凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法   作:けっぺん

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冥界色のエンゲージリング(1)

 

 

 乾いた風に、砂が踊る。

 千年経とうと命の芽吹く気配さえ見せないアンデッドの巣窟。

 しかし、ネシュアの跡地たる廃墟であっても昼間にかれら亡者の姿を見ることは稀である。かれらの時間とは当然ながら夜なのだ。

 とはいえ、それが昼間のネシュアの安全を保障する訳でもない。

 このネシュアにおいて最も危険なアンデッドは、昼も夜も関係なく出没するのだから。

 

「二人の勇者は無事試練を終えた。なんとまあ、劇的じゃないか」

 

 黒い外套を着た、長身の魔族。

 喉から出したとは思えない、何かに反響したような声で誰に対してでもなく語る彼の名はオドマオズマ。

 土の四天王たるリッチである。

 

「九十九代目に、百代目。仲間を増やし、そしてついにロスラウドの名に辿り着く。こんなにも残酷な世界で、よく出来た物語の上を歩いている。運命に抗う者というのは、いつだって私を楽しませる」

 

 劇的な物語というものを、彼は好む。

 それが空想であっても構わない。だが、現実に起きればなお良い。

 自身が試練を課し、それを乗り越え、さらには誰も至らなかった偉業を成し遂げた二人の勇者の道のりを、彼はいたく気に入っていた。

 

「今頃はナディアにロスラウドについて聞いている頃か? あの子なら追想派の気狂い共から教えられていてもおかしくない。辿り着けないようなら、私が伝えてやらないこともないが……どの道、聖都から出てくれないとどうにもならないか」

 

 建造物の名残、砂だらけの屋根の上で、ごろりと寝返りを打つ。

 どちらを向いても大して変わらない景色を、黒い瞳はじっと見つめる。

 

「――だが、ロスラウドの在り処を得て、我々に勝利し、魔王さえ討ち――辿り着くのは凡庸な結末だ。この世界を変えるには、それだけでは足りない」

 

 そうなればひどく興醒めだと、オドマオズマは嘆息する。

 そこまでを勇者たちに伝える義理はない。しかし、そこに至れるほどかれらには情報と余裕がない。

 ――退屈だった。

 平凡な末路を迎える道筋を勇者が歩きかねないことへの憂いは、すぐさま退屈へと変換されていく。

 

「ままならない。さて、どうするか――ん?」

 

 その時、彼がネシュア全域に張り巡らせた探知の魔法に何者かが引っかかった。

 ネシュアはオドマオズマの領域だ。彼に気配を悟られずに侵入するのは困難を極める。

 しかし、今回の侵入者は、そもそも自身に恐れる素振りすらなかった――とオドマオズマは訝しむ。

 この場所に来るような者が、自分を警戒しない筈もない。彼にはそれだけ強大な魔族であるという自負がある。

 それを、恐れる理由などないかのように踏み入り、砂や瓦礫に足を取られることもなく、迷いなく駆け抜ける。

 探知の魔法に連動して動き出した亡者たちを蹴散らし、こちらへと、真っ直ぐに。

 

「――――ふむ」

 

 先程まで考えていたこととはまた違う面倒ごとだ、と煩わしそうに空を見上げる。

 真上の太陽と、オドマオズマとの間で、何かがきらりと光った。

 

 ――瞬間、それまでオドマオズマが寝転がっていた建物に何かが突き刺さった。

 

 全体に走った衝撃で建物はたちまち瓦礫の群れになり、さらには砂粒へと変わっていく。

 そして、巻き込まれないよう跳躍したオドマオズマが着地するより前に、彼の周囲を魔力の弾丸が囲んだ。

 蜂の巣にせんと一斉に発射された弾丸を、彼は握った拳を開くことで飛び出した無数の怨霊で相殺する。

 目の前で弾けていく弾丸を見て、オドマオズマはその魔力の性質を把握する。

 暗く、静謐とした、冷たい色。絶対的に死を凌駕する色。

 つまるところ――自分の天敵だと。

 

 砂の上に着地したオドマオズマは振り返り、先程までいた場所に目を向ける。

 建物をただの一撃で打ち崩し、残骸すらない跡地に刺さる一本の片刃の剣。

 砂に刺さったそれを、いつの間にか立っていた下手人はゆっくりと引き抜いた。

 

「――冥い世界の住民が外に、それもこんな辺鄙なところにやってくるなんて珍しいじゃないか?」

「死の先を管理するのは我らの責務……理を長く逸脱し過ぎた者を導くのもまた然り。人の子よ、禁忌の自覚はありますか?」

 

 ――スフィンクスか。オドマオズマは即座に察する。

 砂煙の向こうから歩いてきた魔族の女性は、褐色の肌と黒い髪、全身の黄金の装飾に青い瞳、そして獣の耳と尾――それらしい特徴をすべて備えている。

 その上で、右手には長い片刃の剣、左手には魔法の運用を補佐する杖。

 眼鏡の奥の理知的な瞳とは裏腹に威圧的な戦意は、オドマオズマ一人に向けられている。

 まるで冥界版のイルミナだ――と危機的状況にも関わらず、同僚の配下を思い出し彼は苦笑した。

 

「何かおかしなことでも?」

「ああ、個人的なことさ。それにしても、賢者らしからぬ物騒な剣だ。禍々しさを超えて、いっそ悍ましさすら感じる。キミみたいな立場には、鎌が似合うと思うけどね」

「所詮それは生者の空想。この刃は、我が主と秩序たるヨミ様の友好の証。死に留まる者には、さぞ効くでしょう」

 

 黒く輝く刃には、冥界の魔力が滴るほどに込められている。

 その一振りが直撃すればただでは済まないことを、オドマオズマは本能から悟った。

 

「私を狩るつもりかい?」

「それが正しい道理であると私は考えますが、そうではありません」

 

 しかし、スフィンクスはオドマオズマの問いを否定する。

 先程までの戦意は何処へやら。剣と杖を砂に突き立て、徒手となってオドマオズマへと歩いていく。

 隙を晒そうと、万に一つの敗北もない。その確信と自負が、彼女にはあった。

 

「これを。我が主のしたためた招待状です」

 

 スフィンクスは金の装飾に挟んでいた一枚のカードを取り出し、オドマオズマに手渡した。

 銀で出来たカードには文字が彫られており、オドマオズマはそれを読んで笑みを深める。

 

「――つまり、他者の脚本に乗れと。それは光栄でもあり、屈辱でもある」

「あなたに選択肢はありません。断れば狩る。その後、力のみを利用するだけです」

「冥界の守り人とは思えない発言だね、それは」

 

 有無を言わさず、再び圧を掛けるスフィンクス。

 暫しそれと相対した後、肩を竦めてオドマオズマは両手を上げた。

 

「降参だ。残念だが私ではキミに抗えない。ならば、舞台に上がろうじゃないか」

「賢明な判断ですね。自ら死に留まることを望んだとは思えない。その異質さを、主は気に入ったのでしょう」

「それで? 私に何をしろと言うんだい?」

「なに、簡単なことです――」

 

 ――その日、ネシュアからオドマオズマは消えた。

 それに気付く者はいなかった。ネシュアの近辺に、意思を持った存在がいなかったからだ。

 ゆえに、ネシュアが変わることはない。

 

 

 

 しかし、その翌日、もう一つ――現代において最大の都市で、大きな変化が起きた。

 

 

 

 ――聖都に住むエルフたち。

 その中でも屈指の狂人であり、禁忌の主であるイリスティーラの館にて。

 

「ナディアちゃん……? イリス、ナディアちゃんが!」

「分かってる。僅かだが、魔力の残滓がある。この属性は……」

 

 死に在りながらも生きることを選んだ者が。

 

 

 ――旅の中で最後の休息にと聖都に立ち寄った勇者たち。

 かれらが行き先を目指すための翼として利用している光翼ゼクセリオンの内部にて。

 

「リッカ!? どこにいるの!? リッカッ!」

 

 死を幾度も超えた、冥界の灯に浸る者が。

 

 

 ――聖都ならではの品を仕入れに訪れていた行商人。

 勇者たちの辿るべき運命と交わらぬ可能性さえあった兄妹が宿泊する宿にて。

 

「トーカ! おい、トーカ! どこ行った!?」

 

 かつて一度死に踏み入り、その安寧を跳ね除けて生へと帰った者が。

 

 

 

 一夜の内に失踪した。

 

 

 

 それぞれの寝台には代わりに、銀のカードが置かれていた。

 彫られたメッセージは、すべて同じもの。

 

 死に触れた者、その傍に在りし者。

 

 我らが魔王の祭典に招待いたします。

 

 カードに添えられた葉が、ほのかに死の先の香りを漂わせる。

 たとえその由来を知らずとも、その葉に触れた者たちは感じ取った。

 消えた大切な誰かが、一体どこへ行ったのか。

 

 

 

 

 そしてただ一人、ユーリはもう一つの異なる真実に辿り着く。

 葉を見た瞬間、触れる前から、確信に近いものを抱いていた。

 リッカが消えたことの動揺を堪えながら、葉を手に取る。

 その冷たい香りは、彼にとって、とても身近なものだった。

 

「……っ」

 

 何が起きたかなんて、分からない。

 それでもユーリは動こうとした。唯一の手掛かりを手に、頼れる手段に頼ろうとした。

 そして部屋の外で、何かが動く音を聞く。

 

 ひた、ひたと素足で廊下を歩く音。それに引きずられるように、ギャリギャリと何かが廊下を削る音。

 警戒心と、それが敵だった場合自分だけでの対処は難しいという危機感から後退る。

 混乱する頭を回転させて、活路を探す。ようやく鞄の中の魔道具――アッシュに思い至り、それを引っ張り出した。

 まるで自我があるように、一体何事だと動き始めるアッシュを手に、いつでも外装を展開できるようにする。

 

「……」

 

 音は徐々に近付いて、扉の前で止まる。

 それは、外の何者かの狙いは自分自身であると確証を持つのに十分すぎた。

 しかし――同時にユーリには違和感があった。

 戦意、敵意、害意……ユーリが感じ取れるような悪意は、その何者かにはない。

 

 本当に悪意がないのか。それを抱く対象にすらなってないのか。

 ユーリが判断するよりも先に、ドアノブが回された。

 

 ――そうして、ようやく感じ取れた、尋常ならざる()()に、ユーリは警戒を解かざるを得なくなる。

 彼にとってあまりにも見知った気配だったから。

 彼が己の力を自覚するよりも前から当たり前の感情だったから。

 

 唖然とする彼が我に返るのを待たずに、扉は開かれる。

 開扉に慎重さはなかった。慣れ親しんだ者のいる、慣れ親しんだ扉を開けるように、軽快だった。

 その姿を視認して、まだ理解に及ばないユーリに、その“侵入者”はぺたぺた、ギャリギャリと歩み寄る。

 目の前まで歩いていき、片手に持っていたものをザクリと床に突き立ててから、柔らかく微笑んだ。

 

「――わたし、参上です。いえい」

 

「……カル、ラ……?」

 

 もう一本、持っていた杖を傍に立てかけ、右手で引き摺ってきた魔剣ラフィーナの柄を撫でつつ、左手でピースサインを作る魔族の少女。

 四肢に彼女たちが共通して持つ蔦を絡ませた彼女の名を、震えた声でユーリは呼んだ。

 その緑の髪も、かすかなミントの香りも、ユーリにとってはあまりにも慣れ親しんだものだった。

 

「なんで、カルラが、ここに……」

「なんでもなにも、わたしはずっと傍にいたじゃないですか。ユーリとリッカがどんな旅をしてきたかも、今どういう状況なのかも、わたしは知ってます」

 

 それは、リッカと同様、ユーリが何よりも大切に思う幼馴染。

 至極当然とばかりに言い切ったアルラウネ――カルラは、微笑みを消し、真面目な表情を作って、ユーリに手を差し出した。

 

「さあ。リッカを助けに行きますよ」

 

 

 

 これは、本来起こり得ないもしも(イフ)の話。或いは、いつかといつかの幕間の話。

 ハッピーエンドを目指す勇者の旅路の途中にあった、大きな戦いの記録である。

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