凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法   作:けっぺん

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『魔窟の母』/世界を変えることよりも

 

 

 随所で悪態をつきつつも、少女が先代勇者に対して強い想いを抱いていることは明らかだった。

 名も知らない先代が、その身をもって証明した魔族という存在の実態。

 それは決して、無視できる内容ではない。

 魔族をして類稀な才能と謳われた先代でさえ、ほんの僅かな油断で人としての尊厳をズタズタに破壊する悲劇を招いたのだ。

 

 ――では、僕は?

 リッカに支えられ、勇気付けられて、ここまで来ることさえ一人では無理だった僕の意識は、果たして勇者として相応しいと言えただろうか。

 リッカが付いてきてくれなければ。リッカが手を引いてくれなければ。死出の旅としか思わなかった。

 魔族に対して毎回、最大限の警戒を払い、そして過度と思えるほどの恐怖を抱いていたのは、僕ではなくリッカの方だ。

 そのリッカが、もし魔族の実態を知ってこそ、そうしていたのだとすれば。

 

 サキュバスと戦った時の僕は、ゴブリンと戦った時の僕は。

 レイスと出会い、エルフの騎士に助けられた時の僕は。

 あの巨大なスライムと戦った時の僕は。

 二体の妖精を前に、どうにも気を抜いていた時の僕は。

 リッカを最悪な目に遭わせる状況を招きかけていたのではないだろうか。

 

 ――知っていたとすれば、リッカが自ら付いてくるとは思えない。

 いや、それでも、“僕を死なせない”ということをリッカが優先したのだとすれば。

 カルラと喧嘩別れしたというのも、カルラにそのリスクを負わせない考えもあったのだとすれば。

 あの魔法の特異性も、リッカが無意識に自分を守ろうとした結果なのだとすれば。

 

 そうだとは限らない。単に僕の勘違いであるということもあり得る。

 だが、一度そうではないかと思い込んでしまえば、それらの憶測はパズルのように組み上げられていく。

 これまでの自分の認識がどれだけ甘かったかを否応にも理解させられる。

 そんな僕と、僕に巻き込まれたリッカの末路が、この場所になろうとしている。

 

「この先だ」

「……」

 

 散々入り組んだ通路の向こうに、ひときわ明るい大部屋が見えてきた。

 何が待っている、とは少女は言わない。

 あんな話をしたことと、リッカが助かるという望みがないということ。二つを繋げれば、少女が僕に覚悟させようとしたことは想像がつく。

 ……手遅れであったとして、僕がそれに耐えられるか。

 ――多分、無理だ。もしもそうなっていたら、僕だけが無事に外に出られたとしても、この旅はここで終わる。

 結局のところ、僕が勇者として戦う理由は、“世界を変えたい”ではないのだから。

 

 

 魔石と糸と虫に満ちた、恐らくここでしか見られない光景。

 平時であれば、幻想的だと映るか、悍ましいと見るか分からないその世界。

 立ち止まった僕と少女の後ろから、今まで視界に入れていなかった群れが前に出て、部屋へと散っていく。

 今見えるだけで、何千、何万いるだろう。小さな、取るに足らない、薄命の生物たちが、部屋に踏み入った者に絶望しか抱かせない景色を成立させている。

 なるほど、下手をすれば助からない。

 どれだけ抵抗できたとしても、その何百倍もの数に食い荒らされて終わるだろう、数の暴力の“理想形”がそこにあった。

 

「ネクリナ、迷い人だよ」

 

 少女が空を――天井を見上げて、声を放つ。

 釣られて顔を上げれば、そこには無数の糸に捕えられたリッカと、一体の魔族がいた。

 蜘蛛のような八本足の下半身を持った、青白い女性の魔族。

 それが細い指でリッカの頭を掴み、真っ黒な瞳でこちらを見下ろしている。

 

「……リッカ」

「ふ、ふ。勇者。勇者なのね、あなた。けどこの子とは違う。外れてもいないし、壊れてもいない」

 

 リッカに目に見えた被害がある気配はない。

 だが、周囲の虫たちを見れば、それが安心させる要素にはなり得ない。

 その上で、魔族の物言いが、癇に障った。まるでリッカが壊れているとでもいうかのようで。

 

「ああ、なるほど。あの子が原動力なの。ふ、ふ、ふ。素敵ね……本当に面白い」

「……楽しむのは結構だが、どうするんだい? 私としては見つけた勇者を差し出すのは、あまりいい気分じゃないんだが」

「いいわよ、イリス。好きにして。その子に興味はないわ」

 

 呆気なく、僕自身の脱出は認められた。

 僕自身はどうでもいいかのようで、蜘蛛の魔族は妖しい笑みを崩さない。

 そんな彼女に対し、何を言うべきかはすぐに纏まった。

 少し前の僕であれば、或いは穏便に済ませようとしたかもしれないが、出てきた言葉は単刀直入なものだった。

 

「――リッカを返せ。リッカと一緒じゃないなら、僕はここから出る気はない」

「……へぇ?」

 

 笑みは深まり、ざわざわというノイズの音が不意に強まった。

 小さな殺意が何万と突き刺さり、心臓が締め付けられるような感覚に陥る。

 ――それでも、リッカを見捨てる選択肢が、自分の中に生まれることはない。

 

「キミ……私の昔話をどう受け取ったんだい?」

「この先リッカと一緒に旅をするっていうのがどういうことかは分かった。けど……うん。僕にはリッカが必要なんだ」

 

 リッカのためを思うなら、その選択はあり得ないものだろう。

 間違っていることは分かる。当然、少女にとっても許しがたい決断の筈だ。

 けれど、元々死にに行く旅だったものが、曲がりなりにも勇者としての旅に変わった理由がリッカなのだ。

 自分のためではなく、リッカのため――それこそが、僕にとって最大の原動力。

 リッカのための自分勝手を通すのが、僕の在り方だ。

 

「穏便に出られる権利を手放すことになるよ。言うまでもないが、私は彼女や周りの子たちと戦うのに手は貸さない。勝算があるとは思えないが?」

「それでも。僕にはここにリッカを置いていく勇気はない。僕にあるのは――リッカのために戦う勇気だ」

「……勇者ってのはバカにつける称号だね。まったく」

 

 選択肢は一つだけ。

 リッカと一緒に、二人で脱出する。どれだけ絶望的だろうと、それ以外に出来ることなど存在しない。

 

「……なるほど。そういう勇者なのね、あなた。ますますこの子が面白いわ。聞いてみたいわ、この子の、あなたへの感情」

「ごめん、そこまでリッカを渡しておく気はない――トランスコード! U-リッカ!」

 

 その魔法の発動権は、僕とリッカどちらにもある。

 片方の意思さえあればもう片方が気を失っていたとしても、魔法の成立自体は可能になる。

 捕えられたリッカの肌に、術式が輝く。それは、最も確実にあの拘束を脱することが出来る手段だ。

 

『トランスコード! アクセプション!』

「あら……?」

「へ……? なんだあの密度の術式――ちょ、待っ、何かするなら私が離れた後にしないか!」

 

 虫たちをして、看過しきれない行動だったのだろう。

 一斉に飛び掛かってくるそれらを近付かせない魔力の放射の中心で、リッカを待つ。

 分解されたリッカがこちらに集まってくるのを、手を伸ばして迎え入れる。杖も一緒だ、後は脱出するだけ。

 短い時間だったのだろうが――その再会が齎す安心感は、途轍もなく大きかった。

 

「痛い、痛いって! ネクリナ! この子たちを止め、痛っ! 彼に近付けないからって私に噛み付いだだだだっ!」

「イリス……あなた、結構丈夫ね。柔らかそうなのに」

「キミもしかして私を非常食か何かだと思っていないか!?」

 

 リッカを取り戻しただけで終わりではない。

 魔法を滞りなく実行するためのこの魔力による防壁は、完了と共に解除される。

 虫たちを確実に防げるのはそこまでだ。

 そこから生き残るには、意識を失ったままのリッカの知恵を借りず、僕だけでどうにかしなければならない。

 

 ほんの僅かな間の猶予で、必死に思考を巡らせる。

 まず対処しなければならないのは、防壁が無くなった直後に全方位から襲い来るだろう虫たち。

 それをどうにかしなければ、そこから脱出のために行動することさえ出来ないのだ。

 

『U-リッカ――リヴィアッ!』

 

 魔法の完了と同時に、液体を一気に放出し、周囲に展開する。

 飛び込んだ傍から勢いを失い、沈んでいく虫たち。あっという間に視界がそれで埋め尽くされ、僕を中心に虫による団子が形成されていく。

 こうしている間は虫たちの牙が届くことはないだろう。

 だが、事態も動かない。液体に包まれていればその内酸素も無くなってしまう。

 であれば――このまま脱出に動く。

 きっとどの通路を使っても虫たちが待っている。ならばこの部屋の虫たちだけを相手取ってはいられない。

 

『ファイナライズ! アクセプション! リヴィア・エクスタシー!』

 

 必殺技のコードにより出力を向上させ、さらなる液体の奔流を解き放つ。

 最早蠢く虫たちで見えない背後に向けて。

 僕と少女が歩いてきた方向――そこに通路があることは分かっている。

 

「っ!」

 

 群れを押し流し、押し退けて、突き当たりに刺さったところで、団子の中心から移動する。

 水中という状況下において発揮できるこの姿の真価を、疑似的に引き出す方法。

 自ら操る液体によって作り出したルートは、安全性を兼ねている。

 通路に飛び込み、液体のない壁に沿って追ってくる群れの気配を背後に感じ取る。

 ならば、と再度の必殺技。

 今度は前後両方に向けて液体の爆発を放ち、壁を打ち崩す。

 攻撃力に秀でていないこの姿ではあるが、小規模な破壊くらいであれば叶う。出来たのはまさに八方塞がりな状況ではあるが、この小さな空間に虫たちの脅威はない。

 あとはこの場で――全力で外への道を切り拓く。

 

「いくよ、リッカ」

『U-リッカ! オズマ!』

 

 『リヴィアフューリー』から『オズマフューリー』への形態移行。

 機能として持っていることはリッカから聞いていたものの、実戦で使用するのはこれが初めてだ。

 防御力ならばともかく、ここから先に求められる攻撃力ならばこの姿の方が遥かに上になる。

 

『ファイナライズ! アクセプション!』

 

 力の方向は、天井。崩した壁を突破してくるまでの時間を使い、外にその“手”を伸ばす。

 

『オズマ・エクスタシー!』

 

 触手の奔流が齎す破壊は、『リヴィアフューリー』の比ではない。

 天井を突き破り、その先をひたすら打ち崩しながら、上へ上へとのぼっていく。

 正直、この触手がどこまで伸びるかも、今いる場所がどれほどの深さなのかも分からない。

 だから一度で届かなければ、何度でも繰り返す覚悟で、外を目指す。

 

「っ……」

 

 ガリガリという音は、崩した壁の向こうから。

 弱い殺意の群れが岩をも削りながら、真っ直ぐに此方を目指している。

 間に合わなければ終わりという状況の中で――“届いた”という情報が、頭に伝わってきた。

 この姿を成立させるうえで、力を借りているというリッカの使い魔。僕では分からない、触手が砕いた先の光景を、伝えてくれたのだ。

 感謝を述べて、てっぺんまでを貫いた触手で縁にしがみつき、体を引き上げさせる。

 一直線に上へと伸びる新たな通路を使い、薄命の世界から抜け出す。

 

 勢いのままに飛び出して――天井のない世界に、先程までとは違う明るい世界に、帰還する。

 

 大地に降り立ち、開けた穴に目を向けつつ距離を取り、虫たちの追撃に警戒する。

 久しぶりの静けさに耳が違和感さえ感じた。

 ざわざわという虫のノイズは、聞こえてこない。代わりに、僕たちが出てきたのと別の大きな裂け目から、白い翼を広げた先の少女が飛び出してきた。

 

「……え?」

「――アイツとは別ベクトルでおかしいね。今代の勇者ってのは」

 

 エルフって翼あったっけ、という疑問は、すぐに引っ込んだ。

 如何にエルフに知らない身体的特性があったとしても、片方の腕から一対の翼を伸ばして飛ぶなんてことはあるまい。

 その手品の種に思い至る前に少女も降り立ち、それを見届けるように翼は腕の中に引っ込んでいった。




『ネクリナ』
【属性】風/冥界
【攻撃力】■■■■■■
【防御力】■■■■■
【素早さ】■■■
【魔 力】■■■■■
【精神力】■■■■■■■■

【種族】アラクネ種
アラクネが人間の転生であるという逸話は人々の間ではおとぎ話として語られている。
実際のところは定かではないが、少なくともアラクネからアラクネが生まれることはなく、彼女たちがどのようにしてこの世界に生を受けるのかについては謎が多い。
蜘蛛の下半身を持つ女怪であるアラクネは魔力の扱いに長け、己の魔力を変質させた糸を張り巡らせた広大な巣をつくる。
そして縄張りに迷い込んだ者を巧みに誘導し、餌にするのである。
とはいえアラクネは普通に歩いていて辿り着けるような場所にはいない。
どちらかというと人間を避ける傾向にあり、山奥のような秘境で何をするでもなく、その長大な寿命を削っているようだ。

【『魔窟の母』ネクリナ】
オレブ山道にはところどころ、深い裂け目が空いている。
その中は広大な地下洞窟となっており、多種多様な虫型魔族が共存する独特の生態系を築いている。
かれらが共通して母と見なし絶対の忠誠を誓う、洞窟の主こそが一体のアラクネである。
洞窟全体は彼女の糸や豊富に魔力を蓄えた魔石によって明るく、それゆえにこの異常な生態系を否応にも認識することになる。
事実上この洞窟における生殺与奪は全てこの個体が握っていると言ってもいい。彼女の気分次第で、迷い込んだ者は餌になるか苗床になるか決まるだろう。

【ユーリの評価】
「きっと、彼女も戦ってはいけない相手だったんだと思う。今の僕たちとは、持っている力が数段違う気がした」

【イリスティーラの評価】
「あの我儘娘が気に入った獲物を素直に渡す……? あの訳の分からない術式といい、何が起きているんだ一体……」

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