凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
少し前の日常を、ふと想起する。
いや、少し前というのはあくまで自分の感覚であり、実際は千年前の話なのだが。
「ああ、我らが殿下。本日もよろしくお願いします。ささ、こちらへ」
「気安く触れないでください。行くべき部屋など分かっています」
ああ――まったく。このような日常、二度と戻ってくることなどないというのに、どうして思い出してしまったのか。
わたくしの目の前にいるのは、今よりも幼いわたくし。嫌悪を隠さない仏頂面で、広くない廊下をわざとらしく音を立てて歩いている。
夢、なのだろう。この忌まわしい記憶を客観的に見るのは、初めてだが。
或いはそれだけ、これを既に過去のものだと、自身が割り切っていることの表れなのかもしれない。
死を迎えながらも、生きると、自分なりに前を向いて歩き始めたゆえの変化ならば、受け入れるべきなのか。
――穢らわしい笑み。これにネシュアの未来が期待されていたなどと。お父様たちは何を考えていたのやら。
不本意だが、この光景を客観的に見ることが出来たからこそ、わたくしは初めて、点々と照明の置かれた薄暗い廊下で続いて歩く者たちの顔を目にした。
欲に塗れた笑みだ。これから始まる実験の、ただその結果を目的にしているだけではない、卑しい笑みだ。
あの頃から、薄々感付いてはいた。
だけど、それを確信するのが怖くて――それを知れば、これまでのように応じることが出来なくなりそうで――だからわたくしは決して振り返らないようにしていたのだ。
今だからこそ、お父様を。誰よりもネシュアの未来に焦がれた偉大な方を疑える。
そのための技術革新に努め、しかしあまりに下らぬ末路でネシュアは滅びたのだから。
「……」
「如何されました? 殿下」
「……なんでもありません」
部屋の扉を前に止まったいつかのわたくしに、かれらは分かったような問いをする。
白々しいことを。抵抗など、ない訳がないだろうに。
意を決して扉を開けば、その部屋の中にも、ネシュアの未来を想う連中がいた。
その中の一人が、水の入ったコップといくらかの錠剤を手渡してくる。
「……毎度毎度、これを飲まされる身にもなっていただけませんか」
「殿下にもしものことがあってはなりません。殿下が苦痛を感じずに臨床を終えるためにも、どうかお飲みください」
どの口が――かれらと共にいること、この場に立っていることそのものが苦痛だというのに。
それを知らないかれらではない。知らない筈がない。
たとえこの日常に嫌悪感を覚えていたものがただの一人でもいたとして、それはこの在り様に声の一つも上げられなかった臆病者に過ぎない。
すべて、わたくしにとっては等しい存在だ。
「……っ」
何度かに分けて、いつかのわたくしは薬を飲み干した。
あれの効果は、すぐに現れる。長くあの場にいる恐れを感じている必要はないという点だけは、かれらの技術の評価点だった。
やがて、わたくしは眠りにつく。
何が起きようとも感じることはなく、かれらの“実験”が終わるまで、眠り続ける。
……いつまでこの光景を見ていなければならないのだろう。
自身が眠った後、何が起きていたかなど知っている。たとえそれが、目覚めた後に何も残っていなくとも、知っていた。
「――殿下の意識の喪失を確認しました」
「やれやれ……困った方だ。痛みがないようにと、我々の気遣いなのだがね。こうも渋られては」
「仕方ありませんよ。まだ子供ですよ? 昨日だって王子を公務に行かせまいと駄々をこねていたようですし」
今この場で手を上げて黙らせられないものかと思った。見ているだけで介入は出来ないようだった。
よかった。他に誰も見ていなくて。
たとえば今の発言を今の時代で知り合った者たちに聞かれていたら、出るところに出てもらわないといけなかった。
「まあ、いつまでも子供のままである方が好ましい。叶わぬ望みではあるがね」
「それを実現するために僕たちは日夜、追想に浸っているんじゃないですか」
「そうだった、そうだった。どうも年を取ると物忘れが激しくなる。満ち足る万全の昨日に願いを、だったね」
まったく、本当に。
自分たちが信念として掲げた筈の命題を、いつからかれらは嘲笑するようになったのか。
考えるまでもない。派閥がかれらの代に渡った頃には既に、このような組織になり果てていたのだろう。
過ちだと自覚していようとそうでなかろうと、これがかれらにとっては当然のことなのだ。
「さて、今日は誰からだい?」
「は、はい! わ、私からです!」
「ああ、キミは去年入った……そうかそうか。おめでとう。これでキミも真に我々の同志だよ」
ああ――なるほど。即ちこれが、かれらの共有する秘密なわけだ。
こうして罪に加担することで秘密を固める。何が追想だ――下らない。
誇り高きネシュアにおいて、このような凡俗な輩が一大派閥を成していた失望を、あの頃はどれだけ感じていただろうか。
今となっては、新たな真実を知ったところでそれほど大きな衝撃はなかった。
それは、何故だろう。
或いは薄々と自覚し始めているのかもしれない。
かつて自身が壊れまいと、誇りとしてきたネシュアの輝きが、幻想でしかなかったことを。
「で、ですが本当に大丈夫なんですか……?」
「心配はいらない。我々がいる限り、殿下はいくらでも追想出来るのだから。いくら純潔を散らそうとも、いくら体を汚されようとも、美しき昨日に逆戻りするのさ」
ただ確信というだけの憶測は、あの頃からあった。
この空想、或いは回想を、どういう理屈で見ているかは分からないが――やはり、そうなのか。
果たしてお父様は、お母様は。兄様……愚兄はそれを知っていたのだろうか。
知らないでいてくれた方がいいな、と思った。
知っているのであれば――これを。自分の家族が
目を背ける。
衣擦れの音が不快で仕方なかった。
何も感じていたことなどないこの時に、どうしようもなく嫌悪感を覚える。
鳥肌を堪え、耳を塞ぎ、理由もなく付いてきたこの部屋を出る。
何が、美しい昨日なのか。
たとえ肉体の状態が戻ろうとも、汚されたという事実が消えることはないというのに。
昨日に手を届かせることは成功した。万全たる昨日は、ネシュアの秘奥の一つとして認められ、かれらはネシュアを代表する派閥の一つとなった。
その結果、欲に溺れ、昨日に執着し、それよりも過去を追うべき足を止めた蒙昧ども。
自身がそこに縛られ、望まぬ協力を強いられるようになったのは、いつからだっただろうか。
始まりはお父様の勧めからだった。国の誇る派閥の一つを学ぶ社会勉強として、わたくしも喜んで受けたことを覚えている。
最初はかれらも“優しい大人”だった。少なくとも、そう見えてはいた。
それらが変わってしまったのがいつだったのか。初めからそのつもりだったのかもしれない。
あの頃、輝かしきネシュアはわたくしの誇りだった。
今もそうではあるけれど、どこか、冷めた思いがあった。
この時代で出会った者たち。人間も魔族もなく、絆を育む者たち。怠惰に歩みを止めることなく、必死に生きる者たち。
そういう者たちに比べると、ネシュアの輝きは――どうにも、虚しい気がした。
――どこだろう、ここは。
目が覚めてみれば、見たこともない景色がそこにあった。
世話になっているイリスティーラの屋敷。その宛がわれた部屋でいつものように休んでいた筈だが、今いる場所は明らかに、室内ではない。
寝転がっていたのは、輝きを失った宝石のような床。
それを破って上方に向かって伸びるのは、多少輝きの残る石で出来た、蔦のような柱。
空は見えない。うっすらと銀色の炎のような幕が張られ、蔦の柱はそこに突き刺さっている。
「……」
尋常ならざる事態の中で、冷静になれと自身に言い聞かせる。
この場にいるのは、わたくしだけではない。
屋敷の庭に飛行の魔道具――ゼクセリオンを置いてそこで眠っていた筈のリッカに、昼間ユーリたちが大通りで会ったという、いつかの行商の妹、トーカ。
どちらも寝間着姿で、わたくしと同じように乾いた宝石の床に寝かされていた。
「リッカ、起きてください。それからトーカ、あなたも」
「……ぅ、ん……?」
二人を揺さぶって起こす。
何が起きているにせよ、寝かせたままにしておくのは良くないだろう。
「――っ、兄ィ、なんなの……? まだ夜じゃん……」
「リヒトではありません。それと今が夜かどうかも不明です」
「んん……?」
「――――――――ッ!?」
先に異常事態を察したのはリッカ。
その切り替えは、旅慣れた者の――外の恐ろしさを知る者のそれだ。
飛び起きたリッカは即座に体内の魔力を励起させながらわたくしから距離を取り、呆けた顔になった。
「……? なんで、ここに……」
「“ここ”、というのはゼクセリオンを指しているのでしょうが、辺りをよく見なさいリッカ。どうやら、非常事態のようです」
「――――」
警戒を解かないまま、僅かに視線を動かすリッカ。
わたくしに対する警戒は……当然か。人を模し、騙る魔族もいるのだし。
周囲を見て、リッカは異変に気付く。眠っていた場所ではないこと。そして、“いるべき存在”がいないことに。
「……ッ、ユーリ……!?」
「ええ。見たところ、ユーリはいません。クイールも、イリスティーラも。目が覚めたらわたくしたちだけがこの、妙な場所で眠っていたようです」
すぐさまその表情は、恐怖へと変わった。
頼るべきユーリがいない。そして、彼女がその次に心の支えとしているらしい杖さえ、この場にはない。
身が竦み、その場に膝をつくリッカ。
……これほどまでとは思っていなかったが、こうして蹲っていさせる訳にもいかない。
「――って兄ィじゃない!?」
「あなた、よくそれで行商やっていられますわね……」
即座に目を覚ましたリッカとは正反対に、じっくりと時間をかけて状況を把握したらしいトーカが起き上がる。
旅の備えもリッカたちほど充実はしていないだろうに、これで不意の魔族などに通用するのだろうか。
「あれ……? リッカに……ナディアだよね? え? 何が――ここって……」
トーカは動揺しつつも立ち上がり、辺りを見渡す。
睡眠時は当然ながら眼帯はしていない。やけどのような傷痕は顔のおよそ右半分を覆い、右目は不要とばかりに閉じられていた。
寝ていたこの場所はどこかの“端”であるらしい。
宝石のような道はさらに下層へとひたすらに続いていた。
その先へと、二人は目を向けている。リッカはトーカに近付かれないようにか、さり気なくわたくしの方へと寄りながら。
……前々から疑問に思っていたが。魔族だけでなく、人に対しても強い警戒を示すリッカは、何故こうもわたくしをその対象と見なさないのだろう。
信頼されていることに悪い気はしないが、それがリッカだからこそ、違和感を抱く。
「……わたくしは見たことのない場所なのですが、覚えがありますの?」
「……うん。二度と来たくはなかった場所、かな。いや、来なきゃならない場所ではあるんだけどさ」
トーカが、来たことのある場所……?
その苦い表情は、決してその既知が安心するべきものではないことを示している。
そして、リッカが上方を――銀色の幕を見上げながら、ぽつりと呟く。
「……冥界」
「え……?」
「リッカ、知ってたんだ……うん、正解。ここ、冥界だよ。本当は、死んだ後に魂がやってくるべき場所」
――本来であれば、わたくしが今いるべきなのかもしれなかった場所。
すべての魂が招かれるべき、安息の領域。大いなるものから分かたれた存在たちが創り上げた聖域。
アンデッドの身になってから、ここに来るとは思わなかったけれど、リッカとトーカには確信があった。
正しい招かれ方ではない形で、わたくしたち三人は――冥界に落ちたのだ。