力が全てを同化していく、あらゆるものが物質ではなくなって記憶になっていく。それらがどんな危険な物かは知らないが、まるで全てのものが朽ちていくのを早送りで見せられている様だ。
けれどそれは消えて無くなる訳ではない、ハレルが忘れてしまった記憶もまたそこにあるのだ。
同時にそこに大勢の人達の存在を感じる、それは姿形もわからない実体のないものだったが、俺はその意思が全てハレルに向かっている。決して悪意や憎悪といったモノではない、むしろ期待……あるいは願いの様なもの。
そして彼らにとってハレルは、最後の希望なのだと俺は理解した。
ふざけるな、他人任せか!なんで自分達でやらない!なんで諦めている!
怒りに任せて叫ぶ、けれどそいつらは決して俺の方を見ない。そしてようやく気づく、こいつらはもう死んでいるのだと。
ここにあるのは……ハレルの中に残った残留思念の様なもの。そして彼女を動かす為の燃料でもあるのだと。ハレルが戦う理由、それは死んでいった者達の為、彼らの想いを受け継いで、決して無駄にしない事なんだ。
そこで俺の意識は浮上した。
「シルス、無事ですか」
「当然」
俺は少しだけ彼女の内側を垣間見ただけだ。決して彼女自身がどう思っているのかも、歩んできた道に何があったのかも知らないから軽々しく否定は出来ない。けれど見たからには、知ってしまったからには戻れない。
ハレルは人を助ける事を使命だと言った、ならばハレルを助けるのは誰だ?
きっと俺に求められているのはそういう事だ。だからアカネさんは俺を引き合わせたんだ。
あの時、「可能性」を感じると言ったのはこういう事だったのか。だけれどならば猶更わからなくなる事がある、俺は何だ?普通の人間だった筈だ、なのにどんどんと色んな力を取り込んでいって、理解していって、加えて物分かりがよくなっていく。
疑問は増える、けれどそれを問うている時間はない、
「そうですか、ならば急ぎましょう。移動には武装保管庫にあるオートレイダーを使います」
「乗りモノか?俺は操縦できないぞ?結局ハレルが動かさなきゃならないんじゃないか?」
「自動運転機能があります、振り落とされさえしなければ十分です。それにアレなら武装を積んでいるので、戦闘になった時にも使えます」
なるほど、そいつで追いかけるという訳か。どの程度のスピードが出るのかわからないが……まあ渋滞の心配はない世界だからな、追い付けるんだろう。
「姉さんが帰ってきた時の為にメッセージドローンも用意しましょう、問題が無ければ明日の昼頃には戻ってくる筈ですから……そこから姉さんが全速力で追いかけてきてくれれば助けは期待できるかもしれま……どうかな……やっぱり期待できないかも」
「まああの人、なんかナユタの仕事嫌ってる感あったしな」
「ともかく、私が本当にピンチなら助けに来てくれますからね」
「そこは信用していい気はする」
あの人がとんでもないシスコンだというのは俺も信じている、ただハレルと一体化してるとか知られたらなんか怒られるというか咎められそうなのは怖いけれど。
ハレルに指示された通りに武装保管庫に辿り着いた俺が見たのはシンプルに纏まった、無骨な真っ黒なバイク……いや三輪だからこれはトライクだな。これがオートレイダーってやつか。
カバーの下には機関銃が2門、後部の2輪のタイヤを守るバインダーの中には小型のミサイルが入っている。
「なんだかカッコいいな」
「私としてはもっとこうフレームを金色にしたり……デザインに凝った物の方が好きですけれどね」
非常時でなければもっとこう、じっくり見てみたいが……それは帰って来てからにしよう。収納コンテナの中に物資を詰め込み、これから追走する為の準備を進めていく中で俺は一つ疑問を問う。
「ところで相手がどこにいるのかわかるのか?」
「ええ、正確には持ち去られたエレメントイレイザーにはきちんと管理用の術式が施されています。加えてあの装置に使われている素材そのものが特殊で、そのエネルギー特性を追って。追跡が可能です、ただ……時間が経てば反応が薄れて難しくなりますが」
「すごい技術だな」
「ただ何千年も続いているだけあって、その原理が時々わからなくなってしまう事もあったそうです」
まあ確かに……人が入れ替わればそんなこともあるんだろう、引継ぎ不足という奴か。
だがともあれ、アカネさんへのメッセージも残し終わった事で出撃準備は整った。
「ナユタの仕事……御役目は決して楽ではありません、不利であったり、逆境の中であることが常です。しかし、私達にはそれを跳ね除けるだけの力があります。だから最後まで諦めず戦うのです」
「了解、じゃあ……行くか!」
シャッターが開き、オートレイダーのエンジンが起動、手元の操作モニターに情報が表示される。
ちょうど夜明けが重なり、灰色の雲の向こうが明るんで見える中で、俺達の旅が始まった。
「よかったのか、本当に殺さなくて?家族の仇だったんだろう?」
「……あの場所では逆にアズライールで反撃されるリスクがあった、追い詰められた相手が何をするかわからないのはよく知っている」
灰色の雲の下を二人の魔法少女が飛ぶ、それはハレル達を襲撃して「エレメントイレイザー」を奪取した者達だった。彼女らが目指す先にはまだ人の気がある都市があった。
「ヴァイオレット、アレは……ハレルは追ってくる。どの道相手にする事になるのだから万全な状態で迎え撃てばいい、それに道中にはアレを置いてきた」
「そうだなぁ、けどもし機会が来たその時にはアンタに譲ってやるさ、アザミ。しかし秘蔵の核爆弾を陽動に使った上に2回も襲撃して、合計でドローン500に雇われの魔法少女4人損失かぁ……頭が痛くなりそうな出費だろうに……MCMSからしてもそんなに価値があるのかい?それは」
ヴァイオレットと呼ばれた少女が問いかけるのは、シルスが出会った黒髪の少女アザミ。彼女は少し目を閉じて沈黙した後に語りだす。
「大戦期、それこそ敵を同じ人間とも見ない様な時代の者達ですら恐れた力の一つ。けれど同時にこの荒れ果て、汚染され尽くした大地を再生させる手段ともなりえる」
「浄化装置かぁ、そりゃ喉から手が出る程ほしいだろうねぇ……でも前時代の連中が恐れるって事は相当ヤバイんだよな」
「そうね、エレメントイレイザーレイ……つまりは光線兵器として転用したならば防ぐ手段はまずない。バリアコーティングでさえ「分解」されるし、どんな装甲も無価値となる。あらゆる防御手段を貫通する……けれど運用には継続的に大量のエネルギーを必要とする上に射程は極めて短いわ。そこが難点ね」
「……滅茶苦茶詳しいな?」
あまりにも詳細な説明にヴァイオレットは思わず呆気にとられるも、アザミの背景を思い出し納得する。
「そうかそりゃそうだもんな、そもそものそいつの研究していたのもアンタだったな」
「……正しくは私の兄よ、私は……その遺志を継いだだけ。この装置には世界を救う力がある、それを証明してみせる」
「自分の正しさを証明する為にならかつての居場所すらも裏切る、いいね嫌いじゃない」
アザミはかつてナユタに所属した神官の親族であり……巫女の候補であった、それ故に多くの情報を知っていた。本来であれば兄や他の家族と同じく、ナユタで共に働く筈だった。
だが今は裏切り、MCMSとの取引の元でナユタと敵対している。
アザミは兄と共に過ごした時間を思い返す、例えどんな汚名を受けようとかまわない、過酷な道だという事もわかっている、だけれど決して一歩も引く事はないのだと自分に言い聞かせる。
その目は灰色の空の夜明けを映していた。