凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法   作:けっぺん

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次回から本編に戻ります。


幕間:サキュバスたちの饗宴

 

 

 ――美とは、絶対である。

 

 そう嘯く者は、ことサキュバスにおいては一人しかいない。

 何故ならば、快楽を支配する欲望の体現者たるサキュバスにとって、一定の美は確約されているから。

 何をせずとも輝くからこそ、あえてそれを磨く者は酔狂としか言えないのである。

 アリスアドラに次ぐカリスマと名高い彼女に心酔する者たちも、彼女の価値観を完全に理解出来ている訳ではない。

 サキュバスとして名を上げる者たちは、皆どこかが狂い、壊れた存在。

 彼女――エヴァネスもまた、当然その一人であった。

 

「ん……良いじゃないか。舌に触れただけで痺れが脳を侵す毒気、喉を通すだけで噎せ返りそうな刺激。相変わらず彼女のプレゼントにハズレはない」

「毒血のご当主様が直々に仕立てたブラッドワインと伺っております」

「後で返礼を送ってくれたまえ。年頃の子を三人……いや、四人だ。勿論、まだ誰にも手を付けられていない子をね」

「かしこまりました、エヴァネス様」

 

 誰の目にも付かないような調度品にまで贅を尽くし切った、一晩いるだけで価値観が狂うような部屋の中で、その存在は一際強く輝いていた。

 艶のある紺色の髪も、自信に満ちた金の瞳も、よく磨かれた二本の角も、皺ひとつない翼も、構成する全てに一点の曇りもない。

 吸精を行う相手に取り付く、サキュバスの体の中でも不気味とされやすい尾でさえ、余分な肉は削ぎ落とされ徹底した手入れがなされている。

 傍に控える人間の従者を着飾っておきながらも自身は一糸纏わず、一人掛けのソファに深々と座り、どろりと赤黒いブラッドワインの注がれたグラスを揺らす姿には、我こそがこの場の主役であるという絶対的な矜持があった。

 

「夜は深く、月は丸く、皆夢心地で、酒も一級品だ。だというのに、ボクにはどうしても不満が残り、これほどの美酒でも陶酔しきれない。何故だか分かるかい? ――ねえ、イルミナ」

 

 エヴァネスの金の瞳が向けられた先。

 窓側の席に座り、月明りを背に受けるのは、彫像の如く沈黙を保っていたサキュバスであった。

 目を閉じ、背筋を伸ばし、翼を折り畳んでソファに腰掛ける姿は、エヴァネスの強い輝きとは対照的な、静かな輝きで存在感を放っている。

 エヴァネスの紺色よりも幾分鮮やかな青い長髪が僅かに揺れ、目蓋が開かれる。

 髪よりもさらに白に近付き、ほんの僅かに青が滲んだだけであるような瞳は、十分な時間をもってエヴァネスへと向いた。

 

「――ネリネの遅刻は今に始まった話ではないでしょう。ジルは確かに珍しいですが」

「無粋だと思わないかい? こんなにも良い夜に会合を設けたというのに。それに、ボクは元々待たされるのが嫌いだ。アリスアドラ様のルーズさだって、本当は正してほしいほどに」

「それは我々共通の願望でしょう。尤も、正された試しはありませんが。……ああ、結構です。紅茶をいただけますか?」

 

 エヴァネスの従者がブラッドワインのボトルを持って近付いてきたのを、言葉で制し要求する。

 即座に用意を始める彼に目を向けることもしない静謐なるサキュバス――イルミナに、エヴァネスは苦笑する。

 

「飲まないのかい?」

「血酒は飲みません。そんなものを好むのはあなたくらいですよ、エヴァネス」

「相変わらず固いな、キミは。つまらなくないかい?」

「少なくとも、血酒に飢える方向性の退屈はしていません」

 

 取り付く島もない、とエヴァネスは肩を竦める。

 血を飲む文化はサキュバスの間ではそう浸透していない。

 ヴァンパイアをはじめとした、生命の維持のためにそれを行う一部の種族から伝わった、奇矯に思われるタイプの嗜好だ。

 ゆえに、血を贅沢に混ぜ込んだきわめて複雑怪奇な味わいのブラッドワインも、サキュバスの大半が“気味が悪い”と眉を顰める代物である。

 表情一つ変えずに淡々と否定することが出来るイルミナも実のところ少数派であった。

 

「ジルみたいな田舎生まれならともかく、キミも美食の何たるかを知る身だろう? こういうのも試してみるべきだと思うけどねぇ」

「……配下に無理に飲ませていないでしょうね?」

「安心したまえよ。ボクの酒は安くない。ボクが認めた美を共有するのはボクが認めた者だけさ」

 

 エヴァネスの言葉は真実だった。彼女が自身の好む酒を勧めるということは、彼女が一定以上に対象を評価していることに他ならない。

 それがただのワインであったならば、イルミナも口にしていただろう。

 新たに用意された紅茶で唇を湿らせ、再びイルミナは目を閉じる。

 ブラッドワインは心底どうでもいいが、彼女が今日この場所を訪れた理由である会合はまだ始まってすらいない。

 アリスアドラに側近として仕える四人のサキュバスは、不定期でこうした会を設ける。

 最初がいつだったかなど、覚えている者はいない。数百年繰り返されてきた、互いの近況報告を兼ねた小さな宴である。

 

 全員が揃わなければ互いに語り始めることもない。だからこそ、会話が止まってからは静かな時間が続いた。

 響くのは、誰が見ることもない、無意味に時を刻むだけの時計が針を動かす音のみ。

 ――やがて、蹴破るかのように勢いのある開扉によりエヴァネスの従者一人が飛び上がったのは、あらかじめ決まっていた時間からきっかり十五分後のことだった。

 

「おっまたせー。なんだ、先に始めていれば良かったのに。そんなにこなたの手料理が楽しみだったのー?」

 

 緊張感などまったくない、呑気な声色だった。

 若々しい外見を保つことの多いサキュバスの中でも際立って幼い体躯と、それに見合わない巨大な翼。

 翼の指で床を踏みしめて体を持ち上げ、蜘蛛の如く歩行するという奇妙な登場自体を驚く者は、この場にはいない。

 

 彼女が引き摺る長い尾で抱えた、自身の腹回りよりも幅の大きな植木鉢からはどういう訳か明らかに植物ではない黒い触手がいくつか伸び、それぞれが料理の並べられた皿を乗せている。

 本人の四肢が持つものは何もない。ただ翼に持ち上げられて宙にぶら下がり、手足を揺らしていた。

 足よりも下まで伸びた桃色の髪を後ろで一つに結び、右に三本、左に二本の捻じくれて絡まった、長さもばらばらな角を持つそのサキュバスは、開けた扉のすぐ傍の席につきながら、植木鉢の触手を伸ばし、皿をテーブルに並べていく。

 

「相変わらず度し難いほどにマイペースだね、ネリネ」

「キヒッ、何を今更ぁ。予定なんて考えてたら頭が沸騰しちゃうってば。普段のこなたにはそんな余裕ないのー。あ、ブラッドワイン貰うね」

 

 エヴァネスへの返答もそこそこに、ネリネの丸い眼鏡の奥――暗闇の中に星がいくつも瞬く、異様な存在感を放つ瞳がワインのボトルを捉える。

 従者が動こうとする前に、触手がそれを掻っ攫い、自身のグラスに並々と注いだ。

 

「ひゃー、相変わらず吐き気がするほどの毒。前から思ってたけどこれ、こっちを殺そうとしてんじゃないの?」

「ボクたちは洒落の利いた贈り物と受け取っている。それが全てさ。ひと時とはいえ、夢さえ破れるほどの毒血――危険だということは否定しないけれどね」

 

 毒とは夢を操るサキュバスにとって、凌駕出来なければならない性質である。

 実際のところ、その両者に明確な上下関係はない。寧ろ、合わせることでより互いが強力になると唱える者もいる。

 とはいえ、毒は夢によって忘れるものという認識は強く、自分たちさえ下手をすれば殺し得る毒血を、彼女たちはいたく気に入っていた。

 

 ヴァンパイアを統べる者。(ルーツ)の直系となる毒血の一族、その現当主。

 魔王の支配より前からそのような文化がある訳でもなく、その後より女王(クイーン)を僭称する傲慢な個体だと、侮蔑の目を向ける魔族は多い。

 しかし、そうした者たちがヴァンパイアに手出しできないのは、彼女たちの種族としての強大さ――それに加えて、クイーンたる存在がこうして他の種族の要人と良好な関係を築いていることもあった。

 

「うん、美味しい。イルミナ、飲まないの?」

「……まともな嗜好を持つのは私とジルだけであったことを忘れていました」

「ワインの好みだけでまともを気取られてもなぁ。無暗に偏食家なだけで、サキュバスとしてなら一番まともなのってエヴァネスじゃないのさ」

「美食家、と言ってくれたまえ。意味が同じであっても聞き心地が違うからね」

 

 なんだかなあ、とネリネは呆れながら料理に手を伸ばす。

 サキュバスの中で――さらに言えばアリスアドラの側近の中で、“まとも”を言い争うことが如何に不毛かなど、三人全員が知っていた。

 何故ならば、アリスアドラに認められた者は皆、通常のサキュバスから逸脱した異常者ばかりであるのだから。

 それでもこうした言い争いが起きるのは、彼女たちなりのコミュニケーションである。

 

「まあいいや、別になんでも。さ、始めようよ。もう魔法も解いてあるから、料理冷めるよ?」

「始めようって……ジルが来ていないじゃないですか」

「……? ああ、そうだった」

 

 イルミナの指摘にネリネは小さく切り分けて口に運んでいた肉を呑み込んでから、すっかり忘却していたことを二人に話す。

 

「ジル、死んだよ」

「――おっと?」

「……あら」

 

 日常の些細な出来事を報告するかのような軽い口ぶりに、エヴァネスとイルミナは暫し目を瞬かせた。

 その二人と、それ以上に取り乱しかけて、平常心を装う人間の従者に、まるでいたずらが成功した子供のように笑った。

 

「……確かジルは、勇者の風の試練のため、バラルバラーズ様に招集されていたのでしたね」

「そうそう。山の案内役だったんだけど、その途中でねー。サンダーバードの雷にドーン、だったから苦しむことはなかったんじゃない?」

「――ふむ。ネリネ、キミはどうしてそこまで知っているんだい?」

「ん? そりゃあ、試練の案内役に推薦したの、こなただし」

 

 先程のような驚愕は、二人のいずれにもなかった。

 同僚の一人が死んだということが事実であるのならば。

 そこから先――ネリネがもう何を言い出しても、それは彼女特有の思考回路の産物であると受け入れることに慣れているからだ。

 

「なんのために?」

「冥界……元・冥界の観測のため? 役割を果たしたとは言えないけど、そこは最高の仕事だね。うん、逃げると思った。ジルは絶対逃げ出すと思ったから、転移の魔道具をこう、ちょいちょいっと」

「なるほど。どこまでも運がなかったね、ジルは。いや、ここまで成り上がれたことは幸運と言えるか」

「どうあれ、受けた役割から逃避したというのであれば、アリスアドラ様の側近としては不適格です。せめて勇者に倒されたというのであれば、誉れもあったでしょうに。ネリネに目を付けられ、最後までその都合に振り回されたのは同情しますが」

 

 同じタイミングで、三人はそれぞれの飲み物に口をつける。

 雰囲気ばかりの弔い。それ以上に、彼女たちは何をすることもなく、話題は変わった。

 

「勇者、か」

「そういえばエヴァネス、会ったことあるんだっけ。どんなんなの?」

 

 ネリネの問いに、エヴァネスは暫し思考を過去へと走らせる。

 どんな人物であったか、と思い出そうとした訳ではない。

 その印象を、言葉にするためだった。

 

「面白い子たちだよ。先代は夢を打ち破り、今回の子はあろうことか、夢でボクを酔わせてみせた」

「うそ、操られたの? エヴァネスが? うわ、ウケる」

「その通り、笑い話だ。人間の分際で、などとは言わない。一時とはいえ、ボクは彼に負けた。ムルゼの御大が敗れたことも納得できる」

 

 その酩酊を覚えている。それは、エヴァネスにとって初めてのことだった。

 一瞬、冷たくなりかけた頭を、再度毒血によって熱くする。

 僅かにでも、自身の種族としての矜持をくすぐった。それは偉業だ。

 尋常ならざる誇りを持つがゆえに、エヴァネスは勇者を認めた。

 

「勇者ユーリと言ったね。まったく、彼は素晴らしい。ボクの寵愛を受け、その上で――ボクを愛するに値する」

 

 グラスに残ったワインを一息で飲み干し、エヴァネスは妖艶に笑う。

 それに誰より驚いたのは、エヴァネスの従者であった。

 彼にも誇りがある。エヴァネスに愛されるために生まれ、育ち、完成した、“最高品質”の人間であるという誇りが。

 ゆえにこそ知っていた。彼女は愛されることを望まない。彼女が愛する全ては、彼女に支配されていなければならないと。

 そんな評価が下された勇者とは一体どんな人間なのかと考えている様子を、主たるエヴァネスが一瞥したことに、彼は気付かなかった。

 

「ふぅん。ま、いいんじゃない? 勇者がもう一回エヴァネスに会えるってんなら、の話だけど」

「おや。彼に手を出すのかい?」

「そんなつもりはないけどねー。どの道、こなたたちは会うことになるよ」

 

 ネリネは窓の向こうの月明りに目を向ける。

 

「星のない夜、眠らない街――こなたはあそこで、世界より先に完成に至る。ムルゼの山で得た知識によっては、奪い合いになるよ。勇者たちと、こなたとの。キヒッ、そうなったら、勇者がどんなに楽しそうでも、死んでもらわなくちゃだよね」

 

 誰にも理解できない瞳が、爛々ときらめいた。




【エヴァネス】
戦闘力や夢を操る性質を含めた総合力において、アリスアドラを除けば最強とされるサキュバス。
サキュバスきっての偏食家にして美食家――獲物に対して極めて厳しい選り好みをするという、サキュバスきっての変人。
従者は正真正銘の人間。
グラスが空になったことに気付かない、気の利かない者は従者として不相応なためこの後デザートになることが決まった。

【イルミナ】
ラフィーナをはじめとした戦士たちを育てるサキュバス。
サキュバスの中では例外的に理性的とされ、聖都のエルフたちとも親交がある。
“サキュバスらしさ”を見せないことから、戦士を志さない同族からは良く見られていない。
だが、だからこそ変わり者であるラフィーナには眩しく映った。

【ネリネ】
一人のミツカイであったジルを半端なサキュバスまで貶めた張本人。
その思考回路はアリスアドラでさえ理解できず、そして自身も誰とも共有しようとはしない。
どうせ誰が知っていて、誰が知っていなくとも、そのうち関係なくなるのだから。
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