凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
「……キミは?」
透き通るほどにきらめく青白い髪を揺らしながら顔を近付けてくる魔族に対し、数歩離れつつ問う。
離れる、とはいってもここは氷の牢の中。
しかもその巨体からすれば、多少距離を置いたところで僅かに手を伸ばせば届く距離。
無駄な抵抗と自覚しつつ、警戒しているという意思を彼女に見せると、魔族はおかしなものを見るかのように、くすくすと無邪気に笑った。
「ふ、ふふ……警戒しなくても、大丈夫、だよ。ちぇる……悪い子じゃ、ないから」
か細い声で、遠慮がちに。
それでいて可能な限りの自己主張をしようと努める、不器用な様子。
悪意がなく友好的だった。その妙な雰囲気が、この空間とあまりに合致していなくて、なおさら不気味だった。
「ちぇるはね、チェルノボーグって、名前なの。えっと……すねぐらちか、なんだ」
「すねぐ……?」
『……スネグーラチカ、かしら。氷雪地帯の魔族……の中でも、あまり名前を聞かない種族ね。氷雪姫、って呼ばれるほど儚い種族らしいけど……ここまで大きいなんて知らなかったわ』
ラフィーナがその魔族についての知識を引き出そうとするが、いつものような自信はなかった。
どうやら、知名度としては低い種らしい。チェルノボーグ、と名乗った魔族は嬉しそうにぺちぺちと手を叩く。やはり、その体躯に反して鳴る音は細かった。
「剣さんは……物知り、だね。すねぐらちか、はね、雪と氷で出来た、命なの。ほんとは、冬が終わると、次の冬までさよならなんだけど、この山は……寒いところは、ずっと寒いでしょ? すねぐらちかも、一年中あそべるし、少しだけ大きくなれるの」
『限度があるでしょ……ここまでスネグーラチカが成長……成長……? 出来るなんて、多分世界中の誰も知らないわよ』
「ちぇるたちだけの、秘密だね。みんなの秘密、たのしいね」
……ラフィーナがげんなりしたのが伝わってくる。
いつの間に僕たちが、この魔族と秘密を共有する仲のようになっているのだろう。
「寒い……よね? ごめんね、ちぇる、火に触れなくて。持ってこられないの。えっと……そうだ。ちぇるのこの服、少しあげるね。お布団には、なるんじゃないかな……?」
「え――いや、いらない、かな」
いきなり話題が切り替わるや、彼女は手に取ったドレスの裾を千切ろうとしていた。
寒いのは事実だし、どうにかしなければならない問題ではあるが、“それ”を千切らせて包まるというのは抵抗が強い。
そもそも、あれが見た目通りの薄氷なのであれば、包まったところで凍死が近付くだけである。
あれを着ていて活動に支障がないのであれば、もっと分厚いものを纏ってくれないだろうか。内側が透き通って見えない程度に。
「そう……? でも、ここ、水だって氷っちゃうし……」
「――どうでもいいから。ここから出して。あなたに付き合っている場合じゃないの」
首を傾げる彼女に応じたのは、ジルだった。
僕たちのやり取りを聞き続けてより苛立った様子で、催促するように尾で氷柱を叩く。
対して、チェルノボーグは傾げていた首の角度を少しだけ広げる。疑問が少し、大きくなったように。
「……なんで? 出ても、すぐに死んじゃうよ? だって、クギミゴなんでしょ?」
「ッ、お前――それ、なんで」
そして、ジルの触れられたくない部分に、当然のようにチェルノボーグは触れた。
動揺に僅かに震えたジルの瞳を真っ直ぐに見つめる大きな瞳に、まったく悪意はなかった。
「見たら、わかるもん。ミツカイさんなのに、魔族を食べきれずに、歪んじゃってる。体がちゃんと強くなる前に、魔族を食べようとするとそうなるって、他のミツカイさんに、聞いたことあるよ」
「――――」
「ミツカイさんは、そういうの、駄目なんだよね。おとなになりきれなくて、完全じゃなくって、尽くすべき“あるじ”に誇れないって」
クギミゴ――ミツカイにおける、差別用語だと聞いた。
無邪気に紡がれたチェルノボーグの言葉からすると、それは魔族を宿す時期を誤ったミツカイのこと。
いわゆる成人の証なのだろう、ミツカイの転換点に失敗することは、禁忌であるらしい。
たとえば雷のミツカイのように、存在すら許しがたいと判断する者がいるほどに。
「クギミゴだから、逃げようとしたんだよね。ここなら、大丈夫だよ。寒いけど、安心だよ」
「――大きな世話。私はもう、とっくに外で居場所を手に入れたの。この山には、用事があって戻ってきただけ」
……ジルは本来この山に生きるべき存在で、山の外に出ざるを得なくなり、その先で――恐らくは、アリスアドラに感化された。
そうして得た、側近の一人という立場を、ジルが嫌悪している様子はない。
もう戻らないと思っていた、自身が歓迎される筈もない場所で、理解すらしていない勇者の使命のための案内を強いられたのか。
「そうなんだ。なら、ミツカイさんが怒るのも当然だね……。外に出たクギミゴは、戻ってきちゃ、いけないんでしょ?」
「――お前はなんなの。なんでそこまでミツカイの事情を知っているの」
ここまで、ミツカイの事情を把握できているチェルノボーグだが、彼女自身はミツカイではない。
訝しげに睨みつけるジル。チェルノボーグにはやはり悪意もなく、きらきらとした瞳をジルに向けながら微笑むばかりだった。
「その、氷の檻はね。ちぇるが作ってるの。そこにいれば、この場所で消えちゃうようなこともないから」
「質問に答えて。お前は何者で、ここはどこで、何をどこまで知っているのか」
「ちぇるが知ってるのは、ここに来るミツカイさんが教えてくれたことだけだよ。ここには、たくさんのミツカイさんが来るの……みんな、もう外には出られないミツカイさんだから、ちぇるのお友達になってくれるんだ」
「外には、出られない……?」
その不穏な言葉を思わず繰り返せば、チェルノボーグはどこか嬉しそうに頷いた。
「め、冥界って、知ってる……?」
カシャリと首を動かして反応したのは、ヨハンナだった。
冥界……その概念とは、バルハラと出会ってから深く関わるようになった。
とはいえ、このチェルノボーグの言う冥界は、厳密にはまた違うもの――このムルゼ霊山を領域とした何かが管理した世界のことだろう。
「この山にはね、冥界がないの。なんでって、“あるじ”がいなくなっちゃったから――ミツカイさんを置いてどこかに行っちゃったから、冥界は冥界じゃなくなっちゃったの」
『雪の娘。ムルゼの山を領域とした、分かたれし一つを知っているのか』
「雪の……ってちぇるのこと? うん、これもミツカイさんたちが教えてくれたよ。鳥さんも、物知りなんだね。すごいな。ちぇるね、外のこと……色々教えてほしいの」
ぱちぱちと手を叩いて喜ぶチェルノボーグ。
どうも、こちらとは緊張感に差があってやりにくい。
なんとか僕たちが急いでこの場を出て、リッカたちに合流しなければならないことを伝えたいのだが。
好奇心に目を輝かせるチェルノボーグに、ヨハンナは暫し首を揺らして、再度声を発する。
『――ここは冥界の跡地なのだと、当機は推測する。訂正はあるか、雪の娘』
「ううん、ないよ……? ここは山のずぅっと地下に開いた空間で、この山の冥界は、昔ここにあったんだって」
……ここが、冥界だった場所?
冥界に通ずる者から感じ取れる、特有の感覚はない。
だが、ヨハンナにはそれを断言できる要素があったのだろう。
チェルノボーグは答え合わせをすると、きょろきょろと周囲を見渡し、何かに目を付ける。
薄暗くて、ここからはなんなのか分からない。
そこに向けて彼女は手を伸ばし、その大きな手の上に何かを乗せて、こちらに見せてきた。
「……?」
そう――何か。一度はそう言わざるを得ないほどに、原型から遠ざかった“それ”。
はじめ、不器用な枯れ枝細工かと錯覚した。
ぐにゃぐにゃとあらぬ方向に折れ曲がる、黒ずんだ枝。それが絡み合って、辛うじて人型と取れなくもない形になった、と。
だが、そうではない。
「 ――――、」
片目を押し潰すほど大きな角が突き出た顔の、尖った牙が剥き出しになった口から、小さく悲鳴のような息が零れた。
肩から垂れ下がる、襤褸布のように乾いた皮膜が、かすかな体の動きに従って揺れる。
尋常ならざる様子でありながらも、残ったもう片方の眼は、苦悶を宿さずにどこかを見つめていた。
『っ……これ、って』
「ミツ、カイ……?」
「うん、ミツカイさん。山で生きることを許されなくて、追われるうちにここに辿り着いたクギミゴなの」
その瞳には、この場の誰も映っていない。
まだ生きているが、その在り方、その価値を剥奪されきって、ただ己を消費しているだけの命。
あと一秒後に消え果ててもおかしくない状態を保ち続けるその姿は、どうやら過ちを犯したミツカイの成れの果てであるようだ。
だというのに――後悔を感じていない。
今が心地よく、そしてやがて迎える最期にも恐怖はない。
決してそんな穏やかでいられるとは、到底思えない状態だというのに。
「この山でね、クギミゴは“ここ”でだけ、命を自分のものにすることが許されるんだって。自由に何かを考えて、最後まで自分のままで、死ぬことができるの。このミツカイさんは、もう少し……あと、十年くらいかな……?」
「十年、って……その間、ずっとこうしている、の……?」
「そうだよ。このミツカイさんにとっては、きっとすぐなんじゃないかな……ちぇるはまだ、そんな風に時間を短くは感じられないけど。このミツカイさんと最後に話したの、いつだったっけ。元気で、昔はよくお喋りしたんだけどなぁ」
そのミツカイの成れの果てを見て、かつてを懐かしむチェルノボーグ。
彼女自身がここにいる理由は分からないが――この、冥界の跡地はまだ、クギミゴの命が枯れる場所として役割を持ち続けているのだ。
不完全という烙印を押された存在に許された、この冷たい空間を死地と定める自由。
途方もない年月、ここでゆっくりと、死を待つだけの自由。
果たしてそれが救いになるのか。何故その不完全が許容されないのか、ミツカイの価値観は、理解できそうにない。外の人間が、理解すべきものでもないのだろう。
『――雪の娘。ここに辿り着いたということは、ミツカイが外から入る手段があるということか』
「うん。普通のミツカイさんは入ってこないけど、クギミゴがここに入ってくるための道があるんだって」
「……そこを通れば、外に出られるってこと?」
ミツカイ特有の文化に口を出すつもりはない。知識がない以上、介入する権利もない。
今重要なのは、この外に――山の表層に出る道筋があるということ。
一刻も早くリッカたちと、合流することだ。
「……本当に出たいの? ここなら、魂が枯れるまで、死ななくて済むんだよ? 寒いけど、外にあるみたいな痛みもないよ?」
「――ううん。出ないといけないんだ。ここから、出てもいい? 外への道を教えて」
この氷の牢獄が彼女の力によるものだという確証はない。
そもそも、ミツカイたちの冥界の跡地だというこの場所に彼女がいる理由もわからない。
それでも、彼女が現状唯一の手掛かりだ。
「――はじめて。みんな、ここに来たくて来てるから。ここから出たいミツカイさんなんて、いなかったの」
――そこで渋られるようであっても、押し通らなければいけなかった。
だから、要求が硬くなることも自覚していた。
だがチェルノボーグは、それさえ感じていないかのように、目を輝かせている。
こんな未知さえも面白いと、手をぺちぺちと叩いてすらいた。
「うん、外に出る道、教えてあげる。その代わり――ちぇるも連れてって。ね?」
「え……?」
『はい?』
『む……?』
「――――?」
檻に顔を近付けて、好奇心からの望みを告げてくる。
予想だにしなかった取引の提案に、ラフィーナやヨハンナ、そして、苛立ちを露わにしながら静観していたジルでさえ困惑していた。
【クギミゴ】
ミツカイにとって別種を宿すための存在の摂取とは、通常の食事とは異なる、生涯一度の儀式である。
それが可能になる時期までの成長速度には個人差があり、それを見極めることも儀式の一環とされる。
まだ他の存在を受け入れるほどの器が完成していなかった場合、肉体が半端に変質し不可逆のものとなってしまう。
これをミツカイたちはクギミゴと呼ぶ。
クギミゴとは不完全の烙印にして大罪であり、かれらの主が創造した生命として相応しくないとされる。
当然、ムルゼ霊山で生きることは許されない。
主の聖地とは完全なものであり、そこに生きるミツカイもまた、完全なものでなければならないのだ。