凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
広い氷の空間の隅にあった大きな穴。
どうやら、その先が外へと繋がっているらしい。
クギミゴたちは全て、その穴からやってくる。チェルノボーグが行ったことがあるのは、その少し先まで。
彼女の体躯でも問題なく通れるほどのその穴は緩やかな上り坂になっていて、遥か地下から地上へと向かっている実感を味わわせた。
「っ……はぁ……」
「大丈夫? 人間さん、少し休む?」
「……少しだけ」
――ただし、その実感だけで幾らでも歩けるかといえば、否だった。
檻から出て、どれだけ時間が経ったかは分からない。ただ歩いて上り坂を行くよりも、疲労はずっと早くやってきた。
じわじわと内側から広がる、体の重み。湧いてくるべき力が湧いてこないような、そんな感覚。
こちらの様子に気付いたチェルノボーグの提案に甘えて、傍に開いた窪みに腰を下ろす。
すると、手を覆っていた灰は解けて、魔剣の重みが一気にのしかかってくる。姿を取り戻し、転げ落ちかけたアッシュを、ギリギリでヨハンナが支えた。
『魔力切れ。魔道具そのものの魔力炉で補っていたとはいえ、大して魔力増幅の鍛錬もしてこなかった人間がよくもった方よ』
「魔力……切れ……?」
ここまでの疲労に繋がるほど、外装の維持に必要な力が不足している事態は……これまであっただろうか。
僕たちの戦う手段が、どれだけの魔力を使うものなのか、あまり意識したことはない。
その魔力がリッカの“内側”で作られていることは知っていた。魔力が必要な時は、大抵それに頼ってきていた。
そして、リッカがいない今。
僕自身でどの程度外装が維持できるのか――これが答えということだろう。
アッシュの外装を、腕だけに纏わせて、魔剣の使用補助の機能だけを動かしながら歩くだけであれば、数時間。
戦闘にもなれば、この何倍もの量を高速で消費する。戦闘時にこの限界を始めて体験しなかっただけ、幸運と言えるだろうか。
『あんな手段を使って旅を続けて、ここまであんたがそれを味わったことがないってのが奇跡ね。倒した相手を力にする……ええ、本当に合理的。ただ、裏目に出る危険性は考慮しておいても良かったかも』
「……何か、ないのかな。少ない時間で魔力を回復する方法」
リッカがいないことによる影響は、出せる力が半分になったどころではない。
外装も、魔力も、どちらもリッカが用意していたものだったから。
それを恥じることはもうしないつもりだった。二人で一つ、どんな時も二人で突破すると、そう決めたからこそ、一人になった時に痛感する力不足。
こんな状態で、魔族に襲われれば抵抗さえ出来ない。
早く立ち直らなければと、ラフィーナに尋ねる。その場凌ぎであっても、何か良い手段はないだろうか。
『寝なさい。気を休めていれば、魔力の生成も速まるわ。それが一番手っ取り早くて、健全な手段よ』
「こんなところで寝たら凍死するよ」
『あんた、さっきまで気絶してたんでしょうが』
「ここ……まだ、元は冥界だった場所、だから……凍えて死んじゃうことはないよ?」
僕と同じように腰を下ろしながら、チェルノボーグが指摘してくる。
……いや、凍死はしないといっても、座っているだけで布越しに冷たさが伝わってくる場所だ。
緊張を捨てられない状況でもある。ここでどう頑張っても、眠って気を休められるとは思えない。
「外に出るんでしょ……? ミツカイさんだって、疲れたら眠る生き物だし、人間さんもそうじゃないの? この穴は、まだまだ続くし……その先にだって、まだ道は続くんだよ?」
「……」
チェルノボーグの言葉は、暗に一日やそこら歩いただけでは外には出られないと告げるものだった。
何が待つかは分からないが、ただ険しいだけの道ではない――物理的な距離もまた困難として立ちはだかってくる訳か。
『その場凌ぎで多少回復したところで、道が長いんだったら意味ないわ。私を置いていく気がないんなら、堅実に進みなさい。無茶してぶっ倒れたなんて、あいつも望んじゃいないわよ』
「分かってる……けど、焦るんだ。こんなこと初めてだから。……満足に戦えないことじゃなくて、リッカがいないことが」
果たして、こんなこと――僕の実感できない、リッカの“かつて”にあったのだろうか。
僕とリッカが、離れ離れになるという状況。少なくとも、昨日までの僕には、考えられなかった。
別の部屋で、離れて眠るということでさえ、妙な違和感があった。
勇者として旅を始めてから、常に一緒だった、僕の存在意義。一番近くにあった、一番強く、大きな絆。
それが遠く離れていることによる、不安と焦燥は大きくなるばかりだった。
『……そういえば、そうだったわね。あんたたちの目標からすれば、慣れちゃいけないことなんでしょうけど』
「人間さんには……外に、待ってる人がいるんだね。だから、絶対に戻らないといけないんだ」
「うん。ずっと一緒に歩いて来た。最後まで、一緒に歩いていくって決めたんだ」
懐から、イリスティーラから受け取った魔道具を取り出す。
これを持った者同士、遠方との連絡が取れるというそれは、この領域に来てからは動かしても一切反応しない。
せめて、これが繋がればリッカが無事であるかの確認は取れるのに。
「……新鮮な話。大切なだれかがいるって、なんだか素敵だね」
「新鮮な……?」
「ここにくるミツカイさんには、大切なだれかなんて、いないから。だれからも認められなくなって、独りになって、それでも命は自分のものだからって、ここにくるの。人間さんは、そうじゃない。だれかが外で待っていて、だれかのために外に出たい――外の世界で生きていたい。ちぇる、初めてだな。そんな気持ちを持っただれかに会うの」
……クギミゴ、か。
ミツカイにとって成人の儀だという工程を正しく終えられなかった、“誤った命”。
難しい文化だと思った。たった一度しか機会のない儀式の時期を誤れば、そのミツカイは排斥されるしかない。
そもそも、何故それが過ちだと定義されたのか。誰が定義して、それを浸透させ、今までその文化が営まれてきたのか。
ミツカイたちが特別視する、“主”なる存在。バルハラと同等だという、この山を領域として選んだ上位存在。
たとえばその存在が山の在り方を定義したのならば、一体何を思ってそうしたのか。
考えても、理解できるものだとは思えない。
だって――たったそれだけで、今まで培っていた絆のすべてを失うなんて、あまりにも理不尽だ。
甘い考えだとは分かっている。無知な僕が、僕であるがゆえの疑問だ。当事者たちが聞けば当然、激昂するだろう。
けれど、それを考えると、無性に悲しくなった。
「早く、そのだれかのところに行かないとね。あ……ちぇるが運ぼうか? ちぇるの手に乗れば、休みながら進めるよ?」
「それは……うん、大丈夫かな」
「そう? まあ、ちぇるの手のうえ、地べたよりもっと冷たいもんね。まだ、寒くて死んじゃうような場所じゃないと思うけど……動けなくなっちゃっても困るもんね」
多分、ここが普通の場所であれば、とっくに凍えてしまっているほどの時間だ。
意識すれば、余計に厳しい寒さが感じられる。
それで、疲労を度外視すればまともに体が動くのが、どうにも不気味だった。
「剣さんと、鳥さんは寒くない? あと、犬さんも」
『私たちは問題ないわ。特に気温とか感じないし。……あんたらもそうなのよね?』
『肯定。当機は絶対零度からキオ溶岩洞の溶岩流まで無傷で対応可能につき』
『キオ……? 随分古いもの例にあげるわね。六百年近く昔に溶岩流は止まって冷える一方だって聞くけど』
『……。絶句。同胞らが幾度となく魔石の採掘に赴いたあの場所が――』
ラフィーナとヨハンナの知るその場所が一体どこなのかは知らないが、とにかく二人はこの寒さが平気であるらしい。
アッシュも特に、動きに不自由のある様子はない。
転げ落ちかけたところをヨハンナに助けられてからは、僕の手の上で大人しくしている。
アッシュには……自立行動するための魔力炉が埋め込まれているのだったか。
もしかするとそこから生み出される魔力を回復している最中なのかもしれない。
「えっと、じゃあミツカイさんは? 寒くない? 疲れてない?」
チェルノボーグの心配は、ジルにもまた向けられた。
この長い坂を上る間も、僕たちから十メートルほど離れた場所を警戒しながら付いてきていたジル。
僕がこの場所で休み始めたことで、少しだけ近付いた岩肌に背中を預けていた彼女は、鬱陶しげに言葉を返してきた。
「――私の事は放っておいて。慣れ合う気はない」
「でも、ミツカイさんも外に出るんでしょ? 疲れちゃって、動けなくなったら困るよね?」
「人間と一緒にしないで。サキュバスと人間じゃそもそも体のつくりが違う。この程度で動けなくなるほどの脆弱な肉体じゃない」
――休んでいないでさっさと進めと、そう言外に告げている気がした。
サキュバスの特徴として、体の頑丈さがある。負担に強い性質は、こういう時の持久力にも影響してくるのだろう。
勿論、魔力を消費していないことによる差もあるだろうが、
しかし、チェルノボーグは納得したのか、していないのか。
困ったように首を傾げるばかりだった。
「ミツカイさんは、クギミゴでしょ? サキュバス……? は、わからないけど……半分……ううん、ほとんどは、“ミツカイ”、だよね?」
「――さっきからミツカイだの、クギミゴだの。ミツカイだったときの自分なんて、とっくの昔に捨てたの。いつまでも、あんな時代遅れと一緒にされているとか不愉快でならない」
「……そうなんだ。やっぱりわからないな、ちぇるには」
ジルという存在はつまるところ、元々はサキュバスという種を宿そうとしたミツカイということなのだろう。
それが、時期を見誤ってミツカイとは認められなくなった。
アリスアドラの側近と見なされるほどにまで上り詰めた彼女が、淡々としつつもアリスアドラに心酔していたのは、初めて会った時から伝わってきた。
今の立場になんの不満も持っていないジルにとって、この山は過去の汚点にも等しい。
ミツカイが彼女を嫌悪するように、彼女もミツカイという種そのものを嫌悪しているのだ。
「休むなら、さっさとして。いつまでも勇者の事情になんて、付き合っていられない」
「……キミが使った転移でここまで来たんだけど」
「――――」
……強要された僕たちの案内という役割に、やる気を見せないのは分かる。
だが、それでも今の状況に巻き込まれた身としては――彼女に歩み寄るような感情は、抱けなかった。
こちらを急かすように無言の圧を向けるジル。
微妙な居心地の悪さを覚えながらも、ひとまず体を休める。
まだ先は長い。そして、障害らしい障害も、今のところは見られない。
早くリッカのもとにという焦燥を堪えて、外套の下で拳を握り込む。
やはり右腕は、鋭く痛んだ。周囲の寒さは、余計に痛みをはっきりと感じさせた。
【ユーリ】
魔力切れ。リッカが持ち運んでいた魔力タンクに頼れないため戦闘に制限が掛かっている。
【ラフィーナ】
魔力が回復できる手っ取り早くて不健全な手段を知らなくもない。
ただ、現状での安全な実践が難しいのと、教えたら教えたで後々リッカにバレたら面倒なのでやめた。
【キオ溶岩洞】
ネシュアから少し離れた山にある入り組んだ洞窟。
今は冷え切って、用途も不明な古い魔道具の名残が散見される魔族の巣になっている。
ネシュアの最盛期では溶岩が流れ、質の良い魔石がとれる鉱山だったらしい。