凌辱エロゲ世界でハッピーエンドと復讐を同時に遂げる方法 作:けっぺん
躊躇うことも、恥じることもなく、そのサキュバスはわたくしたちと魔族の間に割り込んできた。
魔族の方を向き、背中を見せる彼女だが――その背からは一切隙が感じられない。
アリスアドラほどではないものの、強大なサキュバスなのだろう。
「ああ、嫌だ嫌だ。大人しく屋敷を守っているだけなら良いものを。あたしのやり方にまで口を出そうってんなら、いよいよお前さんも排除するしかないかね」
「もしもそうであるのなら残念な限りだよ。キミにはこの町の何たるかを理解してもらえなかったようだ」
――このサキュバスは、わたくしたちを助けようとしているのだろうか。
いや、まだ憶測にもならない。確証が持てるまでは、警戒を怠ってはならない。
『あなたは……まさか、エヴァネス様……?』
彼女が何者かさえ分からない。その疑問に回答を出したのは、ラフィーナだった。
当然、ラフィーナであれば力あるサキュバスには通じているだろう。
その名は、いつかユーリたちが一度だけ出会ったという、アリスアドラに従うサキュバスの名だ。
「おや、ボクの名を知る者がいるのかい? それに、礼を知る者と見える――ハハッ、気に入った! 決まりだよ、この子たちはボクが預かろう」
「あん? アリスアドラじゃあるまいし、何を寝惚けてんのさ? この町に来た時点で、その子らはあたしのものさね。連れて行こうってんなら、相応の代価ってもんがあるだろ?」
「何を勝手な――」
魔族の妄言に反論しようとしたわたくしを、そのサキュバス――エヴァネスは手で制してくる。
眉を顰めたわたくしに、彼女は僅かに振り返り、笑みを向けてきた。
「高貴な生まれなのだろう? そうみだりに言葉を荒立てるものじゃない。怒りは然るべき時に備えておき、今はボクに任せてくれたまえ。なに、悪いようにはしないとも!」
いちいち芝居がかった物言いに、それはそれで苛立ちを覚えるも、彼女はこの場を収めようとしているらしい。
その言葉が本心かどうかは、ユーリのような力のないわたくしでは察することが出来ない。
疑心の解けないままに、エヴァネスは勝手にことを進める。
「そら、受け取るがいいさ。これで文句は言わせないよ」
懐から取り出した、何枚かの金貨。
買い物では大体、ユーリとリッカに任せていたため、未だわたくしは現在の貨幣の価値を理解しきってはいない。
しかし、旅支度で金貨など見たことがない。
かなりの額であり、それはあの魔族が黙り込むほどのものであるということは、わたくしでも理解できた。
「――ハン、気前が良いじゃないか。お上の代替わりも噂されるし、随分と淫魔は好景気らしい。結構だよ、金さえ払えば客は選ばない。屍娘もその連れもお前さんのもの、一晩くらいはお楽しみも目を瞑ってやるさね」
「おっと、配慮をありがとう。また必要になれば頼らせてもらおうかな」
「そりゃあどうも。今後ともご贔屓に」
――どうにか、片方の危機は去った、のだろうか。
行くよ、とその魔族は後ろで棒立ちになっていた子供たちを促し、去っていく。
かれらも助けた方が良いのではないか、と動こうとした体を、またもエヴァネスは制してきた。
「かれらは手遅れだ。既にその存在のすべてを彼女に握られている。忘れた方がいい」
「見て見ぬふりをしろと? あの子たちはどうなるのです」
「少なくとも、不幸にはならないよ。どんな扱いを受けようとも、かれらは嫌がらない」
それは、嫌がらないではなく、“嫌がれない”のではないか。
気分の良いものではない言葉遊びで流そうとするエヴァネスを睨みつけるも、彼女の意見は変わらなかった。
「元気で何より。さあ、来たまえ。話をしようじゃないか――」
遠慮もなく肩に置かれようとしている手を振り払う。
サキュバスの懐に入ることの意味を知らない筈もない。
ラフィーナのように味方であるという確証もないままそれを許すほど、今のわたくしは甘くない。
「我々を助けたつもりであるのなら、気安く触れないでもらいたいのですが」
「ハハハッ! 気丈なものだ! 安心したまえよ。ボクの寵愛は安くない。舌に乗せるものはじっくり選ぶ主義でね」
小さく手招きをしてから、エヴァネスはわたくしたちから離れて先導するように歩き始める。
……黙って付いていく、という判断は危険だが、かといって断って逆上されればこちらが不利だ。
彼女の目的が分からない以上、ユーリたちに納得させるのも難しいが……。
そう思案していると、先に適切な案を導き出したらしいリッカがアッシュを地面に下ろした。
「……ラフィーナ、お願いできる?」
『……仕方ないわね。けど私はユーリじゃない、エヴァネス様の真意を察せるなんて期待はしないでよ』
わたくしも、リッカも、魔族と話をすることに慣れてはいない。
そこは確かに、ラフィーナに任せた方が良いか。
『エヴァネス様』
「ん? あぁ、どうも機械的な声だと思ったら、魔道具越しだったのかい。キミは?」
『……ラフィーナ。今季、勇者の初戦試験官を拝命したサキュバスです』
アッシュを手に乗せたエヴァネスは、その自己紹介を聞いて、ぽかんと口を開けて停止した。
まさか同族とは思わなかったらしく、不意を打つことは出来たようだ。
それから数秒。
エヴァネスは合点がいったとばかりに腹を抱えて笑い始めた。
「アッハハハハハハハ! その名前は知っているよ! イルミナのお気に入りだろう? なるほどなるほど、やはり思い違いではなかったようだね!」
『思い違い、ですか……?』
「そうとも。あの時は素顔こそ見ていないが、幼くなっても変わらぬ魂の輝き、間違いないと思ったよ、勇者クン」
爛々と瞳を輝かせて、ユーリに向けて微笑むエヴァネス。
気付いていたのか――より警戒を高め、リッカと共にユーリの前に立つ。
ユーリはわけもわからず、リッカの背中に隠れるばかり。ほんの三十分前にあった、頼もしい勇気は今の彼にはない。
『……エヴァネス様、それ以上は』
「おっと、近付くな、かい? ……そういえば、イルミナはキミが帰らないと言っていたね。彼女にも伝えず、キミは勇者の側についたと?」
『……はい。無論、アリスアドラ様や、イルミナ様への恩義を忘れることはありません。ですが――』
「大丈夫さ。ボクからイルミナに何か言うことはない。それがキミの輝きであるのなら、そう在ることが一番だ」
ラフィーナに伝わるかは不明だが、エヴァネスはアッシュの三つの頭を指で撫でた。
寛容なのか、無関心なのか。どうあれ、ラフィーナの選択を咎めることはないらしい。
「さて……ただの迷い人ならばともかく、“勇者一行”であるのならば、扱いも考えなければなるまい。取り急ぎ……場所を変えようか。じっとしていたまえ」
「ッ……!?」
エヴァネスが手に持っていた杖で足元を叩くと、辺りにピンク色の煙が巻き起こる。
この色は、夢の色だ。サキュバスが操る、あらゆる命を惑わせる色だ。
抵抗のため、吸ってしまわないように息を止め――元よりそれを必要としない身であることに気付くまで二秒。
そこから、四人に及ぶ悪影響を最低限で済ますために、ナイフを手に真正面に駆け出して。
――煙を抜けたその場所は、既に町の中ではなかった。
窓の外の景色は、先ほどまでの景色。あの町にある屋敷であるらしい。
イリスティーラが住まうそれよりも古く、しかし調度品はある程度新しいもので揃えられた広い応接間。
真正面の窓から見上げる夜空には一目で偽りだとわかる満月が大きく輝いていた。
「その子たちは……そこのソファに寝かせておくといい。記憶を失くしている以上、ここからは聞かせない方が話が早いだろう?」
「え……クイール、イリスティーラ……?」
「ッ、ユー、リ……!」
エヴァネスの言葉に振り返って、目を閉じかけてふらつくクイールとイリスティーラを咄嗟に支える。
リッカも倒れ込むユーリを抱え、自身は眠気を堪えながら、エヴァネスを睨みつけていた。
「驚いた。耐えられる子がいるのか。……キミは記憶を留めたままなのかい?」
「関係ない……っ、ユーリたちに、何をしたの……っ!」
「夢に誘っただけさ。話を円滑に進めるためにね。心配しなくとも、その夢は自分たちの中で完結する穏やかなものだ。ボクも、無論ボク以外も踏み入らないと約束しよう」
――その口約束を、どこまで信じられるというのか。
上位のサキュバスであれば、わたくしたちに悟られずに、ユーリたちの夢に介入することも容易いだろう。
……手段は選んでいられないか。眠ってしまい、見せかけでも抵抗することさえ出来なくなってしまったのならば――
「……リッカ。まだ起きていられるのなら、ユーリたちを、“あれ”で守れますか?」
「っ……わか、った……ラフィーナ、しばらく、お願い」
『へ? ――って、そういうこと!? いや待って、私は子守とか――ああもう!』
ラフィーナが言い切るよりも前に、ユーリたち三人の姿が消えた。
この場に残っているのは、わたくしとリッカのみ。今頃、夢心地の三人はリッカが管理する冥界の、ラフィーナのいる場所に送られたのだろう。
あまり生者が冥界に踏み込むのは好ましくないが、リッカのそれは出自からして特殊なものだ。
こうしておけば、エヴァネスといえど立ち入ることはできまい。
「ふむ……流石に信用はされないか。どこに隠したかは聞かないとも。かれらを守るキミたちの強い意志をこそ、尊重しよう」
「――そうであるのならば、このような場所に招いたあなたに本心から害意がないことを求めます」
「ボクから手を出すことはないと約束するとも。また口約束になるのは許してくれたまえ。強制契約の類の魔道具など持ち合わせはないからね」
エヴァネスは肩を竦め、真正面の窓の下に置かれた椅子に腰かけ、わたくしたちにも着席を促した。
リッカと視線を交わす。リッカは一つ頷いてから、鞄から小さな瓶を取り出し中身を飲み干した。
「リッカ、それは……」
「……大丈夫。夜通し作業する時によく飲んでいる、まともな薬」
「思うにそんな効果が出るものはまともではない気がするのですが」
恐らく、旅の中でそれを必要とする機会は多かったのだろう。
夜の内に移動する必要があるとき。急いで何かしらの備えが必要だったとき。
そんな非常時の薬であると信じたいが……人知れず無理をするのが“趣味”のリッカのことだ。どうにも疑いを持ってしまう。
――いや、その追及は後にしておこう。あとからいくらでも詰められることだ。
誂えられたソファに、リッカと共に座る。エヴァネスの手にあったアッシュもテーブルに飛び乗り、わたくしたちの前に戻ってきた。
「改めて、自分から名乗らせてもらおうか。ボクはエヴァネス。アリスアドラ様に仕えていた、『狂冠』を戴くサキュバスさ」
「……」
「――わたくしはナディア。見ての通りアンデッドですが、特別な区別は不要です。ただの人間として扱ってもらって構いません」
「へえ? ますます面白いじゃないか。では、そうしよう。ナディアにラフィーナ、それから――いや、キミの警戒と恐れも尊重しようか。力ある者、その輝きから目を背けようとするのは、恥ずべきことではないからね!」
ハハハハハッ、と部屋に無駄に響き渡る笑い声を上げるエヴァネス。
……かなりの力を有し、知恵も回る魔族だと思っているが……どうにもやり辛さというか、人付き合いで味わったことのない感覚を覚える。
笑い声に掻き消されるほどの小さな声で、なにコイツ、とリッカが呟いたのは、幸い向こうには聞こえなかったようだ。
「ふぅ――さて。では聞こうか、ナディア。“勇者一行”は何故ここに? まあ、一つ思い当たる節はあるが、一応ね」
「……ホロゥを目指していました。フェダルナのポータルで、ホロゥへの道がある場所に行き着く、と」
「やっぱり。最初に言っておくと、キミたちは騙された訳じゃない。この町に、ホロゥに直通するポータルがある。そして、この町にばら撒かれたナンセンスな魔法は、キミたちを待ち受ける罠ではない」
「では、元からこうであったと? わたくしたちの到来とは関係なく?」
「“元から”でもないんだけどね」
エヴァネスは笑みを崩さないまま、肩を竦めた。
今起きていることは彼女としても心外だ、とばかりに。
「ボク自身、あまりこの町には来ないのだが……何ヶ月か前から、こうなってしまったらしい。元々、子供どころか誰も住んでいない場所だったんだが、昼間はそれなりにかれらが無邪気に走り回って賑やかだよ。いつ以来だろうね」
「……? 元は無人の町だったのですか? そうであるのならば、あなたはどうしてここに?」
「この屋敷を管理しているんだよ」
そう、端的に説明した後、エヴァネスは壁に飾られた一枚の絵画を指さした。
草原に立つ、幼い少女だ。初夏、あるいは少し気温の高い春の日だろうか。
つばの広い白い帽子の下、その緊張した面持ちから、よほど張り切ってモデルとなったのだろう、と伝わってくる。
かわいらしいとは思うがこの少女が一体……待った。
エヴァネスが“これを見ればわかるだろう”とばかりに絵を指した意味。わたくしたちが知る、エヴァネスが管理するに足る存在なのだとすれば。
「アリスアドラ様だよ」
『なっ――――』
「この町は、メリーリデルという。かつて、最も栄えた“牧場”であり――そしてこの屋敷はアリスアドラ様の生家なんだ」
何よりも驚愕したのは、ラフィーナだった。
無理もない――その絵画に描かれている少女には、翼も尾もない、人間にしか見えなかったのだから。