凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
女の子が目を閉じたまま、わたしに向けて剣を振り上げていたことに気付かなかった。
魔族……アリスアドラがわたしの頭に置いていた手が、いつの間にか離れていて、顔を上げて。
その女の子のお腹に手を当てたアリスアドラを見て、ようやくその事に気付く。
女の子の動きはそこで止まっていた。
剣は振り下ろされることはなく、アリスアドラの手からピンク色の魔力が飛び出したことで、女の子は勢いよく弾かれた。
「っ……う……」
……でも、それは駄目。
イリスが言っていた。魔族と人間ではからだの作りが違うから、本気で攻撃するようなことはあってはならない。
助けてくれたのはいいけれど、これではあの女の子が死んでしまう。
そんな……わたしの心配をアリスアドラは察したみたい。
「心配ないわぁ。今の、別に痛くないから」
「……そう、なの?」
「当たり所が悪いと眠っちゃって、起きられなくなるけど」
とても危険だった。死んでしまうのと何が違うのだろう。
もしかすると、今あの女の子は眠っているように見えるから、“それ以上”にはならないのかもしれない。
「にしても、クイールちゃん、ああいう子だったんだ」
「……あの子、知ってるの?」
「――まあねぇ。その分だと、あなたは知らないのね」
あの女の子は、クイールっていうようだ。
アリスアドラが、わたしが知らないのは意外って顔をしている。
やっぱり、あの金色はわたしに関係しているのだろうか。
――もしかして、という思いと、そんなはずが、という思いが両方あった。
だって……本当にそうなら、わたしを斬ろうとしてくるはずがないから。
「にしても……本当に、向かないことをするのが好きねぇ、あの子。限界を簡単に超えられるわけでもないのに、無茶して自分を追い込もうとしている」
弾かれた先で蹲っていた女の子――クイールがゆっくりと起き上がる。
……なんだろう。ピンク色の糸で引っ張り上げられたような。
そして、震えながら立ち上がったクイールは、まるでその糸に抵抗しているように見える。
「全部、自分を納得させたいから、かぁ。シンプルすぎるわぁ。執念で動くなら、リッカちゃんの方がずっと面白い」
「っ、リッカのことも……」
「ええ、ええ。知っているわ。私、あの子に会いにきたのよ」
リッカの……友達?
いや、多分違う。リッカは魔族が嫌いで、怖いって言っていたから……。
「……面白さ」
その時、ぽつりとクイールが呟いた。
「面白さなんて、どうでもいい……僕は、勇者らしく、あれれば。そうじゃないと」
やっぱり……勇者だったんだ。わたしみたいに、だれかから受け継いだ色じゃない。
ユーリは今の勇者で、わたしのパパでもママでもない。
なら、あの子が……クイールが、わたしのママ――
「僕が弱かったから、イリスまで傷つけた! 誰より強く、勇者らしくないと! イリスにごめんなさいって、言うこともできない!」
「え……?」
イリスを、傷つけた……? この子が……?
だって、わたしのママは、イリスの友達じゃないの?
「八方ふさがりねぇ、あなた」
「それでも進むんです! 僕はっ、勇者ですから――!」
混乱が収まらない内に、クイールはまた、突っ込んできた。
振り下ろされた剣は、アリスアドラが止めてくれる。
剣じゃなくて、その手首を掴む形で受け止めたアリスアドラに、とりあえずお礼を言おうとして。
次の瞬間体を突き飛ばすような衝撃で、喉が詰まった。
「ぅ――――!?」
わたしを傷つけようとする金色の魔力が、体を通り抜けていく。
魔力に圧されただけ、ただそれだけで、わたしの体は軽く飛ぶ。
ごろごろとタイルを転がる中で、手が、足が、切れていく。あっという間に翅がくしゃくしゃになる。
初めての痛みをあちこちで感じた。じわじわとそれが広がっていって、不安よりもっと大きな恐怖が頭の中を埋め尽くしていく。
怪我をしても、少し安静にしていればすぐに治る。
けれど、こんなにあちこち怪我したことはない。これも、本当に治るのかな――?
「うぁぁ……!」
「まだ、生きてる……斬らないと。斬らないとっ!」
「誰が誰かも分からなくなっているのね。本当、ひどいことするわぁ。親の顔が見てみたい、って言うのかしら」
涙で滲む視界に、剣を受け止めたままのアリスアドラが映る。
わたしよりもずっと強い魔族だから、今の魔力なんてなんともないようだ。
対して、わたしは立ち上がることもできなかった。この痛みの中で……どうやって立てばいいのかが、全然わからない。
「――泣いてはいけない。涙は痛みを余計に強く感じさせてしまうよ」
戸惑うわたしに、知らない声が掛けられた。
アリスアドラではない。ふわふわした声じゃなくて、自信に満ちて、はっきりとした、少し低い声。
気付かなかった……この場に、いつの間にか知らない魔族がいたことを。
それも、二人も。アリスアドラと同じ、翼と尻尾、角を持った魔族だ。
「あぅ……」
見上げると同時に、こつんと何かが額に当てられる。
すると、体中の痛みが不思議なほどになくなった。
少しふわふわするけれど、痛くはない。目を瞬かせるわたしに、知らない魔族の一人は微笑んできた。
「驚いただろう? 痛みからはね、逃げることができるんだ。追いつかれない間に治してやればいいのさ」
「わ……わすれる……?」
「そう! 都合の悪いことからは目を背ければいい! そこの夢心地な勇者クンみたいにね! それは夢を見ることが出来る者、皆に等しく与えられた権利だよ!」
「エヴァネス、うるさい。アリスアドラ様の前――じゃなくて、後ろ」
「おおっと、そうだった――アリスアドラ様! どうか無礼を許していただきたい! 泣いている子を放ってはおけなかったのです!」
その姿をちゃんと見てみれば、アリスアドラとはずいぶん違う。
角はどっちも同じように曲がっているし、翼にもちゃんと皮膜がある。尻尾の先は、アリスアドラと同じで口みたいになっているけれど。
さっきわたしをつついた、大きな宝石が先にくっついた杖。紺色の短い髪と自信に満ちた金ぴかの目。真っ白の、でもまるで光っているように綺麗な服を着た、もう片方にエヴァネスって呼ばれた魔族。
がりがりに痩せた灰色の肌に、あまり意味がなさそうな下着っぽいものだけを着けた、白髪の魔族。ぴかぴかじゃなくて、ちょっと濁った、エヴァネスとは違う金色の目を持っている。
どっちもピンク色があって、片方は黄色で、片方は緑色。
そして、アリスアドラほどじゃないけれど、“強そう”だっていうことは伝わってくる。
「あら……エヴァネスに……ジル――こんなところでどうしたの?」
「アリスアドラ様が付いてこいって言った。護衛だとかって」
「……そうだったかしら。じゃあなんで、私がこの聖剣を受け止めてるわけ?」
「アリスアドラ様の独断先行のせい。私たち、大聖堂でリーテリヴィア様に申請を出していた」
「ハッハッハ! 相も変わらずボクたちでは読めない狂気……それでこそ! ――後は我々にお任せを。微睡む如く、片付けてご覧に入れましょう!」
……もう片方の、灰色の方はジルって言うみたい。
アリスアドラの他に、静かなのと、賑やかなのが一人ずつ。順番に声を聞いていると、ちょっとくらくらする。
「殺しちゃ駄目よ。その子、まだ勇者だから」
「おや。確かに試練を三つ終えた現役の勇者。しかし見たところ我々の同胞に憑かれているようですが?」
「勇者のうち三割が迎えるありふれた結末。アリスアドラ様が気に掛けるような存在には見えない」
「……その“同胞”を外に出すの。わかった?」
「――アリスアドラ様がそういうならば! さあ行こうじゃないか、ジル!」
「エヴァネス、単純。アリスアドラ様詐欺とかに引っかかりそう」
アリスアドラがもう一度、クイールを弾き飛ばす。
それを合図に、エヴァネスとジルが離れていく。最後にエヴァネスが、ぽんぽんと頭に手を置いてきた。
二人と交代するように、アリスアドラはふわりとこちらにやってくる。
――その手のひらが、少しだけ焦げていた。
「魔力の余波でも結構痛いわねぇ。あの聖剣、私たちにも遠慮がないわ」
ふう、ふうと手のひらに息を吹きかけるアリスアドラ。
それだけで、怪我はみるみる内に治っていく。わたしの怪我が治るよりもずっと早い。少し羨ましく思った。
……っと、そうじゃない。
聞かないと。アリスアドラが知っているなら、教えてもらわないと。
「あっ……あの……アリス、アドラ……?」
「なぁに? あの子たちのこと? 私の……お気に入り? の――」
「そ、そうじゃなくて――クイールって人のことっ……あの人、勇者だって……」
「――そうよぉ。今、頑張っている勇者の一人ね」
アリスアドラは少しだけ迷いを見せた後、教えてくれた。
止まっては駄目だって思った。知るのが怖かったけど、知らなきゃいけないと思った。
「わ……わたし、勇者の子なの。クイールが、わたしのママなの?」
「……クイールちゃんは、一個前の勇者よ。実は生きていて、最近旅に復帰したの」
一個前の、勇者。
勇者は十年ごとに選ばれるっていうから、わたしの年齢とも合ってしまう。
答えは言わないけれど、アリスアドラの言葉は、ほとんど答え合わせだった。
けれど、やっぱり分からない。クイールがわたしのママであるなら、どうしてイリスを傷つけたのか。
「で、でも、イリスを傷つけたって……イリス、大事な人だって、言ってたのに……」
「唆されたんでしょうねぇ。あの子の中、よくないものがいるの。感じない? 私たちと同じ、夢魔の気配」
「……あの、ピンク色?」
「そうそう。私たちはね……夢を操るの。あんなことをする子は少ないけど……弱った子は思い通りにできるわ。きっと今のクイールちゃんは、夢の中で敵と戦っている感覚なんでしょうね」
その、よくないものを――イリスを傷つけさせた何かを、今エヴァネスたちは外に出そうとしている、ということだろうか。
あまりうまく行っているようには見えない。
やっぱり……魔族だから、人間を殺しちゃ駄目だっていうのは難しいのだろう。
……クイールが、わたしのママ。
なら、話をしたい。元に戻って、喧嘩をしたならイリスと仲直りしてほしい。
そう思うのは、きっと悪いことではないはず。
剣を向けられるより、わたしはママに、もっともっとしてほしいことがある。
アリスアドラたちは、ママを元に戻してくれる? このままなら大丈夫? 少しだけ不安だった。
かといって、わたしには何も出来ない。出来ることといったら――わたしが信じる人に、来てほしいって願うことだけ。
アリスアドラとは、仲良くできないかもしれないけれど。
それでも、ママを助けるのを、手伝ってほしい。
「……リッカ」
――視界の向こうで、赤色と金色がきらめいた。
ずらっと並ぶ建物の、窓の向こうの強い光が外へと飛び出して、一直線にこっちに向かってくる。
「あら……? なんだ、すぐ近くにいたのね」
「むっ、この魔力! ――ハッハッハ! 奇妙な展開になってきたね!」
「ずいぶん賑やか。真夜中の聖都なのに」
――炎は、まるで流れ星のようだった。
流れ星に願いを込めると叶う……かもって、イリスに“おとぎ話”を教えてもらったのはいつだったっけ。
いつかは忘れてしまったけれど、あの日の夜に空を眺めていて、たまたま見つけた流れ星にお願いしたのは覚えている。
現実は物語のように上手くはいかない。だから、やるにしても、叶えばいいなと――冗談程度に思っておけって苦笑交じりに、イリスは言っていた。
だからわたしは、冗談交じりにお願いした。
――ママに会いたいって。
アリスアドラとわたしの間を切り裂くように、炎を纏って着地した、真っ赤な姿。
ユーリと、それからリッカだって、すぐに分かった。
二人の存在がぴたりと合わさって、魔族にも劣らないほど大きな力になっているそれは、あの二人以外にあり得ない。
炎を纏う、赤い全身は――絵本の挿絵にあったフェニックスみたい。
勇者を助けるために現れた、もう一人の勇者。
まるでこっちの方が絵本みたいだと思うほど、“夢のような”光景だった。