凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
僕たちをここまで運んできた樹は、結晶樹が絡み合って出来た広場に埋まってその一部となる。
前方、玉座に腰掛ける、ネルガルと名乗った魔族に警戒する様子はない。
自然体でくつろぎ、微笑む彼女の歓迎に偽りはない。
そして――周囲の木々にいる無数のアルラウネたちもまた、負の感情よりは喜びや楽しさといった感情の方が強かった。
――向けられる感情を、可能な限り無視する。
それらを意識していれば、遠からず気が狂ってしまいそうだった。
――La――La――La――La――La――LaLa――LaLa――
歌声に囲まれる中で、ネルガルと対峙する。
歓迎されていようがいまいが、どうでもいい。
今、何よりも重要なことは、リッカたちを取り戻すことだ。
「……リッカたちはどこ? キミの方に用事があるなら、それを聞いても良いけど、先にリッカたちを返して」
「……ふふ。豪胆、そして不遜。そうでなくては。魔族を……我ら超常をも恐れぬ勇ましさ。それこそ余が憧れ、夢見た可能性の輝きよ」
その見せかけではない、本物の好意はただただ不気味だった。
まともに感じ入っていたくない。一刻も早くリッカたちと共に、ここを出たい。
「一つの時代に、二つの勇者。手を取り合い、四つの試練を成し遂げる。実に良い、夢物語の如き筋書き。そしてそなたたちは今、余の冥界に立っている」
「……話を聞いてくれないかな」
「ああ、そなたたちから“預かった”女子どもか。そなたたちが来た以上、不要ではあるが……ふむ」
唇を手でなぞりながら、彼女は考え込む。
如何にこちらに好意的であったとしても、大人しく要請に頷くとは思えなかった。
魔剣を強く握り込む。向こうが、何を言い出しても良いように。
「ただ、はいどうぞと渡すだけではつまらぬな?」
「ッ」
「ユーリ」
魔剣を振り上げようとして、カルラに制される。
撃つなとでもいうのか――目を向ければ、カルラの眼差しは、どこか穏やかだった。
ネルガルに対して、敵意もなければ嫌悪さえ見せていない。ひどく落ち着いた様子を――どこか、不気味に感じてしまった。
その、知らない雰囲気のままに、カルラは一歩前に出る。
ネルガルは目を細め、それまでとは異なる感情をもってカルラに微笑んだ。
「――久しいのう、カルラや」
「……はい。お母様」
その言葉には慈愛があった。
どうしようもないほどの愛があり、そしてカルラもまた、躊躇いがちにそれに応えた。
「カルラの……お母、さん……?」
「うむ、うむ。こういうべきかの? 改めて、余はカルラの母、ネルガル。――我が娘が世話になっておるな、勇者」
「……カルラ?」
「ええ――間違いなく。いつか少しだけ、話したことがありましたよね。もう最後に見たのはずぅっと小さな頃、ですけど」
少しだけ曖昧に、それでも確かに覚えている、母の姿。
――母との再会。それは、どういう感情をもって受け入れるべき出来事なのか、僕にはわからない。
ホープとクイールの再会は、普通の形ではなかったと思う。
そして今のカルラも、本来抱くべきなのだろう喜びを抱いてはいなかった。
「母親……つまり、キミ――この冥界の主であるネルガルは、アルラウネだというのかい?」
僕たちが動揺から立ち直る前に、イリスティーラはネルガルに問いを投げる。
「うむ。既に死した、遠き彼と同一ではないがの。余はこの玉座を継いだゆえにネルガル。元はきらめく結晶樹に宿りしアルラウネよ」
「結晶樹のアルラウネ……? 聞いたことがないな。あの樹がアルラウネとして芽吹くなんて……」
「なれば余が唯一なのではないか? まあ、どうでもよかろう。そなたたちと対するのはアルラウネとしての余ではなく、あくまでネルガルとしての余であるがゆえに」
過去のことなどどうでもいいと、ネルガルは軽く流した。
イリスティーラの疑問が何を懸念したものなのかは分からない。
少なくとも、今重視すべきことではないだろう。何よりも、まずはリッカたちを取り戻さなければ。
「あんたが何なのかはどうだっていい。妹を……トーカをここに連れてきたのはどういう理由だ」
しびれを切らしたように、リヒトが尋ねる。
何が面白いのか――ネルガルは喉を鳴らすように笑った。
「あの時、俺はトーカを連れ帰った。囚われなかった以上、付け狙われる理由もねえ。違うかよ」
「ふ……然り、然り。余は運命を乗り越える力を蔑ろにはせぬ。ヨミの奴であれば決して逃がさぬだろうが、かつてそなたたちが成し遂げた偉業は、誰よりも余が認めよう」
「なら――」
「そう。それなら、
――ネルガルの態度には、隠しきれない期待があった。
格下の抵抗を楽しむ目だ。しかし、相手を蔑むものではない。
その期待を感情を、知っていた。いつか僕は、それを浴びたことがあった。
祭りの町での演劇を楽しむ、観客の目だ。空想に一喜一憂する、子供のような感情だ。
「生きとし生けるものの可能性を、余は愛する。余は見たい。冥界に落ちたそなたたちが、どのように我が舞台を彩り、魅せてくれるのか」
「そんな……ことのために、リッカたちを……?」
「余は決して全能ではないが、死に近しき者は手繰りやすい。余の見たい者たちの周りに都合よくいたゆえに、な」
「――――」
「ユーリっ!」
そのような遊びに、リッカたちを、僕たちを呼び込むための餌として使ったと。それを自慢げに話されて、耐えられる訳がなかった。
気付けば魔剣を砲に変え、その引き金を引いていた。
放たれた魔力の弾丸はネルガルへと真っ直ぐに飛んでいき――その寸前で二つに分かれ、たちまち霧散していく。
「――無粋であったならば、どうかご容赦を。その座に在る尊きあなたを襲う凶弾を見て、なお黙するほど、鈍い刃ではありませぬゆえ」
「良い、許す。そなたもまた、この舞台に上がる者の一人。思うように動け」
凄まじい速度で僕たちとネルガルとの間に現れ、弾丸を切り裂いた魔族の外見にある特徴には、覚えがあった。
金の装飾がまばらに散る装束を纏う、浅黒い肌。長い黒髪と、猫のような耳と尾。
同じ特徴を有する魔族を知っているものの、放つ雰囲気はまるで異なる、刃の如き鋭さ。
右手に片刃の長い剣を持ち、左手にこれまた長く捻じれた杖を持った、果たしてそれで満足に戦えるのかと疑問に思うほど特異なすがた。
その戦闘能力の高さは、剣をぶつけるまでもなく伝わってくる。
スフィンクスとして、“彼女”とは異なる方向性に己を磨き上げた、或いは“彼女”の数段先を行く一つの完成形だった。
今の状態で、勝てる見込みは薄い。それでも――そうだとしても。
「……邪魔をしないで」
「舌が断たれんほどの愚問ですが、あえて問いましょう。私が今、妨害をしなかったことで、あなたが目的とすることに繋がると思うのですか?」
「そうじゃなかったとしたら、好き勝手を許せって?」
「そう言っています――なおもその剣……剣……? ――を下ろさないと。であるのならば私の応答も一つに限られるというもの」
自然体、しかし、そこに隙はない。
どの道彼女を倒せなければ、リッカを見つけることさえもままならないというのなら。
――素早い相手だと判断し、魔剣を持ち直す。
いつでもその敵意の増大に反応できるよう、神経を研ぎ澄ませて――どちらが動くよりも前に、カルラが僕たちの間に立った。
僕を庇うように手を広げるカルラに、スフィンクスは僅かに困惑を見せる。
「……ミントのアルラウネ。どういうつもりです?」
「今のユーリがスフィンクスであるあなたに敵いっこないので、庇ってるんです。わたしたちは冥界に戦いに来たわけじゃありません。リッカたちを連れ戻しに来たんです」
「カルラ、どいて」
「落ち着けって言ってます、ユーリ。何も考えずに突っ込もうとしないでください。今わたしたちの前にいるお母様は、この領域の主なんですよ」
倒してでもリッカを取り戻す。その心意気だった。
しかし、カルラの考えはそうではないらしい。
勝てない相手――そうした魔族と、これまで何度も戦ってきた。カルラもまた、それを知っている。
知っていて、なおも勝てない相手だと、カルラは思ったのだ。少なくとも、リッカのいない今の僕では。
「……お母様」
「ふむ……?」
「今でなくては、ならないのですか? ユーリたちは四つの試練を踏破し、魔王様のもとまであと一歩に迫っているのです。あと少しで世界を変えんとする今――本当に、お母様がこのようなことをする必要が?」
「ああ、うむ。今やらねばならぬ理由か。無論、あるぞ。ゆえにこそ、余は冥界の基本則を動かしてまでこの舞台を整えたのだからな」
ネルガルに対する、理由の追及。
その必要性は、確かにあった。けれど、最優先ではないと思った。
どういう理由があろうとも、リッカたちを連れ去ったことには変わりなくて――そして彼女は、言葉では満足しないという確信があったから。
「それは、一体?」
「退屈、そして期待」
「え……?」
「余にも娯楽はあるが、娯楽と娯楽の合間に積もる退屈は如何ともし難い。しかし、余が鬱屈としている内に世界は変わろうとしているではないか」
ネルガル自身の口から告げられたのは、やはり“魔族らしい”理由だった。
「世界の変革、運命の確定を否定はせぬ。だが、世界そのものを舞台としながら余は蚊帳の外などと、あまりに酷かろう? “魔王”に領地を貸し与えてやった以上、余にも演者として舞台に上がる権利があって然るべきではないか」
「……魔族ってのは、これだから」
「そなたもそうであろうに、エルフ。長命とは退屈との戦い。それを悟るほど生きてはおらぬか?」
「生憎、退屈とは縁遠い生活を送っていてね。だから同意はしてやれないよ」
「なんとも、羨ましいものよ。だがまあ――うむ、それだけの話。余は退屈に飽いた。ゆえにこの一時、身勝手を起こすことにした。そなたたちという、死と冥界に抗い得る者たちを集めてな」
我儘を言う子供のようで、それにしてはスケールの大きすぎる話。
この世界は変わろうとしている。魔王による勇者の使命は、終わろうとしている。
しかし、その中にあって自分には席がない。それでは不満だと、脚本に手を加えて自分を舞台に上がらせた、と。
言ってしまえばたったそれだけの話――ただそれだけの理由で、彼女はリッカたちを冥界に呼び込んだのだ。
身勝手という自覚があっての行動、それで冥界の主という存在が干渉してくるなど、普通はあって良いことではない。
それでも、実現してしまえる。カルラの母だという、あのアルラウネはその規模の存在なのだ。
「……あんたが何を言いてえのかは、分からねえけど分かった。それで、俺たちにどうしろってんだよ」
「余を楽しませよ。
「結局――そういうことじゃないですか」
ほんの少しの呆れと共に、クイールが聖剣の光を強める。
ネルガルは、僕たちに自由に足掻けといった。つまり、この場で戦うという選択肢も、存在する。
やはり、クイールの回答も僕と同じ。不可能に近くとも、やらなければならない。
「……焦り過ぎではあるが。ひとまず――そこのスフィンクスだけはどうにかしないとね」
「出来ると?」
「やるしかないのだろう?」
ネルガルをどうにかするならば、どの道あのスフィンクスから倒さなければなるまい。
まずは彼女を全力で撃破する。リッカたちの居場所を改めて聞くのは、それからだ。
「ユーリ――」
「大丈夫、カルラ。僕たちは、負けないから」
「……利口な判断をさせようとしたわたしがバカでした。仕方ないので、わたしも付き合います」
ともすればカルラは、誰よりこの状況の危険性を知っているのかもしれない。
だが、そんなカルラの手を引いて、付いてきてもらう。
ネルガルに手を上げることそのものについて、カルラが躊躇っている訳ではない。ゆえに、僕たちが確たる意思を示せば、こういう判断をするという信頼。
カルラは、僕の知る通りの、カルラらしい選択をしてくれた。
安心で、思わず笑みが零れる。しかし――
「ん? ああ、それはならぬぞ。自由にせよとは言ったが、配役は選ばせぬ。カルラや、そなたは
「え――」
それに、ネルガルは何を言っているのかという表情で待ったをかけた。
虚を突かれたように止まったカルラの足首に、結晶の蔦が絡まったのはその直後。
「ッ!」
伸ばしていた手が振り払われる。それは、カルラが自身の危機を感付いたから。
離れて一秒、蔦は猛然とカルラを覆い、ネルガルの方へと引き寄せていく。
「カルラ!」
「させません」
結晶の蔦を断ち切ろうと振るった魔剣を、細身の刃が受け止める。
ならば、クイールたちに――頼もうとして、スフィンクスが剣と共に振るった杖から放たれる無数の光弾が、彼女たちの動きを阻んでいる様子を見る。
「我が主」
「構わぬ、行け」
「ぐっ……!?」
ほんの僅か、クイールたちに意識を移したことを、隙と見たのか。
大きく振るわれた刃が魔剣に叩きつけられ、体が浮いた。
体勢を整えようとするも、今の形態では炎で制動することも出来ず――吹き飛ばされた先にいたリヒトに受け止められる。
「っとと……ユーリ――!」
「ごめん、リヒ――」
「それでは、あまりに遅い」
立て直そうとして、眼前に現れたスフィンクスの対処をする前に、足場がないことに気付いた。
「なっ……」
いつの間にか、絡み合った樹の根が揃って僕たちを避けたように、足元に開いていた空洞。
それは僕を、リヒトを、スフィンクスを、まとめて冥界のさらに下層へと誘うものだった。
「ユーリッ!」
「ユーリくん!」
伸ばした手は、カルラにも、クイールたちにも届かず。
すぐに穴は閉じて、完全な真っ暗闇に包まれた。