どこまでも広がる暗黒の中に光輝く星、それはまさしく宇宙のようであった。
渦巻く銀河、鮮やかな星雲、深淵の様なブラックホール……そしてその中心に囚われる様にハレルの姿が浮かんでいた。手を伸ばそうと、駆け寄ろうとしてそこで俺はこの場において姿形を持っていない事に気づいた。そもそもこれは現実なのかそれとも夢なのかさえもわからないが……段々と思い出してくるのは怒りだ。
俺はどうやら自分が理不尽な目や辛い目にあうのは全然平気みたいだ、突然に異世界に投げ出されたり、何度も死に掛けたり、怪物やロボに襲われたり……でも目の前で誰かが傷ついたり、苦しんだりしてるとダメだ、それだけは耐えられない。
助けたいとかそういうのもなんだけれど、理不尽に対して怒りがどんどん込み上げてきて収まりがつかない。
目の前にはフヨフヨと浮かんでいる泥の様な闇の塊、さっき取り込んだ骸骨の化け物、その他の有象無象と汚いものにゴミの様なガラクタばかりで身動きができない。なんでこんなところにハレルは閉じこもっていられるんだ。
このゴミ山の中をかき分け、俺はあいつの方へと向かう。だがそれを遮るように無数の手が現れて俺の体を掴む、視線を向ければそいつらはぼんやりとした幽霊に見えた。
「いくべきではない」「ふれるなふれるな」「それが彼女の役目だ、これが彼女の責任だ」
「去られよ、呑み込まれるぞ」「お前が関わるべき事ではない」「我らの願いなのだ」
「託されたのだ、彼女は」
こいつらをここに引き留めているのはどうやら執念みたいだ、伝わってくるのは記憶だ。
自分達を犠牲にしてでも世界を、人を守るという願い。それ自体はきっと仕方のない事だったんだろうな、見えてくるのは戦ってきた敵の姿。さっきのエイキの様に人の形をした妖魔からもっと巨大な奴に、無数の怪異、時には同じ人間同士でも争って、死なせ死んでは殺し殺され……そんなことばかりを繰り返しながらもずっと戦い続けて。
でもバカだな、こいつら。
守りたかったはずの相手を犠牲にしてるんだ、未来に未来にと問題を後回ししてばっかり。自分が倒れても誰かがやるだろう、自分が倒れても誰かが引き継ぐだろうと諦めている。
自分達がここで終わらせるって気持ちがまったく伝わってこない、終わらせない事ばっかりしか考えてない。他人任せで……結局それを全部ハレルが背負う事になってるんだよ!
俺は一番近くにいた仮面の男の顔を殴った後に仮面を引き剥がした、そいつはまあ疲れ切った顔をしていた。もう一発殴る、殴られた事に驚いて呆けた顔をしている。次に俺の足を引っ張ってた奴を引き寄せて投げ飛ばす、そいつはくるくると回転しながらどこかへと流されていった。
すると俺を掴んでいた手は力を強めてどんどんと俺をハレルから引きはがそうとするが、俺の内から力が湧き出てくる力を押さえる事はできない。
「鬱陶しいんだよ!お前ら!何が役目だ!何が使命だ!何が責任だ!勝手に押しつけてんじゃねえ!!そういうのは自分からやるからこそ意味があるんだよ!!運命だの宿命だの!!くそくらえだ!」
ハレルに近づくほどにどんどんゴミや亡霊の数が増えていく、それらを力づくで退かして、俺は道を切り拓いていく。
「それ以上、彼女に近づくな」
ついにハレルの側に辿り着こうとした時、ハッキリとした声が聞こえて、俺の右手に鎖が纏わりついた。
「それ以上近づけば、お前もまた同化される事になるぞ」
鎖の発生源を見れば黒髪の男が立っていた、他の奴らと違ってそいつだけはしっかりと実体と強い意志を持っていて、その言葉も俺への警告であると受け取れた。
「今更だ、俺とハレルはとっくに同じ体を分け合ってる」
「お前はまだ取り返しがつく、死人である僕たちと違ってな。だがそれ以上進めばお前は二度と戻れなくなる……そうすれば彼女はいたく傷つくだろう、また大事な人を失ったとな。そしてより激しい戦いの中で記憶を失っていく。何度も、何度もこれまで繰り返してきた様にな」
奴の記憶が流れ込んでくる。それは共に戦った日々であり、俺の知らないハレルとの記憶であり過去そのもの、そしてハレルが失ったものでもあった。
「なんでハレルの中にあるのに忘れるんだよ」
「力と己自身は決して同一ではないということだ、彼女も決して望んでこの力を得たわけじゃない」
「確かにな、人は望んで生まれられない。一理ある……けどな!どうして誰もあいつを……ハレルを助けてやろうとしない!?なんでお前らは諦めてる!」
そうだ死んだのにこんな所にいるんだから助言だったり応援の一つぐらいよこしてやってもいいだろう!死人は黙ってろってか!だったら死んでる癖に俺に指図するな!今生きてる俺の好きにさせてもらう!
「逆になんでお前はそうも深入りする?いずれは元の世界へ帰るのだろう、例え心を通わせたとしても道を別とするのだろう。彼女と共に永遠に戦う覚悟もないのなら」
「そんなんだから!お前達がそういう決めつけで何もかもを縛るから!こんなことになってんだろうが!!」
どいつもこいつも!俺の怒りに油を注いでくれる!
「お前らがどんな御託を並べようが!!」
力任せに掴んだ鎖ごとに奴を引き寄せ、頭を引く、そして仮面を被った顔に向かって頭突きをかましてやる。
「悲しむのはいつだって残された側だ!!そうだろ!ナユタ・シルス!!」
《……君もバカなの?自分を犠牲に出来てしまう手合い?》
俺の見聞きした記憶を込めて叩き付けた事で砕けた仮面から見えたのはあの襲撃者の少女と同じ紫の瞳だった。それは奴の記憶の中で気づいた事だった、自分を兄と慕う内気で無口な少女、誰よりも大事だった者。されを置き去りにして死んでいったのはこいつ自身。
俺より前にハレルのパートナーだった、先代のシルスだ。
「……お前は、お前はどうなんだ?もしこれ以上ハレルに近づけばお前もまた家族の元へは帰れなくなる!」
「俺はハレルも助けるし!元の世界にも帰る!それだけの簡単な事だろ!そんなことも思いつかないのはお前らがバカだからだ!」
そうだ、気持ちの時点で負けてるから!どっちか一つしか選べないし、どっちも得られないなんて結果になるんだ!迷ってる間に兎を両方見失ってしまってるに過ぎない!
「正気か?」
「正しいだとか間違ってるだとかそんな事で俺は諦めたくはない」
自分を押し殺して、正しい道だと信じて、それで救える者も居たのだろう。でもあの子に必要だったのはそんな事じゃなかったんだ。それはハレルも同じだ、アカネさんが俺に求めたのはそういう事だったのだとやっと理解できた。
「……ならば、行くといい。そこまで言ったのならば絶対にやり遂げてみせろ、ハレルも自分自身も救って見せろ」
奴がそう言うと鎖から熱が伝う、それは前と同じ……神官の力を受け継いだ時の感覚と、ただ違うのは同時に奴の記憶の一部が俺の頭に流れ込んできた事。その意図が理解できた事。
「だからもし、もし頼めるならば!妹を救ってくれ!」
「任された!」
ハレルには悪いが旅の目的を一つ勝手に増やす事になってしまったな、奪われたエレメントイレイザーを取り返す事に加えて、奪った張本人を救うって事も。ナユタの施設を襲って、他の神官を死なせた事や危険な状況を作った事なんかもあるけれど!全部を許せってことじゃない、それでもだ!
何もかもが悲しいだけで終わらせたくない。
そうして鎖の解かれた俺はついにハレルの側に辿り着いた。