凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
ホロゥの乾いた暑さは、夜になることで乾いた寒さへと変貌していた。
なるほど。ここは真逆の二つの貌を持つ、厳しい地帯だ。
たとえ魔族の危険性がなくとも、この自然が迷い込んだ者の命を奪い去る。
昼間の暑さのみを知っていても、夜の寒さのみを知っていても不足な砂の大地を、何を目的にするでもなく僕は見つめていた。
魔王たちが去って、一時間……二時間くらいは、経つだろうか。あまりはっきりしない。
あれから何をしたか。
脱力するリッカを座らせて、その隣に腰を下ろして、日除けのローブを防寒用のものに切り替えただけ。
リッカとは一言も話していない。
何か言葉を掛けるべきだとは思う。そうしなければいけないと、何度も口を動かそうとした。
出てくる言葉は何もない。
リッカのことを優先したいのに――いつまで経っても、先程のことは自分の中で整理が付かなかった。
勇者の証は、答えを出してくれない。
何を言おうとも、今のリッカを立ち直らせるほどの希望になる気がしない。
……それで、どうしてリッカのための勇者などと言えよう。
かつてないほどに、中途半端な自分がいた。これは、一度自分を定めて、立ち上がってしまったからこその無力感なのだろうか。
あぁ――僕、ぐちゃぐちゃだ。
リッカのための勇者とは。一体何をすればリッカのためになるのだろう。
“そんなこと”で曖昧になってしまうような、甘っちょろい決意ではなかった筈なのに。
『……何時間そこでそうしてるのよ。座ってるだけなら、あの船の中にでも入ったら?』
「……、ラフィーナ」
同じようなことを数分おきに考えて、答えが出ないまま解れていく、不毛な時間。
もしかすると、リッカもまったく同じことをしていたのかもしれない。
いい加減にしろとばかりに声をかけてきたラフィーナ――彼女と繋がったアッシュは、膝の上でこちらの顔をじっと見つめていた。
『凍えたり、空腹で死んだり……そんな馬鹿げた結末でいいわけ? あんたたちがどうなろうと勝手だけど、それは流石に腹立つわよ』
「……ごめん」
はっきりとした苛立ちがぶつけられる。
無気力に陥りかけていた自分が、ほんの少し……動いてもいいかなと思うくらいには、奮い立った。
「リッカ、入ろう」
「……っ」
縮小していたゼクセリオンを肥大化させて、ふらつくリッカと共に立ち上がる。
このまま……何もしないならば、確かにこの中の方が、安全だ。
纏まらない考えも進展するだろうか。そうなってくれたら、嬉しい。
とろとろとした足取りで、ゼクセリオンの中に入る。
すっかり慣れた、旅の拠点。
居心地のいい“艦内”は、今の僕たちにとっては、家のようなものだった。
どうやら、出力が制限されたこの地帯でも、内部の機構は問題なく起動できるらしい。
冷えた室内を暖める暖房と明かりの機構を動かして、リッカと、隣り合った椅子に座る。
たったそれだけでも、普段とは比べ物にならないほど、時間が掛かった。ずっとラフィーナの苛立ちを感じて、気まずかった。
『……魔王様、初めて見たわ。ここがどこかはともかく……こんな唐突に会うことになるとは思わなかったけど』
「……うん」
机の上に乗るアッシュ。
その向こうにいるラフィーナにとっても、初めての出会い。
きっと、動揺は大きかったと思う。
『……二人揃って、何を呆けてんのよ。らしくもない』
「……うん」
それでも彼女は、努めて冷静を装っていた。きっと――僕たちのために。
「ユーリ――」
「……なに?」
……そうであるならば。
「ラフィーナと……二人になりたい。いい……?」
今の僕よりも、ずっと頼りになることは、確実だった。
いつかと同じくらい、ぐらついて、折れてしまいそうなリッカは、ラフィーナに“弱音”を吐くことを選んだ。
ひどく悔しいけれど、納得できる。
僕は僕の答えを出さなければならない。それをきっと、リッカも分かっているのだ。
「……うん。わかったよ――ラフィーナ。リッカをお願い」
『……これっきりだからね』
もしも、普段のラフィーナだったならば。
そしてこれが、僕とリッカの些細なすれ違いだったならば、迷うこともなく彼女は断っていただろう。
ラフィーナにはそこまでする義理がない。今の関係は、そもそもラフィーナにとって望んでもいないものだから。
それでも、不承不承と頷いてくれる、ラフィーナに甘えて席を立つ。
……誰かとつながらなければ、半人前にすらなれない自分の在り方を、今更否定するつもりもない。
しかし、これは“僕が”解決したかった。そんな、未練みたいなものを抱きながら、僕は自分用の個室へと向かった。
独りになって、何となく砂埃を不快に思った。
かといって入浴する気にもならず、消去法のように清めの魔道具を起動する。
「……」
魔力の香が体を包んでいる間、これでこの心のもやもやまで消えてしまえばと、下らないことをぼうっと考えていた。
もちろん、これはそんな便利な道具ではない。そんなもの、この世界に存在するかさえ分からない。
もしも存在すれば、この世界には迷いなんてないのだろう。それはそれで……どうかと思うが。
清めを終えて、何もすることがなく、ベッドに寝転がる。
剣の鍛錬も、するつもりにはなれなかった。せっかくラフィーナからまともな剣を教わって、木剣も“それらしく”振るえるようになってきたというのに。
我ながら不思議だった。
どうしてここまで、無気力になってしまったのか。
だって……僕はリッカの過去をすべて背負ってみせると決めた筈だ。
苦しい過去の全部を受け入れて、リッカと一緒に歩いていくと決めた筈だ。
こんな、無気力になっている暇なんて、本当はないというのに。
きっと答えは簡単なものなんだと思う。
それに、ぐちゃぐちゃになった考えが邪魔をして、辿り着けていないだけ。
……僕はどうやら、独りではそれすら払えないほど、弱いらしい。
たとえば――リッカの役割を、僕が受け持っていたとしたら。
その途方もない旅路を、僕は果たして歩み続けることが出来ただろうか。
隣にいる、守ろうとする存在はその実、一緒に歩いているわけではない。自分しか真実を知らない、孤独な道のり。
……無理かもしれない。
きっと僕は孤独に耐えられなくて、不屈も意地も折れてしまう。
僕がリッカだったら、“ここまで”は辿り着けない。
今いるここは、ようやくリッカが辿り着いた、ハッピーエンドの兆しである道程だ。
魔王は僕たちのこの選択を初めてだと言っていた。
五千を超えるリッカの繰り返しの、いずれとも違う今は、リッカの希望でなければならない。
では――その希望がまた陰ってしまったこの状況で、僕にはなにが出来るのだろう。
……誰でもいいから、教えてほしい。
リッカ自身でも、カルラでも、ラフィーナでも。クイールでも、ナディアでも、イリスティーラでも。
旅の中で親しくなった者は、ここにはいない。
小さな部屋にいるのは、僕と、その視界をゆらゆらと揺れる、小さな妖精だけ。
「……は?」
「やっほ。久しぶりね」
呆けて、しばらくの間、誰だっけと考えた。
その場にいるわけもない、水色の短髪の妖精。
……知らない相手ではない。ハローネの町で共に一つの演劇を披露した、愉快な妖精たちの一人。リャナンシーの――
「……シェリー?」
「覚えててくれて嬉しい。って、あのショー自体そんなに前でもないか」
「ど、どうしてここに? というか、どうやって?」
「妖精に理由なんて求めるなー……とか言うところかな、これ。“面白そうだから”が妖精の行動理念だもん。ハローネで別れる時ね、付いてきちゃった」
付いてきちゃった、ではなく。
さも当然のようにそこにいて、にこにこと笑うリャナンシーの少女。
シェリーは理由になっていない理由を並べながら、ベッドの縁に座る。
思わず体を起こして、その小さな姿を見下ろす。あまりにも普通に、彼女はここに居ついていた。
「……ずっといたの?」
「うん。別に、何もしてないから安心していいよ。食糧も魔道具も減ってないでしょ?」
「……なんで、今僕の前に?」
「んー。キミがちょっとどころではなく迷ってたから、かな」
確か彼女の存在は、リッカにはそもそも感知できない。
場合と、目的によっては警戒以上の事態になり得る。
そんな僕の緊張を、シェリーは他人事のように受け流した。敵意も悪意も、そこにはなかった。
「人間を見る目には自信があるの。私、恋の妖精だから。男女のそれは、特に。まあ今回のは、キミたちの事情に想像がつけば、リャナンシーじゃなくても分かりやすいけど」
うんうんと、訳知り顔で頷くシェリー。
彼女とは、決して親しいわけではなかった。それでも、分かるものなのだろうか。
「私ね、リャナンシーの中でも変わり者なんだ」
「変わり者?」
「普通は、気に入った人間に取り憑いて、蕩けさせるの。ほんの一時、身も心も幸せにする見返りに、その人間から命をもらう。そんな、人間と関わりの深い、危険な魔族。……ああ、逃げないで。前置きだから。言ったでしょ、変わり者って」
脈絡もなく知ることになった、リャナンシーという種族の概要。
ようやく、僕にだけその姿が見えていた理由がわかった。
シェリーの言う“気に入った人間”とやらに、選ばれたのだろう。
ネシュアで出会った時からリッカには見えていなかったし、どういう基準かは不明だが。
「元々は私もそうだった。けど……昔ね、食べ散らかした後に残った、もう生きてないものに縋って泣く女の子を見た。花嫁さんだったんだって」
「……」
「それを見て、なんかムカついたの。泣くほど想ってくれる相手がいるって、私があげた幸せよりも幸せじゃん。私があげた幸せが、その人間にとって一番の幸せじゃなかったみたいじゃん。いやあ、荒れたなあ、あの時」
彼女が懐かしむ思い出は、そんな風に浸ろうとは思えない、後味の悪いものだった。
それでも話を聞き続けようと思えたのは、そこにどうしようもない後悔があったから。
「自分への意地だったんだろうね。気紛れを起こしたの。それなら一回だけ、叶えてやろう。恋を唆してやろう。それで、私があげられる幸せとどっちが上か、比べてやろうって。……あの時結ばれた二人の笑顔は、ぐうの音も出ないほどに、百点満点だった」
まやかしの恋と、唆したとはいえど本当の恋。
基本的にリャナンシーは、その二つの差なんて気にしない。気にする機会がない。
偶然の気付き、それに対する苛立ちが、シェリーを変えた。
「いつまでも続く幸せの方が、ずっときれいなんだって知った。誰かを幸せにするなら、そっちの方がいい」
「……もしかして、それっきり……」
「うん。誰かの命をもらうのはやめた。幸せが短くなっちゃうもん。命を吸わなきゃ、リャナンシーとしては弱る一方。けど、それでもいい。私は多くの恋を叶える。恋の妖精らしいでしょ?」
「……そう、だね」
元々の在り方とはまったく違う。
弱い存在である己をさらに消費する一方の、損するだけの生き方。
その献身で叶えた恋が、どこにいくつあるのかなんて知らないけれど、ひどく実感のある言葉からして一つや二つではないのだろう。
なるほど――彼女は変わり者だ。妖精としての、自由の方向性を定めてしまった、生き辛い妖精だ。
……だから、あの赤い少女とも気が合ったのかもしれない。
「――とまぁ。そんな感じで、面白そうだなって思ってキミたちに付いてきたんだけどね。“こういうの”は予想外」
「え……?」
そう言って昔話を切り上げ、肩を竦めるシェリーには、呆れが見えた。
「やっぱり勇者と付き人って、そういうことなのかな。私が思うほど単純な関係じゃなかったっていうか。真っ当な恋も出来ない運命っていうか」
「ちょ――ちょっと待って。なんの話?」
「キミとあの子はきっと恋し合う関係になれる……そんな風に思ってたって話」
呆れの理由には、少なからず落胆が含まれていた。
僕とリッカが――って……。
「――――え?」
「ですよねー」
その、彼女にとってなんでもない言葉は、僕にとっては空白に放り込まれたような不意打ちだった。