凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
これっきりと言って、この場を任されたは良いものの……さて、どうしたものか。
未だにどういう仕組みかわからない魔道具と共有した視界。
その向こうで今にも死にそうな顔をしている天敵を見て、溜息をつく。
一応あの女にも、他の誰に聞かれたくないという気持ちはあるようで、私は使い魔たちに囲まれた小さな隙間に閉じ込められていた。
周囲に蠢く触手と虫の大群。その合間から零れてくる粘っこい液体。
果たしてこれがカウンセリングのロケーションかと小一時間問い詰めたい。
この雑音の中であれば、たとえ叫んでも外には届くまい。
私が声を発さないといけない、あの魔道具による意思の表出。これは他の連中に聞かれると至極面倒なのだ。
こういう気遣いが出来るならもういっそのこと外に出せとも思わないでもないが。……無理か。そうなったらなったで、私がどうするかなんて私自身分からないし。
……で。ユーリはもう自分の部屋に戻ったらしい。
ゼクセリオンと言ったか。どこぞで妖精から貰ったとかいうこの乗り物。
ユーリに話を聞いた時は一体どんな旅をしてるんだと思った。
とはいえ似つかわしくない真似をしてでも手に入れた甲斐はあったようで、飛べば高速、停まれば快適な拠点として機能するこれは既に旅の主軸になっている。
荷車やテントの発展形、飛べる宿のような何か。
意味不明だが、先代の剣とはまた別方面で、旅の一助になるもの。
個室まで備えられたこの場所は、どうやらこうしてそれぞれが考えを纏める場としても最適なようだ。
「……」
「……あんたも、自分の部屋戻ったら? 聞かれたくないことなら、そっちのがいいでしょ。あいつも戻ってくるかもしれないし」
「ん……」
いつまで言い澱んでいても良いのだが、だったらその時間は有意義にすべきだ。
言ってやれば、彼女は
魔道具が共有してるのは視覚と聴覚だけ。“抱えられている”という感覚が無くて良かった。
この女にそんなことされたら発狂する。どうせ狂うなら私はアリスアドラ様に狂わされたい。
……本当に死なないよな? こいつ。
壁に体を預けて、引きずるように歩いている様子は、アンデッドよりアンデッドらしい。
生きていてこんな状態になるのだとしたら、酔い潰れの五分前か。或いは、生きる権利まで賭けに出して大負けした浮浪者か。
それよりも万倍重い事情を背負った小さな人間を看病しないといけない自分はなんなのか。
こいつのメンタルケアであれば、もっと適任者がいるのだが、生憎向こうも参っている状況。
遅かれ早かれ、ぶつかることになる大きな壁。
所謂、因縁の行き着く先たる黒幕。それが齎したものは、決して止まることだけはしなかったこの女の迷いだった。
「……」
女の個室――といっても、いつも同室どころか同じベッドで眠っているらしいので、さほど使われていない小さな部屋。
入って、扉を閉めて、女は軽い音を立ててベッドに倒れ込む。
「……で?」
そのまま放っておけば意識を手放しそうなそいつを急かす。
今寝たら、戻ってこないような不安定さがあった。
不本意ながらユーリに任された手前、そんな監督不行き届きは認められない。
「――……、……五千回、だって」
「……そうね」
ぽつりと呟かれた回数。
それが愚直に剣を振るった回数であれば、まあまあだと褒めていたし、指南書を読み返した回数であれば、そろそろ実行に移れと呆れていただろう。
――魔王様によって告げられた、本人すら知り得なかった繰り返しの総計。
はっきり言って――あの場に現れた魔王様が、アリスアドラ様よりも強い存在なのだとは、思わなかった。
いわく、端末。本人が操っているだけの、代えの利く人形なのだろう。
その奥にいるものが勇者が目指す先であることを、少なくともユーリは感じ取っていた。ゆえにあの言葉は、魔王様の認識によるところの真実。
それでも自分の記憶こそが正しいのだと、この女が言い切れればまだ良かった。
思い込みであっても、そうした信念は現実に耐え得る力になる。
しかし、この女は否定できなかった。
多分、それは――旅の道程を、既に失いつつあるから。
数百の終わりの記憶が自分には残っている。しかし、それらに至る旅路を碌に覚えていない。
僅かな光景の断片。いつかも知らない風景が継ぎ接ぎになって、それらしく見せかけているだけ。
否定するよりも先に、自分が既にそんな状態であることの方を、頭で理解してしまったのだ。
「何を、したことがあって……何をしたことが、ないんだろう」
……魔王様の目的は分からない。だが、繰り返しをさせていたのはあのお方なのだという。
そして、この女を蝕む末路として残っているのは、魔王様が価値なしと断じたもののみ。
極端な話だが――今まで一度として出会っていなかったと思っていた相手にさえ、失った旅路のどこかで巡り合い、そしてその道を断たれていたかもしれない。
考えればきりのなくなる、もしもの話。
魔王様の出した正確で、膨大な数字が、この女にありもしない幻を見せている。
今、この場所……結局どこなのか知らないが、あの広大な砂原にいることは、初めての事象だと言っていた。ほんの僅かに、それは気休めになるかもしれない。
だが、ここを出て、ふとした拍子に覚えてもいないいつかと同じ末路を踏む。これからのこの女には、すべての行動にそんな虚像が付きまとう。
……確かに、ぞっとするな、それは。
自分の未来に対する疑心暗鬼。
そんなしょうもないものが、長い旅路を歩んだ足を完全に止めるのかと考えて。
なんだか胸がざわついた。ユーリが何かしたことによる浮かれ顔をまた曇らせた彼女に、いつもとは違う苛立ちを感じた。
「……心、折れたの?」
「……まだ」
ああ、そう言うだろうな。分かっていた。
絶望は大きくなっても、灯った希望は健在だ。
一人の人間が抱ける筈のない、キャパオーバーな絶望と希望。
それがない交ぜになったこの女の意地は何があろうと消えない。魂が裂けても、もう終わりだなんて言わない。
一時的な、この泣き言の後――どこに向かっているか分からなくてもまた歩き出すのだろう。迷走だろうと、消え果てるまで進み続けるのだろう。
そして、ユーリはそれを終わりまで支え続ける。
この女が立ち止まったら、あいつも止まる。また歩き出すまで、ずっと傍に居続ける。そういう道をユーリは選んだ。
だからユーリは、今のこいつに言葉を掛けられなかった。
自分で光の見えた道を指し示して、そちらに向かって手を引いたりはしない。
どちらの方が良いというわけではない。どちらも、誰かと共にあるなら感心すべき在り方だ。
間違った道であれば、それを咎めるくらいのことはするだろう。だが、正解か間違いかも分からない迷いの中ではどうか。
共に迷ってドツボにはまり込んでいく……想像に難くない。
……まったく、世話の焼ける。いや、なんで私がこんなこと考えないといけないのか。
単純に腹が立つのだ。
ここまでややこしい事情に巻き込んだ連中の終わり方がこれだとか、あり得ない。
嫌な末路を迎えるにしても、もっと私に納得できる形にしてもらわないと困る。
「だったらいいじゃないの。あと一個試練を終えて、魔王様を倒す。それだけじゃない。覚えていない過去なんて知ったことじゃないし、そもそもあんた、覚えている相手も覚えていない相手も全部憎いってここに放り込んできたんでしょうが」
私たちはそもそも、一切謂れのない憎悪と復讐心を向けられて因縁をつけられ、敗北したのである。
記憶を押し付けられた今でこそ、こいつに……正確には、ユーリに何をしたかは分かる。
だが、そうでない連中はどうだ。いったい何十、何百の名前も知らない魔族をこいつは壊してきたのか。
因果応報……と言うと少し違うかもしれないが、知らない“もしも”で殴ってきたのだから、知らない“いつか”で殴られたっておかしくない。
「今のあんたは今のユーリを信じて、頼りにしてるんでしょ? だったら余計なこと考えないで、信じ切りなさいよ。今までにない手応えがあるんでしょ? 今度こそ、ハッピーエンドに辿り着くんでしょ?」
「――うん」
「だったら魔王様っていう最後の壁が見えたって喜びなさい。知らない過去なんて全部追い返しなさい。その方が、めそめそしてるあんたより何倍もあんたらしいわよ」
ああくそ、何を言ってるんだ私。無駄に気恥ずかしくなってくる。
理屈にすらなってない。根性論の方がまだマシだ。
これで立ち直らなかったら殴る。こっちに呼んで殴る。というかなんで魔道具越しで話聞いてるんだ私。この空間ならユーリにも悟られずに会話できるだろうが。
「――うん……そう、だね。あと、少し……あと少し、なんだ、から」
「ええ、あと少し。そうしたら私もお役御免で……ちょっと待った」
無理やり背中を押しただけだが、また歩き始める意思が生まれた。
それに安堵しつつも、ふと一つの疑問が生まれる。
この二人が望むハッピーエンドに辿り着くのは、まあいい。
いや、こう考えること自体、魔王様に……それにアリスアドラ様に対する叛意であるようなのだが、ひとまずそれを呑み込むとして。
「リッカ。全部終わったあと、
――間違ってもそんなことはないと思う。ないと思うが、一応。
カルラ……もといアルラウネは外に出す前提だろう。じゃあその他。私含めてその他は?
というか、たとえばこの女が死んだらこの空間や私たち、どうなるんだ?
「……全部終わってから、話そうと、してた」
……僅かに此方に向けた視線が揺れた。
まったくの嘘ではないが、躊躇いが見られる。
どうやら後ろめたい考えがあるらしい。こいつの思考なんて想像するだけ馬鹿らしいが、今回の場合他人事ではない。
もしも終わりに辿り着いて、その時に心臓に悪いサプライズなんて聞きたくない。
「話しなさいよ。私を奴隷じゃなく、どうあれ“仲間”と思ってるなら」
「……」
言葉で圧を掛ける。
こいつが隠していることなんて、あと幾つあるか知れたものじゃない。
いい加減こいつの非常識に慣れてきた。それが癪で、もう半ばヤケクソだった。
他者を精神の内なんざに放り込んでいるならば、そろそろその心も明かしたらどうか。
黙りこくった女の再起動を待つ。
一分。五分、十分。それだけ経ってから、数えるのをやめた。
話を切り上げたのではなく、迷いが続いている。ならば待ってやろう。
「……ラフィーナ」
「なによ」
「……魔王を、倒して……その後。ユーリに……それから、カルラに、手を出さないなら……ううん、それを二人が望んだら……けど……」
「そういうのいいから。聞きたいのはその先よ」
こいつがどんな幸せの形を思い描いているかとかどうでもいい。
何を想定していようとあのアルラウネに手を出すことはない。
ユーリは……まあ、“そういうこと”もあったようだが。この女のことを考えれば大して手を出す気も起きない。あれだ、家畜の生前を考えてしまうとか、そういうのに似てる。食指が動いたものじゃない。
「……あなたを、外に出す。そして……一つだけ、お願いがある。とても、大切なこと」
「……まだ何かあるわけ?」
「ん……
外に出すという言葉に、大して感慨は湧いてこなかった。
そうなったらなったで……割と憂鬱。元の生活など、戻ってこないのだろうし。
だから、それはそれとして、こいつは何を言い出そうと言うのか。私を利用し尽くして、なおもお願いとは。
憂鬱な未来がより憂鬱になることを確信しつつ、次の言葉を待つ。
「ラフィーナを、信じて話す。ここからのことは全部、絶対に……絶対に、誰にも、言わないで。ユーリにも……ううん、ユーリにだけは、絶対……」
「……誰にも言わないわよ。だから、落ち着きなさい」
言おうとしているだけで、ひどく動悸が激しくなっているらしい。やっぱり死にそうだった。
魔王様が現れ、真実を告げられ……こいつも気持ちの整理をする段階。
そのカウンセラーが私という困った状況を嘆いて、同情してくれる相手などいない。
これもヤケクソのうちだ。出来れば、頭だの胃だのがもっと痛くなるようなことじゃなければいいなあ、と思う。
「ラフィーナ――“転生”って、知ってる?」
「……んぇ?」
――かくして。
こいつらに負けた時、こいつらへの協力を決めた時に続いて三回目の、“知らなかったこと”を押し付けられる転機。
多分、選択肢次第では回避できただろう、地雷しかない戦場に、私は無理やり放り出されたのだった。