凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
だいぶ目測を見誤っていた。
その全容を見たのは、初めてだった。
小型のいくつもの翼が重なって構成されているような、一対の巨大な翼。
羽根の一本一本の先が翠緑に染まった鮮やかなそれの表面を、
真紅の額から、翠緑の尾羽に至るまで、全身に雷を纏わせた、十メートルを超える巨鳥。
その、鋭い爪を備えた脚の片側は、バラルバラーズの背中からその内側に過たず突き刺さっていた。
「延命……延命か。頂から決して下りてこないのは、我らの誇りを貶めるためであると、そう思い込んでいた。だがその真実は、生への執着……ただそれだけに過ぎない話だったとは」
「か、ハ……ミツ、カイ……!」
敵意、害意、殺意――あらゆる負の感情からなる憎悪。
――僕にとって、“リッカ以外”が持つそうした感情には不慣れだった。
あまりに大きなその憎しみは、たった一人が持っているとは到底思えない。
千年間の間積もり積もった、ミツカイの長が秘め続けた感情が、たった今爆発していた。
「“生き汚さは恥ではない”……とんだ高説だったわ。醜くも誇り高く立ち上がった我らの尊厳全てを奪い、生きることすら難くした貴様が、そんな持論を持っていたなんて」
先の戦いを終えた後、彼女の行方は知れないままだった。
“ソロ”の爆発に巻き込まれた可能性も考えられた。
だがそうではなく、生存し――ここよりも上空で戦いを見ていたのだろう。
バラルバラーズの心臓にその爪を届かせる、その瞬間だけを狙って。
「幾度となく、貴様の嵐に墜とされてきた。星を星とも思わぬ暴虐に屈さず、ただ一人……帰らぬ民の復讐を抱き続けてきた」
「ゴ……ォア……ッ!」
辺りに雷が弾けると同時に、鮮血が飛ぶ。
巨鳥の姿のミツカイが放つ雷はバラルバラーズの体内を焼き、内側から鱗の鎧を裂いていく。
「此度が最後の機会だった。貴様の下卑た戯れに抗うには、此度しかないと――だが……ハ、ハハ」
苦悶の声を零す彼が、自身の怨嗟の言葉を聞いているかなど、ミツカイにはどうでも良いようだった。
爪に、雷に、より強い力が込められる。
バラルバラーズの絶叫を、それに勝る狂笑が覆い隠した。
「ハハハ――アハハハハハハハハハハハハハ――――ッ! どうだ、犯し殖えることしか考えぬトカゲの長! 貴様の千年の暴虐の果てがこれだ! 臓物を焼かれ、血を吐き散らし、なおも続く苦痛こそが、我らミツカイが磨き続けた復讐の刃だ!」
風が乱れた。
一帯を支配していた嵐に、彼が操るものではない雷が混じり、塗り替えていく。
すべてはバラルバラーズという怨敵を、屈辱の中で殺し尽くすために。
「――主よ、見ておられるでしょうか! 私はついに……ついにッ! この山をミツカイのもとに取り戻しました!」
そして狂笑は、悲痛な、胸が張り裂けそうなばかりの訴えへと変わる。
かつてこの山にいたという、ミツカイたちの主。理由を誰にも伝えないまま去っていった上位の存在への叫びへ。
「この変革、この風を、決して無価値にはいたしません! これよりは木っ端のトカゲどもを鏖殺いたしましょう! そうして、主が戻られるに相応しい、かつての清らかな領域へと――!」
「黙れ! 黙れェ!」
――雷の羽が舞い散った。
背に開いた陥穽から巻き起こった嵐が巨鳥の全身を引き裂き、強制的にその言葉を中断させる。
ミツカイがそれ以上何かをする前に、バラルバラーズは彼女の首元に噛みつき、大地に叩きつける。
倒れ伏した巨体の腹を握り潰すように爪を突き刺せば、悲鳴さえ返ってこなくなった。
「ぜぇ……ぜぇ……ゴフ、ひゅ……下らぬ。何が復讐か。喜悦のあまり……殺し切る機会を逃すなど、呆れた、救いがたき愚物よ、な」
全身が内側からの雷に曝され、鱗の大半が焼き焦げて。
限界まで喰らいついていた爪により、半ば炭化した心臓が内から零れ出た状態。
そんな状態でなお、バラルバラーズは生きていた。
――或いはそれが、あのコードの力なのかもしれない。
どれだけ消耗し、死に近付こうとも、その一線だけは超えさせない呪いの如き生への執着。
夥しい量の血が、吹き抜ける風に乗っていく。
それは彼によって呼ばれた風であり、バラルバラーズという魔族には余力が残されていることを証明していた。
「っ……しぶとい、じゃないか。とっくに死んでもおかしくない傷だってのに」
「カ、カカ……死なぬ。わしは死なぬ。あわよくば、とでも思ったか……? 頼みの綱が、切れたのう」
それを願っていた訳ではない。
例えば、彼女がバラルバラーズを倒したとして、それが僕たちの試練を終えたと判断されるとは限らないから。
手を出せなかったのは、彼女の剣幕と、その憎悪の正当性を感じたからだと思う。
結果として、彼女はその憎悪のあまり、バラルバラーズを殺し切れなかった。
少しでも長く、苦痛と屈辱を刻み込もうという思いが、反撃を許したのだ。
「……まだ、まだ。僕たちは、戦えます……!」
「無理を、するでない。所詮ぬしらでは、今のわしさえ、殺せぬわ」
立ち上がろうとするクイールであったが、体が思うように動かないのは明らかだった。
ただでさえ激しい消耗を伴う外装が解かれるほどのダメージは、やせ我慢でどうにか出来るものではない。
そして、そうなったのは他でもない、僕を庇ったせいだ。
ならば、今のクイールたちを守るのは僕の役目。まだ、戦う手段が残されているのは、僕だけなのだ。
「――なんじゃ、それは」
今度こそ、アッシュを取り出す。
その力を借りて、灰の外装を纏ったところで、バラルバラーズに太刀打ちが出来るのか。
――そんな不安は、考えるべきことじゃない。前に進むために、信じるべきつながりを信じるだけだ。
たとえそれが、どんな存在であっても――!
『――やあ、ここがシェオルの領域かぁ。昔は辺鄙なところに居を構えたってみんなと笑ったものだけど、中々どうして、ごちゃごちゃとしていてぼくたちらしいところじゃないか』
ところが、取り出したアッシュが独りでに動き出し、聞き覚えのある声を発し始めた。
地面に下り立ったアッシュの三つの首はバラルバラーズを見上げ、その
小さなその姿に、誰もが目を向けて、戦意を忘れた。
表面だけを聞けば怠けたような、奥底まで覗こうとすれば呑まれそうな声だけで、その場の全てを支配した。
バラルバラーズの浮かべた表情は、それまでの何とも違う困惑だった。
「――――その、声は」
『ああ、うん。フフ、それなりに年月も経ったし、耄碌していないようで安心したよ。久しぶりだね、可愛いバラル。あれ? ぼくの名前を持ってったんだっけ? まあ、いいや。ぼくにとって、キミがバラルであることは変わらないんだし』
そう――知己であるとは、知っていた。
あの存在の言う“眷属”が、本当に“彼”と同一であるのならば、それは千年ぶりの再会なのだろう。
ただし、片方は重傷を負い、どうにか延命が施されている状態。
そんなことを気にもせず――まるで気付いていないかのように一切を感じずに、アッシュから声を発するバルハラはその再会を喜んでいた。
「まさか、あり得ぬ。生きて、外に出られる、筈がない」
『そうだねぇ。厳密に言うと外に出られたわけじゃないねぇ。このぼくは指の一本を切り落とした、一夜の夢のようなものだし』
「あり得ぬ……! そうだと、して――何故、今更、この儀に関わろうと……!」
『うーん、面白そうだから?』
それまでの様子では考えられないほど、動揺を露わにするバラルバラーズに、バルハラはあっけらかんと答えた。
バルハラはその力の一端を、リッカに貸し与えた。使い魔のようなものとして、リッカが管理する空間に存在していると――そう聞いている。
今もそこから、アッシュに接続して声を発しているのだろう。
『まあ、他に理由がないでもないけど。ようやくぼくがこの世界を視るに能う出来事も起きたことだしねぇ。かれらの勇気、かれらの旅に、ちょぉっとだけ投資してあげようかなって――ああ、初めましてだねぇ、そっちの勇者と、エルフ……かな?』
「え、えぇっと……あなたは……?」
『ぼくはバルハラ。よろしく。
『好きで剥かれてんじゃないわよ。一体何を目的にして出てきたの? 茶化しに来たならそんな暇じゃないって理解しなさい』
『キミ、ぼくの母親かい……? ッフ、それも悪くないねぇ。そういう趣向は初めてかも――痛っ』
クイールとイリスティーラに伝えていたのは、そういう存在と出会ったことだけだったか。
二人が唖然としている間にも、同じくアッシュから聞こえてきたラフィーナの声と言い合いを始めた。
ラフィーナの意識から表出される魔剣からの発声とは違い、アッシュから聞こえるそれはリッカの空間で発される声そのもの。
現にラフィーナは何かでバルハラを叩いているようで、びしゃ、びしゃと水気のある音もまた聞こえてきた。
「バルハラって……二人とも、まさか連れてきていたのかい……?」
『勝手に付いてきたとも言えるねぇ。ああ、ラフィーナ、ストップストップ。ぼくも多少なり、今の立場は弁えているつもりだよ。用事があって出てきたのさ』
この場で介入したことには理由がある。
その真意を理解出来た者は、誰一人いなかった。
ただし、それは許されざることだったのだろう。激昂したバラルバラーズが、血を吐きながらも掠れた咆哮を上げた。
「ゴァアア――ッ、コフッ、ァ……! あり得ぬ! あり得ぬ! あり得ぬ! わしらの世界は、既に決したッ! それを、今更世界の外から踏み入り、変えようなどと!」
『――あっはは。そういうことか。つまらないこと考えるねぇ、魔王とやらも。だけどまぁ、それならお仕置きを躊躇う必要もないかぁ』
そう言ってバルハラは――アッシュは僕の手から離れた。
怒りつつもその爪を向けるのを躊躇うバラルバラーズを無視し、小さな足を動かし、岩肌に時折足を躓かせて、歩んでいったのは、リッカのもと。
困惑するリッカの手のひらに飛び乗って、そこからリッカを見上げる。
『いいのかい? それで』
「……え……?」
『今しがた、紡ぎ終わったんだろう? キミの力を使った新しい力。強大な敵に対抗するための、新しい力』
バルハラが出した話題は突拍子もないものだった。
何故それを知っているのかと、リッカは目を丸くしていた。
『急ピッチの仕上げではあるけど、面白いものだ。けれど、それで本当にいいのかな。それじゃあ、これまでと同じだよ』
「……言いたいことが分からない。はっきり言って」
『それは、キミの力だ。キミの力であるがゆえに、やろうと思えばきっと、これまでとは違った可能性を創り出せる』
「……それは……けど、いきなりそんなこと――」
『――キミの憧れ、キミの願いから始まった力だろう?』
すべてを分かり切ったような物言いだった。
――こんな状況ではあるけれど、少しだけ、面白くないと感じた。
まるで、バルハラの方が、リッカを理解しているかのようだったから。
「新しい、力……?」
「ん……う、うん、けど……」
正直にそれを受け取るならば、リッカがこれまで組み上げてきたものとも違う、別の外装。
きっと、この戦いの中で、たとえ優位を取ったとしても油断は出来ないと、構築の最終段階を進めていたのだろう。
そうして、それはようやく完成された。
リッカは頷いたが、言い淀んでいた。恐らくは、今のバルハラの言葉に動揺を受けて。
『キミが――キミの勇者を守るために、
「……知らない。そうだったとしても、もうどうでもいいこと。私はこれでユーリを守れてる、だから……」
『満足しているって? それじゃあ駄目だ。キミはもっと、欲を張るべきなんだよ』
「……欲を、張る……?」
『そうさ――かつてのキミの安らぎ、キミの目覚め。どうあれキミはそこに希望を見出して、事実としてここまでキミたちを生き残らせた――そろそろ前に進むべきなのさ。キミたちの物語は佳境に向かう。そのための大いなる一歩は、必要なんだ』
どこか、夢を見る――物語を読むような、バルハラの言葉。
何でもかんでも、物事は都合よく進む。それを信じ切っているような、自信に満ちた物言い。
それは無責任なようで、しかしそうなるという確信を錯覚してしまう不思議な力があった。
バルハラの言葉が何を意味しているのか、半分くらいは、理解できなかった。
アッシュの向こう――あの銀色の瞳が、リッカをどこまで見通しているのか。そして、それは本当に、リッカが想い抱いていたことなのか。
リッカですら、それはもう曖昧にしか感じられないことだ。
バルハラはリッカの背中を押している。
その真意こそ分からないが、たった一つ、それだけは真実。
ならば――とリッカに一歩近付く。バルハラの言葉は断片的にしか分からなかったけれど、リッカを想う気持ちで負けていたくないという意地のようなものが、僕を動かした。
「――リッカ。教えて。今のリッカがしたいこと。それが、きっと前に進む力になる」
「ユーリ――――」
もしかすると、僕は自分の中で気付いていたのかもしれない。
けれど、それに気付かないフリをした。或いは、気付いては駄目だと、隠していた。
だって、この望みを受け入れるということは、リッカをより直接的に危険に晒すということだから。
「……」
リッカの目が、僅かに揺れ動いた。
バルハラを見て、クイールとイリスティーラを見て、改めて、僕に向けられる。
――その目の持つ決意を、僕が無駄にするわけにはいかなかった。
だって、僕は。
「……私は、ユーリを守りたい」
「――僕も、リッカを守りたい」
それでも、
「……でも、今回だけでいい――――ユーリと一緒に、戦いたい」
「――うん。一緒にやろう、リッカ」
僕は、“リッカのため”の勇者だから。
【リッカ】
世界を変える終末、その目前に、今の彼女は立っている。
憧憬、或いは道楽は遥か過去。黄昏に在る自分には殆ど思い出せない記憶だけれど。
かつての
希望は確かに、そこから始まった。