比するように、伊槌のプレーは精彩を欠いている。

 並々ならぬ様子の伊槌に、どこ吹く風と言わんばかりに木崎がいつも通りの明るい口調で声をかけてくる。

 

「まだ10分も経ってねぇんだ! 俺たちで取り返そうぜ!」

「……もちろんだ」

 

 その言葉に、伊槌も気を取り直す。

 

「いくぞ!」

 

 リスタートとともに、伊槌がバックパスを通し、木崎とともにロングパスのターゲットとなるべくDFを背負ったポジションを取る。

 

「上がれホープ!」

「分かったわ!」

 

 いつも通り、無籐、靴木、様崎とバックパスを経由していき、ロングボールの体勢を整える。青森のプレッシャーは緩い。ディフェンスラインで回収しようと言う魂胆なのだろうか。なんであれ、憲戸にはこの戦術しか残されていない。

 

「出せ!」

「取ってやる!」

 

 伊槌が手をあげてパスを要求する。だが──

 

「……みとちゃん」

「え、ワタシ?」

 

 様崎が選んだのは、無意味な横パス。その選択に、前線のプレーヤーたちのほとんどが目を剥く。

 

「何やってんだキャプテン……! クソ、出せ三刀屋!」

「……早々の2失点で折れましたかね?」

 

 氷治のつぶやきをよそに、無籐が慌てた様子でパスを要求する。その瞬間、伊槌には見えた。

 

(っ、いける!)

「!? どこ行く気だし……!」

 

 童部留を抑えながら、斜めに走り出す。ゴールへ一直線の軌道を描きながら、割れんばかりの声をあげて、無籐に自分の存在を認めさせる。

 

「縦パス! 来い!」

「ッ!」

 

 木崎を追い越し、マークの長宗我部たちも置き去りにして裏へと抜ける伊槌。ディフェンスラインの面々は反応できておらず、完璧に抜け出せた。

 だが、戦術にない動きであった為に、無籐も反応できずパスのタイミングを失ってしまう。オフサイドラインに入っていることを確認した伊槌が舌打ちしてポジションを取り直す。

 

「ダメか……!」

「くっ、靴木ィ!」

 

 氷治に捕まえられそうになった無籐が、咄嗟にサポートに来た靴木へパスをする。

 

「今度は通さないよ〜?」

「厄介な……」

 

 だが、そこにも桜庭が素早く顔を出し自由を与えない。あくまで靴木はいつも通りの冷静なスタンスを崩さないが、その額には冷や汗が浮かんでいる。流石に、2度目があるとは思っていないのだろう。

 しかし、その横を流星のように駆け抜けていく1つの疾風が吹き抜ける。それが何かを知っている靴木は、ニヒルに笑みを浮かべ、その軌道上に落とすように緩やかなパスを入れる。

 

「いいタイミングだ、行けホープ!」

「任せてください!」

 

 マークについていた奇崎を単純なスピードだけで振り切っていたホープが、風を切りながらパスを受ける。伊槌のランニングで中央にDFが寄っており、ガラ空きのサイドを気持ちよく駆け抜ける。

 

「ウチが行きます!」

 

 だが、DF陣が即座に連携し、全体が右サイド寄って、サイドバックの童部留がしっかりチャレンジに行く。中央には木崎と伊槌が陣取っているが、毛利・長宗我部のセンターバックコンビに挟まれており身動きが取れない。

 プレスを受けながらも、ホープは慌てない。むしろ、笑ってさえいる。

 

「舐められたものじゃない……!」

 

 ぐっ、と。

 大地をより強く踏み締める。体を低く、矢のように疾る自分をイメージする。

 

「──フッ!」

 

 刹那、突風が突き抜ける。

 童部留のマークを千切るように剥がし、目にも止まらぬスピードで、ホープが一気呵成にサイドを貫いた。

 

「早っ……!」

「中央を固めろ!」

 

 長宗我部が努めて冷静な態度でディフェンスラインを統率する。予想以上のプレーに度肝を抜かれているだろうに、その顔には焦りなど全く見えなかった。

 

「ホープッ、こっちだ!」

 

 木崎がゴール前に突っ込んでいく。センターバック2人がその動きに気を取られた瞬間、伊槌がニアサイドに顔を出す。

 

「空いてる……!」

「させないっ!」

 

 だが、ゴール前でフリーになりかけた伊槌を、剥がされた童部留が抜け目なく捕まえる。伊槌も負けじと体を前に入れ、熾烈なポジション争いを演じ始めた。

 あくまで伊槌は手をあげ、パスを要求する。その目は暗く光っており、ゴールへの異常なまでの執念が見え隠れしていた。

 中央に寄ったDF達。ホープがキックのモーションに入る。

 

「──輝夜!」

 

 伊槌の、そして木崎の頭上すら超えていくクロスボール。そのクロスは、遠いサイドから詰めてきていた明凪の足元に収まった。

 

「よしっ、打てる……!」

「させないよ!」

 

 当然、背後から明凪のサイドを守る薄利が体を寄せてボールを奪いにチェックにくる。寄せられた明凪は、体をうまく使い、足元の細かいテクニックを使ってギリギリのところでボールをキープする。

 

「うっ、まずい……」

 

 うまくボールを持てているが、薄利のこのプレスは、()()()()()()()()()()。確実に奪うために、何かを待っているのだと明凪は理解した。

 そしてその予感どおり、1人の男が挟み込むように突っ込んでくる。

 

「ナイスだ薄利! 奪えるッ!」

 

 2年生DFの毛利が猛烈な勢いでボール奪取に来る。ただでさえ薄利に動きを制限されている明凪は、流石にキャパオーバーだった。

 

「ふ、2人は無理ー!」

 

 もう無理矢理でも打つしかない──そう考えた明凪だが、ふと、彼女の視界に新たな選択肢が現れる。毛利が動いたことで空いたスペース、そこにあの男が現れた。

 これこそが最も得点に繋がるプレーだと直感した明凪が、なんとかパスを繰り出した。

 

「いけぇ! 先輩!」

「あァ、なんだ!?」

 

 突然のパスに、毛利が虚をつかれて背後を振り返る。

 

 そこには、白い髪を振り乱し、獣のような瞳でゴールを見据える、狩人が走り込んでいた。

 低弾道のクロスに合わせ、目にも止まらぬスピードで右足を引き戻してボールの下を蹴り抜き、その場で回転させる。そして、引いた足の勢いをバネに強烈なボレーを叩き込んだ。足と回転の摩擦によって発電し、眩い光がボールを覆う。

 

(……! っくそ!)

 

 伊槌鳴哉の代名詞とも言えるその必殺技──だが、やはり。伊槌の足は石像のように固まった。されど、打ち抜くしかない。ここで決めなければならない。

 バランスを崩し、パワーがボールに伝わりきっていないそのシュートを、意地を打ち出した。

 

「打ち抜け……! 電閃!

 

 雷鳴が至近距離からゴールを襲う。だが、その一瞬の時間に割り込む影が1つ。キャプテン、そしてDFの長宗我部誠四朗(ちょうそかべせいしろう)が、飛びつくようにキックブロックを挟んできた。技を出す余裕は無いと判断しての咄嗟のブロックに、判断力の高さを感じられる。

 

「くっ、流石に止められはしないか……。獅子豪、頼むぞ!」

「合点!」

 

 長宗我部といえども、必殺技を止めることはできない。これ以上は無理だと判断し、獅子豪に声をかけ、彼も威勢良く返答する。

 

「はっはっは! では小生のファイトをご覧いただこうか!」

 

 そう言うと、力強く腰を落とし、両腕に赤黒いパワーを集結させる。腕をクロスさせた後、右腕にオーラを集中させ、厳かな装飾を持つ盾として顕現させた。

 作り上げた盾を高々と点に掲げ、半身を下げ、ピッチが陥没するのでは無いかと錯覚するほどの力で踏み込み、電閃を正面から暑苦しい笑顔を持って睨みつけ、掲げた盾を、真っ向から叩きつけた。

 

「うおおぉ! 王家の盾ェ!

 

 火花を散らしていると思うほど激しいパワーがぶつかり合う。だが、ブロックを受けた上に、そもそもフルパワーでは無い電閃を覆うオーラが、陽炎のように揺めき始める。

 

 そして、瞬く間の拮抗の後。

 王家の盾が弾け、獅子豪仁の腕に、完璧に静止したボールが鎮座していた。

 

「クソ……!」

「良いシュートだったぞ! ラストパスも素晴らしかった!」

 

 だが、と獅子豪が破顔する。

 

「今回も小生の方が上手だったようだな! 次も待っているぞ、リベンジ根性!」

 

 獅子豪が闘志をみなぎらせながら、宣戦布告のように言い放つ。

 待ってろ、と言わんばかりの鋭い目を伊槌が返すと、獅子豪は緊張とかけ離れた笑顔で受け止めた。

 

「冗談じゃないし……」

 

 冷や汗を垂らしながら童部留がぼやく。やはりこと男は要警戒だと、改めて猟犬のように鋭い視線で伊槌を睨みつけていた。

 

 獅子豪がパントキックを前線に蹴り込む。同じ手を食わないとばかりに靴木が鎌野についていたが、それも読んでいたと言うように、今度のパスは右サイドハーフの奇崎に渡った。

 

「フフ、やっと僕の出番か」

 

 口角を釣り上げ、滑らかにトラップを披露する。

 しかし、その背後から、全速力で戻ってきたホープがタックルを食らわせようと突進してくる。

 

「行かせない!」

「おっと」

 

 そのタックルを、軽い身のこなしで、闘牛士のようにひらりとかわす。

 だが、かわされようとも素早く体勢を整え、ホープが奇崎と正面からマッチアップの形を作った。

 

「ははっ、やはり素晴らしいスピードだね」

「ふふん、言われなくても知ってるわよ!」

 

 余裕綽々の態度で奇崎が手を叩いて称賛する。ホープも気を良くしたようにニヤりと笑うが、その立ち姿に隙は表われない。

 ハイスピードで、しかし抜かれないように慎重な足取りでホープが距離を詰めていく。一筋縄では行かない守備に、奇崎が朗らかに笑う。

 

「いいディフェンスだね……けれど」

 

 奇崎が怪しく、どこか劇のように微笑むと、その場で1回転してボールを踏み抜く。

 瞬間、踏み抜かれたボールが無数のボールとなって奇崎の周りを衛星のように回転し始め、ホープの視覚と判断を迷わせる。

 

「うわっ、何これ!?」

「お楽しみください、僕のショーを! イリュージョンボール!

 

 仰々しい奇崎の語り口調を気にしている間もない。中空を漂うボールはホープの周りを過ぎ去っていき、奇崎が彼女の背後を取るとともに、分身したボールが1つに戻った。完璧に出し抜かれてしまい、慌てて背中を追う。

 

「さて……今日の主演は……」

 

 ホープのプレスバックを気にも留めず、チラリと奇崎がペナルティエリア内に視線を向ける。

 センターバックは戻っているが、2人とも何処か上の空な様子でマークが中途半端だ。GKはいつでも来いとその構えが雄弁に語っている。

 思考を巡らす奇崎の耳に、場違いなほど明るい声が耳朶を打った。ぴょこぴょこと跳ねるような小さな影が、好戦的な笑みを浮かべているのが目に写る。

 

「おーい! リューが空いてるぞー!」

「……そうだね、よし。今日の主演は君だ!」

 

 奇崎が、ファーサイドに走り込んでいた鉢鐘粒閃(はちがねりゅうひ)に狙いを定める。

 背後のホープを腕で抑え込んで、奇崎が全く意味のないバク転しながら、無駄に派手なパスを出す。

 

「ヤバい……!」

 

 ホープがふと声を漏らす。

 ──その背後から、地獄の底から這い上がって来たかのような必死の形相で、ボールに体を投げ出す男が、いつの間にか現れていた。

 

「やらせるかァ!」

「何っ」

 

 その影は、FWの伊槌だった。先ほどまでゴール前にいたはずなのに、全速力で、一直線でこの場所に走り込んできていたのだ。流石の奇崎も度肝を抜かれる。

 伊槌が決死の思いでカットしたボールは、軌道を変えてゴールラインを割る。コーナーキックだ。

 

「……ふむ、演目に邪魔が入ったがこれも面白いか……」

「ナイスカット伊槌!」

「……ああ、俺に任せとけ。俺がやってやる……!」

 

 奇崎が口元を覆いながらブツブツと呟き始める。それを尻目に、スライディングの体勢で倒れ込んだ伊槌をホープが手を掴んで起き上がらせていた。

 ふと、ホープが伊槌の顔を覗き込む。

 意外と整っているその顔は、汗に塗れ、髪は乱れて、どす黒い執念を瞳に宿している。並々ならぬ感情が、表情から溢れ出していた。

 その顔はどこか危うい。何故だか分からないが、ホープはそう直感して、慌てた様子で、口を開く。

 

「い、伊槌!」

「……なんだ?」

 

 錯覚だろうが、暗い声で伊槌がそう返す。だが、何も考えず声をかけたホープは、挙動不審にえーとえーと、と言葉にならない言葉を出すだけだ。

 怪訝そうに伊槌が眉を顰め、「何も無いなら行くぞ」と返そうとしたところで、ホープがふとこんなことを口走った。

 

「サッカーは楽しむものよ!」

「……?」

 

 伊槌の顔がさらにしかめ面に変わる。ホープは気づかないのか、考えないようにしているのかはともかく、伊槌の様子を無視してさらに言葉をぶつける。

 

「とりあえず、それだけは忘れないで! 守るわよ!」

「…………」

 

 守備位置に走っていくホープを見て、伊槌も訝しげな表情を崩さないままファーポストに立って壁になる。キッカーは、鎌野樹だ。

 その間、ホープの言葉がぐるぐると頭の中で渦巻いていた。

 

(楽しむだと……?)

 

 何故か妙に苛立ちを覚える。

 

(この状況で……? 2点差あるんだぞ、呑気してる場合かよ……!)

 

 ポストをギリっと握りしめる。指が食い込みそうなほど強くだ。

 

(──俺がやるしか無い)

 

 瞳の暗さが、深くなったような気がした。

 

 鎌野がぼんやりとどんなボールを蹴ろうか、()()()()()。どんなボールが1番ゴールにつながりそうかを感覚で捉える。

 その時、伊槌の姿を目で捉えた。

 

「ああ……」

 

 それを認めた瞬間、鎌野がどこか悲しそうな声をあげた。

 手を挙げて中の人間に合図する。そして、挙げた手でちょいちょいと手招きをするかのような動作を見せた。

 

「ッ!」

「えっ、何!?」

 

 瞬間、伊槌が持ち場を離れて一直線に鎌野へ向かっていく。手招きを受けて近づいていった童部留が目を剥いて振り返った。セオリー通りに、童部留へついていっていた三刀屋も驚いたようにそちらを見ている。

 自分が奪う、自分がやるしか無い──。その思いに突き動かされ、体を倒して銃弾のように地を駆けているその時。

 鎌野の口元が、『想定通り』と歪んだ気がした。

 

「ふっ」

「なッ……」

 

 童部留を呼びつけながらも鎌野が選んだのは、ショートコーナーではなく普通のコーナーキック。ファーサイドに巻いて落ちていく、ゴールへ向かっていく素晴らしいボールだった。

 いや、それだけでは無い──

 

「リューが打つぞ!」

「やらせっかよォ!」

「……いや、このボール……」

 

 クロスがゴールの中心あたりにたどり着いた時。

 グンっと、何かに導かれるように、強く曲がった。

 

「あっ……!」

 

 直前で気づいて、久良島が急いで飛びつく。だが、一歩遅かった。

 先ほどまで、伊槌が立っていた場所。

 ボールはファーサイドのポストに激突し、けたたましい金属音を立てながら、実にあっけなくゴールラインを破った。

 

「あ……」

 

 動かなければ、入らなかった。

 また自分の責任での失点に、伊槌が愕然とする。

 

「ちょっと、鎌野先輩! ウチを呼んどいて無視ですか!?」

「あー、さーせん」

 

 ふと、そんな言葉が耳に入って振り向く。

 腰に手を当てて怒りを表現する童部留に、鎌野が悪びれた様子もなく軽い調子で頭を下げる。はたから見ても悪いだなんて全く思っていない様子だった。

 

「ま、あれが1番入りそうだったんすよ」

「……まあ、確かに入りましたけど。あいつが動かなかったらどうするつもりだったんですか」

 

 その質問に、鎌野が子供に語りかけるような笑みを浮かべた。

 

「それは無いっすよ」

 

 視線が、こちらを向いた気がする。

 鎌野は、確かにこちらを見ているはずだ。なのに、何故か自分の姿が、彼の瞳に写っていない錯覚を覚える。

 

「周りが見えてない」

 

 その言葉が、深く胸の内に突き刺さる。

 聞きたくも無い言葉なのに、考えたこともないことなのに。正鵠を得ているような気がして、息が詰まった。

 そして鎌野は、吐き捨てるようにつぶやいた。

 

「──恐るるに足らないやつっすよ。ワンちゃんも攻めていいっすよ」

「ワンちゃんじゃないし!」

 

 ひらひらと手を振って自陣に帰る鎌野の背中を、野犬のようにガルルとうめく童部留が見送る。

 そんな兄妹のようなやりとりも、もう伊槌の耳には届いていなかった。

 

「恐るに、足らない……? 俺、は……」

 

 ただただ、足元が崩れていくかのような感覚に、身を委ねることしかできなかった。

 

──────

 

GOAL‼︎

10分 鎌野樹

 

憲戸 0-3 青森附属

 

──────

 




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