凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
――ああ、これは夢だと自分で理解するまでは早かった。
この手の夢を見るなど、いつ以来だろう。
自分を客観的に見ている。思考の整理の意味合いにしても些か特殊な夢のかたち。
夢だという自覚もなく、過去を主観的に繰り返す夢ならば、ここ数年でも何度か見ている。
だが、これはきわめて珍しい。
あまり好きなかたちではなかった。元より夢を見るなど碌でもないことだと思っていたが、こうして過去の自分を長々と見せられることのなんと不快なことか。
とてもではないが褒められた生涯を送っている訳ではない私からすれば、こんな回想は一種の拷問だ。
「ああ、クソッ! また失敗だ! この程度の変化じゃ話にならないっ!」
部屋の隅で壁に背中を預け、かつての私に呆れを覚えながらも見つめる。
なんとも……まあ、ひどい見てくれだ。正直なところ、目を背けたくはある。
だが、見ても見なくても変わりはない。どうせ夢だ。この、“客観的”な私が何をしたところで、夢の内容に変化はない。
起きた後に覚えているか覚えていないかなんて、今は分からない――忘れたければ、起きた後に処置すればいい。
しばらくはこの拷問に甘んじようじゃないか。
「何が時妖精だ、馬鹿らしい……! あれの性質は妖精そのものではなく土地に根付いた時狂いだと、少し考えれば分かるだろうに! 一ヶ月前の自分を嗤ってやりたいな、まったく!」
すごい独り言だな、私。もしかして普段、こんななのだろうか。
しかし……時妖精か。あれに目を付けたのはいつだったかな。
結局名前の割にはただの妖精と変わりない、関わるだけ無駄な存在だったから、印象にさえ残っていなかった。
大胆に時間を無駄にして、ああして癇癪を起こしたんだったか。
数日寝ることもなく、無駄に消耗した結果、何も残らなかった時、私はいつもあんなだった。
……いや、まるで幽鬼だな。あそこまで痩せ細っていたか、私。
髪もぼさぼさだし、服も部屋も碌に頓着していない――いや、これは今もだが。
見開かれた爛々と光る瞳は、自分で言うのもなんだが狂気的だ。
自分が執着しているものを、今も否定するつもりはないけれど、あれを見れば他の
「っ――!」
……おっと、危ない。
怒りに任せて投げられた試験管が、近くの壁に叩きつけられ、粉々になった。
中の液体が衝撃に反応し、辺りに刺激臭を放つ――んだったな。嗅覚がないタイプの夢で良かった。
「ッ、げほっ、ごほっ……!」
かつての私も、そのままではいられず、閉め切られていた部屋のカーテンを乱雑に開き、窓を開け放つ。
換気をしながらしばし咳き込み、苛立った様子で窓の外に目を向けるかつての私。
その目が外のある一点に向けられて――怪訝な表情で止まった。
何を見たのだったかと気になり、同じように外を覗き込む。
――――ああ、この日だったのか。
今更、なんでこんな日のことを夢に見たのかは分からないが、忘れた頃に思い返す出来事としては相応だ。
その部屋の窓からは、庭の外……人通りのない聖都の裏路地を見下ろすことが出来る。
ただし、一方的にだ。この屋敷にはいくつもの認識阻害の仕掛けを施してあり、外からはただの“近寄り難い”空き地でしかない。
その内部に教育によくないエルフが住んでいるということは、多くの聖都の民が知っている。
だからこそ、ここには余計に近付かないし、子供たちにもそう教えているらしい。
けれど、まあ……好奇心で近付くものだって、当然いる。
大抵は何もない、何故か入れないよう結界の張ってあるだけの空き地にがっかりして去っていくのだが。
――彼女は、違った。
「……」
たまたまそこは、立ち止まって、特定の角度から見上げれば内部が見えるという、仕掛けの隙間だった。
張り直した時に雑にやったのがいけなかったのだろう。
場所と、方法を知らなければなんの問題も起きなかった筈の小さな穴を、当たり前のように見破ったそいつ。
この時の私と同じくらいに痩せていて、顔色も悪く、サイズの合っていない襤褸のような布きれを着た子供。
聖都に浮浪者がいるという話は聞いたことがないが、もしもいるとすれば、それらの方がずっとまともな格好を出来ているだろう。
とにかく、この部屋を――私を見上げているのは、聖都に生きているとは思えない、異常な存在感を持った子供だった。
「……チッ」
それを不快に思ったようで、かつての私はふらつきながら部屋を出ていく。
確かこの後……打ち込んだ因子の変調でぶっ倒れたのだったか。
どうしようもない出会いに、馳せる思いもなかった。
――景色は移り変わる。
無駄に広い庭に椅子を出し、日光に肌を晒す私がいた。
体の一部が灰化しては元に戻り、不安定な様子を見せている。
これは覚えている。
手に入れた因子はデイウォーカーを実現しているような規格外な個体のものではない。
日光の下にいるだけで弱体化し、じわじわと肌を焼かれる、ごく普通の“夜の支配者”のものだ。
だからこそ、ああして座っているだけで変化が起きる。取り分け分かりやすく、人型であることも相まって拒絶も少ない、素直な因子といえた。
……しかしまあ、これも客観的に見るとひどい光景だな。
屋敷に入ってくるような者なんて絶無と思い込んでいたとはいえ、一糸纏わずとは如何なものか。
何をするでもなく、ただ体の変化を見て、無気力に影響を考察する無為な時間。
それは、唐突に終了する。
「……」
「……」
あれから、結界をはじめとした仕掛けは再度張り直した。
しかし、そいつは再び、今度は出入り口として定めていた意図的な穴を潜って、敷地に入り込んできた。
「……なんで、はだかなの?」
「……自分の家でどんな格好をしていようが勝手だろう。そういうお前はなんだ? 盗人でもなければそんな場所から入ってきた理由がつかないぞ」
「だってここしか開いてなかったんだもん」
「……何故看破できる? 人間の子供が見極められるような仕掛けを施した覚えなんてないよ」
「うーん……なんとなく? そこをくぐれば、入れる気がしたから」
にへら、と笑ったそいつと初めて話して抱いた印象は、他の大半が抱いたのと同じだろう言いようのない不気味さだった。
そのままそいつは警戒なく、日光浴に勤しむ私の近くまで寄ってきて地べたに座り、大事そうに抱えていた、見るからに硬く乾燥していそうなパンを齧り始める。
「……なんだい、その粗末なパンは。そんなもの、聖都じゃ売ってる場所を探す方が難しいだろう」
「……? そうなの? パパがいつも買ってきてくれるの」
「……その服は?」
「ママがね、お布団のシーツから作ってくれたの」
……しかし、こうして今聞いても苛立つ話だな、これは。
もう色々と過ぎたことだ。それに、あの子自体が気にしていないから、私も口に出すことはないものの。
人間の子供では噛み切ることすら難しいパンと格闘する様子は、見ていて気分が悪くなる。
これを、彼女が不遇と思っていないことは明白なのがより不快だ。
しばらくの間、それを見下ろしていたかつての私の視線に、やがてそいつも気付く。
「……? おなかすいたの? たべる?」
「……」
首を傾げながら、歯形の付いたパンを差し出してくるそいつ。
腹をきゅるきゅると鳴らしながらも、一切の躊躇いはなかった。
それを見たところで、何かをするような善意なんて――その頃の私にはなかった筈だが。
……この時、何を思ったんだったかな。
そのパンを奪い取り、屋敷のキッチンから多少は“まとも”なパンを手元に転移させて、そいつに投げ渡したのだ。
「え……?」
「交換だよ。そっちの方が食べやすいだろう。何のために来たのか知らないが、それをやるから出て行ってくれ」
そうだ、そうだ。普通に邪魔だと思ったんだ。
そもそも侵入者なのだし、さっさと追い払いたかった。
エルフの子供なら多少荒っぽい手を使っても大して怪我もしないが、人間ではそうもいかない。
だからこれで穏便にお帰り願おうとか、そんな考えだった気がする。
「……っ! おいしいっ!?」
「そいつはよかった。今度は最低でもそれを買ってもらうようにしたまえよ」
……この頃に買っていたパンは、お世辞にも上等なものとはいえないものだった。
山ほど買い置きしておいた、日持ちするもの。味なんて二の次だ。食べられればそれでいい、そんなもの。
それを、涙を流さんほどに感激してパクつく姿を、ついこの前のことのように思い出せる。
……この時が、始まりだったな。
最初は厄介払いのつもりで、世話を焼いてやったんだ。
「ありがとう、おねーちゃん!」
「いや、礼は良いから早く出て……」
「わたし! わたしね、クイールっていうの! おねーちゃんは?」
「…………イリスティーラだ」
根負けして、というよりは、そうしないといつまで経っても帰らなさそうだったから。
ほぼほぼ強制で自己紹介を終えた後、ようやくあの子は帰ったのだったか。
たった数分の、嵐のような出来事だった。この後、何があったかは覚えていない。
ただ、交換と称して奪い取ったあのパンが、土でも齧っているような、とても食べられたものではなかったのは、覚えている。
まあ……誰でも予想出来ることだろうが。
安全に“餌”を貰えると分かれば、そこにまたやってくるというのは生物としての本能なわけで。
それから、度々クイールはやってくるようになった。
別に毎度毎度パンをくれてやっている訳ではない。
というか、私が屋敷の庭に出ているなんていうのがそもそも稀なわけで。
一応監視の魔法は追加しておいたのだが、最初の数日は庭をうろうろしてから帰っていくだけだった。
ここに来るだけで食事があるなどと、そんな虫の良い話があるわけないだろうに。
彼女は毎日毎日、懲りずに屋敷を訪れた。
真に根負けしたのはそれがしばらく続いてからだ。
やがて、「イリスー! あそぼー!」などと、屋敷に向かって声を上げ始めるようになり、堪らず出て行ったのが――私の最初の敗北だったと思う。
研究疲れで集中力が途切れていた。
パンを口に押し込んで黙らせ、溜息交じりに屋敷の中に戻り、背中にくっつくように付いてきていたクイールの侵入を許したと気付いたのは手遅れになってから。
その日からは、彼女も当たり前のように屋敷の中に入ってくるようになった。
私は面倒ごとが嫌いだ。もう好きにしてくれと諦め、絶対に入ってはならない部屋のみを伝え、屋敷に入ることを許可した。
どうせ求めているのは食事だ。キッチンなど自由にしてくれればいい。パンなどいくらでもあるのだから。
けれど――彼女の目的は食事のみではなかったようで。
なにかと私に付き纏ってきた。見ていても面白くもなんともないだろう研究を、傍で目を輝かせて見てきたり。
彼女が直感と、それから才能に溢れた化け物だというのは、なんとなく察していた。
そんなものを傍に置いていればどうなるか。
年単位を費やしてきたとある難題を、一言で解決されたことがある。
意気揚々と始めた希望への手掛かりの研究の破綻を、早々に指摘しやがったこともある。
理屈なんて話あっていないだろうに、とにかくそういうことに気付けてしまうのだ。
……いつか、そういうことがあった時に、お手柄だと彼女を褒めてやったことがある。
それは、彼女が生まれてから初めての、“褒められた”という経験だったらしい。
まあ……それを聞いたすぐ後のことだ。
彼女の両親と話を付けて、基本的にその子を屋敷で預かることにしたのは。
結局のところ、私は誰かとの関係に飢えているところはあったのだと思う。
最初から孤独であったのならば良いのだろうが、そうでない時があった以上、いつまでも独りでいられるわけがない。
それさえ忘れた筈の私に、想定していないどこぞから飛び込んできた、まったく新しい日常がクイールだったのだ。
眩しい“いつか”が離れていく。目覚めが近いのだろう。
少し前に見ていれば、不愉快なだけの夢だっただろうけど、今は違う。
あと少し――あと少しで、あの子が求める平穏な日常は、きっとやってくる。
そう、世界を変えるのだ。
魔王の試練すべてを超えて、魔王そのものを打ち倒し、勇者としての使命を終えて――――
「……キミは、誰だ……?」
「り……リーテ……? なに、言ってるの……?」
「ッ――――――――」
――目を開く。いつも通りの天井が、そこにあった。
「……チッ、くそ……クイールのだけで、いいだろうに」
「僕がどうかしたんですか?」
最後の最後に、
何故かベッドの傍にクイールがいた。寝言とか言っていないだろうな、私。
「……なんでもないよ。どうしてここに?」
「朝ごはん出来たので、起こしに来たんです。おはよう、イリス」
「ああ、おはようクイール。今朝の卵は焦がしていないだろうね」
「……えへへ。ちょっとくらいの失敗はご愛敬ですよね。イリス、ターンオーバー派でしょう?」
「紛うことなきサニーサイドアップ派だよ、私は」
起きてみれば、この通り。
勇者との会話とは思えない、他愛のないにも程があるやり取り。
まったく……冥界で大きな戦いを終えた翌日とは思えない空気だが、それが安心できる。
仮初だろうがなんだろうが、それは日常というものだから。
……にしても、卵の焼き加減にはどうしてその才能が働かないものか。
ホープでさえ私好みの半熟は修得したというのに。
【イリスティーラ】
二十年ちょっと前までは結構荒れていた。
屋敷の外に出ることもそれなりにあったが、当然エルフたちとの折り合いは悪かった様子。
クイールと偶然のような偶然でないような出会いを果たしてから、数年で急激に絆されたらしい。
目玉焼きは半熟派。基本は大量に買い置きしたパンやレトルトだがそのくらいは作れる。
【クイール】
昔も今も、魔法の教育なんて受けていないので仕組みは分かっていない。
分かっていないが、屋敷の仕掛けは突破できた。才能の暴力。
目玉焼きは半熟派。ホープも半熟派。どちらもイリスティーラのそれを食べてきたのだから当たり前である。