凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
「っ……」
覚醒は突然だった。
沈んでいた意識が突然、勢いよく引き上げられたような感覚。
それまで気を失っていたという実感は、体の重さと各部の鈍い痛みが如実に語ってくる。
意識だけが完全にリセットされたような今の自分は、どうにも違和感があった。
「気付いたかい? 違和感は? 体に不調は?」
「――体にしか不調がないのが違和感というか」
中性的な声の問いかけに反射的に返してから、一体誰なのかという疑問が生まれる。
その声に聞き覚えはない。というか、視界に広がる景色にも覚えがない。
見る限りでは、洞窟。
剥き出しになった鉱石や、あちこちに張られた糸が淡く発光して、岩に囲まれた通路のような空間を不気味に照らしている。
そんな今いる場所を把握すると、体の下の硬さがどうにも気になってしまい、痛みに耐えつつゆっくりと体を起こす。
「そうかい。あのバカ以外の人間にも効いて良かった」
「え?」
まるで確証のない“何か”を試されたような物言いで、周囲の把握を強制的に中断させられる。
そう離れていない場所に座っていた声の主は、周囲の明かりに照らされてなお、存在に暗さを伴っていた。
焼けたような黒い肌と、銀灰の長い髪、魔族特有の尖った耳。
身を守るためか、分厚い作業服に身を包み、大きなゴーグルを額に掛けた少女。
その瞳は金の歪んだ輝きをもって、こちらをじっと捉えている。
「痛みはすぐに引く筈だよ。妖精とスライム由来の回復剤だ。すぐに傷も治り切る」
「とんでもない材料を使っているように聞こえたんだけど」
「とんでもない材料を使っているからね」
この誰かに、回復剤とやらを使われたのは理解できた。
効果はあるのだろう。現に痛みが引いていっているのは実感できるし、意識の方は快調もいいところだ。
だが、どうにも不安しか生まれない単語に思わず突っ込めば、少女はあっけらかんと肯定した。
「使い過ぎなければ問題ないよ。放っておけば危ないレベルの重傷だった訳だから、まずは治ったことを喜びたまえ」
……何か、妙な副作用でもないかと疑うが、重傷という言葉を聞いて思い出す。
――オークにやられたんだった。
骨が折れるどころのダメージではなかったような気がして、それを認識すれば、自身がどれだけ危なかったかということも自覚できる。
つい先程まで死にかけていたのだろう。それを、どういう意図かは不明だが、この魔族の少女は助けてくれたのだ。
「それで? 何があってこんなところまで落ちてきたんだい?」
「……山道のオークにやられたんだ。助けてくれてありがとう」
「どういたしまして。よく生きてたね、キミ。あのオーク、最近様子が変だって話だけど、あれに襲われて生きてここまで落ちてくる人間ってのもまた凄いな」
落ちてきた――やはり、ここは山道に開いていた地割れの下なのだろう。
こんな洞窟状になっているというのは驚いた。糸の張られた通路は見えないところまで続いている。
よほど広く、入り組んでいることが想像できた。
「――まあ。そういう変な悪運もあってこその勇者か。つくづく往生際が悪いというかなんというか」
「……分かるの?」
「それなりの魔族なら一目で分かるよ。魔王の祝福ってのはそういうものだ。この山道に木剣一本で挑むのは些か気が狂っているとしか思えないが」
僕の横に置かれた木剣は健在だった。
……これでオークに挑んでいたと思われたのだろうか。確かに、そうだとしたら酔狂な自殺志願者としか映るまい。
僕だって、リッカがいなければ、リッカの魔法がなければ、この装備で山道を行こうとも思わない。
これが魔族から見れば、単なるおもちゃでしかないことなど分かり切って――
「……リッカ?」
自分の状況を認識して、周囲を把握して、そこでようやく、何より傍にいなければならない幼馴染がいないことに気付く。
慌てて周囲を再度見渡しても、それらしい姿はなく、視界の範囲に倒れている人影も見当たらない。
残っていた痛みを忘れるほど、背筋に冷たいものが走った僕を、少女は怪訝な表情で見ていた。
「どうしたんだい?」
「リッカを……人間の女の子を見なかった? 僕と同じように、落ちてきた筈なんだ」
焦る気持ちを抑え、いま目の前にいる、名前すら知らないが唯一と言っても良い頼りの少女に問う。
しかし、彼女の答えは肯定でも否定でもなく、真顔になっての更なる疑問だった。
「……連れがいるのかい? しかも、女だって?」
「う、うん……」
少女の反応は、より一層僕を不安にさせる。
その反応からして知らないのだろうが、それだけであればここまで様子は変わらない。
もっと別の何かを知っているからこその反応の後、彼女はその表情をやや苦いものに変えて、糸の続く洞窟の向こうに視線を向けた。
「…………諦めたまえ。生きているかもしれないが、確実に助かっていないよ」
「――――」
受け入れられない宣告だった。
その言葉を噛み砕く前に、助かっていないという部分だけが、体を動かす。
立ち上がり、歩けること、そして走れることを確認する。剣を背負い、体が万全であることを確認する。
どこにいるかなど分からない。だが、あてもなく走り回ってでも探すしかない。
「そう激しく動くものじゃない。まだ本調子ではないだろうし――」
「関係ない。リッカを探さないと……ッ!?」
瞬間、足に突き刺さる鮮烈な痛みに、またも体が崩れ落ちた。
倒れ込んだことであちこちに新しい傷を作りつつ、足を見ればそこにいたのは、手のひらほどの大きさの虫。
そして、それとは別の、大小も種類も様々な虫がどこからか現れ、地面に零れ落ちた血に集まってくる。
――自然に囲まれた村で育った以上、虫は恐れるような存在でもない、筈だった。
だが、ここまで大きなものが容易く肉に牙を突き刺し、流れた血に集る様子はそれまでの虫への価値観を塗り替えるのに十分だった。
「こら、キミたち。まだ“味見”の許可は出ていないだろう。早とちりすると後が怖いよ」
こちらに近付いて、虫を追い払った少女は、いつの間にか手に持っていた小瓶の蓋を開けて中の液体を傷に落としてくる。
沁みはしない。強力な薬なのだろう。冷たさとくすぐったさを感じている間に、血は止まった。
それを確認してから、少女は僕の腕を自分の肩に回し、僕を立たせる。
「……この洞窟には、無数の虫が生息している。ここの魔石の性質にあてられて、半ば魔族みたいに変異したようなのがね」
少女は説明しながら、僕を引きずるように歩き出す。
説明に掛かる、ざわざわというノイズのような音は背後から。
“何”が“どれだけ”、後を付いてきているか、考えたくもなかった。
前を見ているだけで、否応にも少女の言葉が真実である証拠は目に入る。
節の数も、足の数も、羽の有無もばらばらな虫は、どこに視線を向けていても見つかるのだから。
「そしてこの子たちを統率しているのが、一人の魔族だ。この洞窟の主にして、この子たちの母親ってわけ」
一歩、一歩。歩くごとに、後ろのざわざわという音は大きく、複雑になっている気がした。
もう後退など許されていない。背後、一メートルもない距離で、その群れはこちらを睨んでいる。
何か不穏な動きさえあれば、すぐに群がって骨すら残らないほど喰い尽してしまわんと。
「私が見ていないということは、キミの言う女の子はその魔族のところだろう。この子たちは侵入者を、母親のもとまで運ぶように命じられている。キミは落ちてきたところを偶然私が見つけたための例外さ」
「…………リッカは、どうなるの?」
「嫌でも分かるさ。私はキミをその魔族のところまで連れていかないといけない。私は彼女の知り合いでね。何かの縁だし、キミくらいは外に出られるように掛け合うが……その女の子は無理だろうさ」
「ッ」
「っとと、大人しくしたまえ。この子たちに襲う動機を与えるな。私だって捨て置きたいわけじゃない。だが、ここは彼女の国であり、拾ったものを使うのは彼女の権利だ。拾い物が勇者ではない人間なら尚更、文句を言われることもない」
どこか、彼女は不機嫌そうだった。
とにかくリッカが無事でいることを信じる――信じるしかない僕を一瞥し、さらに複雑そうに表情を歪める。
「……キミが勇者で、本当に魔王の打倒なんてものを目指すなら。ここでどうなるにしろ、この先人間の女の子を連れ歩くなと忠告しよう。どんなに頼りになったとしても――油断した末路はキミの何倍も悲惨だよ」
氷のように冷たく、それでいて重い確信のこもった言葉。
まるで、魔族である彼女がひどく人間に傾倒しているかのような真剣さ。
“当たり前”に対する混沌とした嫌悪感が、彼女にはあった。
その洞窟は複雑に入り組み、山の中に迷宮を形成している。
魔族を恐れる心を抑え込めば、入ることは難しくない。
山道にはあちこちに内部に繋がる裂け目が走っているし、落下せずとも斜面に開いた洞穴から入り込むことが出来る。
――そして入れば最後、よほどの奇跡でも起きなければ、生きて出ることは叶わない。
洞窟の中は外とはまったく別の世界だ。
たとえ山の主であろうとも、一歩踏み入ってしまえば独特の“強肉弱食”の理に取り込まれる。
そう、そこに生息する無数の生命体は、弱い。
力ない人間の赤子であろうとも、その体重で潰せてしまうほどの命が九割以上を占めた世界だ。
だがそれはあくまで単独であればの話。
何メートルもの異様を誇る竜でさえ瞬く間に覆い尽くしてしまえるほどの膨大な数は、集団としての圧倒的な強さを実現させた。
数で勝るならば人間でも魔族に勝てる――世界が魔王に支配されてから、ほんの僅かな期間人々が抱いていた幻想。
それを実現せしめたのが、この洞窟の下等な虫たちであった。
高い知能がある訳ではない。
だが、それゆえに、群れで獲物を食い荒らすという必勝戦術を、愚直に実行する。
大きさも、節や足の数もバラバラではあるが、かれらが互いを餌と認識することはない。
かれらは全て、同じ一体の魔族を母と見なす兄弟たちである。
自分たちが生まれた時からこの魔窟の母である彼女の考えに異を唱えるものなど、ただの一匹として存在しない。
母の命令こそ絶対であり、それに従い全てを捧げることこそかれらの喜び。
無数にして一個の生命であるゆえに、かれら独自のルールは他を圧倒できるのだ。
魔力を潤沢に蓄えた魔石と、粘り気のある糸が照らす岩の迷宮。
その中心地ともいえる広い空間は、一際異様な光景が広がっていた。
膨大な糸によって岩肌の殆どが埋め尽くされることによる、怪しい輝きで満ちた部屋。
糸が帯びる主の魔力によって虫たちはその上を難なく這い回る。
何万、何十万という足が糸を這い、甲殻と甲殻が、羽と羽がぶつかり軋む音が不協和音を奏でる不夜の世界。
この洞窟に不用意に踏み入った者たちの末路が、ここにある。
糸で捕えられ、固定された肉は原型が何であったかもわからない。
好き勝手に食い荒らされ、襤褸屑のようになったそれらの他に、繭のように包まれて保存されたものもまた複数存在している。
侵入者に与えられる沙汰の大半は、ここの肉の仲間入り。
虫たちの食料となるか、或いはかれらが同胞を増やすために使われる。
生かしたままの獲物に目いっぱい、植え付けられた卵。
その生餌こそが孵ったばかりの幼虫たちの最初の栄養となる。
肉を食い破って子が外に飛び出した後、残る子たちが孵るまでその母体は生かされ続ける。
執念深く自然治癒するならそれで良し、弱い個体であれば、この世界の主が手ずから措置をする。
ここから出られない命の使い方は、この三つ。
すぐに餌となるか、来たるべき時まで保存されるか、増えるために使われるか。
――ゆえに、その糸の宮殿に新たに運ばれた少女を、喰って良しとも言われず繭にもしなかった時点で虫たちは我先にと卵を産み付けようとした。
山道の裂け目から落ちた者を逃がさないため、各所に網目状に張られた糸の一つに引っ掛かっていたその少女。
強い衝撃を受けていたようで傷を負い、気を失っていた彼女を虫の群れはここまで運んだ。
それがルール。基本的に母の許可が出るまで、手を出すことは許されない。
そして沙汰が出たと少女の肌を這い始めた虫たちは、母の声に動きを止めることになる。
「――駄目よ。この子は駄目。使ってしまうのは勿体ないわ」
くすんだ白髪の少女の頬を指で撫でる、『魔窟の母』。
青白く、痩せ細った枯れ枝の如き、人に近い上半身と、それを支える細く黒い八本足を持った魔族。
名も無き虫たちを支配する秘境の主は、意識を失ったままの少女に顔を近付け、赤い目を細める。
「ふ、ふ、ふ……感じる。私と同じ、この世界にいてはいけない、外れた法則の香り。こっちの杖からも。面白いわ、この子」
足の一本を少女に絡ませ、引き寄せる。
その少女から感じられる性質は、本来生物が有するものではない。
例外であることを自覚しながらもこの暗がりで生き続けるその魔族は、少女が同類であることを悟り、妖しく笑う。
「ああ、良い歪みよ。人間ってそんな壊れ方ができるのね。ねえ、手伝っていいかしら。あなたの命を握った私は、あなたをどう壊したらいい?」
頬を、そして髪を撫でながら、魔族は問い掛ける。
無論答えを待っている訳ではない。たとえ少女が目を覚まし、何を言ったところで魔族の選択を変えることは出来ない。
魔窟を支配するのはこの魔族であり、少女は捕らえられた獲物だ。
主が“壊す”と決めた以上、獲物は“壊される”ことがこの世界のルールとなる。
それに反抗するという選択を持たない虫たちは、母の決定であるならばと納得する。
――決めた。魔族が少女の耳元で囁く。
魔族とは自分勝手な生き物である。その狂気が、己の世界の外に何を齎すかなど、『魔窟の母』にはどうでも良いことだった。
ぴょー様からリッカとカルラちゃんのイラストをいただきました!
三話等で示唆されていた、もしかしたら存在したかもしれないバッドエンドNo.XXXとなります。
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