凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
「――失礼。取り乱しましたわ」
混乱の後、自身の存在について説明を終えたヨハンナ。
ようやくナディアは平静を取り戻し、微妙な表情で小さな魔道具を見下ろす。
「実際に見たことはありませんでした。よもや、わたくしが聖女ヨハンナと話せる日が来るなんて」
『当機も後世のディアネシュアと対面した経験は初となる。あくまで当機は決戦に備える機構につき。しかし、亡びの先に芽を残せるとは、ディアネシュアは良き後継に恵まれた』
「……いいえ。ディアネシュアの最後は過ちでした。兄の戯れが、滅亡を招いたのですから。……昔話をしていても仕方ありませんね。わたくしは今はただのナディア。敬称は結構ですわ、聖女ヨハンナ」
『承知。これより姫御前をナディアと呼称する』
ヨハンナのことは、ナディアも知っていたらしい。
当然か。かつての技術革新を引っ張った存在ならば、ネシュア最後の時代においても偉人として扱われているだろう。
人格を術式としていることについても、それ自体に驚いている様子はなかった。
「……本当に聖女ヨハンナ、なのかい? バルハラに対抗したっていう?」
『如何にも。現代にそれが伝わっているとは』
「イリス、この子のこと、知ってるんですか?」
「私も、先日ナディアから聞いただけさ。その歴史を伝えている書物ってのは、私も知らないな。よほど長命の魔族が昔話として覚えているくらいじゃないか」
一方でイリスティーラはヨハンナを訝しみ、クイールとホープは存在を知らなかったようで首を傾げている。
ホープとしては、興味の対象はヨハンナの魔道具としてのつくりのようだ。
『しかしこの場はバルハラとは異なれど混沌としている。当機としては新たな学習対象として興味を向けたいのだが』
「……遠慮してほしいかな」
こちらに向けられた首に、何やら目を輝かせるヨハンナを幻視した。
一癖も二癖もある面々が集まっているため、知識欲が溢れていたことは想像に難くないヨハンナが興味を惹かれるのは分かる。
だが、それは各々、触れられることを望まない点だろう。
『無念。であれば口を噤もう。ところでユーリ、先の会話を聞くにこの場に集うのはおまえの使命に関わる者たち。おまえが見たものを共有すべきと進言する』
「うん。そのつもりだった――最後に持ってくるべきかは、迷ったけど」
僕とリッカの問題以上に、クイールたちには伝えなければならないことがある。
恐らく、これまでの話を超えるインパクトだろうが、風の試練へと向かう前には共有しておきたい。
僕たちが至るべき、最終目標。
四つの試練を超えた先で待っている筈だった存在の一端に触れたことについて。
クイールたちに開示すべき情報は、そこまで多くない。
あの場で知らされたことは、僕やリッカについてのことが殆どだったためだ。
だが――魔王に出会ったことは紛れもない事実。
「……キミたちはまた、妙なところで妙なことをしているね」
「魔王って、嘘じゃなかったんですね。いえ、いるとは分かっていても現実感がなかったというか」
呆れ顔のイリスティーラと、感心するクイールは、またしても対照的だった。
「イリスは知ってました? 魔王――ゼットの名前」
「知らないよ。……しかし、端末か。その魔王とやらは本当にそう言っていたのかい?」
「うん。ホロゥの柱がある限り、幾らでも出力できるみたいだ」
「……ネシュアの遺産を疑いたいね、私は。ナディア、それからヨハンナ。キミたちに心当たりはあるかな? そういう、“魔王”になりそうな魔法機械の類」
端末という言葉以上に、あまりにも生命的ではない存在感。
ヨハンナのことを知れば、どこか近いものを感じることが出来る。
つまりネシュアに由来する、何らかの技術の結果である可能性――
しかし、ナディアは覚えがないと首を横に振った。
「……もしも、そういった秘奥があるのだとすれば、わたくしは知りませんでした。『決戦機関』と『追想機関』、それがネシュアの二大秘奥。ただ、わたくしにさえ秘匿されていたという可能性は考えられますが……」
『後世の技術においては、当機に組み込まれた
「……深く知るには、調査が必要みたいだね。一度ホロゥに行ってみないと、か」
「リーテさんに聞いてみるってのは駄目ですか?」
クイールの提案は、腕を組んで考え込むイリスティーラの不意を打った。
一瞬、僅かに目を開いた彼女が、平静さを装ったのが分かる。
「魔王直属の配下だ、決して話さないよ。あれの口の堅さはよく知っている」
「イリスのお願いなら聞くと思うんですけど……」
「私とあれの関係にどんな信頼を持っているんだい? ……ともかく、まずは風の試練だ。その後、柱とやらの調査を行う。それでいいだろう?」
「それも手伝ってくれるんですか?」
「今後もキミの面倒を見ると決めてしまったからね。仕方ない――平穏の目途が付くまでは、付き合うさ」
消極的ではあるが、そんな風にイリスティーラは決定した。
しかし、その態度には一定の興味が見え隠れしている。魔王について、彼女も関わるに値すると判断したようだ。
「――さて。方針はそんなところでいいだろう。他に何かあるかい? ヨハンナに魔王ゼット、サプライズはこれで終わりだね? 今からまさかバルハラなんて出てこないね?」
「――うん。これで終わり、だよ」
イリスティーラの洞察力に戦慄しつつも、話を打ち切る。
実際、僕たち二人にしか関わらない形で手を借りているのだし、話す必要はないだろう。
どうやらバルハラも、現状ラフィーナとヨハンナで抑えることが出来ているらしい――聖都に戻る道中、いい加減にしろとラフィーナに怒鳴り散らされる事態があったが。
「よし。それなら後はキミたちの問題だね。それが解決したら出発だ。クイール、キミも準備は整えておきたまえ」
「僕はいつでも問題なしですっ」
「そうかい。二人とも、泊まっていくかな? 部屋なら用意できるが」
「いや、大丈夫だよ。ありがとう、イリスティーラ」
リッカがそれでは安心できないというのもあるが、何よりこれからリッカと話さなければならない。
イリスティーラに礼を言って、館を後にする。
どこか、宿を取る選択肢もあったが――今回はゼクセリオンを使った方がいいだろう。
アッシュも、魔剣も取り出さず、リッカが管理している空間からも確認できない個室。
そんな、本当の意味で二人の状況のなか、僕はリッカと隣り合ってベッドに座っていた。
「……」
「……」
こうして黙っていて、何が進むものでもないことは分かっている。
本当は、僕から問うべきことなのだ。その方が、リッカを安心させられる。
けれどそうしないのは、今のリッカが、“話そうとしてくれている”から。
それが、ただリッカを想うだけで伝わってきてしまうのは、良いことなのか、悪いことなのか。
今からリッカが口にしようとしている大事なことを、僕は知らない。
そこに踏み込めない今の僕は無力だ。だからこそ、リッカが話したその先で何を出来るか。
罅だらけのリッカを支えるために大切なのは、その一点だ。
「……ユーリ」
「うん」
少しでも、話しても大丈夫だと思ってもらえるように、リッカの手に僕の手を重ねる。
本当のリッカを知ってから、こうして手を合わせることは多くなった。
リッカの不安が、それで和らぐから。そして同時に――リッカがそこにいることを感じられて、僕自身も安心できるから。
「……魔法が動かない理由。きっと……私とユーリが見ている場所が違うから、だと思う」
「うん」
リッカの隣には僕がいて。そして僕の隣にはリッカがいる。
「私の……私の、見ている……ハッピーエンドは――」
「――うん」
考えるまでもない当たり前――これからもずっと、続いていかなければならない当たり前。
「……ユーリと、カルラが……幸せな、未来」
――その当たり前は、僕が気付かない間に、音も立てずに崩れ去ろうとしていた。
リッカが目指す未来には、僕がいて、カルラがいて。
思い描く当たり前の中には、しかし
「多分……私の中の、目指す場所は……ずっとそこだった。無意識の中で、私は……“もたない”って、確信してた」
この幾ら続くかも分からなかった苦痛の中を、たった一つの光を目指して歩み続けた。
そんなリッカにとっても、ハッピーエンドは曖昧だった。
それでも、そのゴールこそが立ち止まるべき場所だと、リッカは思っていたのだろう。
僕がようやくリッカを知って、誰にも知られない苦しみから引っ張り上げて、ハッピーエンドに向けて共に歩み始めて。
きっとその段階から、リッカは薄々と感じていた。
そして、魔王と出会い、自らの始まりと五千を超える行き止まりを鮮明に把握してしまったことで、どれだけ“ぼろぼろ”なのかを自覚した。
ゴールのその先へは歩いていけないと、今度こそ強く理解してしまった。
「……それでも、暫くは魔法は、使えていた。変わった、理由って……」
「うん――僕が、自分が目指したい場所を自覚したから、だと思う」
リッカが目指すハッピーエンドを、深く理解せずにただ支えていた自分。
それは不完全ではあったけれど、確かにリッカと同じ方向を見ていた。
だが、こうしてリッカの“理想”を聞いてみれば、今の僕とリッカがまったく違う方向を見ていると分かる。
向きが違っていれば、“二人で一人”は成立しない。
僕にとって、その自覚は成長だったと断言できるが――かえってリッカを置いてけぼりにしてしまったのだ。
「魔王と会ったあの夜……見つめ直したんだ。僕が目指すハッピーエンド。僕が思う、使命を終えた先の、いちばんの幸せ」
「……それ、って」
「――僕と、リッカと、カルラ。三人で、また一緒に、当たり前の日常を始めること」
「っ……」
――リッカの思い描く、自分のいない未来。
――僕の思い描く、三人一緒の未来。
どちらが現実的かなんて、考えるまでもない。限界は既に、リッカが自覚しているのだから。
明確に形にした夜よりも、この理想はさらに夢の彼方に遠のいてしまった。
では、どうするのか。
リッカの、僕とは違う理想を知って、やはりそれを支えるために捨て去るのか。
――否だ。何故って――僕が思い描く理想を絶対に捨てたくなくて、リッカが思い描く理想を絶対に認められないから。
「あの頃が僕の全部だった。使命もなくて、毎日騒がしいけど、平和な日常。あの頃の続きを、もう一回始めたいんだ。同じようにはならなくても、ただ三人で笑い合える日々を」
「む……無理、だよ……私には、そんな未来……」
思い描くことなんて、出来ない。
解れて消え入りそうな声で、リッカは否定を紡いだ。
限界なんてとっくに超えている自分には、生きている未来を想像できない。
だからこそ、
それは今のリッカを形成する信念の中核なのだろう。
カルラには伝えていない。間違いなく、認めないだろうから。そして同じ理由で、僕にも黙っていた。
違う未来を僕が提示するということは、今のリッカを否定すること。
――二度目だ。
かつて、独りで歩んでいたリッカを否定して、支えることを決意した。
そして今、もう一度リッカの信念を否定する。理由なんて、あの時と同じ。
リッカの選択肢を認めたくない。それを認める自分を許せない。
「リッカに見えないなら、僕が連れていくよ。三人のハッピーエンド――僕と、一緒に目指そう、リッカ」