凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
目を開けて、周囲の状況を確かめて、膝をついて眠っていたことにようやく気付いた。
氷雪の領域からようやく出られるという局面だ。意識を手放していられる状況ではない。
しかし、疲労と緊張の限界が、立ったままではいさせてくれなかったらしい。
どれだけの時間、目を閉じていたのだろう。まだ足下は唸りを上げて動き続けている。空を見上げれば、僕たちがいる大きな穴の縁はもうすぐそこにまで迫ってきていた。
まだ力は出ないし、眠気がひどい。
眠る必要さえない領域から出たことによる反動だろうか。
「起きたにゃ? そろそろ着くにゃ。あたしが面倒見るのは、そこまでにゃあ」
すぐにでも睡眠に戻ろうとする自分に喝を入れて、立ち上がる。
それだけで体が痛んだ。唯一――傷の奥から固まった右腕だけは、ほんの少しも痛みがない。
異物感とはまた違う。何も感じられないという不快感がある。
……生を勝ち取る代償ならば安いものかもしれないが。
『起きたわね。ただ、暫く無茶は出来ないわよ。あんたの体、まだ限界寸前だから』
「ラフィーナ……」
どうやら先に目覚めていたらしい。
無意識のまま支えていた魔剣から、若干の気まずさを含んだ声が投げられた。
『あの状態じゃあ私も、なんの助言も出来なかったけど……その右腕どうすんのよ。
「……確かに」
こうなったおかげで、傷を気にせずに右腕を使える状態にはなった。
――そう前向きに考えられたのは、あくまで外装から滲む狂気によって思考力が落ちていたからである。
今は違う。戦いが終わり、冷静になれば、考えるのはこれからどうするかという危機感。
このまま放置して良い問題ではないが、どうすれば治せるのだろうか。
「いっそ清々しいほど呑気。周りに魔族が居る状況で寝ていられるとか、考えられない」
少し離れたところから、ジルは悪態をついてきた。
片翼は僕の右腕のように、固まったまま。
これをどうするかという課題は共通だ。どちらも外に出られたとはいえ、これでは満足に試練を続けることも出来ない。
「まだ続けるの。その腕で」
「……勿論。このくらい、諦める理由にはならないよ。まだ、どうにもならないと決まった訳じゃない」
僅かに強がりも含めながら、僕はジルに返す。
どうあれこれは、立ち止まる理由ではない。旅の中の、解決策の見えない困った課題というだけだ。
もしかするとリッカならば、簡単にどうにか出来る手段を持っているかもしれない。
またリッカに頼るのか――という心苦しさは、もうない。あってはならない。
こうしてリッカのいない状況に陥って、リッカなしの自分の弱さというものを強く実感した。
これをリッカが治せるというのなら、僕はそれに頼る。そうして、リッカが頼ってくれる僕で在り続ける。
「――雨」
複雑な感情を込めた視線をこちらに向けていたジルが、ぽつりと呟いた。
「この上が、私の考えている通りの場所なら、近くの集落に“洪水”がいるかもしれない」
「え……?」
「かもしれない、というだけ。山の西側に広がる雨の降る地帯。聞いた話じゃあ、“洪水”は随分と自由。そこらを飛び回っていてもおかしくない」
それは、僕がまだ知らない、試練に必要な欠片を持つ存在の情報だった。
ジルから伝えられたとは思えない、具体的なもの。“日照り”はどこへ向かうかさえ、不明瞭だったというのに。
「……急に、どうしたの?」
「別に――
理由になっていない気もするが……彼女が僕を良く思っていないことは確からしい。
相変わらず、その感情は複雑に絡まっているかのようだった。
ともかく、どうあれ彼女が話す気になってくれたのであれば、聞くべきだろう。
リッカたちと再会してからの方針になる筈だ。
「“洪水”を終えたら、後は“雷”に、“吹雪”に“嵐”。お前が知らないのは、“吹雪”と“嵐”。合ってる?」
「うん。“雷”は……この前のミツカイだよね。全く情報がないのはその二つだよ」
「“雷”に勝つ気があるというのなら、いつ取りに行くかは勇者次第。どうせ、例の岩室に何日か入り浸っていればその内やってくる」
試練を突破するつもりなら、あの強大なサンダーバードを宿したミツカイとも、もう一度戦うことになる。
有効な策がある訳ではない。今度は勝つという、曖昧で、確かな決意があるだけ。
向こうにも譲れないものがあるようだが、それでも超えなければならない障害だ。
「それから、“吹雪”と“嵐”を取りに行くのなら――目指すのは山頂。この山の、この大陸の、いちばん高い場所」
「山頂……?」
「そう。“吹雪”は山頂を守る砦。さっき勇者が倒したのと同じ、この山に残ったシステムの一つ。それを超えた先に、“嵐”が――バラルバラーズ様が待っている」
『……バラルバラーズ、様?』
次々と飛び出す重要な情報を、疲れ切った頭に必死で詰め込んでいたからか。
その情報の異質さに先に気付いたのは、ラフィーナだった。
これで出揃った、欠片を持つ存在の在り処と概要。
その一つが、先ほどの境界たる巨大な瞳と同じ、“ソロ”――それに対する驚愕は、前座でしかなかった。
今、ジルはなんと言ったのか。冗談のような内容だったが、彼女が虚言を吐いている様子は見られなかった。
「……バラルバラーズが、って……待って。首飾りは、ミツカイが持っているんじゃないの?」
「“嵐”だけは例外。“ソロ”をミツカイに数えるなら、だけど。自分が最後の欠片を持つ者であることは、他の全てを集めた時に告げろ――とか言っていた」
思い返せば、水の試練も本来はリーテリヴィアと刃を交えることが基本の形だった。
風の試練はそれと同じく、四天王本人と戦わなければならないのか。
四天王が、魔族の頂点に立つ実力者たちであることは言うまでもない。
そんな存在と直接戦うということを、試練の最後で伝えろ、というのは――なるほど、心を折る手段としては有効だろう。
僕も、今それを知らなければ、後一つだと多少なり浮足立っていたかもしれない。
「それを……どうして今?」
「バラルバラーズ様のやり方とか、私はどうでもいい。私が尽くすのはアリスアドラ様だけ」
吐き捨てられた言葉には、バラルバラーズへの嫌悪がありありと浮かんでいた。
聖都のエルフが他の自由を欲する魔族と相性が悪いというのは聞いたことがあるが……その外においても、一枚岩という訳ではないようだ。
そもそも、ジルはアリスアドラの配下でありながら、今回の試練において案内役として任命されている。
アリスアドラではなく、バラルバラーズに命じられたということ自体が気に入らないのかもしれないが。
『あの……ジル様。つまりこの試練は、バラルバラーズ様を倒さないと終われないということですか? ――聞いた話によると、リーテリヴィア様にただ一撃与えることが水の試練として成立していました。そのように、何か条件がある訳でもなく……?』
「知らない。バラルバラーズ様が試練を成立させるつもりなら、首飾りを奪いさえすれば試練は終わることになる。試練の最中である以上、力を制限する縛めからは逃れられない。その状態でさえ、普通の人間が満足に抗えるものじゃないけど――どうせそれでも止まらないんでしょ」
「もちろんだよ。結局、いつかは戦わないといけないんだ。それなら、この機会に勝ち切るつもりで戦う」
『だいぶ無理があるけど、まあ……あんたはその気概の方がいいのよね』
試練の最中、四天王の力は制限される。それは、直接戦わないといけないバラルバラーズも同じ。
果たして、その制限がどれほどのものなのか。
どうあれこの試練においての、最大の敵は定まった。
“雷”のミツカイよりも強大な相手が、山頂で待ち受けている。
リッカたちと早く再開し、方針を考える必要がある。恐らくは、砦と呼ばれた“吹雪”も相当な強敵だろう。
いや……それよりも先に、腕をどうにかしてから、だが。
「――ラフィーナ、だっけ。あなたはそのまま勇者に従うの?」
『へ……?』
一つの難所を乗り越えて、見えてきた希望。
そんな中で、不意にジルが話題を切り替えた。
「どういう経緯かは知らないけれど、あなたは勇者に捕えられて、支援をしているんでしょ。この場で私があなたをどうにかすることはない。望むなら“助けを求めていた”って、イルミナに伝える」
「――――」
それは、同族としてジルがラフィーナに向けた気遣いであると気付くのに、暫く時間が掛かった。
理解してから抱いた危機感は、客観的に見れば、烏滸がましいとしか言えないもの。
今や僕たちの戦闘は、魔剣の形で協力してくれるラフィーナに頼っている面も大きい。
僕だけではなく、リッカの精神面においても、彼女がいることで負担が軽減しているのは確実だ。
しかし、ラフィーナの協力は、僕とリッカが強要しているに近い。
いつか、どこかの僕たちのように、不思議な縁があってまともな信頼関係を築いていったのではない。
その時の記憶を押し付けて、付き合わせている。ラフィーナの精神性に付け込むように。
それが健全な関係ではないことなど、分かっている。
いざ、ラフィーナがこの状況を終わらせたいとはっきりと意思表示すれば、何も言えなくなるくらいには。
『――いいえ、大丈夫です』
気付けば、剣の柄を強く握り込んでいた。
たとえこちらに引き留められる正当な言い訳がなくとも、離れがたいと思ってしまう傲慢。
言葉を必死で探している間に、致し方ないとでも言うような声色で、ラフィーナが呟いた。
「現状に満足しているって?」
『まさか。この上なく不本意です。私の扱いについて、不平不満を述べ始めれば、一晩言い尽しても足りません』
間違いなく事実だと言い切れるほど、ラフィーナの言葉は確信に満ちていた。
勢いに乗り出せば本当に止まるまい。それほどまでに、彼女には負担を掛け続けている。
『けれど……私がいなければかれらは遠からず破滅します。私はそれを望みません』
「え――?」
『魔王様に対する反逆、アリスアドラ様に対する裏切り……そう謗られても仕方ないほど、おかしいことを言っている自覚はありますが――かれらを支えて、
それでも――ラフィーナは、そう言ってくれた。
不満の中にある、信頼と、心配。
このままでいいと、一人の仲間として、僕たち共に在ってくれるという選択をしてくれた。
「その義理は、アリスアドラ様への大恩に勝るってこと?」
『……アリスアドラ様に対する敬愛は、変わりません。その上で、それよりも優先すべきではないかという年月の積み重ねを、旅の中で感じているのです』
「一年も経っていない筈だけど」
『はい――ですから、
「……ラフィーナ」
僕たちとリッカが至った答えは、きっと多くの第三者から見て、まともなものではない。
本来ならばラフィーナだって、認めるようなものでもない筈だ。
それでも、この道程から導き出した答えとしては、合格点なのかもしれない。
本当に仕方ないと――ラフィーナがジルの提案を断って、最後まで力を貸すと決意してくれるくらいには。
「――あなたは、サキュバスにしてはまとも過ぎる」
『昔から、よく言われていました』
「そう――まあ、それならいい。私からは、アリスアドラ様にも、イルミナにも、何も言わない」
『ありがとうございます、ジル様』
ジルから、僕たちに対する感情が、なんらプラスに変化した訳ではない。
どちらかと言えば、より意味が分からなくなったという困惑が増えたようにも感じる。
とはいえ、あまり悪い変化でもないのだろう。僕の行動を見て、そしてラフィーナの答えを聞いて、大なり小なり意識を変えてくれたのならば。
「んーっ……もうちょっと、だね」
せり上がる床は、もう少しで地上に到達する。
チェルノボーグが立って、つま先を伸ばせば指が届くほどに。
あと、ほんの十数秒。見上げる空は雲に満ちていて、遠慮なく雨が降り注いでいる。
「――試練の間は、そのやり方に付き合う」
「うん、ありがとう」
ジルの意識の変化を、言葉で聞いた。
今までよりも、少しだけ責任感を含んだ、はっきりとした声色だった。
「にゃあ――――」
そして、ここまで連れて来てくれた魔族が到着を宣言しようとした、その瞬間。
――雲が裂かれ、細い細い光の柱が、すぐ傍に落ちてきて。
その衝撃で体が浮き上がり、弾き飛ばされることで、僕は地上に帰還した。
【ユーリ】
“つながり”という力の本質は、絆への依存という意味でもある。
どれほど歪な関係から始まろうとも、一度信頼関係を結んでしまえば、彼の側からその手を離すことは決してない。
【ラフィーナ】
五千と四十の旅路の中で、五千と四十回、勇者たちの前に立ちはだかった。
その中で一体何度、かれらの仲間となったかは、彼女にも、記憶の主にも最早出せない答えである。
だが、その推定何千年という繰り返しの重みを一度でも考えてしまえば、敵同士には戻れない。その末路くらい、まともな幸福であるべきだと思ってしまう。
それがラフィーナという、変わり者のサキュバスであった。
【ジル】
人間などという矮小な種族が、遂に生命の理さえ打ち砕いた。
決して諦めることなく、生を勝ち取って見せた。
その執念を目にして、力を持ちながら苛立ちと恐怖のままに責任から逃避する自分と無意識に比較してしまい、言いようのない罪悪感のようなものが芽生える。
どうして、たかが人間の行いで自分を省みなければならないのか。
ジル自身納得できない動機からの、ほんの僅かな心変わりを、少なくともユーリとラフィーナは信頼する。
――飲み干した閃光により、体内のあちこちが固まり、満足に動ける気もしない。
それでもやるべきことくらいはと思い、生者の世界に立ち返る、その間際の出来事だった。