変わりゆく景色が遠い過去の記憶を呼び起こす。それはかつてパートナーであった黒髪の彼と共に戦っていた頃の事、この終末の世界は例え怪異や妖魔に対しても等しく過酷であったが故に、連中も必死だったのだろう。
力を求めて見境のなくなった怪異やその昂った妖気にあてられた妖魔達はついには共食いさえも引き起こしながらも、まるで蝗害のごとく全てを食い散らす百鬼夜行を始めた。それに対して当然ながらナユタは可能な限りの戦力を投入して鎮圧へ向かった。
敵味方の判別すらついていない程に必死な奴らを殲滅するのは決して容易な事ではなかった、だが同時に統率も取れていないが故に「撃てば当たる」という有様。着実に数を減らしていった事でそのうちに理性を取り戻していく者達があらわれた。この百鬼夜行に入り混じっていた妖魔達は決して格の高い者達ではなかった、主に非支配層の……特に周囲の影響に流されやすい弱者でもあった。中には正気を取り戻してナユタに助けを求める者さえ現れるがそれをさらなる混乱を招いた。
混乱に乗じて共食い、あるいはナユタ側の戦士を襲って力を奪おうとする者達の出現だ。それはより強い力を得る事で支配する側に回りたいという願いからだったのだろう。場は更に混沌とすることとなってしまった。このままではナユタ側の疲弊や被害も無視できない、といった状況にまで陥った事で私の出番となった。
「夢幻」が私の力であれば、エンジェルモデル・アズライールにあるのは「死」だ。
普段は夢幻に封じられている「終焉」の力がアズライールのコアを介して引き出され、いくらかは逃げ延びたもののその場に残った妖魔も怪異も等しく根絶やしにしていった。だが同時にその地に根付いていた微小な生物さえも死滅し、戦場一帯はいまなお汚染され命の生きられない死の土地と化してしまった。
この記憶が蘇ったのは目の前で叫んだ鬼の悲痛な叫びからだった、そうだ奴は……私が取り逃がしたうちの一体だ。同族を纏めて葬るのを目の前で見ていたのだから……力を求めていたアレにとってはさぞかし魅力的に見えたのでしょう。
つまりはこれもまた私が決着をつけるべき因縁の一つであり、責任は……。
「はい、そこまで」
隣にはまた、その場所に居るはずの無いシルスが居た。
「確かに過去にも何か沢山あったんだろうなってのはわかる。けどお前一人に背負わせやしない。俺も一緒に背負ってやる」
再び景色が移り変わる、魔獣と化した影鬼を前にして私達は立っていた。
「さすがにデカいぞ、殴る蹴るだけじゃ埒が明かないぞ」
目の前の影鬼は30メートル程……ビル程もある巨体、そうなると生半可な攻撃では有効打は難しい。私は考える、奴をどうにかできるのは……火力だ。
『シルス、体を借ります』
「おう!」
体の主導権を得て、私が向かうのはエレナ嬢の方だ。
「エレナさん、レールガンをお借りします」
「はっえっ!?わかりましたわ!それにしても急にこうピカピカになられましたわね!?」
「色々ありまして、だいたいシルスのせいですよ」
「はぁ……?」
事態に頭が追い付いていない様だが仕方ない、魔法少女といっても誰もが何でも理解できるという訳ではない。それに下手に攻撃手段を持たせておいて巻き込まれられても困りますからね。
「シルス、あなたの力を使わせて貰います」
『わかった。自由に使ってみてくれていいぞ』
私はコアを介して夢幻廻廊に取り込んでいた機材のいくつかを取り出し、シルスの力でレールガンを分解してそこに機材を組み込んだ上で錬金術で再構築する。
それは即席の高出力化改造を施したレールガン、瞬く間に青白い光が銃身に走り、弾体が飛び出した。
着弾と同時に爆発が起きて魔獣影鬼の巨体がよろめく、決して理性を失っているわけではないようで即座にまるで刃の様な爪をこちらへ振るう。
圧倒的な力で振るわれたソレは空を切ったが衝撃だけで背後にあった建物を切り裂き、割れたガラスと切断されたコンクリートが降り注ぐ。単に巨体とそのパワーだけで街を破壊するには困らないだろうが、それをされると私達が困ります。
奴を完全に無力化する為に、ブレードを手にして懐に潜り込み右肩へと突き立てる。そして筋肉と骨の流れにそって切り分けて削ぎ落す。当然ながら奴は叩き落そうと左手で攻撃しようとするが、私達を捉える事はできない。小回りが利かない以上に純粋にスピードが追い付かないのだ、そこからはもう一方的なものです。
私達が斬れば肉を削がれ、撃てば血肉が吹き飛ばされる、そしていくら足掻こうと攻撃は当たらない。
「何故だ!!何故だ!!どうしてこうも!こうもお前達はああっ!!」
「許せなんていわない、あなた達も私達もそうしてきた事なのだから」
奴は破れかぶれと妖力を魔力を体の中心へと集中させる、おそらくは巨大な呪詛の爆弾と化そうとでもいうのでしょう。全てを捨てて、全てを呪うという最後の手段ですが、それも許しはしない。
「これで最後です、いきましょうシルス!」
『ああ!こいつでトドメだ!』
レールガンを手放し、拳を握り両腕を左右へ伸ばしコアを中心に一列へエネルギーフィールドを直結、次にそのまま胸の方へと肘を曲げて圧縮、そして量の手を前に突き出すことでフィールドによる「砲身」を作りコアからエネルギー体となった「夢幻」を放出する。
これは魔術であり武器でもある、けれど強いて言うならば私達の「技」だ。
《ネビュライト・レイ・ブラスター》
その名の通り、まるで星雲の様な輝きを放つエネルギー光線が魔獣影鬼の体へと突き刺さり体表から分解、そして中心へと収束したエネルギーと反応して爆発を起こす。その威力はビル程もあった巨体を粉々に吹き飛ばし、その飛び散った破片さえも跡形もなく塵へと還していく。
そしてまるで決着がつくのを見計らったかのように、日が昇り辺りが明るくなっていく。
光を浴びて煌めく粒子の中で私達が街に降り立つとすぐにエレナさんが駆け寄ってきた事で私達は肩の力を抜く。
「まったく、予定通りにはいかないものですね……休む筈が余計に働く事になるなんて」
「本当にありがとうございますわ!それよりも今の!今の魔法はなんですの!?すごい威力ですわ!アレわたくしも欲しいですわ!」
「ぶっつけ本番でしたから、また調整できたら提供できるかもしれませんね」
「楽しみですわ~!それよりもシルスさんもハレルさんも大丈夫ですの!?」
光の粒子が解かれ、私はシルスに体の主導権と姿を返す。さすがにちょっと疲れましたから休ませてほしい所です。
「ああ、俺も大丈夫だ。ただハレルはちょっと疲れたようだけどな……それに今回は負担がそんなになかったからな」
『それはおそらくはシルス自身が力を得た事で体が強くなったのでしょう。そう考えれば懸念が一つ減って万々歳ですね。ただまだ本当の仕事が終わってませんがね』
それにしてもなんだか心が軽い、いつ以来でしょうかこんな気分は。私を助けたいだなんて、一緒に背負ってくれるだなんて……真っ直ぐな目で言われて悪い気分じゃなかった。
土壇場で力を目覚めさせて、何もかもをひっくり返して、私の記憶さえも取り戻す……そして代償さえも踏み倒す。
まだ完全に安心していい訳じゃないし、過信するのもよくはない、けれど今は……今だけはこの喜びを感じていたいと思った。
夜が明けたビルの上でアカネはその光景を見ていた、自分が感じた運命は決して間違いではなかった。そして手出しせずに見守っていて正解だったと笑みを浮かべる。
シルスと出会った時、確かに仕組んだ事はあった。それは自身の巫女としての力を分け与えた上で、長年研究してきたハレルの夢幻の力の一部、それを発現させる為の因子サンプルを組み込んだ。
発現するかどうかは正直に言えば賭けでしかなかった、が無事に芽生えたどころか自分の想像を遥かに超える結果を叩きだした事がなによりも嬉しかった。
「この世界の人間でないからこそ、何よりもその心に宿る光こそが……ハレルに必要か」
どこまでも争いばかりを続け、誰しもが疲れ果てているからこそ、立ち向かう心を持った者との出会いにアカネは初めて感謝した。