凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法   作:けっぺん

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『魔窟の母』/知るべき世界の在り方

 

 

 沈黙を埋めるように、ぽつりぽつりと少女は話し始めた。

 それは、ただそれを誰かに話したいからというわけではない。

 勇者に任命された者への、紛うことなき警告だった。

 

「勇者として、キミは百代目であることは知っているね? つまりそれは、キミの前に九十九人の先駆者……犠牲者と言い換えても良い人間がいたことを意味する」

「……うん」

「私も全部を知っている訳じゃない。というか、文献さえ残っちゃいない。魔族にとっては笑い話の類ではあるが、勇者のうち八十人は伝える必要もない程、どうしようもない人間なんだとさ」

 

 そう言いつつも、彼女はそれに対し面白おかしいという感情を持っていないようだった。

 九十九人の勇者がそれぞれどうなったか。詳しい話を僕は知らない。

 僕が生まれた後に選ばれた先代――つまり九十九人目の勇者も、僕たちが住んでいた小さな村にその名が伝わることはなかった。

 ただ一つ、分かっていたことは、最早勇者は人々の希望でもなんでもないこと。

 十年に一度選ばれる生贄のようなもの、ということだ。

 

「どこでのたれ死んだとか、上辺だけの使命に殉じることなく逃げ出したとか、そういう話が残っているのは僅かだ。中でも勇者が女だった場合はひどい。剣折れ矢尽きて、すぐに死ねれば幸運だよ。困ったことにね――人間の胎内こそが増えるに適した環境である魔族というのは多いんだ」

「――――」

 

 少女が知る中で、多くの勇者の末路であるかのような物言いだった。

 僕は魔族についての深い知識を持つ訳ではない。

 立ち寄った町で少しだけ、近辺の魔族について書かれた本を読んだくらい。

 あとは、魔族に関して詳しいリッカから聞く知識が大半であり、リッカからそういう話を聞いたことは当然ながらない。

 ――そういう危険性で言えば、イネアの町でスライムの生態に関して本で知った。だが、スライムの姿を見てみれば、ああいった生命体は少数派であることなど予想できる。

 だからこそ、そういう魔族が多いという想像など、してこなかった。

 

「適しているからとか、効率の話を抜いてもね、人間と交わり子をなせる種族というのは多い。私たちエルフのような、人に近い肉体を持つ種族だけじゃないよ。人間の生存圏に近い種族でいえばゴブリンなんてその筆頭だし、キミたちを叩き落としたオークだってそうだ」

「――ゴブリンに、オークって……け、けど、全然違うじゃないか。体の大きさとか、見た目だって……」

 

 彼女の言葉が本当であったとして。

 これまで出会った魔族の中でも、オリヴィエ――エルフや、ラフィーナ――サキュバスのような、外見的に人間に近い種族であれば、まだ頭の中で納得もできる。

 そういう面では……カルラ――アルラウネもだろうか?

 いや、カルラは植物としての性質が大きいらしいし、違うかもしれない。というか、あまりカルラについて、そういうことを考えたくはなかった。種族が違っても、カルラはかけがえのない親友なのだ。

 ともかく、ゴブリンやオークなんて、人間とはまるで違う。頭部があって四肢があって……そんなレベルだ。

 それが……なんだって? 人間と、子をなせる?

 

「……あまり魔族を知らない“常識人”の類かな、キミは。ならその常識は捨てるといい。人間が信じていい魔族なんていないよ。勇者であるなら、私のことも疑い続けるんだ。キミを取って食おうとしているかもしれないしね」

「ッ!」

 

 どうでもいいように呟かれた言葉に、反射的に体が動いた。

 支えから逃れ、足の痛みが引いたことを確認して、背中の剣を抜く。

 その間――少女は僕に対して、何もしなかった。ただ、背後の“騒めき”に向けて、制止のために手を伸ばしていた。

 

「その調子だよ。まあ、時と場合は多少考慮してもいいかもだけど。言っただろう? 襲う動機を与えるな。かれらがそう判断したら私にも止められないんだから、今は大人しくしている状況だよ」

「……」

「そのまま付いておいで。話を続けよう」

 

 少女が再度歩き始める。

 そうだ……少なくとも今は、彼女に従わなければどうにもならない状況だ。

 とにかくリッカと合流するまでは、僕には抵抗すら出来ない。

 剣を抜いたまま、少女の背を追う。ざわざわというノイズは、余計に喧しくなった気がした。

 

「とにかく、人間の女を連れ歩くということは、そういうこと。キミにとって大事な人間だっていうなら、尚更、よく考えるといい」

「……どうして。キミはそこまで話してくれるんだ? キミも魔族であるなら、そこまで警告する理由が分からない」

 

 疑問だった。

 自分で先程明かした通り、彼女がエルフであるというのなら、勇者に助言する必要などない筈だ。

 十歩、二十歩と続く沈黙。その後少女は、苛立ち、不機嫌を含んだ声色で、話し始めた。

 

 


 

 

 ――人間の知り合いがいたんだ。

 

 ふざけた女だった。人間の癖に、やろうとしたこと、全てを成し遂げて見せた。

 聖都の生まれでね。あそこは人間とエルフが平等に生きているように見せかけた都市ではあるが、その根底にはエルフの「我らこそが上位者である」という驕りがある。

 同じように、平和に暮らしているようで、人々の精神的な制約は大きい。

 あそこの人間はそれゆえに、どこか暗さを持って育つんだ。

 まあ……この世界の縮図だね。上位種の隣人という存在により、事実上の自由というものを奪われたかれらは。

 

 そんな中で、彼女はどこまでも例外だった。

 陰りなど知らないような、バカみたいな明るさ。好奇心と冒険心の塊のような度胸で、エルフに対しても恐れることなく、真に対等な立場で接していた。

 生意気だと食ってかかったエルフもいた。だが、そうした面々も真っ向から打ち負かしてきた。

 ああ、物騒な手段じゃないよ? エルフ側も子供だったし、あくまで遊びの範疇さ。だが、そういうままごとのレベルであっても、本気のエルフに勝てるような人間だった。

 裏表がないヤツだったから、エルフからも、他の人間からも好悪ははっきりと分かれた。

 人間の中にだって、気味悪く思って、それこそ彼女を殺そうとしていた者さえいる。

 だがそんな人間も彼女と向き合えば、そうした殺意は有耶無耶にされる。

 憎めないヤツではない。誰しもが憎たらしいと思うが……そう、憎み切れないヤツってところかな。

 

 私は本来であれば、彼女と関わるような存在じゃなかった。

 彼女は例えるなら陽の人間であり、私は陰の魔族だ。

 ただ、どちらも異質だったからかな。人間のはみ出し者である彼女と、エルフのはみ出し者である私は知り合うことになった。

 私からすれば、どうにもならないほどのクソガキだったさ。

 必要以上に直感に優れているから、私がそれなりの年月を掛けた研究を軽く数段スキップして結論を叩き出してしまったことも一度や二度じゃない。

 その直感を支えにして、なんでもこなせた。

 少し聞きかじっただけで十段階中九の出来を量産できる、魔族でもそうそういない才能の怪物ってヤツだ。

 ……まあ、たびたび役に立ったことは事実だ。親には疎まれていたらしいからね。そこそこに、世話してやっていた。

 

 ――彼女の転機は、ちょうど十年前だよ。

 粗方予想はつくだろう?

 彼女は勇者に選ばれた。キミの先代……九十九代目だ。

 

 正直なところ、その頃には私も彼女に少なからず入れ込んでいたからね。

 それを知った時に、良い気分はしなかった。碌でもない結末になるというのは、分かり切っていた。

 彼女と親しかった者も、それを知れば憐れむような視線に変わった。

 なんでも出来るとはいっても、千年近く続く生贄という恒例行事は私たちにとって絶対だった。

 そんな中で、平常運転だったのはアイツだけ。勇者として選ばれたならば成し遂げてみせると、前向きに決意を表明した。

 多少なり人間寄りの考えを見せる者ですら、誰も期待なんてしていないというのにね。

 

 勇者に与えられる試練について、知っているかい?

 ああ、結構。その通り。水の試練は聖都で行われる。

 彼女にとっては故郷こそ最初の難関ということだ。

 だからこそ、故郷から出ることもなく、此度の勇者は終わる。それが誰しもの見解だった。

 ……水の四天王と彼女は知らない間柄ではなかったが、それでも試練について、彼は一切手を抜かない。

 自身の基準に満たなければ、その場で切り捨ててもおかしくなかった。正直、私も諦めていたさ。まさか外に修行に出ることもなく、真っ直ぐ試練に挑みに行くとは思わなかったからね。

 

 ――彼女は成し遂げた。たった一度で、試練を突破した。

 四天王も認めざるを得なかった。彼女は実力でもって、勇者としての才能さえ持ち合わせていることを証明したんだ。

 それでようやく、私も彼女を送り出すことを認めてやれた。

 こうなったら世界を変えてしまえと、私に思わせるには十分な活躍だった。

 身銭を切ってありったけの支援をしてやったさ。それでも――ああ、私自身が付いていかなかったのは、我が身可愛さと、確信があったんだろうな。

 私の失敗はその点と、魔族の実態についてきちんと教育をしてやれなかったことだよ。

 

 彼女は旅立ってから、定期的に連絡を寄越してくれた。

 やれ初めて海を見ただの、やれどの町で何を食べただの、一体何しに旅に出たのかと思うような連絡さ。

 それがふと途絶えて、こっちを無暗に心配させたと思えば倍の内容を寄越してきたり、妖精かと思うほどの気まぐれさが窺えた。

 そんな中でも勇者としての活躍は続いていた。

 食べ歩きのレポートを送り付けてきたかと思えば、その次は土の試練を突破したとかいう報告だったり、本当にどういう旅をしていたんだか。

 まあ、順風満帆な旅なようで何よりだと、その時の私は呑気に考えていた。

 ……その後何ヶ月か経ってから、腹を膨らませた彼女が帰ってくるまではね。

 

 彼女の方から話した内容は、油断したということだけだった。

 詳しく問い詰めてやれば、情けを掛けてやった魔族に騙されて無理やり仕込まれたのが“当たった”んだとさ。

 寄越してくる連絡では分からないほどに変わり果てた彼女を見た時は、自分の目が、自分の脳がおかしくなったと思った。

 真実だったんだよ。土の試練をはじめとした、数々の活躍は真実だった。

 癒えない傷を負ってなお、勇者として在り続け、流石に無理を感じるようになったから帰ってきた。

 ふざけているだろう? 私の中で色々な価値観が破壊された出来事だった。

 ああ、一応腹の子はどうにかしてやった。その状況は、彼女には苦痛だったのだしね。

 

 言っておくが、魔族に強姦された時点で絶望し切らなかったのは、彼女が異常だったからだ。

 それでもなお、まだ自分は立てる、立って歩けると思い込んでいたからだ。

 キミの連れの女の子はどうだい? そういう強さとも言えない強さがあるかい?

 無いなら絶望は遠くないし、あるなら苦しむのはキミの方だ。それで“折れない”様子を見せつけられるのは、堪えるよ。

 

 ……彼女のその後?

 身軽になってほんの僅か、聖都で休息を取ってから旅に戻った。

 今度は私に、聖都に残らざるを得ない理由を付きつけてね。同行する選択肢さえ、与えられなかった。

 そこから暫くして、連絡はやってこなくなった。

 どうなったかなんて、私は知らない。だが、キミという存在が彼女の末路を証明している。

 次の勇者が選ばれたということは、つまり魔王は健在であるということで――あれだけなんでも出来たあのバカも、道半ばで旅を終えたということだよ。


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