イナズマイレブン〜蘇る雷鳴〜   作:暁の教徒

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ありえんくらい長いです


8話:伊槌鳴哉

「靴木ィ、梵場ァ! 挟んでプレス行け!」

「ああ!」

「分かりましたよっと!」

 

 伊槌のシュートから数分後、無籐の指示で動き出した靴木たちが、飛びかかるように鎌野へ3人がかりのプレスをかける。

 

「ははは、中盤は連動性が出てるっすね。でも──」

 

 靴木が足を出してボールを奪おうとしたが、鎌野が少しボールを引くことで回避される。

 梵場のショルダータックルは、肩を引いて力を逃すことで、のれんにでも突っ込んだかような手応えの無さとともに梵場がたたらを踏んだ。

 残された無籐が、舌打ちをしながらもスライディングで食らいつこうとするが、彼はその前にボールを少しあげ、足を使ってその形状を鎌のように作り替えてみせた。

 

「もう容赦はできないっすよ、ブレイクスルー

「がァ……! クソッ!」

 

 鎌が地面を砕くほどの力で蹴り付けられ、衝撃波で無籐の体が吹き飛ばされる。その隙に、鎌野は悠々と突破していった。

 あまりにも流麗で無駄のないドリブルに、靴木が忌々しげに言葉を漏らす。

 

「3人がかりでも無理なのか……!」

「咲夜キャプテン、頼みます!」

 

 突破した鎌野が、怪物のようなドリブルでゴールへ襲い掛からんとする眼前に、キャプテンマークを巻いた様崎が、ピンク色の髪を靡かせ立ち塞がる。

 梵場たちの声を受けて、彼女は少し微笑んだ。

 

「何度もやらせないよ?」

「……はは、俺だけを見てると痛い目見るっすよ」

 

 様崎がピクリと眉を動かして、抜かれないように重心を後ろに残しつつも鎌野との距離を一気に詰める。だが、彼はそのプレスを受けた瞬間ヒールで背後にパスを落とし、鎌野を追い抜いて華麗に少年が様崎を抜き去っていく。

 

「いい連携ですよ、鎌野くん!」

「ホープちゃん、お願い!」

 

 ドリブルで切り込む少年──氷治を認識した瞬間、様崎が指示を飛ばす。

 ボールを持っていなくても、鎌野から視線を外すわけにはいかない。『そこにいる』、というだけでディフェンスラインを恐怖を与えられるほどの圧力を放つ背番号10番を野放しにはできなかった。

 

「はああああぁ!」

「……っ、1度見てはいますが、流石に早いですね。ですが──」

 

 風を切る矢のような勢いで、ホープが氷治へまっしぐらに突貫してくる。

 あまりのスピードに、流石に目を剥いた彼だが、すぐさま不敵な笑みを携えて彼女を懐へ迎え入れた。

 

 氷治が突然、ぽん、と優しくパスを送る。他の仲間ではない、ホープにだ。

 

「え?」

 

 突然のプレゼントに、ホープも足を止めて戸惑いを見せる。

 だが、その一瞬。ボールを胸で受けた体勢の彼女に、氷治は後ろ回し蹴りをかますような動きを見せて、いつの間にか距離を詰めていた。

 

「喰らってみなさい! ジャッジスルー!

「うあぁ!?」

 

 ホープの腹を、ボールを挟んで蹴り抜く。その勢いに押され、彼女は吹き飛ばされて地面へと転がった。

 糸目を引いた、優しげな風貌からは想像もつかないような荒々しく攻撃的なプレー。これこそが青森の中盤を支配するボール奪取の達人、氷治聖の本領だ。

 

「……わ、私が止めるんですか……」

 

 問いかけるような形だが、誰に答えられずともその心は決まっている。センターバックの宵闇が、危機を察知して、有り余るスタミナにものを言わせた猛烈な勢いで氷治にプレスをかけてくる。

 だが、それ故にできる致命的なスペース。1枚が既にMFに釣り出されているために、ゴール前には広大なスペースが広がっている。そして、それを突かないほど青森附属は甘くない。

 全てのDFの視界から消えた少女が、パスを求めて手を挙げる。氷治はそれに微笑みで答えた。

 

「ええ、いいポジションです。蓮水さん!」

「あ、やば……」

 

 宵闇の真横を、鋭いパスが通り抜ける。スパン、という小気味いいトラップの音とともに、フリーの蓮水へとボールが渡った。

 

「おーけーでーす。ナイスパス」

「まずいネ……!」

 

 焦った様子で走り寄る三刀屋を、一瞬だけ見て、すぐさまゴールに向き直る。気楽そうな言葉と合致しない冷徹なほどの無表情に、GKとして対峙する久良島の背筋に怖気が走った。

 だが、それでも彼女は、その瞳を正面から見据え、髪に隠れた強い瞳を光らせる。拳を握り、息をついて戦意を昂らせる。

 

「止めます……!」

「いいですね、その心意気」

 

 蓮水がわずかに微笑む。

 彼女が足を振り上げ、久良島の向こう側、ゴールネットを貫くような視線で射抜いた。

 振り上げた足に流水が絡まる。次第に蛇の形を浮かび上がらせるその右足を、鞭のようにしならせ、浮いたボールへ強烈にボレーを叩き込み、水流を纏ったシュートが、渾身の一撃が放たれる。

 その一瞬の溜め。駆け寄ってきた三刀屋が、打ち出される寸前で久良島の前に立ち塞がった。

 

「容赦はしません。ハイドロバイパー

「コウハイだけに辛い思いはさせないヨ!」

 

 滑り込むように間に割って入った三刀屋が鋭く言う。激しく唸りを上げ襲いかかる水の蛇にも、一歩も引かずに構える。

 滑らかな動きで逆立ちの体制へ移行する。そして、突風を巻き上げながらコマのように高速で回転し、空気の渦を作り上げる。それはまるで竜巻。激しく回転を重ねながら、必殺のブロックを披露し、うねる波のようなそのシュートを見据えた。

 

旋風陣!

 

 捩れるような軌道で突き進むハイドロバイパーも、流石に風の奔流から逃れることはできず、吸い込まれるようにぶつかり合った。

 激しく水流を撒き散らしながら、シュートが風を振り解かんと暴れ回る。彼女は明らかに押され、苦しげな表情を浮かべる。それでも、三刀屋は回転を止めない。

 

「流石の強さだネ……!」

「……いいディフェンスですね。ですけど──」

 

 蓮水の言葉に呼応するように、水飛沫がより激しく、ハイドロバイパーの唸りがさらに強くなっていく。竜巻は今にもかき消えそうだった。

 

「──私たちには届きません」

 

 感情の昂りと共鳴するように、うねりはより激しく、とぐろを巻くように渦を描く。激しすぎる抵抗に、遂に三刀屋の気持ちが押し切られた。

 

「キャア!」

「みとちゃん! 杏菜ちゃん!」

「……ふうぅ……!」

 

 纏う水流が幾分か少なくなりながらも、ハイドロバイパーはゴールへ突き刺さらんと空を切り裂く。立ちはだかる久良島が、強く息を吐き出して、そして大きく息を吸い、覚悟を決めたように、大袈裟なほどに振りかぶった右手を、正面から叩きつけた。

 

「……う、すごいパワー……! でも、負けないっ……!」

 

 三刀屋によって削られているとはいえ、必殺技は必殺技だ。莫大なパワーが右手を通して、波紋のように全身に広がる。

 それでも拮抗を生み出せるのは三刀屋のブロックと、久良島の初心者離れした膂力だろう。弾ける水飛沫が徐々に勢いを失っていく。だが、久良島の限界もすぐそこまで来ていた。

 

「う……はあああ……!」

 

 それでも、踏ん張る足に力を込めて、噛み砕きそうなほど強く食いしばって右腕に全てを集中させる。

 その思いが形になったかのように、あの時と同じく久良島の右手が黒いオーラで覆われる。空気に溶けそうなほど薄く、微弱で頼りない。だが、たしかな存在感を持ってそこに現れていた。

 

「これは……」

「……必殺技の予兆ですか」

 

 蓮水がそう溢す。

 

 久良島がそのオーラを認識した瞬間、呆けたように、一瞬だけ全身から力を抜いてしまった。

 

「あっ、しまっ……!」

 

 纏っていた水はもはやほとんどないが、未だに威力を保って久良島の腕を吹き飛ばす。彼女の体は大きく後退させられ、ゴールネットに叩きつけられた。

 ぶつかり合いを制した後は力なさげに、だが意志を持ったようにゴールラインを割ろうと緩やかに飛んでいく。

 

 入った、ほとんどがそう思って足を止めた、その瞬間。

 

「やらせるかぁ!」

 

 FWの伊槌が、猛烈な勢いで滑り込み、入りかけていたボールを掻き出した。

 

「また彼か……」

 

 前半に伊槌のカットを受けた奇崎が、少し忌々しげに言う。

 難しい体勢でクリアされたボールは、ふんわりとペナルティエリア内を漂っている。なんとか失点は防げた──憲戸の面々に、安堵とともに、油断が生まれてしまう。

 

 故に追いつけない。

 獰猛な笑みを浮かべながら、ボールの落下地点へただ1人走り込む鉢鐘粒閃に。

 

「オマエ、すごいシュートも打てるしいい守備してるなー! だけど、リューの方がすごいぞ!」

「クソ、ヤバい……!」

「打たれる……!」

 

 鉢鐘を確認した様崎たちが走り寄る。体勢を崩している伊槌と久良島も素早く立ち上がろうとする。

 だが、遅い。落ちてくるボールに合わせて、ピンポイントのボレーシュートを叩き込んできた。

 

「アッハハハハ! 止めてみろー!」

 

 目を見開いて鉢鐘が嗤う。鋭く伸び上がって右の隅に吸い込まれるボールを防ごうと、伊槌が飛び上ってブロックを試みた。

 だが、届かない。髪に掠って、頭上を風が吹き抜けていくだけだ。

 

「畜生……!」

 

 久良島も飛びつくが、間に合わない。

 シュートは右のポストにけたたましい音を上げながら激突し、跳ね返って逆側のサイドネットに深く突き刺さった。

 

「ハア……ハア……」

 

 伊槌が荒く息をつく。絶えず流れる汗は疲れからくるものだけではない。

 圧倒的な地力の差。それを目の当たりにしたことによる冷や汗が止まらない。

 右の手のひらで汗を拭い、左手を強く握りしめる。後半開始直後は確実にこちらのペースだった。伊槌の中にも、次打てば入るという確信すらあった。

 

(なのに……!)

 

 青森附属に、もう一瞬の油断もない。

 この数分で、しかとそれを刻みつけられた。

 

 伊槌が久良島の手を取って立ち上がらせる。彼女は悔しげに俯いて、肩を震わせていた。

 

「久良島……」

「この試合中……必ず1回は止めます……! もうゴールは割らせたくない……!」

 

 言い聞かせるようにそう言う。

 強い子だな、と伊槌は思った。この試合で最も実力差を見せつけられているだろうに、折れずに立ち向かっている。彼の記憶に、過去の自分がよぎり、より一層彼女への尊敬の念が湧いてくる。

 それも、いつまで持つかわからない。強い思いで望むほどに、手が届かないと分かった時は想像を絶する痛みを伴うものだからだ。

 早く、自分が点を取らなければならない。何故なら──

 

 

「……これで15点目、か」

 

 

 ──もう、余裕も時間もないのだから。

 

 

──────

 

GOAL‼︎

33分 鉢鐘粒閃

 

憲戸 0-15 青森附属

 

──────

 

 

 伊槌がゴールを決めるにあたって、問題は大きく2つある。

 

「無籐、無理をするな!」

「チッ……プレスが早すぎんだろ……!」

「あはは〜、私たちも本気だからね〜」

 

 1つは、青森の異常に強い守備。

 堅いというより、強いと形容するのが適切だろう。前線の選手全員、エースの鎌野すらプレスに加わり、絶え間なくボールホルダーに激しいチェックをかけてプレーを大きく制限する。

 この守備のせいで、ミドルサードでのボール保持が非常に難しくなっている。いまも無籐や靴木が堪え、梵場や明凪も受けようと苦心しているが、高いレベルで連動する青森のプレスをかわせない。

 

 激しいプレス戦術は、現代サッカーの戦術における基本であるが故に難しい。選手の立ち位置、役割、そして技術を明確にしなければ、必ず綻びが生まれ機能しない。それを高いレベルで熟す青森は、中学生のサッカーのレベルを優に超えているだろう。

 これを突破するには、青森のスタミナが切れるか、繋ぐことをやめて前線にロングボールを送るかしなければならない。

 前者はこちらの意思でどうにもならないため、自動的に後者になる。だが、それでも上手くいかないからこそ失点がかさんでいるのだ。

 

「キャプテン、返すぞ!」

「おっけ、鳴哉くん! 行くよ!」

 

 無籐が桜庭のプレスをギリギリでかわし、背後の靴木をスルーして様崎まで一気にバックパス。そのまま彼女はロングキックの体勢に入った。

 

「ああ、来い……っ!」

 

 伊槌がボールを受けるために、様崎の方へ体を向けた瞬間、強い圧力が背中にかかる。

 

「ふふふ! もう君に仕事はさせないよ!」

 

 首を回して背後を確認すると、鈍色の髪を揺らし、澄んだ水色の瞳を爛々と輝かせた少女が、ビッタリと伊槌をマンマークしていた。苦虫を噛み潰したような表情で、伊槌が顔を歪める。

 

 これが、伊槌に降りかかるもう1つの問題──6番、薄利美樹のハイレベルなマンマークだ。

 あのシュートを打ってから、彼女はポジションの概念を無視して伊槌にベッタリマークをつけてきた。原始的な方法だが、それは確実に効果を発揮している。

 

「どけ……!」

「嫌だね! 動きが悪くなってるよ!」

 

 伊槌が振り切ろうと、様々な動きを織り交ぜて薄利を惑わそうとするが、彼女はまるで伊槌の動きが分かっているかのようについてくる。

 もう1人のFWである木崎にも3番の毛利が厳しくマークしており、自由を奪われている。

 激しいプレスによる中盤の支配と、原始的ながら高い技術を持ってFWを消し去るマンマークの併用。

 伊槌たちは、青森の戦術に完璧に嵌められていた。

 

 ──それでも、一縷の望みに賭ける他ない。

 

「いけぇ!」

 

 チェイシングが間に合う前に、様崎が前線へロングボールを放り込む。伊槌を狙ったボールだ。

 

「今度こそ!」

「何度でも止めてあげるよ!」

 

 伊槌の脳内が次の局面のシュミレートを開始する。

 

 このままトラップして背負う。ダメだ、先ほど試したがパスコースを潰されて奪われた。

 無理矢理反転して抜く。ダメだ、進行方向に先回りされるだろう。

 木崎にパスをする。ダメだ、そもそも難易度が高いし木崎が取れるようなパスを出せない。

 

(くっ……)

 

 八方塞がりだ。

 だが、やるしかない。このまま反転して受け、剥がしてドリブルする。そう心に決めて、薄利を背負って準備する。

 

「行くぞ……!」

 

 柔らかい軌道のロングボールを、足元で完璧にトラップ。ボールを薄利から隠すように間に体を入れキープし、素早く反転して抜き去りにかかる。だが──

 

「こっちでしょ!」

「なっ……!」

 

 風のように、薄利が目の前に割り込んでくる。

 動きは完璧だった。それなのに、何故──考えている暇はない。伊槌はどうにか彼女からボールを遠ざけ、キープの体勢に移行しようとする。

 そこで、薄利は奇妙なことをし始めた。

 

「ふふふ、君がどう動くのか全部分かるよ!」

 

 伊槌の動きを、一寸の狂いもなくトレースし始める。鏡に写っているかのように、彼の足捌きから体の使い方、果ては目線まで完璧に模倣する。精密機械のような異様な動きに、伊槌が流石に度肝を抜かれる。

 

「なんだ……!?」

「そして──隙が出来る瞬間もね!」

 

 一瞬だけ、伊槌の足が止まる。

 その刹那を見逃さず、薄利が先ほどまでのトレースを捨て、猛烈な勢いでカットを狙ってきた。

 これこそが、模倣により相手を困惑させることによって隙を生み、それを周到に射抜く薄利美樹の必殺技。

 

「これが私の必殺技──トレースプレス!

「しまっ……」

 

 一瞬の間に、伊槌が一歩も動けずにボールを奪われてしまう。背後を走り去っていく薄利の背中を、目で追うことしかできなかった。

 だが、ハッと息を呑んですぐに我に返り、薄利へと背後からプレスをかける。彼女はすでにパスの体勢に入っていた。

 

「桜庭先輩!」

「よ〜し、ナイスパス〜」

 

 ボールはサファイアの瞳を乱反射させるボランチ、桜庭旋風へと渡る。目立ったプレーはしていないが、こうして中継地点となったり精度の高いプレスでこちらを撹乱してくるいぶし銀なプレーが光っている。

 だが、簡単に通すほど憲戸の中盤も甘くはない。

 

「梵場が行け、靴木はカバーだ! 明凪も絞れェ!」

「全く、人使いの荒い先輩ですね!」

 

 無籐が司令塔として振る舞うことで、憲戸の中盤は連動性を持っている。梵場も、軽口のように悪態をつきながらも、指示を疑うことなく遂行し、その他の面々もすぐさま行動に移していることが無籐への強い信頼を示している。

 

「俺も……」

「伊槌と木崎は来るなァ! 攻め残れェ!」

 

 ディフェンスに参加しようとした伊槌を、無籐が手で制する。伊槌は突然ぶつけられた言葉に面食らって足を止めた。

 

(大丈夫なのか……? いや、でも……)

 

 立ち尽くしたまま思考を回す。そうしている間にも、試合は進んでいた。

 

 鎌野とは違うタイプの司令塔に、桜庭が口角を上げて、その鎌野へ視線をやる。小さいセンターバックのマークを振り切りながら、手を挙げていた。

 

「再びお会いできて光栄です、できればかわい子ちゃんを渡して頂けると嬉しいのですが……」

「かわい子ちゃん〜? よく分からないけど何もあげられないな〜」

 

 態度には出さないが、梵場の奇天烈な言動に桜庭が困惑する。だが、今はそれを思考の外側に追いやり、最善のプレーを描くために思考を回しだした。

 梵場がいやに様になるニヒルな笑みを浮かべ、サングラスに反射する桜庭を見据えた。

 

「フフッ、子猫ちゃんに手をあげるのは気が引けますが……強引に奪わせて頂きましょう!」

 

 梵場が、背後の靴木をチラリと確認する。彼は親指を立て『準備できている』と言外に伝え、それを受けた梵場が迷いなく桜庭へとアタックをはじめた。

 その様子を確認した桜庭は、おもむろに懐から草笛を取り出す。そしてゆっくりと口をつけ、暖かな音色を優しく奏で出した。

 

草笛ドリーミング〜!」

「……っ、これは」

 

 桜庭が奏でる澄んだ音色が耳朶を打つたび、梵場の体から力が抜け、宙に揺蕩うような感覚に襲われる。迫り来る激しい眠気に、つい膝をついてしまった。

 彼女はしたり顔で、その横を通り抜けていく。

 

「おやすみなさ〜い」

 

 桜庭の背中が遠くなるにつれて、梵場から眠気が抜けていくがもう遅い。完璧に抜き去られてしまった後だ。

 だが、走り去ろうとする彼女の前に、カバーに入っていた靴木が抜け目なく対峙する。

 

「これ以上行かせるか!」

「……ん〜」

 

 彼女は靴木の背後の景色を見やる。鎌野は後半から入ってきたDFに厳しくマークされており、しつこいそれを振り切れていない。蓮水に直接通すのも難しく、鉢鐘も遠すぎる。

 その折、背後からゴール前へと突っ込む猛烈な足音が耳に入った。彼女はにこやかな表情で、誰もいないスペースにパスを送る。

 

「何だ……!?」

「ウチを忘れてもらっちゃ困るし!」

 

 その足音は、薄利とポジションを変えて逆側のサイドバックに入った、童部留のオーバーラップだった。中盤のカオスを抜けてフリーでボールを受けた彼女は、そのままシュートの体勢に移行する。

 

「まずい!」

「来るね……!」

 

 構える様崎と靴木を尻目に、童部留の纏うパワーが増大していく。

 彼女から放たれたエネルギーが形となり、背後に三つ首の犬の怪物がビジョンとなって現れた。ボールを蹴りつけるたびに、頭の1つがボールに噛みつき力を注入する。

 3回繰り返した後、今までとは比べ物にならない気迫で4回目のキックを叩き込むと、全ての頭が大口を開けてボールに食らい付き、その怪物のオーラを纏い打ち出された。

 

ケルベロスショットォ!

 

 荒々しい足音を立てながら、地面を抉りシュートが空を切る。

 その進行方向に、靴木一谷は一切の動揺を見せずに立ち塞がった。

 

「ぬううぅ……!」

 

 靴木の体を黄色いオーラが包む。数瞬の後、鋭い裂帛と共に何かを持ち上げるように両腕を天に掲げると、背後からクッキーの壁が迫り上がってシュートとぶつかり合った。

 

「食らえ、クッキーウォール!

 

 三頭の獣が菓子の壁と鎬を削りあう。

 パワーとパワーが衝突し、激しい衝撃を伴って拮抗する。

 だが──

 

「無駄……!」

「ぐ……!?」

 

 ──互角のぶつかり合いは一瞬だった。

 獣が咆哮を上げ、より早く走り出す。その衝撃に耐えられず、クッキーウォールはミシリとひび割れた音を発した。

 そして、始めから壁などなかったかのように、シュートがブロックを打ち砕いて靴木を吹き飛ばした。

 

「ぐわぁ!」

 

 余波で靴木が背後に吹き飛ばされる。厄介なブロックも乗り越え、残るは必殺技を持たないGKのみ。童部留はゴールを確信し、犬歯を見せた。

 だが、靴木が生み出した一瞬の硬直。

 その隙に、鎌野を押さえる宵闇の相方にしてキャプテン、様崎咲夜がシュートブロックの体勢を整えていた。

 

「なっ、いつの間に!」

 

 童部留が驚きの声を上げる。一瞬時間ができたとはいえ、突然のシュートに反応できたのは、伊槌のフェイントにすら反応できる様崎の超人的なクイックネスによるものだ。

 彼女が祈るように手を合わせる。手を解き、円を描くように腕を振るうと、足元から膨れ上がったボウリング球のような黒い球体が出現し、3つ、彼女の周りを漂いだした。

 

「止めるよ! サテライトドロー!

 

 様崎が腕を振るい、球体の1つをぶつけた。しかし明らかにパワー負けしており、ジリジリと獣を纏うシュートが押している。

 だが、タイミングをずらし、他の球のぶつけていくと、球体が球体と合体し、より大きなものへとなって、逆に押し返し始めた。

 

「くぅぅ、強いねぇー!」

 

 様崎が苦しそうに声を上げる。手を伸ばし拮抗を保つ彼女だが、靴木がブロックが入ってなお絶大な威力に押されていた。

 それでも、威力は殺せている。

 その拮抗を見た童部留が、あり得ないと言いたげに口を開いた。

 

「くそっ……ウチを舐めるな!」

「うわっ……!?」

 

 焦ったような童部留の叫びに呼応するように、獣が咆哮を上げる。靴木の時と同じように、様崎へかかる圧力が一段と強くなった。

 首が球体を食い破る。すでに球体とは呼べない、無残な形になったそれはついに力を失い、その場で消滅した。

 

「ダメだった……! 杏菜ちゃん!」

「はい……ここまで弱めてもらえれば……!」

 

 シュートの威力は、明らかに低下している。回転数、威力共にほとんど失われ、もはや通常のシュートと変わりない。

 久良島が腰を落とし、安定した重心から大振りの右でパンチングをかます。激しい力が右腕を通して全身に伝わってくる。が、

 

「これ……なら! 止められる……!」

 

 そう確信する。

 全身に力を込めて、歯を食いしばる。ブロックに入ってくれた2人のためにも、必ず止めたいと思うと、胸の奥から力が湧いてきた。

 

「ブチ抜けッ!」

 

 童部留が祈るように叫んだ。

 そして──

 

「きゃあ!」

 

 久良島がパワーに押され、再びゴールネットに叩きつけられる。

 だが──シュートは彼女のパンチに弾かれ、力なくゴール前に溢れていた。

 

「嘘……」

 

 止められた童部留が、歯を食いしばって悔しさをあらわにする。目を見開き、久良島を、様崎を、靴木を睨みつけていた。

 だが、今はそんな場合ではない。

 

「こぼれ球!」

 

 ボールはまだ生きている。誰かが言ったその言葉に、ピッチの全員が我に返った。

 ゴールの真ん前でボールは緩やかに転がっており、GKは体勢を崩している。絶好のチャンスであり、憲戸の最大のピンチだ。いの1番にこぼれ球に駆けつけたのは──

 

「もらうっすよ、ワンちゃん!」

 

 ──鎌野だった。

 間髪入れず、童部留へ軽口を叩きながら右足を振り抜く。外すわけのない至近距離で、シュートが放たれた。

 だが、その瞬間、鎌野の前に1人の男が飛び込んでくる。

 

「やらせるかァ!」

「ん……!」

 

 それは、前線に残るよう指示されたはずの伊槌。鎌野が予想外の妨害に目を見開き、憲戸の面々も驚きを隠せない。

 

「あいつ……だけど助かったかァ」

 

 無籐が目を細めながらも、安堵した風にそう言う。

 伊槌の足に弾かれたボールは、ペナルティエリアを出てまだ宙に漂う。ピンチは続いている。

 だが、その落下地点には無籐が走り込んでいる。カウンターの局面になるはずだと、木崎が猛然と走り出した。

 

「よし、カウンター行くぞ……!?」

 

 彼が落ちてくるはずのボールをトラップしようと、足を伸ばした瞬間。

 鈍色の髪が天を舞い、中空でボールを掻っ攫っていった。

 

「んだとォ……!」

「ふふふ! シュートチャンス!」

 

 ボールを奪った少女──薄利が、驚きを隠せない憲戸の面々に笑みを見せる。

 あまりにも予想外のボール奪取に、誰もが動けないままシュート体勢が整った。

 そして、その動きに再び度肝を抜かれることとなる。

 

 ボールをつま先で軽くリフティング。刹那の間に右足を引き戻しボールの下を擦り上げ、その場で回転させる。

 

「あれは……」

 

 無理な体勢でクリアしたために、ペナルティエリア内で倒れている伊槌が、夢でも見ているかのような、現実味のない声でそう溢す。

 薄利は回転させたボールに、右足を引いた勢いを利用して強烈なボレーを叩き込んだ。回転するボールと強烈な勢いの右足が激しく電撃を生み出し、ボールを包んでいく。

 間違いない、この必殺技は──

 

「鳴哉くんの……!」

電閃ッ!

 

 様崎の言葉を待たず、鋭いシュートがゴールへ一直線に放たれる。

 先ほど見せた伊槌のシュートよりは回転数も纏う電撃も弱い。だが、伊槌の代名詞であったはずのシュートが突然相手によって放たれたことは、憲戸に激しい動揺を生んだ。

 

「……あ」

 

 伊槌の頭上を、空気を切り裂いて電撃が飛んでいく。

 自身が苦しみの果てに、ようやく取り戻した必殺技を奪われたことは、彼からあらゆる思考を奪い去った。何故、何故、と頭の中で堂々巡りが起こる。

 

 だが、世界はいつものように伊槌を待ってくれない。彼は見送ることしかできない。久良島も、未だ立ち上がれていない。

 鋭いシュートが、何の障害もなくネットを揺らす──はずだった。

 

「全く、こんなのは柄じゃないんだけどね!」

 

 いつの間に来たのだろうか。梵場が、汗を垂らしながら全速力でシュートに追い縋っていた。

 だが、このままでは追いつかない──伊槌止まった頭でそう判断した。そして、彼も同じことを思ったのか、歯を食いしばって裂帛の雄叫びを上げた。

 

「だけど、みんながこんなに頑張るなら……僕もやるしかないだろうがぁ!」

 

 そして。

 自慢のアフロヘアーを振り乱して、顔面からシュートに飛び込んだ。

 

「え!?」

「うお、ナイスガッツ」

 

 薄利が、流石に驚きの声を上げる。鎌野も軽い調子だが、目を見開いて面食らった様子だ。

 電閃がしたたかに梵場の顔面に激突する。その衝撃で、彼の髪は崩れ、地面に転がされながらネットに叩き込まれたが、シュートは上に逸れ、ゴールを割ることはなかった。

 

 一瞬、ピッチ全体に静寂が訪れる。

 

「梵場くん!」

 

 だが、様崎の声で正気に戻った憲戸の面々が、倒れたまま動かない梵場へと殺到し始めた。伊槌も、ふらつく足元で子鹿のように近づいていく。

 

「梵場! ムチャしすぎだヨ!」

「……ふ、ふふふ。マドレーヌ先輩に介抱していただけるとは、頑張ったかいがありましたね」

 

 梵場が、割れたサングラスに太陽を反射させながら、いつもの調子でおどけてみせる。かなりのダメージを負っているだろうに、気丈に笑みを見せていた。

 その姿は、伊槌が今まで見てきたどの梵場とも合致しない。絞り出したかのような声で問う。

 

「どうして……」

「ん……なんだい?」

「どうしてそこまでして……」

 

 その質問に、予想外とでもいうように梵場が少し硬直する。

 だが、次の瞬間には肩をすくめて、さも当然のように答えてみせた。

 

「フッ、さっきも言ったが、こんなのは柄じゃない。だけどねみんなが頑張ってる中で1人だけふざけているほど僕も愚かじゃない」

 

 それに、と言葉を続ける。

 ふらふらと頭を上げ、座った体勢で伊槌の目を正面から射抜いた。

 

「僕たちも、十分出来るということを君に伝えたかった」

「……」

 

 伊槌は何も言えない。彼につく三刀屋も、梵場らしからぬシリアスな雰囲気に口出しできなかった。

 

「君は……僕たちを信用できていないんだろう?」

「……それは」

「責めているわけじゃない。君はスペインでサッカーしてたんだ、僕たちの実力を信じれず、だから、戦術が通用しなかった後は攻撃も守備も自分1人でこなそうとした。だろう?」

 

 伊槌は、何も言えない。

 長宗我部がレフェリーと話している。試合を止めてくれ、とのことだった。こちらを心配してくれているようだ。

 

「伊槌、君のシュートも、サッカーへの思いもすごいものだ。尊敬するよ」

 

 だが梵場は、否定するように首を振って言葉を続けた。

 

「だからといって、僕たちを舐めないでもらおうか」

 

 しっかりと伊槌の目を見据えてそう言い、限界が来たように三刀屋に体を預けた。

 

「ごめんね! 大丈夫!?」

「フッ、気にしないでくれ……君にそんな表情は似合わない」

 

 薄利の謝罪を、元の調子に戻った梵場がそう返す。だがその顔からは鼻血も出ており、プレーを続行できる雰囲気ではなかった。

 そして、長宗我部と話し終わったレフェリーが笛を吹く。一旦両チームベンチに戻り、数分後再開するとのことだ。

 伊槌は、ぐちゃぐちゃになった思考のまま、何も言えずに、鉛のような体を引きずって戻っていった。

 

 

 

 

────────

 

 

 

 

 

「僕も出場ですか……」

「すまないが、僕はもう無理だからね……まあ、心配することはないさ」

「ああ、無理しちゃいけないよ」

 

 梵場は月並の指示により、交代することとなった。憲戸の控え選手はもう橘花しか残っていないため、必然的に彼が出ることになる。

 視線を落とす橘花に、梵場が軽い様子で励ましている。本当に、先ほどまでの様子が嘘のようだった。

 

「鳴哉くん」

「……キャプテン……」

 

 ベンチの端で項垂れていた伊槌に、優しい声がかかる。様崎が、優しい微笑みを携え、こちらの表情を覗き込むように見ていた。

 

「……梵場の言う通りだ。俺は、チームのことを考えてなかった」

「そっか」

 

 伊槌の独白に、あくまで優しい声で相槌を打つ。自由奔放なように見えて、こういう時に気を遣ってくれる。その優しさが、むしろ伊槌をより昏く見せた。

 

「俺は、サッカー選手失格だ……」

「んなわけねぇだろ!」

 

 伊槌がふと溢した言葉に、重い空気をなんら気にしないで、ありえないほど大きな声が割り込んできた。

 流石に伊槌も驚いてその方向へ視線を向けると、木崎が肩を怒らせてこちらへ向かってきていた。

 

「あんなシュートを打てる奴が失格なわけあるか! お前はすごいだろ!」

「……だけど、俺はチームを省みなかった!」

 

 伊槌が、頭を振って反論する。普通なら、こんな意味のない衝突をするほど彼も愚かではない。

 だが、度重なるミスと何もできていない焦燥が、彼から正常な判断力を奪っていた。

 そんな中放たれた伊槌の理論に、横から低い声が割って入ってくる。

 

「それなら、今から直せ」

 

 靴木だった。

 口数の多くない彼が突然話に入ってきたことに、伊槌が少し硬直する。だが、すぐに気を取り直した。

 

「もう遅いだろ……!」

「まだ試合は終わってないヨ!」

 

 三刀屋も入ってくる。誰もが、伊槌の弱気な言葉を、頼もしい言葉で返してくる。

 伊槌が目を泳がせる。何も反論できなくなってしまう。それでも、何かを言おうと口を開こうとした瞬間、様崎が言葉を紡いだ。

 

「怖いんだよね?」

「……は……?」

 

 様崎の言葉に、思考が真っ白になる。何を言っているのかよくわからない。なのに、どこか正鵠を得ているように感じる。

 

「次も失敗したらどうしよう、上手くできなかったらどうしよう……それでもできなかったらどうしようってさ。私も試合始まる時そうだったもん」

 

 戸惑う伊槌に、様崎は言葉を重ねていく。不思議とその言葉は、伊槌の耳に焼きついていた。

 

「私ね、青森の方と色々あるんだよね。だから柄にもなくナーバスになっちゃって」

 

 あはは、と彼女は乾いた笑いを浮かべる。

 にこやかな表情を崩さず、どこか誇らしげに伊槌を見てきた。

 

「でもね、こうやっていつも通りに戻れたよ。どうしてだと思う?」

「…………」

 

 伊槌は答えられない。

 仕方ないなー、と様崎が優しい声で言う。子供に言い聞かせているかのような声だった。

 

「みとちゃんが……仲間が信じてくれたからだよ」

 

 様崎が、近くの三刀屋へ視線を合わせる。彼女は満面の笑みで返し、様崎も破顔した。

 その言葉に、伊槌が目を見開く。脳裏に鎌野の言葉がよぎった。

 

 ──周りが見えてない。

 

 重くのしかかっていたその言葉が、どんどんと氷解していく。

 

「仲間を信じて、その上で失敗するのは怖いよね。直すべきところを直したのに、上手くいかなかったらやだよね。でも、大丈夫!」

 

 伊槌にスカウトをした時のような、初めてサッカーをしたあの時のような笑顔で、様崎が伊槌の頭を手を乗せた。

 

「君ならできるよ! 信じてる!」

「……!」

 

 伊槌の体に、活力が戻ってくる。仲間の信頼が、心強く伊槌の体を巡る。

 今なら、鎌野のあの言葉の意味がよくわかった。

 先走ったプレーを連発し、ピッチ上で味方のことが見えていないと言う意味では無い。

 こうして、伊槌鳴哉という個人を信じてくれている仲間のことが見えていないと言うことだった。腑に落ちれば、実に簡単な話で、そんなことが分からなかった自分を笑ってやりたくなる。彼が笑みをこぼした。

 

「ふふっ、何キャプテンに撫でられてニヤけてんのよ!」

「……は!? 別にそんなんじゃ……」

「ん、何ー? 私に撫でられるのが好きなのー?」

 

 ホープが笑みをこぼした伊槌を揶揄う。慌てて否定するが、先ほどの優しい笑みを一転させ意地悪く笑う様崎も、彼女の悪ノリに乗っかって揶揄ってきた。立ち上がり、頭を振って彼女らから距離を取る。

 ベンチに戻ってきた時のような辛気臭い雰囲気が完全になくなってしまった。全員が笑い、次のことに目を向けている。

 

「ハッ、とりあえず自分が何すべきか思い出したか?」

「……ああ、もちろん!」

 

 無籐が試すように視線を向けてくる。伊槌は彼の顔をしっかりと捉えて、当然のことだと宣言した。

 

「俺が点を取る! チームを勝たせるために!」

「……ハハハ! もう問題ねェみたいだなァ」

 

 満足したように、無籐が腕を組んで首を縦に振る。

 自身に満ち溢れている伊槌に、木崎が肩を組んできた。人懐っこく笑みを浮かべ、だが挑戦的に笑っていた。

 

「おいおい、俺が点を取ってもいいんだぜ?」

「私も忘れてもらっちゃ困りますよ!」

「……はは、いい位置にいたらパスやるよ」

 

 明凪も入ってきて、3人で軽口を叩きあう。誰もが自信を持っている。こうして自分を信じ、仲間を信じていることがFWとして必要なことなのだと伊槌は思い出した。

 

「……盛り上がってるところ悪いんですけど、まずは守備はどうするんですか」

 

 宵闇が至極真っ当な意見を口にする。おどおどとしていて、今の声も震えてはいるが超えなければならないことをしっかり認識できている。

 大した奴だ、と伊槌は彼女に視線を送るが、責められていると勘違いしたのか肩をすくませて小さくなってしまった。居た堪れない気持ちになる。

 横にいた久良島が、控えめにその肩を抱いて言った。

 

「私……今なら止められる気がします」

「たしかに、さっきもシュート止めてたわね」

 

 久良島の強い意志が込められた言葉に、ホープも同調する。

 確かに先ほど、彼女は童部留のケルベロスショットを弾いてみせた。それが彼女の自信となってくれたのだろうか。

 DFたちも、拳を握って闘志を見せる。

 

「コウハイたちが頑張ってるからネ、ワタシもホンキだヨ!」

「私たちが弱めてあげるから、杏菜ちゃんは安心していいよー」

「ああ、止めてみせよう」

 

 様崎たちの頼もしい言葉に、久良島が頬を緩める。宵闇も、いつも通り気怠げに、だがいつもとは違い目深に被ったフードの下の、綺麗な瞳を爛々と輝かせていた。

 レフェリーが笛を吹く。試合再開の合図だ。

 

「ついに再開ですね……僕も、力を尽くします!」

 

 橘花が気合を入れるような声を上げた。周りの部員たちも、彼の言葉を首肯してピッチに向かっていく。

 

「信じてるぞ、みんな……いくぞ!」

 

 伊槌の音頭に、皆は気合いのこもった返事をあげた。

 

 

 

「……やっぱ似てんだよなァ」

「昔の無籐くんに?」

 

 みんながピッチに去っていく中、無籐がふとこぼした独り言に、様崎が横から現れて反応する。

 少し驚いた無籐だが、ああ、と短く肯定した。彼女もくすくすと笑って首肯する。

 

「そうだねー、特に不器用なとことか!」

「……たくっ、喧嘩売ってるのかァ?」

 

 軽めに凄んだ無籐に対し、きゃー、と様崎がわざとらしく怖がる様子を見せる。相変わらず、愉快な少女だった。

 軽く息をついて、無籐が振り返る。その視線の先には、肩を強張らせている太田の姿がある。

 

「太田ァ、よく見とけ。俺たちの勇姿をなァ」

 

 それだけ言って、彼も去っていく。太田は俯いて無籐と視線を合わせなかったが、耳をそば立ててその言葉はしっかりと聞いていた。

 

「私たちは諦めないよ、待ってるからね、太田くん!」

 

 様崎もたったった、と弾んだ様子でピッチに入っていった。

 

 太田は、自分たちが負けそうな試合など見たくはない。

 勝ちたいと思うから負けるのが嫌になる。彼はそう考えている。負けるところをわざわざ好き好んで見るわけがない。

 だが、今日だけは。

 太田優は、目の前の試合から視線を外せなかった。

 

 

 

 

────────

 

 

 

 

 

「……あの選手は大丈夫だったか?」

「うん、心配ありがとね」

 

 ピッチに戻った後、キャプテンの長宗我部が律儀に謝罪に来た。梵場も気にしていた様子はないので、様崎が手を振って軽い調子で返す。

 そうか、と短く言って、彼はこちらを見る。じっと顔を見られている様崎は、流石にバツが悪くなったように頬を掻いた。

 

「何ー? そんな見られると照れるよ」

「いや……」

 

 ふと、長宗我部が憲戸のメンバーを見やる。誰も彼もが、集中した表情でポジションに付いている。

 感慨深げに、長宗我部が呟いた。

 

「いい仲間が集まったみたいだな」

「ふふ、やっぱ私の人徳ってやつだよ」

 

 おどけた返しに、長宗我部の鉄面皮が少し緩んだ。だが、次の瞬間には目の錯覚だったかのように、いつもの機械のような無表情に戻る。

 そういうことで、と背中を向けて手を振る様崎が、ふと足を止め、あちらを見ずに話す。

 

「──手加減なんかしないでね」

 

 それだけ言って、返答を待たずに去っていった。

 長宗我部は、その要求に少しだけ目を見開いたが、すぐに気を取り直し、コーナーキックのポジションにつく。

 

「……当たり前だろう」

 

 その口元は、確かに笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 青森のコーナーキックからの再開。憲戸はゴール前をシュートブロックができる人員で固め、カウンター一発を狙う。

 だが、青森の配置に明らかな異常を認識する。

 

「キッカーが鎌野じゃない……?」

 

 青森随一のプレースキッカーであろう鎌野が、ペナルティエリア内すら離れて、カウンター警戒のような立ち位置を取っている。代わりのキッカーは奇崎だ。

 伊槌は訝しんだが、レフェリーが笛を吹いたことでその思考を捨て去った。

 

「ふう……僕のショーをお見せしたいが……」

 

 奇崎がゆらり、と動き出す。

 

「仕方ない、決めてくれよ!」

 

 そして、鎌野のクロスに勝るとも劣らない高弾道のボールが蹴り出された。

 

「警戒しろ!」

 

 無籐の声が飛ぶ。全員が集中を切らさず、近場の人間にを捕まえてゴールを守るべく役割を全うする。

 どこに合わせても奪える──そう思っていたDF陣の予想に反し、クロスは大きく逸れた。

 

「油断するな!」

 

 靴木の鋭い声が空気を裂く。だが、青森の選手が平凡なミスをするとは思えない。必ず、何かある──そして、その予感は的中した。

 ポジション争いに加わらず、完全なフリーだった鎌野樹。その足元に、ドンピシャでクロスが上げられていたのだ。

 

「油断はないっすか、いいっすね」

 

 彼は笑う。笑って、完璧にクロスをトラップし、刹那の内に頭上にボールを打ち上げる。

 太陽に照らされる空が黒に染まった。満月のように空に浮かぶボールを、鎌野がオーバーヘッドで蹴り抜く。残された光の筋は、天空に三日月を描いていた。

 

デスサイズオブムーン!

 

 この試合で初めて、鎌野が声を荒らげてシュートを打ち抜いた。

 伊槌は、待っている。仲間が止めて、自分にパスが出ると信じて。

 

「行かせん……! クッキーウォールッ!

旋風陣!

 

 ゴール前に固まっていた靴木と三刀屋がシュートブロックを入れる。蛇行し、ディフェンスを惑わすために威力があまり高くないハイドロバイパーとは違い、真っ直ぐ打ち出され、貫通力の高いデスサイズオブムーンは鮮やかに光を帯びてクッキーウォールと正面衝突し、ヒビを入れた。

 

「ぬうッ……!?」

 

 予想以上の力に、靴木がたたらを踏む。だが、何としても止めると言う思いと、先輩としての意地がその足を地面に縫いつけた。

 

「へえ……やるっすね」

 

 三刀屋の旋風陣も、クッキーウォールと拮抗するシュートの威力を削いでいく。これならいける──そう思った直後、シュートがよりスピードを上げた。

 

「──でも、俺を舐めんじゃねぇっすよ」

 

 ヒビが大きくなる。ビシリビシリと音を立てて、そのヒビをデスサイズオブムーンが抉り、ついに貫かれてしまった。

 威力を止めていた壁がなくなったことで、旋風陣も破られてしまい、2人とも背後に吹き飛ばされる。

 

「ぐあっ!」

「キャア!」

 

 未だに強いパワーを持って、ゴールに襲いかかるシュートに対し、2人の少女が足を出す。宵闇とホープだ。両サイドからキックを放ち、ボールを受け止めようと死力を尽くす。

 

「う……なんですかこのシュート……!」

「流石に……キツいわね……!」

 

 あまりに強い威力に、逆に2人が後退を余儀なくされる。だが、意地と執念でなんとか食らいつき、少しでも力を削ろうと足に力を込める。

 

「うおおお……!」

 

 奮闘する少女たちに、鎌野が面白そうに笑みを見せた。

 その顔は、自信に満ち溢れていて──俺を舐めるなと雄弁に語っていた。

 

「ブチ抜け……」

 

 その言葉に押されたかのように、シュートがホープたちの足を弾いてゴールへと向かっていってしまった。

 

「無理だった……杏菜!」

 

 ホープが、鋭く久良島の名前を呼ぶ。

 彼女は、目を瞑って、あの黒いオーラのことを思い出していた。

 ふう、と息をつく。必ず止める、そう思うたびに、心の底から何か力が湧いてくる。

 あの力をイメージする。腕に全ての血を集中させるイメージを持つ。高い集中力を保って、拳を握って目を見開いた。

 

 瞬間、久良島の右腕を、月のない夜より暗いオーラが渦巻く。彼女の意思に応えたように、彼女の中の何かが目覚めた。

 

「あれは……」

 

 鎌野が一目見て確信した。彼女は試合中少しずつ見せていた必殺技の片鱗を、ここに来て覚醒させた。あまりにもできたこの展開に、鎌野が口角を上げる。

 

「はああああああッ!」

 

 か細い声を張り上げ、気合いと共に、大きく振りかぶった右ストレートで迎え撃つ。

 バチバチと衝撃波を放ちながら拮抗し、長く硬直が生まれている。久良島の表情は苦しげで、明らかに余裕がなかった。

 でも、と久良島が溢す。踏みしめた足に力を込めて、叫んだ。

 

「このシュートは……絶対に……!」

 

 ──止める!

 

 その言葉と同時に、久良島が鎌野のシュートを殴り飛ばした。

 

「えっ……!?」

 

 童部留が信じられないと言った表情で目を見開く。最高傑作と称されるほどの、あの少年の一撃を弾き返すことは、それだけ大きな衝撃を生むことだった。

 

「カウンター来るぞ!」

 

 長宗我部の言葉に、全員が我に返る。

 前方に殴り飛ばしたボールは、当然まだ生きている。そして、そのボールは、憲戸も交代選手、橘花桜華の元に届いていた。

 

「出せぇ!」

 

 走り出した伊槌が、血を吐くほどの勢いでそう言う。橘花も初めから伊槌にパスを出す気だったのか、戸惑った様子もなく素早く前方のスペースにロングパスを送った。

 

「伊槌先輩、お願いします!」

「行かせないよ!」

 

 薄利のマンマークは解けていない。彼女が先ほどと同じように、ピッタリとついてきて伊槌の自由を奪いに来る。

 薄利は伊槌のドリブルを警戒している。少し距離をとって、トラップした瞬間を引っ掛けようとしているのだと伊槌は直感した。

 認めざるを得ない。この少女は非常に優れたプレイヤーで、自分1人では勝つことができないだろう。

 だからこそ、1人で戦わないことにする。

 

「無籐!」

「え!?」

 

 背後からのボールを、伊槌がダイレクトで横のスペースに出す。そこには、無籐朱軌が全速力で走り込んできていた。通ることを確認した伊槌は、スピードを上げてゴール前に突っ込んでいく。

 

「行かせないしっ、絶対!」

「ハッ、何がなんでも通ってやるよォ!」

 

 背後から童部留が追い縋ってくる。それを確認した無籐は、凶悪に笑みを浮かべてボールを右足で踏み潰し、地面に埋め込んだ。

 無籐の妙な行動に童部留が様子を見ていると、突如、空からクレーン車が降ってきた。

 

「はあ!?」

「オラ、食らえ!」

 

 童部留も流石に足を止めてクレーンを見上げてしまう。

 重厚な機械音を出しながらクレーンが童部留の足元に突き刺さり、地面をひっくり返すと、巨大なボールが掘り返され周囲に大きな衝撃が巻き起こる。

 

「吹き飛べェ! トレジャークレーン!

「うわぁ!?」

 

 余波に巻き込まれ、彼女の体が投げ出される。童部留を無力化した無籐だが、彼自身もすでに体力が限界に近づいていた。

 

(チッ……やっぱ()()()3()0()()か……)

 

 このままではゴール前まで運ぶことができない。そう判断した彼は、逆サイドに走り込んでいる少女に最後の力でサイドチェンジを繰り出した。

 

「明凪ィ!」

「はいっ!」

 

 無籐からの強いパスを、しっかりとコントロールし、素早くドリブルを開始する。トラップと早いドリブルから技術の高さが垣間見える。

 だが、彼女の進路に、左目に引っ掻かれたような傷を持つもう1人のセンターバック、毛利龍星(もうりりゅうせい)が立ち塞がる。

 

「どいてください!」

「どくわけないだろぉがァ!」

 

 大気が震えるほどの声で叫び、毛利が宙を舞う。

 彼の背後には、いつの間にか東洋の龍のような生物が鎮座しており、怪しく輝く一対の目が明凪を睨めつけていた。

 

 明凪も負けず、闇夜の幻影を作り出し、三日月を背になぞるように回転して突風を吹き荒ばせる。

 龍の背に足をかけた毛利が、負けじと明凪を指差し、鋭い声で龍に指示を出した。

 

ドラゴンテールゥ!

三日月の舞!

 

 瞬間、空気を切り裂く勢いで振られる龍の尾と、三日月の夜空に浮かぶ明凪の突風が激突し、衝撃を巻き起こした。

 風と風がぶつかり合い、火花を散らす。だが、お互いにパワーを殺し切ることができず、2人とも突風に煽られて吹き飛ばされてしまった。

 

「きゃあ!」

「ぐわぁ!」

 

 明凪も毛利も、背後に弾き飛ばされたものの、ボールは余波に巻き込まれず、その場に留まり続け、やがて落ちる。

 ボールはまだ生きている。その影に迷いなく突っ込んできたのは、黒髪の少年、木崎爆音だった。

 前方にもうDFはいない。絶好のチャンスだ。

 

「行くぞォォォ!」

「ちっ……!」

 

 ゴールまでは遠い。ボールを回収した木崎が、シュートレンジまで詰めようとドリブルを開始した瞬間──その男が現れた。

 白髪をツーブロックに揃え、青い瞳を鋭く輝かせる最後の砦、長宗我部誠志郎(ちょうそかべせいしろう)が、背後から颯爽と現れ、木崎と対峙する。

 

「へっ、お前が青森のキャプテンだな? 悪いがこのボールはやらねぇぞ!」

「……奪い取るまでだ!」

 

 その言葉が終わるや否や、長宗我部がオーラを放ち出す。そのオーラはみるみるうちに増幅していき、長宗我部自身を、壁のように、大きく見せていく。

 放つ威圧感が、纏う闘気が、彼と対峙する全ての人間を萎縮させる。不思議と、周囲の大気もピリピリと痺れているかのようだ。

 

「う、うお……」

 

 瞬きの後に長宗我部を見れば、ただでさえ大きかった身長は見上げるほどになり、果てしない威圧感を放つ『壁』となって木崎の足をすくませる。

 裂帛の雄叫びと共にオーラが霧散し、その力が木崎の体を叩きつけた。

 

「ゴールを……割らせはせん! ラストスタンドォ!

「うわぁ!?」

 

 激しい力の奔流に、木崎が尻餅をつかされる。力無く転がったボールは、長宗我部の足元にコロコロと転がっていった。

 しっかりと足を乗せ、コントロール下に置く。いつも通りの厳しい表情で、彼は汗を拭う。

 

「もらったぞ」

 

 長宗我部がやっと息をついて、心を落ち着かせる。

 素晴らしい攻撃だった。パスワークと個人の力で青森附属の守備をたしかに追い詰めてみせた。

 それでも、青森は絶対王者としてのプライドがある。どんな試合でも、失点を許す気はない。

 

「これで終わり──」

 

 長宗我部が大きくクリアしようとした瞬間、背筋にゾクリと悪寒が走った。

 寸前のところでボールを引き、キープの体勢で構える。

 その瞬間、先ほどまでボールがあったところを、様崎咲夜の足が鎌のように刈り取っていた。

 足元を吹き抜けた風が、長宗我部に恐怖を染みつける。だが、次の瞬間にはそんな感情を取り払った鋭い目で、突然の乱入者を強く睨めつける。

 

「……!」

「おっと、かわされちゃったけど……」

 

 長い髪を風で靡かせ、白い瞳がこちらを射抜く。その瞳は、強い力を内包していた。口元がニヤリと歪む。

 その迫力に、長宗我部が改めて意識を集中する。彼の口元は、少し上がっていた。

 

「──後輩にあんな啖呵切っちゃったからね、もらうよ!」

「……本当に、いい仲間に巡り合ったようだな!」

 

 長宗我部がかわしにかかる。右へのステップを、様崎が得意のクイックネスで楽勝についていき、逆にボールを奪いに足を伸ばした。

 それを長宗我部が寸前でかわし、体勢を整えようとする。

 だが、それによって生まれた一瞬の隙。様崎が必殺技を発動するには、十分すぎる猶予だった。

 

 祈るように手を合わせる。すると、足元から黒い球体が3つ湧き出て、長宗我部の周りを、伺うように浮遊し始めた。彼は突然の事態にも、どうにかボールをプロテクトする。

 だが、隙をついた球体がボールに触れると、ボールがその中に吸い込まれる。吸い込んだ球体は他の球体を取り込み、巨大化し、長宗我部の頭上に固定された。

 その様子を見た様崎が頬を緩める。そして、勿体ぶるように指を鳴らした。

 

サテライトドロー!

「ぐっ……!?」

 

 様崎が空気を揺らしたと共に、頭上の球体が破裂し、長宗我部の視界の全てを奪い去る。吸い込まれていたボールは破裂と共に排出され、様崎の足元に渡った。

 様崎はドリブルで持ち上がる。ノンプレッシャーで上がる彼女に合わせて、伊槌も少し先を並走し、パスを待つ。足取りには一切の淀みがない。

 

「絶対打たせないよ!」

 

 薄利がマークを緩めない。彼女を剥がさなければ、パスが渡ってくることはないと、伊槌は理解していた。

 

(──みんなが俺のためにボールを繋いでくれた)

 

 細かいステップで惑わそうとするが、彼女はこちらの動きが分かっているかのように先回りしてくる。

 ならば、と、いつも通りの動きとは変えて、効率を度外視した変則的な足捌きを抜きにかかる。

 

「行かせないっ……!」

 

 それでも、薄利はギリギリのところでついてきていた。

 伊槌が思考を回す。必ず、突破口はあるはずだ。

 

(だから、この瞬間だけは、俺の力で!)

 

 サイドをえぐる様崎にもディフェンス陣が追いついてきた。時間がない、焦りが突拍子もない考えを囁いてくる。

 

 ──だが、その突拍子もない考えこそが正解だと、伊槌は何故かそう直感できた。

 そうと決まれば話は早い。伊槌は薄利を剥がすのを諦め、背負った体勢で手を挙げる。こっちを見てくれと、万感の思いを込めて、喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。

 

「出してくれ!」

「……!」

 

 気づいた様崎が一瞬逡巡する。流石に、体勢が悪すぎる気がしたからだ。

 だが、伊槌の目は、無我夢中であれど諦めてなどいない──それなら、先輩のすることなど1つだ。

 

「いけぇ、鳴哉くん!」

 

 ふわっとした軌道のクロスが、伊槌目掛けて上げられる。最高のパスだ。口元が緩んだ。

 

「このくらい、私が貰っちゃうよ!」

 

 薄利がプレスの圧力を強めて、お前には渡さんと威圧してくる。だが、伊槌にはそんな雑音は届かない。頭の中には、すでにシュートまでの道筋しか存在しなかった。

 高い軌道のクロスに対し、足元に落ちてくる前、空中で()()()()。アクロバティックな動きで、ボールの下を叩き、回転させた。

 

「えっ!?」

「ぬう……!?」

 

 マークしていた薄利も、どんなシュートにも対応できるよう用意周到の構えていた獅子豪も、空中にある内から打つのは予想外だったようだ。目を剥いて固まる2人を尻目に、伊槌に笑みが浮かぶ。

 

「決める……!」

 

 着地し、再び飛び上がる。通常とは異なる、オーバーヘッドの体勢で回転するボールに足を叩きつけ、電撃を纏わせた。バチバチと、伊槌の歓喜よりも激しく電激が爆裂する。

 ゴールを奪いたいのは、もちろん自分のためでもある。FW伊槌鳴哉として、復活したいというエゴがあることは否定できない。

 でも、今はそれ以上に──

 

「このチームのために……! 唸れ!」

 

 脳裏によぎるマドリードでのブーイングも。

 絶望へと叩き落とされたシュートミスも。

 今は全部どうだっていい。過去を悲観するのは、今じゃない。

 今はただ、何も考えず──

 

「──電閃ッ!

 

 ──打ち抜け!

 

 放たれたシュートは、この試合で1番の一撃。

 それどころか、キング・マドリードの時代を含めてなお、胸を張って伊槌鳴哉史上最強のシュートだと豪語できる。それほどの一撃が、空を裂き、紫電を散らし、ゴールへとまっしぐらに襲いかかった。

 

「ハハハハハッ! 面白い! 小生も昂ってきたぞ!」

 

 獅子豪は全く怯まない。腕を高々と掲げ、右腕にパワーを集約させる。恐れなど全く感じさせない仕草だ。

 そして、ピッチが抉れるほどに強く踏み込んで、真っ向から盾を叩きつけた。

 

王家の、盾ェェェ!!!

 

 紫電を撒き散らし、盾と雷がぶつかり合う。恐ろしいほどのパワーを内包した衝撃波が、ゴールネットを揺らす。バサバサと人工芝が揺れる。

 ──ビシリ、と盾にヒビが入る。

 

「ぬぅ……!?」

「行け……!」

 

 早すぎる。獅子豪は焦りを覚えながらも、どこか楽しそうに死力で右腕に力を込めた。

 

「根性を見せよォ! 小生ィィ!」

 

 ビシリ、ビシリと、無慈悲にヒビは広がっていく。獅子豪が徐々に後退を余儀なくされる。踏みしめた芝はめくれあがり、激しいぶつかり合いを修飾していた。

 電閃のパワーは、もはや増しているようにさえ見える。激しい光を発し、雷撃を散らして回転をやめない。どころか、回転を激しくしているのだ。

 ──そして、ついに均衡は破れた。

 

 

「ぬ、おおおおおお!!?」

 

 

 ──獅子豪の右腕を弾き飛ばし、電撃の弾丸がゴールへ、深々と突き刺さる。

 激しく響き渡るネットの摩擦音が心地いい。笛と共に、レフェリーがゴールを示すのはもっとだ。

 オーバーヘッドした伊槌は、不恰好な形で地面に叩きつけられる。青々とした日差しと、暖かい芝を、強い光が照らしていた。とても、晴れ晴れとした気分だ。

 

 ゆっくりと起き上がった伊槌へ、アシストした様崎が駆け寄ってくる。飛びつくような勢いで来たので受け止めきれず、押し倒されるような形になってしまった。

 でも──

 

「やったね、鳴哉くん!」

 

 こうも無邪気に笑う先輩を、無碍にすることも出来なかった。

 故に、伊槌は寝転がったまま、破顔して、親指を立てる。この記念すべきゴールを祝福するために。

 

「ああ……ナイスアシスト!」

 

 伊槌が見せた笑みは、日本に帰ってきてから1番のものだった。

 

 

──────

 

GOAL‼︎

40分 伊槌鳴哉

アシスト:様崎咲夜

 

憲戸 1-15 青森附属

 

──────

 




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情景描写の加筆とか誤字修正しました。

1話の長さどのくらいがいいですか?(短いほど更新頻度は上がるはず)

  • 5000字くらい(21話くらいの長さ)
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