凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
先に進む。立ちはだかる本という本を切り裂き、撃ち抜いて、進んでいく。
三十……五十……七十……。
際限なく襲い掛かる、大小・強弱さまざまな魔族たちの中には、見覚えのある存在も確かにいた。
それでも、止まらず歩き続けて。リッカが疲れたら、次の本まで背負って歩いて。
「九十六冊目、完了です。すぐに次に向かいますか?」
「――、――――」
九十を超えた辺りから、一体一体に死力を尽くすほどの強大な魔族が現れるようになった。
僕自身は遭遇したことのない、ワイバーンやクラーケン。
ある程度広いとはいえ対応に限界も生まれる、ネシュアを思い出させるアンデッドの大群。
それから、ナイトラクサで――アリスアドラに押し付けられた力に動かされるままに戦った、小さなヴァンパイア。
いずれも他の外装の力を扱えず、魔剣を駆使して戦うしかない状態。
傷を癒せなければ、一体どこで力尽きていたか。
――リッカを手放すまいと。リッカのために、傷つくまいと。
そういう風に欲張るための余裕は、既に無かった。
『……自覚が遅すぎるわ。怪我云々じゃない、いえ、それもそうだけど。ユーリ、あんたの体力がそもそも限界じゃないの』
「――――、――――」
欲を張るには力が足りないと、膨大な過去をもって思い知らされているかのようだった。
傷は治っても、疲れは溜まっていく。少しずつ休憩を挟んではいたものの、強大な魔族を相手取る試練をこなし続けられるほどではない。
……分かっている。このまま、満足に疲れを取らず歩いていたら、いずれリッカを守り切れない時が来る。
そうなってからでは遅い。……一度ここで、少し長めに休む必要があるか。
「――――――――」
「ユーリっ……っあ!」
「っ、リッカ……、ごめんっ、怪我、ない?」
本は、向こうから近付いてくることもある。
だから完全に気を抜くわけにもいかないが、“少し休もう”と思った瞬間、力が抜けた。
支えてくれようとしたリッカを巻き込んで仰向けに転がる。
怪我は……していないだろうか。咄嗟にその体を抱え込んだが、硬質な外装だ。強く打てば、不要な怪我をしかねない。
「……ユー、リ。もう、いい」
「――リッカ?」
起き上がらないリッカは、ぼそりと、搾り出すように、言った。
「もう、いいって……?」
「……ここ……諦める……」
それは、ギブアップの宣言だった。聞き間違いかと思った。
しかし――そうではない。
顔を覗き込んできたリッカの、その表情は後悔で満ちていた。
「まだ、まだ……きっと、先は長い……どこまで、続くかも分からない……から」
「……大丈夫。百でも、千でも、僕は――」
「ッ――ユーリ、死んじゃう……っ!」
この迷宮に入ってから、数えきれないほど“大丈夫”を続けてきた。
きっとそれは――苦痛がある、なしの違いはあれど……リッカの旅の、追体験だったのだと思う。
途方もない、というか、まだまだ序盤も序盤だろう、先の見えない道。
どこまでだって進んでみせるというのは、リッカの手前で言った強がりではない。真実、それほどの気概はあった。
次はなんだろう。サイクロプスか、あの巨大ローパーか、それともドラゴンなんかが出てくるか。
既に魔族としては最上位の面々。だというのに、まだまだ辿り着く気配の感じられない、リッカの回顧の果て。
……全部を受け止めるなど、僕には無理なのだろうか。
そんな筈はないと、喝を入れられるのは自分の内だけ。
少なくともリッカは――ここから先に進もうとすれば僕は長くもたないと、そう思っている。
「……わた、し……今回で、終わらせたい。ユーリと、一緒に、ハッピーエンドに……!」
「――うん」
「だから……っ! この先にある、なにかも、手に入れて……万全に、したかった……!」
「――うん」
「けどっ、ユーリが、死んじゃったら……なにも意味ないっ」
……これでは、僕の望んでいたこととまるで違う。
リッカに頼ってほしい。リッカを支えたい。そうして、リッカを少しでも安心させたい。
頼ることを強要して、自分を支えにすることを強要して、自分の選んだ道へと導くのでもなく背負って歩くのでもなく、リッカを引き摺って進んでいる。
リッカは少しも安心できていない。むしろ、僕だけで戦うことで――より負担を掛けている。
そうしなければならない理由が、魔法が使えないことにあって、“その理由”が自分にある可能性を考えたのだ。
「……戻ろう。戻って、強くなって、また来よう。魔法を、また使えるようにして、風の試練も、終わらせて、もっともっと、強くなって」
「……」
この迷宮が果てしない試練になっていることに対する負い目を、あえて呑み込んで、リッカはそう言った。
言わせてしまうことが苦しかった。
最初に戻ろうとしていた僕が、自分が守れば問題ないと、意見を変えて。
この道半ばで、リッカが踵を返そうとするほどに、勝手に力を使い果たして。
もうそんな風に、苦しむことができる余裕なんてリッカにはないというのに。
「――そうして……一番の、状態で、また……わ、わたしを、守って」
「……うん」
ああ――その方が、いいだろう。
死ぬつもりなんてないけれど、そう胸を張って言えないほどに、自棄になっていた。
これでは、三人一緒のハッピーエンドなんて、夢のまた夢。カルラにも叱られてしまう。
得られるものは何もなかった。リッカが苦しんでしまっただけ。この失敗を、必ず未来に活かそう。
リッカの言葉に頷く。次こそは、完璧にリッカを守ってみせると、強く決意して。
「……ラフィーナも、ごめん。付き合わせて」
『まったくよ。もっと早く切り上げて、あんたたちが互いの問題を解決すべきだったわ。……まあ、ここまで連戦に耐えられたのは評価点ね。片手でこの剣使うのはやっぱりおかしいわ。やめておきなさい』
「……私も、そう思う」
間に少しだけ持ち上げて、それ以外は痛いほどの文句だった。
魔剣の扱いについて、控えめにリッカさえ同調する。
もちろん、両手で構えて使うべきだというのは分かっている――とは、流石にこの状況で言えなかった。
……片手で使えるならば、それを選択肢に含められれば心強いと思うのだが。
「話し合いは終わりましたか?」
頃合いを見計らったように、ベガが歩み寄ってくる。
相変わらず、冷たい目だった。……或いは、ここまで付き合わせておいて、という気持ちがあるのかもしれない。
「……うん。ここまで、かな。引き返してもいい?」
「次に来たとき、最初からになりますが」
「覚悟の上だよ。もっと強くなって――今度こそ、
そんな意気込みを、彼女に聞かせたところでまったく意味のないことだろう。
やはりベガは一つ頷くだけだった。
「わかりました。それでは、また来た道を戻ることになります」
『……もう暫く、ユーリは動けないわ。手っ取り早く入り口に戻れる魔法なり何なりないわけ?』
「残念ながら」
確かに――ここまでだと思ってしまえば、より体が重く感じる。
少なくとも、満足に動けるようになるまでは休まないと。
……ゼクセリオンを使えば歩かずとも移動できるが、あれの操縦も集中力がいる。疲労困憊で乗りこなせるようなものでもあるまい。
進むも戻るも出来ない疲労で、やり過ぎたことを実感する。
「……」
暫くの間、何もせずに目を閉じて。
気付けば体を覆っていた灰の鎧も消え去り、手元にアッシュが転がっていた。
役割が済んだ……と判断したのだろうその小さな躯体をボロボロの懐に仕舞い込む。
今後頼りにすることがない、とは言い切れない。
リッカの魔法が使えない理由は確かめておかないと。
……よし、そろそろ――と、体を起こして。
リッカと共に立ち上がる。試練がないことを考えると、帰り道はどれくらいの長さなのだろう。
聞こうとして、進む筈だった通路の向こうにじっと目を向けるベガの――ふわりと浮かんでいた“呆れ”の感情に気付いた。
「……」
「――どうしたの?」
「つくづく、奇妙な過去に満ちた者たちだな、と。なるほど、逃げることすら赦さない過去があなたたちには存在するのですね」
事も無げに言ったベガ。
それは比喩のようで、この迷宮においては言葉通りの現象があり得るもの。
息を呑んで、目を凝らせば――ゆらゆらと、しかし確かに、近付いてくる小さな本が見えた。
「……!」
「九十七冊目……単純な数の上ではそうなりますが、だいぶ奥から来たようです。まるであなたたちの選択に反応したように」
逃げようとして、なおも追ってくるリッカの過去。
“易い”判断を許容しないかのような、無慈悲な追想。
開き始める本に、ふと――“
「リッカ……下がってて」
「っ、けど……」
「大丈夫、あと一回くらいなら……」
リッカの手を握って、後退するよう促す。
しっかりと、つながりだけは意識したまま。
これ以上の戦闘を出来るとは思わないが……或いはリッカを抱えて逃げるという選択肢だって、存在する。
もう一度アッシュに力を借りよう。それが可能かと、懐に仕舞ったアッシュを取り出そうとして――開いた本から床に下りた、その姿を見た。
「……そんな」
「ぁ――――」
『……これが“逃げることを赦さない過去”ですって?』
――自分がやってきたことを忘れるな。
それを、責めるのではなく、心底からの声援として、リッカに言える者。
下らないハッピーエンドなど、ここまでやってきたリッカには相応しくない。
これから至るのならば、逃げることなく、すべてがうまくいった先の完璧なものでなければ許さないと。
遠慮なくリッカに物言いできる誰かなんて、僕のほかにはたった一人しかいない。
「……? 抗わないのですか?」
どんな敵でさえ、リッカを脅かそうというならば撃破すると意気込んで。
それでも――唯一手出しできるとは思えなかった、その姿。
ただの回想だとしても、外装を纏う選択肢に手が伸びなかった。剣を振るおうとさえ、思えなかった。
『ユーリ――リッカ! 動きなさい! あれは回想だっての! 目の前にあいつがいるわけじゃない!』
「……っ」
「あ……ぅあ……」
ラフィーナに叱咤されようとも、“敵対する”という意思すら浮かんでこない。
もしかするとそれは、この迷宮の最後の試練として、待ち受けていたのかもしれない。
最後にそれを突破してこそ、踏破に相応しいと。
そうだとすれば――はじめから、僕たちが最奥部に至るなど不可能だった。
蔦が伸びてくる。
自分は人間とは違うのだと、冗談めかして振る舞う際の、じゃれ合いのようなものではない。
振り払わなければ、僕たちの旅は終わる。そう、自分に言い聞かせても。
僕とリッカは、彼女を、斬ることも、撃つこともできない。
「……ミントの子とは。まあ、彼女の傍に芽吹くには相応しいですが。いえ、順序として正しいのは……」
『っ、ちょっと! そこの案内者! この二人はもうギブアップ宣言したんでしょうが! 次の試練が来るってのは変でしょ!』
「変ですね。ですがこれはこれで運命的です。少しだけアドバイスするならば、ここで眠ってしまうのが賢明かと」
『あんた――』
目の前の、緑の少女が微笑んだ。
伸びてきた蔦が、抵抗できない手足に絡んで、やがて顔まで覆ってくる。
リッカと繋いだ手にも絡み付く蔦は温かく――どこか安心できる、深い愛情が込められていた。
「主。我が主。朝です。早く目覚めるように」
「――朝も夜もないねぇ、ここ……というか、外も夜だね。ド深夜だねぇ」
「主におかれましては確かな眼をお持ちのようで何よりです。それより、お客様がお待ちです」
「待っていないねぇ。寝てるね、思いっきり」
「叩き起こしますか?」
「好きなだけ寝かせてあげなさい。さて……オハヨウ、ベガ。二百年ぶりくらいかな?」
「おはようございます、主。この二百年間、主の記録を脅かす者は現れませんでしたので、ご安心を」
「安心であり、落胆だぁ……ようやく来たというならば、喜ぼうか。……やあ、変なのまで一緒じゃないか。あの子のつがいかな?」
「関係性は存じ上げませんが、互いに依存している様子は見られましたね」
「歪だねぇ。えっと……勇者、だっけか。はは、好都合だぁ。ようやく、止まった歴史も動き出す時が来たってことだねぇ」