凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
ふと時計を見れば、もうすぐ日付が変わる頃。
眠気は一向に来ず、僕は宿の部屋で備え付けの椅子に座り、この日知ったことをぐるぐると頭の中で巡らせていた。
部屋の奥のベッドにいるリッカの方はちゃんと眠れているようで、それは安心できる。イリスティーラから話を聞いたことでより不機嫌は増してしまったが。
クイールは常に明るかった。
そのやさしさに、常に助けられてきた。
きっと明るいのは生来のことなのだと思う。普段のクイールに、無理している様子はなかったから。
だが、それはクイールにとって、当たり前に保てていたことではなかった。
――ホープはクイールが魔族に犯された結果の子供。
その話を、僕たちは改めて――ナディアにとっては初めて、イリスティーラから聞かされた。
生き残ることはできた。本来ならば、心が折れて当たり前。
だが、クイールは立ち上がってしまった。それを敗北とは捉えずに。
聖都に戻ってきた時、クイールはイリスティーラが見れば明らかなほどに、変わってしまっていたらしい。
無理して自分を奮い立たせるクイールを見ていられなくて、イリスティーラは薬を用意した。
精神的な安定を齎す薬。妖精の成分をもとに、きわめて複雑な調整を施した上で完成する回復薬。
ホープを産んで、旅に戻ろうとするクイールを信じたイリスティーラは、それを大量に用意して彼女に持たせた。
その時に言いつけた注意は二つ。
本当にキツイと感じた時だけ、決められた量を使うこと。そうすれば、極力副作用は抑えられるから。
そして、決してこの薬を再現しようとしたり、妖精から採取したものを直接摂ったりしないこと。
イリスティーラはこの薬の調合方法をクイールに伝えなかった。恐らく、旅すがらで作れるようなものではないのだろう。
聖都に戻ってくれば、また新しいものを山ほど渡してやるからと、クイールにこの二つの厳守を約束させた。
旅を再開したクイールは、その約束を守り続けていたのだと思う。
しかし、どの段階かで、薬を紛失した。その上で、薬が必要なほどに精神的負担が高まった時が訪れた。
妖精の粉を直接摂取することは、きわめて精神安定の効果が高く、効くのも早いらしい。
そして代償として、副作用もまた重い。
効果が消えた時に感じる不安や絶望はより強くなり、それを忘れるためにまた妖精の粉が必要となる。
摂取しなければならない量も、頻度も増えて、たちまち戻れないところまで陥ってしまう。
クイールはそんな、妖精の粉の過剰摂取による重篤な依存症だと、イリスティーラは断定した。
……聖剣の試練の最中、だったのだろうか。
外に出ることも出来ず、苦肉の策として――。
――察することが出来なかった。そんな素振り、少しも見せていなかったから。
もし、僕がクイールを疑って、その在り方に手を伸ばそうとしていれば、僕の“つながり”は彼女を暴いていたかもしれない。
……あまりにも、無理のある仮定だ。
僕はそんなこと出来ない。リッカの時とは、何もかもが違うのだ。
誰かの秘密を無造作に暴き立てることの危険性を、今はもう知っている。
僕の中のこの力は、暴くものではなく、信じるもの。そうあるべきだ。
だからこそ――僕には気付けなかった。
『――暗い顔してるわね。夜更かししてまで気分を落ち込ませるとか、物好きだわ』
「……え?」
僕と、あとは眠るリッカ以外にはいない筈の部屋。
そこで聞こえてきた声は、間違えようのないもので、しかし今彼女はここにいない筈。
――そんな認識を、あっさりと破る自立魔道具が、目の前のテーブルで首の一つを動かしていた。
「ラフィーナ……?」
『ええ。声、聞こえているみたいね。意味わかんないけど、理解しようとするだけ無駄か』
アッシュから聞こえてくるラフィーナの声。
ノイズが混じっていて、魔剣の状態のようにはっきりしていないが……まさか、アッシュはそんな機能を確立させたのか?
「ど、どうやってるの?」
『その変な魔道具がそっちから繋げてきたのよ。魔剣の時とは違って、本体の私が喋らないといけないから、あまりやりたくないんだけど』
ラフィーナは声を潜めていた。
もしかして、彼女個人ではなく、リッカの中の――空間そのものと繋がっているのだろうか。
アッシュが何を思って、そんな機能を手に入れたのかは分からない。というか、そんなことまで可能だったとは。
きっかけと言えば、アッシュが魔剣を咥えて持ち上げた時だろうが……。
『無視しようと思ったけど、やっぱり気になるわ。先代の話、聞いたんでしょ? 詳しく聞かせなさい』
「……」
それを話すべきか、迷った。
しかしラフィーナのことだ。もう大体は自分の中で情報を整理し、把握しているのだろう。
ぽつりぽつりと、聞いたことを話している間、ラフィーナは黙っていた。
伝えるべきことを言い終えれば、溜息が返ってくる。相変わらずの、ラフィーナらしい苛立ちが含まれていた。
『……ホープに聞いたのよ。勇者の子なんだって。そっくりだったし、そういう事なんだろうって思ってたわ』
「そういえば――ホープの面倒を見てくれたんだっけ。ごめん、あんなことで呼び出して」
『本当よ。盾にするなら自分にしろって、あんたから伝えておきなさい、ユーリ。……それはそれとして、境遇の割にまともな子だったわ。外に出てないから、友達はリッカだけだって言ってたけど。あの時ほど自分の耳を疑ったことはないわよ』
……ホープがそう思っているのならば、真実は知らないままの方が良いのだろうか。
リッカはホープに良い感情を持っていない。水の試練の時の関わりだって、目的があってやっていたことに過ぎない。
その、一方通行の絆を伝えるのは憚られた。
『ま……あの先代が、そんなことがあって、なおもあんなに真っ直ぐにいられるとなると、変な話ね。リッカとはまた違った方向に、あいつも壊れてたってことだし』
「……。ここまでずっと、クイールは無理していたのかな」
『無理しないためにやってたことなんでしょ。そこがあいつとリッカの違い』
リッカにも、かつて何度も何度も、同じような絶望があった。
リッカは無理して先に進もうとして、クイールはそれを負担と考えないことにした。
僕が深く知ったのは、リッカの苦しみだ。その正反対の道を選んだクイールの苦痛を推し量ることは出来ない。
しかし……リッカがより強めた、クイールに対する嫌悪感がそこから来ていることは、なんとなく分かる。
そういう道を選べたのは、どうあれ――本来のクイールが強かったから。
自分の中に定めた当たり前を貫き通し、変わるまいと努められるクイールを、リッカは改めて眩しく思ったのだろう。
そのために取った手段が、あんなものだとしても。
『あのヤバいエルフも、もうあいつの旅を許すことはないでしょうね。それで勇者がどうなるかは知らないけど。あんたたちはもうあいつを見限った方がいい。私は……そう思うわ』
「……クイールを置いて、聖都を出ろってこと?」
『ええ。あとはナディアもね。あんたとリッカの二人旅。それが正しい今代の形の筈よ。こうなった以上、この先、先代はあんたたちにとってはお荷物になるのよ』
ナディアが聖都に残るのは、はじめからそのつもりではあった。
だが、クイールは――イリスティーラと話をして、和解して、そこから共に風の試練へと向かうことを、共通認識としていた。
旅がここで終わることを、クイールは認めるだろうか。
……否だと、確信できる。
イリスティーラやホープのことを考えれば、ここに残る方が幸福なのだろう。
しかし、クイールにとって、勇者という在り方がどれだけ大きなものなのか、ここまでともに旅をしてよく分かっている。
僕がクイールを頼りにしていること以上に……クイールは、勇者で在り続けたいと思っている。
『……言っとくけど。リッカはもう、あいつを“使える”とは思ってないわよ』
「うん――分かってる。けど……そうじゃなくて。どうにかしたい」
リッカにとっての基準では、もうクイールは見限る対象かもしれない。
共に旅をしていて、自分の計算をいつ狂わせるか分からない。底が知れなかった頃から、そう思っていたのだろう。
そんなリッカの気持ちは理解できて、けれどクイールを助けたい気持ちは変わらない。
これから旅を続けるかどうかは、またイリスティーラたちとひと悶着あるだろう。
そうだとしても、クイールが追い込まれている状況だけは、打開するべきものではないかと、そう思う。
『……相変わらずお人好しだこと。どうにかしたいって言っても、どうにもならないわよ。あんた、薬の知識はあるの? 魔族の性質の知識は?』
「それは――」
『あのエルフはそういう知識があって、詰みだって思ってんの。素人が口を出しても碌なことにならないわ』
僕はリッカのように、膨大な経験で磨かれた発想力を持つわけではない。
どうにかしたいという望みを、実行に移すための何か。
それさえあれば、躊躇わずに足を踏み出せる。
……僕はそういう存在だ。僕の強みは、誰かに背中を押された、その先。つまるところ、“自分の力”が僕にはない。
選択肢を作ってくれるのは、いつもリッカだ。
割り切った方が良いにしても、少しだけ、それが悔しかった。
「――リッカの力を借りれば、きっと何とかなるよ」
『……どうだか。おすすめはしないわ。あいつのことだし、“私たちと同じ場所に放り込めば解決”とか言い出しかねないわよ』
「大丈夫、だと思う。クイールは魔族じゃない」
リッカが目の敵にしているのはあくまで魔族であり、その内にあるのは復讐の部屋だ。
人間はその対象ではない。あの時――思い出したくはないが、ナイトラクサでさえ、人間は頑なに巻き込もうとしなかった。
それは手段を択ばなくなって、しかし絶対に超えるまいと定めたリッカの線引き。
他者を信用しない。好ましいとも思わない。
自分たちの前に何もかもを終わらせなかったことを、強く憎んでいる。
しかし、“それ”だけはしない。リッカのその決心は、今も変わっていない。
『あんたが言うなら、間違いないんでしょうけど……ま、慎重に決めなさい。踏み出してからじゃ遅いわよ――それから、そろそろ寝なさい。せっかく安全な場所にいるんだから』
「……そうだね。ありがとう、ラフィーナ。おやすみ」
『はいはい』
適当な声の後、アッシュの首の動きが止まり、その形状が停止時のものへと戻る。
リッカは、この機能を知っているのだろうか。
……ともかく、僕も一度寝ないと。ラフィーナのおかげで、少しは考えを纏めることもできた。
ベッドに戻り、なんとなしにカーテンの隙間から外を覗く。
聖都とはいっても、夜は外も暗く、静かだ。
きらびやかな輝きも弱まり、外を出歩く者はいなくなる。どうやらこれは、聖都のしきたりであるらしい。
外を出歩いているのは、巡回の騎士のみ。そうとは見えない者がいるならば、即ち非常事態である可能性が高い、と――
「――――リッカ、起きて!」
「……っ、――なに?」
宿から程近い大聖堂の方を見て、異常と察するのに暫く時間が掛かった。
そして、それを不味いと思う暇すら惜しいことを悟る。
クイールと、ホープ。
そしてそれを取り囲む、複数の魔族たち。
過程など分からない。しかし、そこにある光景は今すぐに飛び出すべき状況だということは明らかだった。
【ユーリ】
彼の勇者としての力は他者とのつながりに依存するもの。
誰かに背中を押された後で、誰にもできない勢いをもって走るのがユーリという存在だ。
しかしながら、誰かを助けたいという善性も、勇者の証に由来しない彼の本質でもある。
【ラフィーナ】
――ということを、今のラフィーナは知っている。
苗床内で独り言をつぶやくヤベー奴。