凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法   作:けっぺん

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『境界異本』/幽明Ⅳ:夢魔の狂信、勇者の執心

 

 

 サキュバスとなって数百年経つ頃には、ミツカイのことなど思い出すことすらなくなった。

 相変わらず、飢えは満たされない。けれど、サキュバスらしさ――自由な生というのは、心地よかった。

 文句がない訳ではない。

 アリスアドラ様以外の同族の自由さというのは、悍ましい嫌悪を感じた。

 他のサキュバスからすれば、私の在り方というのも同じように映っていたのだろう。まあ、どうでも良いが。

 私がサキュバスらしくあるため――アリスアドラ様の示してくれた在り方の邪魔にならなければ、誰が何を思おうと気にする必要はない。

 

 エヴァネスが嫌いだ。

 絶対的に他者を満たす側にある偏食の極み。アリスアドラ様を主とも思わないような、煌びやかな虚飾が。

 

 イルミナが嫌いだ。

 サキュバスのクセに清廉をも嗜む矛盾。自らの好奇心は悉く満たされて当然だとでも言うような強欲が。

 

 ネリネが嫌いだ。

 たとえアリスアドラ様に出会えたきっかけであったとしても、変わらない。

 あの傲慢女の正気の沙汰ではない至上命題など、木っ端微塵に粉砕されてしまえばいい。

 

 それでも、アリスアドラ様のためにあるという自分の生き方に浸れば、耐えられた。ただ不快なだけだった。

 最悪、こんな連中のことなどどうだっていい。

 私が生きていて、そしてアリスアドラ様が生きていれば、あとのことなど気にしなくてもいい。

 飢えと、同種への不快感と、アリスアドラ様を想う心。私がいつか死ぬまで、私の中にあるのはそれだけだと、そう思っていた。

 

 ――なのに、その当たり前が揺らいだ。

 なんのためにあるのかも分からない、勇者とかいう下らない存在によって。

 

 私が山の外に出た時から、この風習はあった。

 バラルバラーズ様が山に来て、程なくして始まったというそれは、人間がどこまで魔族に抗えるのかという遊びに過ぎない。

 事実、九十人以上も選び出されておきながら、まともに四天王の試練に向き合える者などいなかった。

 私たちサキュバスの中から任命される、初戦試験官との戦いすら、乗り越えられた者がどれだけいたか。

 

 人間など、弱い生き物だ。まともに生存圏の外を歩くことすらままならない生き物だ。

 ミツカイのように、最低限の戦うすべである身体能力すら有していない。

 外を歩くことを生業にする酔狂な連中もいるようだが、それらすら逃げて隠れることでどうにか生き延びているというだけ。

 剣を持って戦うなど、考えるだけでも愚かしい。その筈だった。

 

 十年前、水と土の試練を突破した勇者が現れた。

 一つを終えることさえ、そうそうない事態だった。

 アリスアドラ様の試練の難度はあの方のやる気に関わるため、生意気にも突破する者はそれなりにいたが、水と土はどちらも少なくない魔族が注目するものだ。

 二つの試練を突破する者など、それこそ初めて。私はあの時ようやく、勇者という存在を意識した。

 それでも、快進撃はそこまで。土の試練を突破してすぐ、勇者の足取りは分からなくなった。

 

 ――そして今。

 百代目の勇者と、生きていた九十九代目の勇者が合流し、異常事態が起きていた。

 水、土、そして火。三つの試練が終わり、残るは風のみ。人間が踏み入ったことなどなかったムルゼの山に、かれらは入り込んだ。

 初めて見たのは、アリスアドラ様の聖都の用事に同行した時。

 九十九代目はインキュバスに憑かれていた。同族の恥だと、アリスアドラ様が助けてやろうとしたところに、百代目は乱入してきた。

 その時から、連中は気に入らなかった。

 人間のクセに、ミツカイのように他の命を取り込む力すらないクセに、魔法でわけの分からない外装を構築し、魔族に一歩も譲らない戦闘を可能とする。

 理不尽に対して抗うことが当然だとでもいうような態度が、たまらなく不快だった。

 

 程なくして、バラルバラーズ様からの命令が来た。

 風の試練において、滞りなく試練が進むようムルゼを案内しろ、と。

 勇者の試練は私事に優先される。アリスアドラ様以外の命令に応じるつもりはないなどと、私は拒絶することが出来なかった。

 別に誰だって良かった筈だ。私だって、最近の山を知る訳ではない。

 確信している。私を任命したのは、バラルバラーズ様の嫌がらせだと。

 勇者たちが山に辿り着くまで、私は願い続けていた。道中でくたばってしまえ、と。

 それでも、勇者たちはやってきた。当たり前のように試練は始まった。

 

 案内してやると言った私に敬意すら払うことなく、それどころか一刻も早く役目を終えたい私に対して、慎重に進みたいなどと意見する始末。

 この数日で、何度搾り殺してやろうかと思ったかは分からない。はっきり言って数えきれなかった。

 従ってやったのは、どうせこれが勇者たちの最後の旅だから。

 どうせ“雷”か“日照り”か“吹雪”か、その辺にやられるだろう。ほんの少し長生きしたいという望みくらい、聞いてやってもいいという私なりの親切だった。

 

 ――こうなるなど、想定すらしていなかった。

 

 私はこの山からしてみればクギミゴだ。良い目で見られないのは分かっていた。

 別にミツカイたちからどれだけ敵視されようが、どうでも良かった。所詮、既に捨てた過去の風習に過ぎない。

 とはいえ、頂点の“セラ”は苛烈だった。

 その雷は私諸共、外敵を焼き殺そうとしていた。

 このまま試練に付き合っていれば、私の命も危ない。その危機感は、正しいものだった筈だ。

 私は逃げようとした。アリスアドラ様から貰った緊急避難の魔道具で、さっさと山を抜け出そうとした。

 ここで勇者たちの命運も尽きると確信していたから。これでお役御免だと、そう判断して。

 

 アリスアドラ様のもとへ帰ることは出来なかった。

 一度気を失って、目覚めた時、私はそこをネリネの牢だと錯覚した。

 いや――そちらの方が、マシだったかもしれない。かつてミツカイたちの冥界として使われていた、クギミゴが至る銀の領域に、私はいた。あろうことか、百代目の勇者と共に。

 魔道具が不発したのだろう。寸前に飛び込んできた勇者によって。

 

 まだこの場所が冥界としての機能を有しているとは聞いたことがある。かつては、私には縁のない場所だと思っていた。

 人智を超えた場所に落とされながらも、勇者は外に出るために動き出した。

 何故かこの場所に巣食っているスネグーラチカを、どんな根拠か信用して引き入れ、外までの道案内まで取り付けた。

 生意気にも、勇者は私に協力を仰いできた。こちらの意思を優先するという驕りの表れか、私の返事も聞かずに歩き始めた。

 

 勇者を信じた訳ではない。ただ、何もせずにそこにいるよりは、あの勇者が出口を見つけるのを待った方が良いという判断で、私はそれについていった。

 外に出られる確信などなかった。強いていうならば、異常を察してアリスアドラ様が来てくれないかという、淡い期待だけ。

 

 ――どうして、こんなことに。全部、全部勇者のせいだ。

 

 何日歩いただろう。やがて辿り着いた、外への螺旋階段。

 そこまで来れば、これ以上の案内など必要ないと思った。私は勇者を置いて外に出ようとした。

 

 結果として私は飛ぶ手段を奪われた。

 冥界の機能を忘れておきながら、動き続けるその機構。

 生命を乾かす眼光が突き刺さり、アリスアドラ様から賜った翼は鉱石に覆われ、羽ばたくことが出来なくなった。

 あんな、まともな魔族ですらないシステムに、私の誇りが奪われた。

 

 ――どうして、こんなことに。全部、全部勇者のせいだ。

 

 

 苛立ちと、困惑。

 その二つに揺れていることを自覚しながら、私は繰り広げられる戦いを眺めていた。

 勇者と、冥界の機構。生を取り戻す――外に出るための砦。

 

 業腹だが油断していたことは、否定しない。

 外に出られるという希望と、ようやく勇者の案内などという厄介ごとから解放されるという達成感。

 それらが私の判断力を鈍らせた。

 だが、それでも、魔族の体だ。人間よりは反射神経も、身体能力も、比較にならないほど優れている筈だ。

 だから、尚のこと腹立たしかった。あの勇者が、まともにあの機構に渡り合えているということが。

 

 魔族――イルミナが育て、アリスアドラ様が見出した今回の初戦試験官を捕え、協力させた上で武器のアドバイザーとして起用させる。

 確か……そう、ラフィーナは随分と勇者に入れ込んでいるようだった。

 気に入らないが、それについて文句はない。サキュバスが特定の人間に入れ込むなどよくある話だ。

 その助力があったとしてもおかしい。喋る魔道具の魔力供給を考慮しても、やはり戦えるとは思えない。

 あの無機質さを、もっと勇者は恐れるべきだ。恐れて、動きを止め、呆気なく固まるべきだ。

 どうして、私以上に抗える。

 触腕を強く打ちつけられ、冷たい岩肌まで吹き飛ばされても、諦めることなく。

 

 ――諦めないこと、理不尽に抗うことくらい、人間にだって出来る。立ち止まれない、まだ死にたくないって思うことは、なにも魔族だけに許されたことじゃない。

 

 ――人間には何も、特別なことを成し遂げられないって思うなら、人間を舐めすぎだよ。

 

 意味が分からないと零せば、偉そうな口ぶりで勇者は言った。

 生意気だ。傲慢だ。そんな大言壮語を叩けるほど、力を持っている訳でもないクセに。

 頭の中に、文句などいくらでも出てくる。しかし、それが喉を通って声になることはなかった。

 勇者はその言葉を証明するとばかりに、切り札を出した。

 

 血色に染まり、狂気に覆われた外装。

 決して人間だけで辿り着けるものではない。

 一目で分かった。あの外装が帯びているのは、アリスアドラ様の狂気だ。

 鋭利な刃の如き翼、先の分かれた長い尾。サキュバスの特徴を武装した外装が周囲にばら撒く狂気は、私にとっては親しみ深いもの。

 浴びているだけで心地良さが広がっていく、魔性の毒。

 そう、毒だ。狂気とは猛毒だ。

 耐えられなければたちまち溺れていく。人間が耐えられる筈がないから、溺れるしかない。

 当然のことだ。エヴァネスだって、イルミナだって――ネリネだって、そう言う筈なのに。

 

「ぅ、ああ……――ッ」

 

 暫く頭を押さえていた勇者だが、すぐにそれを堪えて飛び上がった。

 何故耐えられる。何故あの程度で済むのか。

 少しは慣れているだろうラフィーナが庇っているのか。そうだとしても、ほんの指先程度の狂気でさえ、耐えられるとは思えないのに。

 

 先の外装では持っていなかった飛行能力が、あれにはある。

 空中をまるで地上と同じように自在に駆け回り、襲い来る触腕を次々に躱していく。

 触腕に飛び乗って、それを駆けあがるなんて迂遠なことはもう必要ない。

 躱すべきものを躱せば、あとは冷たく輝く瞳を攻撃するのみ。

 

「シッ――――!」

 

 巨大な瞳が切り裂かれる。

 傷としては浅い。それまでの攻撃で、幾らか罅が入っている瞳の中では目立たない傷に過ぎない。

 だが、一つ傷つけるのにも手間取っていた“そこまで”とは比較にならない進歩。

 直撃が致命的となる敵を相手取るのにおいて、受け手に回る必要がないというのは極めて大きなアドバンテージとなる。

 追ってくる触腕を振り切り、放たれた眼光を、宙を蹴るような急な方向転換で回避する。

 馬鹿なことを――あんな軌道の飛行、サキュバスでさえ音を上げる。

 そもそもあの勇者、ドラゴンの牙を受け止めるという、そのまま食い千切られなかったことが幸運な傷を受けていなかったか。

 さらにその後、“セラ”の雷を受けていた筈――覚えている。私に降り掛かる筈だったそれを、間に立って受け止めたのだ。

 

「――――」

 

 この氷雪の領域で、ここまで歩くのにどれだけ掛かっただろう。

 碌な措置もせずに、長い時間放置していた。せめて休ませておかなければならないだろうに、余計に負担を掛け続けた。

 あの腕がもう、まともに使えるとは思わない。

 剣の持ち方からして利き腕だった。たとえここを生き延びたとしても、重い障害として残るのは確実だ。

 それこそ、もう二度と魔族に抗うことなど出来ないほどの。

 

「――――――――」

 

 だというのに、無理を通り越した戦いを続けようとするのは何故なのか。

 死にたくない? 生きて、勇者としての使命が続く以上、死ぬよりもずっと苦しい目に遭うのは必定だ。

 アリスアドラ様の狂気に浸ってまで、生き延びる価値があるとは思えない。

 

 ――僕は僕のために、そしてリッカのために外に出る。どんな障害があっても、絶対に。

 

 下らない。所詮は他人だ。

 どれだけ依存していようと、死を乗り越えるには値しない。

 それこそ、私にとってのアリスアドラ様のような、自分の全てを尽くして、その者のためにあろうという、存在意義でもない限り。

 

 ――……夫婦(めおと)かにゃ?

 ――そういうのじゃない。もっと深い、存在意義だ。

 

「――――チッ」

 

 大した力も持っていない人間のクセに。

 たかだか十五年やそこらしか生きていないような人間のクセに。

 

 何もかもが腹立たしかった。

 あの勇者の行動も、あの勇者の決意も。試練のためとはいえ、あれに庇われたという事実も。

 苛立ちも困惑も消えない。意味不明な勇者への不快感は、増していくばかりだった。

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