どこまでも広がる静寂と暗闇、けれど感覚を研ぎ澄ませば見えてくる。宇宙に輝く星の様に輝き、あるいはブラックホールや星雲の様に強烈な存在感を放つ。それらは私の中に同化した力の数々。
その一つ一つを消してしまわない様に、虚無へと還してしまわない様にと私の記憶の欠片を変化させた術式が与えられていく。当然、与えればその分だけ減るのは当然だ。無限なんてものはなく、あるのは夢幻だけ。
故に力の名は「夢幻廻帰」
そしてこの場所を私は「夢幻廻廊」と呼んでいる。
私の記憶というあまりにも安い代償に釣り合わないぐらいに強大な能力にも、当然ながらいくつかの制約がある。
一つ、この場所では私以外の生命を持ち込む事ができない。つまりは人をこの中に匿ったりだとか閉じ込めたりはできない。
二つ、私の記憶を割り当てるという代償は無作為に行われる。だから時には私すら取り込んだ事を忘れてしまう事がある。
三つ、取り出す為にはこの力とは別で情報を物質へと変換できる手段を必要とする。つまり入れたら入れっぱなしになってしまう危険性もある。
ただ逆に私の記憶の割り当てが許す限りは何でも取り込む事で封じる事ができる。これによって貴重な技術や魔法、場合によっては危険な物でさえも取り込んで無力化する事もできる。当然ながら、ナユタの中でもこの力の存在は極秘事項であり……知っているのは私や姉さんを含めごく一部だ。
サイトH1は段階的に私の力を前提として、危険な物品を段階的にこの夢幻廻廊に封じる為の一時的な置き場所だった。
奪われたエレメントイレイザーも、いつかはここに封じられる筈だった。結果としてエレメントイレイザー以外の物品は纏めて封印する事になり、同時に私は結構な量の記憶を失う事となった。一応、念を入れて私の魔法少女システムコアには任務や自身の力などといった重要な情報を忘れない為のプロトコルが登録されている為に御役目の続行が不能になる事はないものの、それでも支障が出なかった事が幸いでしょうか。
それはさておき、実を言うともう一つ大きな問題があります。シルスの体の負担を減らす為の手段を探すべくこの場所に来た……というより来ざるを得なかったという事です。私の「現在」の知識の中にはその方法が見つからず、結局は力に頼るという手段を取らざるを得なかった事です。
この夢幻廻廊では現実よりも時間の流れが速く、ここでの1時間はほんの数秒でしかないとはいえ……取り込んだものの量が量なので、よっぽど特徴的、あるいは強大な力でない限りは中々探すのは困難なのです。
いわば整理整頓のされていない倉庫、私に片付けや仕分けのセンスがあったならば……あるいはここに検索機能の一つでもついていたなら話は別なんでしょうが仕方ありません。記憶にはないですが出来ないという事はかつて試みたものの成功しなかったという事。ナユタは何でも試しますからね、やってないなんてことはない筈です。
明らかにこれじゃないなって奴以外を地道に探すしかありません、クソデカブラックホールの様な存在感の連中はまず論外です。呪いや破滅といったものはああいう形になるのでまずわかる。次に恒星のごとき輝きを放つもの……これも除外です。理由は簡単、こいつらは私がヤバいってなった攻撃を瞬間的に取り込んだ奴ですから、具体的は核爆発。この間の様な核爆弾処理に私が送られる理由の一つでもあります。ちなみに爆発してなければ普通の有象無象に紛れてしまうのでそれも厄介なのですが……。
極星のごとく鮮やかに輝くのは魔法や魔術の中でも強力なものが多い。光を反射して月の様に輝くのは機械や道具であったり、物品そのものでしょう。そしてガスの様に不定形な形をしているのは固有能力だったりする。これは敵から奪ったものもあれば……望まずに得てしまったものを受け取ったものもある。
その中で見つけたのはデブリのごとく漂う「知識」の塊、本を取り込んだものでした。
詳しく読み込んで解析するべく手を当てて力を込める。情報が展開されて私の意識の中へと流れ込んでくる。それは日記であり、私の過去だった。
どこから、いつから自分の始まりがあったのかすらも覚えていない。両親の事も他人伝いに聞いた情報しかしらない。あったのは誰かが居た証を忘れたくないという気持ちと、この夢幻の力だけ。
曰く、彼女が私の姉である。曰く、記憶を全て失う事になった結果を見て現計画は凍結、再度見直しを余儀なくされた。曰く、この事故で前任のシルスは殉職した。
どれもこれもが人伝いの言葉でしかなく、現実感も、喪失感すらもない有様だった。
そしてナユタにおいて、この程度の損害などあえて語る程でもない事なのだと彼らは言った。
前任のシルスの妹は兄の最後を、兄の戦いを知りたいと、無理を言って私の所へとやってきた。なのに私はそれに答える事は出来なかった。
結局のところ伝えられたのは、私達の行っていた研究は頓挫し、彼は消えて無くなったということだけ。
私は無力だ、私は愚かだ。
それは今も変わらない、忘れない為に書き残した日記さえもこの場所へと封じ込めて忘れていたのだから。
忘却に救いなどない、大切に思っていた誰かさえもわからなくなるのなら。こんな力は欲しくなかった。けれど今は必要なんだ。これが無ければ私に意味などない、私は役目を果たす事はできない。
全てを読み解き、その中にある手立てを探す。
この情報の墓標の中で、私は罪を背負い、償う為に足掻く。
「……ハレル」
「どうかしましたかシルス?」
「どんな力にも必ず意味があると僕は信じている、それが例え禁じられたものであっても使い方次第では人を救う手立てになるはずだ」
荒れ果てた大地、草木も生えないその場所で私達は戦いの疲れを癒していた。時には仕事の手順さえも忘れる事さえもある私を補佐する為に彼はここにいた。
隣にいる黒髪の彼は研究者であると同時に優れた戦士でもあった。故に未熟であった私と共に戦い、導き、支えてくれる師でもあった。
「この間、妹に再生させた花を贈ったらすごく気に入ったみたいでさ……あの無愛想で無表情な妹が喜んでた」
「そうですね、こんな華のない私でも花には興味がありますから」
「アカネさんに僕が殴られる事になるからそういう物言いはやめなってよく言ってるだろ」
「……??まあそれでどうしたんですか」
「環境再生の研究に本腰を入れたいなって思う」
彼は汚れる事も厭わず足元の土を手に取る。
「もう一度草花の生きられる大地を取り戻す、きっとそれが僕の役目であり……夢だ」
「いいと思います。でしたら夢を持たない私はあなたの役目を手助けしましょう」
ああ、そうだ。これは昔の記憶。
「それがパートナーというものでしょう?」
叶う事のなかった、夢の話。
そして見つけました、彼を癒していた「治療魔術」を使えば今のシルスを癒す事ができるでしょう。ですが、負荷を軽減する根本的な解決ではない、それは別でまた探す他ありません。
「ああ、そうだな……もしも、もしも僕が先に倒れる事があったら。こんな夢を持った奴が居たって事を覚えていてくれないか」
私の方を見て彼は寂しそうに笑う。きっとわかっていたんだ、私がこれを忘れてしまう事も……なのに私は。
「任せてください」
心配させないが為に、そんな安請負いばかり……今も昔も変われないままだ。
ずっと……ずっと忘れてしまっていたというのに。