凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法   作:けっぺん

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冥界色のエンゲージリング(7)

 

 

 ――冥界への第一歩は、全身を打ち付ける衝撃と同時だった。

 

「ぐ、う……っ!」

 

 ゼクセリオンから投げ出され、ひたすら下へと続く細い坂道を転がり落ちる。

 どこかへと落ちていきそうになったゼクセリオンにクイールが飛び乗り、すぐさま発進して翼を噛み砕こうとする牙から逃れた。

 立ち上がり、ドラゴンの熱線を放つイリスティーラに合わせて魔剣から弾丸を放つ。

 しかし、狙った巨体は銀の炎の中にたちまち消えてしまい、命中することはなかった。

 

「大丈夫ですか、二人とも!」

「僕はなんとか……!」

「私も、問題ない。だが、何故入り口の外にケルベロスが――ッ、後ろだ!」

 

 振り返ったイリスティーラが動く前に、彼女が立っていた場所に銀の炎が落ちてくる。

 ――無事を確かめている暇はなかった。振り下ろされた爪を魔剣で受け止め、そのままでは力負けすると確信し、どうにか受け流す。

 イリスティーラとの繋がりは断たれていない。あらかじめ保険を掛けていたのだろう。

 寸前で煙と消えていたらしいイリスティーラは魔族の背中に姿を現し、鋭いトゲのように変化させた左腕を突き刺した。

 

「 ――――――――ッ! 」

「チッ……」

 

 三つの首全てが目を開き、吠えながらも体の表面に銀の炎を立ち上らせる。

 寸でのところで飛び退いたイリスティーラ。ゼクセリオンの上で聖剣を構えるクイール。二人を左右の首が捉え、正面に立つ僕を、中心の首が見下ろしていた。

 これが――ケルベロス。冥界の番犬たる、強大な魔族。

 ぶつけられる敵意は尋常ものではなかった。

 相対してみれば、勝算は薄いと断言できた。クイールとイリスティーラは当然全力で、その上でリッカがいる万全な状態の僕でようやく太刀打ちできる存在。

 バラルバラーズには勝てた――そんな思考は気休めにしかならない。彼に勝てたのは、試練ゆえの束縛があったことも大きな要因だったから。

 

「ネクリナの魔力を喰らって余計に強くなったか……こんな時に……!」

「 ――――――――! 」

 

 大きく開かれた口から炎が零れる。

 それを躱し、眉間に向けて放った弾丸では威力がまるで足りないようで、命中したにも関わらず怯んだ様子さえ見せない。

 爪も、牙も、そして炎も、いずれの威力も凄まじい。ただの一度でもまともに受ければ、アッシュの外装を纏っていたとしても防ぐのは厳しいだろう。

 帯びた冥界の魔力は、あのアラクネを喰らったことでより濃くなっているのだろう。

 どうしてケルベロスが冥界の外に出て、アラクネに襲い掛かったかなど分からない、今はそんなことを考えている場合ではない。

 

「……仕方ない。私が引きつける。そうしている間に、キミたちはリッカくんたちを探したまえ」

 

 かなり厳しい状況に、どうしたものかと思っていれば、イリスティーラが一歩前に出て言った。

 ――その提案が何を意味するか。倒すどころか、時間を稼ぐことすら難しい相手だ。

 彼女一人でどうとなるものではない。

 

「イリス! そんなこと……!」

「ここで全滅する訳にもいかないだろう。なに、逃げに徹すればそれなりに生き残れる自信はある――折を見てそちらに合流するさ」

「けど……」

「ユーリくん。優先順位を考えたまえよ。キミが最も大事にしているものはなんだい?」

 

 僕がその選択を受け入れざるを得ない言葉を、イリスティーラは知っていた。

 ここで全滅覚悟で戦って、リッカたちを助けられるのか。

 イリスティーラが僅かでも時間を稼げるというのなら、最善はそれに任せて先に進み、僕が全力を出せる状態を整えること。

 だから――――

 

「っと、待って待って。そこまでです三人ともっ」

「痛いっ!?」

 

 そんな選択をしようとした直前、ガチャンという強い音と共に開かれたゼクセリオンの内部への扉がクイールの背に叩きつけられた。

 飛び出してきたのは、カルラだった。

 そのままバランスを崩して転げ落ちかけ、クイールにギリギリのところで腕を掴まれる。

 もう片方の手には、あの三枚の招待状があった。

 

「“冥界の番犬”は、賓客には襲い掛かりません。ほら、これ。これですよワンちゃんっ」

 

 銀のカードが、ケルベロスの纏う炎に照らされて光る。

 そちらに大きな六つの瞳が暫く向けられていた。

 

「……」

「……」

「……」

「 ―――――――― 」

 

 敵意が膨れ上がったらすぐにカルラを守れるように構えていた。

 しかし、結局飛び出す必要はなく、短く唸ったケルベロスはあらぬ方向を向き、茎のような足場を蹴ってどこかへと去っていく。

 

「……はぁ」

「――カルラ。そういうことは先に言ってくれない?」

「冥界についたらわたしも戦うって言ったじゃないですか。なんだか知らないけどあの中、揺れまくるんですもん。もしかしたらと思って外見てみたら、案の定こんなことになっていて」

 

 これは戦うとかそういう話じゃないですけど、と続けながら、カルラは下りてくる。

 つまるところ、ケルベロスが襲い掛かってきたのは僕たちが招かれざる客であったから。

 招待状があり正式な客であるならば戦う必要はない。まるでそういう命令を受けているかのように、ケルベロスは敵意を霧散させた。

 ……ワンちゃんって。確かにその外見は三つ首の犬なのだろうが。

 

「えっと……ひとまず、どうにかなったんですかね?」

「九死に一生……というほど、限界な状況だったとは思いたくないがね。ここからが本番だってのに」

 

 イリスティーラの冗談とも思えない冗談。

 クイールがゼクセリオンをこちらに近付け、停止させると、内部からリヒトも顔を出した。

 

「いつつ……ケルベロスはいなくなったのか……?」

「うん。カルラのおかげで。……リヒト、大丈夫?」

「頭ぶつけただけだ。気にすんな。それで……着いたみたいだな、冥界」

 

 茎のような乾いた足場に降り立ち、リヒトは周囲を見渡す。

 ……不思議な空間だ。まさに地底世界というイメージがしっくりくる。

 森の真下、木の根が張り巡らされ、立体的な迷宮を形作ったような空間に、僕たちはいる。

 ムルゼ霊山の氷の領域のように、閉塞的な印象は抱かない。足場が不安なだけで、果てが見えないほどの広さがある。

 ここのどこかに、リッカたちがいる。それらしい魔力の反応や、目印に出来るようなものはなかった。

 

「ここはキミが一度来たのと同じ領域で合っているのかい?」

「ああ。他も同じような景色だったら見分けは付かないが……こんなんだった。どこが入り口で、どこが出口かも分からねえ、一度入ったら出すつもりのない空間だよ」

 

 一度進み出せば、たちまち今どこにいるのか判然としなくなるだろう。

 踏み入れば出ることの叶わないという、冥界の性質。

 氷の領域では視線を浴びたものを石化させる“ソロ”が、決して脱出を許さない門衛として機能していた。

 ――振り返ってみると、すぐ近くにあった筈の出口……外に繋がっていた筈の道はなく、枝の先端のように細くなり途切れている。

 それが、この領域の性質。踏み込んだ者を迷わせ、出られなくする迷いの森。

 

「前の時は、どうやって出たの?」

「無我夢中で走り続けた。必ず出口はあるってことなんだと思う。入り口が出口じゃなくなるってだけでな」

「こんな広い領域を走ってケルベロスから逃げ回り、出口を見つけ出したと。それはまさしく奇跡だろうね」

 

 人では及ばない魔族がいる場所で、なんの手掛かりもなく、どこかにある出口を見つけ出す。

 まさに奇跡が必要なのだ。大切な人を取り戻したいならば、まず見つけ、その上で魔族から逃れながら出口に辿り着く奇跡が。

 

「カルラ、出口は分かる? あと、リッカたちがどこにいるかも」

 

 しかし、今に限っては僕たちには手掛かりがあった。

 この冥界で生まれたというカルラ。

 もしかすると既にこの領域の記憶なんてないかもしれないけれど、今の僕たちが唯一、頼りに出来るものだった。

 

「……どちらも、何となくしか分からないです。ですから、聞きに行くべきかなと思います」

「聞きに行く……? 誰に?」

「この冥界の主にです」

 

 当然か、とは思った。招待状を用意したのはこの領域に由来する、何らかの力ある魔族。

 真っ先に考慮すべきは、この冥界の主として君臨する何者かだ。

 それを聞いて一際強く動揺したのはイリスティーラ。

 

「……本気かい? 大いなる混沌より分かたれし八つ……その内の一つに謁見しろって? ……まさかとは思うが、“それ”がそのふざけた招待状を送りつけてきたんじゃあるまいね?」

「そのまさかです……というとちょっと語弊がありますけど。この領域にいるのは、かつて分かたれて誕生したその本人ではありませんから」

 

 何の話かは分からなかった。

 混沌――そう聞いて思い浮かべるのは、バルハラだ。

 そういえば、バルハラはどうしているのだろう。

 カルラはこうして外に出てきたが、変わらずリッカと共にいるのだろうか。

 

「ずっと管理者の変わらない他の冥界と違って、ここだけは、管理者が何度か変わっているんです。永遠を捨てて、極めて長い有限を尊び、己の終わりに玉座を明け渡すことを選んだ――そういう領域です」

「冥界の管理者が変わる、だって? 聞いたことがないぞ、そんなこと」

「生者が知れる手段がないですもん。わたしみたいに本能にそういう知識が根付いている訳でもなし……この冥界にちなむ者だけが、知っているべきことですから」

 

 イリスティーラの疑問に答えながらも、カルラは手元の招待状をまとめて握り込む。

 蔦も使わず、アルラウネとしての能力を行使しなければ、僕にも劣るほどの弱い力で。

 その手の中に銀の光が灯り、呼応するように招待状が強く輝いた。

 

 次の瞬間――パキン、という音が響き渡り招待状は砕け散る。

 僕たちが立つ乾いた茎のような足場に落ちたそれらはたちまち溶けていき、そして足場は鈍く光り出し、大きく揺れる。

 

「おっと……!?」

「な、なんだ!?」

「か、カルラ、何したの!?」

「動かないでください、三人とも。すぐにこの樹が、連れて行ってくれます。リッカたちの居場所を知る者のところに」

 

 カルラが樹と呼んだ足場は、ゆっくりと動いていた。

 周囲の同じような細い道もまた同じように蠢いて、景色が徐々に変わっていく。

 

「そこからは……“皆さんらしく”で良いと思います。冥界だからって、怖じる必要はありません」

 

 張り巡らされた木々の間を通り抜けて、何処とも知れない場所へと向かう。

 バランスを崩して転げ落ちないことが不思議なほどだった。奇妙な魔法でそのようになっているのかもしれない。

 

 ――La――La――La――La――La――LaLa――LaLa――

 

 ……やがて聞こえてきたのは、歌声だった。

 一つではない。かすかな声量のものが、無数に重なったもの。

 合唱と呼べるほどではなかった。それぞれが好き勝手に歌っているそれは、しかし不思議な程に調和されている。

 その歌声を意識していれば、たちまち平衡感覚を失われてしまいそうだった。

 

「これは……」

「……アルラウネ?」

 

 通り過ぎていく枝々の上に乗り、或いはぶら下がり、楽しげに歌うのは緑の魔族たち。

 己の蔦を絡ませ、自らが葉となるように乾いた樹を彩る彼女たちは、全てがカルラの同族だった。

 こちらを真顔で見つめてくるもの。今にも飛びつかんばかりの笑顔を浮かべるもの。興味がないかのように、他の個体と向き合うもの。

 そのすべてが等しく歌っていた。

 

「……ラ、ラ、ララ……」

「カルラ……?」

 

 それにつられるように、思わずといった様子で、気付けばカルラも歌を口ずさんでいた。

 名前を呼べば、カルラは我に返ったように口を閉じる。

 

「……いけない、いけない。本能ってのはこれだから……大丈夫です、ユーリ。わたしは――」

 

 歌に囲まれる中で、見えてきた。

 無数の木々が一つに集まり、根が絡み合う広場が。

 

「――何があっても、ユーリとリッカの味方ですから」

 

 気付けば、今立っている足場は――そして、周囲の樹もまた、鮮やかに輝いていた。

 先程までの乾き色褪せた状態とは違い、冥界という領域に似つかわしくない、瑞々しい生命力に満ちた色。

 透き通って内なる輝きで外を照らすその樹木を、僕たちは見たことがあった。

 聖都に赴いたことがあるならば、誰であろうと強く印象に残るだろう、あの都市の象徴。

 

 輝ける結晶樹。

 他の場所では見たこともなかった木々が、この冥界には群生していた。

 広場の中央には、結晶の根が集まり、樹の玉座が作られている。

 その玉座に座る何者かが、僕たちを見上げていた。

 

「よくぞ来た。勇気ある者たち」

 

 白にも、光の加減で虹色にも見える髪を伸ばす魔族。

 手足に絡み付く蔦は、周囲の輝く樹木と同じ光を帯びている。

 ――圧倒的だ、とは感じなかった。ケルベロスを前にした絶望感はなかった。

 けれど、体の芯まで冷えるような不気味さがあった。彼女と絆を結んではいけないと、直感が訴えていた。

 

「この来訪、運命の到達。余とこの世界は歓迎しようぞ」

「キミ、は――?」

 

 

「余は、ネルガル。この冥く冷たい世界に在りて、そなたらの死後を預かる者よ」




【冥界】
いずれも、踏み入ることは方法さえ知っていれば容易いが、出るには難い性質を持っている。
領域の性質はさまざま。ムルゼのそれはかつては多様な顔を見せる領域だったようだが、主が去ってからは静寂と冷たさの中で魂を枯らす氷の領域(コキュートス)のみが残されている。
ユーリたちが踏み込んだのは森の領域とでも呼ぶべき世界。
感覚に訴えかける迷いは決して絶対的ではなく、尋常ならざる根性のもと、森に転がる宝石を見つけるような奇跡を何度も繰り返せば、失せ物も出口も見つかるだろう。
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