凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法   作:けっぺん

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共犯のポールスター(2)

 

 

 僕は百代目勇者で、クイールは九十九代目。

 当然、その前には計九十八人の、報われることのなかった勇者がいる。

 それらがどんな存在であったか、知る機会はなかった。

 ラフィーナが言うには、そもそも魔族でさえ、全員を知っている者など恐らくいないという。

 

 多くの勇者は、生まれ育った村や町の外を殆ど知ることなく、野生の獣や魔族によって死ぬ。

 初戦試験官を乗り越え、そうした危険をどうにか潜り抜けても、四天王たちの試練を前に倒れることになる。

 それは、人間にとっても魔族にとっても共通の認識だ。

 時折、試練を幾つか突破できる飛び抜けた才を持った勇者だって現れる。

 だが、この千年間でムルゼ霊山に勇者が辿り着いたという記録は僕たちを除き存在しない。

 つまり、多くとも果たされた試練は三つまで。

 そこまで行けば、偉業と見なされた。人間のくせに見上げたものだと一目置かれ、魔族たちにはより苛烈に出迎えられることになる。

 そういう例はあったようだが――彼女はそこまでも、辿り着くことが出来なかったらしい。

 

「火と土、果たした試練は二つだ。おかしいだろう? 聖都で生まれ、聖都で育った私は、終ぞ水を突破することが出来なかった」

「水って……もう、リーテさんの時代だったんですよね?」

「そうさ――リーテ―――リーテリヴィア。クク、そうだ……あの男に、私は――!」

「ポラリス」

 

 沸々と滾り、膨れ上がる感情。

 僕たちには向けられていないものの、それが憎悪だということは、十分に伝わってきた。

 黄色い瞳が燃えるように揺れ、口角がつり上がりかけたところを、イリスティーラが咎めるように名前を呼ぶ。

 

「キミが騒ぎを起こそうというのなら、私はすぐに追い出しても良いんだがね」

「……クク。やはり、良い。あなたの声は私の脳によく沁みる。どんな絶世の美酒よりも、私を酩酊させてくれる天上の名器だ」

「今すぐ出て行ってもらえないか。キミの熟成されきった性癖に付き合っている暇は私たちにはないんだ」

 

 ……さて。ここはイリスティーラの屋敷の一室、応接間である。

 この屋敷で僕たちが集まる場所として、ここはお約束の部屋となっていた。

 そもそも人が寄り付かないこの屋敷では不要なものだったが、イリスティーラが住み始める前からあったものらしい。

 そんな部屋に久方ぶりに招かれた客人たるポラリスは、瞳に陶酔の色を滲ませながらも、静謐とした佇まいを維持していた。逆にそれがひどく不気味に見えた。

 

「まあ……今は必死で耐えるとしよう。どちらも、ね。私としてはどちらに狂っても構わないが、それでは一向に話を前に進めることが出来ない」

「碌でもない話なら切り上げてくれて構わないが?」

「そう邪険にするな、イリス。祝福に満ちたこの聖都で狂い果て、封じられた私が、この姿で聖都にいる。益がないと切って捨てる訳にもいかない案件だろう?」

「……端的に話したまえよ。キミの言葉は昔からひどく冗長だ」

 

 苛立ちを抑えるように、イリスティーラは茶を口に含む。

 昔馴染みではあるようだが――ポラリスが一方的に好意を抱いているのみの関係なのだろうか。

 

「アイスブレイクというものだ。時代は移ろうもの――当たり前だが、初対面が多い。どういう人間なのかは知ってもらった方がいいだろう。……ところで私の方から一つ指摘をしたいのだが、彼女はアンデッドではないか?」

 

 ポラリスはその雰囲気を僅かに崩し、微妙な表情でナディアに目を向ける。

 庭にいるだけならばまだしも、屋敷の内部に招けば当然、ナディアとも会うことになる。

 ホープは早々に来客を悟り、どこかの部屋で大人しくしているようだが、ナディアは既に勇者の使命の関係者だ。

 

「ええ。見ての通り、アンデッドですが。補足するならば、元は勇者の使命が始まる前の人間です」

「ほう、人生の大先輩だったとは。一応問うが、味方なのだな?」

「その認識で問題ありません。戦うすべは手にしました――かれらと共に魔王とやらと戦う所存です」

「……クク、死者さえ受け入れる、か。私の目的とする話とはどうにも相性が良くないが、構うまい。お前たちの背を押すために、私は今日現れたのだからな」

 

 どこか楽しげに、ポラリスもまた、出されたカップに口をつけた。

 ……やはり、気になった。

 彼女がかつての勇者で、それがこの場に現れた。その理由は彼女の口から話されるのだろう。

 だが、それ以上に、彼女がさらっと口にしたことは、追及しなければ流されてしまう気がした。

 

「……さっき」

「ん?」

「さっき、“封じられた”って言わなかった?」

「言ったとも。自意識過剰でもなければ、事実と認識に齟齬がある訳でもない。私は勇者として死ぬことを許されなかった。自らの内にあるものを自覚してしまったばかりに」

 

 言いながら――ポラリスはリッカに目を向ける。

 僕の隣で、リッカが僅かに息を呑んだ。

 

「――私はね。当時、この聖都において名の知れた商会の代表だった。魔王なる存在が現れる前から続く名家だ。まあ、その歴史は私の代で潰えたのだろうが。だろう? イリス」

「……商会の名残は今もあるがね。キミの家がどうなったかは知らないよ。兄弟がいないなら潰えたんじゃないか」

「そうか。なら、駄目だな。……自分で言うのもなんだが、私はそれなりに何でもこなせた。しかし、エルフ混じりであっても、人間である以上は、魔族とは碌に戦えない。自明の理だった。それを知っているだろうに、試練をこなせ、などと」

「……何度聞いても、度し難いですわね。いつの時代も、魔族との力の差は、一人で埋めるものではありません」

「然り――ゆえにこそ私は絶望した。商会の代表として、人間として――生きていたかった。そんな自分なりの人生設計を、押し付けられた使命一つで台無しにされたのだ、と」

 

 ――同じことを、あの日の夜、きっと考えていたと思う。

 リッカとカルラとの当たり前。いつまでも続くと思っていた日常。

 それを、魔王から与えられた使命が終わらせた。当たり前は、当たり前ではなくなった。

 実際には、リッカにとってはその一年前から始まっていたそれを知らされて、一切恨まなかったなどとは言えない。

 あの時の未熟な僕の手を、リッカが引いてくれたから、今の僕がある。

 

「情けないものだったさ。はじめに水で叩きのめされ、火と土に逃げた。奇跡などなく、目も当てられない無様な旅だった。……外を行く商いの過酷さを、私はあの旅でようやく知った。危険を承知で人と人とを繋ぐかれらには、敬意を表さずにはいられない」

「私としてはキミがネシュアに辿り着けたことは奇跡だと思うが」

「その程度には、私の才能も捨てたものではなかったということだ、イリス。だが、聖都に戻り、もう一度水に挑み、敗北した。あの男との差は埋められないと、確信した」

 

 もう一度、ポラリスの目が揺れた。

 仄暗い感情が沸き上がろうとするのを、彼女は胸に手を当てて抑える。

 息をしているのかすら分からないほどの、静かで、細い呼吸で暫し自分を落ち着けて、自嘲するように笑った。

 

「……ようやくそこで私は、自分の憎悪を理解した。自分を取り巻く、ありとあらゆる理不尽に対する憎悪を」

「――――」

「下らない使命への憎悪。遠慮を知らない魔族への憎悪。試練を果たさせる気のないあの男への憎悪。私を差し置いて安穏と生きる人間たちへの憎悪。“何故私が”という絶望もまた、憎悪へと変じた」

 

 それを淡々と語る彼女は、ひどく狂気的だった。

 憎悪を押し殺しながら、憎悪を口にする理性が、彼女にはある。

 しかし――その理性で抑えられるほど、彼女の憎悪が小さいものであったとは、思えなかった。

 

「……結果、どうなったか。自らの内にあるもの。自らの根源。自らの真の姿を理解したのだ。その日、私は魔族を、聖都を、勇者の使命を呪う怪物に成り果て、聖都を脅かし――倒し得ぬ存在として、一冊の書物に封じられた」

「――『勇蝕写本』」

「その通り。あれは私だ。私の妄執が動かしていた、怨念の化身だ」

 

 思い出すのは、聖都の建造物を凌駕するほど巨大な、脈動する触手の塊。

 僕たちにとっての、事実上の水の試練。リッカの道を幾度となく阻んだあれは、かつて勇者が変じたものなのだと聞いた。

 当然、人間が普通そうなることなどあり得ない。

 その異常を実現させたイレギュラーの勇者こそ自分なのだと、ポラリスは明かした。

 

「聞いたことがあります。図書館の地下に封印されてるってやつですよね。えっと、あなたが?」

「まあ、過去形ではあるがな。既にかの書は存在しない。そこの最新の勇者たちと――リーテリヴィアによって消滅した」

「……ユーリくんたち、戦ったことあるんですか!?」

「う、うん……水の試練の時……」

 

 イリスティーラの工房に顕現したあれを相手に、僕たちはエルフと共闘することになった。

 そして、その際にリーテリヴィアに生まれた隙を突く形で、水の試練を突破した。

 その機会がなければ僕たちは、或いは水の試練を突破して聖都を出ることは叶わなかっただろう。

 あの戦いで、リーテリヴィアによって『勇蝕写本』は完全に消滅したと聞く。生憎、最後に気を失っていた僕は、その瞬間を見ることが出来なかったが。

 

「化けて出たのはかれらへの復讐かい?」

「いや? ああなってからの私には、自我などなかった。妄執がそこで潰えたというのなら、受け入れるまで。まあ、結果としてこうして残った意思が人の形を取り戻してしまった訳だが」

「残った意思、だって……?」

「亡霊にすらなれない程度の、消え果てた魂にすら置いていかれた残りカス。本来それだけでしかなかったが……つい先日、どういう訳か私は聖都の裏路地で意識を取り戻した。その理由を探って彷徨いつつも現代の聖都を観光していたのだが――」

「結構楽しんでいたんですね……」

 

 理由も分からず意識を取り戻し、それを受け入れて歩き回っていたと。

 ある意味、恐ろしい胆力だ。当時から生きているエルフはいると思うのだが、騒ぎにならなかったのだろうか。

 

「――お前だ」

「……」

 

 楽しげに、ポラリスはリッカを指さした。

 

「お前の内にある私が、私の呼び水になった。お前の内にある憎悪(こころ)が、私に叫んだ。お前の内にある、私と同じ根源(もの)が、私を叩き起こした。その自覚はあるか?」

「……知らない。責任を押し付けられても困る」

「逃避するな。お前は魔王を討ちたいと思っている。この中の誰よりも。世界中の何よりも。その激情は枯れてなどいまい? 燃え尽きず、燻ぶらず、今も燃え盛っているのだろう?」

 

 僅かに目を見開き、喜色を露わにして伸ばされるポラリスの手。

 恐怖にリッカが身を引く前に、動かざるを得なかった。

 

「……リッカを唆そうとしないで」

「止めるか、勇者。お前にその権利があるのか。この娘にある(もの)、否定する訳ではあるまい?」

「もちろん――けど、リッカの復讐心(それ)はリッカのものだ。キミに口を出されるべきものじゃない」

 

 リッカの内にあるもの。

 それにどうやって感付いたのかは知らないが、どうあれポラリスはリッカに共感を示している。

 リッカには自分と同じものがある。内にある炎は、より強く燃え盛るべきだ、と。

 けれど、そんなのお門違いだ。

 

「クク、なるほど……その色を穢されることが気に喰わないと。熟成された一人の意思を尊ぶか。それも良かろう。只事を成すのみならば、それは貫くべき矜持と言える――だが」

「ッ」

「ユーリ!」

 

 掴んでいた手を逆に掴み返され、引き寄せられる。

 近付いた黄色い瞳に宿った炎を燃やす狂気。

 そこには、手段を選ぶ気など毛頭ないという――リッカが幾度もの失敗を経て至った境地と同じものがあった。

 

「――とうに独りで事を果たせる機は過ぎた。ゆえの現状だろう? 独り善がりが幾度の失敗を招いた? 私が知っているのだ、お前が知らない筈がない」

 

 歯を見せて、ポラリスは笑う。

 こちらを嘲る意思など一切ない。あくまでも、そこにあるのは一種の共感。

 リッカの内にあるものをより深く、より熱く燃やせと求める狂気のみ。

 

「口を出すな、だと? それこそ今更ではないか。私とお前たちは、既に共犯だ。“固いことは言いっこなし”というものだろう」

「何を――」

「知らぬ存ぜぬは通るまい。お前は知っている――お前たちの最初の力が何処から来たものなのか。クク――“オズマ”か、ククク……ッ! 実に、実に懐かしい名じゃないか……ッ!」

 

 ――彼女は、知っている。感付いている。

 恐らくは僕と同じような、勇者としての特有の能力によって。

 

 リッカの内にあるもの。リッカの始まり。復讐の第一歩目。

 

 いつかのリッカが、自身の成れの果てを用いて作り出した、最初の使い魔の存在を。

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