凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
――息を切らしながらも、走り続けた。
なんでって……なんでだっけ。そうだ、僕たちは、魔王の楔を壊すために戦っていて。
それで――ユーリくんと、リッカちゃんが。
「……ぁ」
よほど無我夢中、というか呆然自失だったらしい。
気付けば、ナイトラクサの路地の一角。つい先ほどお世話になった店の前に立っていた。
「入りたまえ、早く!」
イリスに押されて、店の中に駆け込む。
店員さんはいなかった。異変を察知していち早く逃げたのだと――そう思いたかった。
ナディアちゃんと一緒に、ふらふらと備え付けの椅子に座って、外装を解く。
落ち着ける筈もないけれど、すぐに戦闘が必要になることはないと、本能で判断したのかもしれない。
息を整えようと深呼吸をして、ほんの少し冷静になったことで、それどころではないと思い直す。
「……いや、違う。そうじゃなくて。ユーリくんは? リッカちゃんは? は、逸れちゃったんですか?」
それを見ていた筈なのに。その光景は、しっかりと脳裏に焼き付いている筈なのに。
認識している真実とはまったく異なる言葉が出てきた。
そうであってほしい。僕が見たのかもしれない光景は、疲れていたための見間違いだったかもしれないという希望を零さずにはいられなかった。
「……リッカくんは、ここだ」
「リッカ!」
「リッカちゃん!」
イリスが外套の内に抱えていたリッカちゃんを、ソファに寝かせる。
すぐに駆け寄ったナディアちゃんに続く。
目を閉じて眠るリッカちゃんの姿は――ユーリくんたちと出会って間もないあの頃に、見たことがあった。
詳しくは知らないけれど、火の試練の中で、四天王アリスアドラの影響を受けて、眠りがちになってしまった時。
時々目を覚ましても、意識は朦朧としていて、一時間もしない内にまた眠ってしまう。
今の、寝息さえ立てず静かに眠るリッカちゃんはあの時よりも、深く眠っているようで、こうして見ていても、少しも起きる気配が見られない。
「…………え?」
寝息さえ立てていないって、それじゃあ、まるで。
「――……何故、息をしていないのですか、リッカ。そんな、わたくしの真似ですか。わたくしだって、まだ癖で、呼吸をしているときも多いというのに。ほら、こんな風に」
いつも通りの、僕たちとしては突っ込みづらい、ナディアちゃんなりの茶目っ気のあるジョークにも、リッカちゃんは何も反応を返さない。
揺さぶっても身じろぎどころか、表情を変えることもしない。
「先の吸精の影響だろうね。……それだけ、リッカくんは限界の中で生きていたんだろう。ほんの僅かに吸われるだけで、枯れ果てるほどに」
「……リッカちゃんが無理をしていたのは知っています。けど、僕たちへの“ドッキリ”が好きなのも、また知っています。実は、起きているんですよね、リッカちゃん?」
「ほら、目を開けてください。これじゃあ――だって……お友だちになったばかりじゃないですか。まだ、一緒にしたいことが、たくさんあるのに」
「……クイール、ナディア」
急にリッカちゃんが目を開けて、それから「ドッキリ大成功!」と書かれた看板を持ってユーリくんがやってきても、絶対に責めたりはしない。
そんなの、騙された僕たちが悪いのだから。
だから、そうなってほしい。そうなってくれないと、駄目なのだ。
縋るように店の入り口を見て――そして、ようやく意識を、目の前にあること以外に向けることが出来た。
「……待って。ユーリくんは……? イリス……?」
「……」
声の震えは、自覚できた。外装の仮面越しでも、イリスが目を逸らしたのが分かった。
何も言わないままに、イリスは外装を解除して、リッカちゃんと同じように外套に隠していた“それ”を、リッカちゃんの手元に置いて――
「……は……え……?」
「な、にを……」
「……急いで撤退したからね。拾えたのは、片手だけだった。……つまり、そういうことだよ」
腕の中ごろから、骨ごと裂かれたような半端な状態の片手。
その手だけで誰のものかなんて判断できない。そんな逃避を、頭にこびり付いたあの時の光景が否定する。
外装を纏っていない状態で、魔族の攻撃をまともに受けた。それで、人の体はいとも容易く“ばらけて”しまう。
当たり前のことを、今は認めることができなかった。
「さ……探さないと。リッカちゃんも傍にいないのに、そんな状態で逸れて、見つかっちゃったら」
「そう――そうですね。ユーリ一人では、魔族と戦えません。ユーリが来れば、リッカも、きっと目を覚まします」
「……っ」
けど、やっぱり、そんな筈はない。
認識違いだ。幻覚を見ていただけだ。だって、あんな光景、真実であるわけがないのだから。
「イリス、リッカちゃんを見ていてくれますか。僕とナディアちゃんで、ユーリくんを探してきます」
「ここに魔族が来たら、リッカを連れて逃げてください。……いえ、この際一度ナイトラクサを出ることも――」
ナディアちゃんと一緒に、もう一度外に出ようとして。
「――現実を見たまえよ、二人とも!」
――その、イリスの怒鳴り声で、頭の中が嫌になるほど冷たくなった。
僅かに苛立ちが見えているけれど、真顔に努めているイリスの眼差しは、この場で誰よりも現実を知っているもので。
普段優しいイリスは、この場において断固として、僕たちの現実逃避を認めてくれない。
「理解していないわけがないだろう。……死んだんだよ。ユーリくんも、リッカくんも」
「……そんなの……そんな、こと……」
残酷というにも限度がある現実を、イリスは容赦なく突きつけてくる。
目を閉じて、息もしていないリッカちゃんは、それを否定してくれない。
――ナディアちゃんの膝から崩れ落ちて、リッカちゃんの手を握る。なんとも言えない表情で抵抗しようとしてくるリッカちゃんは、もういない。
「……ぼ……僕にとって……初めての、旅の仲間、だったんです」
「……そうだね」
自分でも信じられないほどに、声の震えが、抑えられなかった。
それを口にすることが怖かった。お別れだと認めるように、回想してしまう自分が、恨めしくて仕方なかった。
「僕が、勇者であることを、認めてくれたんです。“世界のための勇者”を、ぼ、僕に……僕に、託してくれたんです」
「……ああ」
“リッカちゃんのための勇者”は、もういない。リッカちゃんも、もういない。
どうして今になって、そんなことを認めなくちゃいけないのだろう。
無理に決まっている。だってもう僕は、一人で旅をしていた勇者クイールではない。
仲間との旅を知ってしまった。一緒に戦う心強さを知ってしまった。温かいご飯を、みんなで鍋を囲む楽しさを知ってしまった。
「悪夢に囚われた僕を、助けてくれて……一緒に……一緒に、試練を突破して」
「……」
「もうすぐ……ハッピーエンドまで、もうすぐ、だったのに。これ、じゃあ……こんなの……!」
勇者なんて、魔族の遊びに過ぎない。生贄を指す、哀れな人間の称号だ。
それを肯定したことはなかった。僕が、僕たちがそれを変えて、そしてこの風習さえ終わらせてみせようって、そんな気持ちだった。
なのに――!
「こんなの……最悪のバッドエンドじゃないですかぁ……!」
「クイール……」
嫌だ――耐えられない。
こんなこと、ユーリくんもリッカちゃんも望んでいない。
現実じゃない。現実である筈がない。どんなに現実感があることであっても、これは夢なのだ。
だから、あり得ないことが起きるんだ。
目が覚めたら、二人に謝らないと。こんな不謹慎な夢を見ちゃって、ごめんなさいって。
ユーリくんは気にしないかもしれないけれど、リッカちゃんには怒られるかも。
リッカちゃんが実はとても怖がりで、こういう不吉なことを気にするタイプだっていうのは、よく知っているから。
そうだ、謝れば、きっと許してくれる。それで元通りだ。もしかしたら、怒ったリッカちゃんに朝ご飯を抜きにされるかもしれないけれど、それも我慢しよう。
うん、だから、目を覚まそう。どうすれば目は覚めるだろう。頬を引っ張ってもうまくいかないことが多いから――そうだ、ブレダリオンに手伝ってもらえば……。
「ぅ……くっ、けほ、けほっ……! ぶ、ブレダリオン、僕……!」
「っ、落ち着け、クイール!」
涙で視界が滲んではっきりしない中、ショックで落としていたブレダリオンを手探りで引っ張り上げる。
刃を思いきり握ってしまって手のひらが鋭い痛みが走ったけれど、気にすることなく。
これだけの痛みでも目覚められないなら、いっそのこと、この手首を切り落とせば――!
「チッ……痛むぞクイール、我慢したまえ!」
「うぁ……っ!」
――イリスの声が聞こえた後、頬を張られた。その衝撃でまた、ブレダリオンを取り落としてしまう。
拾い直す前に体が床に叩きつけられて、素早く押さえられた手首に慣れきった痛みを感じる。
これは……毎晩打ってもらっている、イリスの薬だ。
なんで、今? 今晩の分は、もう打ってもらった筈だ。
改良したみたいだけれど、あまり一度に使いすぎると良くないと言っていた。こんな状況で、もしかしてイリスは血迷ってしまったのか。
――――これは夢だ。イリスだって夢の中の存在なのだから、ちょっと大人しくなってもらってから、改めて……。
「――――……、ごめん、イリス。もう大丈夫です」
「……これっきりにしてくれ。私も別に、何も思っていない訳じゃないんだ」
頭が、不自然なまでに冷えていく。
いつもはこんなことにはなっていない。これは……この街に満ちている、淫気の影響が消えたからだ。
……久しぶりに、不安定になっていたみたい。
全部、この淫気が見せる幻覚だったら、良かったのに。
先ほどまでの思考が嘘のように、はっきりしている。今なら、否定のしようもないほどに、言い切れる。
やっぱりこれは、夢じゃない。
リッカちゃんはもう、目覚めないって。
――ユーリくんにはもう、会えないって。
「……イリス」
「……なんだい?」
「こういう時……どうやって、認めればいいんですか。大切な誰かが、死んじゃった、って」
親しい人とのお別れなんて、今までにはなかった。
パパとママも、僕が家に帰らなくなっただけで、生きている。
だから、分からない。こういう時に抱けばいい感情はなんなのか、それは涙を押し殺してまで、抱くべき感情なのか。
「……まさか、それをキミに問われるなんてね」
「痛っ……」
張られたばかりの頬を抓られる。
むぅ、イリスの地雷を踏んでしまったらしい。いや、その地雷は僕が作ったものではあるのだけど。
――僕がいない間、どんな気持ちだったのかなんて、イリスに聞いたことはない。怖くて、聞けたものじゃない。
今のイリスは……複雑な表情だ。ユーリくんやリッカちゃんのことよりも、今をどうするかの方が悩ましいって感じ。
……それもそうか。ここでナイトラクサから逃げるか、先ほど勝てなかった相手に、二人無しで再戦を挑むか。二つに一つだ。
「どうしたいんだい? クイール。結局はそこさ」
「……僕が、どうしたいか?」
「ああ。私は十年前、何を選択することも出来なかった。では、キミは? 私はそれに付いていこうじゃないか」
その上で、イリスは僕に選択を委ねてきた。
この場で進退を選ぶのは、僕であるという結論。
「……ええ、わたくしも、そうしましょう」
「ナディアちゃん……」
それに、立ち上がったナディアちゃんも、乗ってくる。
まだ目尻には涙が溜まっていて、無理しているのが丸分かり。
けれど、ずっとそうしている訳にもいかないと、気丈に振る舞っていた。
「ここにいても、危機は去らない。であれば、動くべきでしょう……選んでください、クイール。わたくしたちの方針を」
……何を選んでも、二人は付いてきてくれる。
もちろん、逃げるのであれば、リッカちゃんたちを連れて。このままにしておくなんてのは、あり得ない。
だけど、逃げる選択をすればあの楔を明け渡したも同然になる。よく分からない願いが、そのまま叶えられてしまうだろう。
……このまま逃げたら、全部無駄になってしまう。そんなのは嫌だ。それなら最後まで戦うべきだ。
「――もう一度、楔を壊しに行きます。立ちはだかる魔族は全部倒して、楔をしっかり壊して、ユーリくんを見つけましょう」
「……それで、いいのかい?」
「いいんです。恐れて、逃げ出すなんてことはしません。だって僕は、勇者ですから」
もしかしたら、これが最後の戦いになるかも、なんて少しだけ考える。
……今更だ。いつだって、戦いは命がけ。それが、いつもより後に引けないものになっただけ。
だから……うん、ユーリくんもリッカちゃんも、見ていてほしい。
どうなろうと、僕は勇者らしく戦ってみせるから。