凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
深く深くへと、沈んでいく感覚があった。
全身に刺さるような冷たさはなく、かといって纏わりつくような生温かさもない。
何かに触れている感覚さえ皆無で、ともすればそれは沈むというよりも、落ちると表現した方が適切かもしれない。
けれど、落ちるというにはそれはあまりにもゆったりしていた。このまま最下層まで至ったところで、致命傷どころか傷一つ付きはしない。
……ここは、どこなのだろう。というよりも、一体どういう状況なのか。
回想する。それまでの僕は何者だったのか。直前まで何をしていたのかを、柔らかな雑踏の中で思い出す。
――
――僕の名前は、ユーリ。
家名を名乗るなんて風習はとうの昔に廃れているらしいし、そもそも僕にそんなものはないのだけれど。
あえて名乗るとするならば、生まれた村の名前をもらって、ユーリ・
十五歳、男。時々村を囲む森に出ることがあるくらいで、外についての知識は基本的に持っていない。
――
現代におけるこの世界の、共通の価値観として、魔族に対する一定の恐怖心を有する。
しかし、状況次第でそれに立ち向かえる程度の勇気を持ち、それを唯一の長所と自任している。
当然だ。その勇気は、僕を形成する要素としてはじめから存在していたものなのだから。
勇気とは、想像結晶技術による仮想属性。魔王という秩序に抗う混沌として定義されたその属性の始まりは、ネシュアの聖女ヨハンナにまで遡る。
彼女の定義した仮想属性は、後の勇者の構成要素において最も多分を占める要素となった。
経験を受け、可能性を伸ばし、如何様にも変転し、独自の性質を発現させる。聖女ヨハンナは、そう説いた。
……、……?
――
僕の勇気の性質は、つながり。
他者との絆に対する高い感受性を有し、相手の意思や感情の向きなどを感じ取りやすくなる能力。
目の前の相手がどんな感情を持っているかを悟り、深く絆を結べば、存在の深奥にまで潜り込むことも可能なこの力は、戦いと経験の中で磨かれ、過渡期に至っていた。
本来掴み取ることのできない無意識にすら接続し、無制限にそのつながりを広げていく。
意識して制御しなければならない筈の能力は野放しになり、結果として本来この
ゆえに、この能力には
そうでなければ、やがて今回の事象をも超えた重大な
……、……、……。
――
装備適性は剣。後に銃砲も高い適性を持つことになるが、最適が剣であることには変わりない。
槍や斧にはある程度の適性を持ち、その他の装備も並に扱うことは出来るが、集中して磨かなければ魔族と渡り合うほどにはならない。
魔法の扱いには長けていないものの、こちらも学ぶことである程度の域にまで達することが可能となる。
この装備適性の幅広さは旅の自由度を広げるものであり、どのような役割も持たせられる。
ただし、最終装備となり得る聖剣の存在から、やはり剣を扱う勇者としてその才を磨くことが望ましい。
……、……、……、……。
――
旅の中で多くと出会い、時には魔族とさえ絆を深め、魔王を討つ使命への協力を取り付ける。
人間は魔族には勝てない。それはこの世界における絶対的な価値観であり、事実としてその能力には大きな開きがある。
ゆえに、魔族との協力は必須。魔王という存在に疑問を持つ魔族と手を組み、裏切りなどあり得ない絆を結び、パーティへと迎え入れる。
その者たちと共に戦い、教えを受け、更なる成長、更なる仲間の発見へと繋げていく。
それこそが
村に最初の仲間はいない。独りで外へと旅立たなければならない。手を引く者はいない。
――――違う。
それは、僕の知っている、僕の旅ではない。
始まりに力がなかった、いや、今も僕には、一人で戦える力なんてない。
僕が生きて、勇者として旅をすることが出来たのは、手を引いてくれる者がいたからだ。
いつだってそうだった。僕は独りではない。旅の仕方も、戦い方も、戦うすべも、全部彼女から教えられたことだ。
――
嫌だ……捨てたくない。捨てる訳にはいかない。だって、おかしいじゃないか。
どうして、彼女のための勇者である僕が、彼女の存在をなかったことにしなければならないのか。
一人で旅立ち、仲間を増やして強くなる。それが勇者の正しい在り方であるというのなら、僕は正しく在るつもりなんてない。
誰か、一体誰の許可を得て、僕からこの価値観を奪うつもりなのか。
――
その者の役割は終了した。この世界において、その者が存在する必要はなくなった。この世界は、十分に完成された。
この世界の完成――役割の終了、そんな理由も、どうでもいい。
何を言われようと、僕が納得することはないし、僕が彼女を不要だと判断することもない。
僕は彼女とハッピーエンドに至ると決めた。それが揺らぐことはない。だから、これ以上――僕に余計なことを吹き込むな。
――
その者に頼らずとも、勇者ユーリは大きな可能性を秘めている。
……その干渉を断ち切ると、体に熱が戻っていく。
記憶を洗い、都合よく書き替えようとする波が、引いていく。
大丈夫――覚えている。
僕はユーリ。リッカのための勇者。
すべての試練を終えて、魔王の楔を壊すためにナイトラクサに赴き、そこで致命傷を負った。
記憶はそこまで。次に目を覚ましたのが、今のこの場所だ。
「……ここは、一体」
改めて、声に出す。無意識に閉じていた目を開く。
――見たことのない場所だ。延々と白い世界が続く、よく分からない空間。
右を見ても、左を見ても、振り返ってもまったく同じ景色で、手を伸ばしてみると、指先が薄らと白に覆われる。
……濃い霧のようなもので包まれているらしい。
足下もまた、同じく白。確かに何かを踏んで、そこに立ってはいるけれど、これではまるで宙に立っているみたいだ。
恐る恐る一歩前に踏み出してみれば、進んだ先で踏みしめた足下で波紋が広がっていく。
投げた石ころが水面に落ちたように――ということは、ここは水の上なのだろうか。
「……」
手で触れてみれば、確かにそこには冷たい床がある。
そうだ、思い出した――ここは、あの時の。
「『管理人』たちと出会った、あの空間」
初めてリッカの根底に触れた、土の試練の最中――『管理人』によって連れられてきた、真っ白な空間。
あの場所と同じである確証はないが、雰囲気は似ている。
もっとも、僕は彼や、リッカに手を貸してくれる二人の正体を知らない。結局かれらが何者で、一体ここはどこなのかも、回答が見つからないのだが。
いや……僕自身で答えが出せなくても良いのかもいれない。
この場が本当に、あの空間であるのならば、彼や、あの二人とつながることが出来るかもしれない。
「……」
数メートル向こうが見えなくとも、その先に誰かがいるのならば、きっとつながることが可能だ。
感じ取れ。自分の力を信じて、見えない向こうへと手を伸ばせ。
頼れる相手を探せ。何処だろうと、たとえ世界の外であっても、絆というつながりは断たれることはない。
目を閉じて、感覚を研ぎ澄ます。
暗闇の向こうに僅かに見える灯火へと、指先で触れ、背伸びして、掴み取って引き寄せるように――!
「――――なっ……!?」
「ッ――!?」
――引き寄せた存在の驚愕は一瞬。
成功したと僕が認識した直後には、振り返った
……というよりも、突き刺すつもりで振って、寸でのところで停止した様子だったが。
「っぶね……お前――なんで……」
「良かった、繋がれた……」
「良かったじゃねえ、今刺しかけたぞ。もう少し危機感というか、そういうのねえのかよ」
彼は悪態をつきつつも、ナイフを引っ込めて懐に仕舞う。
一見すれば女性と見紛うほどに中性的な顔立ちで、髪を伸ばし頭から兎の耳を伸ばした、長身の男性。
――本来、出会うべき存在ではないと、本能で理解する。同じ場所に立っていること自体が異質だと、理性が拒絶する。
いや、拒絶する訳にはいかない。
彼の力が、今の僕には必要なのだ。
「それに、ここは……お前どうやってここに来た。現地人……あー、普通の人間が来られるような場所じゃねえぞ」
「……分からない。気付いたら、ここにいたんだ。いつかの景色と一緒だったから、キミたちの内の誰かの手を借りられないかなと思って……」
「……で、俺か。……他の二人に行かなかったのはまあ、正解だよ。管理人は融通が利かないし、もう片方は……張り切りすぎる」
彼の評価は、残る二人についてよく知らない僕も、的を射たものだと思った。
正直……どちらも少しだけ、苦手意識がある。その点、彼にはクイールを助ける際にも力を借りた。
――あの毒の外装の元になった、リッカの協力者。
彼は状況を理解したようで、複雑そうに表情を歪めた。
「……なあ。イッチ……あいつに何があった。俺たちが、そっちの状況を把握できるのは、あいつ越しの話だ。けど、それが突然なくなった。それ自体は珍しくねえが、それに続いてこんな事態だ。何か、非常事態が起きているんだろ?」
「……うん。リッカが、倒れたんだ。その直後に、僕も多分……」
「――そうか。それでお前がここに来られるとも思えんが……お前、ここが何なのか、聞いているか?」
「少しだけ――確か、転生領域、だっけ。僕たちの世界の外で、他の多くの世界に繋がっているって……」
「ああ、その理解でいい。俺はその世界の内の、一つに住んでいる」
あの『管理人』から聞かされた、断片的な情報。
リッカと『管理人』の話は殆ど理解できていなかったが、この空間が“それだけ”ではないことは何となくわかる。
きっと、彼はそれ以上のことを知っているが……僕にどこまで話して良いのか、考えている様子が見られた。
「俺自身も、ここに来るのはよほど“特別”なことがあった時だけだ。そして、そもそもお前はここに来る資格はない筈なんだ」
「……あの時は……『管理人』に連れてこられた。じゃあ、今回は? リッカもどこかにいるの?」
「さてな……お前がここに迷い込んだ理由はいくつか推測できるが……どうあれ、お前の世界に戻る方法と、あいつ自身を見つけなきゃならねえ」
「――お願い、力を貸して。この場所の勝手が分からない。僕は、ここにずっといる訳にはいかないんだ」
そう頼まれるだろうと、彼は予想していたらしい。
その鋭い目を細め、複雑そうな表情でこちらを見下ろし、数秒後、仕方ないとばかりに溜息をついた。
「……中立地帯だし、ここならセーフか。改めて言っておくがな。別の世界に干渉するってのは、ここのルールとして原則禁止されている。あまり無暗に誰かを呼ぼうとするな。あいつにとっても不都合になるぞ」
「う、うん……キミたち以外の誰かを、呼べる気はしないけど」
「普通は俺らも呼べないんだよ。……本当、なんなんだその能力」
……言われてみれば、普通、他の世界に干渉するなんてこと、出来る訳がない。
勇者としての僕の力。リッカに頼らない、僕だけの力――これは一体、どこまで出来るものなのか。
「……試そうとするなよ?」
「分かってる。けど、リッカを探さないと……」
「ひとまず、お前の世界の座標に近い場所に向かう。それまでは、その力を使うのは厳禁だ。いいな?」
一刻も早く、リッカを見つけないといけない。
それでも、この場で彼の判断以上に適切な行動を取れる筈がない。
衝動を理性で抑え付け、有無を言わさない彼の忠告に頷く。
「よし。行くぞ。俺自身も、あまり長くここにいるのは好ましいことじゃない」
「うん、迷惑をかけてごめん。世話になるよ――えっと……」
――そして、そこでようやく気付いた。
彼を呼ぶべき名前を知らない。もう一人の彼女が呼んでいた“相棒”では不適だろうし、外装の名が相応しいとも限らない。
彼も気付いたようで、歩き出そうとした足を止め、改めてこちらに向き直った。
「フミナでいい。それか『辞書』だ。その辺が一番呼びやすい」
「じゃあ……フミナで。僕はユーリ。よろしく」
自己紹介も程々に、彼――フミナは足早に歩き始める。
その足取りはあまりにも堂々としている。力強く粗雑に見えて、しかしどこか気品を感じさせた。
生まれ持ったものと、培った経験をどちらも捨て去らない、永きを生きる偉人のような雰囲気だった。