凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
山といえば、思い出すのはオレブ山道。
あくまで聖都へのルートとして選んだだけのあの場所は、山として特別高い標高を持っていたわけではない。
それ以外にわざわざ山に近付くようなことはなかったから、遠くに見える背の高い丘、という程度の印象でしかなかった。
――そんな印象は、試練の地に近付くにつれて、消えていった。
端から端まで、一体どれだけの距離があるのか、どこからどこまでが“山”なのかはっきりとしない。
人間一人がどれほどちっぽけな存在なのかを痛感する、何千倍もの背丈。
存外、“立ち塞がる高い壁”というイメージは湧かない。ただひたすらに長く、広く、そして雄大。
自然の極致、それでいて、緑広がる場所もあれば、僕たちの住んでいた村の近くでは冬でもあまり降ることのなかった雪で何もかもが白く染まった場所もあり、霧や靄で判然としない場所もある、様々な顔を同時に持つ不自然の極致。
風は山の奥から、慣れたものとは少しだけ違う魔力を運んで吹いてくる。
これは、異境だ。
話にだけは聞いていたが、僕たちが当たり前に生きていた場所とは、根本から異なる場所だ。
近くで目にして、感じれば、如実に分かる。この場所に入っている“手”は、決して人間のものではない。
――ムルゼ霊山。
どこからがその山なのかという疑問の解答は、この魔力を伴う風を感じ始めたら、なのだろう。
ゼクセリオンの飛行でそこに入り込んだ僕たちはイリスティーラの「そろそろ下りた方がいい」という忠告で、その地に足を付ける。
「はー……壮観、ですね。……これ、どこで試練を受けるんですか?」
「さてね。山全部を使うとかだったら、ここに試練を配置した魔王の頭の中を疑うが。“聖都何個分”とかそういう広さじゃないからね、この山」
確かに……辿り着いたはいいとして、これからどこへ向かえばいいのだろうか。
この山中を歩き回って探すのだとすれば、それだけで一体何十日掛かるかも分からない。
「何か見つかるまで飛んでみます? というか、そうでもしなきゃ、下手するとまるで進展のないまま日が暮れちゃいますよ」
「おすすめはしないな。わざわざ下りた理由がわかるかい?」
手掛かりを探さなければならないなら、空からの方が効率がいい。
しかし、イリスティーラはそれを止めた。
彼女は魔道具を片手に、作業服に身を包み、万全の態勢。僕たちにも、すぐに戦闘に移れるようにと準備をさせている。
そうするからには、突然戦闘になる危険があるということ。
「……前にクイールに言ってたよね。ドラゴンが、ありふれた強者だって」
「正解だ、ユーリくん。この山には、割と普通にドラゴンがその辺にいる」
「……え? あれ冗談じゃなかったんですか?」
「残念だが本当だよ。空なんか飛んでみたまえ。十分もしないうちに叩き落とされるぞ」
冗談染みているのは、言葉選びだけ。
イリスティーラの声色はあまりにも大真面目だった。
ドラゴン――多くの人々が想像するところの、最強の種族。人間と深く関わるような存在ではないというのに、その知名度は飛び抜けている。
かつて、戦ったのは一度だけ。あの時に僕たちはクイールと出会ったのだ。
今の僕たちであれば、戦える。そんな自信はある。
だが、それは試練の本題ですらないだろう。ドラゴンとの戦いでさえ、“無用な消耗”となりかねない場所なのだ。
「とはいえ、キミらが何をすればいいか不明なのもまた事実。まずは歩き回って、向こうから見つけてもらうほかないな」
「ドラゴンにですか?」
「ドラゴン以外の、この山の種族に、だよ」
言いつつも、イリスティーラは手に持った魔道具を弄り、術式を起動させる。
『ミツカイコード、レディ』
端的な魔法音声で、効果の発動が宣言される。
その魔道具の銃口を自身の手首に当てて、イリスティーラは躊躇いなく引き金を引いた。
……そろそろ見慣れはしたが、あまり安心できない光景だ。
ああすることにより、イリスティーラは他の魔族の因子を活性化させて、自らの体に表面化させる。
エルフでありながらヴァンパイアやハーピーといった、他種族の性質を発揮する、イリスティーラの特異性。
今回の実行によって、打ち込まれた命令は体に反映される。露出した手首より先の、変色という形で。
「……ミツカイ、っていうのは?」
「すぐに分かるさ。……やはりあの連中の因子は拒絶反応が強いな。濃度を上げたら逆に持っていかれそうだ」
焼けたような色から、生気を感じない枯れた色へ。
先の魔法音声が正しければ、“ミツカイ”という種族の因子が現れているのだろう。
その名前の種族を、僕は知らない。リッカに目を向けてみれば、覚えがないと首を横に振った。
リッカの“いつか”を含めた知識でさえ、知り得ない種族。そんな存在が、この山に住んでいるのか。
「適当に歩くよ。もう敏い連中は侵入に気付いている筈だ。動き出したことに気付けば、すぐに誰かしら、接触してくる」
「はぁ……」
聞くより見た方が早いとばかりに、イリスティーラは歩き始める。
周囲から、こちらに向けられるものは特に感じられない。
敵意にしろ、好意にしろ、明確に僕に向けられているならば、すぐに分かると思うのだが。
『この場所がムルゼ。よもや当機が侵入することになるとは』
懐から顔を覗かせたヨハンナは、小さな鳥の首をきょろきょろと動かして周囲を観察する。
……彼女は、リッカ曰く基本的にバルハラの制御役になっているようだが、こうして割と自由に行動することがある。
相変わらず、天敵はアッシュ。敵と見なさなくなったものの、行動が度を過ぎると噛みつくのだ。
「過去の人物に言うのもなんだが、キミたちの時代からここは“未踏の地”だったのかい?」
『目指す者はいたと聞く。戻ってきた者もいるのだろう。魔族との交流のなかったネシュアに概要が伝わっていたのだから』
「まあ、誰も戻ってこなかったなら、どんな場所かって残せる人も出てこないですもんね」
『だが詳細は不明。当機は知識として求めていなかったゆえに。かつての冒険者ならば、深く知る者もいたかもしれないと推測する』
ヨハンナの知識は、僕たちにとっては未知のものが殆どだが、それでいて随分と偏ってもいる。
ネシュアから離れた遠方の地に対する知識は、概要程度しか持っていないようだ。
というのも、“バルハラに関わるわけでもない、無用な知識”だったため、とのこと。
彼女はあくまで、バルハラを運命の相手と定め、自分の在り方を固定した。
それ以外にそもそも興味を持っていなかったのだろう。
「……冒険者、かぁ」
「クイール、気になるの?」
「そうですね。今更、一人でどこかに行こうって気はないんですけど。こうして誰かと旅をして、見たことのないものを見る……そういうのは楽しいですから」
「……使命が終わった後にまた出ていくとかはやめたまえよ」
「分かってますよー。どっちみち、全部終わったら、“次にやりたいこと”をじっくり模索したいんです。イリスやホープと暮らしながら」
「――居付く前提じゃないか、まったく」
この山に辿り着くまで、それなりの日数を要した。
イリスティーラはゼクセリオンの個室を工房扱いしているようで、あまりそこから出てくることがない。
とはいえ、こうして行動を共にしていれば会話の機会は多いし、クイールとのやり取りを見るのも当たり前になっている。
顔を見られないようにという、癖であるらしい早足も見慣れたものになってきた。
――クイールがこっそり教えてきたのだが、彼女は“喜”に関しては割と顔に出るらしい。
数歩先を進むイリスティーラを、こちらも早足になって追いかける。
彼女が突如足を止めるのと、強い敵意を感じ取ったのは、ほぼ同時だった。
「止まれッ!」
「っ!」
立ち並ぶ木々の一本。声はその上から。
風鳴りに紛れて、気配を感じさせずに迫ってきた何者か。
声が飛ばされる寸前まで、敵意さえなかった。こちらを捉えるや否や、すぐに声を上げたのだろう。
見上げた枝に立っていたのは――人間?
「あなたは……?」
「――軽々しくも問いを投げるか。穢れも深き外の民が。我らを知らずにこの地を踏み荒らすなど、なんたる大罪……!」
……いや、人間では、ない。
怒りと拒絶、そして嫌悪感を隠さず、木から落下するように下りた声の主は、異常な細さを持つ種族だった。
先程、イリスティーラが宿したのと同じ、生きていると感じ難い灰色の肌。
瑞々しさを感じない、細く長い手足は、まるで枯れ枝のようだった。
乾いた白髪を後ろで一つに束ねた、長身の青年。
その濁った金の瞳は、しかし燃えるような怒りを持っている。
「警告する。問いを撤回し、何も言わずに背を向け、この山を去れ。私は寛容である。一度のみ、見逃そう。去れ。さあ、去れ――!」
僕たちを拒絶する青年は、今にもこちらに襲い掛かってくる勢いだった。
その瞳は揺れている。躊躇いがあるというよりも、僕たちを視界に入れていたくないという、単純な感情。
山の外の存在を差別している――聞いた通りだ。
何を問おうにも、それさえ許す雰囲気ではない。どうしたものかという思考は、青年の前に自らの手を突き出したイリスティーラによって遮られる。
「何を……っ、我らの、祝福だと……? 貴様、クギミゴか!?」
「それなら話も早かっただろうがね。正真正銘、この山で得た、キミたちミツカイの同胞だよ。言うまでもなく分かると思うが、『アル』のものだ」
自分と同じ色の手先を見て、青年は狼狽している。
初めて聞く名詞だが、今は聞ける状況ではない。穏便に済ませるには、イリスティーラに収束を任せるしかないか。
「う……く……!」
「私は寛容だ。もう一度言ってあげよう。コレは『アル』だ。『エル』が、誰にこの山を去れって?」
「ぐ、ぅぅ……ッ! ――ならばこの者たちは! 祝福なき外の民が、山を――」
「私の“客”だ。私と同等の扱いをキミに命じよう」
「――おのれ!」
歯噛みし、仇敵を前にしたようにイリスティーラを睨みながら、青年は拳を傍の木に叩きつけた。
「……何を求めるというのか」
――階級制度、だったか。
ナイトラクサのあれと同様ならば、つまりイリスティーラは青年よりも“上”であることを証明した。
双方がそれに納得する基準がどこにあるのかは感じ取れない。だが、青年の様子からして、一目見て分かるものではあるようだ。
「ここにいる人間たちは、この山に踏み入らざるを得ない者たちだ。己が使命のために」
僕、リッカ、クイールと青年は順に視線を動かし、不機嫌さを隠さないまま鼻を鳴らす。
「……勇者。我らが聖地を穢した下らん仕来りの犠牲か。三人いるが?」
「色々事情があってね。三人とも間違いなく関係者だ。かれらの使命について、思い当たることがあるなら、教えてくれないか」
「……北東に三キロほど行け。あっちだ。平原の中心に、キョーカイだかと言う建築物がある。それを伝えろと、通達されている。他は知らん。私は今期の儀式に関わる者ではないゆえに」
青年が指さす先は木々に覆われているが、どうやらその先に開けた場所があるらしい。
……しかし、勇者の使命どころか、魔王の存在すらも、この山ではそれほど絶対的なものだと見られてはいないのか。
どちらかというと、山を穢す悪しき存在。魔王も、勇者も、そしてその試練も、忌むべきものでしかない、そんな様子だった。
「以上だ。あとのことは関与しない。だが、願わくば早急に事を済ませ、出て行け。貴様たちの血や屍を我らの山に残してくれるな」
そう吐き捨てて、青年は背を向ける。案内の意思はなく、一刻も早く離れたいと言うように。
――多くの疑問が驚愕に塗り潰されたのは、次の瞬間。
「さらばだ」
「え――?」
「なっ……!」
「ッ!?」
地面を蹴って跳躍、その中で青年は肉体を変化させた。
一回り、二回り大きく。両腕を胴体よりも大きな翼へと。
変わった姿は、紛れもなくワイバーン。細くも強靭な肉体を持つ、性質が多様を極めるドラゴンの中でも確立された亜種の一つ。
荒々しく翼を動かし、風を巻き起こしながら去っていく姿を、僕たちは呆然と見送った。
【青年】
第一村人ならぬ第一
たまたま感知能力に優れ、たまたま近くにいたため穢れた外の民に応対することになった不幸な人。
肉体を変質させ、ワイバーンの形を取ることができる。この山において、ありふれた力の持ち主である。