凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
――輝ける星であろうとした。
主が空よりも高いところへと去ってしまったから、我らには道標が必要だった。
立ち上がることが出来たのは、私ただ一人だった。
私が立てた理由は、はっきりとは分からない。
主なき山を理解し、それでも立てる強さを、皆持っていた筈なのに。
外では指導者の確約ともされるらしい、雷鳴のつかさを宿す可能性を秘めていたからか。
或いは、それが主の最後の導きだったのか。
後者であったのならば、それは望外の喜びだと思った。たとえそれがゼロに等しい可能性でも、その絵空事に背中を押されなければ歩めなかった。
誇り高きミツカイは、歩める。立ってすべてを一から始められる。
その価値が失われたのならば、その価値を取り戻せば良い。悠久の中で、主が再び我らを見出してくれるように。
全てを歪めて、まずは誇りを取り戻さなければならなかった。
ミツカイがミツカイとして在れるように、全員が立ち上がらなければならなかった。
指導者など、私には荷が重い。他と比べてほんの少し強かっただけの小娘では、相応しくない。
幾度となく心折れそうになって、“それでも”をなんとか繰り返した。
もう一度駄目になってしまったら諦めようと、ずっと考え続けて。駄目になる度に、何もかもを捨ててしまうのが怖くて先延ばしにして。
――やがて、ようやく希望が見えてきた時、久しぶりに笑ったのを覚えている。
しかしそれからすぐに、
あれを討つことが、私の命題になった。
そのための千年。ミツカイの復興と嵐への復讐を同時に想い続けることなど、出来なかった。
それほどまでに嵐は強くて、その放埓への抵抗は、ミツカイを停滞させた。
退け――そこは主の座すべき領域。外から来た貴様などが、我が物顔で居座って良い場所ではない。
私の怒りを、嵐は嘲った。力が及ばぬならば、何を唱えても耳に入らぬ、と。
ただ、自分の力をひけらかすことしか出来ないトカゲの長。信仰を持たない間違った生命。
それに支配された千年は――ただひたすらに、無様だった。
嵐に叩き落とされる度に、主を信じる私たちの在り方が、間違っているかのような、そんな錯覚をしてしまうのだ。
それでも――ああ、それでも。
「……ああ。それでも、お前はやった。やり切ったよ、
「――イソラ。どうして、ここに」
目を開いているか、開いていないのか、それまでは曖昧だった。
灰のこびり付いたその顔を見て、ようやく目を開けていたのだと気付いた。
けれど、彼はここに、山の頂に訪れるような存在ではない。
死を超えて、生ある者と共に在るのは相応しくないと、自らその爪で掘った岩室で燃える焚火となった筈だ。
それが、どうして。
「風が吹いた。新しい変革の風だ。今度は、希望がやってくる。なれば一度くらい、外に出て空気を吸うのも悪くないと思ってな」
「――風。ああ……吹いている、のね。嵐が去った、後にやってくる、あたたかい風」
彼はそれを、私に伝えに来てくれたのだ。
こうして言葉にされなければ、きっと知ることは出来なかった。
だって、とても眠いのだ。ふわふわとした感覚の中で、私が私であるという確信が少しずつ消えていく。
しかし手を伸ばしてみれば分かる。この風は良いものだ。ずっと浴びていたい、主の祝福のような風だ。
「お前の力だけではない。だが、お前が諦めずに歩んできた成果だ。お前がミツカイの未来を変えたんだ」
「――うん……やったわ。やった、の。イソラ。私、ずっと、その、ために」
「そうだな。お前の生き方には確かな意味があった。かつてミツカイが誰しも持っていた誇り。それを、お前は決して失わなかった。よくやったよ」
ああ――褒めてくれた。イソラが、褒めてくれた。
導であろうとした私にとって、唯一の導。ただ私のやろうとすることを肯定してくれるその焚火が、どれだけ手を引いてくれたことだろう。
彼は既に生ある者としての立場を下りた。ゆえに何も応えないという彼に、私は縋った。
賢者らしい言葉を掛けてくれたことはない。私が“私らしく”あるための自己暗示に、言葉を返してくれただけ。
それでも、私にとっては導だったのだ。主がいなくなった世界で、ただ一つ、私の寄る辺であったのだ。
主はもう何も言ってくださらない。けれどイソラが、嵐を払ったことを褒めてくれる。
「だから、達成感を忘れるな。その誇り、その喜びで、己を満たせ。そうすれば一つ、良いことがある」
「――良い、こと? これ以上の……?」
生まれた疑問が意識を掴む。一体何があるというのか。
私がこれからどうなるかなど、言うまでもないというのに。
「ああ――主はその幸福を見逃さない。……俺がずっと秘してきた、主のもとへ召されるたった一つの条件だ。お前の成果を、幸福と共に主に捧げてやれ。良い土産話になるだろうさ」
「――そう、なんだ」
あまりにも大きな秘密だったけれど、思ったような反応は出来なかった。
なんで知っているの、とか。どうして黙っていたの、とか。色々と聞きたいことはあったけれど、きっと主が直々に、イソラに教えていたのだろう。
それをこんな、最後の最後に聞かせてくるなんて。
イソラは意地が悪い。これでは、思うように満足できないではないか。
最初から全てのミツカイの内に刻んでくだされば良かったのに、と主に対して僅かに不満を抱いたが、すぐに愚かさを悟る。
幸福を自覚することこそ肝要なのだ。主の去ったこの山で、それでも幸福を手に出来ることこそを、主は望んでいたのだ。
……そういう変革を起こせただろうか。
これからは、誰もが笑うことが、出来るだろうか。
きっと出来る筈だ。もう、ここに嵐はいない。再びミツカイたちが立ち上がるのには、時間が掛かるだろうけど、いつかは。
「――それなら。主、いま、そちらへ」
不安は置いていけばいい。あとは残るミツカイたちを信じるだけだ。
前を歩ける者は何人かいる。その内一人でもいい。このあたたかい風に押されて、足を進めれば良い。
きっと、私よりもずっと相応しい新たな指導者が、現れてくれる。
そんな確信を抱けば、急激に眠くなってきた。
「……お疲れさん。お休み、テオトル」
「――ええ。お休み、イソラ」
いつ以来だろうか、その眠りはとても久しぶりに、穏やかなものになりそうだった。
一つのつながりが遠くなり、消えていくのを感じた。
戦いが終わった時点で、彼女はとうに手遅れだった。イリスティーラも一目見ただけで首を横に振り、諦めていた。
そのミツカイと親しかった訳ではない。寧ろ、立つ余裕があったとしたら、再び戦うことになっていたかもしれない。
彼女にとって僕たちは、復讐の邪魔をした存在。最初から最後まで、敵だった。
彼女は、戦いに手を貸してくれたのではなく、彼女がなすべきことをなしたのだ。
「……」
いつしかやってきていた、“日照り”のミツカイが立ち上がる。
握っていた“雷”の手をその胸に置き、目を閉じた彼女から視線を外し、風と雷で払われた雲の隙間から山を見下ろしながら、初めて会った時と変わらない声色で言う。
「さっきの言葉は嘘だ。幸福だろうが不幸だろうが、主はもうこの山を見ない。ミツカイが主のもとへ至れる可能性は存在しない」
確かなあたたかさを持っていた言葉を、彼は自ら否定する。
灰のこびり付いたその顔は、無表情だった。
その目に感情は宿しておらず、彼女に希望を与えて旅立たせた者と同一人物とは到底思えない。
「主を再びという前提が、まず間違っているんだ。ミツカイは自立を知らなかった。それが主を失望させた。こいつ以外の誰しもが、それに薄々気付いている」
イピリアのミツカイ――マユナに教えられても、ミツカイの価値観の全ては理解出来なかった。
だが、人間の隣人であるかれらは、魔族に支配された僕たちとは違うなにかに縛られていたのだろう。
かつてのかれらはそこから解き放たれることはなかった。それを考えもしなかった。
それが、主にかれらを見限らせた。この山でただ一人、彼だけがそれを知っているようだった。
「ミツカイに死の先はない。何も感じることなくやがて消え果てるか、或いは不幸にも死に還るか」
「……それなら、どうしてあんなことを?」
「――擦り減った心をそれでも折らず、ミツカイの未来のために歩き続けたんだ。なんの救いもなく逝くのは、違うだろう」
バラルバラーズに支配された千年。かれらの復興を目指していた年月としては、それよりも長く。
その果てに成し遂げられたのは半分だけ。本懐であったミツカイの再興は、ここがスタートライン。
しかし確かに、ミツカイの未来を切り開いたことは変わりない。
かれらには、死の先に安らぎがない。
招かれるべき冥界は既になく、それでも――最後の最後くらい、彼女は救われるべきだと、彼はそう思ったのだ。
「……まあ、こいつの巡り合わせは最悪だったが、幸運だったことも無くはない。経緯はどうあれこの山の冥界が暴かれ、あれが解き放たれたことだ」
「え……?」
彼が見下ろす先に、思わず目を向ける。
雲の向こうから上ってくる、きらきらと光る氷の結晶。
その簡単に散ってしまいそうな儚さを持ちながら、妙に規模の大きな気配には、覚えがあった。
僕たちの前までやってくると、それは舞い散る氷を集めて僕たちより遥かに大きい体を作り出す。
「あ……ふふ、また、あえたね。人間さん」
「チェルノボーグ……?」
儚く微笑む彼女は、この山の底で出会ったスネグーラチカだった。
冥界であった場所の外に出るために手を借りて、数日前に“行く場所を見つけた”と別れた彼女が、どうしてここへ……?
「山登りって、たいへんだね。ここまで来るのに何日もかかっちゃった」
「そりゃ、翼持ちでもなく歩いてきたらな。いや、歩いてきた……のか? ……どうでもいいか。ともあれ、こいつだ。頼めるか?」
「うん、わかった。……大仕事、だね」
チェルノボーグがここまでやってきた理由を、“日照り”のミツカイは知っているようだった。
いや、寧ろ口ぶりとしては、まるで彼がここまで呼んだかのような。
チェルノボーグは彼の頼みを分かり切っているように頷くと、“雷”のミツカイに向けて手を伸ばす。
「――どういうこと?」
「氷雪姫は、大昔からこの山に在った。今ではすっかり見なくなったがな。かつては死者の保護者でもあり、墓守でもあったんだ」
「ちぇるがずぅっと忘れてたのは、あそこから出ていなかったからかな。クギミゴさんたちを“まもる”のは、なんとなく“やりたいことだ”って分かっていたの」
眠るミツカイは少しずつ氷に覆われていく。
あの空間にいた、クギミゴたち。かれらは氷の檻で保護され、魂が削れ切るまでの間、安寧を約束されていた。
チェルノボーグがやっていたそれは、忘却――或いは喪失していた使命によるものだったらしい。
この山に生まれたスネグーラチカが共通して持つ、死したミツカイの安寧の保障。
それはきっと、かれらの主が去った後も、同じだったのだろう。
しかしいつしかスネグーラチカは見られなくなった。当たり前だったものは少しずつ減って、忘れられた。
チェルノボーグは偶然あの場所に生まれ、去ることをしなかった。あの場所で育ち、あの場所でクギミゴたちを守っていた。
既に冥界など存在せずとも、排斥された者たちであっても――その末路だけは、穏やかなものであるように。
「……クギミゴ専門だった氷雪姫の、新たな時代の初仕事がこいつというのは皮肉な話だが……これでこいつが、死に還ることもない」
「うん。安心して。最後までまもるから」
「……そっか」
やがてミツカイを覆う氷の棺が出来て、チェルノボーグはそれを抱え上げた。
どこへ行くのかは、分からない。あの空間に戻るのか、或いは別の場所に、新たなかれらの安寧の場を作るのか。
「さて――お前たちと関わるのはここまでだ。お前たちも、これから先にミツカイと関わろうとは思っていないだろう」
「……これから、ミツカイはどうなるんですか?」
「さあな。新たな時代を、誰かが引っ張っていくことになる。次の指導者が決まるまでは――仕方ない、俺も少しばかり、賢者らしいことをしてやるさ」
そう言い残して、彼はチェルノボーグと共に、歩いて山を下りて行った。
きっと、易い道ではないだろう。それまでの指導者がいなくなったことで、これから先も幾度となく変革は起きることだろう。
それに対して、僕たちから働きかけられることはない。何よりも、既にミツカイたちはそれを望まない。
強いて言うのであれば、魔王を倒し、この世界を変えること。
バラルバラーズのような、ミツカイたちを支配してしまう、悪意ある存在が現れない世界を作ることが、かれらのためにも繋がるのだろう。
『チェルノボーグ』
【属性】風/氷
【攻撃力】■■■
【防御力】■
【素早さ】■■■
【魔 力】■■■■■■■■
【精神力】■■■
【種族】スネグーラチカ種
氷雪姫と称される魔族。妖精の一種ともされているが謎が多い。
人肌で触れればたちまち溶けてしまうほどの儚さであり、生命のあたたかさそのものが弱点であることから、そもそも他の種族の前に姿を現すことがきわめて少ない。
氷、或いは雪を操るようだがその力の及ぶ範囲は広くない。
たとえば、大皿いっぱいに雪を盛ることさえ、一人の力では不可能なほど。
彼女たちと関わりの深い民が言うにはいたずら好きのようで、眠っている者の体を冷やしてしまうなどの危険な行為さえ働くことがあるとか。
しかし同時に、心を通わせることが出来れば決して裏切らず、また心を許した者の傍にいればある程度のあたたかさには耐えられるという。
【『冬の墓守』チェルノボーグ】
かつてムルゼの山には多くのスネグーラチカがいた。
ミツカイとは密接な関係にあり、かれらが主と呼ぶ存在の吐息――ある種の祝福として崇められていたという。
彼女たちには、ミツカイが死ぬ時、その肉体に群がって氷の棺を作り、冥界に送られるまでのアンデッド化や魂の摩耗を防ぐ役割があり、ムルゼのスネグーラチカは山の厳しい環境に適応した特殊な個体だった。
それが必要なくなったのは、主が去って冥界そのものが役目を終えた時。
ありふれた存在でありながら、儀式の折にしか注目されることのなかったスネグーラチカたちは、ミツカイの与り知らぬ間に数を減らしていった。
誰も知らないどこかへと消えたスネグーラチカだったが、ただ一人、かつて冥界であった氷雪の領域に残っていた。
使命を忘れ、ただ何となくの本能で、そこにやってくるクギミゴの安寧を保障していた彼女は、長い年月を生き、スネグーラチカとして類を見ない力を持った。
そんな彼女は、山に吹いた四度目の変革の風で領域の外へと踏み出した。
これから先、彼女がどうなるかは、誰にも分からない。
変革をなした雷の指導者を弔い、それを最後の役目として静かに消えるのか。
或いは、忘れ去られた文化を再度根付かせ、この山にスネグーラチカを舞い戻らせる呼び水となるのだろうか。
【ユーリの評価】
「あの子の案内で、僕はリッカと再会できた。……本当に、ありがとう」
【アンニャの評価】
「昔はスネグーラチカもたくさんいたもんだけどにゃあ。冥界の守護者として、やりがいのあった頃が懐かしいにゃ」
『セラ・テオトル』
【属性】風/雷
【攻撃力】■■■■■■■■■■
【防御力】■■■■■■■■■
【素早さ】■■■■■■■■
【魔 力】■■■■■■■■■
【精神力】■■■■■■■■■
【種族】サンダーバード種
雷鳴のつかさ。ビッグバードとも。
鳥型魔族の中でもトップクラスの巨体を持ち、翼を広げた全長は十メートルにもなるという。
その翼は小型のものがいくつも重なった構造となっており、警戒時、戦闘時にはそれを広く展開することで円環の如き荘厳な様相へと変わる。
その名の通り、雷を自己の特性として操ることができ、これを主な攻撃手段とする。
サンダーバードの雷は厳密には自然現象とは異なり、自身の魔力を空気中の魔力に反応させることによる一種の魔法とされる。
魔力の操作に長けるサンダーバードは、黒雲を呼び四方八方に自在に雷を轟かせることで、攻撃的な防御を展開するという。
縄張りを害する他種に徹底的に襲い掛かる攻撃的な種だが、そもそもかれらの縄張りには黒雲や雷が駆け巡っており、基本的に近付くことさえ難しい。
雷の操作という力を共通して持つため、攻撃力の平均値に関しては魔族の中でも最上位に位置する。
気高い種であり、縁の深い村が飢饉に陥った際、雷で焼かれた大きな獣を運んできてその村を救ったという伝承もあるとか。
【『熾天明星』セラ・テオトル】
既に廃れた文化ではあるが、新王の戴冠の折にサンダーバードが到来することは、強き王の誕生を意味していた。
聖女ヨハンナは人間であった頃、王の戴冠式に空を駆けるサンダーバードを見たという。
この文化は非常に広く知れ渡っており、外との関わりを断っていたムルゼの山でさえ同じであった。
ムルゼの民ことミツカイにも指導者はいる。王とは違えど、主の意思を最も近く聞き受ける、栄誉ある立場だ。
その主が去り、指導者の意味さえ失い衰退が確定したかれらの中で、ただ一人奮起する若いミツカイがいた。
彼女は自らの魔力でもって山に雷を落とすことでサンダーバードを呼び込み、打ち勝って見せたという。
以来『雷の女』はミツカイ全体の真なる指導者として、種族の再興に努めた。自らの武でもって外敵を打ち払い、多くの若人が強き戦士となる土壌を整えた。
しかし、ミツカイが自分たちの誇りを取り戻した頃、山を大きな嵐が襲った。
『雷の女』は嵐に立ち向かい、幾らかの手傷を負わせ、その代償にいくつもの翼を失い地に堕ちた。
その日からミツカイは、嵐に誇りを踏み躙られ、山を穢す罪を背負う種族に成り下がった。
多くの同胞を壊され、“化けトカゲ”の増殖に使われる屈辱。年月の積み重ねでそれが受け入れられていく怒り。“百の儀式”の果てに己も手に掛けられるという恐怖。
――それでも彼女は諦めない。嵐の心臓に手が届くその日まで、誇りを胸に殺意を磨き続けた。
【ユーリの評価】
「最後まで、彼女とは敵同士だった。けど、彼女がいなければ、きっとバラルバラーズは倒せなかった。……感謝は……間違いなく、求めてないよね」
【ケル・イソラの評価】
「……ああ、ちなみにアイツの好物はヤギだ。雷で焼いたものを丸呑みにするのが良いんだとさ」
『ケル・イソラ』
【属性】火/冥界
【攻撃力】■■■■■■■
【防御力】■■■■■■■■■■■
【素早さ】■■■■■■■
【魔 力】■■■■■■■■■■
【精神力】■
【種族】フェニックス種
真紅の炎毛を持つ鳥型魔族で、目がくらむほどの輝きを放つことから極小の太陽にも例えられる。
不死は他の如何なる魔族さえ持ち得ない、フェニックスだけが持つ特異性である。
どれだけの傷を負おうと、たとえ体すべてが消し飛ばされようと、死はかれらを寄せ付けず、瞬く間にその存在を再生させてしまう。
穢れや不快感を取り除くための自死も可能で、全身を燃え上がらせることで心身をリセットする個体もいる。
炎上の際は灰を残すが、この灰を含め体から離れた部位は本人が認めない限り暫くすると再度炎上し、今度は灰も残さず消失するため、いわゆる“フェニックスの素材”は世にも珍しい。
魔法を極め、不死を求める魔族は多い。そうした者たちの間では、フェニックスの尾羽から小瓶一杯の灰に至るまで、非常に高額で取引されているという。
――なお、不死とはいうが、フェニックスを完全に倒す手段というものも、無いわけではない。
ようは死を介さない手段でこの世から消滅させれば良いのである。
【『灰の日輪』ケル・イソラ】
フェニックスの血肉を口にすることで不死を授かれるという伝説があるが、誤りである。
大抵は口にして間もなく体内で燃え上がってしまうし、さまざまな要因が重なってフェニックスの側が認めたとしても、フェニックス以外の生命が不死を得られることはない。
しかし、この世でたった一人、喰らった相手の力を己に宿す性質により、伝説を現実に堕落させてしまったミツカイがいた。
きっかけは同年に成人の儀を受けるミツカイたちの間で盛り上がった度胸試しであったと彼は言う。
既にそれを証明できる者はいない。太陽の姿を取らずともその存在は不死の呪いに囚われ、彼はただ一人、ムルゼという山の歴史を見届けてきた。
信仰を捧げた偉大なる主が自分たちを見限った理由を知っている。
雷を征した女が、位階という文化を意図的に貶めてまで同胞を奮起させ、主がおらずとも山で生きる強さをかれらに与えたことを知っている。
外部からの巨大な侵略者によってミツカイたちが誇りを踏み躙られたことも、ミツカイの再興を願う雷の女が下剋上の機会を千年窺っていたことも知っている。
自ら歴史を動かしたことは一度もなかった。やったことといえば、雷の女に『セラ』の名を譲り、雷の女しか入ることを許されない岩室で、弱り行く彼女を励まし続けたくらい。
すべては雷の女の動かすまま。正解も、間違いも、彼女のすべてを、彼はあるがままに肯定してきた。
【ドム・マユナの評価】
「――ええ。
【セラ・テオトルの評価】
「あなたがいたから、私は戦えた。最後まで心折れずにいられた。私だけが知っている、
――見届けて、そこから先も関わるつもりはなかった。
それが凶兆であると確信していたからだろう。
結果としては、まあ、凶が三割くらい。嵐が去り、希望が見えた。七割の吉を思えば悪くない礎なのだろう。
よもや別の冥界の侵略か、とも思ったが、かれらの本質は善だった。
よくない風が、よいものを運んでくる。たまにあることだ。嵐の後に晴れ間が広がるように。
過去の遺物は壊れ、我らを照らしていた星はその灯を消した。
もう一度歩み始めるのは難しいだろう。もしかすると、もう無理かもしれない。
……そんな悲観的な言葉を、あの女は望むまい。ならば口にはしないさ。そうすれば、この希望が十分なまでに育つこともあり得る。
俺は賢者だ。希望は持たない。
だからこそ、今を生きるミツカイたちに芽吹いた希望が、日輪たる俺を眩しく照らすことを望むのだ。
民を立ち上がらせるための新たな指導者は、マユナが適任か。
そしてその先、立った者たちを歩ませるのは、その腹にいる子供の役割だ。
嵐も雷もない、穏やかな雨の下で生まれ、枯れゆく絶望と育ちゆく希望を見て育つ子は、必ずや次代を作ってくれることだろう。
いつ以来だろうな。山を挙げた祭りでも提案してみるか。
新たなる希望――雨音のマユナと英雄クーファの子に祝福を。
そして、ついに嵐を裂いた雷の星に弔いを、と。