凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
生まれてから今まで、訳の分からないことばかりだった。
生を受けた山で、私たちは弱い存在だった。
ドラゴンをはじめとした強者たちがひしめき、私たちはその中で強者を喰らって生きる種族。
元々、そうではなかったらしい。
この山は本来、私たち――ミツカイが暮らすべき山で、ドラゴンなど棲んでいなかった。苛烈なのは変わらないけれど、平和な山だった。
そんな山を、恐るべき嵐が変えていった。
雷は失墜し、日輪は上らず、氷雪は支配された。
星々の玉座さえ風に呑まれ、雷が死守するので精一杯だった。
その嵐から山は変わって、ミツカイと主の間には絶対的な隔たりが生まれてしまったのだと、幼い頃に煩わしいほど聞かされてきた。
あの頃のことはそれほど覚えていないけれど……多分、幼いなりに、煩わしいなりに、嵐とやらを憎んでいたと思う。
子供なんて、そういうものだ。大人の言葉を受けて、その教えが自然になっていく。
私は普通のミツカイだった。別に、成人の儀を果たす時期を見誤るような愚者でもなかった。
適当に成長して、適当にワイバーンか何かを喰らって、適当なミツカイとして生きていくと思っていた。
「おー……こういう風に変わるんだ。過程を観察できたのは、中々の収穫かも」
「――ありゃ……? も、もしかして、まだ過渡期を迎えてない? うわぁ……だったら言ってくれればいいのに」
「もう、最低だぁ。せっかくとっておきを使った実験だったのに。なんだよこいつ……」
「クギミゴって言ったっけ? これはこれで貴重なサンプルかなぁ。サキュバスを喰い誤ったクギミゴなんていないだろうし。うん、いっか」
「よしっ。それじゃあ確保。かーくーほー。薬使っていいから、なるべく傷付けないように」
あの日、私の適当な生涯の設計は、何もかもが壊れた。
特別な理由なんてあった訳じゃない。たまたま、あの女が目に留めたミツカイが、私だったというだけの話。
多種を宿すに足る成長を果たすまでのミツカイは大して強い力を持たない。
まだ儀を受ける年齢には遠かった私が、あの女が率いるサキュバスたちに勝てる筈もなかった。
「ぅ――ぁ、あなた、は、誰――?」
「んー? キッヒヒ、そっか。名前を伝えてなかった。名前も知らないサキュバスを無理やり摂取させられたんだ。ウケる。ミツカイたちの性質の悪いジョークになりそう」
「サ、キュバス――?」
「そう、サキュバス。淫らで狡猾で強欲な、この世で最悪の魔族。それに、キミはなっちゃったんだよ。あー、かわいそ」
突然の出来事に、そして内側から変わっていく肉体に怯える私を、眼鏡の向こうに爛々と輝く、星のような瞳がじっと見ていた。
微塵も哀れとは思っていない、恐ろしいほどの棒読みで言葉を紡ぎながら、私の変質を観察していた。
その頃、私はサキュバスなんて種族を知らなかった。
ムルゼの山にサキュバスはいない。自然と共に生きない種族は、山では伝えられていなかった。
けれど、まったく知らない種族さえ、ミツカイは宿すことが出来る。私はそれを、身をもって知った。
「やめたい? 死にたい? 殺したい? なら、時を求めればいいよ。夢に永遠はないからね」
「――――」
「時は夢を覚ます。夢は毒を忘れる。毒は時を奪う。覚えておけば? サキュバスの常識。時に指さして命令できるヤツなんてそうそういない、だから自分たちこそ最強だっていう、種族の
元の形に戻れないと悟るのは、早かった。
過ちを犯したミツカイとは、そういうものだ。
ミツカイは二つの姿を持つ。極めれば、その中間の姿を取ることも出来る。それは熟達の証明であって、半端だという自虐ではない。
真の半端とは、今の私のことだと、鏡を見ずとも理解できた。この過ちをこそ、半端というのだ。
「まあ、何はともあれ。これからよろしくね、色々と。キヒッ、そう怯えないでよ。これからは同類……むしろ、半身と言ってもいいくらいなんだからさ」
「――イヤ――わ、たし、もっと、別の――」
「いやあ、無理でしょ。ミツカイってやり直し出来ないらしいし。住めば都……はちょっと違うか? 慣れれば面白いよ。巻き込んだ手前、色々手伝うからさ――あれ? キミの名前も聞いてなかったっけ。自己紹介しよっか」
――結局私は、山の中でも、外に出てからも、アレと同じものを湛えた瞳は見たことがない。
サキュバスというものを知った今でも言い切れる。
アレの狂い方は、少し違うって。
「こなたはネリネ。キミもネリネ。もしも違うってなら、キミの名前、教えてくださいな」
あの日、私は正しいミツカイではなくなった。
クギミゴとして、山で逃れられない選択を迫られることさえなくなった。
サキュバスが何たるものなのかも分からないまま、サキュバスを自称するあの生物の
暗がりで、碌に自由のない牢の中。
生きていること以外に自由のないそこは、ああ――今考えてみると、銀の磐座と近しいかもしれない。
ただ、磐座はあくまで救いの場。他に何も求められることはない。
一方で、かつて繋がれていたあの牢に救いの意図などなく、あの女の理解できない理想に一歩でも近づくための実験にただ付き合わされる。
快楽など、感じたことはなかった。
ただ苦しい。そして、飢えて仕方がない。
変質してから、ずっと耐え難い空腹に襲われていた。
あの女も貴重なサンプルを殺すつもりはないようで、それなりに食事は持ってきた。少なくとも、ミツカイの頃は食べたことのなかった量と質ではあった。
だけど、足りない。空腹の、己が削れていくような感覚が嫌で仕方なくて、あの女に縋りついたこともあった。
あの女は嬉々として大量の食事を用意した。これも実験の一環だ、と。
けれど、飢えが収まるよりも前に、胃に限界が訪れた。
無限に食べることの出来る生物など存在しない。肉体がある以上、限界は存在する。
ミツカイは適応力の高い種族だ。多くを食べる必要はないが、多くを食べようとすればそれに適した体が出来る。
クギミゴはそれが許されない。不気味に変じた姿から変われない。許されたとしても、それで満たされたかは怪しいが。
ほんの、指先ほどの木の実一粒すら受け付けなくなっても、擦り切れるような飢えは湧いてくる。
どれだけ体が満たされても食欲は満たされず、余計に苦しくなるばかり。
慣れることはなかった。
あの女は面白がって、牢の中に常に一定の食料を置いておくようになった。
どうせ飢えが収まらないなら、食べない方が苦しくない。そう思って、頑なに食事を拒もうとしたことも何度もあったけれど、結局一晩と経つ前に口に何かを詰め込み始めてしまう。
一向に収まる気配のないそれは、あの女にとってもそれなりに想定外だったらしい。
色々と、私にとっては好ましくないことで、どうにかしようと繰り返した。
――ああ、忘れることもない。
そんな繰り返しの最中に、私はあの方に出会った。
「ネリネ……? ここに、いるのかしら……?」
「んー――? あー、アリスサマ。こなたに何か御用?」
「心配になったのよね――ここ何日も見ないから」
「ありゃ、まだ一日も経ってないと思ってたんだけど。いつの間に一日の時間って変わったの?」
「私の記憶がおかしくなっていなければ、そんな改革が行われていた覚えはないわねぇ」
「じゃあ変わったんだ。なんてったってアリスサマはおかしいんだし」
同じ空間にいるだけで、蕩けてしまいそうになる甘い雰囲気。
それに溶かされてはいけないと断言できる危険の確信さえ解してしまいそうな、奇妙な気配。
その存在を認識するや否や全身に鳥肌が立って、目を離せなくなった。
思考が纏まらなくなって、手足が動かなくなる。
頭も、体も、熱に浮かされたように鈍くなる。
「……? あなたは? 見ない顔ねぇ。私たちと同じ……とはちょっと違う。名前は?」
「――――ジル」
ふわふわとした思考の中で、はっきりと聞こえるあの方の言葉だけが寄る辺だった。
あの方が言葉を紡いでくれたおかげで、私は自分の名前を伝えるという行動を起こすことが出来た。
「そう――ジルちゃん。あなた、普通のサキュバスじゃないのね。なんだったかしら……なんとかって言う、バラルバラーズが住処にした山にいる種族。あれに似てるわぁ」
「――ミ――ミツカイ。わ、たし、そいつに、心臓を、呑まされて。それで」
「おっと、キラーパス」
別に、その場であの女から逃れようという算段があった訳ではない。
その時の私には、目の前の存在が抱いた疑問を解消しようという思いしかなかった。
「ネリネ。またあなたは……自分の切り売りって、
「わかってますー。まあ、でも今回は無駄遣いだったって認めざるを得ないかな。こなたでも心臓は一個しかないってのに」
あの女の言い分は、どこまでも理不尽だった。
勝手に自分の胸から心臓を引き摺りだして、私の喉に押し込んできたのは他でもない自分自身だというのに、まるで私が悪いかのような物言い。
他者に不可逆の変化を与えておきながら、罪悪感もなければ責任も感じていない。
ああ――かつて山を襲った嵐とは、ミツカイの山を変えてしまった理不尽とは、こういうものなのかと、私はその時理解した。
「けれど、それがネリネだものね。ほどほどになさい。ただでさえ、他の生命全部と敵対するようなことしてるんだもの。放埓は過ぎるとその内手痛いしっぺ返しが来るわよ」
「それなら、しっぺ返しとやらが来る前にこなたの目的を終わらせるだけだよ。あと何百年掛かるか、見通しは立ってないけど」
「まったく……さて、と。あなたはネリネの放埓に巻き込まれたのね。あの子はいつもこうなのよ。魔族らしいとは思わない? 巻き込む相手のことなんか考えない、自分だけが良ければそれでいい――サキュバスらしくはないけど」
……魔族とは、ミツカイと共に山で生きる同士であり、ミツカイを襲う敵であり、日々を生きるための糧である。
その頃の私に魔族がどれほど悪辣な生物であるかという知識は、満足に備わっていなかった。
ただ、目の前の二人の、片方の邪悪さと、片方の美しさ。
私にある魔族への印象はその二つ。だから、“魔族らしさ”と言われても、私はあの方に何も返すことが出来なかった。
「……まだ、戸惑いが大きいのね。どうしたものかしら。あなたをこのまま放置するのはイヤだし、ネリネがそれだけやって“無駄遣い”で終わるのもかわいそうだし」
出会って数分しか経っていない私を、あの方はひどく気に懸けてくれた。
それが、私にとって、どれだけ救いに映っていたか。
当然だ。だって、苦しみしかない状況をどうにか出来るかもしれない希望だったのだから。
あの方は暫く私を見下ろしていた。
その、今にも閉じてしまいそうな瞳を見つめながら、私は願っていた。
助けてほしい。いつまでもこんな牢の中にいたくない、と。
「いいわ。あなたやネリネの思い通りじゃないかもしれないけれど、助けてあげる。もうあなたはサキュバスの一人だもの。私が助けてあげなきゃ、ね」
私を見下ろしたまま、あの方は微笑んだ。
そして、ゆっくりと私に近付いてきて――――
――――ブチブチ、と力任せに肉を引き千切り、骨をへし折る音が耳に届く。
一拍遅れて、熱いものが体中にびちゃびちゃと降り掛かる。
顔を伝い、口に入り込んで、感じたことのない強烈な甘さが脳を焼く。
冷静さを失い陶酔に飛び込みかける寸前で、私は視界に映るものを理解して、踏みとどまる。
何をしているのだろう、この方は。
訳が分からない。私がミツカイだからではない。だって、ほら、あの女も目を丸くしている。
私はこの方のことを知らないけれど、顔色一つ変えず、動揺の色も見せず、躊躇いなくそんなことを実行するとは思えない。
だって、出会ったばかりの私は、この方がそんな献身をするに足るほど親しくもないのだ。
「――なに、してる、の」
「……? だって、翼がないと不便でしょう? ……ミツカイ? ――は、それでも困らなかったかもしれないけど、サキュバスは、翼を持つ種族、だもの」
ミツカイとしての完成を果たせず、クギミゴに堕ちた身。
サキュバスを喰らい切ることの出来なかった私は、サキュバスとしても不完全だった。
持っているのは尻尾と、角だけ。サキュバスの特徴として大きなものであるらしい翼は、私にはなかった。
あの方は、そんな不完全なサキュバスの新入りを見て、哀れに思った。
哀れに思って、自身の翼を根元から引き千切った。
背から滴る血を気にもせず、あの方は私の背に翼を押し付け、魔力を通して縫い付けた。
神経は通っていない。お飾りの翼に過ぎない。ただこれだけでは、なんの意味もない。
けれど、翼と私とをあの方の魔力が繋げているという事実に、それを指摘する気持ちは溶けていく。
私はこの時、不完全ではなくなった。
サキュバスとして、あの方以外の誰よりも完全になった。だって――完全なサキュバスであるあの方から、翼を賜ったのだから。
「――えぇ……アリスサマ、ちょっとやり過ぎだよぉ。たかが
「知らないわぁ。それに……仕方ないじゃない。私、かわいそうなこの子に、共感しちゃったんだもの」
――その日から、サキュバスであることは私の誇りになった。
程なくして、翼と神経が繋がり、私は空を飛べるようになった。
けれど、あの方――アリスアドラ様の翼は完全に再生することはなく、皮膜のない、不完全なものとなってしまった。
アリスアドラ様の計らいで、牢を出た私は、サキュバスとして生きるようになる。
ただの食事だけでなく、精を啜り、あらゆるものを貪るようになった。
この飢えを満たすものはどこかにないかと探す生活が始まって、いつしか私は過食家だの雑食家だの、同族に好き放題言われるようになったが――結局、少したりとも衝動は和らいだことがない。
【ジル】
ムルゼ霊山に生を受けたミツカイ。
成人に至る前にサキュバスの一派に拉致され、その内一人『ネリネ』の心臓を呑まされ、適応不全に陥った。
ネリネの
その後はサキュバスの一人として活動するようになり、やがてアリスアドラの側近の一人として認められた。