凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
――こうやって、本当の意味でリッカと並び立つことが、これまでにあっただろうか。
僕の知らない、リッカも思い出せないほど昔には、当たり前だったのかもしれない。
けれど、“今回”の始まりでは、僕はリッカにずっと守られていた。
内側に燃える勇気を自覚してからは、僕がリッカをずっと守ろうとしていた。
同じ気持ちを抱いて、同じ目標を見据えてからも、どちらかが前に立つという在り方は、変わらなかったと思う。
どうしても僕がリッカの前に立って、その危険を払わないとと、意固地になっていた。
外装という戦い方は僕たちにとってもう代替のないもの。
これをもって僕たちは魔族に抗い、現在という理不尽を変える。
そして、この形が続く限り、真の意味で僕たちが“一緒に戦う”ということはないと、今になって理解する。
今のリッカは、臆病で、世界が憎くて、それでも希望を抱いている。
では、かつてはどうだっただろう。
リッカのすべてが変わってしまう前。僕にとってはほんの一年前の、リッカにとっては遥か、遥か以前の、僕たちが僕たちの当たり前を幸せに感じていた頃。
勇者という存在に、ありもしない輝きを空想していた、変わり者のリッカは。
――そもそもどうして勇者なんかに憧れるんですか。勇ましき者、なんて皮肉でしかありません。字面だけで判断するの、良くないですよ?
――かっこいいから。
――リッカ。カルラの花粉浴びる?
――今のリッカにあげるほど安くないです。
――個人的には、そこそこ真面目な理由なんだけどなぁ……。
思い出したのはそんな、他愛のない会話。
「勇者って、何?」という、何度繰り返されたか分からない話題、いつも通り三人の時間。
実態をどれだけカルラから教えられたとしても、そこに憧れを持つことをやめなかった、あの日のリッカ。
そんな日があった。体が弱くて、たとえ勇者が字面通りの輝かしい存在だとしても、到底務まらなかっただろうに、それでも“もしも”を想うリッカがいた。
あれをリッカ自身は、覚えていないかもしれないけれど。
今のリッカは、あれと似たものを思い描いて、背負っている気がした。
「り、リッカちゃん、危ないですよ……!」
「――大丈夫。二人とも、動けないなら休んでて」
「……私たちに余力がないことは事実だが。ユーリくん、どういうことだい?」
「リッカの言葉の通りだよ――クイール、イリスティーラ。ここは僕たちに任せて」
この選択の少し先がどうなるかなんて、僕にも想像がつかない。
“行ける”という感覚を、あえて確信に変えるならば、その判断材料はリッカへの信頼ただ一つ。
誰よりも、僕が信じているのだ。
具体的に何をするのか分からないにしろ、今からリッカは、とんでもないことを引き起こすと。
「待たせて、ごめん。今からあなたを倒す」
「――――」
それまででは考えられないような挑発を、リッカは真正面から、バラルバラーズに向けて言い放った。
怯えているわけでも、笑っているわけでもない。
薄い表情、何も思っていないかのような、事務的な言葉。
だからこそ、バラルバラーズの魔族としての矜持にひどく触れた。
自身を――四天王を、ただの障害としか思っていないかのような物言いが。
「――吠えたな、小娘。もう良い、もう、良いわ! バルハラの介入? その寵愛? 今更そんなものに、なんの意味がある!」
再度、バラルバラーズは翼を大きく広げた。
烈風が吹き荒れる。僕は魔剣を、リッカはカルラの杖を地面に突き立てて、飛ばされないように踏ん張る。
「わしの邪魔をするな、人間! わしこそはこの世界の最強種なるぞ! わしの前で我を通したこと、冥界無きこの地で死に絶え永久に後悔するが良い!」
『いやあ、すっかり悪者だねぇ。ユーリ、リッカ、ここからはキミたちの舞台だ。ぼくは手も貸さなければ口も出さない。いいね?』
「それでいい、寧ろ――」
「絶対に、手は出さないで」
僕たちの言葉を受けて、リッカの手の上に立つアッシュからバルハラの気配が遠のいていく。
結局、あの存在に諭されたようだったが、それでもいい。
ここから先、一番大切な一歩を、僕たちだけで踏み出すことが出来るならば。
「――行くよ、ユーリ」
「うん。二人で、一緒に。ハッピーエンドを勝ち取ろう」
アッシュが形を変え、獣の横顔を思わせる形に戻る。
それを強く握り込めば、リッカの魔力の質に変化が表れた。
その詳細なんて、気にしなくてもいい。僕がやるべきは、いつも通り。それでいい筈だ。
「トランスコード! U-リッカ!」
アッシュを握り込んだリッカの拳と、僕自身の拳を合わせる。
風の中でアッシュが形を崩し、その灰が舞い、僕たちを風から守るように覆った。
内の勇気が熱いほどに燃え上がる。
その熱が最高潮に達する寸前、リッカが呟いた一言には、何か――僕には理解出来ない、万感の想いが詰まっていた。
「――――変身」
灰の中で、炎が僕を包み込む。
炎が巻き起こす更なる灰が、リッカを包んでいく。
僕自身の纏うそれは、今となっては使い慣れた、僕自身の勇気が形を持った真紅の外装。
ただし、決定的に違うのは、それはリッカと一つになった状態ではないということ。
リッカと一つにならないままに、まったく同等の力が発揮できる、特異な状態。
それを実現可能としたリッカは、それまでと変わらない、隣に立ち続けていた。
三角帽子とローブを纏った、おとぎ話に出てくるそのままのような魔法使いを模した、見たことのない外装。
灰をかぶったような色合いの表面には黄色の――リッカの持つ属性の魔力が駆け巡る導線という装飾が施されている。
それと同じ色の瞳は、それを見るだけでは感情が読めない無機質な冷たさを宿している。
手に持っていた杖もまた、リッカの意思に応じるように形を変えていた。
本来それは想定していなかったのだろう。リッカも少しの間不思議そうにそれに目を向けて、やがて納得いったように頷く。
全体が銀色に染まり、より堅牢に、より杖としての力を引き出せるように変わり、先端には薄透明な刃の付いた、リッカだけの武器。
ああ――客観的に見るとこうなのかと、そんな感慨を抱いた。
この世界のどんな本を探しても、どんな娯楽に目を向けても、同じような勇者なんていなかったと言い切れるけれど。
何故だろう。それはとても――
「――ユーリ……どう、かな?」
――ユーリ、どうですか? 結晶花で冠を作ってみました! わたしとリッカでお揃いです!
リッカの言葉に、また、そんないつかを思い出す。
この上なく得意げなカルラと、げんなりとしたリッカを見て、あの時僕は――そう、こう言ったのだ。
――……カルラ、そんなに器用だったんだね。あとどこからそんな花取ってきたの?
――マイナス二百点。言ったのがユーリじゃなかったらこの場で花粉を顔に叩き込むことも辞さない落第点です。
――どうしろと。
――褒めるんですよ! 決まってるでしょう! “かわいい”の一言も言えないんですか!
――言ったら揶揄ってくるだろうから絶対に言わない。あとリッカは間違いなく感想を求めてない。
あの時はつながりを理解する力なんてなかったし、リッカの表情を見てそう言っただけだった。
僕たちはそんな風に、互いに感想を言い合うような間柄ではない。
いつかだったら、そう言っていたかもしれないけれど、今のリッカの姿を見ての印象ならば、すぐに口に出せた。
「うん――かっこいいよ、リッカ」
「――――ん」
表情は見えないけれど、それが正解だったかどうかは、僕には分かる。
一つ頷いたリッカが軽く杖を振るえば、背後の――クイールとイリスティーラを囲むように、半透明な防壁が展開される。
戦えない二人を守るという意思。この山を訪れる前のリッカであれば、もしかすると単独では思い至らなかったかもしれない判断。
僕の知らない内にリッカが踏み出した一歩。
その歩幅に負けないように、僕も前へと進む。
追いついたにしろ、追いつかれたにしろ、そこから先は同じ歩幅で。
「カ、カカカ! 所詮虚仮脅しよ。魔族に怯える、矮小なる小娘という事実は、何も変わらん!」
「……それならあなたは、矮小な小娘に負けるドラゴンってことになる」
リッカを守りたい、それは僕の本心。
それでも、なんだか嬉しかった。こうしてリッカと、共に戦えることが。
「――思い上がるな、人間! ここがぬしらの終点よッ!」
「あなたの道楽に付き合うほど、私たちは暇じゃない。ハッピーエンドは、まだ先だから」
「僕たちはまだまだ先に進む。これ以上邪魔はさせない」
――ここからは、
魔剣を振り上げ、烈風の中を駆け抜ける。
リッカのいる場所がいつもと違うという慣れない感覚。だが、そこに一切の不安はなかった。
真正面から放たれた風の砲弾。壁が迫ってきたのかと錯覚するほどの巨大なそれを対処するのに、リッカと目を合わせる必要もない。
リッカが刃を伸ばした杖を振るうと同時に、魔剣を持つ手を動かす。
それだけではこの風は止まらない――そう思った直後、辺りの色が奪われた。
起きた事象を頭が理解するよりも前に、体が動いて最適解を叩き出す。
動きを亀の如く鈍らせた砲弾に更なる斬撃を加え、その力が解れた瞬間、目の前に広がる光景に色が戻る。
風が色を取り戻したと同時、威力の一切を無くして消えていく。
「……な」
攻撃が不発となったと認識したバラルバラーズが驚愕を声にするよりも早く、再びその色が奪われる。
モノクロの世界――そう、今の瞬間を感じているのは、もしかすると僕とリッカだけなのかもしれない。
止まった、或いは止まったと思い込んでしまうほどに静かな世界。
その中でリッカに合わせて走り、魔剣の刀身に魔力を纏わせ、刃を肥大化させていく。
その状態で切り付けたのはバラルバラーズの左腕。
断ち切ることは難しい。それでも、力を込めれば傷はつく。今のバラルバラーズであれば、決して無視できない傷が。
「――グオおぉぉ!?」
色が戻れば、バラルバラーズはそのダメージを自覚する。
彼の認識からしてみれば、突如として左腕に多数の傷が発生したようなもの。
巨躯を支えていた四肢のバランスはたちまち崩れ、その場に倒れ込んだ。
「何が……何が起きている!」
「あなたは、一生理解できなくていい」
バラルバラーズの混乱に対して、リッカはわざわざその“仕組み”を説明したりはしない。
傷がさらに増え、ただでさえ遅々として進まない治癒が余計に遅くなり、バラルバラーズは消耗していく。
リッカの言葉に彼は表情を変えた。混乱もあり、怒りもあるが――同時にそれらとは異なるものに。
「……知らないことを恐れる感情は、あなたにもあるんだ」
わざとらしく、不思議そうにリッカは言う。
リッカなりの挑発にバラルバラーズは目を丸くし、次に表情を変える前に、僕たちはその場から離れた。
次の瞬間、立っていた場所に吹き荒れた竜巻は、その傍にいるだけで巻き込まれ、切り刻まれてしまうだろう。
ゆえに、念入りに力を注ぎ込み、破壊する。
風の動かない竜巻は、大木の如く断つのに力を要したが、それでも動くことのない以上容易いことだった。
「――――!」
「“最強種”か――きっと、怖いものなんて、一つもなかったんだろうね」
埒が明かないと判断したのか、バラルバラーズは周囲の全方位に向けて、烈風を解き放った。
この場のどこにいようと、回避は困難。
だが、“よく観察する時間”さえあれば、風に乗る魔力の密度が薄い、通り抜けられる場所はいくつもあった。
「けど、どれだけ自分が特別だと思い込んでいても、それを脅かす現実はいつかやってくる。私もそうだった」
顔のすぐ傍に現れたリッカを喰らおうと大口を開けたバラルバラーズだったが、勢いよく閉じられたその顎が捉えるものは何もない。
その姿を捉え、喰らい付くまでにたった一秒でもあれば、今のリッカにとっては十分すぎる猶予だった。
「特別、じゃと……! 人間風情が、ふざけた増長を――!」
「そう。増長していただけ。所詮私の特別なんて、私一人じゃ何も出来ない、思い上がりに過ぎなかった」
リッカと同時に、それぞれの得物でバラルバラーズの胸を突く。
心臓は既にそこにはない。彼自身が起こす風に、彼から噴き出た血飛沫が飛び散るだけ。
「そんな何でもない人間と、見世物でしかなかった筈の勇者――あなたにとってのただの玩具に、あなたは今、追い込まれている」
痛みによる絶叫を上げながらも、バラルバラーズは無数の風の弾丸を生み出した。
それらが動き出すよりも前に、砲撃形態へと変えた魔剣の引き金を引き、相殺の支度を整えていく。
リッカもまた、銀色の魔弾を周囲に生み出す。
十分な数が用意できたところで、それらが一斉に動き出し、風の弾丸を全て打ち消して、残りはバラルバラーズへと降り注いだ。
「――ねえ。理不尽の被害者になる気分はどう?」
「ガ、ァ……ッ!」
それは――リッカにとっては、思い出したくもない敗北が齎した力。
時間への干渉。
時の流れを堰き止める。或いは、流れを早める。さらには、流れを押し戻し、逆行させる。
積み重ねた時を消費することで可能となる規格外の能力をより効率的に、戦略的に利用できるようにした外装が、今のリッカの姿。
無駄遣い出来ないそれを惜しみなく使い、四天王さえ対応しきれないほどの自由を得る。
リッカが使っているのは、個人に干渉する時間の加速。僕とリッカ自身という小規模な対象のみに適用させることによる、事実上の超高速移動。
感覚的には周囲の光景が停止したような、僕たちだけの世界。
他の何もかもが進展しないそこは、誰も知らない孤独の中で一人、今を前へと進めようとしていたリッカが感じていた世界のようだと思った。
それならば、僕はその世界を共に駆ける。
もう、リッカは十分すぎるほどに孤独を味わったのだ。
これ以上先は、たとえ止まった世界であっても、僕が共に居続ける。
同じ世界、同じ光景を、リッカと共に見て、歩んでいく。
「ぐ、ゥ……おのれ……人間、エルフ、ミツカイ……ッ! 小さき者どもが、脆弱な生命風情が……ッ!」
そして、その前に立ちはだかるのであれば、リッカと共に力を尽くし、打ち倒す。
最初の相手が彼――四天王バラルバラーズだ。
「――おや、エルフの私も忘れられていなかったのか。まあ、些かばかり意識するのが遅かったがね」
「ちょ、イリス! せっかく二人が気を引いてくれているのに……!」
ふらつきながらも再度立ち上がったバラルバラーズは、その声を聞いて初めて気付いた。
戦闘が再開された時、リッカがクイールとイリスティーラを守るために展開した防壁が既に解かれていることに。
バラルバラーズが振り向こうとして、その寸前、彼女たちによる決定的な一手が打たれる。
『――マスター・エクストリーム!』
『――キメラ・エクスプロージョン』
外装を纏い直し、攻撃の余波を潜り抜けて、バラルバラーズの背後に辿り着いた。
そうして振るった聖剣が、魔道具から放たれた魔力弾が、彼と繋がっていた巨大な柱の――コードとの接続部に突き刺さる。
コードを流れていた魔力の輝きが消えていく。
それはつまり、彼をどうにか治癒させていた柱からの力が途絶えたということ。
一歩遅れて、半透明な柱に感じる不気味さが薄れ、解れていった。最早それはただそこにあるだけの柱に過ぎない。
なんの力も持たない、バラルバラーズに与える恩恵が一つたりともなくなった、死に瀕した彼を繋ぎ、逃がさないだけの楔と化した。
「ぉ、あ……っ」
「私を侮るのは結構だが、私の薬を侮らない方が良い。敵に回せばそれなりに厄介だと自負しているよ」
「まさかこんなすぐに動けるようになるとは思わなかったですけどね……」
「ちなみに副作用はそれなりだからね。切れたら暫くまともに動けないと思いたまえ」
「イリス?」
四天王との戦闘がある以上、イリスティーラが備えていない筈がない。
原材料に大いに気になる点はあるが、彼女の薬が即効性に長けた優秀な代物であることは間違いない。
これまでは回復薬を飲む暇すらなかったものの、こうして時間を稼げば効果が出るまで十分だった。
「何故、じゃ……っ、何故、ここまで、きて……!」
それ以上傷が増えたわけではない。
しかしバラルバラーズはクイールたちを攻撃することすらままならず、尾からも、翼からも力が抜けていく。
首を上げていることが精一杯のようだ。彼の矜持なのか、怒りに満ちた瞳の強さだけはそのままに、こちらを見下ろしていた。
「わしが、このようなところで――否! なんのための我が生か! なんのための千年か! わしの世界を否定はさせぬ!」
その大地を震わせる雄叫びに、衰弱は感じられない。
刻一刻と生命を削っているバラルバラーズは、それでも生にしがみ付く。
「強き者のための世界を! 弱き者がのさばらぬ世界を! そうでなくて何が平等か! 生まれからすべてが決してこそ真に平等足り得る! わしの理想を、なにをもって否定するか!」
「……キミの言う“弱き者”であるだろう私からすれば、碌でもない世界としか言えないね」
彼の求める“理想”――それはもしかすると、四天王が四天王たる核心なのかもしれない。
そこには、切実なる想いがあった。彼になんの印象も持っていない、真っ白な状態で聞かされていれば、考えるに値することだったのかもしれない。
だが――彼は僕たちの敵だ。その思想に頷くことも、彼と同じ方向に歩くことも、不可能だ。
リッカはバラルバラーズの額に降り立ち、そして彼が反応するよりも早くそこから跳び、杖の先端に巨大な銀色の刃を展開する。
『ファイナライズ! アクセプション! ――カルラ・エクスキューションッ!』
「ギ、ィィィィイイイイイアオオオオ……ッ!」
それは、さながら鎌だった。
寒気がするほど濃密な銀色の魔力を形にした刃は、振るわれることでいとも容易くバラルバラーズの右目を貫き、奪い去る。
そうして噴き出す血とは別に、違うきらめきも宙に舞う。
リッカは手を伸ばしてそれを掴み、僕の傍に降りてきた。
「それって……」
「試練の――!」
「……術式が連動しているせいで探知がしやすい。魔法としては三流」
リッカが手渡してきたのは、首飾りだった。
僕たちが持っているものになおも空いた空白を埋める形を持った、嵐のかけら。
手に取ると同時にそれは吸収されて、ついに首飾りは完全な形を取り戻す。
地鳴り、日照り、洪水、雷、吹雪、嵐――この山で征するべき、大いなる自然。これを埋めることが、僕たちに与えられた風の試練。
彼は首飾りらしきものを身につけてはいなかった。まさか、その眼球に埋まっていたとは。
「……もしかして、もう目も殆ど……」
「黙れ! 黙れェ! 人間風情がわしを憐れむな! 安直に試練を終えたことが何を意味するか、知らぬわけではなかろうなッ!」
バラルバラーズが示した試練は果たされた。
それは、僕たちにとって目的の達成であると共に、バラルバラーズにとっては己に課された縛めが解けることを意味する。
制限されていた力が解放され、魔族としての全力を出せるようになる状態。
しかし――リッカがそれを考えずに試練を終わらせたとも思えない。
「見せてくれる! 大地を呑み、天を裂き、星さえ壊す嵐を――!」
指に巻き付いた鎖が砕け散る。
弱っていたバラルバラーズの全身に、再度力が戻っていく。
今となっては、僅かに命を延長させるだけに過ぎないかもしれないが、戻った力は決して油断できるものではない。
――それでも、リッカが落ち着いていたからこそ、冷静でいられた。
冷静でいられたからこそ、感じ取ることが出来た。
「――老い耄れトカゲめ。知らないのかしら」
彼を最も憎む者の、最後の一刃を。
「――――星とは、仰ぎ見るものよ」
横腹に突き刺さった雷が、バラルバラーズの纏おうとした風を吹き飛ばす。
「ガォ、ア、ギ……ッ!?」
本来のものを知っている以上、決して強力とは言えない雷だった。
彼が万全な状態であれば、その程度の妨害はものの数にも入らなかっただろう。
だが、鱗の間――大きな傷を狙った雷の刃は今の彼には集中を断たせる一撃として十分すぎた。
「……」
リッカが向けた視線の先には、苦悶の声を上げるバラルバラーズを見上げながら再び倒れる、本来の姿へと戻ったミツカイの姿があった。
リッカは分かっていたのかもしれない。
致命傷を受けてなお、彼女が未だ憎しみをもってその体を動かせることを。
「おのれ、おの、れ……ッ! 人間……エルフ……ミツカイ……弱き者ども……! ドラゴンの、強き者の、未来を照らす栄誉……何故、わからん……!」
「……悪いけど、僕には一生理解できないと思う。僕たちが目指すものは、どうあってもキミの考えとは共存できない」
「僕としても……ちょっと無理ですね。僕たちも、ホープも、ナディアちゃんも、誰も幸せになれなさそうです」
「そういうことだ。あまり無様を晒すなよ、四天王。聖都の格まで落ちかねない」
バラルバラーズに賛同を示す者は、この場にはいなかった。
彼がどうして、そのような思想を持つに至ったのか。ここから何をどうしても、理解することなど出来ない。
だって――彼はリッカに害意を示した。
彼は僕たちのハッピーエンドの前に、どうあっても立ちはだかる存在なのだから。
「決めてくれ、ユーリくん、リッカくん。ここで私たちが美味しいところを持っていくのは流石に抵抗があるからね」
「やっちゃってください! 二人の力で、試練を終わらせるんです!」
「分かった――リッカ」
「うん。やろう、ユーリ――最後は、必殺技で」
僕の外装とリッカの外装。二つの魔力が一気に高まる。
全身に力が満ちた瞬間、視界から色が消えた。
モノクロの世界をリッカと二人で駆ける。
みなぎる力を足先に込めて一撃――だけでは終わらない。
バラルバラーズを倒し切るにはそれでは足りないとばかりに動くリッカに、僕のすべてを合わせる。
山の如き巨躯、その周囲を駆け巡り、全体に蹴りを叩き込んでいく。
リッカの慣れていない――それでも何故か、体が覚えているかのように軽い蹴りの合間を縫うように。
僕たちの時間を早め、そしてバラルバラーズの時間を押し止め。
一秒を十秒にも、百秒にも延ばし、蹴り込むごとに練り上げられ高まっていく魔力が最高潮に達するのを待ち続け。
僕自身を勇気の魔力、リッカを冥界の魔力が包み込んだ瞬間、二人で跳び上がる。
「――
引き延ばされた一秒の中で呟かれたその言葉を、バラルバラーズは聞くことが出来たのだろうか。
この時間を彼がどのように体感していたのかは、僕には分からない。
だが、どう感じていたにせよ間違いないのは、これから彼に待ち受けるのは、この一秒よりも遥かに長い苦痛であること。
そこに彼が恐れた死はない。或いはそれ以上に望まないだろうナニカが、待つだけだ。
「――グ――――ギャアアアアアアアアアアアアァァァァ――――――――――――ッ!」
――最後の一蹴りは、リッカと交差するようにバラルバラーズを貫いた。
まるで岩盤を砕いたかのように硬く、乾いた、おおよそ生命とは思えない感触を超えて、ムルゼの大地に降り立つ。
立ち上がり、クイールとイリスティーラのもとへ歩き出すまでに、歪んだ時間は正常を取り戻した。
延長された時間の中でバラルバラーズの体が受け止めた攻撃、そのすべてが一瞬の中で解放される。
百を、そして千をも超えるかもしれないすべてを束ね、連鎖するように巻き起こる爆発に、バラルバラーズの雄叫びは消えていった。
歩きながら、もう一度リッカと拳を合わせる。
そうして長い戦い、長い試練、長い時間が終わったという確信を、僕たちは二人で分かち合った。
『U-リッカ リッカフューリー』
【属性】土/冥界/時
【攻撃力】■■■
【防御力】■■■■
【素早さ】■■■■■■
【魔 力】■■■■■■■■■
【精神力】■■■■■■■■
【イマジナリマテリアルローブ】
全身を包む黒いスーツ。魔力を最大限に高めるという古代の魔女の正装を模している。
ユーリフューリーを構成する『U-リアルコーティング』に性能は及ばないが、激しい動作における体の負担を極限まで減らし、近接戦闘をも可能とさせる。
ただし、この形態を維持している間はユーリフューリーの形態変化を行えないため、装備者の万全なサポートが求められる。
【
戦闘に求められる強大な出力を実現させる出力装置兼演算装置。
『ユーリフューリー』に備わるものと同質の機能。
双方の出力を同調させ、連携をより確実なものとする。
【
リッカフューリーの戦闘支援を行う多重並列演算機能。
それぞれが個別で戦況を分析し、五千通りを超える戦闘パターンを算出する。
算出するパターン数に制限を掛けることで残った演算機能により最適な行動の自動選択を行い、本来の身体能力以上の動きを実現できるよう各部の強化を行うことができる。
【
リッカの内に集積した膨大な時を操るための制御機能。
自身の事実上の加減速だけでなく、周囲の空間に時間粒子を散布することで対象の加速・停止・逆行といった干渉を行う。
また、本機能は同時に存在する『ユーリフューリー』に対し、両者の距離に関係なく遅延無しで適用可能。
無制限に使えるわけではなく、リッカの操ることのできる時間は“5040年”という過去に積もったもののみ。
これが切れた場合、『リッカフューリー』は並の能力しか持たない外装に過ぎなくなる。
【魔杖カルラ】
リッカの持つ『純潔の杖』が外装装着の副次効果によって変貌した武器。
冥界属性、および時属性を強化するほか、リッカが修得したあらゆる魔法を無詠唱で発動できる。
先端から放出した魔力によって半透明な刃を生成し、中距離から近距離の扱いに向いた槍や鎌などとして扱うことも可能。
『バラルバラーズ』
【属性】風/嵐
【攻撃力】■■■■■■■■■■■■
【防御力】■■■■■■■■■■■
【素早さ】■■■■
【魔 力】■■■■■■■■■■
【精神力】■■■■■■■
【種族】エルダードラゴン種
最強の種族とはなにか――これといった偏見を持たぬ者ならば、大半が『ドラゴンだ』と答えるだろう。
刃や魔法を通さない鱗と、大岩さえ容易く壊す膂力。そして、固有の特性が発現しやすいという性質。
たとえドラゴンキラーを果たしたとしても、それよりも小さな個体に完敗することさえある。
聖都を守るエルフの騎士たちや、享楽に舞うサキュバスたちが集まったとしても、ドラゴンを相手取ることは苦難を極めるだろう。
また――魔族とは大抵、長命なものだが、その分野であってもドラゴンは突出している。
重傷を負わなければ千年は優に生き、二千年生きる個体もあるという。
とはいえ、そんなドラゴンであっても三千年とは神話の世界。
もしもそれを可能とするドラゴンがあったとしたら、その長寿こそがその個体の特質であると言われている。
しかし、その言説をとなえる者は無知でしかない。
風の四天王、嵐の支配者たるバラルバラーズこそ、己の特性によらず、その身の絶対的な強さのみで三千年を生き長らえた個体なのだから。
【『壊嵐』バラルバラーズ】
――長く生きた魔族は、己の種族に誇りを持つ。
自らが自らを誇るのは当然のことだと、悟らずともそう考えるようになる。
彼はドラゴンという種を誇っていた。最強種の長であることを何よりも誇り高く思っていた。
――長く生きた魔族は、己の種族の未来を案じるようになる。
その種の一生というものを体感し、それが続くことは正しいことなのかと。
彼はドラゴンという種を案じていた。誇り高き最強種の長であるからこそ、どうしようもなく行き詰まっていることを知っていた。
得手不得手が異なるという適性の問題ではない。
その個体しか持たない特異性の発現が頻発するという種族というものは、果たして正常と言えるだろうか。
風を操る父母から生まれた二体の仔が、炎と氷を操るようになる。それだけならばまだ良いだろう。
海に棲まうドラゴンから、泳ぐことの出来ない個体が生まれる。
素晴らしい素養を持って生まれた個体が、親がなわばりとしていた酸溜まりの中で抗う暇さえなく即死する。
骸を統べる力を有する個体が、生命芽吹かぬ無毛の地に生み落とされる。
世を動かすに足る賢才の兆しが、他の個体との生存競争に敗北する。
ドラゴンの特異性とは、出自と一切の関係なくその個体に齎されるもの。
親が生きる場所で生きることの能わない個体の頻発――険しい地域に棲むことの多いドラゴンにとって、それは著しい欠陥であった。
ドラゴンとは単独で最強であるがゆえに、きわめて強い我を持つ。
ドラゴンとは単独で最強であるがゆえに、大抵が群れをなさない。
ドラゴンとは単独で最強であるがゆえに、助け合うという文化を持たない。
生存できないことはその個体が悪いと――親がそう思わないことさえ特異性に委ねられる。
エルフ、サキュバス、ヴァンパイア。そうした、人間のように群れをなし文化を築く種族たち。
かれらの隆盛、或いは衰退を模倣することさえ出来ず、ドラゴンはただ“最強種”で在り続けた。
最強とは、最強だ。統一された進化をすることさえ叶わない。個々が既に最強であるがゆえに、その必要性さえ感じない。
そんな、怠惰にして傲慢。中途半端に本能を抑える誇りを覚えたがために自覚できなくなった落陽を、ある時、知恵ある老爺は悟った。
その時に抱いたのは、焦燥と憤り。
後者は同族に対してであり、この世界に対してでもあった。
最強種――生まれただけで特別であるべき存在が、どうして自覚なき衰退へと進む種族でなければならないのか。
最強とは、最良であるべきだ。
ただそう在るだけで、苛烈で困難な、それでいて栄光があり、何をするにも自由な生涯が確約されるべきだ。
強き者は栄華を手にする。弱き者はその可能性を捧げる。
主の去った大いなる領域で、彼は己の理想に向けての変革を始めた。
そこに住まう民の慟哭は、ひどく心地が良かった。それは己の使命とは異なる、彼の嗜好だった。
或いはかれらを叩き潰しその誇りを折って領域を支配したのも、抗えない欲があったからかもしれない。
それでも、彼の本懐は理想の成就であった。山をドラゴンが支配し、ドラゴンのためにその山がある。
誰が何を考えるにも自分たちの存在が前提となる、新たな文化を築き上げた。
旧来の文化――誰かと話し、助け合い、共に生きる生の道が無くとも良い。
強き者のために弱き者があり、ゆえに強き者はただそれだけで永遠に繁栄する。そのために彼は、ミツカイの尊厳を吹き飛ばす嵐となったのだ。
――『壊嵐』たるバラルバラーズ。世界の結論、完成の果てに、何を望むか。
――力が支配する世界を。それが成就するまでは、何があろうとも死ぬことは出来ぬ。
【ユーリの評価】
「彼の理想の世界は、リッカが幸せになれない世界だ。何を考えていたとしても――僕は賛同できないよ」
【クイールの評価】
「“最悪な魔族”……ですね。ちょっと、その……あまり考えたくないなって」
【セラ・テオトルの評価】
「いつか必ずや、この手で抹殺すると、決めていた。そのための千年だった。それは叶わなかった、だが――」
【ケル・イソラの評価】
「永く生きるのにはコツが要る。傍観者、或いは被害者で在り続けること。その点は、嵐よりもあの人間の娘の方が上手かったんだろうな」
【リーテリヴィアの評価】
「強き男だった。若輩として、学ぶべきことも多かった。どうあれ彼が願ったのは、ある種の秩序の樹立だ。その思想を謗ろうとは思わない」
【アリスアドラの評価】
「死んだの……? へぇ、そう」
【オドマオズマの評価】
「……いや、死ぬのは想定外だったな。死体が残っていれば良いが……祟られたらかなわない、今度お供え物でも持って登山と洒落込むかなぁ」