凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法   作:けっぺん

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冥界色のエンゲージリング(3)

 

 

「――行こう、二人とも」

 

 道が下方にしか続いていないと判断したトーカは先導するように歩き始めた。

 恐れはない。まるで勝手が分かっているかのように、その歩みに躊躇はなかった。

 

「どこへ行くのですか?」

「あてなんてないよ。けど、ここに立ってたところでどうにもならないじゃん。だけど冥界なら、外に出る道が――出口がある」

 

 逸れるのはまずい、と歩き出そうとして、リッカが足を止めていることに気付く。

 振り返れば、本当に付いていくのかという疑いに満ちたリッカと目が合った。

 トーカは信頼に値していない、と。わからないな、やはり。

 

「っ」

「行きましょう」

 

 動こうとしない彼女の手を取る。

 びくりと震えたリッカと暫く視線を交わし、今のままではいけないと告げる。

 そうして、ゆっくりと歩き始めた彼女に、ひとまずは安心した。

 ユーリのようにはいかないだろうが、わたくしがこの子を導くことは可能ではあるのだと。

 

「坂道だから足元、気を付けてね。滑って落ちたらどうなるか、分かんないよ」

 

 下へと繋がる乾いたこの道は広いが、手すりも何もなく、下は底の見えない闇がある。

 生きたまま冥界に踏み入り、足を滑らせて死ぬ、か。笑い話にもなるまい。

 

「同じような道がいくつもあるようですね……まるで根のようです」

「うん。どれかは外に繋がってる……筈。とにかく上に上に伸びている道を見つけないと」

 

 無数の道が複雑に張り巡らされた広大な空間だ。

 冥界の様相はすべて異なっているというが、それぞれどのような領域であったかは、この時代でさえ判然としていないらしい。

 そもそも、生きて踏み入るような場所ではないのだ。情報が少ないのも必然といえる。

 聖都の文献をいくつか読んだものの、冥界について詳しく書いたものはなかった。

 トーカの少し自信なさげな言葉だけでも、有益だと感じるほどには。

 

「トーカ、その歩き方の知恵は、行商特有のものなのですか?」

「ん……そういう訳じゃないよ。行商だからって、こんなところに来ても碌なことにならないってのは知ってるし。ただ、さ……昔、あるんだよね。来たこと」

「……冥界に?」

 

 突拍子もないそれを、ジョークか否か、判断するのに少し時間を要した。

 現代のジョークのセンスなど、わたくしは知らない。けれど、冥界への畏敬の薄れた現代であろうとも、そのような不謹慎な笑いは生まれまい。

 

「昔って言っても、五年とかそのくらい? 私たちも行商始めてたし。ともかく……さ。変な病気に罹っちゃったことがあるんだよね」

 

 わたくしの時代も、この時代も、魔族に縁のあるような人生を送っていなければ、命を何よりも奪い得るのは病の存在。

 人の命というものは軽い。歴史に名を残す偉業をなした人物でさえ、病は呆気なくその命を奪っていく。

 ネシュアは医療技術に特別発達していた訳ではない。もちろん、その手の研究はされていたが、もっと名のある国があった。

 大半がそのネシュアよりも劣る現代の医療では、治せない病も多かろう。

 

「あの頃に寄っていた町のお医者様でもどうにもならなかった。体が茹るように熱くて、息の仕方も分からなくなって。傍でずっと名前を呼んでくれてた兄ィの声も聞こえなくなってさ。気付いたら、今いるここと似たような場所にいたの」

「それで……どうしたのですか?」

「とにかくヤバそうなヤツらから逃げ続けてたら、兄ィが助けに来てくれた。たまたまその町、冥界に繋がるって噂の大木のうろがあってね、そこから飛び降りたんだって」

 

 ――なんとまあ。大した蛮勇を持っているものだ。

 幸運だったのは、その町の特色か。冥界に繋がる道がどこに、どれだけあるかなど知らない。地続きの領域であるとはいえ、歩いていくような場所ではないが、その町はそんな蛮行が叶う地の一つであったようだ。

 普通はそう伝えられる場所であろうとも、飛び込もうとはすまい。

 

 理由は単純明快。入るは易く、出るは難しというのは冥界の大原則。

 推測するに、トーカの病は偶然患ったもの。それが冥界に近しい地という性質から、死に向かって誘われたという可能性が考えられる。

 正しい形で死ぬことなく冥界に迷い込んだのであれば、理論上その命を取り戻すことは可能だ。

 試すも愚かな理論だが――いや、自分たちが現在進行形でそれを成そうとしていることは棚に上げるとして。

 ……この二人はともかく、わたくしは大丈夫なのだろうか。既に正しい命を終えた身で冥界に堕ち、またその外へと還ろうとするなどと。

 

「戻ってきた時の町の人たちの顔、傑作だったなぁ。いや、あの人たちからすれば笑えないんだけどさ」

「歩みの迷いのなさは、その時の経験からですか」

「ん? あー、そうかもね。今回も、兄ィは絶対助けに来てくれる。だから私も私で出来ることをするの。囚われのお姫様とか、柄じゃないしね――二人はそっちも似合うかもだけど、どうする?」

 

 冗談めかして、トーカは尋ねてくる。

 ――現実主義なところのあるイリスティーラはともかくとして。

 こういう状況で、“助けに来てしまいそうな”者が二人ほど、即座に思い浮かんでしまった。

 二人が動けばイリスティーラも動くだろうし、結局その三人がやってこようとするに違いない――と。

 それは、この世界の法則に喧嘩を売る事態。冥界とはあらゆるルールの上に敷かれた領域。普通はそこに堕ちた者を助けに行こうとはしない。

 けれど、かれらは普通ではないのだ。

 

「……」

「まあ……一つの選択ではありますね。ここに連れ込んだ者の目的が何にしろ、こちらには抵抗の手段が乏しい。冥界である以上、スフィンクスやケルベロスなどいるのでは?」

「あー、いるいる。ケルベロス。メチャクチャでっかくて怖いの。この世の終わりとか思ったよ。自分がいる場所が冥界だって知った時より生きた心地がしなかったっていうか」

「どうして今生きているのですか、あなた」

 

 なんでもないように言い出した彼女も十分に普通ではないな。

 というか、わたくしがこの時代で知り合った者たちに、普通ではない者しかいないというのが正しいのだが。

 ケルベロスなど、普通はどんな生き方をしていたとて、生涯で出会うことのない魔族だ。

 この冥界に当然のようにケルベロスがいるという情報への危機感が、トーカの思い出話の衝撃に塗り潰されてしまった。

 

「兄ィがいなかったら、あの時におやつになってたなぁ。まあ、私らのちょっとした冒険話ってやつ。兄ィの語りだと恥ずかしいからあまり話すなって言ってるけど」

「リヒトがいなければというと……つまり、今そのケルベロスと出会えば?」

「――とりあえず死ぬ気で抗うしかないね」

 

 その気概はあるらしい。ともかく、この言い分からしてケルベロスから逃げた経験は真実のようだ。

 頼りになるのか、ならないのか。いや――頼りにせざるを得ないか。少なくとも、今この状況ならば。

 わたくしとリッカだけでは、この場所を満足に歩くこともできないだろうから。

 

「……申し訳ないですが、荒事は任せることになります。わたくしは見ての通り、冥界の魔族にはまともに抗えず、リッカの力もユーリがいてこそなので」

「出来る限り、ね。そうはいっても私、勇者でもなんでもないただの人間だし、あまり期待されても困るけどさ」

 

 死を喰らう冥界の力。あのブラックドッグが有していたような属性の魔力は、この領域に由来するものだ。

 死者は原則、かれらには抗えない。そもそも、戦うための魔法など学んでいないが。

 わたくしはどうしようもなくお荷物で、リッカもこの通りだ。

 ユーリがいればこの領域であっても希望が見えるだろうが、こうして分断されればリッカは何かを選択することにさえ怯えるただの女の子になってしまう。

 魔族の、世界の恐怖を知っていながら、ユーリがいることでそれらに耐えて、世界を変えるまであと一歩まで至れる。

 その歪ともいえる関係は――道半ばで終わって良いものではない。

 わたくしを今の時代で生きることを決意させたのだ。かれらが碌でもない結末を迎えてはその気も失せるというもの。

 どうせならば……何もかもが終わって、かれらが平穏を享受できるようになったあとで、共に生きたいではないか。

 

「とにかく、三人みんな生きて出られるように頑張ろっか。ひたすら怖い魔族に遭わないことを祈りながら歩くだけだけど」

「ええ――行きますよ、リッカ」

「……ん」

 

 下へ下へと乾いた道を歩いていく。

 外で出るには、上へと向かうしかない。だというのに、この道はただ下へ向かう一本道。

 他の道は上下左右あちこちにあるものの、今わたくしたちがいる道と繋がる場所が見当たらない。

 三人まとめて飛ぶことさえできれば、ある程度自由度も高まるだろう。

 ユーリが纏う、あの赤い鎧による翼――今どうやっても手に入らない力をどうしようもなく欲しいと思った。

 だって、この一本道で魔族と出会うということは、逃げ場がどこにもないということでもあるのだから。

 

 ――それから、歩き続けて一時間ほど経っただろうか。

 下るばかりであった道の果て、ようやく歩いていた“根”が突き立つ大地に辿り着く。

 結局ここまでに上へとのぼれる道はなく、わたくしたちは冥界の下層へとやってきてしまったということだ。

 黒い土を踏みしめる感触。周囲に生える、先ほどの道と同じ色の木々。

 

 まるで森だ。

 同じように突き刺さる根っこの道――上へとのぼる手段はあちこちに見つかるが、どれが外へと繋がっているかがわからない。

 そのうえ、そこまでとは違い、どちらへ向かうかという判断も迫られる。

 それだけではない。

 体の芯をくすぐられるような肌寒さ。あちこちから見られているような嫌な雰囲気。

 直感が、この場にいるべきではないと告げていた。

 

「……前来たときは、こんな深くまで来てないな……どうしようか。どこか適当にのぼってみる?」

「それしかなさそうですが――大半は先ほどの道のように、途中で途切れていそうですわね」

「そうなんだよねぇ……」

 

 とはいえ、この森らしき場所を歩き続けていても、恐らく外への出口は永遠に見つからない。

 片っ端から根をのぼってみるか、或いは木々の間に隠れているか。

 後者の方が利口だろうが……駄目だ。嫌な予感が止まらない。

 

「……二人とも、何か感じませんか? 寒いとか、誰かに見られているとか」

「え……? 私は特に……リッカは?」

「……」

 

 リッカも小さく首を横に振る。わたくしだけ、なのだろうか。

 

「――随分と勘が冴えていますね。いえ、アンデッドであれば当然ですか。肉を持つ死者にとっては、何より拒絶すべき空気でしょう」

「ッ!?」

 

 その感心したような声は、頭上から。

 リッカとわたくしが見上げるまでの間に、トーカが動いていた。

 足元に転がっていた木の枝を振るい、その先端から束ねた魔力糸を伸ばす。

 手慣れた魔法だ。さながら鞭のごとき攻撃を、頭上の枝にいた何者かは軽く手を振るうのみで断ち切った。

 

「人とは可能性を持つもの。身の程を弁えろとは言いませんが、それでも敵を知らぬ内に闇雲に攻撃することは愚かと言わざるを得ません」

 

 魔族――それも、冥界に浸った魔力を有した、強大な存在だ。

 わたくしがこの時代に目覚め、見てきた中でも特に強い。――オドマオズマや、リーテリヴィアに匹敵するかもしれないほどに。

 

「この……っ!」

「トーカ、手を止めなさいっ」

「冷たっ!?」

 

 もう一度木の枝を振るおうとする手を掴んで止める。

 これは、無理だ。トーカがどう足掻こうと勝てる相手ではない。

 ケルベロスとどちらがマシかなど知った話ではないが、あの魔族もまた、冥界における絶対的な存在だ。

 

「……外へ出ることは、出来ませんか」

 

 相手は恐らく、この冥界において高い地位にある存在。

 こちらが何をしようとも、彼女にとっては大した抵抗にもなるまい。

 であれば、向こうが協力的な存在であればと一縷の望みにかけ、問いを投げた。

 

「出来ると思うならばあなたは冥界を知らず、出来ぬと思うならばその問いに意味がない。ですが、人の子よ、あえてこう言いましょう――可能性を示しなさい」

 

 軽い足取りで、魔族は下りてくる。

 右手に片刃の長い剣を持ち、杖を背負ったその魔族がなんなのか、見当はつく。

 肌の色に、金の装飾、そして獅子の特徴を持った耳や尾――冥界の守り人たるスフィンクスだろう。

 

「死した者も、生ける者も、あらん限りの可能性をもって、我が主を楽しませなさい。それがあなたたちを招待した意味であり、今のあなたたちの価値なのです」

 

 その冷たい目で見据えられているだけで、首に刃を突き付けられているような感覚に陥る。

 ――生きた心地がしないという下らない“ジョーク”が、恐怖を僅かに和らげた。

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